「パッチ! スパーク!」
「――――z!」
「ルカリオ! 躱せますか!?」
ルカリオの爪や拳を躱し続けていたパッチが、ルカリオから大きく跳んで離れる動きを見せた瞬間のこと。
助走を作れると見たパールの声は、パッチの足が畳に着地するよりも早い。
指示を受けたパッチは迷いなく、元より果敢な眼差しをパールに後押しされてルカリオに突っ込んでいく。
対するスモモも、躱せと命令しないのは、回避が間に合うかどうかをルカリオの判断に委ねたことに依る。
これはもう無理、と判断したルカリオは、腕を構えて帯電したパッチの体当たりを受け止める策へと切り替える。
地を蹴る瞬間、ばちりと全身から溢れる電流で火花を散らしたパッチ。
防御態勢のルカリオに激突した瞬間、体当たりめいた衝撃のみならず、相手の体に電流をも流す。
「発勁!
ルカリオ、棍を!」
「――――!」
「あっ、まずい……!」
一歩退がってパッチの額に掌底めいた一撃を差し向けてきたルカリオだが、素早い反撃に関わらずパッチは大跳びに後退して躱している。
少し髪に掠ったか、着地点で首をぷるぷると振るう仕草を見せたが、ダメージらしきものは受けていないだろう。
それよりも、顔を上げて相手を見据えるパッチの目に映る、ルカリオの行動の方が問題だ。
両の掌を向け合って、波動を発したルカリオが発現させたのは、淡く輝く波動エネルギーの凝縮体。
それは1メートル半の棒状の形となり、それを両手で握ったルカリオの姿は、まさしくスモモの言う棍を手にしたかのよう。
そして再びパッチに駆け迫ったルカリオは、それを武器にパッチを打ちのめそうとしてくるのだ。
「パール……!」
「黙ってて!!
パッチ、離れて! 距離を作って!」
棍と呼ばれたそれの危険性を瞬時に察したプラチナは、思わずパールに忠告したい衝動に駆られたほどだ。
だが、その後に続くはずだった、気を付けて、の一言さえ、パールの大きな声に封じられて発せない。
冷静なプラチナにしては珍しい失態で、思わず拳で口元を隠して反省するプラチナだが、その拳がぎゅっと握りしめられているほどにはこの展開はまずい。
棍の危険性はパッチも察しているようで、幾度もそれを振り抜いて攻め立ててくるルカリオの攻撃に、パッチは背を向けて走り出してでも一度距離を作る。
頭だけは振り返り、追ってくるルカリオの棍を握りしめた姿に舌打ちしながらだ。
あれが電気タイプのポケモンによく効く、当てた対象の電気を吸収して力を削ぎ落とす"ボーンラッシュ"だと本能的にわかっているのだろう。
パールでさえ、淡い光を放つ棍の異質さと、背中まで見せて逃げるパッチの姿に、当たれば大変なことになりそうだという警戒心を強めているほどだ。
「ルカリオ、執拗に!
優勢を覆させぬよう!」
「っ……パッチ、溜めて!
勝負懸けるよ!」
今一度、絶対に口出ししないで、私達の力で勝つんだからとプラチナに強い眼差しを向けるパールだ。
プラチナが両膝の上に肘を置き、乗り出す姿勢で両手を握りしめて口元を隠す中、バトルフィールドではルカリオがパッチを追い詰める。
追う側と逃げる側では、追う側の方が体力の消耗が激しいのだ。逃げる側が弧を描く走りをした時、追う側の軌道は逃げる側より短い。
逃げ続ける限りではいつか必ずルクシオの体力が先に尽き、そうなってしまえばもう大勢決したとさえ言える戦況になる。
追撃を命じたスモモの真意がわかるパールも、早く打開策を打ち出さねばならない局面だ。
「"じゅうでん"ですか……!
ルカリオ、警戒……!」
「――――!」
「頑張って、粘って、パッチ……!
何とかしてみせるから……!」
ばちばちと体内に強い電気を溜め込むパッチに、ルカリオの降り抜く棍が幾度となく襲いかかる。
足元を薙ぐ一撃を跳んで躱し、殴りつける一撃を横っ跳びに躱し、頭を狙ったスイングを前に跳び込んで体勢低く、畳の上を転がるようにして立ち上がり。
すぐに立ち上がって跳んだパッチのいた足元を、追って振り下ろしたルカリオの棍が強く打ち伏せる。
充電と激しい運動を両立するパッチ、無傷で力を溜め続けているのは良い立ち回りと見えるが、体力の消耗は普段以上に激しい。
駆けながら別のことを並行してやるなど、人で言えば走るために腕を振らず、手では別のことをしながら全力疾走するようなものだ。
「――――ッ!」
「うん……!」
「来ますよ! 構え!」
充分な力が溜まったと、パールをちらりと見て口を僅かに開いたパッチの姿に、パールは声無く小さく頷いた。
反撃に転じるタイミングをスモモやルカリオに最大限悟らせぬ努めだ。
それでもパッチだけでなくパールをも見ていたスモモ、無言のジェスチャーから来るぞというのを察してルカリオに最速の指示。
パッチがぐるりとこちらを振り返り、突進体勢となったその瞬間からもう、ルカリオは棍を構える備えを果たせている。
強く帯電したパッチが、構えたルカリオの棍に激突した瞬間、バトルフィールド全体に落雷のような轟音が響いた。
頑丈な棍とパッチの頭がぶつかった、金属と石頭の衝突音めいた鈍い響きもその爆音にかき消されている。
激突の瞬間に放電したパッチの電気エネルギーは、パールとスモモもびくりとするほどで、棍を介してルカリオの全身に走り痛めつけるほど激しい。
「パッチ! 噛みついて、放り投げて!」
「――――z!」
「ッ……!?」
激しい電流に一瞬怯んだルカリオの隙を見逃さず、パッチが口を開いて食らい付く。
ルカリオではなく彼が持つ棍に。そして力強く引っ張って、ルカリオの両手から奪い取ると横へ放り投げる。
電撃に握力も緩んでいたルカリオから武器を奪い取れば、もう目の前には討つべき敵しかいない。
「発勁!!」
「かみついて!!」
動じないスモモの指示、ここだと唱えるパールの叫び。
ルカリオの掌底がパッチの額に突き刺さるが、のけ反りかけながらもパッチは開いた口を、ルカリオの右肩に食らい付かせて押し倒す。
苦悶の表情こそしつつ、悲鳴ひとつあげずにルカリオは顎を引き、左手の爪をパッチの額に突き立てる。
そのまま引き剥がさんとするかのように、ぐいと上向きに引っ張るのだ。
「――――、――――z!」
「ッ、ッ……!」
額にかぎ爪を突きさされたまま、その傷を上向きの力で裂かんばかりに引っ張られれた痛みは想像を絶するはずだ。
それでも牙を抜かず、ぐいぐい頭を振って牙をいっそう食い込ませるパッチの執念は未だ衰えず。
ずぶずぶと牙が肌の下まで食い込んでくる激痛に目を見開きながらも、瞳に宿した闘志に陰り一つ無く、右手でパッチの耳を掴んで引っ張る。
かつての幼いズガイドスのような泣いての降参など、このルカリオには絶対に無い。畳に背を着けた倒れた姿勢にありながら、臆す想いなど微塵も無い。
「っ、蹴り上げ!」
さりとてこんな展開が長続きすれば、ルカリオとて危ない。指示を出すスモモの声に僅かな焦りがあるのは当然だ。
ルカリオの膝がパッチの腹を蹴り上げ、その拍子に顎の力が僅かに弱まったパッチの両肩に手を添え、さらにルカリオが下半身を跳ね上げる。
パッチの下半身を押し上げるように上げつつ、その瞬間だけ頭部付近を引き付けて、パッチの下半身が後方に回転したところで突き放す。
倒れた姿勢から相手を投げきり、突き放したルカリオは跳ね起きるようにして、すぐさま立ち上がろうとするパッチに向き直る。
「棍です! 猛襲!」
「――――!」
「パッチ、躱し……」
いや、もう間に合わない。
素早く波動で棍を作り上げたルカリオは、今度は一本のそれではなく短い二本の棍を両手に作り上げ。
淡く輝くそれを両手にパッチに駆け迫ると、立ち上がりかけて跳び逃げようとしたパッチを打ち据える。
一撃目で頬を殴られて怯んだパッチへ、ルカリオの両手の棍が幾度も連続で殴りつけるのだ。
逃げて、なんとか躱して、という言葉をパールが発する暇も無く、計5度パッチを棍で滅多打ちにしたところで、ルカリオはその棍を放り捨てる。
実体のある物体を生み出しているわけではない波動の凝縮体は、何度でも生み出せる反面ずっと使い続けられるわけではないようだ。
「貰って!」
ボーンラッシュの連撃を受けて足元がふらつくパッチに、スモモが命じたのはドレインパンチの暗喩。
そもそも強力な正拳突きを放てるルカリオの、最も得意として威力の出る一撃が、爪を突き立てられて深い傷の出来たパッチの額に突き刺さる。
なんとか後方跳びで逃れようとしたパッチだが、凌ぎきれずにルカリオの一撃が直撃し。
跳ぼうとした脚力だけが僅かに残り、過剰にパッチが殴り飛ばされるように畳に転がる結末がその後に続いた。
「ああぁぁ……!」
青ざめた顔でパールが静かに悲鳴をあげるのは、何もパッチが戦闘不能になったかのように倒れたからではない。
パッチを殴った拳を振るい、その手に着いた血を畳に投げ捨てたルカリオの姿が、パッチの深い傷をまざまざとパールに見せつけたからだ。
まだ戦いは終わっていないとばかりに、顔を上げて脚に力を入れて立ち上がろうとするパッチだが、その額から流れ落ちる血はおびただしい。
プラチナでさえもこれはまずいと思うほどで、ましてパールにとってはあまりにショックな光景と言える。
パッチは女の子だとパールだって知っている。一生残るかもしれない傷を想像してしまったら、女の子にしてみればたまらない。
「パッチ……」
「!?
ッ……、――――――z!!」
思わずパッチのボールのスイッチを押そうとしたパールの姿を見たパッチは、パールを威嚇するように大きく吠えてみせた。
敵を"いかく"する時とは違う、初めて身内を威嚇するその声は、心臓をわし掴みにされるかのような想いに駆られたパールが思わずボールを落とすほど。
絶句したパールの、まばたき出来なくなったその目に映るのは、絶対そんなことするなと荒々しい息遣いと眼でパールを睨みつけるパッチの姿。
私はまだ負けてない、まだやらせろ。
さらには、今やめさせるんならあなたのこを許さないとまで訴えるかのよう。
思わずパールが一歩たじろいで、生唾を呑んでしまうほどの迫力が、額の傷からどくどく流れる血に顔を染めながらも屈しないパッチの表情にある。
「――パールさん!
やめるなら今のうちですよ!
まだやるというのなら、あたし達だって容赦は致しません!」
だが、決定権はトレーナーにあるのだ。スモモはパールに戦意を確かめる。
パールの思考回路が潰れている今のうちに畳みかける選択肢もあるにはあった。そんな勝ち方、スモモもルカリオも嫌だ。
心を立ち上がらせられるか。血を流すパッチの姿に、我が事のように青ざめるパールの気持ちは、スモモにだって痛いほどわかる。女の子なんだから。
「……………………やり、ます……!」
「いいでしょう……!
ルカリオ! 手加減無用ですよ!」
「――――!」
「っ、パッチ! 走って!
絶対、勝たせてみせるからっ……!」
「――――z!」
棍を一本の長いものに持ち替えたルカリオが急接近する中、棍の一振りを跳び退がって回避したパッチ。
赤く染まりつつある顔で、血が目に入りそうなのか片目を閉じているパッチだが、開いている方の眼から闘志が失われていないのは誰が見てもわかる。
息を切らし始めながらも、"じゅうでん"しながらルカリオの攻撃を避け続ける姿は、逆転勝利への希望を捨てていない。
「あと少し……あと少しっ……!」
「ルカリオ、勝負所!
動きが落ちてきてる、今しかない!」
逃げ回り、追い付かれ、振り抜かれる棍の連続攻撃をぎりぎりで躱すパッチだが、疲労からくる動きの低下は誰の目にも明らか。
回避に徹して充電する戦法にも限界がある。このやり方に次は無い。
今ですら棍がパッチの耳を掠め、せっかく溜めた電気の一部を吸い上げられつつ痛みを覚えるパッチも、崖っぷちで踏ん張っているも同然の状態だ。
この戦いは、もはやあと一分も続かない。パッチがもたないはずだ。
「……………………きたっ!」
「ルカリオ……!」
「いっけえええっ!!」
だから最速で。パールに充電が済んだタイミングを知らせる余裕も無いパッチ、だが充分な電気が溜まったことをパールが自分の目でしっかり見極めて。
パールの小声はスモモに聞こえていない。その表情の機微だけがスモモにとって、パッチの充電完了タイミングを知る要素。
迎える体勢を取れと命じるスモモにルカリオは構え、次の瞬間、脚を切り返したパッチが一気にルカリオへと直進する。
血みどろの形相で火花を散らして猛襲せんとするルクシオの姿には、迎え撃つルカリオもその気迫に背筋が冷たくなるほどだ。
棍で打ち返すことも考えていたルカリオだが、ここにきて衰えを感じさせない突進速度のパッチには、ルカリオも棍を構えて受け止めることしか出来ない。
選択肢がある中で、この判断が一瞬で出来るルカリオの判断力も特筆点だ。
激突の瞬間に、落雷音のような放電音がフィールド全体に響き渡り、パールもスモモも、プラチナまでもが握り拳に力が入る。
お願いパッチ、負けるなルカリオ、頑張れパールと、握りしめて汗の滲む手に込められた想いもそれぞれだ。
「噛みついて!!」
「発勁!!」
パールの指示とスモモの指示は全くの同時だった。
ルカリオの棍に噛みついて奪いにかかるパッチ、この行動がルカリオの手から武器を引き剥がせることは先にも証明されている。
だったらいっそ武器を取られると同時、至近距離の一撃を叩き込めと指示するスモモだ。
相手の抵抗を意識して武器を奪おうと首を振るった瞬間、ぱっと手を離したルカリオによって、パッチはあっさり過ぎた武器の奪えように足元すらふらつく。
そこにルカリオの掌底だ。
それも、裂き傷のある額への一撃は、血の流れる傷をいっそう広げるものであり、のけ反り血飛沫を舞わせるパッチの姿にはパールも泣きそうになる。
痛そう、もう駄目、パッチをボールに戻すスイッチを押しそうになってしまう。
そうじゃない、我慢しろ、そう自分に強く訴えて息を吸うパールは、勝つためにパッチを導く声を必死で振り絞る。
「は……っ、反撃っ、それでぇっ!!」
「ッ……、――――z!」
「うわ……!?」
痛烈な掌底を受けてなお、ルカリオから奪った棍を咥えた顎の力を失わずに耐えていたパッチ。
奪ったものを手放さなかったのではなく、意識が飛びそうなほどの一撃を、歯を食いしばって失神を耐えていただけなのだろう。
だが、それを目にしたパールの指示は、首を振るうだけでルカリオに反撃できるという状況を見逃さなかった勝利への道筋。
ルカリオ自身の波動によって作られた棍状のそれが、咥えて首を振るったパッチによって、ルカリオの鼻っ柱を殴りつける結果に繋がっていく。
「ルカリ……っ、来ますよ! 構え……」
「かみついてえっ!!」
電気タイプによく効く"ボーンラッシュ"の性質を持つ波動棍は、ルカリオのタイプを鑑みてもよく効く一撃だ。プラチナも驚かされる反撃手段だった。
しかしその強烈な一撃を返せたことにも満足せず、棍を吐き捨てルカリオに飛びかかるパッチの勝利への執念は、まさに闘う者達に必須とされる魂だ。
今度はルカリオの左肩に噛みついて、傷ついた右腕による抵抗が弱い中、もう一方に牙を立てて勝ちに行く姿は、ピョコの戦い方を引き継いだものとさえ。
先の戦いを見届けていたパッチは、どんな戦い方が賢いかを、その中でしっかりと学んできているのである。
きっとパッチは、パールにあれこれ教えられなくても、育てられなくても、自分で考えて強くなっていける程には賢い。
「ルカリオ! 撃退!
出来ぬはずは無い勝負です!」
「ッ――――!!」
「ああぁぁっ……!
パッチっ、頑張れっ、頑張れえええっ……!」
押し倒されるように畳に背を着けたルカリオも、牙を突き立てられた痛みに耐えながら必死だ。
既に開いた傷にもう一度右手の爪を刺し、放せこいつと抵抗する。情け容赦ない行動と取られ得るかもしれないが、ルカリオだって牙に肌を貫かれているのだ。
皮膚の下までもう一度尖ったものを突きさされる激痛、悲鳴すらあげたくなるような苦しみに目を見開きながら、牙を食いしばる力を抜かないパッチ。
彼女こそ涙目にすらなりながら耐え、ルカリオにダメージを貫き通しつつ、泣き叫ぶような声を発するパールの声を必死で耳にする。
頑張れって? わかってる、わかってるとも。
たとえ言葉に出来なくたって、あなたが私に何を求めてるか、私はちゃんとわかってる。
「蹴り上げ……っ!?」
食らい付いて離さないパッチを引き剥がすための手段を命じたスモモだが、その指示を下したその瞬間に気付いたのは早かったか、遅かったか。
あのルクシオの全身から火花が散っているではないか。
噛みつき、ダメージを与え、傷口に爪を突き立てられる苦しみに悶えながら、なおも"じゅうでん"を始めているというのか。
ルカリオの膝がパッチの腹を蹴り上げたその時、パッチは自ら牙を抜き、蹴られる力に押されるままの如くルカリオから離れた場所に着地する。
「来ますよ!! 躱し……」
「スパーク!!」
「――――――――!!」
全身が発光せんばかりの電気エネルギーを溜め込んだパッチの体当たりが、素早く立ち上がろうとしたルカリオに迫る。
こうもあっては、寝そべる時間など最短とせんとしたルカリオの優秀な立ち回りも仇となろう。
ようやく中腰となったルカリオの目前、鬼気迫る表情で突撃するパッチの姿から、もはやルカリオは逃れられない。
スモモの指示は的確に違いなく、棍無き今は受けてはまずい一撃と唱えたが。
もはや躱せぬと見て、交差させた腕でそれを受け切ったルカリオの判断能力も優れてはいたけれど。
既に"じゅうでん"済みのパッチによる激突は、突進的インパクトに加え、ルカリオの腕から痛烈な電撃を直接ルカリオに流し込む。
両者の衝突点が、落雷地点のように爆発的な音と光を発したことに、プラチナは眩しい光景を目にして尚まばたき一つ出来ない。ここが勝負の分かれ目だ。
「ッ……ッ……!」
「パッチぃっ!!
スパーク、もう一回ぃっ!!」
「――――z!!」
「ルカリ……」
激突ダメージと痛烈な電撃を浴びてなお、よろめくように後ずさったルカリオは倒れなかった。
耐えただけでも殊勲賞ものの、強烈極まりない一撃だったはず。ましてボーンラッシュ一撃ぶんの痛打を受けた直後の身なのにだ。
だが、絶叫じみたパールの声に応じ、再びルカリオに突進するパッチの動きに、戦場に立つ武人は構えが間に合わない。
構える腕を作る暇すらなく、胸元に血みどろの額を矢のような勢いでぶつけてくるパッチの"スパーク"を受け、激突瞬間の電撃と衝撃を受けてしまう。
電撃だけでも意識が飛びそうな中、息も詰まらずにいられない衝突を胸元へ無防備に受けたルカリオは、そのまま吹っ飛ばされて畳の上に倒れた。
「パッチ、頑張って、頑張って……!
ここまで……ここまでして、っ……!」
パッチとニルルのボールを握った両手を胸の前に合わせ、ぎゅうと力を入れるパールの声が震える中、パッチは倒れたルカリオを見据えている。
呼吸が掠れるほど消耗しながら、ルカリオが立ち上がってくるならば、まだまだやってやるという意志を潰れかけの目に宿して。
畳に手をかけ起き上がろうとするルカリオがパッチを睨み返す中、やめて、もう立たないでと心底祈るパールの姿がある。
「……………………ここまでです、ね……」
不屈の闘志溢れるルカリオが、十秒経っても立ち上がれない姿を見て、スモモは無念の表情を表しつつボールのスイッチを押していた。
正真正銘、ルカリオに継戦能力が残されていないことをはっきり見極めて。
スモモのボールにルカリオが戻っていく光景を以って、バトルフィールドに残された者はパッチ独りとなる。
「あ……」
「……………………」
ボールに収まったルカリオを見下ろし、想うところ多々の眼差しのスモモだ。
もっとあたしがあなたを正しく導いていられれば。そうして敗戦の苦さに唇を噛み締めるスモモに、ルカリオに対する批難の想いは一片も無い。
そんな想いも全て吞み込んで、パールとパッチに胸を張って向き直ったスモモは、武闘家らしく両の拳を腰の横に引いて、深く息を吐く。
「私達の負け、です……
あなたと、あなたのポケモンの心強さに、敗れました……」
「――――!!」
「っ、パッチ!!」
潔く敗北宣言をしたスモモだったが、その時パールが抱いた感情は、勝利に対する歓喜ではなかった。
それこそ、やったよとパールを振り返ったパッチに向かって、赤畳のトレーナーエリアを飛び出してでもパッチに駆けていかずにいられない。
思わずパッチもパールの方へ、嬉しさのあまり駆けていこうとしてしまうが、ふっと思えばその足も止まるというものだ。
目に血が入りかけて改めて気付くが、自分の顔は額の傷から流れる血でどろどろだ。
私やったよ、褒めて褒めてとパールに飛びつきたい想いも、今の自分がパールに飛びついたら血で汚してしまう気がしてしまって。
そうして遠慮がちだったパッチだが、彼女に駆け寄るパールは足も手も止めず、一切の躊躇いも無くパッチを抱きしめる。
「ッ――――、ッ――――!?」
「パッチ、ありがとう……!
今日ほど私、あなたのこと凄いって思ったことないよ……!」
女の子のパッチが、顔に傷を負ってまで戦い抜き、あまつさえ勝利までその執念で勝ち取ってくれた事実は、パールにしてみれば尊敬の念を禁じ得ない。
パッチは顔に傷がつこうがつくまいが、そんなのたいした問題ではないのだけど。それは、ポケモンの価値観だけど。
それを抜きにしても、どれだけ傷付こうが最後まで戦い抜いたその姿は、賞賛に値するものとしてパールが感極まるに相応しいものには違いあるまい。
膝をついてパッチをぎゅうっと抱きしめるパールは、パッチの額から流れる血が服に沁みることさえ、今は何の抵抗も無い。
そんなこと、はなから意識に入っていないのだ。勝利のためにここまで頑張ってくれたパッチのことを、抱きしめずにはいられないのだ。
「――――!」
「――――?」
「――――♪」
パールの手に握られていたままの、パッチのではないボールからニルルが飛び出し、パッチに頭と頬をすり寄せる。
その挙動に込められているのは、祝福の想いに他ならない。
自分が立つことの出来なかった戦場で、最高の戦果を残してくれたパッチへの惜しみない賞賛に、パッチも疲れ果てた体が癒されれるかのよう。
額の傷は痛いし、パールに隠せないほどの息切れは苦しいけれど、今はただただパールに身を預け、ニルルの肌のすり寄せを温かく感じる。
パッチは疲れ果てた顔色ながら、その表情は満たされていたものだ。
勝った。やりきった。成果がついてきたというのなら、思い返せば私よくあれに耐えきったなという苦痛も、今となっては誇れる勲章ですらある。
「パールさん、パールさんっ!
さあ急いでポケモンセンターに向かいますよ!
ルクシオさんの怪我が傷跡にでもなったら大変です!」
「あっ……!
スモモさ……そっ、そうですねっ……!」
「ボールに戻して!
さあ、走りますよ!」
「パッチごめん、ほんとにごめんね……!
後でいっぱい、ありがとうするからね!」
「~~~~!?」
もっとパールに抱きついて、この勝利の余韻に浸っていたかったパッチだが、駆け寄ったスモモの強い提言により、パッチはボールに戻される。
ニルルもボールに戻されて、パールはスモモと一緒にポケモンセンターへと猛ダッシュ。
ポケモンセンターはポケモンの怪我をも癒してくれる施設だ。
でも、深い傷なら早めに癒さないと、傷跡が残ってしまったりもする。
パッチの額にあんなぞっとする傷の跡が残るなんて絶対嫌、そんなパールのポケモンセンターへの走る勢いは凄まじい。
それについてきてくれるスモモである。重ねて言う形になってしまうが、スモモもパールの気持ちはわかるので。
「はああぁぁ~~~~~……よかった……
もうダメかと何度も思った自分がちょっと恥ずかしいや……」
そして、プラチナは気持ちいいほど放置されて観戦席に残っていた。
まあそれはいいのだ。パールもスモモも目先の戦いに全力集中、そして戦後はパッチの額の傷への共通意識で行動を共に。女の子同士だからしょうがない。
残された中、パールの勝利を喜びながらも、プラチナは先の戦いを見て感じたことを反芻する。
パールの戦い方は、トレーナーとして未熟なそれそのものだ。
だが、勝ったのだ。勝負の世界では、どんなにご高説垂れても負けては意味も無く、逆に理屈ゼロでも勝てるなら官軍だ。
プラチナは先の戦いを見る中で、自分だったら諦めてしまいそうな場面がいくつもあったことを回想する。
自分の手持ちがルクシオ唯一になった後で、ボーンラッシュの使い手が相手となってしまったあの瞬間も。
パッチが一度倒れてしまったあの時もだ。
それでも諦めなかったパッチの、そしてそんな彼女に勝負の命運を託したパールの、精神的な戦いぶりあっての勝利であったとは断言できる顛末だ。
それを目にしてしまったら、物分かりが良く、諦めの良い自分に対しても、考えるところが出てしまうのも子供心というものだ。
自分があのパッチのトレーナーで、今と同じシチュエーションに置かれていたら、ギブアップしていただろうとプラチナは思う。
あの状況から、自らの心を折らず、立ち向かうことを選び、最上の結果を勝ち獲ったパールの姿は、プラチナに己の在り方というものを考えさせる。
自称初心者トレーナーで、知識も浅いパールが、勝利という結末まで繋ぎきったのだ。
結果論だろうか。だが、結果を出した者の成果を無効化し、無かったことにする理屈は存在しない。
パールとパッチが紡ぎきった結末は、精神的に未熟とて、パールがポケモントレーナーとして確立しつつある証拠そのものだ。
トバリジムの戦い。
パールは勝利し、3つ目のバッジの入手を約束された。
戦後慌ただしい展開になってしまったが、これはそれに釣り合って偉大な成果とも言えるだろう。
諦めずに、あるいは諦めぬことを前提に勝利を手にした、パッチとパールがこの築いたキャリア。
そしてそれは、間違いなく向上し続けているパールの姿を前にして、プラチナにも今後の自らを顧みる一つのきっかけにもなっている。
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