「もしもし~、スズナ~?」
『はいはい、もしもし~。
お疲れ様、待ってたわよ。どうだった?』
「へへっ、楽勝!
ジムリーダーを舐めんなよ~!」
『あたしもジムリーダーなんですけど』
ある日の夕時、自宅に帰った若きジムリーダーが、一山向こうの街に住まう親友に電話をかけている。
毎晩パールから電話を貰っていたナタネだが、彼女もけっこう電話をかける方である。
本当、そういう所があの子と似てるなぁとスズナには可笑しい。
『最近あなたのジム、挑戦者多くない? たまたま?』
「そうね~、しかも結構年下の子が多いわ。
パールとダイヤがポケモンリーグで凄い試合したから、僕も私もあんな風に、って気合の入った子が多いのかもね」
『関係あるかなぁ』
「ふふっ、まさかとも思うけどね。
でも、たまたまじゃない理由を探そうとしたら、そんなことも考えちゃうわ」
果たして、その因果の有無などは計り知れたものではない。
それでもナタネは、そういうことにしてみたい。後輩贔屓がきつい自覚はある。
一方で確かに、百戦錬磨のジムリーダー目線から見ても、先日のリーグ戦における激闘はレベルの高いものであったと贔屓目抜きでも思っている。
当日の大観衆の反応、喝采、翌日のメディアによるパール達の試合への高い評価、何より地元で何度も聞いた、昨日の試合は凄かったねという視聴者の声。
一つの名試合が、老いも若きもの同業者をこれ以上なく刺激することなど、どこの業界でもよくあることだ。
それこそ、強いチャンピオンの公式戦を目の当たりにした子供達が、自分達もあんな風になりたい、と気持ちを奮わせるのと同じように。
あの子もそうして、知らず知らずのうちに自分のバトルが、多くの人の心を動かし得る器になったんだなと、つくづくナタネも感慨深くある。
『今日はもうジム終わり?
時間的にはちょっと早い気がするけど』
「挑戦者もいないし、今日は早く上がっちゃった。
今お風呂よ。あなたとの電話が終わったらパールからの電話待ち」
『上がるの早すぎでしょ。
最近ちょっとゆる過ぎじゃないの』
「来月から本気出すから」
『も~、弟子の華舞台まではだらけるつもりね。
普段のあなたが後進の育成に熱入れ過ぎだとは思ってたから、今が普通といえば普通かもしれないけど』
ジムリーダー業は何時から何時までジムにいなければいけない、という決まりが無いようなものなので、ジムリーダーはジムの滞在時間を自由に決められる。
元々ジムリーダーは、メディアへの出演依頼や、しばしばのリーグ遠征からのエキシビションマッチ要請など、案外仕事は多いのだ。
挑戦者との試合をほぼ常に受けられるよう、プライベートで地元を離れることもやや控え気味にしなくてはなかったりと、生活面でも縛りも少なくない。
ゆえに本業、挑戦者との試合さえきっちり果たせる限りであれば、ジムへ足を運ぶ頻度や日付や時間など、自営業よろしく己の裁量で決めていいのである。
一時期情熱を失っていたデンジが放蕩的な生活をしながら、若干リーグに渋い顔と声を向けられながらも、許されていたのはそうした事情もある。
あまりにも酷いと罷免されることもあるそうだが、熱が取り戻せないならもう辞めても構わないと思っていたデンジに対し、リーグ本部は寛容に接していた。
彼も、根っこは熱い人間だとわかっていたからだ。そして気骨のある挑戦者がいざ現れれば、デンジが目を覚ますというのもリーグ側の見立てどおり。
元々ジムリーダーに任命される者達というのは、人格的にもそれにふさわしいと根本的に認めらているからなのだ。
業務外の仕事をリーグやメディアが求めることもあるぶん、信頼して本業においての自由を認める、というのがリーグ側のスタンスである。
ナタネも最近は"早め"に上がっているが、元々彼女は朝早くからジムに赴いて、ジム生の育成に熱心で、夜遅くまでジムで過ごすことも多い。
毎日12時間以上も職場で過ごしてきた人が、最近9時間程度で早上がりしていて、それに文句を言う人はまずいまい。
「一生に一度しかないことじゃない。
可愛い後輩がチャンピオンに挑むまでの一週間よ。
今だけはあたしだって、本業を忘れてあの子のことだけ考えていたいわ」
『ナタネって、入れ込むと本当に熱烈よね。
そんな風に思われてること、パールにちくったらどんな顔するかしら』
「ちょっとやめてよ~。
恥ずかしいじゃない、そんなの」
『あ~あ~、お風呂に入ってるって聞いたらよく響いて聞こえるわ。
リラックスしてるわねぇ、だらしない声して』
「寝そうだわ。最近あたし、ほんと締まりのない生活してる。
今お腹つまんでる。たるんでる気がする。こわい」
『寝たら死ぬわよ! 雪国育ちのあたしが言うんだから間違いない!』
「凍死じゃなくてのぼせ死だけどね~、この場合わ」
『駄目だわ、ほんとダメな時のナタネだわ。
へそ出しのあんたがお腹ぷよぷよになったら終わりなのに』
「もしそんなことになったらジムリーダー引退する~」
『そんな理由でジムリーダー引退したらシンオウリーグ史に最悪な意味で名を残しそうよねぇ』
最近のナタネは、自覚もあるほど本当に心ここにあらず、数日後のパールの試合に向けて頭がいっぱいらしい。
それでもジムリーダーとしての、挑戦者との試合だけはきっちり快勝続きなんだから、本業におけるオンとオフの切り替えは万全に出来ているようだが。
今でも世間的なナタネへの評価は、普段と同じハクタイの名士としてのものから一抹も陰りを見せてはいまい。
こんな彼女の一面を知れるのは、親友ゆえに何でも明かされるスズナと、彼女をそばで見ているジム生ぐらいのものだろう。
『後でパールと電話する時は、ボロ出さないよう気を付けなさいよ?
まあ隠すつもりが無いならそれでもいいけど』
「いいわけないでしょ、電話の時だけはちゃんと大人のお姉さんするわよ。
可愛い後輩に幻滅されたくはないもん」
『慕われてる先輩ってのも大変ねぇ』
「ホントそうよ、ほんとに心の底から。
あの子、本当にそのうちあたしより強くなっちゃいそうだしさ」
『でも、それがあたし達の望んだことじゃない』
「そうよね。
本当にそういう日が来ちゃったら、少し寂しいし悔しいだろうけど……きっと、嬉しい気持ちの方が勝ってくれる気がするな」
電話の向こうからでもわかる、いつか後輩に追い抜かれる日を想像し、それをむしろ夢のようにさえ語るナタネの声色だ。
ジムリーダーは負けることが仕事。未来を担う若きトレーナー達を見送り、その大成を望む者達。
共通の意識を持つスズナは、ナタネの言葉に微笑みうなずくのみ。
この時だけだらけていなかったナタネの声だと感ずるがままに、やっぱりこの人はあたしの無二の親友だと思うばかりである。
『楽しみよね、三日後のチャンピオンバトル。
パール、シロナ相手にどこまでやれるかしら』
「あたし、勝つまであるって信じてるよ。
あの子なら、歴史的瞬間を作ってくれるって」
『いくらなんでもちょ~っと入れ込み過ぎなんじゃないの?』
「ううん、全然。本気で信じてる。
きっとそう思われるのって、あたししかあの子の凄さをまだ知ってないからだと思う。
スズナもあの子のこと見てきたと思うけど、まだまだわかってないな~って感じする♪」
『なんでちょっと嬉しそうなのよ。
そんなに自分だけ知ってるのが誇らしいほどあの子のこと好き?』
「あたし、パールがシロナに勝ったら心の内でもの凄く自慢するわ。
あたしだけが、、シロナという歴代でも最高レベルのチャンピオンに対し、この日の挑戦者が勝つことを心から信じていた数少ない一人だって」
『教えてよ、どうしてそこまで信じられるの?
あなたがそこまで言うんだったら、あたしも乗っかって信じてみたくなるじゃんか』
「ふふっ、内緒!
あたしや、プラチナ君や、ダイヤ君だけが今知ってるだけでいいの!
パールが勝った後でなら、いくらでも教えてあげる!」
『よ~し、楽しみにしてるわよ。
あたしもパールが勝つって信じるからね?
あの子のことも、あの子のことを信じるあなたのことも』
「へへっ、裏切ったりなんかしないからね!
これでも長いことジムリーダーやってるんだし、人を見る目には自信があるんだから!」
毎晩のように電話してくる可愛い後輩が、本当に歴史的瞬間を作るかもしれない。
浮かれずにいられようものか。センセーショナルな挑戦者の登場に、シンオウ地方全体が今沸いている中、ナタネはこの地の誰よりもわくわくしている。
幼馴染とチャンピオンへの挑戦権を争うという、ただそれだけでエモーショナルな一試合を演じ、勝利を収めたパール。
それがもしもシロナまで破ったとなれば、シンオウ地方最年少のチャンピオンの誕生という結末までついてくるのだ。
結果次第では伝説の一週間ともなり得る流れには、メディアも一般層も、まさしく歴史的瞬間を期待してやまない。
ナタネはそれ以上なのだ。ずっと自分を慕ってくれたあの子が、前例無く、今後も二度と訪れるかわからぬ快挙を果たすやもしれぬという数日前。
今までの人生で、これほど月末が楽しみだったことなんて無い。きっと、向こう何十年生きたって、これ以上のわくわくした数日間は無いかもしれない。
それをもたらしてくれているのが後輩なのだ。先人に恵まれるより、後輩に恵まれた幸せの方がずっと上、そうとまで言うと果たして言い過ぎなのだろうか。。
「…………ねぇ、スズナ」
『なに?』
「あたし、本当に、ジムリーダーをやってきてよかったって思ってる。
こんなに幸せで、わくわくして、明日が楽しみな一週間って無いよ」
『そうよね。
しかも、そんな今をこの世界に残してくれたのがあの子達だっていうんだから……あなたにとっては、本当にたまらないわよね』
「あたし、あの子のこと本当に大好き。
年下だけど、後輩だけど、心の底から尊敬するわ」
こうして、当たり前の日常を過ごす日々さえ、槍の柱で悪しき悲願を叶えられれば世界ごと失われていたかもしれないのだ。
ナタネもスズナも、その最悪が回避されたのは、そのために命を懸けてでも挑んだのが誰なのかを知っている。
そうして未来を勝ち取ったあの子が、今は自らの手で自らの道を拓き、かつては想像もしなかった夢の舞台を期待させすらしてくれるのだ。
そんな彼女が未だに尚、ナタネさんナタネさんとべったり甘えてくることが、ナタネにとっては気後れしそうなほど幸せなこと。
自慢の後輩だ、なんて絶対に言わない。あの子といつでも手を繋げる、そんな関係であることが、ただただ自分にとって嬉しくてたまらない。
敬意というのはそういうものだ。我が物のように自慢めいて彼女の魅力を語るより、理想を語るかのように敬うその人の魅力を伝えたい。
そんな人物と出会えた幸運を、自覚できることそのものが最大の幸福だ。
『あたし達も、まだまだ精進していかなきゃね。
あの子だって、もっともっと高みを目指していきたいって思うかもしれないし。
そんな時、あたし達があの子の好敵手になれなきゃ名折れだもの』
「ふふっ、そうよね、そうよね。
まだまだ若い者には負けないぞー、っていう気概があたし達にも必要よね!」
『あははっ、あたし達まだ若いのに。
あたし達をもう年寄り側にしちゃう辺り、あの子ってば罪作りだわ』
「いいじゃん、頑張っていこ!
あたし達だって、まだまだ強くなっていけるはずよ!
頑張ろうね、スズナ!」
ゆるい会話をしていた割に、ポケモントレーナーとして話していた末には、結局ナタネもこんな声に戻るのだ。
年下からの突き上げは、年上にとってのこの上ない刺激だ。
これが、ナタネやスズナがパールのみならず、数多くの挑戦者達に淡くも期待していたもの。
そしてその多くの者達は叶えてくれなかったし、ナタネもスズナもその期待が叶えられやすいものだとは想定していない。
だからこそ、いざその淡き期待が叶えられた今や、語らずとも知り合えている親友同士の想いは、顔を合わせずして声だけで心まで繋がる。
ジムリーダーを続けていてよかったと思うことなんて、今まで何度だってあったことだ。
それにしたって、今は望外。冥利に尽きる、そんな言葉でも足りない。
スズナとの電話を終え、温かい湯に身を蕩けさせるナタネは、つくづく感慨深い目で浴室の天井を見上げていた。
あの子に出会えてよかった。心からそう思う。
「また来たのか」
「来てくれたのか、でしょ?」
トバリシティの刑務所で過ごすコウキ――ギンガ団幹部であったサターンの元へ、シンオウ一の有名人が面会に訪れていた。
刑期のコウキであるが、手続きを踏めば面会はある程度許されている。
諸事情あるもので、誰でも彼でも彼への面会が認められるというものでもないのだが。例えば、今もトバリで活動を継続しているギンガ団の団員達。
アカギの率いた悪のギンガ団との関わりが疑われているうちは、やはり共謀者の可能性ありとして、その頭であったコウキとの面会は認められないらしい。
塀の内側からかつての共謀者に悪知恵を与え、外の世界へ悪影響を及ぼす可能性があっては、と厳しく判断されざるを得ないのだ。
正味の所、活動中のギンガ団が悪しき組織と共謀していた可能性は低そうだという見解も生まれてきているが、やはり甘い判断はしづらいところである。
その点、たとえコウキが悪意を胸に抱えていようと、それに与しないと信頼されているシロナの面会は認められるのだ。
彼が逮捕された後も、何度かシロナは暇を作ってこうして面会に訪れている。
決まりなので面会に見張りはつくが、二人の会話は幼馴染同士のそれであり、やや温かい空気が漂うと看守達が口を揃えて言う。
今日も、何度も来てくれるシロナにコウキが呆れ気味の顔をしながら、内心嬉しそうであるのは傍から見ても明らかであった。
「マーズの目撃情報があったわよ。本名ヒカリだっけ?
似てるだけかもしれないけど、っていう前置きはあるけど」
「要領悪いな~、あいつ。
指名手配犯だろ? そんな簡単に目撃されるなよ」
「いや~、そうでもないわよ。
目撃された場所イッシュ地方だもん」
「えっ、マジか。あいつ思った以上にフットワーク軽いな。
もうそんな遠くまで逃亡してるのか」
「髪の毛の色も変えてるみたいだしね。
目撃情報によると、ちょっと紺に近い黒だったとか」
「真っ黒に染めろよ、いっそ。
逃亡生活で目立つ赤髪を隠すために染める割に、多少の色はつけたいんだな」
「女の子っていうのはそういうものなのよ。いくつになってもね」
シロナはここシンオウ地方から遠く離れた、イッシュ地方と呼ばれる場所にも親しい友人がいる。
もっとも、その友人は諸事情あってこのシンオウ地方に訪れていることもあり、そんな彼女とシロナが直接話す機会も少なくはない。
故郷でのトピックスはその友人の耳にも入りやすいため、恐らくそこが情報源なのだろうとコウキもわかっている。
当の友人にはコウキも会ったことがあるし、イッシュ生まれのあいつから聞いたんだろうなとは概ね予想がつくのだ。
「イッシュのポケモンセンターで放送されてた、こないだのシンオウリーグでの試合を眺めてたらしいわよ。
顔が似てたかも、っていう通報が後から入っただけだから、当人を捕まえることは出来なかったみたいだけどね」
「あの試合、そんな遠くでも放送されてたのか。
まあ、あまりにも話題性のある顔合わせではあったからなぁ」
「凄い試合だったのよ? 白状するけど、あたし感動して泣いちゃったもん。
あなたもそんな悪いことせず、外で過ごせていれば見逃さずに済んだのに」
「……はいはい、わかったわかった。
悪かったよ。それは本当に反省してるんだ」
同郷の幼馴染同士による、ポケモンリーグでの華舞台。
やはりカントー地方でかつて一度だけあった、同郷の少年二人によるチャンピオンバトルという、伝説の一幕を想起させる顔合わせはメディアの興味を惹く。
世界中どこでもとはいかないが、うちの地方でもその試合を放送したいという申し出は、いくつかシンオウ地方にも入っていたらしい。
パールとダイヤの試合が決まったのは試合前々日だというのに、テレビ屋さんは耳と行動の早さが流石である。
シンオウリーグもシンオウリーグで、ぜひよろしくうちの名試合間違いなしのカードを、と放映権をあっさり認めるのだから屈託ない。
うちの地方の自慢のトレーナーを胸を張って世界に知らしめたい、というのはどこの地方にもある想いだ。ポケモンバトルの界隈は大人達も本質無邪気である。
服役中のコウキにその試合を刑務所内で見ることなど許されなかったが、カードと内容を後日の新聞を介して知ることぐらいは許されている。
さぞ良い試合だったのだろうとは思う。パールと彼女のポケモンの強さなんて、サターンは一般人よりも遥かによく知っているのだから。
だけど、シロナがその試合を見て泣いてしまったという言葉には、単に内容に感銘を受けてのものではないとわかるのが、やはり幼馴染というところ。
血で血を争い世界の命運を勝ち取らんとする、そんな戦いの日々の果て、ようやく叶ったクリーンファイトの名試合、それにだろうとはわかるのだ。
非常にばつの悪そうな顔を逸らして謝るサターンの態度は、彼女にそんな戦いの日々を強いた側としてのせめてもの詫びというのが真意である。
シロナも苦笑いながら、謝罪を受け取りうなずくのみ。少ない言葉で理解してくれる親友の姿に、言葉にするのが難しい感情を抱きつつだ。
「それにしても、紺に近い黒の髪の毛、ねぇ」
「パールの色に近い気がするな。
あいつ、影響受けやすい性格してるから」
「あっ、あなたもそう思うんだ?
どうせ髪の色を変えるなら、どこか思うとこのある色にしたいわよね」
「だって真っ黒じゃなくそんな色を選んでるんだろ?
意図なくやってるわけがないだろ、当人に自覚あってかは知らないが」
何年も組織として活動する中で、コウキはサターンとして、幹部の一角であるマーズと接する機会をそれなりに作っていた。
仮にも彼女に指示する側として、マーズの性格は把握しておかねばならなかったし、それは充分に達成してきたつもりだ。
コウキから見ても、マーズは大人に近い年齢になってもどこか子供っぽく、純粋さを捨てきれていなかった印象である。
そもそもギンガ団に入った理由が、幼い頃に喧嘩別れしたニャルマーとの再会であり、初志をずっと忘れていなかった時点でそうなのだが。
そして幼さが残るということは、憧れや羨望、それを嫉妬といった負の感情で塗らず、良いと思ったものの模倣を潔しと出来るということでもある。
そういった彼女の"模倣"を惜しまない性分が、あれほど強力な"ねこのて"を使えるブニャットにも反映されているのかもしれない。
何度かパールと接触する機会のあったマーズだが、リッシ湖のほとりで顔を合わせた時も、まあまあパールとは普通に話せていたらしい。
トバリのアジトにパールをおびき寄せるため、パールと接触して姦言を撒かせた時も、終始罪悪感から逃れられないようだった。
対立する立場だったからパールにも相応の接し方をしていたが、内心ではマーズも、個人としてはパールのことを悪からず思っていたのだろう。
ギンガ団幹部としてではなく、普通のトレーナーとして出会っていたら、そんなに悪くない関係になっていたのではとコウキもずっと感じている。
そんなマーズが、あんなに幼いのにギンガ団の野望を阻み果たしたパールを意識して、同じ髪色にしたというならコウキも得心のいく話なのだ。
マーズの心に今でもパールの存在が強く残っているのは、逃亡中の身でありながらリスクを侵し、パールの華舞台を視聴していた姿からも想像できることだ。
「それにしてもそれが本当にマーズだとしたら、よくこんな短期間でそんな遠くまで行けたわよねぇ。
ツテでも残ってたのかしら?」
「イッシュ地方といえば昔ジュピターが、トレーナーとして修行していた頃に訪れていた地方だからな。
ツテと言えるほどではないが、行き方ぐらいはその辺りから聞いていてもおかしくはないよ。
よく言い争う二人だったが、実力を認め合ってることもあってあの二人は悪くない関係だったからな」
「へえ、そうなんだ?」
「ジュピターのスカタンクは、シンオウ地方のスカタンクが使わないような技を使ってただろ。
"ベノムショック"とか言ってたかな?
もしかしたらシロナは直接見てないかもしれないが」
「あ~、見てないかも。
でもベノムショックね、なるほど、確かにね。
イッシュ地方でならそこまでマイナーでもない技だわ」
「さ、そろそろ帰れ。
こうやってポケモンバトルの話してると、三日後のチャンピオンシップに向けて胸が熱くなってくるだろ。
こんな所で油売ってる暇なんてないだろ」
「もう~、どうしてそうつっけんどんな言い方しか出来ないかな。
"僕に構ってる暇があったら修練に励め"みたいな言い方は出来ないの?」
「その言い方もまあまあつっけんどんじゃないか?」
「あなた風に言えばそれが一番優しい言い方じゃない」
親友に面会に来て貰えて嬉しいくせに、近々大事な試合があるんだから、無駄な時間を使うなとコウキは言ってくれる。
犯罪者になっても、口は今でも悪いけど、やっぱり今でも幼馴染で親友だ。
道を違えたことを寂しくなることもあるけれど、それだけは今でも変わらない。
旧知ゆえの会話を笑いながら繰り返すシロナの胸中に、服役中のコウキも身に余る安らぎを享受している自覚がある。
「僕は、お前に勝って欲しいけどね。
一応、僕はお前に負け越しているからな。
あいつがお前に勝ってしまったら、あいつが僕よりも強い感じになってしまう」
「どのみちあたしが負けたらあの子がチャンピオンで、シンオウ地方最強の肩書きになるんだから関係ないじゃん。
まあ負けるつもりもないけど。
だいたいあんた、あの子に負けてるんでしょ?」
「お前とのバトルでユンゲラーもドーミラーも戦えない状態にされて、ドクロッグだけで戦ったんだぞ。
フルメンバーで負けたわけじゃない」
「あのドクロッグ出して負けたんなら実質負けみたいなもんでしょうが」
「いーや、それさえ余計な横槍があって中断せざるを得なかったんだ。
あんなもの無効試合だよ」
コウキがこんな負けず嫌いの子供のような口を利くのは、シロナを前にした時だけだ。
ギンガ団オーナーとしても、悪のギンガ団幹部としても、指導者として表には出しづらい内面というものがどうしてもある。大人ってそうなのだ。
元から知っている彼の性分とはいえ、今なおそんな彼の顔を見られるのも、きっと幼馴染の特権というものに違いあるまい。
単なる負け惜しみじゃなく、本気でそう仰っている辺りがまた、シロナをいっそう微笑ましくさせてくれる。
出来ることならシロナにしてみれば、クリーンファイトの世界で、コウキとパールのフルバトルによる再戦を見てみたい気持ちもあるのだ。
厳選されたたったの3匹の精鋭を以って、現チャンピオンのシロナの6匹相手のフルバトルでも、押しも押されずの拮抗戦が可能なコウキである。
それがもう、恐らく生涯叶わないであろうこともまた寂しい。返す返すも、彼がこんな道に進んでしまったことが残念だ。
真っ当な道に進めば、歴史の片隅にでも名を残していたであろう者が、そうあってはならぬ道を自ら選んだことの悲哀は、どこの時代でもつきものである。
言い換えれば、日の当たる場所で栄光を手にした者達が、誘惑や悪意に呑まれず正しき道を歩み続けてきたことは、それそのものも尊いのだ。
サターンも、ジュピターも、マーズも。
彼らが悪しき道を歩むことなくば、きっと一度はチャンピオンに挑む栄誉を賜り、シンオウ地方を沸かせたこともあっただろうとシロナは信じている。
アカギなんて、もしもシロナがチャンピオンの座を懸けて公式戦で争えば、勝てなかったかもしれない可能性が一番高いと今なお思っている一人である。
「しっかり罪を償ってから出てきなさい。
あたし、待ってるから。
テレビ越しじゃなく、胸を張って現地で、あたしがかっこよく勝つ姿を見に来てよ」
「ははっ、いつまでチャンピオンでいるつもりなんだ。
長く無敗の奴だって、いつかは、必ず負けるんだぞ。
一生無敗なんてあり得ないんだからな」
「いつか負けても、あたしは必ずまたチャンピオンに返り咲いてみせるわ。
あんたに、その雄姿を見せるためにもね」
「……その頃はお前も、とっくに熟女だな」
「いくつになっても出来るのが、何歳になっても強くあれるのがポケモンバトルよ。
あたし、一生ベストトレーナーでい続けるつもりだから。
チャンピオンだなんて肩書きに満足してないから。
まだまだあたしも、修行中の身よ」
「まったく、強いくせに未だにストイックなチャンピオンだ。
お前の背中を追いかける挑戦者達も大変だな。
お前に今でも勝ち得る一人であるのは、ちょっと誇らしくもあるけどな」
「……出所したら、またバトルしようね。
その時にはもう、あたしもあんたも全盛期じゃないかもしれないけど……」
「ああ、やろう。
早く実現したいから、これ以上服役を伸ばされることのないよう、模範囚としてしっかり罪を償うよ」
「……あははっ」
十年以上の懲役を課されたコウキが、再び外の世界でシロナと相見えるのは遥か先の話だ。
それでも二人は、そんな先のことを、ずっとずっと先のことを約束できる。
一生、友達。あれだけのことがあっても、今なおシロナはコウキを見限れない。
幼い頃から共に育ち、笑い合い、喧嘩して、仲直りもし、大人になった今でも心のどこかで相手のことを忘れずにいられる関係は、それだけ特別なのだ。
二人とも、わかっている。
そうして十年以上先のことを語り合えるのも、今日の次には明日が訪れる、破滅しなかった世界が当たり前のようにここにあるからだ。
貴ぶべきほど温かい、塀の中でも親友と語り合えるこの今を実感するたび、この世界を破壊する一翼を担った罪深さはコウキの胸を焼く。
わかっていたつもりでも、痛い。罪を償うとは、それと向き合う長き歳月が無くては決して果たされない。
長く定められた懲役期間というのは本来、それを正しい意味で思い返すための時間として定められたもの。
罪人は死を以って償うべき。それに対する反論は決して、浅き人情めいたもののみによるものではないということだ。
罪深さ。自己完結した思考のみで、真の意味で悟れるものではないものだ。
間接的にであれど、それを突きつけてくれるのが旧知の親友であるなど、なんと恵まれた話であろう。
かつては少年であったギンガ団幹部のサターンは、それを痛感するとともに、本当の意味で罪を償う日々を歩み始められている。
誰しも、過ちを犯すことはある。人は、一人では生きていけない。
「今のとこもう一回見ましょ」
「やめてよお母さん~! 恥ずかしいんだからぁ~!」
先日のダイヤとの試合を終え、今はフタバタウンに帰ってきたパール。
数日後にシロナとのチャンピオンシップを控える身ながら、今は静かな日々を過ごしている。
一昨日辺りは、パールも比較的近場であるクロガネシティのジムに赴いて、ちょっと手合わせさせて貰ったりと、数日後を意識した行動もしているのだが。
いよいよ三日後に大試合となれば、パールも自分のポケモンに疲れを残すことを嫌い、故郷でみんなと仲良く穏やかな時間を過ごしているようだ。
根を詰めても良くないこともあるため、これはこれで正しい選択の一つだろう。
さて、久しぶりの自宅でゆったりとしている時間であるが、これがまあお母さんのお茶目さに振り回され気味。
先日のダイヤとの試合を録画していたお母さんにより、その試合を一緒に見るという微妙な苦行を強いられて。
確かに誇れるほどの試合ではあったし、勝ったことも胸を張って報告したのではあるものの。
試合内容はともかくとして、勝った後にニルルをぎゅっと抱きしめて泣いたりした場面もあるので、今になって再生されると少々きつい。
映像にパールの涙は映っていないが、彼女がこの時どんな顔をしているかなんてお母さんには丸わかりなので、一緒に鑑賞会されると恥ずかしい。
もっと恥ずかしいのは、今お母さんが再生している勝利者インタビューである。
11歳の女の子が、勝負の後である程度落ち着いた頭で、上手い受け答えが出来るものではないのだ。
マイクを向けられ、頭が真っ白になって、いまいち纏まっていないことを次々に口走る自分の姿を見せられるこれって何の罰ゲーム?
まだ見ぬ命の恩人に向けて呼びかけたいという初志があった頃ならまた違ったかもしれないが、この時のパールときたら何も言葉を用意できていないのだもの。
目を泳がせて、照れて真っ赤な顔で、たどたどしく話す自分の姿が映るテレビの前で、お母さんとリモコンの取り合い。
お母さんのお茶目心がテレビの音量を大きくさせて、リモコン争奪戦のパールに自分のかっこ悪い声を聞かせて、いっそうパールを辱める。
これはきつい。大騒ぎのパールは火がついたような顔色で、穴があったら顔面を突っ込みたい気分である。
「チャンピオンになれたら、ちゃんとしっかりインタビュー受けるのよ。
こんなキョロキョロせずに。
私なんてコンテストで初優勝した時には、ちょっと頭が回ってなくてもちゃんと受け答えしてみせたんだから」
「うぐるぅぅぅ……
そんなのお母さん、その時今の私よりもずっと年上でしょぉ……」
リモコンを奪い取れず、恥ずかしい自分のインタビュー姿を二度目垂れ流しきられ、頭から煙を出したパールは母の前で跪いている。
顔を上げられないぐらい恥辱にまみれている。なんだあの時の私。
別に芸能人のようにかっこよく受け答え出来る自分を想像してはいなかったけど、あんなにひどいなんて思わなかった。
喋ってる時点でまあまあヤバそうだとは思っていたけど、その時点でそう思えている時点で、後から客観的に見たら余計にヤバい。
せっかくダイヤに勝って栄光を掴んだのに、試合後のすべてが黒歴史になってしまうなんて大層勿体ない話である。
「この試合、多分後で映像化されるのよ? 大丈夫?
勿論、特典映像としてインタビュー映像も収録されるはず」
「いやーーーーー!! お母さんたすけてーーー!!」
「私に頼られてもどうにもならないんだけど」
視聴率も抜群だったプレーオフ、何ヶ月後かには円盤に刷られることも間違いない話である。まあ、大抵のリーグ戦はそうなるのだが。
受けがよかった顔合わせかつ試合内容であることもあって、発売されればまあまあな売れ行きになることも間違いなし。それが余計につらい。
パールの拙い受け答えは、当日放送を見逃した人にも、後年その試合を見る未来の人々にもばっちり晒されていくというわけである。
シチュエーション的に歴史上でも指折り、という意味で語り継がれる名試合も、ちょっと滑ると当人にとってはえらいこっちゃ。
「あなたがチャンピオンになっちゃったりしたら、母親の私にもインタビューが来たりして。
そしたらもう言うことは決まってるんだけどなぁ」
「お母さんっ! 絶対ろくなこと言わないつもりでしょっ!」
「もちろん。
本当に手がかかる子でして~、あんなことこんなことする子でして~、それが今やチャンピオンなんて~……イメトレばっちり」
「大事な一人娘に恥をかかせる気マンマンじゃないのっ!
おにっ! あくまっ! ひとでなしっ! やまんばっ!」
「あははははは」
「面白くなーいっ!」
「パーーーーールーーーーーーーーーー!!」
「うるせーーーーー!!!!!」
お母さんとすったもんだしていると、インターホンを押すより声で呼ぶ幼馴染の声が外から聞こえてきた。
気が立っているパール、言葉遣いも悪い。そして声もでかい。
耳が痛いし我が子が口も悪いしで、お母さんが頭をぺちっと叩いてちょっと落ち着かせる。
プラチナと旅していた時もそうだが、パールは常にそばに頭の上がらない誰かがいて、手綱を握っているぐらいで丁度いいのだろう。
「いってらっしゃい」
「ぶっとばしてくる!」
うるさい幼馴染を迎え撃つべく、むかーっとした顔色に変わったパールが、ずいずい玄関に向かっていく。
それでも人に会う前なので、ぱぱっと髪を整えて、帽子をちゃんとかぶっていく辺りが女の子。
ここまで発狂気味でも身だしなみは忘れない。そこだけは偉い。
「パール! 調整試合するぞ!」
「それよりもうるさーーーーーい!!
近所迷惑になるからでかい声で呼ばないでっていつも言ってるでしょ!」
「パールの今の声の方がよっぽど大きい気がするけど……」
「プラッチー!!
こいつの肩を持つのかー!!」
がるるモードになったパールは、ダイヤと共に訪れたプラチナの正論にも全力で噛みつく。
一時ギャラドス娘なんて呼ばれ方をして反抗していたパールだが、不名誉なあだ名はいくらでもつけられそうである。
狂暴そうなポケモンの名前の後に娘の一文字をつければ全部成立しそうだもの。
「わかったわかった、悪かったって。
それよりパール、三日後はシロナさん相手にチャンピオン戦だろ!
じっとしててもしょうがないだろ、調整試合しようぜー!」
「バトルしたいだけのくせに……」
「リベンジだなんて言うつもりはないけどな!
こーなったらお前が三日後勝てるよう協力するしかないだろ!
ほら、シンジ湖の方に行こうぜ!」
「協力的なダイヤもいいなとは思うけど、その心は?」
「パールがシロナさんに勝ったらチャンピオンだろ!
そしたら俺は来月パール相手に挑戦だ!
公式戦でリベンジだっ!」
「結局自分のためかー!
あんたのそういうとこ嫌いじゃない! でもゆるさん!」
「あははは、なんでだよー!」
裏も表も無いダイヤなので、プラチナが横から問いかけた言葉にも素直に答えちゃう。
何が協力だ、調整試合だ、私をもっと強くしてシロナさんに勝てるようにして、来月のリベンジを実現させようとしてるだけじゃないかと。
先日負けた悔しさも脇にどけ、強力してくれる幼馴染の割り切りの良さは本当に好きだけど、打算もあるとわかると素直に受け止めづらくもなるというもの。
掴みかかろうとするパールの手を抑え、攻撃させてくれず笑うダイヤが憎らしいパール。こういう時、男の子に腕力でどうしても勝てないのが本当に悔しい。
「ほらパール、人が見てるから。
こんなところでケモノ姿晒してると余計に恥ずかしいよ」
「なんだその言い草はプラッチっ!
私を怒らせた方もちょっとは咎めろー!」
「後で後で。
さあさあシンジ湖の方に行こう?
そのむかつきはバトルで発散しよう」
「むぐっ、ぐううっ……!
ダイヤー! 覚悟しろっ!
私の子達があんたのことなんてコテンパンにするんだから!」
「おう! かかってこい!
一回勝てたからって何度も勝てると思うなよ!」
「言ったなー! 逃げるなよっ! さっさとついてこいっ!」
駆け足で一人でシンジ湖の方に駆けていき、すぐに振り返ってぶんぶん手招きするパールに、ダイヤも元気よく駆けていく。
まったく、あの二人は。いや、パールときたら。
呆れ気味の表情でひとまず見送るプラチナは、パールのポケモン達もボールの中で今のやり取りを聞いて、同じ顔をしていそうだと思っている。
「すいませんね、騒がしくて。
僕ではあの子をおとなしくさせることは出来ないようです」
「いいえ~、お気になさらず。
恥ずかしいわ~、あんな子で」
玄関から顔を出したパールのお母さんとプラチナが、彼女に対する強い共感を込めたやり取りを交わす。
プラチナも散々パールに手を焼いてきた立場だ。お母さんなんてもっとだろうと感じている。
一方お母さんは、大人びたふりしてやんちゃなパールの理解者でいてくれる少年に、よく出来た子だなぁと感じるばかり。
「大事な日の少し前ですからね。
変な間違いが起こらないようしっかり見張っておきますので」
「ええ、お願いね」
子供と大人の会話とは思えない、大人同士のやり取りのようなものを交わして、プラチナもパール達を追ってシンジ湖の方へ向かっていく。
追い付いた頃にはもうバトルが始まっていそうだな、なんて思いながらだ。
そんな背中を見送るパールのお母さんは、子供を見送る微笑ましい目ではなく、尊きものを眺める恭しきものにやや近い。
「……あの子も、きっと一生の間柄になっていける友達にまた出会えたのね。
それも、二人目なんて……」
幼馴染のダイヤだけじゃなく、プラチナという新しい親友。
パールの母、アヤコが思い返すのは、今でも忘れ得ぬ旧友のこと。
ポケモンコーディネーターとしての道を歩む中、ずっとライバルであった同い年の友人のことだ。
彼女は全く異なる道に進み、今ではもう顔を合わせることもないけれど、少なくともアヤコは、今でも彼女のことを忘れられずにいる。
かつての親友は今や指名手配の身になってしまったが、そうなってしまった後に、一度だけ電話をかけてきた。
決して、シロナとコウキが今でも面会して話すような、昔ながらの会話でもなかったけれど。
今どうしてる、元気にやってるか、そんな上っ面めいた言葉だけのやり取りだけでも、アヤコにとっては嬉しかった。
電話一つで逆探知され、捕まることさえ充分にある中、リスクを得てでも自分との繋がりを忘れずにいてくれた、ただそれだけで。
きっと彼女はもうシンオウ地方にはいないし、今後も帰ってくることはないだろう。何十年経っても再会は望めない。
それでも、忘れられないのだ。子供であった頃の自分の時間、その多くを占めた親友との思い出は、何年経っても忘れることなど出来ない。
どうしてそんな道に進んだの、となじりたくなることはあったって、憎み切れない自分がいることをわかっていながらだ。
「……………………ジュンちゃん。
あの子にとって、あの子達が大事な友達であるように……
今でもあなたは、私にとっての大切な人だからね……」
過ぎ去った時は永遠に戻らない。
過去は絶対に変えられないし、無かったことには出来ない。
絶対に、無くならないのだ。
たとえいつでも望むままに手を繋ぐことが出来た親友が、ジュピターと名乗り巨悪に属していたとしても。
向こうっ気が強いながらも親友である自分に辛い助言をしてくれた、かつて親友と重ね続けた日々は決して消えない。
時の流れは残酷で、金色の思い出を大人になるにつれて流れの果てに追いやるも、それを忘れぬ人々の心は、大切なものを永遠に見失うことはない。
行く川の流れは絶えずして、流れる中で確かにもたらしたものもまた、確かに歴史の中に刻まれている。その事実は消えないのだ。
今も、昔も、未来もまた一繋がりだ。
人は、そんな中で生きている。
隔絶されてなどいない。過去があるから今がある。そして、未来に繋がっている。