ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第21話   VSロズレイド

 

「ピョコ! たいあたり!」

「ナエトル! 防御!」

 

 ナエトルVSナエトルの図式、表面上はイーブンに見える図式でも、実際のところはパール側パッチの優勢というのが本質だ。

 何せナタネのナエトルは、パッチ相手に一戦終えた後である。

 ナタネのナエトルもジムリーダーに育てられた強い個体とは言ったって、ピョコだって何ら遜色ない程度には強く育っているのだから。

 事実、甲羅に入って守備力を高めたナエトルにぶつかったピョコは、自分も頭を少し痛がりつつも、脚を引っ込めた甲羅を突き飛ばすことに成功している。

 

「ナエトル、まだいけそう!?」

「――――z!」

「よーし、ナイスガッツ!

 いけそうだったら反撃よ!」

 

「ピョコ、はっぱカッターが来るかも!

 こっちもはっぱカッターで反撃!」

「――――z!」

 

 発破に鳴き声で応じて立ち上がるナエトルに、ナタネは反撃手段を敢えて公言しない指示を出す。

 しかしパールもナエトル使いだ。自分のポケモンの手の内はわかっているわけで、相手のナエトルの主な攻撃方法もわかっている。

 距離がある中でナエトルの反撃手段といえばあれしかないし、体当たりで来るなら来るではっぱカッターで迎撃できることに変わりない。

 自信の無い読みでありながら、相手がどう来ようとも対応できる迎撃手段を選べている辺り、トレーナーの指示としては上々だ。

 握り拳を突き出して気持ちのこもった指示を出している辺り、無邪気すぎてどこまで計算ずくなのか怪しいものだが。そこまで高度な判断はしていなさそう。

 

「ピョコ、がんがんいっちゃえ! たいあたり!

 相手だって苦しいよ! 一気に決めよう!」

「――――z!」

 

「あぁ~もう! 何気にこういうのが一番困る!

 ナエトル、はっぱカッターで迎撃!」

 

「いいよパール、その調子……!

 ヘタに何か考え過ぎない方がいいのかも……!」

 

 お互いのはっぱカッターが双方の間で火花を散らしきった後、パールはピョコに突撃の指示を出す。

 やっぱりパールは初心者である。いけると思う戦術をそのまま使っちゃう。

 しかしながら、その思い付きが有効打であるかどうかに、果たして充分な思索を巡らせたかどうかはあまり関係なかったりする。

 当てずっぽうでも正解ならよし、幾重にも思考を渦巻かせて導いた回答でもハズレなら残念。一発勝負の世界というのはそういうものだから。

 

 敵の反撃手段がはっぱカッターであるとあらかじめ強調して貰えれば、敵に迫るピョコだって行く中での回避が一手早くなる。

 無数に飛来するはっぱカッターを全て完璧に躱すことは出来ないが、走行軌道を追って曲がって、傷は最小限に抑えられている。

 びすびすと傷つけてくるそれを、体をひねって主に硬い甲羅で受けつつ、ナエトルまで接近するまでの展開は理想的に近い。

 そのまま詰めた距離を活かし、地を踏みしめて体ごとぶつかっていくピョコが、甲羅にこもる指示を出そうとしたナタネの口より早く相手に当たっている。

 

「ナエトル……!」

 

 防御態勢を取れぬまま突き飛ばされたナエトルが、やや力無く芝生の上を転がっていく。

 脚に踏ん張る力が入っておらぬ様相でごろごろ転がるそれが、強い体当たりで受けたダメージの大きさを物語っているといえよう。

 流石にジムリーダーに育てられたナエトル、それでも立ち上がろうとはするものの、立ち上がりまでの遅さは致命的な弱りを表している。

 

「ありがとう、ナエトル!

 よく頑張ってくれたわ!」

 

 いかにリフレクターの恩恵が残っていたとはいえ、コリンクにそこそこのダメージを通された上でここまでやられては、限界到達とナタネも判断した。

 彼女がボールのスイッチを押し、ナエトルをボールに戻したことで、ピョコ対ナエトルの勝負はついたと断じられるだろう。

 よもやあのナエトルを、いかに今後風向きが悪くなったとて、再び繰り出してくることはあるまい。これで残すは一対一だ。

 

「やった!

 ピョコすごいすごい! この調子でいこう!」

「――――z!」

 

「ほんと、見るからに初心者トレーナーなのよね……

 だからこそ怖いとこもある、っていうの、つくづく忘れられないわ……!」

 

「結果的に、僕がやるより多分ずっと理想的な勝ち方してるんだよね……」

 

 ぴょんぴょん跳ねるかのように体を上下に揺らして歓喜するパールはあまりに無垢で、すぐ後に続く最後の一対一のことすらまだ考えていない。

 ただただ目の前で、大好きなピョコが華麗に勝ってくれたことを嬉しがるのみ。

 本当、初心者。目先の勝敗に一喜一憂し、その後のことまで意識が向かない。まあ、はじめはみんなこういうものではあるけれど。

 

 とはいえこういう初心者が、ベテラントレーナーにとってはある意味で手を焼く相手だったりするのも現実である。

 例えばパールと同じ手持ちのプラチナが、ナタネを相手にこの状況で戦いに挑んでいたら、指示は全く変わっていただろう。

 見るからに主将に繋げる戦いを、敵の手の内を暴くための戦いをナエトルに望んでいると見えるナタネ相手に、プラチナだったらもっと考える。

 手の内を明かしきらぬように、工夫した戦い方を探して戦うはず。相手の思惑を破るにはそれが最善手と言える。

 しかし、それを意識するあまりに指示の決断が一秒でも遅れれば、それはそれでベストとはなり得ぬかもしれぬのが、リアルタイムの戦いというものだ。

 そんな理屈、はなから理解も想像もしていないパールだから、出すもの出して一気に勝負をつけよう、という決断指示が早かったのも事実である。

 その上で早い決着を、すなわちピョコに傷の浅い勝利を結果と出来たのだから、ここまでの流れで考えれば、パールの戦い方は"正解"だったと言えるのだろう。

 

「プラチナ君! さてはパールに感心しているね!?

 顔に描いてあるぞっ!」

「あー、まあ……当たらずとも遠からずな感じです」

「うんうん、気持ちはわかる!

 あたしも今おんなじ気持ちを共有してる気がするわ!」

 

 パールそっちのけで、ポケモンバトルに知識ある者同士のやりとりが発生している。

 下手に知識を増やすと、知識で乏しくもがむしゃらに突き進んでくる者を相手にした戦いで、油断せずとも押し切られることが多々あるものだから。

 現に今のピョコとナエトルの戦いは、それそのものと言って相違ない。

 

「それに、全然予想もしなかった事っていうのも起こるものだからさ……!」

 

「えっ、あっ、ピョコ!?

 ど、どうしたの!?」

 

 鼻息荒く、さあ次来い次来いと意気込んでいたピョコが、ふと興奮を失ったかのように顎を引いた挙動に、ナタネが先に気付いていた。

 それから体をぶるぶる震わせ始めたピョコを目の当たりにして、パールがようやくピョコの異変に気付く。

 それが何を意味する挙動なのか、知っているプラチナとナタネはこの局面でのそれに驚くばかりで、一方パールは心配そうな顔。

 これから何が起こるのかわかっていなければ、苦しんでいるかのような仕草にも見えるのだろう。

 

 びしばしとピョコの甲羅にひびが入ったかと思えば、それがはじけるように割れて破片を撒き散らす。

 その下から現れたのは甲羅の下の身体ではなく色の変わった新たな甲羅の一面だ。

 そのことばかりに目を奪われているパールだが、その下でもピョコの前足や頭部、胴体はめきめきと膨らむようにして、やがて一回りも二回りも大きくなる。

 気付けばパールの膝の上にも乗れるサイズだったピョコは、一転パールが跨れるほどの大きさとなり、前足ひとつで地面を踏みしめた音も重々しく響く。

 そして背中の甲羅に、ばさぁと瑞々しい藪草が生え揃い、敵を見据えて大きく吠えたピョコが、新たな姿で戦場に独り君臨する様と相成った。

 

「えっ、進化!?

 ピョコっ、進化したの!?」

「あぁもう、計算が全部狂うわぁ……!」

 

 敵勢主将を残したこの局面、"ハヤシガメ"に進化したピョコの姿に、パールは身を震わすほど興奮して大はしゃぎ。

 対するナタネは苦笑いするばかり。ナエトルから切り札に繋いでいく中で用意していた戦術や見通しが、相手が様変わりしたことで総崩れ。

 頭をかいて参ったなぁの顔をするナタネだが、一方で冷めやらぬ興奮が彼女の心を奮い立たせてもいる。

 これだからポケモンバトルは面白いのだ。何が起こるか本当にわからない、というのを、今まさに目の当たりにしているところなのだから。

 

「パール! いいムードのところ悪いけど、あんまり調子には乗せさせてあげないからね!

 まだ終わりじゃないもの! あたしにだってまだ切り札が残ってる!」

「っ、はいっ! 望むところです!

 ピョコが絶対勝ってみせます!」

「あははっ、いい顔になった!

 あなたはやっぱり、そういう顔してる時が一番輝いてる!」

 

 ピョコの進化に浮かれていたパールも、相対するジムリーダーの強い言葉を受け、気を引き締めてバトルフィールドに目を向ける。

 でも、進化してくれたパートナーの頼もしい姿を改めて見ると、ついつい口の端が上がっちゃう。

 勝つぞの気持ちは表れている。それ以上に、今のピョコなら絶対勝ってくれるはずだという信頼感に満ちた目の色の方がずっと強い。

 

 どんなトレーナーにも言えることだが、その者に合った型というのがあり、それは精神的な面でも同様だ。

 ジムリーダーであるナタネは、バトルにおいては自分のポケモンをその指示と力量で、コントロールしてリードする。

 今回のような、所持するバッジが少ない挑戦者を迎え撃つにあたり、一番強い手持ちのポケモンを容赦なく出すバトルではない場合など尚更だ。

 成長途上にある、まだ経験場数の少ないポケモンを、その手腕で以って力を最大限発揮させることこそ、今のナタネの"型"と言えるだろう。

 

 対するパールはそうじゃない。自分が未熟であることをよくわかっていて、基本的には大好きなポケモン頼りで、細かい判断の多くすらピョコ達に任せている。

 勝ちたい勝負だから、自分も少しでもピョコ達の力になりたいと意気込んでいたものの、そうしてリードする側に回るのは今のパールの"型"ではないのだ。

 急激にいっそう頼もしくなったピョコの姿を見て、頼りにさせてねという目の色をいっそう強くするパールの姿は、本来の彼女に戻ったことの表れだ。

 トレーナーとしては本当に初心者だ。しかし、今はまだそれが許されたまま戦っていける時期でもある。背伸びはかえって良くないことも多いのだから。

 現状の自らに最も望ましい、あるべき精神に立ち返ったパールの姿こそ、雑念を失ってコンセントレーションに入った一番強い姿とさえ言い切れる。

 

「いくわよ! ロズレイド!

 あなたに相応しい挑戦者よ! 勝って誇りましょう!」

 

 描いた戦術を一掃させられるような一幕の連続に、面食らわされてきたことをナタネは嘆かない。

 戦場は不変だ。いつ、どこで、何が起こるかわからない、という当然がある。

 負けてから、その当たり前を忘れていた、と顧みて悔いるよりは余程良い。

 想定外のハヤシガメへの進化さえ、この当然を忘れじと遅きに失さぬタイミングで思い知ったことを、ナタネは最悪ではないと考えられるのだ。

 油断一つ無き眼差しで、バトルフィールドに切り札ロズレイドを喚び出すナタネもまた、最も手強いジムリーダーとしてステージに立っている。

 

「ロズレイド、先手必勝! よく狙って!」

 

「ピョコ、いこう! ぶつかって!」

 

 離れた相手によく当たる手段として、技名を明言せずナタネがロズレイドに命じるのはマジカルリーフ。

 対するパールも、距離を取った戦い方は選ばない。ハヤシガメとなりスケールアップしたピョコに、たいあたりするよう指示している。

 相手がこちらより小さいから近距離戦が有利と捉えたか。短絡そうな判断だが、案外的を射ているかもしれない。

 

「ロズレイド、躱せる!?

 躱せないようなら"どくばり"で迎撃よ!」

 

「どくば……っ!?

 ピョコっ、気を付け……」

 

 ロズレイドの放つ葉の数々は、すべて直線ではなくあらゆる弧を描く軌道でピョコに迫り、大きくなった今のピョコではいっそう躱しづらい。

 だったらいっそ、下手に躱そうとせず顎を引き、目を傷つけられぬようにしながら一気に突っ込んでいくピョコの思い切りはいい。

 パールの指示に従った上で、臆病風を吹かさない真っ直ぐかつ最短の突撃は、物怖じしていれば逃げられていたロズレイドを逃がすまいとするに十分だ。

 

 これは躱せない。そう判断したロズレイドはブーケ状の片手をピョコに突き出し、相手の脳天目がけて太い毒針を一本飛ばしてきた。

 毒針という響きにぞっとしたパールは、思わずピョコを案じる声を出す。

 草タイプに毒タイプが特効であることぐらいはパールだって知っているのだ。

 

 ピョコときたら賢いもので、只ならぬパールの声半ばを耳にしただけで、相手が危険な反撃を狙っていると察しきっている。

 相手にぶつかる直前に草地を踏みしめ飛びついて、その中で頭だけを甲羅の中に引っ込めて、狙われた頭を守っての体当たりとする。

 相手が回避を諦めたことで、視界を捨ててでも防御を固め、その上で攻撃も果たすという最善種。

 躱せなかったロズレイドに、硬い甲羅ボディでピョコが激しくぶつかり、ロズレイドは大きく吹っ飛ばされる形となる。

 

 しかし流石はジムリーダーの切り札、大きく吹っ飛ばされた割には空中でくるんと身を回し、しっかり両足を下にして着地する。

 さらにぴょこんと一跳びして、大きなダメージではなかったとナタネにアピール。

 それこそ同時にこの姿は、パールと、当たりの手応えを感じていたピョコに、やっぱり強い相手だと警戒させる。

 

「ふふっ、まだまだ余裕ね、ロズレイド!

 作戦変更よ! もう一度マジカルリーフ!」

 

「っ……ピョコ、攻めよう! もう一回たいあたり!」

 

 ロズレイドがああして過剰な平気アピールをする時は、実はけっこう効いているのだと知っているのはナタネのみ。

 相手に底を見せないことで用心させるロズレイドも、駆け引き上手なナタネのポケモンらしい振る舞いだ。

 現に敢えての余裕アピールをするナタネの態度は、パールを困らせその指示を一瞬遅らせている実績がある。

 

「来るわ! 今度は躱せるわね!?

 まずは相手の足を止めるわよ!」

 

 果敢なピョコはロズレイドのマジカルリーフを受けながら突き進んでいき、つまりどれだけ平気ぶろうとダメージは確かに蓄積していく。

 その上で、この単調な指示と攻撃の繰り返しでこの相手を倒せるのだろうか、とは、他ならぬパールも内心で不安になるところ。

 これは良くない。明確な新たな対応策も打ち出せぬ中で、不安に駆られるばかりではただの消極に繋がる。

 ロズレイドを主体にナタネも追従した、効いてませんよアピールは、それこそ毒針のようにパールのメンタルをじわじわ蝕みつつある。

 

 それでこそ、じわじわとピョコを攻め立てるロズレイドの戦略が活きてくる。

 ピョコに迫られる前の早い段階からマジカルリーフの放射をやめたロズレイドが、たいあたりを受ける直前に高く跳躍する。

 ピョコを飛び越え、その後方に着地へ向かう中、自分が立っていたその場所に花粉をばら撒いていきながらだ。

 たいあたりを躱されて振り返ったピョコに、パールの場所からでも見えるような粉塵が大量に降りかかる。

 

「あっ、えっ、ピョコっ、大じょ……」

「――――z!」

「ロズレイド油断しない!

 受けちゃ駄目よ!」

「ッ……!」

「どくばり! いけえっ!」

 

 何の粉をかけられたかわからなくても、ピョコが何らかの被害を受けたことにパールの焦燥感が募る。

 しかしピョコはびりっと全身に覚えた痺れを鑑みて、喉奥に仕込んでいた小さな木の実を口の中まで反芻し、がりっと噛み砕いて呑み込んだ。

 そのまま自己判断で、離れた位置に着地したロズレイドに、はっぱカッターの乱射を放つのだから上等な動きである。

 

 しかし、来るならそれだろうと考えていたナタネの回避指示は早く、ロズレイドもすぐさまその位置から跳ぶように逃れている。

 新たな着地点でピョコにブーケ状の手を向け、太い毒針を発射だ。

 額にそれを受けたピョコが頭を振り上げるが、前足を浮かせるほどにはのけ反らず、ぶはあと息を吐いて顎を引いて再びロズレイドを睨みつけている。

 

「"しびれごな"か……!

 ナタネさん、やっぱり一枚も二枚も上手だな……!」

 

「いけるわよ、ロズレイド!

 近付き過ぎないよう、上手に距離を取りながら戦うわよ!」

 

 どくばりを受けても強い眼を失っていないピョコだが、顔色が紫がかるというか、少し陰のある色使いに代わっていることからも、毒を受けたのは明らかだ。

 実はパール、こうした展開も初心者なりに見越して、ピョコのみならずパッチやミーナにも対策を授けてきたのだが。

 ナタネは草タイプのポケモン使いで、草タイプのポケモンというのは、毒やら麻痺やら相手を状態異常に陥れる技の使い手が多いものだ。

 だから、もしも麻痺を受けたとしても、それを治すための木の実をポケモン達に持たせて挑んだのは、パールなりの工夫である。

 ピョコが先ほど噛み砕いたのは、麻痺に侵された体を癒すクラボの実であり、それはロズレイドが放っていったしびれごなへの対策としては機能した。

 

 しかしナタネは、相手が状態異常回復の木の実を用意してくることなんて、はじめから想定済みなのだ。

 間髪入れなかったしびれごな、どくばり、と続く一連の流れこそ、ナタネがロズレイドに教え込んでいるコンビネーションだ。

 相手が麻痺対策のクラボの実を持っていようが、毒対策のモモンの実を持っていようが関係ない。どちらかの状態異常に陥れる連続攻撃。

 麻痺対策を重んじたらしいパールに対する結果として、ロズレイドがピョコをどくばりで以って毒状態に陥れた結果がここにある。

 見るからに良くない顔色になってしまったピョコに、少しずつ追い込まれていそうな流れを感じてしまったパールが弱気になってしまっている。

 

「ど、どうしよう……ピョコ……」

 

「ッ……!

 ギュアアアアアアアアアアッ!!」

 

 どうやってピョコを勝利に導けばいいのか、わからなくなりかけていたパールの意識に差し込んだのは、他ならぬピョコの咆哮だった。

 ナタネやロズレイドも怯むほど、思わずパールもびくっとしてしまうほど、バトルフィールド全域に響き渡るピョコの吠えた声。

 それが吐き出しきられたその時、バトルフィールドがしぃんとした静寂に包まれるほど、ピョコの吠えた声は誰もが息を呑むほど凄まじかった。

 

「――――!」

 

 ぎらりとした眼でパールを振り返るピョコの目は、諦めには程遠い眼差しだ。

 しっかりしろ、お前が一番勝ちたいんだろ、そんなあわあわしててどうする、俺がまだいるじゃないか。

 もっと強く気を持てと訴えるピョコの眼差しに、パールも胸を撃ち抜かれて言葉や反応を一度失ったものだ。

 

 しかし、我に返ったように自分の両頬を、両手でぱちんと叩いたパール。

 そうだ、痛みに耐えながら勝利に向かって戦っているのはピョコなのだ。

 自分がこんな体たらくでどうするんだと、眼に光を取り戻したパールが大きく息を吸い、ピョコに向けるべき言葉を紡ぐ。

 

「勝つよ、ピョコ!

 負けたくない! ピョコと一緒に勝ちたい!」

「――――z!」

 

「ロズレイド、怯まない!!

 負けるわけにはいかないわよ! マジカルリーフ!!」

 

 戦っていてぞくぞくするほど、心身共に力強いピョコの姿を見た直後だけに、ナタネの指示の声も今日一番強くなる。

 ロズレイドとてその声に触発され、身が震えるほどのハヤシガメの咆哮に対する畏れを、血気盛んな必勝の想いで塗り替えて飛び道具を放つ。

 負けられないのはこちらも同じだ。いや、ここまで以上に尚いっそう。

 トレーナーに発破をかけてでも勝利へと向かわんとする敵の姿に、私だってそんなものに気圧されてなるかと、意地さえ燃やさずにいられない。

 

「いけえっ、ピョコ! たいあたり!

 大丈夫、ピョコならそれで勝てるよ!!」

 

 短絡と一度は感じていた指示も、ピョコへの頼もしさを信じてより強い指示で背中を押すパールが、ピョコの突撃を迷い無きものとする。

 葉の数々が飛来して傷つけられる体の痛みさえ噛み潰し、接近戦へと持ち込むのみ。

 毒に侵された体は長期戦に向かない。勢いを取り戻そうとする戦い方は間違っていない。

 

「ロズレイド、どくばり……!」

 

 鬼気迫るピョコの体当たりをどうにか躱したロズレイドだが、比較的近い場所ですぐロズレイドに向き直り、再び突き進んでくる敵からは逃げ難い。

 距離を縮められ、逃がすかと接近戦の間合いを保とうとし続けつ相手に、いつまでも逃げ続けられるほどロズレイドも敏捷性自慢ではないのだ。

 反撃する暇も与えられずに二度の体当たりを躱したロズレイドに、ナタネは隠し玉でない方の攻撃技を命じている。

 

「続けてはっぱカッター!」

 

 ロズレイドがブーケ二つをピョコに向け、撃った二本の太い毒針がピョコの前足の付け根に刺さり、しかしピョコは立ち止まらずロズレイドにぶつかっていく。

 体格で勝るピョコの体当たりがロズレイドを吹っ飛ばし、なんとか膝立ちの姿勢で着地するロズレイドに、ピョコがはっぱカッターを撃ち込んでいく。

 どうにかそれを躱しにかかるロズレイドだが、避けきれずに浴びてしまったカッターに表情を歪めている。

 余裕を見せつける余力の無いロズレイドの姿は、まばたき一つしないパールにも、勝ちの目があるはずだと信じさせてくれる。

 調子付かせてはいけないことはナタネもわかっている。挫くための手段はあと一つだけある。たいあたりを受けて距離が生じたのも計算のうち。

 

「ピョコ! もう一押しだよ! いけえっ!」

 

「くさむすび……!」

 

 一度でも見せれば警戒されてしまい、次に覿面な効果を出すことの難しい技だ。

 チェリンボもナエトルも教えてあるナタネの十八番、それをこの局面まで一度も使ってこなかった、数戦跨ぎの計略は劇的に光った。

 ロズレイドが離れた草地の植物に、地面を介してエナジーを送り込み、伸びて輪を結ぶ草が突き進んでくるピョコの前足をがしりと掴んだのだ。

 

「ッ、――――z!?」

「ピョコ!?」

 

「畳みかけるわよ! マジカルリーフ!」

 

 どっしりとしたピョコの体が躓いて前のめりに転がる姿を、ナタネもロズレイドも最大の好機と捉えている。

 立ち上がったピョコを襲う無数の葉は、一枚たりとも回避を許さずピョコの全身を切り刻む。

 動いてどうにか全てを受け切らぬよう凌いでいた時と異なり、このダメージは甚大だ。

 大きくなってあんなに頼もしくなったピョコの苦しむ表情に、押せ押せの顔だったパールの表情も一気に不安一色に染まる。

 技一つで虚を突いて、精神的な形勢逆転を引き出さんとする点で最も、ここまで隠し通してきた"くさむすび"の功は奏されている。

 

「どくばりでフィニッシュよ!」

 

「っ、っ……ピョコいけえーっ!

 防御しちゃだめっ! 前に出なきゃ勝てないからあっ!」

「――――z!」

 

 ああ、しかし功は半々だ。正しい選択肢を取られた。

 あの果敢なハヤシガメですら、一度甲羅にこもって戦局を立て直そうとしたのだから、ナタネの演出はよく効いていたのだろう。

 近付かれたら不利なのだ。攻め気を失い防御に傾いた敵を、いっそう距離を稼いで畳みかけてこそ本当に詰みだったのに。

 毒針でフィニッシュになんてならないことはナタネにもわかっている。それさえ凌げば、という甘い期待から前に出てこさせない、それが本当の狙いなのに。

 勝つために為すべき行動は何か。それを教えてくれるパールを信じ、飛来するどくばりを額に受けながら突っ込んでくるピョコは吹っ切れている。

 

「マジカルリーフ!」

 

 こうなるともうナタネにも取れる手段は一つしか無い。もう一撃は攻撃を受けるしかない。相手が動ける以上、凌ぎ続けられるわけがない。

 こちらが先に倒れるか、相手が先に倒れるか、それを問う攻撃技のぶつけ合いとするしかない。

 毒はどこまでハヤシガメを蝕んでいる? 結末は天に委ねられている。

 

「ピョコ、かみついて! 絶対に逃がさないで!」

「く……!」

 

 ナタネにとって一番恐れていた展開だ。

 たいあたりで仕留められなかったら距離を作られてしまう、それはまずいとパールがきちんと判断している。

 ばくんと噛みつきにかかったピョコの攻撃一度目はロズレイドも身を捻って躱したが、すぐに首を回したピョコが、ロズレイドの右腕に噛みついた。

 もうこうなれば絶対に離さない。振り回されないよう踏ん張るロズレイドも、その表情は激甚な痛みに苦悶一色に染まっている。

 

「どくばり! ぶっ刺せ!」

「ッ……!!」

 

 空いた左手のブーケから毒針を出したロズレイドが、ピョコの右足付け根にそれを思いっきり突き刺した。

 ぶすりと刺さった光景はあまりに痛々しく、パールも一気に顔から血の気が引く。

 ぎゅうっと目をつぶったピョコの苦しみは語るにも及ばず、しかしがっちり閉じた牙を離すことはせず、ピョコはロズレイドを引きずって身をよじる。

 

「っ……ピョコ、投げ飛ばして! あっち!」

「――――z!」

「えっ!?」

 

 絶対離さないと思ったから密着戦で勝負を付ける戦術にシフトしたのに、パールの指示はナタネとロズレイドの予想を覆している。

 ピョコの皮膚が貫かれた光景に、堪らず離れるよう命じたのだろうか。

 あるかもしれない。だが、そこには只それだけじゃないタクティクスも実在している。

 パールが指差す近くにあった太い樹めがけて、首を振るって口を離したピョコは、ロズレイドをその樹に叩きつける形で投げ飛ばしているのだ。

 

「ロズレイド……!」

 

「ピョコたいあたり! 決めてぇーっ!」

「――――z!」

 

 叩きつけられて膝をついたロズレイドは、迫りくるピョコの体当たりを避けるための脚が間に合わなかった。

 ロズレイドにぶつかる寸前、頭を引っ込めたピョコの体当たりが、甲羅と樹木でロズレイドを板挟みにする最も痛烈な体当たりを形にする。

 吹き飛ばされる先もなく、押し潰されたロズレイドがけはっと口の中のものを吐き、刃を抜くように後ずさったピョコの前で、前のめりに倒れた。

 あと一撃のたいあたりを耐えられるかどうかが争点ですらあった戦い、かみつくダメージに加えてこのクリティカル、ナタネの目にも勝敗は明らかだった。

 

「ロズレイド、お疲れ様……!

 相手が強かっただけよ、あなたは本当に頑張ってくれたわ!」

 

 ロズレイドをボールに戻したナタネが、目を閉じ大きく息を吸い込んだ。

 ああ負けた、本当に悔しい負け方だ。やれるだけのことは全部やり尽くした。

 その上で負けたんだから一番悔しくて、だけど悔いの無い、そんな戦いだったと胸の痛みと爽快感を同時に噛み締めている。

 

「か……っ、勝ったの……!? 勝ったよね!?」

 

 ずっと息も詰まりそうな想いで激戦と向き合っていたパールが、観戦席のプラチナの方を見て問いかける。

 ほっとした表情のプラチナは、力の抜けた笑顔でぱちぱちと手を叩いてくれた。

 途中から彼も独り言をつぶやく余裕も無くなり、どうか良い結末をと無言で望んでいた余韻がまだ残っているようだ。言葉無き拍手はその表れである。

 

「ハヤシガメのピョコくん! それともピョコちゃんかな!?

 受け取って!」

 

 ピョコの名を呼び振り向かせたナタネは、モモンの実をピョコに放り投げてきた。

 ぱくんとそれを食べたピョコの体から、ロズレイドに受けた毒素が抜けていく。

 戦い抜いて勝利した好敵手に、毒を忘れてトレーナーと喜びを惜しみなく分かち合って欲しいという、ナタネのささやかな気遣いだ。

 

「凄いわ、本当に……! あなた達、本当に強かった!

 おめでとう、あなた達の勝ちよ! いい勝負だったわ!」

 

「っ……やったぁーーー!!

 ピョコ、勝ったよー! あなたのおかげ! ありがとう!」

「――――z!」

 

 握りしめた両手を思いっきり振り上げて、体いっぱいで喜びを表現するパールに、彼女に振り向くピョコもぱあっと表情が笑顔に染まる。

 やったぞ、勝ったぞ、とパールに喜びいっぱいの顔で駆け寄ってくるピョコ。本当に嬉しそう。

 パールに飛びついて頬ずりする勢いである。どかどかどか。

 

「ピョコ本当に……って、わ゙ああちょちょちょっ!?」

 

 でかくなった体で本当に飛びついてきたので、流石にパールも避けた。潰されちゃう。

 あれ、拒否られた、とピョコの喜びに水を差されてしまうが、しょうがない。

 ピョコも大きくなった自分の足を見て、ああそうか、しまったな、と苦笑い。

 だけど、突き放したかったわけじゃないパールは、すぐにピョコの甲羅に抱きつくようにして喜びを表現する。

 

「もう~、今のあなたおっきいんだから前みたいには出来ないよ。

 でもありがとうピョコ! かっこよかったよ!」

「――――♪」

「ああっ、ちょっちょっ、ひゃああっ!?

 あははは、やめてやめて、くすぐったいよぉ!」

 

 回り切らない腕で抱きしめられ、褒めて貰えて嬉しさ爆発。

 ピョコは体を捻ってパールに顔を向けると、今度はぶつかる勢い無しでパールを鼻先で押し倒しちゃう。

 わちゃわちゃと腰砕けに倒れたパールに、踏み潰さないよう上から体を乗せて逃げ場を無くさせると、パールの顔をぺろぺろする。

 身動きとれない中でくすぐられ、ピョコのお腹の下に潜らされてしまった足をばたばたさせるパール。これたまんない。

 でも、ピョコのお腹を蹴り上げるような足の動きはしないのだ。パールも今はピョコの頭を抱きしめ、そうして嬉しさを表現するばかり。

 

 大きくなったってピョコはピョコのままだ。

 自分がピョコのことが大好きなのと同じぐらい、ピョコも自分のことを大好きでいてくれているのがわかる。

 ぺろぺろ舐められて顔をびちょびちょにされるのが、こんなに幸せなことなんてそうそうあるまい。

 

 負けた悔しさより、嫌味ひとつない歓喜に染まる勝者の姿に、背中を丸めたナタネは声を上げて笑っていた。

 負けてよかったとは思えないけど、勝利したパールのあんな幸せそうな姿を見られたなら、悔しい結果にも救いめいたものがある。

 笑い声を止め、頑張ってくれた三匹のポケモンが入ったボールを見つめるナタネは、ごめんねと少し申し訳ない顔を向けていたけれど。

 何の何の、こんな彼女に育てられ、懐き、ここまで強くなってきた三匹だ。

 みんな、明日からまた頑張るぞという想いを胸に、気にしないでナタネという表情でボール越しに彼女を見上げていた。

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