「楽しかったね~!
テレビで見るよりもずっと面白かった!」
「あはは……元気になってくれてよかったよ」
ふれあい広場から帰ってきたパールはプラチナと合流した。
明るく笑って楽しかったとプラチナに伝えたパールだったが、明らかにその笑顔は疲れきっていた。
ミーナにけちょんけちょんに振り回されたのは見るも明らかである。
プラチナが気を遣って、あらかじめパールが喜びそうな次の行き先へ誘ったのであった。
きっとプラチナは彼女が出来ても、ちゃんとデートコースを作れる子。
ヨスガシティ最大の名物である、ヨスガコンテスト会場にエスコートして貰えたパールは、華々しい舞台を見て目を輝かせていた。
ポケモン達がバトルではなく、可愛らしさや美しさを競うコンテストであり、きらきらとしたステージ上の輝かしさは折り紙付き。
きっとパールも、ふれあい広場での苦労を忘れて楽しんでくれるだろう、と見立てたプラチナの眼は見事である。
現にパールはお腹いっぱい楽しみ、コンテスト会場から去る時はきらっきらの笑顔。プラチナ的には大成功。
「パールはコンテストに出てみたいとは思わないの?」
「思わないことはないけど、今はいっかな。
今の私はポケモンリーグ目指して忙しいのだ」
「へ~、意外。
僕らと同じ年頃の女の子、こういう舞台に憧れる子が多いのに」
「興味ないことは無いってば。
今はまだ、っていうだけだよ」
そうは言うが、本質的にパールはあまり興味を持っていなさそうである。
パールぐらいの年頃だったら、世の中見るもの新鮮なものがいっぱいあって、やってみたいことは沢山できるものだ。
やりたいこと全部やろうと思ったら時間がいくらあっても足りないし、二兎を追いたくなることだってあろう。
そんなパールは『今は別にいい』と素っ気ない時点で、興味が無い、厳密にはバトル寄りのトレーナーとしての日々に夢中ということである。
寄り道している暇は無い、という賢明さではなく、単に興味を持っていないから。持っているなら、少々程度は後ろ髪を引かれるリアクションがあるはずだ。
「パールのお母さんはコンテストの有名人なんでしょ?
そっちの道は目指さなかったんだ?」
「うんうん、私も今日知ってびっくりした。
お母さん、すごい人だったんだね」
「えっ、知らなかったの?」
「だってお母さん、私にそういう話は全然しなかったもん。
私が生まれてからは、ポケモンコンテストに一回も行ってないっぽいし」
パールが驚かされたのは、歴代コンテスト優勝者が額縁写真で飾られた場所に、お母さんの若い頃の姿を発見したことだ。
今のパールよりももう少し年上ぐらいの頃に、ポケモンコンテストで優勝したことがあったらしい。
その後も時々、コンテストの審査員を務めたこともあるぐらいなので、主催者側からも余程に一目置かれていたということだろう。
ヨスガシティでポケモンコンテストに関わる者で、パールのお母さんを知らない者はそうそういないはずである。
どうやらパールはこのことを今日初めて知ったらしく、お母さんから一度もこんな話を聞いていないらしい。
たまたまそんな話をしてこなかったのか、それとも意図して伏せられていたのか。
パールはお母さんと仲良しなのだし、一度ぐらいは昔の自慢話だって聞かせてくれそうなものなのだが。
何にせよ、コンテストで優勝するほどの腕があったお母さんの影響一つ受けず、パールはコンテストに無興味な子に育ってしまったようだ。
「あのお母さんの子供っていうことでコンテストに参加すると話題にもなったりしてね。
パールもそういう才能、お母さんから貰ってたりするかもしれないし」
「あはは、そうだったら嬉しいけどね。
でもいいんだ、私は今はポケモンリーグが目標だからさ」
「ぶれないね。
やっぱり昔、自分のことを助けてくれた人に会いたいから?」
「ん~、最近は色々と考えも変わってきてるけど……まあ、そうかな。
やっぱりポケモンリーグに挑戦するぐらいのトレーナーになった方が、有名になれそうだからさ。
や、コンテストで優勝するぐらいの人が有名じゃないっていうわけじゃないんだけど……やっぱり私はこっちが目標かな」
街を歩く中でお話する二人。
ポケモンコンテストも大きなイベントであり、そこで優勝するともなれば、テレビでも大々的に報じて貰えるし世に広く顔を知って貰えるだろう。
とはいえ、ポケモンバトルの方がポケモンコンテストより世間への浸透度が高く、そちらでの第一人者となる方が世間への認知度はやや上回りがち。
パールは有名になって、テレビに出て、幼い頃に自分の命を助けてくれた人に伝わるよう、メッセージを送るのが夢なのだ。
それで相手に伝わり、会いに来てくれるようにでもなれば理想形である。
彼女がポケモンリーグでの優勝を目指す初心とは元々それなのだ。
「……パールにとってはそれって、初恋の人って感じ?」
今日はなんだかプラチナも、らしくないことを尋ねている。
色恋話なんてあまり得意でなさそうなのに、こんなことを訊くなんて。
ちょっと思い切るように尋ねているところを見ると、うん、という返事はあまり聞きたくなさそうである。
「いや~、そんなんじゃないよ。
だって私が小っちゃい時にもう大人だった人だよ? 年が離れすぎてるよ。
憧れの人で恩人ではあるけど、そういう感情は無いかなぁ。
私は一緒になるなら、自分よりちょっと年上なぐらいか、同い年ぐらいの人がいいなぁって思ってるし」
「ふーん……そうなんだ」
「え、ちょっと、何その聞いておいて素っ気ないカンジ。
プラッチどこ見てんの?」
「あ、いや、ちょうど……なんだろね?」
「なんだろねじゃないよ、こらっ、今なにか隠したね?
言いなさい、さあ今すぐに、人の話を聞いてなかったバツとして」
「な、なにも隠してないよ、いや本当に本当に……」
いや、隠している。隠そうとして予想外の角度から気付かれて困っている。
あぁパールまだ初恋はまだなんだ、しかも同い年ぐらいの子がいいって、なんだか嬉しく聞こえてしまった響き。
でも、それを顔に出すと何だか気取られそうなので、パールの方を見ずに前だけ見てクールなふりをして。
結果、私の話聞いてなかったでしょ、と絡まれているのである。愚策のどつぼ。
余程ここで絡まれるとは想定外だったらしく、咄嗟に言い訳しようとして何も思い付かなかった、なんだろねの一言に動揺が溢れている。
「い、いや、さっきパール言ったじゃん、最近は考えも変わってきてるって……
それってどういう意味なのかなぁってちょっと想像しちゃってさ」
「あ、それ?
もう、そんなの普通に聞いてくれれば答えるのに」
ぎりぎり切り抜けるプラチナである。
粗のある言い訳ではあるが、パールがあまり細かいところを気にしない性格なのは幸いしたかもしれない。
引っかかりめいたものは多少感じつつも、納得してそちらの話題に移ろうとしてくれるパールに、密かにプラチナが心底ほっとする。
「最初はその、憧れの人に声をとどけるきっかけに、って目指してたポケモンリーグだけどさ。
最近はそういうの抜きででも、リーグ優勝を目指したくなってるんだ。
たまに考えるんだ。もしリーグで優勝して、有名になっても、私の声の届けたい相手に届かなかったらどうしようかな、とも。
やっぱり有名人になって呼びかけても、必ず相手に届くわけじゃないからさ」
「忘れてるわけじゃないけど、別の理由も出来たってこと?」
「うん。
ピョコやパッチ、ニルルやミーナと一緒に色んな人と旅してたら、それが楽しくなっちゃってさ。
どんどん強くなってくみんなと一緒にいたら、もっともっと私も有名なトレーナーになりたくなってくるんだ。
それで、もっと沢山の人達に、私の友達はこんなに凄いんだぞーって自慢したい」
「そっか。
ポケモンリーグで優勝するぐらいになれば、まさしくそれが叶うんだね」
「えへへ、そういうこと。
よく思い出してみて、プラッチ。
私今まで、一回もポケモンバトルで負けたことないんだよ?
バトルなんて初心者だった私がだよ?
みんなが本当に凄い子達だからじゃない?」
にわかに興奮するように声が少し大きくなるパール。
たまにいるのだ。自分のポケモンを誇らしげに語る時こそ声高になる人が。
自分のポケモンが好き過ぎて好き過ぎて。パールもそんな一人のようだ。
「ポケモンリーグ優勝、今まで以上に目指してみたいって本気で思ってるんだ。
もしもそんなことが出来て、テレビで何か言ってもいいよって言われたら、もちろん憧れの人に伝えたいことは言うけどさ。
それより先に、見て見て私のポケモン凄いでしょ、自慢の子達だよ! って言うと思う。
今はそれがしたくって、ポケモンリーグ目指してる感じ」
なんとなく、プラチナにはわかってしまったことがある。
今のパールに、恋だの男の人だの考えている暇なんて無さそうだ。
強いて言うなら、彼女が惚れている相手というのは既に四人もいて、それは一緒に旅するピョコをはじめとしたポケモン達なのだろう。
バッジを集めてポケモンリーグに挑む理由を、日の光に煌めく一番の笑顔で語るパールの表情こそ、プラチナにそう確信させるには最も雄弁だ。
感情が良く顔や態度に出るパールだから尚更に、瞳は口程に物を言う。
「そっか……うん、頑張ろうね、パール。
僕も応援してるし、教えられることがあれば何でも教えるから」
「へへ、ありがと、プラッチ。
絶対、今プラッチに応援して貰えたことも無駄にはしないからね!」
漠然と夢を抱いていた頃と違い、ナタネやジュピターのような強いトレーナーとの出会いを経験して、パールも楽観的な夢を見られなくなっていたところだ。
この世には、自分の想像をずっと超えている、強い強いトレーナーが沢山いる。
テレビでトップトレーナー同士の戦いを百戦見るよりも、肌で感じた、目で触れた歴戦の猛者の戦いぶりこそ、そんな現実をいっそう実感させてくれる。
ポケモンリーグで優勝するというのは、そんな並み居る強豪を打ち破った先でしか叶えられないのだ。
自分にそれが出来るんだろうか、という想いは、高い壁の存在を痛感するたび強くなるものである。
だからパールは、絶対チャンピオンになってみせるから、と、具体的な言葉でプラチナに約束するのが少し難しくなっている。
自信が揺らぐと大きなことは言えなくなるものだ。
一方で、応援してくれているのを無駄にはしないから、と、遠回しには夢を叶える宣言はしてみせている。この辺りが言える限界なのだろう。
気持ちがわかるプラチナは、微笑ましく頷いて返していた。
「……僕も頑張ってみようかなぁ。
いつかパールが僕より強くなっちゃったら、教えること無くなっちゃうし」
「最近プラッチ、そういうこと考えるようになってきてるよね。
いいじゃん、頑張ってみよ! 二人で一緒に……」
「――あっ!
パーーーーールーーーーー!!」
パールに頼りにされているのは確かなようで、プラチナもそれは何だか誇らしく、今後も力になれるようにと昔の考え方さえ変え始めている。
学者になりたいのであって、ポケモントレーナーとして強くなりたいわけじゃないと、親にまで強く主張していた彼がである。
パールにとっての特別な立ち位置にいるような気がすると、今までの自分のままじゃ駄目だって思うぐらいには、プラチナもパールを強く意識している表れか。
さて、しかしそんな二人だけの世界にいられる気がして殊更楽しかったプラチナの元へ、言葉は悪いが邪魔者参上。
邪魔だとまでは思わないけれど。でも、本音を言えばもっと二人きりの時間を堪能したかったので。
「あれっ、ダイヤじゃん。
久しぶり、こんなとこで会うなんて奇遇」
「パール頑張ってるかー!
俺はもうバッジ3つ集めて絶好調だぜー!」
「えっ、ほんと!?
私まだ2つ……」
再会早々、冒険の進捗報告が早いダイヤである。
聞けばダイヤは、先日このヨスガシティでジムリーダーに挑戦したが、相手が強くて負けてしまったらしい。
となれば、まずは修行がてらに他のジムを回ろうと、トバリシティまで行ってジム戦をクリアしてきたそうだ。
強くなったぞ、さあリベンジだ、とばかりにヨスガシティに戻ってきたという流れだそうで。
「ヨスガジムのジムリーダーさん、いま遠いとこ行ってていないよ」
「なにっ!? そうなのか!?」
「なんかホウエン地方だっけ?
そこでコンテストの審査員やってるんだってさ。
帰ってくるまで一週間以上かかるみたい」
「がーん! だったらノモセシティにでも先に行っときゃよかった!」
せっかちなので、時間を無駄にしてしまった気がするとショックを受けちゃうダイヤのようだ。
確かにそうだと知っていたら、ノモセシティのジムに挑戦してからヨスガシティに帰ってきていただろうに。
「こうしちゃいられないや! じゃあ俺ノモセシティに行ってくるから!」
「あ、ちょっとダイヤ、今はノモセシティへの212番道路は天気が悪いらしくて……」
「だいじょーぶだいじょーぶ!
俺にはポケモン達がついてるから!
じゃあな、パール! お前もバッジ2つでうろうろしてないで早く俺に追い付いてこいよ!」
忠告も振り切って、ばひゅんと街の南に向かって突っ走るダイヤ。
再会してお別れまであっという間。嵐のような男の子である。
見送ったパールはやれやれとばかりに小さい溜め息をつき、プラチナは唖然である。ああいう子だとよく知っているかどうかでリアクションも変わる。
「あんなヤツだから」
「ああ、だからパールもいつものことだって顔してるんだね……」
肩をすくめるパールに対して、プラチナは苦笑い。
パールとダイヤはお互いのことよく知り合ってるんだなぁと感じる。
これに関しては妬いたりしない。パール苦労してそうだなぁと思うばかりで。
「パーーーーールーーーーー!
そうだそうだ、忘れてた!」
「えっ、なに、こわっ。
何なのアイツ」
あっという間に何メートルも駆けていったくせに、いきなり同じスピードで戻ってくるダイヤである。
何考えてるのか全然わからない奴は漠然と怖い。
よく知っているはずの相手がいきなりの奇行に及んだら余計に怖い。
「パール、ポケモンバトルしようぜ!
せっかく会えたんだ! お互いどれだけ強くなったか勝負だ!」
「あぁ、そういう。
むしろダイヤ、会ったら絶対そういうこと言いそうだったから、言わずにどっか行っちゃってびっくりしてた」
「当たり前だろー! ちょっと忘れてただけだ!
お前もポケモントレーナーなら、いつでも出来るよう心掛けてるよな!?」
「いいけどもうちょっと隅に行こうね。
はいはい、こっちこっち」
こんな街の真ん中でポケモンバトルしたら、周りの人の迷惑になるからと、パールは周りを見渡して適した場所を探す。
噴水前広場はバトルにも適していそうだ。道路敷きではない草地の出た広いエリアがあって、そこがポケモンバトル向きと見える。
知識人のプラチナに、あそこはどうかな? と聞いて確かめてみるパールに、プラチナもいいと思うよと返事してくれたのできっと問題無い。
場所を探している間、ダイヤったら早く早くと急かしてくる。あんたも場所探ししなさいよ、とはパールの胸の内で唱えられる苦情。
「一対一のバトルをお互い2匹でやるぐらいでどうだ?
そしたら丁度いい具合に早く勝負がつくだろ!」
「あんたほんとせっかちよね。いいよ、それで」
「よーし、俺はもう二匹決めたっ!
勝負だ、パールっ!」
「ふふっ、負けないよ!」
テンポの早いダイヤとのやり取りに、しっかりスムーズについていくパールである。
パールとの付き合いも長くなってきて、彼女も案外まあまあ気が早いことはもう知っているプラチナだ。
そりゃあこんな幼馴染に引っ張り回されて育ってたら、気が早くもなるんだろうなと納得する気分。
ダイヤと比べてしまうと落ち着きのある方に見えてしまうパールだが、逆に言えばダイヤのアップテンポについていけるだけでも中々のものだ。
「行くよ、パッチ!
今回は絶対に負けられない戦いだよ!」
「よーし、行けっ! モウカザル!」
お互いボールのスイッチを押して先鋒のポケモンを喚び出した。
ダイヤが出してきたポケモンの姿に、まず驚かされたのはパールである。
「あっ、それってヒコザル?
進化したんだ!」
「ああ、こいつのおかげでトバリジムの苦しい戦いもクリア出来たんだ!
俺の一番のパートナーだぜ! これでお前のポケモン二匹とも倒してやるっ!」
自信満々。最初のポケモンの進化形だ。思い入れも強かろう。
自分にとってのピョコと同じなんだろうと思うと、パールもその気持ちはわかるので微笑ましい。
まあ、パッチだって負けないよという気持ちは全く揺らがないパールだが。
あと、もしもパッチが負けてしまっても、次は炎ポケモンに強いニルルを出してやるとこっそり企んでもいる。パールも案外したたかである。
とはいえこの緒戦、あまり落としたくないところである。
ニルルを先に出してしまうと、それでモウカザルに勝てたって、ダイヤは水ポケモンに強いポケモンを出してくるかもしれない。そうなると不利。
パッチが負けた時のことなんか考えず、ここは絶対に勝とうと強く意識を改める辺り、パールもポケモントレーナーらしい考えが出来るようになってきたか。
そこそこ戦い慣れてきたトレーナーなら誰でも考えることだが、ここまで考えられるようになってくれば、もうそろそろ初心者でもあるまい。
「行くぞモウカザル!
まだ進化してないコリンクなんて、あっさり倒して二人抜きだっ!」
「あっ、今の聞き捨てならないよ!
パッチ、絶対に勝つよ! あいつが調子に乗ってるとむかつくからっ!」
煽るダイヤ、言い返すパール。どちらも楽しそうな顔である。
根は仲良し。喧嘩じゃなくて健全なバトルでこういったやり取りが出来るのを、二人とも安心して楽しんでいるようだ。
「――――z!」
「わっ、パッチ、気合入ってるね!
それじゃあ……って、あ、あれ?」
パールとダイヤは楽しんでいるようだが、進化もしていない弱い奴扱いされたパッチはむっとしたようで、ばちばち火花を飛ばしてふくれっ面。
電気ポケモンのパッチなのでそれぐらいのことは出来るのだが、それにしたって今回は凄い。全身光り輝くかのよう。
気合の入っているその姿と見て、パールもやる気を燃え上がらせたのだが。
しかし今のパッチはちょっと凄すぎ。
ばちばちばりばりと火花を散らすパッチの全身は、眩しいぐらいに光を放ち、その姿形さえ光で呑み込んでしまっている。
あまりに眩しい光を放つのでパール達も目を細め、通行人も振り向くほど。
仕舞いには、ばりっと稲妻のような強い光を放ち、その瞬間にはパッチの方を見ていた全員が一瞬目を閉じたほどだ。
「……ええっ!? マジか!?」
「わっ、パッチ、なにそれ!?
いま進化したの!?」
「ちょ、挑発されたから……?
負けん気強いなぁ……」
光がやんだその場所に立っていたのは、小さなコリンクの姿だったパッチではない。
一回りも二回りも大きくなり、尖った黒い毛並みを携えた、コリンクの進化形"ルクシオ"の姿へと変わったパッチである。
たまたまその瞬間を見かけた通行人がひゅうと感心する中、プラチナは乾いた笑いを溢れさせていた。
あんな子供っぽい煽り一つでむかっ腹を立て、進化までしてしまうんだから、今まで見てきて感じた以上にパッチって気が強そうだ。
「面白くなってきたな! 馬鹿にするようなこと言ってごめんな!
モウカザル! 油断せずにいくぞ! あいつ多分すげぇ強いぞ!」
「すごいすごいパッチ!
絶対勝てるよ! それじゃ……って、あららら!?」
「えっ!? ちょちょちょ、んわわっ!?」
さあ、空気も熱くなってきたところで仕切り直して開戦、という場面。
パールはパッチに指示を出そうとしたが、指示される前からパッチがぴゅん。
身構えていたモウカザルの横を素通りし、ダイヤに向かって一直線だ。
それはそれはもう、奇襲かつ勢いのある飛びかかりで、ダイヤを押し倒し、さらに四本足でお腹の下にダイヤを敷くように、逃げられないようマウントを取る。
すごい得意顔である。
よくもバカにしてくれたな、どうだ私は強いだろ、と強気の笑顔。
ルクシオに進化して目つきの鋭くなったパッチのドヤ顔に見下されるダイヤ、これはピンチだと大慌て。
「なんだってんだよー! 謝っただろー!」
「――――」
「あばばばっ!?
おまっ、こらっ、ポケモンが人にそんなこと……」
「――――」
「ぎゃわわわわっ!?」
放電するパッチ。言い訳や弁解なんて聞こえません。
私やパールを纏めてバカにするような奴は許しませんの勢いで、口の早いダイヤをびりびり責めにする。
これには流石のパールもパッチに駆け寄る。止めないと。
「ま、待って待ってパッチ。
そこまでしなくても……」
「――――」
「あー……これはとても怒っていらっしゃる……」
「いやいやパール、諦めんなよ!?」
触ると痺れそうなのでパッチに触れられずに声をかけるパールだが、振り返るパッチは案外冷静な顔。
顎を引いて、んーむんーむとゆっくり首を振る。
これは一応、あんまりこんなことはしちゃいけないとわかっている顔である。
それでもこいつはちょっとお仕置きしておいた方がいいんだ、という表情なので、単にかっとなっての暴力ではないと主張していると見える。
「いやー、それでも……
わわっ、えっ、モウカザルさん?」
いやいや、でもこれは良くないんじゃないのと思うパールだが、後ろからモウカザルがパールの手を引いて、優しくパッチから引き離す。
振り返ったパールに、モウカザルは何故かにっこり笑顔。
そしてパッチの肩をぽんと叩き、パッチと目を合わせたら、神妙な顔でうむと頷く。
パッチもうむと頷いた。パッチに組み敷かれている位置、間近でこれを見たダイヤには、このやり取りが意味することがわかって焦る。
「こらこらモウカザル!
こういう時は助けてくれるのが……はびゃっ!?」
「――――♪」
「ぎゃわーーーーー!!
たすけろー! モウカザルー! うらぎりものー!」
止めないモウカザルである。むしろパッチに、もっとやれ宣言。
ああ、いいんだ、とわかったパッチは、ダイヤに再びばちばちびりびり。
怪我しない程度に、電気風呂程度にびりびりさせる電力で調整するのはお上手だが、ダイヤにしてみれば痛いってば痛いってば。
まあ、叫べるぐらいの元気はあるので大丈夫ではあるのだろう。
「わかった、わかったってば! もう一回謝るから!
ごめんってば、さっき言ったの取り消すから! なんだってんだよー!」
「――――」
「いててて! まあちょっとマシにはなってるけど!」
「モウカザルさん、もしかしてあいつのポケモンでそこそこ苦労してる?」
「――――」
話しかけるパールに、モウカザルは頭をかきながら笑って頷いた。
深刻ではない程度の苦笑いなので、別にダイヤを嫌っているわけでもなさそう。むしろその実、ダイヤには非常に懐いているぐらいなのだが。
しかし、たまにはこうして身から出た錆なら痛い目に遭うことも覚えた方がいいのでは? ぐらいには思われているようで。
決して関係は悪くないと見えるダイヤとモウカザルだが、まあ一概には語れない色々あるのだろう。
こういう愛憎複雑な関係は、人間同士でもよくあることである。
しばらく放っておいたらパッチも満足したのか、ダイヤの上からどいて、ダイヤも身体を起こすことが出来た。
まったくこのやろう、と、むすっとした顔で見てくるダイヤに、パッチはぷうっと頬を膨らませる顔を一度だけ見せて、でも笑ってみせた。
もうあんな口利くなよ、なんて威嚇するいたずら顔には、ダイヤも両手をお手上げしてわかったよと返答。
びりびりさせられて頭が冷えたのか、ダイヤはこの後パールに、バトルはまた今度にしようと申し出るのだった。
聞けばダイヤは、トバリシティからここまで戻ってきたばかりで、道中で野生のポケモン達との戦いも経て、ポケモンセンターに向かう途中だったらしい。
ついついパールと再会できたのが嬉しくて、テンション上がって賢明でもないバトルを仕掛けていたそうな。
冷静になると、良くなかったなと思い改めたようである。まあ何より。
唐突に始まりかけていたパールとダイヤのポケモンバトルはお流れになったが、事情を聞けばパールもお預けで結構。
やっぱり、お互いが悔いなく全力で戦える状態で白黒つけたいので。ダイヤというのはパールにとって、そんな相手だから。
「じゃあな、パール!
次に会った時こそ本気で真剣勝負だぞ!」
「うん、楽しみにしとく。
その時は、私達だってもっと強くなってるんだからね」
パール達と別れてポケモンセンターへダッシュしていくダイヤは、ポケモン達を元気にして貰ったら、すぐに南下して212番道路に向かうつもりのようだ。
元気そうで何より。旅疲れの体にびりびり電気を流されて、むしろマッサージ効果で元気になったんじゃないかってぐらい。そんなわけないと思うけど。
相変わらずのせっかち幼馴染を、パールは手を振り微笑ましく見送っていた。
ボールから出たままのパッチを改めて見て、今後も私に任せてねと笑ってくれる姿に、今まで以上の頼もしさを感じつつである。