ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第23話   ギンガハクタイビル

 

 ハクタイジムのジム生が突き止めたという、ギンガ団のアジトとでも呼べる場所は、特段隠された場所にあるわけではない。

 街にいくつも建っているビルの一つ、築三年のどこにでもあるような、オフィスビルめいた建物だ。

 そんなビルの前にナタネと共に到着したパールとプラチナだが、見上げて本当に何の変哲もないただのビルである。

 これは、見たってわからない。悪の組織の建物らしく、奇抜なトゲでも生やしてくれていない限り、悪の根城だと外観からはわかるまいという好例だ。

 

 実際のところ、たとえ住み慣れた街であっても、立ち並ぶビルいくつもをざっと見て、どれがどんな業種のビルか網羅している人なんてそうそういない。

 適当に外をぶらついて、そういえばあのビルって中でどんな仕事しているのか知らないな、なんて建物が一つでもあればそういうことである。

 よくわからない建物なんて、街の真ん中にあったとて、誰一人として気にも留めない。

 木を隠すなら森の中。わざわざ拠点を隠す細工などしなくても、悪の巣窟というのは身近にあっても気付けないものである。

 後から知ったけど悪徳業者の事務所が思ったよりも近所にあった、なんて話も、世の中結構あるらしい。

 

「警察の人が見つけてくれたら一番早かったんですけどね……」

「そう言わないの、フォローするわけじゃないけど警察の人達の仕事も複雑よ?

 警察がもう拠点を突き止めてきた、ってギンガ団も察しちゃったら、捕まえる前に逃げられちゃうじゃない。

 自分達の行動が敵の逃げ足と直結するってわかってる警察の人達も、相手に悟られないよう慎重に動かなきゃいけないのよ。

 一般人のあたし達とは違うからさ」

「……そっか。

 そういう見方もあるんですね」

 

「プラッチ、警察の人嫌いなの?

 谷間の発電所でも、あんまり警察のこと信用してなかったっぽいし……」

「いや、別にそういうわけじゃ……

 ほんとほんと、警察の人達のことが嫌いなんてことは無いんだけどさ」

 

 パールは谷間の発電所で、警察への通報の仕方が少し手の込んでいたプラチナの事を思い出している。

 呼んでも信用して貰えないかも、なんて言って、相手の重い腰を挙げさせるような通報の仕方をして、おかげでこっぴどく怒られて。

 あれに加えて今回も警察の行動が、一般人に過ぎないナタネのジム生に速度で劣っていることを、暗に頼りないと批難するようなことを言うものだから。

 警察に対して特段の不信感でもあるのかとさえパールは思ったのだが、本人いわくそういうわけでもないらしい。

 

「…………大人は苦手なんだよ、僕。

 ナナカマド博士やナタネさんのような、優しい人なら平気なんだけどさ」

「プラッチ……?」

 

「……それより二人とも、ポケモンの準備は出来てる?

 乗り込んだら、敵がポケモンを差し向けてくるかもしれないわよ?」

「はいっ、大丈夫です」

「いつでも大丈夫です。

 足手まといにならないよう頑張ります」

「ふふっ、二人とも勇ましくていい顔してるわ。

 頑張りましょう!」

 

 さあ、敵地へ。

 ビルの中へと入っていくナタネと、後をついていくパールとプラチナ。

 自動ドアをくぐればビルの一階はフロントすら無く、二階へ上っていく階段があるのみで。

 見知らぬ建物へ足を踏み入れ、階段を踏みしめて進んでいく中、パールはなんだかいけないことをしているような気分でどきどき。

 知らない人の家に勝手に上がり込んでいるようなこの感覚、大義名分こそあるとはいっても、思った以上にそわそわするものだ。

 谷間の発電所という公的施設としての側面が強い場所に、こっそり忍び込んだ時とは若干感覚が違うらしい。

 

「むっ、どなたですか?」

「やっほー、こんにちは。

 自己紹介が必要かしら?」

 

 二階に上がればいくつかの机とパソコンが並ぶ、広いオフィスのような場所。

 そこで三人の白服の研究員が仕事をしており、思わぬ来訪者を振り向いて動揺する。

 自己紹介は不要であろう。ハクタイシティに身を置く者かつポケモンに関わる者で、ナタネのことを知らない方が少数派だ。

 まずい奴が現れた、と眼鏡の奥の目を泳がせる研究員に、ひらひら笑顔で手を振るナタネは、相手の態度から疑惑をいっそうの確信に変えている。

 

「ちょっとお話うかがいたいんだけど。

 あたし達、ギンガ団っていう悪~い奴らを探してるんだけど何か知らない?」

 

「いかん! ジュピター様に報告だ!」

「まだ捕まりたくはないっ!」

「行けっ! そいつらを足止めしてろ!」

 

「あららら、話が早すぎる……」

 

 研究員達はどたばたと二階への階段へ向かって駆け、幾人かがそんな中でモンスターボールを放り投げていく。

 ズバット、ニャルマー、ユンゲラーの三匹のポケモンが、二階へと続く階段の前に立ちはだかり、時間を稼ぐ役目を担っているようだ。

 真っ黒だと自白したも同然の態度だが、どうせナタネにあれこれ言い訳しようが追い返せそうになさそうだと、早期に見切った辺りはある意味賢明か。

 

「はひっ!?」

「パール、しっかり! ポケモン出して!」

「あいあいあいっ、ニルルお願いーっ!」

 

 どれだけ意気込んでこようが、ズバットが敵対陣営にいてはパールが後ずさる。

 慌ててカラナクシのニルルが入ったボールのスイッチを押す彼女とともに、プラチナもポッチャマを喚び出すスイッチを押す。

 水タイプ二体、互いに目を合わせて頑張るぞという気持ちを交換し合うニルルとポッチャマ、気は合いそう。

 

「じゃああたしは……」

 

「ニルルみずのはどう~! あいつぶっ飛ばして~!」

「ポッチャマ、あわ! あいつとあいつの狙って!」

 

 二人が何を出すかを見てから、自分のポケモンをすぐ決めたナタネだが、パールとそれに続くプラチナの指示が非常に早い。

 ズバット嫌いのパールがニルルに狙いを頼むのがそこで、そうだろうなとわかっているからプラチナの指示もニャルマーとユンゲラー狙い。

 水の波動の直撃を受けて壁に叩きつけられて落ちるズバットと、泡の連弾を受けて怯むニャルマーとユンゲラーに、それなりにダメージが通っている。

 

「ポッチャマ、ユンゲラーにつつく攻撃!

 パールはニャルマーを!」

「ニルルっ、あっちにもみずのはどう!」

 

 指示してくれるトレーナーがいない中で、攻撃に晒されて弱ったポケモン達の判断力は、野生のそれと大差ないかそれ以下。

 時間をあげれば自己判断もするだろうが、普段指示してくれる人がいないのでは、戸惑いのせいで野生のポケモンより行動が僅かに遅れるふしさえある。

 念力で反撃しようとしたユンゲラーに、突進めいたくちばしを突き出した攻撃を受け、ユンゲラーは押し出されて床に転がる。

 ニルルの水の波動の直撃を受けたニャルマーも、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられて動けなくなる。

 

 何とか立ち上がろうとしたのがユンゲラーのみであり、しかしポッチャマがくちばしをアピールしながら追うように走るので、ユンゲラーも慌てて逃げる。

 一階への階段へ逃げるよう誘導するポッチャマが、こりゃあたまらんとビル外へと逃げていくユンゲラーを誘発させる。

 悪党に飼われたポケモンだからって痛めつけるのが目的ではないので、戦意を無くしたなら逃げてどこかに行ってくれれば充分だ。

 ばたばた階段を降りていくユンゲラーを見て、プラチナはポッチャマに、一番いい仕事をしたぞという笑顔を見せていた。

 

「あははっ、やっぱりあなた達って只者じゃないわね!

 プラッチ君の戦いぶり、初めて見たけど立派じゃない!」

「いや、あはは……恐縮です……」

 

 ジムリーダーに褒めて貰えるのはいいのだが、名前が未だに間違えて覚えられているのが痒いところ。

 やっぱりこのビルから帰ったら、後で訂正しておこうと思うのであった。

 一方パールはニルルに頼んで、階段に近い場所でひくひくしているズバットを、階段から引き離してとニルルに頼んでいたり。

 ズバットの羽をつまんで、ずりずり引きずってちょっと離れた場所に寝かせたら、これで大丈夫だよね? という顔で笑いかけてくれるニルルである。

 

「ナタネさーん、プラッチ! 行きましょう!」

 

「あの子、ズバットが苦手なの?」

「小さい頃に色々あって、苦手どころかトラウマになってるみたいなんです。

 ズバットやゴルバットを相手が使ってきたら、パールすごく怖がりますんで覚えておいてあげて下さい」

「ん、わかった」

 

 パールを追って階段に向かう中、大切な話だと強調する顔のプラチナに、ナタネはついつい微笑ましくなる。

 大事な友達の弱点を味方に理解して貰い、一緒に守ってあげて下さいと訴えるにも等しい姿じゃないか。

 ちょっと下世話だけど、ナタネもこの子もしかしてパールのこと、なんてことをつい考えてしまう。

 どっちにしたって仲のいい友達同士以上であるのはよくわかる。

 

「オウ! 来ましたね!?」

「ジムリーダーとは大物です! 我々に勝ち目はありマスか!?」

「ムリでーす! コテンパンにされる予感しかしまセーン!」

 

「あっ、あいつら……!」

「あのダサいデザインとヘアースタイル、完全にギンガ団だな……!」

 

 三階に上がれば、例の格好をした奴らが揃い踏み。五人待っていた。

 胸のギンガ団シンボルマークを抜きにしても、ボディスーツとおかっぱ頭だけでその一団だとわかりやすい。

 すっかり連中を悪い奴らと見做しているパールとプラチナ、人のポケモンを奪う憎むべき者達を見る目で、がるるとギンガ団を睨みつけている。

 

「シット! 聞き捨てなりまセーン!」

「ダサいとはどういう言い草デスかー!」

「このカッコいいギンガ団スーツの魅力がわからないというのデスかー!」

 

「かっこいい……!?」

「ど、どこが……!?」

 

 子供は素直である。そんな恥ずかしい恰好受け入れられません。

 組織行動だから仕方なく着ているんだろうなと勝手に想像していたが、なんとあいつらコレ最高の気持ちで着て、髪型もあれにしているらしい。

 パールとプラチナの目は一転顰蹙色に染まっていた。うわぁ……という目で後ずさるほど、ギンガ団下っ端連中のセンスにドン引き。

 

「許せまセーン!

 ナタネさんは倒せなくても、あの子供達ははっ倒しマース!」

「我々にもプライドがありマース!

 戦わずして逃げるわけにはいきまセーン!」

「ナタネさーん、手を出さないでくだサーイ!

 これはプライドを懸けた戦いデース!」

 

 ギンガ団員達は数人がかりで、モンスターボールからポケモンを出して、ずらりと戦力を並べてきた。

 ズバット二匹を含むポケモン面々、総勢五匹である。

 たった二人の子供相手に、ここまで多勢に無勢の戦術を取っておいて、どの口が敵方のナタネに手を出すなと要求してこられたものなのやら。

 これにはナタネも憤る想いより呆れが勝ち、額に手を当て溜め息すら出る。

 

「パール、頑張れる……!?」

「う、うん……!

 こんな卑怯な奴らに絶対負けたくないっ!」

 

 二匹のズバットを目にして、うっと怯んで脂汗を流すパールさえ、相手のやり口にむかっ腹が立つようで、逃げ腰にならず攻め気の姿勢。

 ナタネがいてくれるからというのもあるのかもしれないが、この多勢を相手に逃げないのは立派な姿である。

 

「チェリム、いくわよ。一掃するわ」

 

 なんとなく、五匹相手でも勢いで押し切ってしまいそうなパール達だとナタネには見えたが、本当に二人だけに戦わせるようなことは勿論しない。

 ナタネが喚び出したチェリムが着地したのは、ニルルやポッチャマよりも少し前。

 それはパールやプラチナに、出る幕は無いと表明するに等しい喚び出し位置。

 

「はなびらのまい」

 

 その一撃で勝負はつくと始めから知っているかのように、ナタネの指示は極めて淡々とした声だった。

 しかし次の瞬間、小さなチェリムの体から大量の桜の花びらが舞い上がり、フロアいっぱいに渦を巻くように拡散する。

 それに続いてぴょこんと跳ねたチェリムが、宙でくるりんと身を回す動きに併せ、百枚や二百枚では利かぬ花びらが部屋いっぱいを凄まじい勢いで回り始めた。

 

「はわわわわっ!?

 なになになにこれえっ!?」

「あ、危なくないんですか……!?」

「大丈夫よ、チェリムはちゃんとコントロールしてくれるから」

 

 竜巻の中に放り込まれた桜吹雪が振り回されるかのように、目にも止まらぬ速度で部屋いっぱいを旋回する花びら。

 桜の花びらは次々とギンガ団のポケモン達に襲いかかり、斬りつけるはっぱカッターとは違う趣で、びしびしと一枚一枚が弾丸のように敵の体を打ちのめす。

 翻弄するばかりの中倒れていくギンガ団のポケモン達の姿を見て、そんな危険な花びらが、自分達の周りも渦巻いているのだから、パールもプラチナも大慌て。

 しかしこの激動空間の中にあって、ナタネは何ら危険なことはないという落ち着いた態度で、二人の肩に手を置いて安心させようとするのみだ。

 

 ばたばたと敵方のポケモンが倒れた姿を見て、ぴょんぴょこ跳ねて踊るようにしていたチェリムが着地して止まれば、花びらの数々もすべて床に落ちる。

 花弁を閉じた、見た目小さなこのチェリムが、これほどの激しい奥義を操りきっていたということらしい。

 所持バッジ数の少ない挑戦者を相手に手加減していた、そんなナタネは今ここにいない。

 あっという間に勝負ありの光景を前にして、ついつい恐る恐るナタネを振り返るパールは、数時間前この人に自分達が勝ったのが信じられない気分である。

 

「参りましタ!」

「許してくだサーイ!」

「だめ」

「じゃあ逃げマース!」

 

 潔くて忙しい奴らだ。許しを請うて、認められなかったら即逃亡。

 上の階へと向かう階段へ、みんな揃って一目散。

 ただ、自分が放ったポケモン達が傷ついて倒れているのも、ボールに戻しもせず放置して去っていく辺りはナタネの鼻につく。

 

「この子達は、後でポケモンセンターに連れていってあげましょう。下の階の子達もね。

 さあ、行くわよ! パール、プラッチ君、しゃんとして!」

 

 すっかり呑まれていて返事の声こそ出なかったが、頼もしい大人の笑顔で導こうとしてくれるナタネに、二人も強くうなずいて。

 四階へ向かう階段へ、ナタネを先頭に駆け上がっていく。

 そうして上がった上階は、余計なもの一つ無い、広くて平たい空っぽのテナントフロアめいていた。

 

「まったく、警察相手にもう少し粘れると思ってたら……

 まさかジムリーダーその人が出張ってくるなんてねぇ」

「あら、随分と他とは違う出で立ちね。

 あなた、特別な立場と見えるわ」

 

 そして、そんな広いフロアには、これまでのギンガ団員とは少々異なるデザインのボディスーツを見に纏う、大人の女性が待ち構えていた。

 既にその手にはモンスターボールを握り、いかにも臨戦態勢だ。

 服装だけでも他の団員と違うのは明らかだが、ジムリーダーのナタネを前にして物怖じ一つしない態度もまた、異なる風格というものをいっそう漂わせる。

 

「ナタネさん、気を付けて下さい……!

 きっと、幹部とかそういう人ですよ……!」

 

「ふふ、そうね。自己紹介しておきましょうか。

 私はギンガ団幹部の一角を預かる"ジュピター"。

 ジムリーダー様に名を覚えて頂けるとあれば光栄よ」

「ふうん、コードネームといったところかしら?

 あれだけのことをする組織に属する身分が、まさか本名を明かさないわよね?」

「ええ、幹部格にのみ与えられる特別な名の一つを賜っている身。

 ぜひ以後お見知りおきを」

 

 マーズという前例を知るパールによる忠告が、ジュピターの名乗りを引き出す形となったと言えそうだ。

 慇懃無礼に飄々と頭を下げての自己紹介、罪深き者を追って本気の戦いも辞さぬナタネを前にして、未だその余裕を崩さない姿である。

 今しがたナタネの本気のポケモンを見たばかりのパールをして、ナタネを前にこの余裕、不気味さすら感じるものだ。

 

 ナタネは一度、ここまで一緒に来たチェリムをボールへ戻す。

 相手が只者ではないと感じている証拠だ。

 戦うことになれば、初手をチェリムと縛らない、思う限りでの最善手段を取るための構えとも言える。

 

「いろいろ聞きたいことはあるけど、まずは一つ尋ねるわ。

 あなた達が奪ったポケモン達はどこ?」

「うふふふ、そう怖い顔しないの。

 このビルの下、地下室で色々と働いて貰っているだけよ。

 二階をよく調べて貰えれば、地下へと繋がる隠し通路もすぐに見つけられると思うわ。

 ポケモン達はそこにいる、どうぞ後ほどご自由にお持ち帰り下さいませ」

 

「……二つ目の質問よ。

 あなた達は、奪ったポケモン達に何をさせ、何を目的としているの?」

「単なる労働力としてエネルギーを集めさせて貰っているだけよ。

 野生のポケモンでもそれは出来るんだけどね。やっぱり人が育てたポケモンの方が、力も強いし生み出すエネルギーを生み出すじゃない。

 奪っただなんて人聞きが悪いわ、少し長めに借りていただけよ。

 ご協力頂けた、快くポケモンを貸してくれたトレーナーの皆々様には、我々一同深い深い感謝の意を抱いております」

 

 両手を合わせて深々と礼を言うような仕草が、パール達をかりかりさせる。

 ポケモンを強奪し、それを快く貸してくれたのだと臆面も無く言い放つ恥知らずな主張に対する、この不快感は抑えようがない。

 大切なポケモンを奪われ、嘆き、泣いている子供さえいたという話もある中で、その首謀者と見えるジュピターがへらへら笑う姿には心底胸糞が悪くなる。

 

「質問を変えましょうか。

 あなた達はポケモン達から搾取したエネルギーで、何を果たそうとしているの?」

「ふふふ、どうせあなたのような安っぽい正義感で動くような人間には、私達の崇高なる目的は理解できない。

 ジムリーダーを任せられるような人間は人格者であってこそと言われるけど、案外そうでもないみたいね?」

「あら、随分な言い草だこと。どういう意味?」

「警察に任せていればいいものを、いち個人が企業のオフィスに乗り込んで大暴れ?

 それで何の罪も無い建物に乗り込んでの暴行だったらどうするの?

 どうやらある程度の確信を以ってここに来たのは確かでしょうけど、万が一にも間違いだったらどうするのかって、ここに来る前に少しも思わなかったわけ?」

「くだらないことを言うのね、あなた」

「あははははは、くだらない、か。

 社会のルールをちゃんと順守して生きるべき大人の発言じゃないわ。

 ハクタイジムも、こんな思慮無き子供にジムリーダーを任せるなんて堕ちたものねぇ」

 

 馬鹿にした笑いをあげるジュピターに、思わずパールは息を吸って何かを言いかけたが、後ろのパールを制する手を向けるナタネが彼女の言葉を封じた。

 肩を持ってくれるつもりだったのだろうとはわかる。

 しかし、ナタネは自分の言葉で、許すべからずこの輩に向けるべき言葉がある。

 

「失敗できないのが警察、失敗しても監獄に入ればいいだけなのが私よ。

 慎重に動かざるを得ない警察と、民間人の私では実行の速さが違うわ」

「あぁ、なんて無責任なジムリーダー様なの。

 もはや敬称を付けるのも相応しくないかしら?

 滑ったら自分が過剰な行為に踏み込んだ罪人として、独房に拘束され長らくジムを留守にすることに何とも思わないなんて」

「その時は誰かが新しいジムリーダーとして速やかに就任するだけよ。

 あたしよりも優れたトレーナーなんていくらでもいるわ」

 

 追い詰められれば何をするかわからない犯罪集団への対抗戦力として、ここまで乗り込んできたナタネだが、確かに一歩間違えば彼女こそ罪人になり得るのだ。

 調べや情報が間違いで、無関係な企業にこのような形で乗り込んでいたら、それこそ何らかの法に引っかかってナタネが裁かれる立場にもなっていただろう。

 今回の場合、二階と三階で早々に調べが誤りでなかったことが確定付けられたが、それは来てからわかったことに過ぎない。

 もし失敗したらどうするんだ、というのは、ここに来る前に考えるべきことである。

 

「あなた達の身勝手な都合で、ポケモン達が見知らぬ連中に奪われるかもしれないと思った街の人々が、どんな気持ちで日々を過ごしてると思う?

 あたし達の愛するハクタイシティや、その周りでポケモン達との憩いの時を過ごす人々は、最愛のポケモンがいつ奪われるかという恐怖で夜も眠れない。

 あなた達のような人が一日でも早くいなくなってくれる結末を導き出せるなら、どのような誹りを受けることになろうと、あたしにはたいした問題じゃないわ」

「だから警察よりも自由に、早く動ける自分が、というところ?

 たかだかジムリーダーの身分で、法の番人を気取るのね」

「あたしは欲張ってるの。

 警察があなた達を三日後にこの街から追放してくれることよりも、あなた達が何も出来なくなった結末を今日、街のみんなに知らしめたい。

 自分の望む我が儘な結果を掴み取るには、自分自身で行動し、過ちを踏めば責任を負う覚悟が必要よ。

 黙っていても"いつかは"解決されるであろう事件を、一日でも早くとあたしが望むなら、現実的なリスクを背負わずして望むべきじゃないわ」

 

 一見、大人同士の冷静な会話を装った声調子でジュピターと対話するナタネだが、彼女の胸に渦巻く熱い感情はパールやプラチナにも感じ取れている。

 彼女の後ろに立つ二人には、今のナタネの表情は見ることが出来ないけれど。

 努めて冷静な対話を演じているつもりでも、溢れてしまう強き感情を、子供のパール達が何故だか感じ取れてしまう。

 

 ナタネは大人だ。完璧な大人ではないというだけ。

 もっとも、完璧な大人なんていう単語そのものが幻想に過ぎないのだが。

 かつては少年か少女だったはずの今の大人が、いつから明確に線引いて、ここから大人だと定められることやら。

 二十歳以上の人に、あなたはいつから"大人"ですかとでも聞いてみればわかる。明確な答えを返せる人は多くないのだから。

 何歳になろうが大人は子供だ。知った理や法でのみ括って我慢することも能わぬ、譲れぬ何らかというものは大人になってからが必ずある。

 

「浅いわね。

 大人の世界は結果が全て……」

「喋るわね、あなた。

 口喧嘩だけで最後まで済ませられるつもりでいるの?」

 

 そろそろパールも、ズバット以上にナタネが怖くなってきた。

 背中越しに見るナタネが、今どんな顔をしているかなんて、覗き込みにいけるはずもないし、やれと言われても首を振る。

 無感情めいたトーンで今の言葉を発したナタネの声には、声を大きくせず怒りを蓄えている彼女を想像せずにいられない。

 いつでもニルルを戻せるよう、ボールを握りしめているその手も、知らぬうちに恐怖で震えている。

 

「言わせて頂戴。

 上っ面だけを見た見解で、その人が所属するジムや団体まで侮辱する。

 そんな人に思慮ある大人の何たるかを語られる筋合いは無いわ」

「お前にだけは言われたくない、って?

 批判を受け止められない人間の常套句ね」

「苛つかせて冷静な判断を削ぐ挑発のつもりなら、はじめから意味の無いことだとわからないかしら。

 あたし達の過ごすハクタイシティの安寧を乱したあなた達ギンガ団に、はじめからあたしもはらわた煮えくり返ってるのよ」

「じゃあ、私は優秀ね。

 はじめから目的は達成できていたというわけだ」

 

 燃え盛る感情があらわになっているナタネ、徹頭徹尾へらへらと会話のキャッチボールをいなすジュピター。

 心理戦は優劣ついたと語られるべきだろうか。感情的にさせられた側が負けだろうか。

 少なくとも、ナタネもジュピターもそう考えてはいない。

 静かに怒れるジムリーダーを前に、楽観的でいられるようなジュピターであるなら、はじめからこうした組織の幹部の地位など与えられてはいまい。

 離れた距離で対話しているからいいものの、至近距離での語らいならナタネの拳が自分の顔面に飛んできそうな、そんな空気が場を支配しているのだ。

 煽って相手の冷静さを欠かすトラッシュトークも、決して仕掛ける側とて気楽に果たせるものではない。

 

 私の最初のポケモンはここに入っている、と、握りしめたモンスターボールを突き出すナタネ。

 今の私とやり合う他に、あなたに残された道は無いと示すナタネに、ジュピターもまたほくそ笑んでみせる表情に汗を垂らしていた。

 冷静になれと胸中で自らに声をかけねばならぬナタネと、本当に強い敵の本気を引き出している現実と改めて向き合わねばならぬジュピター。

 互いにハンデめいたものを背負う、プラスマイナスゼロの対等な戦いの始まり。

 パールは元より、彼女よりも知識深いプラチナですら、それは想像に至り得ないほど高度な心理戦の終着点。

 

「いくわよ、ロズレイド!

 負けられない戦い、あなた達に懸けるわ!」

「参りましょう、スカタンク!

 世間知らずに現実を教えてあげる時間よ!」

 

 ナタネとジュピターが繰り出した、負けられない戦いに選んだ戦友。

 その空気に呑まれ何一つ出来ずにいたパールとプラチナの前で、かつて二人が見たことのないような戦いが始まろうとしている。

 ジムリーダーVSギンガ団幹部。歴戦のポケモントレーナー同士の、容赦無き激戦の開幕だ。

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