ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第37話   トバリジム

 ノーマルタイプのミミロルが、格闘タイプの攻撃に弱いことなんて、旅に出る前のパールでも知っていたことである。

 格闘タイプのポケモン使いであるスモモ相手の勝負に、自ら進んでミーナなんて出すわけがない。

 現にパールは、勝手に出てきたミーナを前にしてあたふた。

 これは取り返しがつくのだろうか。それも含めてあたふた。

 

「むむむ……どうやら意図しない第一手のようですね!

 特例として仕切り直しを認めますよ! いかが致しますか!?」

「えっ、あっ、うっ……そ、それは……」

 

 ポケモンバトルの公式戦では、一度出したポケモンはその日の"出場者"として確定する決まりになっている。

 今回のケースに当てはめると、パールが今回のバトルで使えるのは、ミーナとあと二体、つまり三体のうちからミーナをはずせなくなったということ。

 6対6のフルバトルの時なら意味の無いルールだが、今回のような3対3の時には大事なルールだ。

 ポケモンバトルは最初の一匹を同時に出すため、相手の先鋒がどんなポケモンかは蓋を開けてみるまでわからない。

 ナタネとの勝負でもそうだったが、緒戦を白星で飾れるかで展開は大きく変わるため、この読み合いはポケモンバトルの重要な醍醐味である。

 

 今回、はっきり言ってミーナを出す気の無かったパールだが、明らかにアクシデントと見たスモモは、ミミロルを引っ込めていいと言う。

 パールからしてみれば甘くも嬉しい話だが、さてどうか。

 パールはスモモの先鋒がアサナンだとわかった上で、自分はミーナ以外の三人を使って戦っていいとスモモは言ってくれている。

 "交代"ではなく"仕切り直し"という言葉を使っているのはそういう意味だ。

 

 どうしよう。甘えちゃいたいところだが、それもどうかと思ってパールは、つい観戦席のプラチナの方を見てしまう。

 え? 僕に聞く? なんて思ったプラチナも、一瞬考えてしまうのだが。

 苦笑い気味ながら首を二度振るプラチナ。良くないよ、と。

 

「ううぅぅ……そ、そうだよね……

 特例つきで勝ったって、そんなのバッジ貰う資格ないよね……」

 

 がくーと肩を落とすパール。まあ、そりゃあそうだ。

 スモモの提案に甘えてしまいたいと思った一方、つまり本当は良くないことだともわかっている。

 これに限ったことではないが、世の中『本当にいいのかな?』なんて自分で思ってしまうようなことは、大抵やらない方がいいものである。

 多くの場合、"案の定よくない結果に繋がった"とか、仮に上手くいっても罪悪感みたいなものが、しばらく心にちくっと刺さったままになってしまうので。

 

「……このままいきます!

 スモモさん、迷っちゃってごめんなさい!」

「そうですか……! いいでしょう!

 こちらも、礼を以って迎え撃ちましょう!」

 

 勝手なことをするミーナの急参戦で、さっそく暗雲立ち込めるパールの戦列だが、それはパールがちゃんと自分のポケモンをリード出来ていないだけ。

 トレーナーの力量不足で発生した不測の事態である。受け入れるべきだ。

 惜しみなき全力勝負を望むスモモは特例を認めようとしたが、これはこれでガチンコな勝負の様相。スモモとしては、これでも良い。

 

「あ、あの……別に、甘く見てるわけではないんで……

 なんというか、舐めてかかってるわけではないので、わかって貰えると……」

 

「あ、えぇと……はいっ、結構です!

 それでこそ、誇れる勝利を目指す高潔な志ですからね!」

 

 さあ真剣勝負だ、と気合の入った声をパールに返したスモモだったが、大きい声を出したらパールがびびってしまった。

 ジムリーダー相手に不利なポケモン先鋒で舐めてんの、とでもスモモを怒らせてしまったのかも、とパールの目には映ったらしい。

 引け腰で冷や汗を流して弁明するパールの弱々しい声に、燃えていたスモモもかくっと気が抜けそうになる。

 しょうがないので、怒ってるわけじゃないですよと、笑顔含みで返答するスモモ。世話の焼ける挑戦者だこと。

 

「パールさん、一切の遠慮は無用ですよ!

 気兼ねせず、あなたの全身全霊を見せて頂けるよう願います!」

「は、はいっ! 頑張ります!

 ミーナ、いくよ! 任せるよ!」

 

 ミーナはやる気満々で、座禅を組んだような姿勢で不動にてミーナを見つめるアサナンに対し、ファイティングポーズで拳をしゅっしゅと突き出す仕草まで。

 落ち着いたアサナンの姿とは、まさしく対照的とさえ。

 そしてパールに声をかけられて、チッうっせーなとばかりに不機嫌な横顔を見せたりと、何かとテンションの上下が激しい子である。なお♀。

 

「ミーナ、接近戦! 反撃をくらわないよう気を付けて!」

「――――z!」

 

「速い……!

 アサナン、壱の型!」

 

 ミーナに先制指示を出すパールも、受けに回るアサナンも具体的な技の名前を口にしない。

 技の名前を命じれば、指示を受けるポケモンにはわかりやすいが、指示を聞いた相手にも手の内がバレてしまいがち。

 スモモはともかく、ヒョウタやナタネとの勝負を経て、パールもこんなことをするようになってきたらしい。最近やり始めたとも言う。

 

 まあ、パールが命じる"接近戦"とは、単なる"はたく"攻撃なのだが。

 それでも足の速いミーナがアサナンに急接近する速度はなかなかのもので、スモモ目線では"でんこうせっか"かと思うほど。

 動かないアサナンに一気に距離を詰め、平手を振り抜くミーナの攻撃を、少し目を大きく見開いたアサナンは身をひねり、体をずらして最小限の動きで躱す。

 あぐら座りのまま、腰に力を入れるだけで、低めに跳ねて位置をずらして敵の攻撃を回避できるようだ。なかなかに器用。

 

「ミーナっ!!」

「ッ……!」

 

 ミーナの平手打ちを躱したアサナンが、それと同時に拳を引いている姿を見る前から、パールは注意喚起の指示を発している。

 殴りを返してくるアサナンの一撃を、パールの指示を受けてか自己判断か、ミーナは跳び退がって回避してみせる。

 前者の可能性も充分ある。パールも良い指示が出来るようになってきたか。

 

「"みきり"で躱してカウンターの一撃を返すのか……

 スモモさんの言う"壱の型"っていうのはそういうことなのかな……?」

 

 観戦席で戦況を眺めるプラチナは、知識も目の付け所もパールより一枚上。

 ミーナの攻撃を躱す寸前、少し目を大きく開いたアサナンの挙動を見逃さず、立てた仮説も正解である。

 傍観者としてパールに肩入れすることにならないよう、小声でぼそっと独り言のように呟いているが、逆に言えば思わず出た独り言とも。

 ジムリーダーの戦いぶりを見るのは面白い。練達トレーナーの個性がある。

 

「んんん……!

 ミーナ、もう一度! 接近戦!」

「――――z!」

 

 一方、アサナンの型を見切っていないパール。再びミーナに攻撃を命じる姿勢は、もう一度仕掛けて見極めてやるという試みだろうか。

 それもある。ただし、鼻息を鳴らす血気盛んなミーナの姿を見受けてでもある。

 やる気満々のミーナだ。いけいけで動くよう促した方がいいだろうという判断含みのパールである。

 見る所が少々身内に偏っているのは手放しの高評価が難しいところだが、指示に瞬時の根拠があるのは、初心者時代よりも視野が広がっているとも言える。

 

「……壱の型!」

 

 迫るミーナの速さの中でも、スモモが若干指示を躊躇ったのも駆け引きゆえ。

 見切って躱して反撃、この型を何度も見せていいものだろうか、誘われているのではないかとスモモも一瞬考える。

 指示の応酬、その一度一度にトレーナー同士の心理戦は生じ得るという好例だ。どちらも緒戦を落としたくはない。

 

「ミーナっ、跳んで!」

「ッ――――!」

 

 アサナンに迫ったミーナの平手打ちは、再び"みきり"で躱したアサナンに当たらず、返ってくるのはアサナンのカウンターパンチ。

 一度躱された攻撃だ。ミーナも初回よりもよく敵の動きを見て、いっそう当てにいったはずである。

 アサナンもあわや掠めるほどの回避だったが、それは敵から1ミリでも遠ざかる距離を大きくしない最小限の回避、すなわち反撃の到達距離も短い。

 アサナンも今度こそ反撃を当てるために、ぎりぎりの所を攻めている。

 同じ指示を下された双方、だからといって現地の動きは一度前と同じではない。むしろ、双方いっそうシビアなところを追う。

 

 跳んで反撃を躱せというパールの指示は、あらかじめその声を用意していたかのように早く、ミーナはアサナンを跳び越えて反撃の拳を躱した。

 一つ前の指示と同じように躱されたら、それも一つ前よりもミーナが当てにいく上で、という想定で下したパールの指示。

 より危うかった反撃をミーナが躱すことに、トレーナーの指示が活きている。

 

「アサナン、弐の型!」

 

「――――ッ!?」

「わわ、ミーナっ!?」

 

 アサナンの攻撃を躱したミーナだが、着地と同時に振り返ったアサナンと目を合わせてすぐ、全身を強張らせて片目をぎゅっとする。

 全身に電気を流されたかのように、びきりと全身の筋肉が攣るような痛みに耐えるミーナの表情に、パールが異変を察するには充分だ。

 それがアサナンの"ねんりき"に依るものだと、パールもすぐに気付くことが出来る。

 格闘タイプのアサナンだが、エスパータイプでもあるとはパールも知っている。

 

「接近戦は見切られ躱され、距離を作ればねんりきの攻撃か……!

 パール、どうする……!?」

 

「ミーナ、動ける……!?」

「――――z!」

「よしっ……!

 ミーナ、もう一度アタック!」

 

「来ますね……!

 アサナン、参の型!」

 

 離れた位置からの念力で体を痛めつけられながらも、ミーナはそれを振り払うように一歩ぶんアサナンに踏み出し、二歩三歩と駆け迫らんとする足で加速。

 対するスモモの指示も、ここまでとは違うものだ。

 "みきり"は何度も連続では成功しない。相手のポケモンも一度見切られたら、相手の眼をかいくぐるために工夫を凝らしてくるのだから。

 次は受けての反撃だと命じたスモモの指示は合理的で、パールが今からやろうとしていることに対しては最善手とも言える。

 

「ミーナっ、アクセル! いっけえっ!」

「――――z!」

 

「速い……!」

 

 あと三歩でアサナンに手が届く場所で、アクセルという言葉と強いゴーサインを出すパール。意味するところは"でんこうせっか"だ。

 初速の倍ほどある速度で、一気に接近速度を上げたミーナの跳ぶような接近、そして突き出した拳。

 まずいと思って躱そうとしたアサナンも、"みきる"意識無くしては握り拳の"はたく"攻撃も、凌ぎきれず頬で受けてしまう。

 座禅姿から攻撃を受けて体を流され、片脚膝立ちで立ち上がることでなんとかふらつく程度に留めるアサナン、状況に応じた体の使い方は見事である。

 

「そこだあっ! メガトンキック!!」

「――――z!」

 

 よろめき立ちながらも反撃の拳を繰り出そうとしていたアサナンだが、さらに踏み込むミーナの方が早い。

 そこにパールが一発勝負の指示を出したのは、ミーナにとってはわかってるよの一言。すなわち、指示と現場の判断の合致。

 アサナンの眼前まで身を跳び移し、着地と同時に蹴りを放つミーナの右足は、アサナンの顎をぶち刺す痛烈な一撃だ。

 噛み締めていなかった口、顎を蹴られてがちんと歯が鳴るほどの一撃に、よく鍛えられたアサナンものけ反って、倒れそうになるほどの一撃である。

 

「――乾坤!!」

「っ、ッ――――!」

 

 だが、あわや倒れそうになったアサナンの意識を呼び戻すのは、自身のタフさのみならずスモモの声。

 単に命じられ呼ばれで目を覚ましたのではなく、ここぞ勝負所だというスモモの言葉が、アサナンに余力を振り絞らせる。

 現に蹴りを撃った直後のミーナが、改めてアサナンの姿を正面切って見据えたその瞬間、アサナンは既に拳を引いてミーナに迫っている。

 

 まずいと思ってミーナに逃げるよう指示しようとしたパールだったが、もはや手遅れだ。

 アサナンの繰り出した拳はミーナの横っ腹を捕え、けはっと息を吐いたミーナの動きはそこで一度完全に止まってしまう。

 殴られた場所を押さえてよろめくミーナには、弱点である格闘タイプの一撃が痛烈に効いているだろう。

 そんなミーナの前、もう一撃の拳を引いて構えたアサナンの立ち姿からは、もはやパールも指示では救えない。

 

 もう駄目だと思って、ミーナのボールのスイッチを二度押ししたパールだが、アサナンのアッパーカットめいた拳がミーナの体を浮かせる方が早い。

 殴られ、浮かされ、力を失って地面に背中から落ちる直前のミーナを、少し遅れてパールの握りしめたボールが回収する。

 格闘タイプの相手の拳を二連撃で受けたのだ。ボールの中に戻ったミーナは、もう一度バトルフィールドに戻れるコンディションではないだろう。

 交代ではなく、事実上の敗退である。

 

「……ミーナ、お疲れ様」

 

 ボールに微笑みかけて労うパールだが、心中では色々と複雑。

 勝手に飛び出したミーナだったが、それなりに善戦し、苦手なはずの格闘タイプ相手に善戦してみせた方だ。

 とはいえ、本来ならばパールにとって、出すつもりのなかったミーナである。

 ボールの中で悔しがっていそうなミーナを想像すると、勝手に飛び出したりしないよう、今日までにもっと関係を良くしておきたかったところでもあろう。

 あるいは仕切り直しを認めてくれようとしたスモモの提案を受けるべきだった? いやいや、あれは挑戦者として断って正解だったと信じたい。

 

 今さら考えても仕方ないことを考えてしまう程度には、今の一戦はどこかに悔いを残さずにいられないものだったと言える。

 いや、今は勝負に集中しなくては。首を振って、顔を上げ、スモモとアサナンを真っ向見据えるパールは、気持ちを切り替えて次なるステップへ移る。

 

「スモモさん、勝負はここからですよ……!

 巻き返してみせます!」

「ええ、いい心意気です!

 どこからでもかかってきて下さい!」

「行くよ! ピョコ!」

 

 残された三人の中からパールが選んだのは、最も頼れるパートナー。

 2対3のこの苦境を、どうにか少しでも良き流れに変え、主将に繋ぐための切り札を打つ。

 パールの声とボールのスイッチを強く推した指に応え、バトルフィールドに姿を現したピョコは、天井を仰いでいなないた。

 任せろ、という声にパールも拳を握りしめ、そうした呼応を目にすれば、リードしている側のスモモも強く気を引き締め直すというものだ。

 

 緒戦を白星で飾れなかったのは少々痛いところだ。

 しかし、ハクタイジムも同じような状況から巻き返して、勝利した実績がパール達にはある。

 この状況を悲観することなく、逆転を前向きな眼差しで追うパールの姿は、勝負はまだまだわからないという事実を強調するには充分な要素である。

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