「まあまあ暗そうだね」
「ズバットいるかも」
「やめてよー! プラッチのあほー!」
谷間の発電所でギンガ団相手に戦ってから一夜明け、パールとプラチナは"ハクタイの森"を前にしていた。
ソノオタウンから出発し、205番道路を経て北上すれば辿り着く、北のハクタイシティへと繋がる大きな森だ。
朝方にソノオタウンを出発し、晴れた明るい時間帯に森へ到達したパール達も、鬱蒼とした木々の間から差し込む光の少なさに薄暗さを感じている。
暗さを口にしたパールに、すかさず彼女の苦手なものを口にして、怖がらせようといういたずらをする程度には、プラチナもパールとすっかり親しくなった。
「ズバットはいないっていうタレコミは既に得ているのだっ!
プラッチ、怖がらせようとしたってムダだよっ!」
「それ僕が教えたんだけどね」
「なぜそれでズバットがいるかもなどというウソをつくのかね。
ズバットがいないというのがウソだったのかい?
もしそうだとしたら今からプラッチをつねる」
「冗談、冗談だってば。
絶対いないとは言えないけど、発生例は無いみたいだから。」
変な喋り方で遊べるぐらいには、パールもズバットの単語を聞いても余裕を保っている。
ハクタイの森にズバットが発生したことは今まで一度もないという情報を、博識なプラチナから貰っているからである。
あくまでこれまでの話であって、今日や明日以降もそうだという保証はないのだが、まあ信頼していい話だろう。
ズバットと遭遇する可能性が限りなく低いとあれば、パールも元気なものである。
「出ておいで、ポッチャマ。
――パールはどうする?」
「じゃあ、さっき捕まえた子!
おいで! "ニルル"!」
さて、野生のポケモンも多く発生するというハクタイの森、仮にそれと急に遭遇してもすぐ迎え撃てるよう、ポケモンを一匹は出して連れ歩きたい。
ポッチャマをボールから出したプラチナに続き、パールも一つのボールを握ってスイッチを押す。
ピョコのボールに葉っぱのシール、パッチのボールに雷のシールを貼っているように、そのシールには水のしずくのシールを貼っている。
中から出てきたのは、桃色の体をしたカラナクシだ。
ハクタイの森までの205番道路で、野生のポケモンとしてパールと遭遇したポケモンであり、今はパールのポケモンである。
ピョコとの戦いを経て、パールの投げたボールに捕えられ、傷薬を与えられて今はもう元気な体調だ。
「ニルルっ、よろしくね。
頼もしいとこ、期待してるよ!」
「――――!」
「ポッチャマ、ニルルが危なくなったら助けてあげるんだよ」
「――――♪」
パールはこのカラナクシを"ニルル"と名付けたようで、ニルルと呼ばれたカラナクシも、期待してるよの言葉に笑顔で頷いてくれる。
けっこう"すなお"な性格をしているようだ。自分のトレーナーになったばかりのパールに言われたことに、たいそう素直に応えてくれるものだ。
パッチも似たようなものではあったが、このカラナクシはいっそうその気が強く感じる。よく言うことを聞いてくれそうだ。
「よーし行くぞー!」
「あんまり騒ぐと野生のポケモンが寄って来過ぎると思うけどなぁ」
新しい友達との旅路に気分上々のパール、そんな彼女を先頭にニルルも、プラチナもポッチャマもそれについていく。
ぐいぐい行っちゃってくれるパールだなぁと、プラチナにも印象付いてきた頃だ。
そそっかしくてせっかちなダイヤに対してあれこれ酸っぱい口を叩くパールだが、彼女もあんまり人のことを言えたものではないのではなかろうか。
初めて訪れる世界に意気揚々と踏み込んでいくパールも、しょうがないなぁと笑いながらついていくプラチナも、振り返る暇も無いほど前進の楽しい旅だ。
だから二人とも、音も立てずに二人をゆらりと追いかけてくる、小さな影になど気付く予兆も無い。
知らず知らずのうちに、いつの間にやら長い付き合いになっているであろうそれのことなど、パールは知る由も無かったようだ。
今のパール達は、目に見える前の景色で頭がいっぱいなのである。
それだけ、自分の足で初めての地に踏み込んでいく旅というのは、夢中にならずにはいられないほど楽しいのだ。
「ニルル! みずのはどう!」
「――――z!」
パールにとっての三人目のポケモン、カラナクシのニルルは非常に優秀なポケモンだったと言っていい。
野生上がりで捕まえられたばかり、トレーナーの下で全く鍛えられていないにも関わらず、森の野生ポケモンを全く相手にしていない。
もちろん、一緒に戦ってくれるポッチャマが、泡による攻撃で敵を牽制してくれたりと、パートナーに助けられている側面もあるにはあるのだが。
それでも大いなる武器と呼べる技一つで、どんな相手も退けられるだけの力量があるのは、優秀と呼ぶに値する姿である。
野生のケムッソ、マユルドぐらいなら、ニルルの放つ"みずのはどう"の一撃で追い払えてしまうのだ。
時々それに交じって出てくるスボミーは、草タイプであるため水の波動が通用しにくいが、それに対してはポッチャマが撃退してくれる。
スボミーが出てくればその相手をするのは基本的にポッチャマ、それ以外の相手はニルルが退ける。そんな図式で森を歩いていけている。
流石にニルルもそこまで高レベルではないため、たまに危ないかもという場面があれば、ポッチャマが相手を泡で撃って窮地から救ってもくれる。
ニルルとポッチャマ、水ポケモン同士で気が合うのかもしれないが、なかなか良い組み合わせとして森を進めている。
「多いね~。
なんか野生のポケモンいっぱい出てくるよ」
「自然に溢れてて野生のポケモンの生息総数自体が多いんだろうね」
「生息総数、なんて言葉の使い方初めて聞くんだけど。
プラッチってばナナカマド博士の下で働いてるだけあって、時々言葉遣いが学者っぽい」
「あはは、でも僕けっこうテンション上がっちゃってるかも。
地元にいるだけじゃわからなかった、初めての地でのポケモンの生息形態に触れられてる気がして何だか楽しい」
「なんて学者のタマゴっぽいセリフ」
「ナナカマド博士が、僕に旅を勧めた理由がわかった気がするよ。
実際にこの足で歩いて、この目で見なきゃ実感できないことってあるんだね」
パールに同行する旅をナナカマド博士に勧められた時、実は自分の力は要らないのかな、なんて少し考えちゃっていたプラチナである。本当に、少しだけ。
今は少しずつ、自分の足で未踏の地を踏むことで得られる経験が、いかに刺激的かを実感しているようで、あの日の不安はすっかり払拭できている。
パールのように、はじめから旅そのものを楽しめる心境とは言い切れなかったプラチナも、今は純然と旅を楽しめる心境のようだ。
「それに、野生のポケモンと戦える機会が多いっていうのはいいよ。
パールにとっては、新しく捕まえたその子をもっと強くしたいでしょ?
やっぱり場数を踏むのが、ポケモンが強くなっていくには一番の道だからね」
「そうなんだ?
ニルル、強くなってきてる?」
「?」
「あはは、そういうのってポケモン達だってそう簡単には実感しないかもだよ。
でも、着実に経験を積んで強くなっていくのは確かなんじゃないかな。
何度も勝ってると、自信だってついてくるだろうしさ」
「そういうものなのかな? そういうものだって思うことにする。
ニルルっ、もっと強くなろう!」
「――――♪」
単細胞な把握ぶりである。これはこれでポジティブ。
いいことだよ、って信頼できる友達に言って貰えることに、理屈を練って考えない方がむしろ良い。
よくわからないけど敢えて考えるのをやめにして、前向きな結論だけを導き出すパールの思考回路は、見失うもの以上に得るものの方が多そうだ。
パールの考え方が良いとも、彼女の考え方で最善と言える信頼できる友達がそばにいるからこそ、とも言える。
「あっ、そんなこと言ってるうちにまた野生のポケモン」
「うわわ、ほんとに休む暇も無い感じだね。
ニルル、まだいけそう?」
「――――」
大丈夫だよ、と頷いてくれるニルルの反応は、まだまだパールがニルルを引っ込めなくていいという信頼感を高めてくれる。
積極的に襲いかかってきたケムッソら野生のポケモンとは違い、いま遭遇した野生のポケモンは、パール達に背中を向けている。
しかし順路を歩く中、近付けば気付いて襲いかかってくるのはよくあることで、パールもニルルも身構えてはおく。
「はわっ……!」
「え、パール?」
しかし、当のポケモンに近付いてきたところで、パールのリアクションに異変発生。
裏返った声を出したので、ズバットにびびった時の彼女の声を連想しかけたプラチナだが、絶対そんなシチュエーションではないはず。
パールとニルルが身構えている対象は、そんな怖いポケモンではない。
木陰で座ってもそもそと草を結んでいるそれの挙動は子供っぽく、近付いたパール達に気付いて立ち上がって振り返った全容も、可愛い可愛い見た目である。
うさぎポケモンのミミロルだ。これを怖がる人なんてまずいないだろう。
ましてそのミミロルは、人間とカラナクシを見て身構えて見せるが、短い手足で腰を低くして構える姿に迫力めいたものがあるはずがない。
「かっ、可愛いぃ~!
ミミロルはじめて見た! 実物! あんなに可愛いんだ!」
「あぁ、ツボだったんだ?」
「見て見てプラッチ、すごい可愛い!
わかる!? わかんなかったら信じられない!」
「いや、わかる、わかるけど、集中した方がいいよ……」
「はっ、そうだった!
ニル……」
ミミロルの可愛さに胸をきゅんきゅんさせるトレーナーは少なくないそうだが、どうやらパールも例外ではなかったようだ。
先の声は、思わぬタイミングで可愛いポケモンを見てしまい、びっくりしただけだったらしい。
はしゃいだあまり冷静さを欠かしていたパールだが、プラチナの忠告を受けたパールはニルルへの指示へ意識を傾け直す。
しかし、ニルルに跳びかかってくるミミロルの速さが勝っており、ニルルはろくに指示も受けられないまま接近してくるミミロルを迎え撃つ立場となる。
まあ、トレーナーが指示をしなくたって、ポケモンだって自分に向けられた攻撃は自己判断で躱すものだ。痛いのは普通に嫌だし。
基本的に動きの速くないカラナクシだが、素早いミミロルの急接近を充分引き付けて、にゅるっと地面を滑るようにしてミミロルの平手の"はたく"攻撃を回避。
指示されていなくても勝手に躱してくれた。相手の素早さを加味すると、自己判断でこれが出来るニルルってかなり賢いかもしれない。
全力の平手打ちを躱されたミミロルは、空振った自分の手に振り回されるように、よたついてふらふらっとしながら体勢を整える。
「あわわっ、ごめんニルルっ、でもナイスっ!
えぇと、気を取り直して水の波動!」
「――――z!」
指示が遅れてごめんの言葉を発し、ニルルに攻撃の指示をしながら、しれっと新品のモンスターボールを手に握っているパール。
ミミロルを捕まえたくなっているようだ。感情が行動に出やすい子。
さておき、ニルルの開いた口から放たれる水の波動は、きちんとミミロルに直撃している。
そんじょそこらの虫ポケモンを一撃で退けるだけあり、威力充分のニルルの水の波動はミミロルを吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされて背中から倒れた挙句、ごろんごろんと転がりまくっていくミミロルの"ぶきよう"な姿には、ちょっとパールも胸がちくちくしなくもない。
なんだか痛めつけ過ぎちゃった感ある。
「――――!」
「うわ、あいつ根性あるな……!
ポッチャマ、いつでもニルルをサポート出来るよう身構えておいてよ?」
しかし、ミミロルはすぐに立ち上がり、よくもやってくれたなとニルルを睨み返していた。
可愛い顔と瞳なので全く迫力は無いけれど。
プラチナだけは冷静で、闘志を失っていないミミロルが想像以上の行動を見せないかと警戒し、ポッチャマに気を抜かないよう念を押す。
基本、勝てそうな限りでならニルルに経験を積ませるため、ポッチャマに手を出させない前提を保ちつつ、不測の事態には対応する構えである。
「ッ、――――!?」
しかし杞憂と言うかなんと言うか、再びニルルに跳びかかろうとしたミミロルは、足をもつれさせてすってんころりん。
額から地面に突っ込んでいく転び方で、痛い場所を押さえて涙目で立ち上がる。
見方によってはこれもキュートだが、パールの方が心配になる挙動でもある。
「――――☆、――――!?!?」
「あっ、パール!
今だよ、モンスターボールを投げて!
ミミロルは多分"こんらん"してる!」
「えっ、あっ、そ、そうなの?
あーあー、えぇと、いけーっ!」
立ち上がりこそしたものの、千鳥足でフラフラダンスめいたよろつきぶりのミミロルは、プラチナが見定めたとおりに弱っている。
"みずのはどう"には、受けた相手の意識をその波紋が渦巻く紋様が強く刺激し、しばしば混乱させる作用がある。
毎度そうだと決まっている確実性に秀でた追加効果ではないが、ダメージを与える以上の結果を与え得る、強い技だということだ。
見るからによれよれのミミロルに、パールは戸惑いながらも言われたとおりにモンスターボールを投げてぶつける。
当たったボールに吸い込まれるようにして消えたミミロルは、モンスターボールの中に一時捕らえられ、中で足掻くミミロルの動きに合わせてボールが揺れる。
言われてすぐ投げたぐらいには、ミミロルを捕まえて一緒に旅したいと思っていたパールである。
捕まえたいポケモンに投げたボールが揺れる時間は、何度やっても胸が騒ぐものだ。大人も子供もそうである。
間もなくして、ボールがかちりと音を立てたことで、ミミロルの捕獲をモンスターボールが表してくれた。
前のめりな姿勢でどきどきしていたパールも、その音を聞いてぱあっと表情が明るくなる。
でも、まず駆け寄っていくのはボールを拾う足ではなくニルルである。
「やったー! 捕まえたあっ!
ニルルありがとうっ、私が思ってた以上にずーっと頼もしい子だよー!」
「――――♪」
常に全身が体液で濡れており、ぬめるカラナクシの体を抱え上げて、ぎゅーっと抱きしめるパールである。
え、触って平気なの? と思うプラチナである。
いや、自分は平気だけど、女の子ってああいうぬるぬる軟体生物を抱っこするなんて嫌がりそうな気もするんだけど、という、少し偏った見方もあってだが。
パールは気にしないらしい。抱っこされたニルルが喜んでくれるのを間近に見てパールも喜び、やがて地面に降ろした後も、後悔ひとつ無い顔だ。
パールの肌と服、ニルルに触れ合った場所全部がテカっている。カラナクシのぬるぬる体液に濡らされて。
「ふふっ、思わず捕まえちゃったけど、ニルルってばほんとに強くて賢くて頼りになるよね……!
これからもよろしく、一緒に強くなっていこうね!」
「――――♪」
元々パールは205番道路で遭遇した、数多の野生のポケモンに過ぎないカラナクシを、はじめから捕まえるつもりなんて無かったはずなのだ。
だけど、退けるためにピョコに命じた体当たりを受け、それでも屈せず水の波動を打ち返してきたカラナクシの姿を見て、モンスターボールを投げたのだ。
そうそう失わぬ根性と闘志。これはもしかすると強くて頼りになる子かも、と閃いたパールの判断は、きっと間違っていなかったのだ。
今はニルルと名付けられてパールと行動を共にするカラナクシは、三人目の彼女のポケモンとして、既に存在感を充分に発揮し始めていた。
技も精神面も優秀で、きっとパールのためならといくらでも頑張れるピョコやパッチと比べても、遜色の無い強さを今後も見せてくれそうである。
なかなか優等生だ。パールの手持ちとなって数時間も経たぬうちに、彼女に新しい友達を導き出す結果を出すぐらいなのだから。
嬉しそうな顔でミミロルの入ったボールを拾うパールの傍ら、ピョコとパッチの収められたボールががたがた揺れていた。
新しい仲間は優秀だ、でも俺達私達の事も忘れないで、と訴える、パールの先輩パートナー達の激しい訴えだ。
気付いたパールがそっとそのボールを撫でてあげれば、中の二人も少しは安心しておとなしくなるんだから、パールにとっては可愛いのなんのって。
ピョコにパッチに、ニルルに新しく捕まえたミミロル。
少しずつ、パールも一端のポケモントレーナーらしく、連れ歩くポケモンの数が増えてきているものである。
どの子も可愛い。みんな大好き。誰が一番なんて序列を考えたこともない。
なのにピョコとパッチときたら、自分が一番大好きだって言って欲しいといわんばかりに、よく妬いた反応を見せてくれるものである。
誰でもそうだが、新しいものには目が向きがち。捕まえたばかりの新しいポケモンに、胸が躍る経験は誰しもあるはずだ。
それでもきっとパールは、捕まえたてのポケモンだけに心奪われ、たとえ一時たりとも昔からいる友達を蔑ろにすることなど絶対にあるまい。
可愛いミミロルを捕まえられたことは嬉しい。ニルルの強さも頼もしくて胸躍る。
それでもこうして甘えてくれるピョコとパッチの可愛さだけは、パールは絶対忘れることはない。
ニルルの見ている前でありながら、愛情いっぱいにピョコとパッチの入ったボールを撫でるパールの姿を見て、プラチナもそう感じたものだ。
そんなパールの姿を見て、ニルルがいいなぁという顔をしていたりもするのだけど。
なかなかパールも知らず知らずのうちに、罪作りな立場になっているものである。彼女はなんにも悪くないけれど。
手持ちのポケモンに、みんなが同じだけ満足するよう、平等な愛情を注ぐというのはなかなか難しいものなのだ。