「パーーーーールーーーーー!」
朝ごはんを食べていたパールに、家の外から聞こえてくる大音声。
あいつにはインターホンを押すっていう発想が無いのかな、って、パールも毎度のことながら思っちゃう。
「パール?」
「わかってるよ、お母さん。
せめてご飯食べてから……」
「パーーーーールーーーーー!!」
晴れた日の朝日が窓から差し込む、気持ちのいいゆったりとした朝食の気分もぶち壊し。
お母さんが出てよ、という旨を発したパールだが、玄関の向こう側から飛んでくる声ときたら、パールを出せ出せオーラがとんでもない。
これは多分、無視し続けていたら奴も叫び続けるパターンだ。近所迷惑間違いなし。
「ふふ、あの子は今日も元気いっぱいね。
行ってあげなさいな、パール」
「……はぁい」
食べかけのパンをお皿の上に置いて、パールはミルクを一口飲む。
がたん、と不機嫌な音を立てて立ち上がったパールが、ずんずん玄関の方へと歩いていく。
見守るお母さんも、背中を眺めてくすくす笑えてくる姿だ。
あなたあの子をガサツと言うけど、あの子と一緒にいる時だけは、あなたも同じぐらいガサツよと。
「パーーーーールーーーーー!!!」
「うるさーーーーーーーーーーいっ!!!!!」
ばこんと玄関の戸を開けたパールの第一声たるや、彼女を呼んでいた少年の大声を遥かに上回るほど大きかった。
ビッパを連れてお散歩していた近所の女の子が、パールの声でビッパ共々びくっとしたぐらいである。
ダイヤの声にもびびっていなかった女の子とビッパが、パールの声でそうなるんだから、よほどこちらの方が大声だったということ。
「おはよう、パール!
今日も元気だな! いい声してたぞ!」
「ダイヤ! こんな朝早くから人の名前呼ぶのやめてよ!
恥ずかしいじゃん! そういうあんたと同類だと思われたらヤなの!」
「あははは、友達だろー!
それにパールも声おっきいし!」
「あんたが怒らせるからでしょっ! ご飯食べてる途中だったの!
言っとくけど私のことこんなに怒らせるの、あんただけなんだからね!」
こっちがこんなに怒っているのに、へらへら陽気に笑う幼馴染の"ダイヤ"の姿は、それがいっそうパールを怒らせる。
静かにしてくれてさえいれば、優しいところもあるしいい奴なのに、このうるささと節操の無さだけがパールをいつも参らせるのだ。
「それで、なに?
今日は遊びに行けないよ。お母さんと、ポケモン捕まえに行くんだから」
「なんかさー、さっき町の入り口辺りで人を探してる奴に話しかけられたんだよ。
なんとなく話聞いたカンジだと、お前のこと探してるっぽいんだよな」
パールの育ったフタバタウンでは、11歳になると大人の誰かと一緒にポケモンを捕まえに行くことが出来るようになる。
パールの場合、その大人とはお母さんになる。
町ごとに風習は異なるが、フタバタウンでは自分でポケモンを捕まえて友達にするのは、11歳からと決まっているのだ。
ビッパをお散歩させていた女の子がすぐそばにいたが、あれはあの子が自分で捕まえたビッパではなく、親が捕まえたものだろう。
「私? なんで?」
「知らねーよ。アイドルのスカウトとかじゃね」
「えー、そう?
あんたから見て、私そういうのありそう?」
「無いな。
いててて、つねるなよ」
「自分で聞いておいて失礼なやつ。ゆるさん」
上げて落としてくる幼馴染の腕をパールはつねっておく。
振り払うダイヤだが、後ずさって逃げたりしないぐらいには、こんなの慣れたいつものやり取りである。
「とにかく行ってみようぜ。
多分探してるのってお前のことだと思うから」
「ん~、まぁ……じゃ、行ってみようかな。
お母さ~ん、ちょっと出かけてきていい~?」
「はいは~い、お昼までには帰ってきなさいよ~」
出られる恰好が既に整っているパールは、玄関からお母さんに声をかけておく。
いいよと言われたので、ダイヤと一緒に外出の運びへ。
町の入り口は北の方。二人で並んで歩いていく。
「私を探してるっぽいって、どんな風に説明されたの?」
「湖に迷わず飛び込んでいけるぐらい勢いのある、可愛い女の子だってさ。
そんなのお前しか思いつかない」
「い、勢いのある……あんたから見て私ってそんなやつ?」
「すぐ周り見えなくなって突っ走るじゃん」
「あんたにだけは言われたくない」
歩く中でのお喋りはテンポよい言葉のキャッチボールだ。
もう7年も一緒に育ってきた幼馴染なので、並び歩く距離感も近い。手だって繋げそう。
「で、私はあんたから見て可愛いの?」
「うん、可愛いよ。
俺の知ってる女の子の中じゃ一番可愛い」
「うっ、冗談で言ったのに真顔で返されると……」
「あははは、照れてる照れてる!」
「もぉ! うるさいわよっ!」
顔を赤くしたパールがぶんぶん掌を振ってダイヤを遠ざけようとするので、ダイヤも笑いながらパールから距離を置く場所に行く。
並んで歩く足を止めないまま、器用にやり合うものである。
「…………あれ?
湖に飛び込むって……」
「あっ、ほら見えてきた見えてきた。
あいつお前の知り合い?」
ふと、今の話の流れからパールが何かに気付きかけたところで、町の入り口に辿り着く。
ダイヤが指し示すのは、なるほどパールも確かに知っている顔。
赤い帽子をかぶった少年は、昨日シンジ湖で出会った同い年そうな男の子だった。
「あぁ、よかった、会えた!
昨日名前を聞いてたのに忘れちゃって、どうやって探そうかって困ってたんだ!」
「え~、なんか失礼な話。
私はあなたの名前ちゃんと覚え……あ~、え~っと……」
「なになに、お前ら知り合い?」
「プラ……プラッチだったよね?」
「いや、プラチ……」
「なーなー、お前ら知り合いなの?
どこで知り合っ、むぎゅぎゅっ」
昨日一回きり聞いた相手の名前を思い出そうとしているところ、横でうるさい奴がいるので、パールはダイヤの頬に掌を押し付けて離れさせる。
近いわうるさいわ、おかげでプラチナと改めて名乗った彼の声も、ダイヤの声にかき消されてパールの耳に届かなかったという巻き込み事故を起こす。
「ごめんね、プラッチ、うるさいやつで。
さあさあ、私は思い出したよ。私の名前も思い出して」
「いや、だから違……あ~、もういいや……」
この際訂正を諦めて、プラチナは目の前の女の子の名前を思い出そうとすることを頑張り始める。
だが、難しい。名乗られたあの時は、びしょ濡れ姿の女の子を目の前にして、意識が乱れていたタイミングである。
頑張って思い出そうとしながらも、引っかかるものすら得られず困った顔のプラチナに、パールも思わずくすっと笑ってしまう。なんか可愛いんだもの。
「私、パール。
今度は覚えてね?」
「あ、うん……
ついでに僕の名前も……」
「俺、ダイヤモンド!
パールの友達なんだ! ダイヤって呼んでくれていいからな!」
横槍もう一丁。なかなかパールに名前を訂正させて貰えない。
思いっきり邪魔されたので、ダイヤの方を見るプラチナもうへぇとした顔。
「あはは、ダイヤ引かれちゃってる」
「え~!?
なんにもヘンなこと言ってないだろ~!?」
「プラッチ、ダイヤは結構うるさい奴だけど、結構優しいとこもあっていい奴だからそんなに引いてあげないで。
うるさいけどね」
「なんだってんだよー!
うるさいって二回も言うなよー!」
ほらうるさいでしょ、とダイヤを指差して笑うパールの態度を見ると、二人が仲良しなのはプラチナにもわかる。
プラチナは、自分のために湖にまで飛び込んでくれたパールが優しい人であるのは知っているし、そんなパールがそう言うのなら、とは思えるのだが。
声が大きいのはそういう人なんだなと。確かにぎゃんぎゃん騒がしいけど、表情豊かで愛嬌もあるダイヤの姿は、まじまじ見れば印象も悪くない。
「あははは……ダイヤ、だね?
よろしく、僕はプラ……」
「プラッチだろ? さっき聞いたよ! よろしくな!」
駄目だ、運命に許されない。名乗り直せない。
無理矢理気味に握手され、ぶんぶん手を振られるプラチナの顔がやつれる。
パールの方を見て、こいつ何とかしてという眼を送るプラチナの表情には、パールも苦笑いしてダイヤの肩をぽんぽんと叩く。
そしたらダイヤはパールの言いたいことを理解して、プラチナの手を放してくれるのだ。猛獣使いか何かか。
「そんなことよりパール探して何の用だったんだ?
告白?」
「ち、ちがっ……!?
博士がパールっていう女の子を連れてくるようにって……っ!」
ぼふっと顔を真っ赤にしたプラチナは、ダイヤとパールを交互に見てあわわ。
そんなんじゃないよ!? と必死で訴える表情があまりにもで、わかってるわかってるとパールは両掌をプラチナに向けて苦笑い。
それを見てプラチナも少しずつ落ち着き始める。ブリーダーみたい。
「と、とにかくマサゴタウンに来てくれないかな?
博士が、パールと話をしてみたいんだってさ」
何とか要件をようやく伝えられたプラチナは、ここまでのやり取りだけでも随分疲れてしまったようだ。
乾いた笑いのプラチナの疲れを察したパールは、じとーっとした目でダイヤを見つめていた。
多分あんたのせいよ、と。まあまあ合ってる。
たはは、と笑うダイヤは目で指摘されて自覚は出来たようだが、あまり悪びれていない様子だった。
マサゴタウンはフタバタウンから近く、往復しても昼には家に帰れるぐらいの距離にある。
フタバタウンとマサゴタウンを繋ぐ201番道路には野生のポケモンも出没するため、ポケモンを連れていない子供が歩くには注意が必要だ。
しかし、パールもダイヤも野生のポケモンに絡まれない道筋と歩き方は知っているため、気軽に通える隣町といったところ。
過去に何度か遊びに行ったことはあるし、知らない町ではない。
マサゴタウンにはポケモン研究所があることも知っているし、最近そこになんだか有名な博士が帰ってきたらしい、という話もある。
パールはお母さんが見るニュース番組を一緒に見ていたから、それも何となく知っている。
ダイヤはそんな番組見ないし新聞も読まないから知る由もなし。
ただ、パールに会ってみたいという人物が"博士"というから、案内された先がポケモン研究所だったことには概ねわかっているかもしれない。
「さっ、着いたよ。
ここが博士の研究所」
「あんた結局最後までついて来たわね。
何しに来たのって言われても知らないよ?」
「パールの保護者?」
「えー、私とあんただったら、どっちかって言うと私の方が保護者っぽい」
201番道路を抜けてマサゴタウンに来たパールとプラチナだが、ダイヤも一緒についてきた。
ヒマだったらしい。道中、パールとプラチナがどんな風に出会ったかなど、ちょうどダイヤが知りたがるような話題もあった。
湖に飛び込んだパールのいきさつを聞いて、えらくダイヤは笑っていたものだ。
お前らしいなぁと。褒められているんだか、嗤われているんだかわからない言い草に、パールはたいそう微妙な顔をしていたが。
なんとかチャンスがあれば、道中でも名前を訂正しておきたかったプラチナだが、これは結局叶わなかった。
ずーっとダイヤがくっちゃべっていて、それらしいタイミングを掴めなかったのである。
ダイヤとパールの、笑顔の多い軽快な会話のキャッチボールが、見ていて口を挟みづらいほど微笑ましかったのも一因か。
ここまで辿り着いてようやく、あぁそういえば結局訂正してないな、とプラチナが気付いたほど。
それだけ三人でお喋りしながら来る道中が楽しかったとも。
「博士が待ってるよ。
ついてきて」
パールはともかくダイヤはプラチナにとって、タイプの違い過ぎる男の子。実際、初対面時の印象はあまり良いものでもなかっただろう。
だけど呼んでもいなかったはずのダイヤを、パールと一緒に研究所につい招き入れてしまうほどには、今やダイヤに対する印象も悪くないようだ。
そういう気持ちは顔に出る。そそっかしいようでそういうのはちゃんとわかるダイヤだから、迎え入れてくれるプラチナの態度には嬉しそうだった。
何だか短い時間で打ち解けたみたい、とダイヤとプラチナを見て取ったパールも、なんだか嬉しかったものである。
なかなか仲良くなっていけそうな三人だ。
研究所に入っていく三人は、みんな明るい笑顔だった。
そしてこの十秒後、こんなに和気藹々としていた三人の笑顔が、"博士"を前にしてかちんこちんに固まることになることを三人はまだ知らない。