「マジカルリーフ!」
「お手並み拝見! えんまく!」
ナタネのロズレイドが放つ何枚もの大きな葉っぱが、多種多様な弧を描きジュピターのスカタンクへ迫る。
口を開いてぶわっと煙幕を吐き出したスカタンクは、あっという間に自分の周囲を黒い煙でいっぱいにするが、マジカルリーフはお構いなし。
黒い煙幕の中に対象めがけて突き進む葉の数々、しかし煙幕の中ではスカタンクの速い足さばきの音が鳴り、葉がスカタンクの毛を切り刻んだ気配は無い。
ナタネが噛む力を強くする一方でジュピターがほくそ笑み、煙幕を突き抜けて駆けるスカタンクが一気にロズレイドへ迫ってきた。
「つじぎりよ!」
「凌げる!?」
「――――z!」
ロズレイドが迫るスカタンクにもう二枚のマジカルリーフを投げ付け、それをスカタンクは前足の爪を二度振り抜いてはじき落とす。
金属音めいた激しい衝突音二度は、素早いスカタンクの前進を束の間鈍らせるに至り、爪先で斬りつけんとしてくる辻斬りの一撃をロズレイドが横跳びに躱す。
追おうとしたスカタンクだが、ロズレイドがブーケの手を振るえば、煙幕の中に迷い込んでいたマジカルリーフが煙を破ってスカタンクに迫ってくる。
熟達の使用者であれば、落とされぬ限りずっと操れる魔法の木の葉、すなわちいつかは必ず当たる葉っぱカッターのようなものだ。
しかしスカタンクも尻尾を振るって三枚の葉を纏めて打ち払い、残る自らへ迫る五枚の葉は、みだれひっかきめいた速い前足の動きで全て叩き落とす。
「どくガスいくわよ! 一気にドン!」
「――――z!」
口を開いたスカタンクは、今度はロズレイド目がけて煙の塊を吐き出した。
黒みの濃い紫色の煙はロズレイドとその周囲を包み込み、その濃さは煙幕と遜色なくロズレイドの視界を最悪にする。
敵が見えぬ中ではロズレイドとてどうしようもない。素早い足取りでガスの中から飛び出してくるが、既に駆け始めていたスカタンクは一気に迫っている。
「みだれひっかきよ!」
「どくばり! 凌いで、ロズレイド!」
数で押すスカタンクの爪の連続攻撃に、ロズレイドは両手のブーケから太い毒針を出し、短剣両手の騎士の如くその攻撃を受け凌ぐ。
二度がつがつと爪を打ち弾きながらも、次とその次の爪は跳び退がって躱すロズレイド。
力で勝るスカタンクが優勢であり、足元の怪しいロズレイドにスカタンクの爪が振り下ろされ、それを両手の毒針で防いだロズレイドはいっそうふらつく。
「ふふ……!」
この瞬間に、ジュピターはぱちんと指を鳴らした。
よく育て上げ、多くを教えたスカタンクだ。今撃つべき最善の技を撃てというこの最速指示を、あのスカタンクは必ず理解する。
相手は草ポケモン、スカタンクも今の状況における最善技はわかっている。
大口を開いたスカタンクは、敵のナタネに自分の放つ技の名を聞かせずして、ロズレイドに"かえんほうしゃ"を吐き出すのだ。
「はかいこうせん!!」
「んんっ!? スカタンク、逃げなさい!」
躱せない体勢を作られ、炎に晒されんとするロズレイドを救うべく、ナタネが発する最速手。
想定外だった技の名に、ジュピターもスカタンクもその回避に全力を投じ、跳んだスカタンクの足の下をロズレイドの放った光線が突き進んでいく。
ロズレイドに届くはずだった、火炎放射すら呑み込んでだ。
避けずにいれば逆にスカタンクを丸々焼いていた太い破壊光線は、ビルの壁を突き破って風穴を開けるほどであり、凄まじい威力にスカタンクもぞっとする。
パールやプラチナですら、ジムでナタネが繰り出していたロズレイドとは格が違うロズレイドだと、今改めて思い知らされて絶句するばかり。
「ヒュゥ~、怖い怖い。
だけど切り札が不発では、随分風向きは悪くなったんじゃないかしら?」
ロズレイドは自らの技の反動で後ろに吹っ飛び、僅かな行動できない時間があったものの、肝を潰され次の行動へ素早く動けなかったスカタンクとイーブンだ。
立ち上がればすぐに駆けだしたロズレイドは、ナタネから離れてしまったその位置から、彼女に近い位置まで立ち位置を正す。
「ロズレイド、勝ちに行くわよ! わかるわね!?」
「――――z!!」
「む……!」
駆ける中でロズレイドは、両手を合わせてそこに生み出す、光の塊のようなエネルギーをこのフロアの天井中心へと放り投げた。
それは天井に辿り着くと、部屋全体をかあっと照らす強い光を放つ、太陽のような光球として留まった。
思わずそれを目で追っていたパールが、光球の眩しさに首を振ったほどだ。
「な、なになに!? あつぅ、っ……!?」
「"にほんばれ"……!?
ナタネさん、それは……っ!」
「怖いわねぇ、エキスパートの演じる悪手めいた一手……!
スカタンク! 見せて貰いましょう!」
ぱちんと再び指を鳴らすジュピターは、ナタネの打った手の真意を問うべくスカタンクに火炎放射を命じている。
フロア全体を一気に暑くする光を放射するあの光球は、炎タイプの攻撃の威力を高める"にほんばれ"の効力そのもの。
炎に弱い草タイプ使いのナタネが、弱点属性の威力をいっそう強くする意図を、悪手と感じてならぬプラチナに反しジュピターは警戒すらする。
「ソーラービーム……!」
「あはっ、その程度の策!?
釣り合ってるとは思えないけどねぇ!?」
先ほど以上の火力、燃え広がるような火炎放射を躱そうとしつつ、一瞬火に包まれて体を焦がされたロズレイドだ。
強い日差しめいた光の中、溜めを要する高威力の光線を撃って反撃するロズレイド。しかしスカタンクも素早く躱し、大きなダメージは受けていない。
流石に少し尻尾の先を焼かれたが、敵の位置すなわち発射点がわかっている直線の光線など、機敏なスカタンクにしてみれば回避も容易い。
「マジカルリーフ!」
「手数を増やしてじわじわ削るつもりかしら?
結末は時すでに遅しに至るのみよ!」
ロズレイドの放つマジカルリーフが、包囲するような軌道でスカタンクに迫る。
煙幕による視界の遮りさえ無ければ、精緻に葉を操るロズレイドの葉はスカタンクを逃がさない。
躱そうと駆けるスカタンクだが、その全身をびすびす切り裂かれる。
しかし毒タイプのスカタンクは、僅かな毒素を含む体毛が触れた葉を僅かに腐食させ、その切れ味を半減させてしまいダメージは大きくない。
指示を受けずして"つじぎり"の一手が最善と自己判断したスカタンクが、毒針二本を構えて防御するロズレイドを打ち、大きく後ずさらせる。
何枚ものマジカルリーフより、苦しい顔で後退するロズレイドに入った辻斬りの一撃の方が、ダメージが大きいのは明らかだ。
「あと、こうしてみればどうかしらねぇ……?」
「は!?」
「え……」
「スカタンク、かえんほうしゃ!」
この優勢の局面で、ジュピターが取った行動は、パールの方を向くようスカタンクに命じる手の動き。
それによって、目の前の敵ロズレイドではなくパールの方を向いたスカタンクが口を開く。
ポケモンに、トレーナーを直接攻撃させる命令を下すなど、そんな非道は想像すらしないパールにとって、それは頭が真っ白になるほどの行動だ。
「ポッチャマ! バブルこうせん!」
「く……っ!」
火に包まれれば只で済むはずもないパールへと、スカタンクは容赦一つ無く火を吐いて攻撃してきた。
目の前が真っ赤に染まる光景に、身動き一つ取れないパールの方へ、一手早くナタネが決死の想いで駆けていた。
飛びつくようにパールを抱きかかえ、床を転がったナタネのすぐ後ろを、スカタンクの放った炎が焼き払う。
「あぐう、っ……!?」
「ゔぅぁぁ……っ……!!」
殆どナタネの下敷きにされるように地面に倒れたパールは、彼女と共に辛うじて炎の範囲外に逃れることが出来ていた。
火炎放射の範囲外のプラチナがポッチャマにバブル光線を命じ、放たれる輝く泡の数々が横から火炎の拡散を防いでいたことも小さくない。
そのおかげで、パールのそばにいたニルルだって、火炎放射の範囲外に這うようにして逃げられたのだから。
しかし、パールを救う中で足先を炎に晒されたナタネの悲鳴は、体を打ち付け痛みに喘いでいたパールでも、その声で現実へ意識を引き戻される。
「ナタネさん!!」
「な……っ、ナタネさん……!?」
「あはははは、正義の味方はご立派ね。
恰好つけちゃって世話無いわ」
あまりの出来事に頭に血が上ったロズレイドは、怒り任せにスカタンクにソーラービームを放っていた。
あわやのところで躱したスカタンクは、一度ジュピターのそばまで駆け戻る。
完全に頭にきているロズレイドは、スカタンク狙いかつ、その後ろにいるジュピターまで焼き払ってやるとばかりに、両手のブーケを向けていた。
「っ……ロズレイド、撃っちゃ駄目!
トレーナーと共に戦うポケモンが、絶対に人を攻撃しちゃいけないって教えたでしょう!」
脚を焼かれてすぐに立ち上がれなかったナタネが、パールに覆いかぶさったような姿勢のまま、ロズレイドを制止した。
なぜ止める、こいつらが先に、という目でナタネに振り向きつつ、ぐっと耐えてソーラービームの発射を耐えきったロズレイド。
火傷した片脚を引きずりながら、震えながら立ち上がったナタネの表情は、苦悶に満ちていていっそうの怒りをロズレイドに抱かせるけれど。
「クズと同じ土俵に上がっちゃ駄目……!
あなたはそんなことをしなくたって、あいつに勝って胸を張れるはずよ!
あなたにはそれだけの実力がある!」
「あははは、結構結構!
あなたがクズと呼ぶそれに敗れ、安っすいプライドをズタズタにされる姿を見るのが楽しみになってきたわ!
叩き潰してあげましょう! スカタンク!」
矢のように駆けるスカタンクがロズレイドへ迫り、乱れ引っ掻きで押し込もうとする。
流石に何度か打ち合って真っ向からの力受けは不可能と実感しているロズレイド、一発目の爪だけ毒針で打ち弾き、早期に後退して距離を作る。
瞬時に毒針を引っ込めた両手を振るい、比較的近いスカタンクへ何枚ものマジカルリーフを差し向ける。
「顔色が悪いわよぉ?
子供に支えられるなんて、頼りないジムリーダーもいたものね」
「本当にクズだわ、あなた……!
あなたなんかに、あたしもロズレイドも負けられるものですか……!」
「なっ、ナタネさん、ナタネさぁんっ……!」
両手に膝を置いて震える軸を支えるナタネを、しがみつくのか支えているのか、ぎゅっと抱きつくパールがいる。
心配のあまりに震える声が、泣きだす寸前のそれであるのは誰にでもわかる。
この苦境の中にあって、レベルの高すぎるスカタンクとロズレイドの戦いに加勢のすべもなく、プラチナもポッチャマと共に能動的な行動一つ取れずにいた。
再びナタネとパールがスカタンクに狙われたら、という危惧に備えてポッチャマに指示を出す構えではいるが、何もしていないのと本質的には変わらない。
「ロズレイド、ソーラービーム……!
負けちゃ駄目よ、こいつらにだけはっ、絶対に譲れない……!」
痛む脚に脂汗をだらだら流しつつ、ナタネはジュピターを一切見ず、スカタンクの挙動だけを目で追っている。
マジカルリーフを躱してロズレイドから距離を作ったスカタンクへ、追撃を命じたソーラービーム。
避けたスカタンクのなびいた尾を僅かに焼いたが、植物の力で放った力はやはり、毒タイプのスカタンクの全身の毒素が抑えてしまい効果は薄い。
直撃ならまだしも、やはり毒タイプの敵に草タイプの攻撃は効きづらいのだ。
「はっ、あくまで綺麗に勝ち切ろうっていう腹なのかしら?
綺麗事ばかりの正義感ぶりには虫唾が走るわね」
「何とでも仰いなさい……!
あなたがあたし達を疎むように、あたし達もあなた達を許せない……!」
「いい年した大人が何を子供みたいなことを。
ははぁ、童心忘れずという言葉で自己陶酔かしら?」
「綺麗事を否定するのは大人の言葉じゃない!!」
ぱちんと指を鳴らしたジュピターの指示が、スカタンクに火炎放射を命じている。
燃え広がる炎に体を焼かれつつの足取りをしながら、ロズレイドはマジカルリーフを放ち続ける。
当たりはするし、少しずつダメージを与えているのは確かだが、ロズレイドに積み重なっていくダメージの方が大きい。
「罪無き人々が安心して過ごせる法に支えられたこの世界は、あなた達が綺麗事だと揶揄する、高潔な信念を捨てなかった大人達が作り上げてきた……!
それがわからないあなたにっ、大人を語る資格なんてない……!」
ロズレイドの戦いぶりを目にしながら、戦い方を変える指示を下さないナタネは、今のロズレイドの戦法を肯定しているのだ。
少しずつ削れ、まだ大丈夫、必ず勝てるから。
苦悶を顔に隠せぬまま、心配で心配で涙目でナタネに抱きつくパールの顔を、ナタネは一度も振り返らない。
「子供みたいですって……!?
子供達が夢見る、希望に満ちた世界を導かんとするのが大人の使命でしょう!
年下を理由無く見下し、否定したい者を見下す言葉で括りたがるあなたこそ、体だけ大きくなった身勝手な子供そのものよ!!」
「――――z!!」
接近してきて爪による"つじぎり"の重い一撃を振り下ろすスカタンクの攻撃を、ロズレイドは二本の毒針を交差するように構えて受け止めた。
力で勝るスカタンクの攻撃は、防ぎおおしはしたものの、ロズレイドの腰が少し沈むほどのパワーがある。
ナタネの声を聞き、負けてなるかの想いを振り絞ったロズレイドが耐えたのは見事だが、それでも力負けの現実は敵の攻撃以上に重い。
「理由無く見下す、ねぇ……
遺憾ながら、無くはないわ」
へらへらと煽っていた表情こそ改めはしているものの、無表情となっているジュピターの目。
冷徹さを色濃くした眼差しで、ぱちんと指を鳴らすジュピターがスカタンクに命じるのは、その至近距離での火炎放射。
「見てきた現実の数が違うのよ」
口を開いたスカタンクの挙動を目の前に、強引に敵の前足を横殴りにして、それとは逆の横へと跳んで逃れるロズレイド。
真正面近くで吐かれる炎を凌ぐには確かに至れたが、一瞬全身を包んだ炎によるダメージは甚大だ。
ふらついてよろめいて、片膝をつきかけたロズレイドの動きは、そのまま座り込んでしまうほどだったのをぎりぎり耐えたものに過ぎない。
「はかいこうせん、っ……!」
それでも指示を出してくれるナタネに応え、ロズレイドはスカタンクへと破壊光線を発射した。
なんとか跳んで躱したスカタンクの下半身を掠めた光線は、確かなダメージを与えはするが、反動で後方へ転がっていくロズレイドに戦う力はあるのか。
一つ前の破壊光線で壁に開けた風穴のそばまで転がって、ビルの外まで落ちないようぎりぎり踏ん張ったロズレイドは、立ち上がれずにほぼ四つん這いの姿だ。
「不条理な現実、理不尽な現実、この世界がいかに歪んでいるかを知りもせず、声高に世間知らずの理想論を唱える子供をどう嗤わずにいられるの?
ここまでのこのこ足を運んで、見ていることしか出来ない子兎ちゃんを御覧なさい?
自分達に何一つ出来ることは無いとも知らず、いったい何のつもりで来たのかしら?」
尻尾の根元に隠していたオボンの実を、念のためにと放り上げて口でキャッチしたスカタンクが、それを噛み砕いて自らの体力を回復させる。
立ち上がる力も残っていなさそうなロズレイドを離れに見ながら、さほどダメージが蓄積してもいない中で早めに食す入念さは、主人に似て周到というところ。
余裕たっぷりのまだまだ戦えるという姿で、ナタネ達をにやりと見つめるスカタンクが放つ存在感は、パールとプラチナを蛇に睨まれた蛙にしてしまう。
「あなた一体、どういうつもりでこんなザコ二人を連れてここまで来たのかしら?
非道に手を染める連中を成敗するつもりで、ここへ来たのでしょう? まあ恰好いい。素敵素敵。
そんな相手のそばへ、無力で傷つけられるだけの子供を連れてきたのってどういうつもり?
恰好いいとこ見せたかった? あははははは!! 今のあなたってば無様!」
ナタネをあざ笑うジュピターの言葉に、パールもプラチナも耐え難いほどの胸の痛みを覚えながら、何ひとつ反論することが出来なかった。
理屈を作る賢さが無いのではない、恐怖によってだ。
この窮地、ナタネを少しでも助けるためにニルルとポッチャマに戦って貰おうにも、あのスカタンクは強過ぎる。
戦うよう指示しても、ずたずたにやられてしまうだけだろうとわかる。
これが、ギンガ団幹部が本気で繰り出してきたポケモンの強さなのだ。
現実という言葉を使うジュピターに連想し、敵わぬ敵の強さという現実を見ず、ここに乗り込んできた自分達。
それがナタネの脚を引っ張っている現実を知らしめられ、悔しさを感じるよりも後悔が勝りプラチナですら泣きたい想いである。
「……あたし達、ジムリーダーっていうのはね」
ぽんぽんと、自分を抱きしめるパールの手を叩き、放してとばかりに訴えるナタネ。
ふるふると首を振って、もう逃げようよと哀願するパールの涙目に、ナタネは微笑みパールの頭を撫でる。
汗だくの微笑みは、余裕ひとつない彼女の様態を示すものながら、その裏の強い意志めいたものに圧されるかの如く、パールも抱きしめる力が弱くなる。
「ジムリーダーは、負けることが仕事なの。
負けないことが使命とされる、チャンピオンとは違うのよ」
ジュピターに向けて言い放つ言葉を口にしながら、ナタネはプラチナにも険の無い、柔らかさを取り戻した顔を向けている。
それは、大丈夫だからと優しく伝えるような表情で。
絶望の中にあり、ましてパール以上にこの状況の儘ならなさを実感している彼に、その笑顔はどの程度の気休めになるだろう
「強くなるため、ひたむきな努力を重ねてきた挑戦者を迎え撃ち、許された限りの全身全霊を尽くし、最後には破られることをあたし達は喜ばねばならない。
希望を持ってここまで進んできたトレーナー達の前に、かつてない強敵として立ちはだかり、それを乗り越えたという成功の実感を得させることが大切なのよ」
「何の話をしているの?
あなたのジムリーダーとしての矜持なんて知ったことではないわ」
「あなた、やったぁ、って思ったことは一度も無いの?
そうした経験が、あなたをいっそう前に向かって歩かせてくれたことはないの?
あたしは、それこそが希望を見据えてこの世界を歩いていくために最も必要なことだと信じてる。
あたしよりも年上に見えるあなた、理解できないことかしら……?
「……減らず口を」
初めてジュピターが、飄々とした煽り口調とは異なる、感情的な声を出した。
スカタンクが、ジュピターのことを振り返って彼女の表情を確かめるほどにだ。
長らくジュピターと共に歩んできたスカタンクだからこそ、今の言葉がジュピターの心を乱すものであったとは理解できてしまう。
そして、そんなスカタンクの挙動によって、ジュピターもまた案じられるほど自らの心が乱されたことに気付き、すぐに沸騰しかけた頭を冷やしている。
スカタンクもまた、その行動一つでジュピターの動揺を鎮められる程度には、彼女にとってのベストパートナーということだ。
「あなた達の悪行を知り、そんな悪事が挫けることを希い、自分達の力がその支えになればとさえ掲げ、ここまで来ることを自分達の意志で望んだ子達よ。
あたしはそんな高潔なこの子達に、希望ある正しき現実を目の当たりにさせたいの……!
あたしはあなたに負けないし、あなたの悪行はここで潰える! 必ずそうする!」
「あははははっ! 呆れさせてくれるわね!
それでその子達が傷ついたらどうするの? あなたの責任じゃないの?」
「あたしがそうはさせない! 絶対に!
ジムリーダーを、甘く見るんじゃないっ!!」
「――――z!」
火傷して痛むはずの方の足を振り上げ、力強く床を踏み鳴らすナタネの行動は、こんな痛みが何だと音を鳴らす激情の表れだ。
彼女自身も歯を食いしばり、痛みに涙さえ出てきそうな行動に、応えるように声を発したのが、彼女のベストパートナー。
それに振り返ったジュピターの目には、既にろくに戦えぬ姿となったであろうはずのロズレイドが、背筋を伸ばして立ち上がった姿である。
「"こうごうせい"か……!
詰めが甘かったわね、反省しなきゃ……!」
「ロズレイド、勝負かけるわよ! マジカルリーフ!」
風穴の空いたビルの壁から差し込む西日と、フロア内を照らすにほんばれの光、双方を浴びて体力回復の技を行使して立ち上がったロズレイド。
身構えたスカタンクにマジカルリーフを放つロズレイドだが、それを機敏に躱す敵へと、毒針二本をブーケの手から突き出して駆け迫る。
勝負を懸けるという言葉の裏に、接近戦を仕掛けるという含みがある。
「何のつもりかしら……!?」
接近戦は不利であることなど重々承知のはず。
その上でそれを仕掛けてくるナタネとロズレイドの行動に、意図があることは明白だ。
ぱちんと指を鳴らしたジュピターは、火炎放射でその隠された意図を炙り出せとスカタンクに命じている。
「ウェザーボール!!」
火炎放射を高く跳んで躱したロズレイドは、スカタンクの上方から、燃え盛る火球めいたものを生み出してそれを撃ち放った。
回避されることはある程度織り込み済み、しかし反撃があるとしてもマジカルリーフ程度の想定、そこへ飛んできた大きな火の玉だ。
身を逃がそうとしたスカタンクだが、避けたスカタンクの立っていた床に直撃して炸裂した火球は、はじけるように火を撒き散らした。
爆風と熱はスカタンクを煽り、敢えてその爆風に押されるように転がるスカタンクは、爆心地から離れつつ熱で体毛を焦がされ悶えつつ立ち上がる。
「それで"にほんばれ"か……!
まったく、布石を拾うまでに焦らしてくれるわ!」
「あなた用心深そうだからね……!
実を結ぶまでが苦しかったわ……!」
"こうごうせい"による体力回復促進、溜めの無い"ソーラービーム"の発現。
その一方で、ジムリーダーであるナタネは、ロズレイドの弱点である火炎放射をスカタンクが使い得ることぐらい想定していたはずである。
アドバンテージ二つに対し、ディスアドバンテージ二つも背負っての"にほんばれ"が釣り合うものかと不審がっていたジュピターだがこれで得心がいく。
相性問題でスカタンクに有効打を撃ちにくいロズレイドが、強い日差しの下で炎の"ウェザーボール"というメインウェポンを得られるなら確かにそうだ。
フロア内を照らす強い日差しは、火炎放射の威力を高められる一方で、それに勝る恩恵をナタネ側にもたらしている。
ジュピターも舌打ちさせられるものだ。
"にほんばれ"を発したその時、こうした真意があるなら暴かんとばかりに、パールに火炎放射を放つという非道策さえ選んでみせたのに。
あの状況でもなおこの切り札を伏せ、ここまで伏せてスカタンクにウェザーボールを当て、有効な一撃をぶつけることに繋いできたのである。
やはり百戦錬磨のジムリーダー、決定打へと繋ぐための運びようは、用心深く運んだジュピターの目さえ欺くドミネーションだ。
「さあロズレイド! もう遠慮は要らないわよ!
マジカルリーフで追い詰めて!」
「スカタンク、そんなものは受けて結構!
ウェザーボールを警戒しながら、接近戦に持ち込むのよ!」
さあ手の内は明かした。あとは真っ向勝負だ。
ウェザーボールを当てたいロズレイドも、火炎放射を当てたいスカタンクも、相手が躱せない状況を作ることが最大の課題となる。
"つじぎり"の爪を光らせて迫るスカタンクと、バックステップで距離を稼ぎながらマジカルリーフを飛ばすロズレイドが、相手の隙を作ろうと努めている。
「パール」
ナタネがパールの胸に手を添えて、優しくも強い力を込め、そこで動くなと表して少し前に出る。
私の後ろにいなさいと背中が語っている。何も出来ないパールは、両手をぎゅっと握りしめてナタネの勝利を願うことしか出来ない。
彼女からは顔の見えないナタネが、勝利を信じている眼差しをしていることだけが想像できる。
「まったく、ちょこまかと……!」
これまでの戦いで充分なほど、接近戦は良くないと実感しているロズレイドだ。
みだれひっかきも、つじぎりも、何度も受けて筋を肌で実感している。
追い迫るスカタンクだが、距離を作りつつマジカルリーフを放つロズレイド。
いざそろそろ触れるかというほどまで近付けても、燃え盛るウェザーボールを放たれて回避を強いられる。
"こうごうせい"で体力を回避しただけのロズレイドではない。敵の手の内に触れて学んだ後で尚、体力回復したロズレイドである。
一転スカタンクに厳しい立ち回りを見せる姿は、先ほどまでに嘘偽りなく手こずらされた敵を翻弄する、ジムリーダーのエースそのものの姿だ。
「だったら、こうするとどうかしらね……!」
「!?
ナタネさん!!」
埒が明かない展開に陥り始めたと見るや否や、ジュピターが選ぶ打開策はやはり非道。
ナタネのいる方向へスカタンクを向かせ、火炎放射を放つよう命じている。
思わず叫ぶプラチナは、その火炎放射に向けてバブルこうせんを放つポッチャマへの訴えを兼ねており、ポッチャマもまた応えている。
ナタネの後ろにいたパールが、今日二度目の炎が迫る光景に、短い悲鳴をあげて両腕で身を守るようにして目を閉じた。
これほど恐ろしい光景がどれだけあるだろう。無理の無い姿である。
だが、パールのそばにいたニルルは彼女とナタネを守るため、迫る火炎放射に向けてみずのはどうを撃っている。
しかし、高レベルのスカタンクが放つ火炎放射は、ポッチャマとニルルの全力の水を浴びてなお、ナタネとその後ろのパールを焼き払う勢いを失わない。
そんな火炎放射が、ナタネの前方で爆発に見舞われて、彼女らを焼けず道半ばに形を失ってしまう。
友の窮地にウェザーボールを投げ付けたロズレイドが、火炎放射を撃墜してこその結末だ。
きついカーブを描いてナタネの前方で火炎放射を受け切ったウェザーボールは、ナタネとパールを焼くはずだった炎を拡散させて彼女らに届かせない。
爆音に目を開けたパールの目には、逃げもせず背筋を伸ばし、戦場から目を逸らさぬ堂々としたトップトレーナーの背中があった。
爆ぜた炎が撒き散らす火の粉に、顔を、膝を、へその周りを焼かれながら、それがパールに降りかからぬよう壁となるナタネ。
歯を食いしばって片目をぎゅっと強く絞る彼女の表情はパールには見えずとも、不動たる姿とその頑健たる志は、恐怖一色だったパールの目さえ覚まさせる。
「さあ、もう一回!」
「――――z!」
熱に晒される中で振り絞った大声の指示に応え、ロズレイドはスカタンクへと燃え盛るウェザーボールを放った。
火炎放射を放った後で、しかし跳んで躱すスカタンクは直撃を免れたが、立っていた場所に着弾した火球が大爆発を起こす。
最小限のダメージに抑えつつ、爆ぜた炎と熱に晒されたスカタンクは、逃げた先でぺえっと苦痛を吐き出す顔を見せている。
「っ、いっけええっ!!」
「まずい……!
スカタンク、戻りなさい!」
作り出された状況の最悪さを悟るのが早いのも、ジュピターという用心深いトレーナーの慧眼によるものだ。
敵の攻撃を躱しづらい状況にあったスカタンクと、ロズレイドを結ぶ直線上の先に、風穴の空いた壁がある。
ナタネの指示が意味するところを察したジュピターは、すかさずボールのスイッチを押し、スカタンクをボールの中へと戻していた。
ロズレイドの撃つはかいこうせんは、あわやの所で消えたスカタンクがいた場所を通過して、風穴の向こうへと突き抜けていった。
ジュピターがスカタンクを引っ込めなかったら、破壊光線はスカタンクを撃ち抜き、ビルの外まで吹っ飛ばしていたということだ。
こうした"回収"で攻撃の回避をするのは、公式戦ならペナルティの対象だ。ジュピターは、手段を選ばない。
「わかったわかった、私の負けよ!
流石にジムリーダー様に出張ってこられちゃ堪らないわ!」
スカタンクを手元に戻してすぐに、胸のギンガ団マークを拳で叩いたジュピターは、自分の後ろの壁がシャッターのように開くことを促していた。
スイッチ一つで隠し扉を開かせるようにだ。
壁に突然開いたそれは、狭いドアのようであってジュピターの体を辛うじてくぐらせるかのようで、そこに彼女は手早く体半分を潜らせる。
「私もまだまだね、いい勉強になったわ……!
敵対者にこうして学ばせてしまったことを、せいぜい後々後悔することね! ジムリーダーさん!」
「っ、く……!
待ちなさ……」
捨て台詞を吐き、その向こうへと身体を全て運び、そこから滑り台のように下層階へと下っていく横顔を、最後に見せて去っていくジュピター。
脱出経路として有用な逃げ道なのだろう。
妙に手の込んだ仕掛けということは、きっとそういうことだ。
フロア内からジュピターがあっという間にいなくなってしまったことに、思わず追う足を前に向けようとしたナタネも、脚の痛みで躓いてしまう。
膝をついて崩れるナタネに、思わずパールが駆け寄ってしまうほどの姿だ。
「ナタネさぁんっ……!」
もうやめて、これ以上無理しないでと訴えてしがみつくパールと、言葉なくやっとナタネに駆け寄るプラチナ。
ジュピターを追おうとしたロズレイドも、敵が逃げた場所がすぐに閉まってしまったことに、ナタネの方に駆け寄る足へと遅れて切り替える。
滴って床に落ちるほどの脂汗を流しながら、息を乱して立ち上がりきれないナタネに、周囲の心配が注がれるばかりだ。
「……あははっ、ごめんね。
悪いやつ、捕まえきれなかったなぁ」
心配してくれる子供達に、ナタネは精一杯の笑顔を作って、それをパールとプラチナに向けていた。
叶えたかったすべてを叶えられず、少しの悔しさを孕んだ表情でありながら、そこにはそれ以上の達成感も確かにある。
追い詰められた局面もありながら、屈せず戦い抜き勝利したことは、恥じることなく誇るべきものですらあろう。
駆け寄ってきたロズレイドが、大丈夫、しっかりしてとばかりに、ナタネにぎゅっと抱きついていた。
ナタネもまたそれに応え、跪いて立ち上がれない姿勢のままロズレイドの背に手を回し、優しい力で抱きしめるのみ。
一緒に戦い抜いてくれた最愛のパートナーに頬を近付け、ようやく安らかな息を吐くナタネに、パールもプラチナもかける言葉がなかったものである。
二人の世界。割って入ることなんか出来ないと、子供にだってわかるのだ。
それでもパールは、決死の想いで戦い抜いてくれたナタネに伝えたい想いを表すかのように、彼女の背中に膝をついて身を寄せずにいられなかった。
ナタネとロズレイド、その二人の世界に割り込んだそれに、ナタネの表情は心からの安らぎを得られたものである。
すすり泣いてでもいるかのように、自分の背中で震えるパールのぬくもり。
ありがとう、とロズレイドの耳元で囁くナタネの言葉に、ロズレイドもまた小さく頷いて返すのだった。
屈さずという結末を迎えられた喜びと、その結実へと繋げてくれたパートナーへの感謝。
百人の挑戦者に連続で勝利するよりも、ずっとずっと価値のある大きな勝利に、ナタネの方こそパールのように目に涙さえ浮かびそうだった。