朝を迎えたパール達。
ズイタウンの北から町の外に出れば、そこは道長さで有名な210番道路。
刈られず残された丈の高い草や、起伏の激しい地形をそのまま残された、歩くだけでも体力を要求される場所としても名高い。
210番道路が長く感じるのは、そうした地形を進むにあたり、脚に疲れが溜まりやすいのも一因だったりする。
街と街を繋ぐ道路、もっと歩きやすく開拓してもいいのだが、こうして敢えて自然を残すことを選ばれた道路もあるということだ。
あまり人類好みに環境を作り変える場所が増え過ぎると、野生のポケモン達も過ごしづらい地が増えてしまうかもしれない。
ポケモンとの共存を重んじるのはどこの地方でも同じ。シンオウ地方も同様で、開発する地とあまり手を加えない地の、地方全体のバランスが意識されている。
「けっこう歩いた気がしちゃうね~。
多分、実際にはそんなに長い距離を歩いてきたはずじゃないんだけど」
「うーん、あれ多分ズイの遺跡だもんねぇ。
坂道も多いし、実際の倍ぐらい歩いてきた気がしちゃうよね」
随分歩いてきた気がして振り返るパールとプラチナだが、遠方ながらズイタウンの傍らに佇む山を目視できる。
昨晩遊びに行ったズイの遺跡は、シルエットの大きなあの山の中に掘り築かれた遺跡。
山の標高自体は高いので、離れた場所からも見えるのだが、それがズイタウンまでの距離を感じる良い標代わりにもなる。
結構歩いたつもりでいながら、あの山がはっきり見えるのだから、出発した町からまだそんなに離れていないのもわかってしまうのだ。
旅慣れしつつある二人の健脚はまだ音を上げないが、普段よりも歩いている気がしてこれだから、ちょっと先行き不安になる。
さて、ズイタウンを出発してしばし210番道路を北上すると、そこで道は北向きと東向きに分かれる。
ここを北上すれば210番道路はまだまだ続き、その先にはカンナギタウンがある。
そちらはここよりもっと道の険しい山道が続くため、ここまで以上に体力を使う道のりだ。しかも長さも結構ある。
210番道路が長いと言われるのは、主にこちらの話である。
一方、東に進めば210番道路は一旦途切れ、そこから先は215番道路となる。
こちらがトバリシティへと向かう道であり、パール達の目指す先。
この215番道路もやや長く、結局トバリシティへの道のりは長いのだが。
ズイからトバリへ向かう道、210番道路の長さそのものより、ここからは215番道路の長さとの勝負となる。
「あっち、霧すごいね~。
ものっすごい視界悪そう」
「あれ地上大変な視界になってんじゃないの。
山道を越えるらしいし、あの有り様だと絶対に冒険したくないよね」
無論、今日は東の215番道路へ向かうパール達なのだが、北の210番道路を進む方角をちらっと見ておく。
遠方の山や木々が霧に包まれて真っ白である。プラチナの言うとおり、地上は霧で満たされていて視界最悪と見える。
足元もよく見えるか怪しいのに山道を進むなんて、滑落して大惨事の恐れさえありとは子供でもわかる話。
今日の旅路とは関係ないが、近寄りたくないほど危険そうな道路だなという印象だけ、眺めた思い出として胸に留めておく二人である。
気を取り直して、トバリシティを目指して東へ進もうとするパールとプラチナだが、ちょうどこの岐路には"カフェ山小屋"という施設がある。
美味しい牛乳、モーモーミルクを名物に、旅路を行く者達がひと時の疲れを癒せる憩いの場。
ここまでの道のりでも、ズイから210番道路に出向いてきたトレーナー達と顔を合わせ、バトルも何度かやってきたパールである。
南の209番道路ではなく、やや道の険しいこちら側でポケモン達を鍛える実力志向のトレーナー達、なかなか強いポケモンを繰り出してきたものだ。
結果的にパールもプラチナも一度も負けていないが、ポケモン達とて疲れていそうだし、一旦このカフェ山小屋にてひと休み。
モーモーミルクはパール達も美味しく頂いたが、ポケモン達にとっても飲めば美味しく、元気が出る素敵なミルクである。
パールとプラチナは自分のポケモン達にもミルクを買ってあげて、みんなに元気を取り戻して貰う。
今日もパール相手につんけんしていたミーナでさえ、モーモーミルクを差し出されると、尻尾を振って嬉しそうに受け取っていたものだ。
パールを組み敷いてくすぐり地獄に追い込んできたり、くせのある性格をしているミーナだって、美味しいものの前では子供のように無垢。
ポケモンって根本的に、自分の感情には素直なのだ。どんな姿をしたポケモンだって、そんな姿には愛嬌を感じさせてくれる。
そうした楽しい時間を経て、ひと時の休息によって活力を取り戻したパール達は、改めて215番道路へと出発だ。
215番道路はいっそう険しい山を切り拓かれた道であり、いかにも人工的な階段や橋が架けられた場所も多く、かなり人の手が加えられている。
せめてこれぐらいには開拓しなければ、元は到底人の足では歩けないほどの山だったらしい。
210番道路と同様に、極力自然をいじり過ぎない意識がある地域なのか、道はずれには密集した木々や切り立った崖もそのまま残っている。
山の中に拓かれた町ズイタウンのように、ここは山道を強く人為的に拓いた道路で、広く取られた道の脇をより大いなる大自然に包まれた道のりとなる。
「うーん、歩くだけでも大変。
ピョコは平気なの?」
「――――♪」
「ポッチャマ、疲れたら言ってね。
他の子と交代して休むのも全然アリだよ」
坂道、階段、草が茂り足の取られる区画。
高い場所まで登って橋を渡り、やや高く良い眺めだと思ったら階段を下り、その後も平坦な道など稀有な、上り下りの坂道続き。
まだまだ平気だが、足に疲れが溜まっていく実感を口にするパールである。
プラチナだって、一緒に歩くポッチャマにそんな言葉を向けるのは、裏を返せば自分の足に感じるものがあるということだ。
一方で、のっしのっしと平然とした顔で歩くピョコは余裕の顔。流石はがっしりとした体格なだけあり、強くて頼もしい脚の持ち主だ。
こんな215番道路にもトレーナーの皆さんは散見し、ポケモントレーナーと見えたパールに勝負を仕掛けてくるのは相変わらず。
ここまでなかなかの距離を旅してきたパール達だが、本当にどこの地域のトレーナーも、考えることは一緒である。
野に出て獣道も厭わず歩き、鍛えたポケモンを出会ったトレーナーとのバトルで腕試し。
申し出られたら二つ返事で受けるパールとて、望むところは一緒だし。
自分のポケモンを鍛えること自体は、地元とその周辺でも充分に出来ることだが、やはり旅をすればこうした刺激を得られるというのが大きい。
故郷から遠く離れた地まで来たパール、出会うトレーナーが使うポケモン達も、地元ではなかなか見られなかったものが多くなってきている。
「くうぅ、負けたか……!
切れ味が鈍ったな……!」
「お疲れ様、ピョコ。大丈夫?
傷薬、かけてあげるからじっとしててね」
そして、210番道路でもそうだったが、こんな険しい場所までポケモンを鍛えにくるトレーナー、その実力も今までの相手以上に高く感じる。
今しがたパールが勝利した相手は、空手王コスチュームで野を行く男性で、なかなか強いグレッグルを繰り出してきたものだ。
パールにとっては一番頼もしいパートナーであるピョコ、相手の毒タイプの攻撃にも耐えきって勝ってくれたが、彼でもそれなりに手を焼いたのは見えた。
いくら自分の手持ちで一番強いピョコだって、草タイプである以上毒タイプは弱点。強いから押し勝ってくれたし、無茶をさせた気はする。
苦手なタイプの相手にさえ、ピョコが自己判断で怖い攻撃を凌ぎ躱すよう努める戦いぶりに勉強させて貰いつつ、パールもピョコの疲れを労わっていた。
「強いですね、お兄さんのポケモン。
この子、きっと私の連れてる子達の中では一番強いと思うんですけど……」
「はは、ありがとうな。
負けたのは残念だが、俺のグレッグルも自慢の切り札だ。
今回は相手が悪かった、君のハヤシガメも見事な戦いぶりだったぞ」
自分のポケモンを評価されると嬉しいのは、パールに限らず多くのトレーナーがそうだ。
勝者のパールが嫌味無い声と表情でそう言って、不快一つ覚えさせず本心を伝えられるぐらいなのだから、それだけ強い相手だったということだ。
ピョコが今の勝利を誇らしく胸を張る姿からも、そういう戦いだったということである。。
「俺はトバリシティの生まれでな。
トバリジムのジムリーダー、スモモは君と同じぐらいの年頃の女の子だ。
あの年で立派にジムリーダーを務める姿を見ていると、ずっと年上の俺達も負けちゃいられないって気持ちにさせてくれる。
彼女ほど強くなるにはまだまだ遠い俺だが、これからも精進していかねばとは強く感じさせてくれる子だよ」
「トバリジムのリーダーさんってそんなに若いんですか?
私と同じぐらいの年頃でジムリーダーって……バッジ7つ集めてきたような挑戦者相手でも勝っちゃったりするぐらい?」
「ああ、人呼んで"天才格闘少女"だ。
それでいて常に謙虚で、今日もきっとジムで己を高めるために修行を欠かさないでいるだろう。
恵まれた才のみではなく、ああしたたゆまぬ努力の末に今の地位に立つ彼女の姿は、トバリのトレーナー全ての尊敬の対象だ」
挑戦者が所持しているバッジの数によって、示す力量の度合いを変えるジムリーダーだが、バッジを多数持つ強い相手との勝負を求められる日もある。
それで勝ち負けするスモモという人物は、パールと同じ年頃でありながら、今のパールでは及びつかぬほどのトップトレーナーである。
身近な例で言えば、ギンガ団幹部のジュピターとパール達を守りながら渡り合った、あのナタネにも匹敵する実力者かもしれない。
世の中、凄い人は沢山いるものだ。スモモも間違いなくそんな一人なのだろう。
「君もその強さを見る限り、トバリジムへの挑戦を意識していそうだな。
頑張れよ、君ならきっといい勝負が出来るはずだからな」
「はいっ、ありがとうございます!
お兄さんも、グレッグルとの修行頑張って下さいね!」
別れを告げて、再び215番道路を進み、トバリシティを目指して歩くパール達。
レベルの高いトレーナーとの戦い、険しい道のり、そして先のトレーナーに聞かされたトバリジムの高き壁。
楽なジム戦など一つも無いとわかっているパールでも、次なる試練を予兆するようなこの旅路には、胸がわくわくしてくるものだ。
こんな中で、私がそんな人に勝てるのかな、なんて不安の強い感情を抱かなくなった程度には、パールも一端のトレーナーらしくなってきたか。
戦うのはポケモン達である。己の力量より、自分のポケモン達を信じられるなら、無用の不安を抱えなくていいはずだ。
「私達と同じぐらいの年でジムリーダーって凄いよね。
私、勝てるかな? きっと凄く強い人だよね」
「うーん、どうなんだろ。
ついにパールも初めての負けを経験する日が来るのかも」
「え~、そこは大丈夫だよとか言ってよ。
お世辞でもいいじゃん、プラッチそういうとこ無責任なこと言えない派?」
「あはは、そうだな、僕こういうとこで愛想悪いとこが出るな……
いや、パールに勝って欲しいとは本気で思ってるんだけどさ」
「大丈夫だって、それはわかってるから。
応援しててね、プラッチ。
私まだ、みんなが作ってくれてる無敗記録を切らないよう頑張りたいからさ」
私に勝てるかな? という表情に、無理かもという不安げな色が無いから、プラチナも正直なところを言えたという側面もある。
不安げに尋ねていたらプラチナだって、大丈夫だよと元気付ける言葉を紡いでいたはずだ。
無敗を強調する少しお調子に乗った表現を冗談で放つぐらいなのだから、今やもう、初めてのジム挑戦にそわそわ緊張していたあの頃のパールではない。
縁起でもない想定はあまりしたくないが、これなら仮に負けたとしても自信を無くして挫けたりはしなさそう、とはプラチナの所感である。
「パールどこまで無敗のままいけるんだろ?
バッジ集めきるまでずっとそれで行けたら凄いよ?」
「いやぁ、流石にそれは難しいと思うけど。
でも出来るとこまで……あっ?」
苦も楽もありそうな行く末を遠く眺めつつ、楽しそうに語らい歩いていたパールとプラチナだが、ここでちょっとした苦の方が二人を襲う。
ぽつ、ぽつと二の腕に滴る何かが空から注ぎ、その冷たさに空を見上げれば、いつの間にか上天の雲の厚さは随分なものになっていた。
続いて顔にもぴすぴすと、冷たいものを小粒に浴びせてくる気まぐれな空。
「わっ、やだ、雨!?
傘持ってきてないのに!」
「うわ~、行くにも戻るにも遠そう……
雨宿り出来る場所、近くにあるかな……」
きょろきょろと周りを見回すプラチナだが、雨を凌げそうな場所が無い。
木陰はどうだろうか。いや、案外近場に雨露を凌げそうな良い形の木が無い。
ちょっと戻れば橋の下ででも雨宿り出来るだろうか。いや、それもまあまあ遠い場所にある。
そうこうしているうちに、雨は急激に強くなっていく。すごい勢いで。
「ちょ~!?
これ完全に夕立じゃん! 全然夕方でもないのに!」
「と、とりあえず戻ろう! 遠いけど、さっきあった橋の下で雨宿り……!」
ぽつぽつ来たと思ったら、肌への刺激でわかるぐらい雨粒も大きくなって、じゃんじゃんざーざー振り出す雨。
焦って遠いとわかっていても、確実に雨宿り出来そうな場所まで引き返すため駆けだすパールとプラチナ。
だが時既に遅し。局地的豪雨めいたシャワーのような大雨は、数十秒走ってようやく橋という天井のある場所に滑り込んだ二人を、無残な姿に変えていた。
「意味ない……」
「だね……」
雨を浴びずに済む場所に到達した頃には、とっくに二人ともびっちょ濡れ。
バケツいっぱいの水を浴びたかのよう。帽子から溢れるパールの髪が、ぺちょんと彼女の顔の横に張り付いているぐらいに。
プラチナも服が肌に張り付く感触に、冷たくって風邪を引かないか不安になる。
「……なんか、パールと初めて出会った時のこと思い出すなぁ」
「みるな~! こっちむくな~!」
「うぶぶっ!? ご、ごめん……」
うへぇという気分でパールの方を見て、びしょ濡れになったパールの姿を見たプラチナだが、顔をぐいーと両手で押されて背けさせられる。
プラチナと同じ状況に苛まれているパールなのだ。見ちゃ駄目。
そうだった、と彼女の身に考え至ったプラチナも、迂闊だったと顔を真っ赤にする。
「ピョコだけ機嫌良さそう……うらやましいぞ、草ポケモン」
「――――♪」
「あ、ポッチャマもだ。
何だろうね、この、人の気も知らないで感」
こういう時、ポケモン達は天気の変化を楽しむばかりなので気楽なものだ。
草ポケモンのピョコは天然の水浴びを楽しみ、水ポケモンのポッチャマは雨を浴びて小躍り。
一応ポケッチを操作してみるプラチナ。びしょ濡れだけど元気に動いている。
防水加工は完璧のようだ。流石はポケッチカンパニーが自信満々に世に送り出した新製品。
「もう行っちゃおうか?
雨宿りしても今さら意味ないっぽいし」
「そうしようか……
どうせこの雨、やむ気配無いし」
夕立みたいに激しく降ってきたと思ったら、いつの間にかほどほどに強い程度の雨に変わっている空模様。
いっそ激しく振り続けてくれれば、上天の雲を使い果たす勢いで間もなくやんでくれそうなのだが、この調子だと強いまま長く降りそうだ。
じゃあもうどうせびしょびしょなんだから、雨を浴びてでも突っ切った方がいいんじゃないかという発想に辿り着く二人である。
まだまだ先は長そうだし、雨がやむまで待ち過ぎて、いつの間にか暗い時間帯にまでなってしまったら、それはそれで最悪だ。
シンオウ地方の夜は冷えがちなのに、濡れた体で野宿なんて論外である。嫌とかそれ以前に、絶対二人揃って風邪を引く。
「よーし、元気いっぱい行くぞ~!
よく動いて体あっためつつ行かなきゃ! でないと風邪ひく!」
「妙なとこでは理屈しっかりしてるんだね……」
「プラッチ! 私を追い抜いたらダメだぞ!
さあ、ついてくるんだっ!」
小走りで進み始めたパールの後ろを、プラチナも追うように走る。
追い抜くなとはつまり、自分を前から見るなという意味らしい。
服がぺちゃっと張り付いた自分の体、その前面を見られたくないということだ。
スカートもお尻に張り付きそうな中、ちゃっかり左手はスカートの後ろの裾をつまみ、後ろのプラチナに肌の形を見せないようにするパールである。
その後ろ姿、気を抜いたら裸を晒してしまいそうな意識で神経質になっている姿でもあり、これはこれでプラチナの目のやり場を困らせる仕草なのだが。
「プラッチー!
えっちな目で見てたら軽蔑するぞー!」
「見てないよっ!」
見ないようにしようとしたって、あまり見られたくない今の有り様のパールが、わざわざそんなことを言ってくるんだから余計に意識する。
プラチナに言わせれば忘れさせてくれ感。
そんなプラチナを気遣ってか、ピョコがパールの後ろを駆け、自分の体でプラチナの視界からある程度パールを隠してくれる位置へ移る。
振り返ってプラチナを見るピョコは、うちのパールをいやらしい目で見るな、という顔ではなく、プラッチも大変だねという優しい目であった。
あぁ、この子本当に出来た子だなぁと、プラチナもしんみりしそうになるぐらいの男前ぶりである。
「ホッ、ホッ、ホッ……!
おおっ、君はトレーナーか!? ひと勝負どうだっ!」
「うっそーん!?
こんな天気の中ジョギングしてる人がいる~!?」
「急に振り出したからな! もはや逃げ場は無かったのだ!
それよりどうだ! バトルしてみないかっ!」
「うぐぐっ、よーし受けて立ちますっ!
ピョコ戻って!」
急な大雨に見舞われて、逃げ場無くずぶ濡れにさせられてしまった被害者は、今この215番道路に溢れて返っているらしい。
このジョギング青年もその一人。
そして今さら濡れた体をどうしようもないので、そのままジョギングを継続し、いっそハイになってしまっている。
良い生き方である。人生はポジティブでなければ。
そしてそんな彼もまたポケモントレーナーであり、ハイなテンションに任せて目についたパールに勝負を仕掛けてくる始末。
受けるパールもパールである。彼女もまた、感情とテンションに任せた勢いで生きていくタイプ。
たまにプラチナ、こういうパールを見ていると、ダイヤのあれこれをどうこう言えた彼女ではないと思うのだがどうだろう。
せっかく雨が降っているので、ピョコを引っ込めてニルルを出すパール。
湿度が高いだけでも気分を良くするカラナクシ、こんな雨の日に外に出られて露骨に上機嫌だ。
ジョギング青年が繰り出す素早いムクバード相手に、モチベーションたっぷりに水の波動を撃つ快活な戦いぶりを見せる。
先のグレッグル使いのお兄さんも強かったが、このムクバードも素早くて強い。トバリ近辺のトレーナーの皆さんはやっぱり強い。
熱くなってパールがバトルに夢中の中、壁役のピョコがいなくなったプラチナが、なんとかパールだけ見ないように努めながらバトルの行方を見守っていた。
スカートちゃんとつまんでおいてよ。すっごい張り付いてるじゃん。パールを直視しちゃいけない気分で凄く困っている、プラチナの密かなる心の叫びである。
「くぅ~、負けたっ!
いい勝負だったぞ! それじゃあ僕もジョギングに戻る!」
「風邪ひかないように気を付けて下さいね~!」
「ありがとう、若く有望なトレーナーの少女!
ホッ、ホッ、ホッ……!」
バトル自体はニルルの快勝。
雨の下では、彼が放つ水の波動の威力も少々上がっているのだろうか。
ナタネが天候を操作する技をポケモンに使わせ、バトルを優位に運ぼうとしていた姿を思い出すパール。
環境や天候もまた、バトルにおいては勝敗を左右し得る重要なファクターであると、いま改めて学ぶ次第である。
「……あっ!!
プラッチ、見てないよね!?」
「っ……全然見ずにいるなんて無理に決まってるでしょ!
バトルしてるの見ずにいるのもおかしいし!」
はっとして、お尻に張り付いているスカートを慌てて指でつまんで肌から離すパールである。
バトルに夢中ですっかり忘れていたらしい。
我に返った途端に羞恥心マックスで顔を真っ赤にするなんて面倒な子。
プラチナもプラチナで嘘を返さない。いっそ開き直った。どうせ嘘で弁解しても問い詰められそうな気がしたので。
「見たんだな!? すけべっ!」
「理不尽だっ!
女の子も色々あるんだろうけど、僕は絶対に認めないっ!」
どっちも怒りとは違う意味で顔いっぱいに血を昇らせ、きゃんきゃん騒がなきゃ発散できない想いを口にして言い合い。
初めての喧嘩というやつだろうか。案外そのレベルにも達していないが。
お互いの言い分が、言ってる当人さえ低レベル過ぎると自覚してやまぬ言い合いで、相手に対する批難の感情より、僕も私も何言ってんだ感の方が強い。
後でお互い謝り合いもせず、双方忘れたがって勝手に水に流れそうである。
「うううぅぅ……もぉ~! 行くぞ~、プラッチ!
目指せトバリシティ! ポケモンセンター! お風呂! いそぐ!」
「同感だよっ……!」
雨の中のどたばた珍道中になってしまった。
気まぐれな空模様に翻弄され、己を見失ったやけくそ気味の駆け足で突き進むパールとプラチナだ。
二人にとっては具合の悪いことに、215番道路は長い。トバリシティは遠い。
この手を離すまいと、左手でスカート右手で帽子を押さえるパール。前を見て走りたいのに見ちゃ駄目そうなものが常に前にあるプラチナ。
二人とも、相手のことを意識しているような、自分のことで頭いっぱいのような。
こんな恥ずかしい姿をプラチナには見られたくないと感じるパール、変な目をしてると思われて嫌われたくないプラチナ、とでも言えば聞こえはいいだろうか。
実際のところは二人とも、あんまり頭がはたらいておらず、せいぜい躓いて転ぶ最悪だけは避けようという意識がぎりぎり残る程度である。
こんな中でも道中で出会ったトレーナーとのバトルだけは、きっちり受けて戦い抜くパールなんだからよくわからない。多分彼女もわかってない。
先の反省からスカートをつまむ指だけは絶対離さなかったが、早く行きたいのにいちいちこうして足止めされるプラチナの参りっぷりは深刻だ。
なんやかんやで全勝して進むパールを褒めてあげながら、絶対に体の全面を見せないよう振り向き顔で、ピースして応えてくれるパールの仕草がもどかしい。
彼女も色んなものと戦ってるんだなぁと。だってその笑顔も、恥じらいを残したように引きつっているし。
目を泳がせているプラチナを見て、パールも紳士的にいようとしてくれているプラチナの気持ちがわかって、なんだかとっても申し訳なくなってくる。
幾度かそんなことを繰り返しながら、長い長い215番道路を速やかに駆けきった二人は、ようやくトバリシティに辿り着いて。
そんな頃にちょうど雨がやむのである。
今日の空はただの敵だったと、二人同時に心の奥底で感じるのだから、通じ合えぬ範疇で気の合う二人。
「つっ、着いた……
ポケモンセンターに行こう……すごい疲れたよ……」
「わ、私も……お願いプラッチ、あんまり見ないで……
恥ずかしいよ、こんな格好見られるの……」
「わかってる、わかってるから……」
実際の倍以上の時間をかけて辿り着いたとも思える目的地で、パールもプラチナも心身ともに疲弊しきった声を交わしていた。
時間はおやつ時。思ったよりも早く到着出来たではないか。
これならポケモンセンターで二人ともお風呂を借りて、さっぱりしてから街を散策する時間も作れそうである。よかったね。
二人は今日の思い出したくない経験を、相手のせいではなく、全部空模様に責任をなすりつけつつ、トバリシティのポケモンセンターへ向かっていくのだった。
それでよろしい。どちらも悪くはなかったのだから。
パールが恥ずかしくて取り乱すのは仕方ないし、プラチナだって出来る限りの努力は精一杯した。
こういう時は、批難されても痛くも痒くもない、空のせいにでもしておけばよい。