ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

38 / 160
第38話   ジムリーダーVSポケモントレーナー

 

「ピョコ! たいあたり!」

 

「むぅ……!

 アサナン、壱の型!」

 

 スモモがアサナンに"みきり"を別の言葉で命じているように、一部のトレーナーは自分の指示が何の技に繋がるか、初見の相手に隠すことがある。

 パールもミーナに似たようなことをしていたと見えているスモモ、技名をはっきり言うパールには少々警戒もする。

 さあどう来るか。既に内容の割れている壱の型だが、ハヤシガメの手の内を少しでも見るべき場面でもあるとし、スモモはその指示を出している。

 

 大きな図体ながら足は速いピョコ、アサナンはしっかりその動きを見切って、同時にその体当たりを躱している。

 的の大きい相手だ。回避して突き出す拳は当てやすい。

 躱されたことを見受けてパールが次の指示を出す暇も与えないカウンターだ。

 ではその時パールはどうしているか。ぎゅっと握りしめた拳で息を吸い、まばたき一つせずここからの展開を見逃さない。

 

「ッ――!?」

「え!? 速い!?」

 

「よしっ! ピョコ、もう一回体当たり!」

 

 パールが体当たりに次ぐ指示を出すこともなく、甲羅に頭を引っ込めて"からにこもる"行動を素早く見せたピョコにスモモは驚きだ。

 頭を狙ったつもりが硬い甲羅を拳で殴り、僅かに怯んだアサナンに、ピョコはすぐさまぶつかっていく。

 パールは今、相当ぐっときているだろう。ピョコは賢いのは彼女が一番よく知っているのだ。

 ミーナとアサナンの戦いを見ていたピョコ、"壱の型"に攻撃を躱された瞬間に何をすべきかは、わかってくれるはずだと信じたパールが当たっている。

 指示無き自己判断任せがトレーナーとして評価されるべきか否かは議論が分かれるが、結果的にスモモとアサナンの虚を突けている。

 

「はっぱカッター!」

 

「凌いで、アサナン……!」

 

 吹っ飛ばされて転がりながらも、上手く受け身を取ってかすぐ立ち上がったアサナンに、ピョコが飛び道具で追撃だ。

 距離を作ればねんりきによる攻撃が来る。これもミーナが見せてくれたもの。

 間髪入れない連続攻撃で畳みかける挑戦者に、何枚もの葉っぱカッターに襲いかかられるアサナンも苦しい表情で回避に努める。

 攻撃を受けた直後で体が痛むこともあり、元々すべて躱すには厳しい散弾を、多数受けるアサナンへのダメージも大きい。

 

「アサナン、肆の型……!

 いけますね!?」

「――――z!」

 

「ッ……!」

「ピョコ、体当たり! 行ける!?」

「――――z!」

 

 アサナンが発しているのは念力だろうか。ピョコの目にダメージの色が現れたことをパールは見逃さない。

 葉っぱカッター一本で攻めるのは得策じゃない。もっと距離を作られたら、葉っぱカッターの当てにくい距離からねんりきを乱発されるかもしれない。

 距離を詰めなきゃというパールの判断と指示は正解だ。

 

 しかし駆けだしたピョコに対し、アサナンもまた突き進んでくるのだから、体格で劣ると見える側の取る戦法としてはやや意外か。

 面食らいそうになるパールとピョコだが、いいやこれで正しいはずだと信じるピョコは、迷わずアサナンとぶつかり合う。

 アサナンの拳とピョコの頭のぶつかり合いは、やはりウェイトの差が想像させるとおりアサナンを突き飛ばす。

 しかし頭を殴られたピョコも、軽く目の前に星が飛ぶぐらいにはダメージがある。

 

「アサナン、もう一度……!」

 

「はっぱカッター! ピョコしっかり!」

 

 吹っ飛ばされて倒れたアサナンだが、なんとか跳ね起きてあぐら姿勢を作り、すぐさま念力を発動させる。

 弱ったアサナンのそれがピョコに与えるダメージは小さいが、それでも次の戦いが控えるピョコには望ましくないもの。

 頭を振って意識を持ち直すピョコに、早く仕留めなきゃというパールの指示も切実だ。

 

「ここまでですね……!

 アサナン、お疲れ様でした!」

 

「終わったか……

 でも、あのアサナン、すごくタフだったな……」

 

 ピョコの葉っぱカッターを両腕庇いで受けたアサナンは、耐えきったように一瞬見えたが、くはぁと息を吐いて後ろに倒れた。

 ボールにアサナンを戻すスモモを以って、ピョコの勝利が確定する。

 観戦席のプラチナがこの決着を見て静かに呟くとおり、よく耐えて踏ん張り、ピョコに傷を残していったアサナンであった。

 

 でんこうせっか、メガトンキック、たいあたり、はっぱカッター、そして正面衝突のいっそう強烈な体当たり。

 これだけ受けて倒れなかったアサナンだ。少し頑丈が過ぎると感じるプラチナの感想は間違いではあるまい。

 バトルが終わるまでスモモが挑戦者に明かすことはないが、それはアサナンの拳が持つ特殊な魔力に秘密がある。

 "肆の型"とは、意地でも拳を当てろというスモモの指示。そこに何かあるのだ。

 

「ピョコ、頑張ってね……!」

「――――z!」

 

「楽観視していませんね……怖い挑戦者です……!」

 

 アサナンの撃破が確定した瞬間、パールの表情がぱあっと明るくなった一瞬を、スモモは見逃していなかった。

 たった一勝にあれほど顔に喜びが出る性格とすぐわかるにも関わらず、気を引き締め直すかのようにすぐ真剣な表情に戻ったことも。

 あのハヤシガメとて無傷では済まなかったのだ。次なる戦いが今以上の苦闘になると思い、浮かれまいとするパールの精神性は警戒に値する。

 

 スモモも次の次の一匹を、二つある選択肢のどちらとするか僅かに悩むところだ。

 ハヤシガメ相手ならここで切り札を出すのも充分あり。ただ、それには一抹の不安要素がある。考え過ぎか? とはスモモも思っているのだが。

 

「続きましょう……!

 行きます! ゴーリキー!」

 

 だが、そんな勝負手を打つ場面ではないだろう。

 ハヤシガメに次ぐパールの残り一体、そのタイプが何かわからぬ中、切り札を最後まで残すことはリスキーか?

 いや、蓋を開けてみるまでわからないものを恐れるのは正しくない。ここは順当な次鋒を繰り出す真っ向勝負である。

 

「……ピョコ! はっぱカッター!」

 

「強襲!」

 

 いかにもパワーファイターと見える大柄なゴーリキーを前に、進んで接近戦を仕掛けるのは得策ではないと判断したパール。

 それは正しい判断だと物語るかのように、飛来する葉っぱカッターを交差させた腕で防ぎながら、ダメージ上等で突っ込んでくるゴーリキーの姿がある。

 接近戦をスモモ側が望んでいるのだ。それを望まない指示を先に出していたのは、少々程度だが好判断だったと言っていい。

 

「甲羅に入って!」

 

 強引に近付いて、振り上げた右の手刀を振り下ろすゴーリキー。"かわらわり"だ。

 パールもここは強い指示だ。どのみち自己判断で頭を引っ込めるつもりだったピョコも、素早く頭を引っ込めて甲羅で手刀を受けている。

 結果的に意味の無い指示でも、危険性をパールが理解して声を出した姿には、プラチナもいいぞと拳を握りしめている。

 

「ぶつかって!」

 

 甲羅越しでも重い一撃にピョコは一歩退いたが、その動きを見受けたパールは、僅かに距離が生じたことでこの攻撃を選ぶ。

 頭を出したピョコの体当たりが、助走は少ないながらゴーリキーに正面衝突だ。

 しかし、腹に頭突きめいた強い体当たりを受けながら、のけ反りかけつつもピョコをがっしり両手で掴み、踏ん張り切ったゴーリキーの膂力は強い。

 今まで多くの相手を強烈な体当たりで吹っ飛ばしてきたピョコが、ハヤシガメのサイズになって初めて踏ん張られた相手だ。やはり強い。

 

「かみつく攻撃!」

「――――z!」

 

「ッ……!」

「打って、投げて!」

 

 そんな初めての展開でも、相手の体格からこんなことも起こり得ると見て、パールは想定済みのように早い指示を下せている。

 組み付いてきたゴーリキーの右肩に噛みついて、投げ技を仕掛けられる展開を封じつつダメージを与える。

 だが、スモモも噛みつかれる直前に発そうとしていた指示を即時取り止めて、この状況に適した指示を最小文字数で伝えるほどには頭の回転が早い。

 ゴーリキーにはそれで伝わるのだ。緊急性の高さに応じて短くされた指示が、一瞬でも早くポケモンを動かすことが及ぼす戦況への影響は馬鹿になるまい。

 

 自分の右肩に噛みついたピョコの首元へ、左の手刀を振り下ろすゴーリキー。

 かなりの痛打でありながら、それでも離さぬピョコの根性は大したもの。

 それでも僅かに力は弱くなり、肩に食い込む牙の痛みに耐えながら、ゴーリキーはピョコの頬へ左の掌底をぶち当てる。

 顎の付け根にこれを受けては流石にピョコも噛む力が一瞬抜け、その隙に改めてピョコに両腕で組み付くゴーリキー。

 豪快な投げ技ではなかったが、重いピョコの体をスイングするように投げて距離を作る。

 ピョコは四本足で着地しつつ、畳上の足元を滑らせて止まり、ダメージらしいダメージは無さそうだ。

 

「足払い!」

 

「へっ!?」

 

 その場で足を振り上げたゴーリキーが、フィールド全体にびりびりっと衝撃が響くほど強く、畳の足元を強く足を振り下ろす。

 すると、ゴーリキーの踏んだ一枚の畳の端、そのもう一端側にあるピョコの踏む足元が、ばこんと跳ね上がってピョコの左前足を痛めさせる。

 まるでシーソーのように。パールには、まるで原理の理解できない一撃だった。

 

「畳の下から岩……!?

 ストーンエッジ……いや、がんせきふうじ、かな……?」

 

 まるでジムのからくりを知っているジムリーダー側だけが使える優遇技に見えたが、知識豊富なプラチナにはそうでないとわかったようだ。

 地中から岩を突き出させ、離れた相手を攻撃しつつ足を傷つけ、ダメージと共に動きを封じる技。

 畳があるぶん岩石の直撃を脚に受けなかっただけましとも言えるし、しかし片脚を急にせり上げられ、脚の付け根を挫かれたピョコへのダメージも大きい。

 よたっとせり上がった畳から横に逃れ、挫かれた足に力が入っていないピョコの表情は苦しそうだ。

 

「っ……はっぱカッター!」

「追い詰めます!」

 

 動きの落ちたハヤシガメに、遠距離戦を仕掛けることはもう不可能だ。

 葉っぱカッターに耐えながら突っ込んでくるゴーリキーの振り下ろした左手の手刀。

 "かわらわり"の一撃は、先と同じように頭を引っ込めたピョコへ甲羅越しに入る。

 一度目もそうだったが、岩と甲羅がぶつかったような衝撃音がしているのだ。

 防御に成功しているとはいえ、ピョコへのダメージの蓄積は相当に著しい。

 

「かみついてっ……左肩だよ!!」

「ッ――――!」

 

「くっ……!

 打って、投げて!」

「メガドレイン!!」

 

 がぶりとゴーリキーの左肩に噛みついたピョコ。先程と同じ展開が繰り返されるだけだろうか。

 いや、右肩に噛みつかれたゴーリキーにはそのダメージが残っている。

 初撃が右手刀のかわらわり、つまり利き手の攻撃だったのに、一つ前のかわらわりが左手刀だったのをパールは見逃していない。

 今のゴーリキーを狙うべきは左肩で、抵抗に使われるゴーリキーの右腕は先程に劣る、そう見て指示を出せている。

 

 そして、先ほどよりも一秒でも長く粘れるなら。

 長い旅の中で、進化し、日々強くなり、ピョコが新しく覚えていた技をパールがここで選ぶ。

 本来ならば、離れた距離からでも敵の体力を吸い上げる、いわば"すいとる"攻撃の強化版。

 近距離戦を免れないこの状況下、逆に噛みつき、逃げるどころか逃がさぬとし、体力を吸い上げて持久戦に持ち込む戦法へ移す。

 

 ゴーリキーも左肩に食い込む牙の痛みと、吸い取られ始めた力に焦燥感を抱きつつ、痛む右腕に鞭打って必死の手刀だ。

 ピョコの首筋に一撃、掌底を頬に。それでもまだ離れない。

 下顎の牙がいっそう食い込むことを覚悟で、ピョコの顎を下から殴り上げるも、それでも離さず食らい付くピョコの目は血走っている。

 一撃一撃ごとに、けだものの咆哮めいた気合を発するゴーリキーの必死さには、パールも怖さすら感じて両手を胸の前で握りしめていた。

 パッチがズガイドスに噛みついて繰り広げたあの死闘の様相、それをあの時より大柄な二体が壮絶な形相で繰り広げる姿には、あの時以上の迫真がある。

 

「足払い……!」

「――――z!」

 

「ッ、ッ……!」

「あっ、あっ……!

 っ、ピョコーっ! はっぱカッター!」

 

 鬼の形相で目を見開いたゴーリキーが、畳を力強く踏みしめて、今度はピョコの右前足の下の畳をせり上げる。

 畳の切れ目が丁度いい所にあったのだ。それを見極めたのはスモモ、そして指示された以上は狙い所が必ずあると理解し、すぐに見つけたゴーリキー。

 トレーナーが苦境の打開策を導いてくれた指示に応え、前足両方を挫かれたピョコにとうとう牙を抜かせたのは、まさにジムリーダーとそのポケモンの強さだ。

 

 かつて見たぞっとするような血生臭い死闘、それに似たものを唐突に目の当たりにしながらも。

 パールは嫌な汗で顔をいっぱいにしながら、必死で反撃の指示をピョコに向けている。

 遠距離攻撃用の技だろうか。いや、助走がつけられない今、これでいい。

 至近距離でショットガンのように葉っぱカッターの数々を受け、全身を切り刻まれるゴーリキーへのダメージは今日一番だ。

 

「強襲……!」

 

 だが、ガードするように顔と目だけは守り抜いたゴーリキーは、振り上げた利き手の手刀をピョコの脳天へと振り下ろした。

 筋骨隆々の肉体から繰り出される強撃のクリーンヒット。

 鈍い音がバトルフィールドに響き渡る中、もう駄目だってパールがショックを受けた表情になるのも無理は無い。

 

「いや、まだだ……!」

 

「ッ……ッ――――!」

 

「うそ……!?

 っ、追撃……」

 

「はっぱカッター!!」

 

 頭を垂れて屈するはずの流れを、踏ん張り目を上げ、ぎらりとゴーリキーを睨み返したピョコの眼は死んでなどいない。

 ぶはぁと息を吐くピョコの姿に驚愕したスモモ、その一瞬の指示の遅れが勝負を左右するのだから、実戦における刹那は日常の数秒にも匹敵する。

 左手の手刀を振り上げたゴーリキーに、至近距離で葉っぱカッターを撃つピョコが、ゴーリキーにガードを強いて追撃を許さない。

 傷だらけのゴーリキーが耐えきれず、とうとう一歩、二歩と後退する姿はまさに、一瞬早かった反撃が明暗を分けたことを象徴する一幕だ。

 

 倒れまいとするゴーリキーに、前足が共に痛む中で踏ん張って、とどめの体当たりに踏み込んだピョコ。

 その一撃が、ピョコの体当たりを食い止めていたはずのゴーリキーを、どかっと突き飛ばして背中から畳に倒れる姿を導いた。

 それでも畳に手をかけて、首を上げてピョコを睨みつけるゴーリキーだが、立ち上がろうとする力は残っていない。

 既にボールのスイッチを押していたスモモが、ゴーリキーをボールに戻す直前、がくりと後頭部を畳に置いて力尽きたゴーリキーの姿が残影のようにあった。

 

「……本当に強い。

 あなたのような挑戦者を迎え撃てるとは、ジムリーダー冥利に尽きる限りです」

「……私の、自慢の、最高の友達ですから!」

 

 スモモとしては、強いポケモンと、それをよく導いてみせたパールを併せて強いと言いたいのだが。

 まあ、パールみたいな子には自分のポケモンの強さを褒められたようにしか聞こえないのだろう。

 謙虚から己の力量を鼻にかけず、自分のポケモンの強さだけを誇る、というわけではないみたい。

 こうも毎回勝負所で、自分の想像を超えた根性、執念、ポテンシャルを見せられ続けると、自分じゃなくうちの子達が凄い、という発想になるのも仕方ないが。

 そもそもポケモン達って、パールが思う以上にずっとずっと凄いのだ。この観点から言えば、パールはまだまだ理解不足。

 

「勝負はこれからです……!

 参りましょう! ルカリオ!」

 

 状況は2対1。一転、追い込まれたのはスモモの方。

 だが、ジムリーダーの最後の一体には、たとえこれ以上のビハインドであろうと、覆すほどの能力を持つものさえ珍しくない。

 それはパールも、ヒョウタのズガイドスやナタネのロズレイドの強さに触れてきた身として、今日一番の緊張感を持って最後の壁の姿を見据える。

 

 両の肘を引き、格闘家さながらの呼吸を一つ挟み、闘いの構えを取るルカリオが発するプレッシャーは只ならない。

 先のゴーリキーも大柄で強そうであったが、それ以上に、このルカリオこそがスモモの切り札だと確信させてくる何かがある。

 満身創痍のピョコが、これを相手にどこまで立ち向かえるか、パールは胸が痛くなるほど心臓が鳴っている。

 

「――――z!」

 

「…………ピョコ! 絶対、勝とうね!」

 

 そんなパールの感情を感じ取ってか、吠えてまだまだ戦えると表明するピョコの姿がある。

 どうしてポケモン達は、しばしばトレーナーの気持ちというものを、言葉も無いままにして察してくれるのだろう。

 誰も、それを解明した者はいない。ただ一つだけ強く唱えられるのは、それは相当にトレーナーを信頼するポケモンにしか為せぬということのみ。

 ほんの少しだけ、もうピョコを引っ込めた方がいいんじゃないかとも考えたパールだが、その発想もすぐに頭から締め出した。

 生憎それは、トレーナー向きの思考じゃない。バトルで勝ちたいなら、戦い抜かせること、食らい付くことに全力を投じるべきだ。

 

「ルカリオ! 先手必勝!」

「ピョコ! はっぱカッター!」

 

 駆け迫るルカリオの速度は脅威的だ。

 前足の痛むピョコに、ルカリオから距離を稼いでの戦い方は絶対に出来ない。

 葉っぱカッターを回避しながら、躱しきれぬ何枚かを拳で打ち弾きつつ接近するルカリオに、ピョコは既に頭を引っ込める準備を済ませている。

 

「背後へ!」

「甲羅に……っ!?」

 

 だが、ルカリオは甲羅に頭を引っ込めかけたピョコを攻撃しない。

 スライディングキックのように背中で畳の上を滑りながら、ピョコの足の下を潜り抜けて背後にまで回り込む。

 あわや見逃すところだったその動き、まずい、後ろを取られたとピョコが身を回すが、体ごと向けた先では既に立ち上がったルカリオが拳を引いている。

 

「斬撃!!」

 

 そんなピョコの額に正拳を突き出そうとしていたルカリオだが、スモモの指示が一瞬早く間に合っている。

 甲羅に頭を引っ込めるハヤシガメの速度は馬鹿にできない。絶対当たりそうなこのタイミングでも、頭に甲羅の中へと逃げられてしまうとスモモは断じた。

 殴りつけるつもりだったその手の形を変え、突き出した手と爪先で、ピョコの逃げ込んだ甲羅を引っかきにかかるルカリオだ。

 殴っていれば甲羅を殴りつけて、少し拳を痛めていただろう。鉄拳のルカリオとて、次もある戦いでは些細なダメージも避けたいところ。

 

「たいあたり!」

「――――z!」

 

「勝負……!」

 

 甲羅にだって感覚はあるのだ。甲羅に傷をつけられて走る痛みは、肌を裂かれる痛みに劣るも、ただでさえ苦しい今ではその場で崩れ落ちたくなる。

 それでも頭を出したピョコの眼は、ぎらりとルカリオを睨みつけ、痛む脚に渾身の力を込めて突っ込んでいく。

 助走がつけられないなら押し潰すように。捻挫した足で跳ぶような激痛に耐え、僅かに身を浮かせながら突っ込んでいくピョコがルカリオに激突する。

 

 受けきるべき勝負所だと命じられたルカリオは、重いハヤシガメの斜め上から来る体当たりを、両手を突き出して受け止めた。

 さすがの重みにルカリオの目にもぎゅうっと力が入ったが、腰を沈めぬルカリオがピョコの体当たりを受けきり、ピョコの後ろ足が畳の上に降りる。

 その瞬間、ピョコの顎を膝で蹴り上げるルカリオが、既に満身創痍であったピョコの意識をいっそう朦朧とさせる。

 

「ピョコ……!」

 

「貰いましょう!」

 

 とどめの宣言、スモモの言葉に応じてルカリオの突き出した拳が、ピョコの額を打ち抜いた。

 目の前が星でいっぱいになりながら後方によろめいたピョコが、そのまま四本の足から力を失って、腹ばいに畳の上に崩れ落ちる姿が続く。

 そこまで至っても尚、頭を上げて悔しげにルカリオを睨みつけるピョコの気概も大したものだが、パールは既にボールのスイッチを押している。

 ハヤシガメに進化して、大きく頼もしい姿になったピョコが敗北する姿を初めて目の当たりにし、ショックを受けつつ正しい判断が出来ている。

 

「ピョコ、ありがとう。

 ……あなたが頑張ってくれたこと、私が絶対に無駄にしないから」

 

「あっ……」

 

 プラチナは、少しだけ驚いた。

 ピョコが戻ったボールを見つめ、微笑み口にしたパールの言葉が、プラチナの知っている彼女らしくない。

 ポケモン達に指示は出しつつも、本質的には自分のポケモン達に助けられ、引っ張って貰い、勝ったって全部ポケモン達のおかげと堂々言い切ってきたパール。

 そんなパールが、"私が"ピョコの頑張りを無駄にはしないと口にしたことに、プラチナは彼女の心情の変化を感じざるを得ない。

 

 パールにとっては、パッチも、ニルルも、ミーナも、みんな強くて頼もしくて可愛い、大好きなみんなだろうけど。

 決してその中で誰が一番好きかを聞かれても、序列なんて絶対つけたがらない彼女だろうけど。

 きっとパールを、ここまでの気持ちにさせる仲間がいるとしたら、それは初めてのポケモンであり、一番のパートナーに違いないピョコだけなのだろう。

 傷ついたピョコの入ったボールを片手にしたまま、再びルカリオとスモモを見据えるパールの眼は、今までで最も勝利を渇望する眼差しそのものだ。

 

 少しずつ、少しずつだが、パールもただのポケモン好きの女の子ではなく、ポケモントレーナーらしい姿になってきている。

 少なくとも今の彼女は、自分のポケモンに頼って甘え、勝利を他者の手に縋るような、モンスターボールを手にしただけの子供の眼をしていない。、

 

「さあ、残るは一対一ですよ。

 どう出ますか……!?」

 

 対するスモモも、ジムリーダーとはいえパールと近い年。

 一勝挙げた直後とて、決して余裕があるわけではない。むしろ、完全にイーブンで始まる大将戦に持ち込めたことに、ほっとする想いすらある。

 

 パワーと重さに優れるハヤシガメ、ごく稀にだが"いわくだき"を習得している個体がいるため、ハヤシガメを相手にルカリオを出しづらかったこと。

 殴った相手からエネルギーを吸収する"ドレインパンチ"を駆使して、アサナンに粘って貰ったこと。

 なんとかゴーリキーに踏ん張って貰い、ハヤシガメを弱らせ、ルカリオには大きなダメージを残さぬまま今の状況に至れたこと。

 そしてルカリオによるハヤシガメへのとどめを、ドレインパンチで締め括り、のしかかり気味の体当たりを受けたダメージもいくらか軽減して。

 貰いましょう、というルカリオへの指示も、そうした意図を含んでのものだ。

 スモモだっていくつもの思索の末、この展開に持ち込んでいるのだ。

 

「…………」

 

「パール、ルカリオは鋼タイプなんだよ……

 知ってるかな……」

 

 そしてパールも、最後の一人を非常に悩む局面。

 ルカリオは、発見されて日が浅いポケモンで、テレビで見られるポケモンバトルですら、使用者がまだ少ない方。

 ルカリオについてよく知っている者は少なく、それはポケモンへの研究や勉強を精力的にしている者ぐらいのもの。そう、プラチナのような。

 パールのような、ほんのつい最近までトレーナーですらなかった普通の女の子に、ルカリオが鋼ポケモンである、という知識が備わっている可能性は実に低い。

 加えてルカリオは、その戦いぶりから格闘タイプであることは想像できても、触れもせずして鋼タイプだと察するには難しい外見である。

 

 パールに届かず助言にならない、小さな声を漏らして不安視するプラチナの望みに反し、パールはルカリオが鋼タイプであるということを知っていない。

 しかし、葉っぱカッターを受けて傷一つないルカリオの姿を見るに、物理的な攻撃には強い頑丈な肉体を持っていそうなのは確かである。

 特殊攻撃、水の波動をメインウェポンとするニルルのボールを握ったパールの手元、雫のシールを貼られたボールの中でニルルも鼻息を鳴らしている。

 

「…………………………パッチ、いくよ。

 この勝負、あなたに託させてね……!」

 

「よしっ……!」

 

 しかし、パールは一度握ったニルルのボールを引っ込めて、雷シールを貼られたパッチのボールを取り出して、力のこもった指でスイッチを押す。

 飛び出したパッチがバトルフィールドに降り立つ反面、出場できなかったニルルは、肩透かしされた鼻息をふすーと吐く。

 それでもこれがパールの判断なら、と納得し、勝利をパッチに託すほどにはニルルも物分かりが良い。パールは話のわかる仲間達に恵まれているのだ。

 

 そして観戦席で見ていたプラチナも、ここでニルルを出さずにパッチを選んだパールの判断には、握った拳に力が入る。

 これならわからない。勝ちの目は強くなった。

 

「……ニルル?」

 

「――――、――――!」

 

 ニルルのボールを鞄の中に入れようとしたパールだったが、握ったそのボールががたがた揺れている。

 中でニルルが暴れているのだ。何かを訴えるように。

 パッチを出してしまった以上、もうニルルを出すことは出来ない。そんな中でニルルが訴えているのは何か。

 それを理解できるのは、彼と長い時間を過ごしてきたパールだけだ。

 

「……最後まで見たい?」

「――――!」

「わかった……!

 ニルル、見ててね……! パッチと私が、絶対勝ってみせるから!」

 

 自分の出場できなかった戦いを、最後まで見届けたいと訴えてボールを揺らしたニルルの意志を、パールは正しく汲み取ることが出来た。

 鞄の中に入れられず、パールの手に握られたままとなったニルルのボールは、揺れをおさめておとなしくなった。

 そしてバトルフィールドでは、"いかく"の眼差しでルカリオを睨みつけるパッチが、相手も軽はずみには動けぬプレッシャーを放ち続けている。

 再びフィールドに目を戻したパールの姿を見受け、スモモも激闘の始まりを予感する。

 

「パールさん、悔いなく最後まで戦い抜きましょう……!

 しかし、勝つのは私のルカリオです!」

「スモモさん、絶対に負けませんよ……!

 勝つのは私と、パッチです!」

 

 それは、トレーナー同士の意志のぶつかり合いだろうか。それもある。

 しかし、本質的にはそうではない。負けたくないという気持ちを発する両者は、それを託した相手にそれを伝えたい気持ちの方がずっと強い。

 それに応えるかのように、パッチも、ルカリオも、天井を見上げて遠吠えめいた咆哮を発するのだから、どちらもトレーナーの気持ちをよくわかっている。

 パールがパッチを、スモモがルカリオを、好きにならずにいられない理由というところまで、この一幕でわかろうというものだ。

 

「参ります!

 ルカリオ、猛襲の型!」

「パッチ、走って!

 捕まらないようにね!」

 

 パッチに駆け迫るルカリオ、そしてパールに指示されたとおり、走り始めるもぶつかっていく軌道ではなく、まずは敵の出方を伺う足取りを見せるパッチ。

 パッチの攻撃力はパールのポケモンの中でも上位にある。もしかすれば、ピョコを上回るかもしれない。パールが一番よくわかっているはず。

 その上で、早速のぶつかり合いを仕掛けたりせず、勝つための動きを組み立てようと試みるパールの姿に、プラチナはぎゅっと拳を握りしめるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。