ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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 エピローグ

 

 

「それじゃあ、いってきます!

 何かあったら、今度は必ず電話するようにするからね!」

「ふふ。

 気を付けて、落ち着いて、いってらっしゃい」

 

 ポケモンリーグで、王者シロナが自分の半分の歳さえ下回る少女と、最高のバトルを繰り広げたあの日から一週間が過ぎた。

 その日、チャンピオンに挑んだもう一人の主役は今、故郷であるフタバタウンを出発し、再び旅路に足を向けている。

 お母さんに見送られ、快く見送るだけじゃなくそそっかしい所をちくりと刺されながら、わかってるよと苦笑いを浮かべて旅立ちだ。

 かつて初めて旅に出たあの日と同じように、町の北へと向かっていくその足取りは、かつてと比べればずっと軽い。

 

 初めての旅の時にあった二度と経験出来ない程のわくわくと、そんな中にさえ潜んでいたかすかな不安は、今はもうない。

 代わりにあるのは、どんな時でも一緒にいてくれる、6人の友達。

 何も怖くない。一度は見知った世界へ、だけど時が経つにつれて変わりゆくこの世界へ、一度訪れた地にさえもまだ生まれるわくわくを求めて。

 初めての時の何にも代えがたい感動はもう無くたって、この世界にはまだまだ沢山の感動があるのだと、心が期待してやまないのだ。

 

 経験と知識。

 旅に出た目的を必ず果たすのだという、かつてよりも強くなった心に誓う意志。

 すべての人が生まれ持つ、見知らぬ世界を拓くことで、新たな感動を追い求めたくなる、潜在的かつ失えない感情。

 今でも子供で、かつてよりも大人に近付いたパールが、幼き自らのあの日よりも、新たな世界への足取りが弾むのは当然のことなのだろう。

 

「パール!」

「おまたせ、プラッチ!

 私も結構早く出たつもりだけど、やっぱりプラッチの方が早かったね」

「僕達は女の子よりも遠出に準備がいらないからね。

 僕の方が遅刻してきたらダメな気がする」

「わかってるね~、プラッチ。

 そういうとこ、女の子に好かれるかもしんないよ」

「あはは、僕もしかしたらモテるかな?」

「んふふふ、私は昔っからずっと、プラッチはもっとモテていいぐらいの人だって思ってるよ」

 

 フタバタウンを出るその場所で、パールを待ってくれていたのは唯二無三の親友だ。

 マサゴタウンから朝早くに出て、待ち合わせであるこの場所に遅れず来てくれるぐらいには、やはりプラチナはしっかり者。

 彼が言うように、確かに女の子は朝の身だしなみに時間をかけるし、男の子である彼とは違って、大事な旅立ちの日に朝風呂に入ったりもする。

 それだけ朝の準備に時間のかかる女の子に合わせ、隣町からここまで来る時間で帳尻を合わせるのだから、本当に気の配れる少年だ。

 確かにパールの言うとおり、もっとモテてもいい子だろう。流石にこんなに賢くて優しい人は、そこまで世の中に多くはないはずである。

 

「どこ目指す? まずはさっそくハクタイシティ?」

「そうだけど、ちょっと先にシンジ湖に行こ。

 やっぱりしばらく帰ってこれないかもしれないし、一目見てからじゃないとなんだか寂しい」

「うん、そうだね。

 それじゃ、まずはそうしようか」

 

 パールにとっては、他のどこよりも思い出深い地だ。

 一度は溺れて命さえ失いかけた場所で、そんな彼女を救ってくれた誰かがいて、その恩人に会うために旅立ちを志したあの日の幼心。

 事情は、真実は確かに複雑だった。だけどやっぱり、あの日の出来事が無かったら、今のパールはきっと無い。

 シンジ湖がフタバタウンのそばに存在していなければ、出会えた数々の素敵な縁さえ無かったかもしれないのだ。

 プラッチに、ピョコ達に出会えたその幸せを、パールはシンジ湖が無関係なものだとは絶対に思えない。心の、第二の故郷だ。

 

「エムリット、元気にしてるかな」

「えへへ、一昨日シンジ湖にいったら湖の奥から出てきてくれたよ。

 元気いっぱいで、プーカと空で追いかけ合いっこしてたんだ」

「あははは、そっかぁ。

 元気にしててくれてるみたいで何よりだよ」

 

 苦境はあった。パール自身のみならず、沢山の命が深い傷を負った。

 そんな痛みも時がやがて癒し、今この世界は穏やかな風と安らぎに満ち、あんな壮絶な日々は夢か何かの間違いだったのかと思えるほど、平穏。

 だけど、それが夢でも幻でも無い現実という名の過去であることを知るパール達だから、今ここにある安寧に心が温かくなる。

 

 特別なことなど何もない、普通の、当たり前の、人によっては退屈なほどの日常。

 それこそが、何よりも貴い。それを知識としてではなく、実感によって感じられるようになれるなら、きっとその人は素敵な大人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっついわぁ~……

 これだから南国遠征は大変なのよ~……」

「どこが南国なのよ、山一つ挟んで隣町みたいなもんでしょ。

 あなたアローラ地方なんかに行ったりしたら死ぬんじゃない?」

 

 ハクタイジムでは、この日地元のジムをお休みにして、親友の所へ遊びに来た傑女がだらけきっていた。

 短いスカートで服も薄地、袖もまくって肘まで露出したむしろ涼そうな着こなしであるというのに、汗だくで手うちわぱたぱたしながら参った表情だ。

 

 雪さえよく降る寒冷地でも同じ格好で、これでちょうどいいとさえ言うスズナは寒さにやたら強いのだが、反面暑がりっぷりも逆方面にやたらである。

 暑くもなく寒くもなく、どちらかと言えばシンオウ北部に位置するため涼しい方だと言われるハクタイシティでも、彼女にとっては暑いらしい。

 ポケモンリーグで檜舞台のパールを応援していた時も汗だくだったが、それは白熱していたからだけでないと、いま彼女と話しているナタネもよく知っている。

 

「アローラなら一緒に行ったじゃん、二人一緒にジムリーダーになれた時の記念旅行で。

 南国旅行、ほんと楽しかったよね。あたしがミイラになりかけてた以外は」

「あははは、舌へっへっしてもうダメたまんないの顔してたよね~。

 人も見てるのにだらしない顔して、あたしが恥ずかしかったぐらいなんだから」

「あたしのその顔撮ってけらけら笑ってたくせに何言ってんの。

 あの写真ちゃんと消してる? 人に見せたりしてない?」

「してないしてない、地元の人に見せたらジム凍らせて営業停止に追い込むって脅されてて出来るわけないじゃん。

 どこのユキメノコよ、それも性格凶悪バージョンの」

 

 周りからは新婚旅行か何かかとさえ揶揄されるほど、遊ぶ時はいつでも一緒のナタネとスズナは、大人になった今でもよく顔を合わせている。

 電話の頻度は、親しさと鑑みれば案外少ない。お互い忙しいのがわかっているから、お喋りしたくなってもどこか遠慮してしまうこともあるようで。

 顔を合わせなくたって、声を聞かなくたって、心のどこかで相手のことをいつも想っている、そんな親友同士の間柄。

 大人になっても、一緒にいられる時間が多かった幼き頃と付き合い方が変わっても、ずっと変わらないものもあるものだ。

 

「あれから一週間だから、今日ぐらいがパールがフタバタウンを出発する日なんだっけ?

 あの子、いの一番にあなたとの真剣勝負に来るつもりなんでしょ?」

「うん、まずは本気のナタネさんと一度勝負したいって言ってくれた。

 ほんとに可愛いの。でも、手加減なんてちっともしないからね?

 それが挑んでくれるあの子に対する礼儀、だとか何とか言う気もないわ」

「あなた、楽しみにしてたもんね。

 バッジを賭けた手加減勝負じゃなく、本気でパールとぶつかり合えること」

「待ち遠しいのよ~。

 あたしのロズレイドも、早く来ないかって毎日うずうずしてるわ」

 

 今でもパールは毎晩のようにナタネと電話しているから、近々パールがハクタイジムを訪れることは、ナタネ達とて当然わかっている。

 ナタネの今言うロズレイドとは、本気を出した時の彼女の切り札であり、正真正銘彼女のポケモンの中では最強の個体。

 ジムバトルの時に繰り出す、育成中の別個体とは異なり、ギンガハクタイビルでジュピターとの戦いでも活躍したナタネのベストパートナーだ。

 だから、あの時から既にパールのことは知っているし、ポケモンリーグでのパールの試合を観ていたナタネのそばでも、ボール越しに成長したパールを見た。

 かつてはあれほど未熟でありながら、悪しきギンガ団を許せないとナタネに同行することを望んだ、正義感の強い女の子だと好意すら抱いていた少女。

 見違えるほど、まさにかつての彼女とは比較にもならぬほど強くなったパールと、真剣勝負が出来る日をロズレイドもまた待ち焦がれているようだ。

 

「わかってる?

 ジムリーダーは負けることが本懐って言うけど、本気出したら負けちゃいけないのよ?」

「わかってるってば。

 チャンピオンに一度負けた人が再挑戦するには、あたし達8人に勝つか、四天王全員に勝たなきゃいけないんだもの。

 それを困難なものにして、チャンピオンへの再挑戦権の価値を高めるのが、あたし達がリーグに任せられた大事な仕事だもんね」

 

 未成熟のトレーナーには、具体的にはバッジの獲得数が少ないトレーナーには、相応に定めた加減で以って迎えるのがジムリーダーだ。

 そうして、バッジを一つ手に入れるたび、次のジムでは前の一戦より強いジムリーダーとの勝負になり、腕を高めていくのがバッジを集めていく者達。

 段階的な成功を積み重ねていくことを挑戦者達に促し、自分達が負けることで若き芽の達成を見送るジムリーダーは、負けることが本懐と言い得て妙だろう。

 まあ、バッジを4つ集めて以降が本番と言われるほど、バッジ集めも後半戦になるとジムリーダー側の加減された本気が挑戦する側には大きな壁になるのだが。

 パールも6つ目のバッジを賭けたジムバトルで、かなりショックな負け方で初めてのジムバトル敗戦を経験している。

 ナタネとて、仮に自分が6つ目7つ目のバッジを賭けて挑まれる立場となれば、相当な数の挑戦者を追い返すだけの加減本気を出してきたものだ。

 それでも、真の意味での彼女の本気とは程遠いのである。

 

 ジムバッジを集めきったことにより、一度だけ"比較的簡単な"道のりでチャンピオンに挑めるのは、チャンピオン戦を増やしたいリーグの方針によるものだ。

 その比較的簡単が許されるのも、流石に一度だけということである。

 チャンピオンに敗れて、もう一度挑戦権を獲得しようと思えば、シンオウ名うての凄腕選手が本気を出したバトルに複数回勝たねばならない。

 そうして、チャンピオン戦の数が昔より増えた一方で、その挑戦権が安くなり過ぎないよう価値のバランスが取られているわけだ。

 本気を出したら、もうジムリーダーは負けることが本懐とは言えない。

 むしろ簡単に負けるようなことなんてあろうものなら、リーグに渋い顔されて苦言を呈されるほどである。

 お仕事の世界は基本的に結果主義。ジムリーダーも、案外そんじょそこらの社会人と一緒で、大事な局面での能力不足は許されぬシビアな立場である。

 

「ちゃんと勝てる?

 草タイプ対策ぐらい、直情的でポケモン任せのあの子だって、きちんと組み立ててくるわよ? もう素人じゃないんだから」

「わかってるってば。

 そんなの何百回も経験してきたじゃない、あなたもあたしも。

 好みでタイプを偏らせてることを言い訳に、負けてもそのせいだってあなた言う? やだなぁ、そんなあなたは」

「あはは、そんな人ジムリーダーやっちゃダメでしょ」

 

 ジムリーダーは何らかのタイプの愛好家かつ、公の試合でもそれに染めた手持ちであることを好む者が大半だ。

 決して、そうでなければいけないわけではないが。現に遠きイッシュ地方のサンヨウジムでは、挑戦者次第でジムリーダーの選ぶタイプまで変わる。

 しかしその傾向が強いのは確かであり、それは挑戦する側にとって、対策を固めやすく突きやすい隙がよくあるということ。

 それでも容易な負けを許されない、そして大抵は勝ってしまうのが本気のジムリーダーというやつなのだが。

 

「スズナ、わかってる?

 あたし、エキシビションマッチでシロナに勝ったこともあるんだからね?

 一回だけだけど、あの時はチャンピオンになれたんじゃないかってぐらい嬉しかったなぁ」

「違うでしょ、うちの子達すごい、どうどう見て見て凄いでしょってだけでしょ。

 あの時、あんたの目に涙溜まりまくってたのあたし見逃してないし」

「うるさいだまれ」

「そういうとこだけは、あなたパールにほんとそっくりな気がするのよね。

 出会った順番が違ってても、きっとあなたの方がパールにとっては、一番身近で大好きな先輩になってたんだろうなって気がするわ」

 

 防衛回数が百にも届かんほど、長くチャンピオンであり続けたシロナだが、決して全戦無敗の最強チャンピオンだったわけではない。

 挑戦者がいない月のチャンピオンズデー、エキシビションマッチでジムリーダーや四天王と勝負する時、負けることだってあったのだ。勝率の方が高いが。

 それだけ、決して"完全無欠のシンオウ最強"ではなかったのが確かであったにも関わらず、防衛戦では一度も負けていないのがシロナの勝負強さなのだろう。

 エキシビションマッチでは無敗だったチャンピオンもかつてはいた。それでも、シロナが歴代最多の防衛回数を持つチャンピオン。

 十年無敗の傑物など非現実的だ。そう断言できるほど、ポケモンバトルは繊細。何が起こるかなんてわからない。

 だからこそ、シロナほどの長期在位の王者が長く君臨し続けても、片方の顔ぶれが変わらぬチャンピオンシップが人々の興味を離さなかった。

 何年も王者が変わらないという、閉塞感や退屈感さえ漂いかねない現実が、一般層をうんざりさせぬほどにはポケモンバトルは奥が深いということである。

 

「でも、シロナに勝ったことがあるからって、今のパールにも勝てるだなんて軽く考えちゃ駄目よ?

 あの子、確かにシロナよりは未熟かもしれないけど、見方次第じゃシロナ以上の傑物には違いないんだから」

「何言ってんの、そんなのあの子こそがギンガ団の野望を打ち砕いた真の英雄であることを引き合いに出すまでもないことでしょ。

 あたし、今はパールの方がシロナよりも強いって本気で思ってるからね。

 ジムリーダーとしてこれ言っていいかわかんないけど、あたしあの子に勝つのはあるべきことじゃなく、勝つことで次のステップに進めるとさえ思ってる。

 どっちが挑戦者かわかんないけど、今のあの子にならそう思っても別にいいでしょ」

 

「冷徹にものを言っちゃうと、10回やれば9回は……いや、流石に勝った子にその言い方は失礼かな。

 でも、10回やっても……7回は負けそうなぐらいには、やっぱり色々含めたらシロナの方が優れたトレーナーなのは間違いなかっただろうにね。

 ……それでも、本当に叶え果たせてみせたんだもんね」

「あたし、今まで一度だって、今の自分の実力に満足したことはないつもり。

 もっと上を、もっと高みを、今以上の自分を目指してきた日を、一日たりとも怠ったことが無い自負はある。

 それでも、あの子がやり遂げたあの日、あたしは全然まだまだなんだなって思い知らされたのを今でも忘れない。

 あたしが10回やって5回勝つのは無理だと思ってる相手を、パールが打ち破ってみせたのよ?

 あたしはきっと、自分でも気付かないうちに、自分やあたしのポケモン達の限界を、賢しく勝手に決めつけていたんだって恥ずかしくなったわ」

 

「あなた、泣きじゃくってたわねぇ……あれ見て笑えなかったもん。

 思うところ、本当にいっぱいあったでしょ」

「言葉に出来ないわよ、あの時の気持ちは、今でも。

 あの子に慕われるに値する先輩でい続けることの方が、今からゼロからポケモンを育て始めてチャンピオンになることよりも、ずっとずっと難しいと思うわ」

 

 先人に学ぶことは誰しも経験することで、多い。

 後輩に学ぶこともある。確かにある。それでも前者よりは少なかろう。

 ナタネは、百人の先人に学ばせて貰ったすべてとも異なる、そしてともすればそれ以上に価値のあるものを、パールに教えて貰ったと思っている。

 年上だからって、先輩だからって偉ぶれるものか。きっと、一生パールに対してそれは出来ない。

 あの子に出会えたこと、あの子に愛して貰えたことが、ナタネにとっては一生の宝物であり幸運だ。

 きっとこれからも間違いなく、一生の友であろう、スズナと出会った幼少の縁は、今でも人生最大の幸福だったんだろうと思ってはいるけれど。

 それに匹敵する出会いが、パールという後輩とのそれだったというのだから、人生というものは本当にわからない。

 大人だからって偉くなんてない。そう実感を以って識ることが出来ることなんて、確かに稀有にして僥倖にして本当に恵まれたことである。

 

 

 

 パールとシロナの試合が決着した時、その日の現地の観客席だけでなく、シンオウ地方全体は沸きに沸いた。

 歴代最長の在位期間を持つシロナが敗れ、難攻不落の牙城がついに崩れたこと。

 そして、史上最年少のチャンピオンが現実に誕生したこと。

 生観戦していた観客の歓声は、もはや歴史的瞬間を目の当たりにした熱狂の渦に満ち。

 テレビで観戦していた人々が、決着の瞬間に現地へ届きもしない拍手と歓声を贈ったその熱も含めれば、まさにシンオウ地方が人の手で揺れた日だ。

 恐らく、あれほど、シンオウ地方のポケモンに関わる人々が魂を震わせられた瞬間など、向こう百年あろうともう一度あるかなど本当に疑わしいほどである。

 

 勝利が確定したその瞬間、無我夢中でバトルに精魂を投じていたパールは、言葉一つ発することも出来ず、半ば茫然としたように立ち尽くしていた。

 そんな彼女が、シロナの切り札であるガブリアスを撃破したドダイトスの、天を仰いで咆哮を発する姿に目を覚まし。

 何度も何度も呼び慣れた、ピョコの名を一度大きく叫び、彼の起こした地震で幾度も転んで痛めた膝で、たどたどしいほどの足取りで駆け寄って。

 飛びつくように最愛のパートナーに抱きついたその瞬間は、昨日も、一昨日も、シンオウリーグの名場面として放映されている。

 あの試合から一週間も経つというのに、未だにだ。

 それだけパールの勝利は、長き長き歴史上でも比較に値するものが容易に見つからぬほどの快挙であり、その結末と彼女の人柄を象徴する一幕と言えた。

 鳴りやまぬ歓声と拍手、そんな誰もが羨む栄光の舞台の真ん中で、主役がそれを一つも顧みなかったことが誰の目にも明らかだったのだ。

 ポケモン達は断じて、決して、トレーナー達にとって己の栄誉のための代理戦を担うだけの道具などではない。

 夢を追うことに傾倒し、敢え無くとも、その初心を忘れがちになる者も多い中、新チャンピオンの姿はそれを体現していたと多くの者が語っている。

 

 歴史的一戦を終えたパールは、歓声に見送られてリーグの最奥、新王者のみが足を踏み入れることが許される場所へ、シロナに導かれて至った。

 快挙を成し遂げた、チャンピオンシップを制したパールのポケモン達を、殿堂入りという形で未来永劫記録するための場所。

 きっと、パールにとっては自分が褒めてもらえるよりも、ずっとずっと嬉しい報いだったに違いあるまい。

 その場でパールがどのような想いでいたか、どんな表情でその喜びをかみしめていたかは、生憎ともにそこに伴ったシロナにしか知れぬこと。

 そして、そんな重要な儀式を終えたパールを迎えたのは、彼女の勝利を願っていた縁ある人々が待つセレモニー会場である。

 

 パールは、その姿を見て拍手を送ってくれる友人、先輩、身内の面々を前にするや否や、ぶわっとその目に涙を溜め、いの一番に駆け寄った。

 そこにはナタネもいた。スズナもいた。ダイヤもいたし、何よりお母さんさえもいた。

 そんな中で、パールがその姿を見るや否や、真っ先に駆け寄って我慢できぬ想いと共に抱きしめたのがプラチナだ。

 ずっと、ずっと、本当にずっと、一番近くで支えてくれた、私が嬉しい勝利を飾るたび、我が事のように喜んでくれた人。

 想い人にぎゅうっと抱きつかれ、その勢いに押されて二歩たじろぎ、驚き一気に顔が真っ赤になったプラチナだったけど。

 搾り出すような声で、ぼそぼそと、今の想いを口にするパールの言葉を耳にすれば、プラチナまでもが目に涙を浮かべずにはいられなかったほど。

 それこそ、恋した女の子に抱きしめられるその事実に、胸が高鳴る想いさえも消え失せるほど、感無量たる彼女の想いは触れ合う胸を介して伝わったからだ。

 

 やったよ、って。

 みんなが勝ったよ、って。

 すごいよ、って。

 ありがとう、って。

 

 脈絡の繋がり切らない言葉を、周りの誰にも聞こえない声、その大きさで出せない声を絞り出すパールを、プラチナもまた優しく抱きしめ背を撫でた。

 うん、すごかったよ、って。

 みんな、本当にすごいね、って。

 一生、大事にしてあげるんだよ、って。

 みんな、パールのことが大好きだからあんなに凄いんだよ、って。

 プラチナもまた、胸いっぱいの想いを、それもパールの言葉に応える形で発したゆえに、纏まりのない言葉を紡ぐばかりになったことは否めない。

 周りは、ダイヤは、お母さんは、ナタネは、スズナは、そんな二人に近寄ることもせず、ただただ慎ましやかな拍手でパールを讃えた。

 幸せに満ちた、今のパールをそこへ導いた、6匹などとは呼ぶも憚られるほどの6人の勇者に、心からの賛辞をその内心から訴えながらだ。

 

 プラチナの言葉で、戦い抜いた、戦い抜いてくれた、やり遂げてくれた6人のことで心がいっぱいになったパールが、声をあげて泣いた姿を世は知らない。

 後々になれば、いつかパールも幼子のように声をあげて泣いたその時の自分のことを、懐かしくも照れ臭く想うことがあるかもしれない。

 だが、あの日の特別な感情から時をおいた今を以ってなお、パールはその日の涙を恥ずかしく回想することは決してない。

 たとえ誰にからかわれたって、だってあの時は仕方ないよって、胸を張って言えるだろう。

 誰にも穢せぬ、彼女の純真な感情が溢れ出たに過ぎない姿だったのだから。

 

 長くもあり短くもあった、限られた者達により新チャンピオンが祝福されていた時間、観客席の人々は誰一人として帰ってなどいなかった。

 白熱のバトルを終え、熱狂していた観客は未だ燃え尽きも冷めもせず、共にこの地に赴いた身内と、言葉にし難いほどの激戦に紡ぎきれぬ言葉で感想を交わし。

 長い興奮の時間を終え、まだ早い時間なのに疲れて眠りについてしまった我が子を抱き揺らし。

 身内抜きで単身この試合を見届けに来たお客さんですら、初対面の隣席の人と、本当に凄いバトルだったなと感動を共有し合い。

 トイレに一度立つ時間すら見当たらなかった激戦の後、人々は各々にざわめきながら、新チャンピオンの再登場をずっと心待ちにし続けていたのだ。

 歴史的勝利に巡り会えたこの日、幼く可愛らしくも感嘆に値する少女が表彰される最後の一幕を見ずして、誰が帰れるかという話である。

 

 さっきまでバトルフィールドであった場所に、シロナに導かれて再びパールが姿を現した時の歓声は、彼女が勝った瞬間よりも大きかったかもしれない。

 激戦を前にしてずっと騒がしくしていた観客が、試合の最後に枯れた喉で発した、最後の力を振り絞っての歓声よりも、きっと。

 数十分のお休みを経て、喉を潤して、元気になった観客の大合唱は、会場裏や外のリーグスタッフですら、地鳴りのようなそれに驚いたほどだ。

 前王者シロナによる、新王者パールへの、賞賛と敬意に満ちた勝利者インタビューの時間。

 前チャンピオンの意向次第で、プロのアナウンサーがその役目を代わることも少なくない中、自分を破り王座から引きずり下ろした相手にだ。

 悔しさを、新たな成功者への敬意が上回るのも、シロナの器ゆえなのだろう。

 パールにおめでとうと言い、観客席からもう一度の歓声を引き出した後、くるんくるんとマイクを手元で回したりと、心から楽しんでいる姿が大物である。

 

 この日の一週間前、ダイヤに勝った時にもアナウンサーに勝利者インタビューを受け、上手く喋れずそれが放送されるたび恥ずかしくて死にそうだったパール。

 この日、パールはシロナの問いに、決して器用ではなかったけど、後から見ても恥ずかしくない程度にはしっかり受け答えが出来ていた。

 初対面の大人を前にしてのインタビューより、見知り親しいシロナさん相手だから緊張し過ぎず済んだのか、それとも二度目で単に少しは慣れたか。

 シロナはこの日のバトルを振り返り、あの場面はどうだった、あの時どうしてあんな反撃に出れたの、と、客が聞けて面白い内容をしっかり聞いてくれる。

 長いチャンピオン生活の中で、この手の話を聞かれることが非常に多かったシロナ、逆の立場になっても上手くやってくれるものだ。

 パールも気心知れた相手なのが幸いしてか、無我夢中すぎて思い出せない場面については、覚えてませんと格好つけずに返事することも出来た。

 そしたらシロナも悪乗りし始めて、パールが覚えていなさそうな場面を連続で尋ねて、三回連続で覚えてないという返答を引き出して。

 しっかりしてよ新チャンピオンー! なんていじって観客の笑いを誘い、パールが気恥ずかしげにふにゃりと笑うことも誘ってくれる。

 この日の自分のインタビューを、きっとパールは好んで見返すことはしないだろうけれど、一生の思い出になるほどの語らいであったことは間違いあるまい。

 

 最後に、お客さんにでも"誰にでも"いいから、あなたの言葉で今の気持ちを聞かせて、とシロナがマイクを渡してくれた。

 両手でそれを受け取ったパールは、会場を見渡して、すぐには言葉が紡げずに少しの沈黙が流れたけど。

 彼女はそこで、一度マイクを地面に置き、鞄を開け、それを頭上に掲げると、大きな地声で今最もそばにいて欲しいひとたちに呼びかけた。

 みんな、出ておいで。彼女が自分の言葉で今の気持ちを語れと言われたパールの第一声である。

 パールの最後の切り札として勝ったピョコまでも含めて、みんなけちょんけちょんに傷だらけの姿であり、お疲れなのは目に見えて明らかだったけど。

 少し休んで、バトルじゃなくて遊ぶぐらいには出来る程度まで持ち直したみんなは、パールのそばに降り立ってすぐに彼女を囲い込む。

 マイクを拾って両手で握るパールを見受けるや否や、ピョコが後ろからパールのお尻をひょいっと突き上げ、彼女を放り上げるようにして自分の甲羅上に導く。

 お尻をちょっと痛めつつも、スカートを正してぺたんとピョコの背上に乗ったパールに、みんなは甲羅を駆け上がってくる。

 

 パールの両膝を枕代わりにするように、その特等席を真っ先に確保しつつ、頭を上げず今のパールの顔を観客の目から隠さない配慮をするミミロルのミーナ。

 ピョコの背中の樹の上まで登り、全身を光らせてさながらパールをスポットライトのように照らしてくれるレントラーのパッチ。

 パールの後ろで彼女に背中を合わせるように座り、触れ合いたい想いと今のパールの華舞台を邪魔しない位置取りの折衷を取るニューラのララ。

 三匹の女性陣に特等席を譲り、ピョコのお尻の方の甲羅の上で、賞賛に満ちた眼差しでパールを眺める人々の姿を本当に嬉しそうに見渡すトリトドンのニルル。

 パールの頭の上で身を浮かせ、何度も何度も両手を振り上げ、もっともっとパールを褒めてと無邪気に観客を囃し立てるフワンテのプーカ。

 ぐるる、と短い声を発して頭を上げ、さあ聞かせてくれよとパールを促してくれるドダイトスのピョコ。

 彼女が自分自身の成功なんかよりも、ずっと、ずっと、自慢したいものが何なのかは、言葉一つ無くすべての衆目に伝わっただろう。

 6人のポケモン達。チャンピオンバトルにて体現したその強さ。そして、自分をこんなにも強くしてくれた、大切な人が大好きで仕方ないというその姿。

 観客やメディアが何度もシャッターとショットを撮るこの光景はきっと、儀式的なリーグ殿堂入りの厳かなものより遥かに尊い。

 

 今の喜びを伝えたい人が、パールには何人もいたはずだ。

 だけど、息を吸って声をマイクに向けて発し始めたパールの言葉に、登場人物は6人しかいない。

 幼馴染の姿も、尊敬する先輩の姿も、大好きなお母さんの姿も、紡がれる彼女の言葉に中には影も形も無い。

 出会った瞬間から可愛くて、愛らしくて、好きで好きでたまらなかったみんなのことが、一緒にいるうちにもっともっと好きになっていったこと。

 大変なことも沢山あったけど、そのたびみんなが助けてくれたこと。

 みんなと一緒に何かを成し遂げられた時が、何よりも嬉しくて幸せな瞬間だったこと。

 そして、そんなみんなとこれからも一緒にいられるだけで、他にはもう何もいらないと思えるほど胸がいっぱいであること。

 観客を見渡しもせず、目線だけは真正面のスタンドアリーナを向いていながら、彼女の心がどこを向いているのか、どんなに鈍感な客にもわかるはず。

 

 オーロラビジョンに映される、栄光の瞬間にある少女の真っ赤な目は、とっくに裏で泣き腫らしてきたものだと誰もが早くからわかっていた。

 それでも、みんなへの想いを言葉にするたび、何日もの、何週間もの、何ヶ月もの思い出が脳裏をよぎれば、まだもう一度彼女自身の心を揺さぶる。

 両手でぎゅっとマイクを握る手が塞がっているパールは、流れ落ちるものを拭いもせず、想いに任せて伝えたいことをすべて紡ぎ通した。

 鼻をすすって、彼女が最後に、声を大にして発した言葉は、きっと彼女の今の想いを最も明確に体現している。

 みんなのことを、最後に、もう一度、いっぱいいっぱい褒めて下さい。私の、大切な、大好きな友達です。

 その言葉によりパールの言葉が締め括られた瞬間、大きくも温かい歓声が再び会場を満たしたことが、恐らくこの日一番のハイライト。

 人々の敬意を最も集めるのはチャンピオンその人だ。その人物をその地位に押し上げたポケモン達は、きっと人にとってはその次に讃えられる。

 6人の友達をこの日の主役として認めて欲しいと訴える少女の言葉は、当たり前のことを忘れかけていた大人に、掛け替えのない童心を思い出させてくれる。

 

 ピョコの背中の上のパールへ手を伸ばしたシロナに、マイクを渡してぐしっと涙を拭ったパールは、その時ようやく大観衆を改めて見渡せた。

 その歓声が、間違いなく、大好きなみんなに向けられていることが、何よりも嬉しかった。

 本当の意味で、彼女が叶えたかったこと。

 幸せの六等分。一かけらも私にはいらない。私は、みんながそばにいてくれるそれだけで、とっくに六倍以上に幸せ。

 照れ臭く、あるいは嬉しそうに笑うみんなを改めて見渡すパールにとっては、きっと、その瞬間こそがこの日一番嬉しかった瞬間だ。

 泣き腫らした後の目で、太陽のように幸せな笑顔を身内に振り撒く少女の無垢な表情は、きっとそれを見届けた人達にとってさえ一生の思い出となろう。

 

 

 

「あたし、あの子に出会えてよかった。

 あの子が、ポケモントレーナーとして生きていく道を選んでくれて、本当によかった。

 いくつも、あの子は、あたしにとっても忘れ難いほどのものを、たくさん、たくさんもたらしてくれたわ」

「ふふ、あたしもちょっと羨ましいのよ?

 あの子にとって、あなたがあの子にとって一番の先輩であることが。

 あたしも慕ってもらえてはいるけど、あなたぐらいもっと好かれてみたいもん。

 大好きな人にはつい、もっともっと自分のことも好きなって欲しいって思っちゃうよね」

「あはは……あたし、やっぱり一番の果報者なんだろうな」

 

 本当に、本当に、本当に幸せそうな、感無量の人の姿は、いかに赤の他人であっても堪らない。

 ましてそれが、親しくて可愛くて大好きな、身内だったら、もう。

 愛することで人は幸せになれるし、愛されることで人は誰かを幸せにすることが出来る。

 心ある者達に許された、最も貴き権利であると同時に、最も尊き魅力である。

 

 温かき人々に、魅力に溢れたポケットモンスター達が過ごすこの世界は、シンオウ地方は滅びを免れた。

 そして、そんな美しき世界は、これからも永く永く私達の前に在り続け、きっとその地を離れても心の片隅にずっと残り続ける。

 楽園はまだ、喪われるには惜し過ぎる。

 人類史という記録にも、その日を生きた人々の思い出という記憶にも残る、そんなものに溢れた理想郷。シンオウ地方は夢の楽園だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はエムリットは寝てるのかな?」

「会える時間が結構わかんないんだよね。

 夕方に来ても会いに来てくれることもあれば、真昼に来ても寝てそうなこともあるから」

「もしかして毎日来てる? 時間だけ違う感じで」

「ついついね」

 

 プラチナと共に湖畔に腰を下ろし、美しく清純なシンジ湖の水面を眺めるパールとプラチナ。

 いつ来ても絶景だ。地元だからと毎日のように訪れ、その美しさを見慣れたような気がしても、ある日ふいにその美しさをきっかけも無く再認識できるほどに。

 パールほどシンジ湖を何度も見ていないプラチナなんて、こうして穏やかな気持ちで訪れる限り、何度だって感動できると感じるばかりである。

 

「パールと出会ったのもここだったんだよねぇ……

 初対面のインパクト、だいぶ強かったなぁ」

「ん~、確かに今になって思えばびっくりさせるよねぇ……

 迷わず飛び込んでったもんね、私」

「あの日、ムックル相手におたおたしてたあの子が、今はもうチャンピオンなんだもんなぁ。

 なんか信じられないよ。パール自身ですらそんな気してるでしょ」

「そうだねぇ……私、チャンピオンなんだよねぇ。

 だからって、あんまり変化ない毎日だからあんまり実感もないしなぁ」

 

「旅に出て他の街に行ったら、ちょっと非日常化するかもしれないけどね」

「そうなったら逃げる。

 私はチャンピオンづらするの向いてない。ひたすら向いてない。

 恥ずかしい思い出が増えてくだけ、わかりきってる」

「想像つくなぁ、囲まれてちやほやされたら目を泳がせるパール。

 そして何とかかっこいいこと言おうとして激すべりする」

「う~る~さ~い~だまれ~」

 

 これまでのパールの旅は、チャンピオンになった瞬間で、彼女の中では殆ど完結してしまったと言っていい。

 みんなをあれだけ自慢できたのだ。褒めて貰えたのだ。あれ以上の経験が、今後もう一度できるような気もしない。

 チャンピオンになった翌日、里帰りしたパールに、さっそく史上最年少の新チャンピオンへ、あれこれメディアのオファーは飛んできたけれど。

 パールが全然乗り気じゃなかったので、お母さんが丁重にすべてお断りしてくれた。

 本来新チャンピオンとなれば向こう一週間など、その人が望むなら幸せなてんてこまいなのだが、パールはその例に沿ってない。

 そんなわけで、パールの日常の暮らしはチャンピオンになる前と、殆ど何も変わっちゃいないのである。

 まあ、流石に有名人になってしまったので、道行く人々に二度見されたり、声をかけられたりするようにはなったが。

 子供だからなのかサインを求められるような、そこまでのことはそうそう求められないのが救いであろうか。

 ただ、お母さんと一緒にコトブキシティに、プラチナやダイヤも一緒にご飯を食べに行った時は、都会ゆえに寄ってくる人がまあまあいて大変だったりも。

 旅に再出発するまでに一週間空けたのは、ちょっとでも世間の熱があの日から冷めるのを待つのも狙いだったというわけだ。

 

 チャンピオンとなったパールが、ポケモンリーグに求められるのは、毎月末に挑戦者が現れれば迎え撃つこと。のみ。

 流石に子供、大人が仕事を求められる程に束縛しては少しあんまりなので、この歳ゆえにパールが求められることも最小限だ。

 そもそも大人のシロナでさえ、チャンピオンとしてこれだけはやってね、と求められることなんかは少なかったのだが。

 月末のチャンピオンシップ、その日挑戦者がいなかったり、その前週もプレーオフが無ければエキシビションマッチをやる、この程度である。

 出来れば平時もインタビューにも対応してね、とチャンピオンとしてのメディアへの顔出しを任意に求められる程度で、チャンピオンって案外自由なのだ。

 

 月に一度の防衛戦がスタンダードに行われるようになった昨今、下手に仕事をチャンピオンに強い過ぎるとブラックになってしまうのである。

 チャンピオンになれれば嬉しいけど、それで毎日が自由じゃなくなるんだったら、目指すのもなんだかなぁと思われかねない。けっこう現実的にあり得る話。

 パールは毎月末のチャンピオンズデーに、シンオウリーグで試合をすることだけ義務付けられているが、逆に言えばそれだけということだ。

 流石にすっぽかしたらチャンピオンを降ろされる程度には厳しさもあるが、こればかりは当然の範疇であろう。

 大きな怪我や病気にかかっての欠席なら、温情やその後の流れの裁量想定あるので、基本的にシンオウ地方のリーグはチャンピオンに優しくて寛容である。

 

「だいぶ先だけど月末にはちゃんとシンオウリーグに行くようにしなきゃね。

 何回か防衛して、それが習慣付いてきたらきっと、そのうち自分がチャンピオンっていう自負や自覚も湧いてくるんじゃない?」

「スケジュール調整よろしく、マネージャーさん」

「マネジメントいらないでしょ。

 三日前にはシンオウ西部にいれば一日でリーグに行けるじゃん。

 だいたいそのうち行く予定のバトルフロンティアだって、そこで修行しとけばリーグへの直行便あるし」

「でも風邪ひいたりしないかとか不安にもなるよ。

 一日、必ず、その日だけは義務、ってなんかプレッシャーない? 別に大丈夫だろうなってわかってても」

 

「風邪なんか引かないでしょパール、雨の中でミーナ探しに行った時もへっちゃらだったじゃんか」

「いま絶対、バカは風邪ひかない理論ぶつけられた」

「そこまで言ってないでしょ」

「どこまで言ったのさ」

「パールは超人だと思ってる」

「誰がポケモンかー!」

 

 パールを怒らせてふざけて笑うプラチナだが、内心ではパールのことを、超人に結構近いと思っている。

 やってきたことがやってきたことだけに。対ギンガ団の戦いの日々が本当にそう。

 身体はそりゃあ、健脚で元気だけどあくまで普通の女の子だが、メンタルがやばい。そうだと決めたらあり得ないぐらい無茶する。

 で、やり遂げてしまう。我が身を尋常じゃない危険に晒しながらもだ。

 普通の女の子に過ぎないことは重々承知の上で、それでもプラチナはパールのことを、脅威的な強さの持ち主だという認識を覆そうにない。

 

「最初の防衛戦はダイヤが相手の予定でしょ。

 すっぽかすわけないけど、遅刻でも絶対に駄目だよ。

 一滴も水差さず100%いい舞台にしてよ、チャンピオン」

「まあ、それはね……

 私も流石に、一回も防衛できず、しかもあいつに負けるのは悔し過ぎるしなぁ。

 きちんと万全で、後腐れもないよう、きちんと勝ちたいな」

 

 パールに敗れたシロナは、すぐにパールに再挑戦するつもりは無いらしい。

 彼女の実力があれば、一ヶ月の間に四天王相手になんとか勝ち切って、今月末にさっそくパールに再挑戦というのも不可能ではないだろう。かなり強行軍だが。

 実際、それを望む声は世間にも多いのだ。それだけ、パールとシロナの頂上決戦は内容が良かった。

 本来短期間での同じ顔合わせなんていうのは、新鮮味に欠けるので望まれぬこともあるが、この二人においては再戦さえ世論に歓迎されている。

 それでもシロナは、時間をかけてもっと腕を磨いてから、パールに再挑戦するという道を選んだようだ。

 具体的には一年ほど。その日、パールがチャンピオンでなくなっていたとしても、もう一度やりましょうねと熱い約束を交わして。

 そして、その一年後までパールがチャンピオンでい続けてくれるなら、それはそれで非常に熱い話。

 だからパールも、本来の彼女の性分とは異なるながらも、来年まで11回の王座防衛を果たしてみたいという意気込みは案外強い。

 そして、だからこそ毎月のチャンピオンとしてリーグに訪れる程度のことにさえ、何が何でも失敗できないと少しナーバスになったりもするのである。

 

「さっ、それじゃあしっかり今より強くならないとね。

 ダイヤだって、一ヶ月みっちり、今より強くなってパールの前に現れるよ。

 きっと新たな挑戦者が現れても、プレーオフで絶対勝てるほどにね。

 まだ確定してないのはわかってるけど、僕は今月末のチャンピオンシップは、パール対ダイヤだって信じてるから」

「……そうだね、多分ダイヤはそうなんだろうな。

 あいつ、そうだと決めたら絶対やり遂げちゃう奴だしな」

「どの口が……」

「だまれ。だまれだまれ」

 

 睨まれたので、立ち上がることでこの空気から逃げる。

 むすっとした顔で立ち上がるパールを、まあまあとなだめてひとまず機嫌を取っておく。

 むっとさせても、ちょっと間をおいてから、適切な接し方をすれば宥めることが出来る、そんなプラチナはパールの扱い方が本当に上手い。殆ど常に掌の上。

 最近パールもそうされてることに自覚が芽生え始めているが、まあプラッチだったら別に……ぐらいに内心では思っている。

 ナタネ先輩にべったり甘えん坊な彼女の姿にもよく現れているが、パールは心から信頼する相手には、概ね殆ど身も心も預け切れてしまう性分。

 ポケモン達に指示する立場より、みんなに好きなだけ甘える立場を遥かに好むように、パールはリードされてるぐらいの方が当人も幸せなタイプということだ。

 面倒見のいいプラチナとはよく噛み合うわけである。

 

「よーっし、出発しよっか。

 まずはハクタイシティでナタネさんと全力バトルだな~。

 出来れば今日のうちに、ハクタイシティに着いちゃって、しっかり準備して明日やりたいな」

「一日で行くにはちょっと遠い気もするけど……あっ」

 

「――――♪」

 

 ピョコがボールから飛び出してきた。

 パールを背中に乗せて、ガンガン飛ばして今日中にハクタイシティに着かせてみせる、という意図など考えなくても二人には伝わる。

 つくづく、自分の意志でパールのことを、何でも助けてくれようとするこの子のことが、パールにしてみればたまらないほど愛おしい。

 

「えへへ、ピョコありがと。

 それじゃ……」

 

 さっそくその背中に乗ろうと、横から甲羅に手をかけようとするパール。

 ほんと仲良しだなぁ、と微笑ましく眺めていたプラチナだが、足を上げようとしたところでパールが止まった。

 あれ、どうしたの、と問いかけたプラチナだが、パールは何かを考えているかのように、ピョコの甲羅に手をかけたまま一旦止まっている。

 

「……………………え~っと。

 そう、だな……うん……やっぱり、今日のうちにちゃんとやっておくね」

 

「え……」

 

 プラチナの方を向いて、しかし彼の方を真っ直ぐには見ず、どこかはにかむように目線を逃がしたパールが、もごもごと口にした言葉の真意など読みにくい。

 すぐにわかる。パールは、新たな旅立ちのこの日、果たしておきたかったことがある。

 私の、私達の、新しい日々が始まっていく一つの記念日。それが今日。

 言葉にすることも昨夜のうちから考えていたが、どうしても上手い言葉に纏まらず、今この瞬間までもこっそり悩んでいたのだけど。

 だったらもう、これしかないかな……と、最もプラチナには想像だにせず、最も大胆な行動でパールはその意をプラチナに伝えんとする。

 

 近付いてきたパールに、何を言われるんだと少し緊張したその矢先。

 すいっと顔を近付けてきたパールが、プラチナが何を問うよりも、何をするよりも早く、殆ど完全な不意打ちで。

 プラチナの頬に、触れたか触れてなかったかもわかりにく、しかし確かに、ほんの少し唇が触れたことがわかる程度には、その強い好意を行動で以って現した。

 あまりの衝撃に、プラチナは完全に時間が一度止まった。どうやら神様じゃなくたって、時間というものは操れてしまうらしい。この一度きりとはいえ。

 

「ちょ…………ぇ…………ぁ、っ…………」

 

「…………ばーーーーーか!!

 もっと嬉しそうな顔して欲しかったなっ!!」

 

 一歩下がって、プラチナをはっきりと真正面に見据えながら、顔を真っ赤にしたパールは恥ずかしさに負けて、その口元を手の甲で隠していた。

 やっと時間が動き出したプラチナが、声と呼べるものを発するまでそもそも三秒。

 その発された言葉も、言語としての体を為してない。プラチナの顔の赤さはパールとどっこいどっこいだが、一気に紅潮する速さはパールの倍以上。

 

 照れ臭さに我慢できなくなったパールは、苦し紛れに得意の大声を出して、しかし拒絶はされていないことだけがプラチナの反応からは理解できて。

 満面の笑顔を浮かべて舌を出したのち、ぱたぱたピョコの方に駆けていって、飛び乗るようにして甲羅の指定席に跨る。

 少し高い位置からプラチナの方を見下ろすパールの下では、地震を起こさない程度にピョコが前足で地面を叩いて笑っている。

 凄い凄い、すごくいいもの見れちゃった、と、手を叩いて大喜びする姿は、大きくなった今でも無邪気なピョコの姿として実に象徴的だ。

 

「プラッチ、ほら!

 一緒に行こ!」

 

「…………パー、ル……」

 

「これからも、いつまでも、ずっと一緒! 大好き!

 ずっとそばにいてくれなきゃ嫌だからね!

 私もう、プラッチのこと選んでるから!」

 

 プラチナの方に手を伸ばし、ピョコの背中に共に跨ろうと呼び込もうとするパールの表情は、その赤さも霞むほど眩しい笑顔に満ち溢れていた。

 吹っ切れてしまえば溢れ出る。気持ちが、想いが、感情が。

 そんな彼女に、少年は恋をしたのだ。強くなっても、どこか前より大人に近付いたように見えても、そんな彼女は今もまったく変わっていない。

 いつか自分が伝えるべきだと思っていた想いとまったく同じもの、それを相手から向けられる衝撃は、きっとプラチナの今までの人生で最大のサプライズ。

 それも、これから先を何年生きたとしても、これほど嬉しいサプライズは二度と無いだろうと、後から、今でも、思えるほどの。

 

「っ……うん……!

 ありがとう、パール……!

 僕は、君に会えて本当によかった! 一番、誰よりも大好きだよ!」

「っ、っ…………っ~~~~~!!

 いいから早く乗れぇ~!」

 

 表情のせいで隠しきれていない照れ隠し、呼び込むパールに応えるように、プラチナは胸いっぱいの想いでピョコの背中に飛び乗った。

 パールの後ろに座り、彼女の腰を持ち、ピョコの背中に二人乗りするいつもの形だ。

 女の子の身体にその手で触れるなんて、毎回いつも緊張して、その手に力が入りきらなかったのももう昔。

 この上ない幸せに満ちた少年の手は、遠慮なく、最愛の人の腰元をぐっと持ち、傷付けない程度の力加減で以って今の嬉しさを表現する。

 本当ならば、今すぐ抱きしめたいほど愛おしい、今日から恋人になった元親友に、それで収める程度にはプラチナもしっかり者である。

 

「ピョコ、よろしくね!

 ハクタイシティまで超特急!!」

 

「――――――――z!!」

 

 どかどかと駆け始めたピョコが、シンジ湖のほとりを出発し、101番道路を駆け抜けていく。

 早くて、揺れる、少しお尻に刺さるけど、風が気持ち良くて心躍るライド。

 それも目の前に、あるいはすぐ後ろに、大好きな人がいての旅立ちだ。

 きっと二人はこの日のことを、一生忘れることなど出来ないはず。

 新たなる旅立ちの記念日とは、まさしく今の特別さを言い表すに相応しい表現だ。

 

「………………ピョコ、負けないよ。

 パールにとっての一番は、いつか必ず僕のものにするからな」

 

「――――z♪」

 

 少年にとっての最大のライバルはここにいる。それも、めちゃくちゃ強いライバルだ。

 プラチナは、大好きな親友であり想い人でもあるパールに、何度だって尽くしてきた。

 それでも、今でも、ピョコのパールに対する献身の深さには、どうやっても勝てている気などしていない。パールのためなら本当に命すら賭けるんだから。

 パールに一番愛されるべきは、それほどまでに彼女に尽くしてきた彼の方であると、道理を意識すればどうしたってそう思えてしまう。

 今の自分じゃ敵わないのだ。今こうして、パールに選ばれたことが幸せであると同時に、そうなったことで新たな悔しさが溢れてくるほどに。

 

 それでも負けたくないんだから、もっと強くて、パールに相応しい男になっていくしかない。

 これほど今では勝てる気がしないライバルを前にして、意地だけで、らしからぬ語尾で強い気持ちを伝えるほどには、プラチナも腹が決まったのだろう。

 挑むことで、人は強くなれる。強さは待っていても舞い込んでこない。

 それこそ、挑み続けてこれほどまでに強くなったパールの、今と過程を知るプラチナだからこそ、他の誰よりもよくわかること。

 そんなプラチナの決意を背上から感じ取り、いいぜ、かかってこいと余裕混じりの声を放つピョコもまた純真だ。

 現時点での敗北宣言すら含む挑戦表明、迎え撃つ側の自信に満ちた返答。そして、二人はこれまで以上に強い繋がりを意識する。

 真剣勝負の時こそ最も、互いを分かり合えることが多い。それが男の子。

 

「――――――――へへっ、えへへへっ♪」

 

 大好きな人に愛されている。大事にして貰えている。

 パールの幸せな想いは、人に聞かれるとだらしなくて、ちょっと恥ずかしいぐらいの小さな笑い声に、堪えきれずに溢れていた。

 腰元に伝わる恋人のぬくもり。ぎゅっと掴んだ甲羅の揺れから伝わる、自分を乗せて走るだけで楽しいという親友の喜び。

 私はきっと今、世界で一番の幸せ者。絶対に間違いじゃない。

 

 向かい風が、今までで一番心地良い。

 吹き抜けていくその風が、心を透き通り、先に待つであろう数々のものに対する不安を洗い流し、新たな世界が広がっている高揚感で胸を満たしてくれる。

 独りで地面を踏みしめて歩き続ける、そんな旅では絶対に味わえない爽快感と恍惚感。

 大好きな誰かと共にゆく旅、その楽しさと喜びを一度経験してしまえば、もうその縁を手放すことなんて一生考えられなくなる。

 

 プラッチも。

 パッチも、ニルルも、ミーナも、ララも、プーカも。

 そして、ピョコも。

 みんな、パールにとっては唯一無二で、一生、変わらず、掛け替えのない存在だ。

 

 ずっと、そばにいてくれる。それが、ポケットモンスター。

 大切なひとと、いつだって一緒。夢のような友人であり隣人だ。

 大人も、子供も、ポケモン達が大好き。

 きっと私達も、いつまでも。

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