ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第40話   シロナとギンガ団

 

 どうしてもパッチの顔に傷を残したくなかったパールは、それはそれはもう、ジムを飛び出してポケモンセンターまで全力で突っ走った。

 すんごい勢いでポケモンセンターに飛び込んできたパールには、センターのお姉さんも目をひん剥いてびっくり。

 勢いや態度のせいではない。パールの服は、パッチを抱きしめた時に付着した血がべっとり。

 事情を知らないお姉さんが見たら、大怪我して血まみれの女の子が駆け込む場所を間違えてきたかと思って、ただちに救急車を呼ぼうとしたぐらいである。

 

 パッチのことしか考えていないパールは、お姉さんにパッチならびに他のみんなも預けることを求めるのみで、センターのお姉さんも困りかけたのだが。

 同行してくれたスモモが事情を説明してくれて、あぁなんだ、あなたは怪我してるわけじゃないのねとお姉さんも一安心。

 その時初めて、自分の服が血まみれになっていることに気付いたパールがうへぇ顔。

 こんな格好で街を突っ走ってきたのかと思うと、今さらになって恥ずかしくなる。

 

 とりあえずパールはポケモンセンターのお風呂を借り、その間に服を洗濯、そして超速乾燥。

 沁みになりそうで不安だったが、洗濯マシンも乾燥機もとっても高性能。

 パールが長めのお風呂から出てくるまでの間に、着ていたものは全部綺麗さっぱり、しかもからっと乾いている。

 懸念していた血の沁みも残らず、体も着るものもさっぱりしたパールがお風呂から上がってきたら、プラチナとスモモが待ってくれていた。

 

「すみません、スモモさん。

 わざわざ付いて来て貰っちゃって」

「いいえ、いいんです。

 きちんと説明しないと、変な騒ぎになるかもしれませんしね。

 ジム内で起こったことですし、余計な混乱を避けるためにもあたしがちゃんと説明したかったんです」

 

 いささかパッチの傷が深かったため、ジムリーダーのスモモが、自分との戦いでこうなったと説明するのが、一番話の角が立たずに済む。

 でなきゃ相手の気分次第では、どこの誰にここまでされたの、とか、あなたここまでポケモンにやらせたの、とか、パールに困る質問が飛びかねない。

 特に後者のような訊き方をされたら、パールは並々ならないへこみ方をしかねない。

 スモモが来て説明役を買って出てくれて助かった、とはプラチナの感想である。

 

「パッチ、どうなんだろう。

 傷、残ったりしないかな……」

「大丈夫ですよ。

 ポケモンセンターのお姉さんも、傷が残らないように治せるって言ってくれていますから。

 その代わり、今日は一日ポケモンセンターに預けて欲しいとのことですが」

「あぁよかった、預けます預けます。

 パッチ女の子なんですよ~、顔に傷なんて出来たら可哀想じゃないですか」

「そうなんですね。

 確かにそれは、何としても避けたいと思いますよねぇ……」

 

 ガールズトーク気味。プラチナは自分から話に参加しない。

 聞いてるだけでも別に楽しい会話なので。男の自分と二人旅続きのパール、同姓相手と話を弾ませる姿はプラチナ目線でも微笑ましい。

 

「プラッチ、ごめん、一日この街に残っていい?」

「いいよ、大丈夫だよ。

 パールのペースで進めばいいんだ、僕は旅を急ぐつもりは無いしね」

 

 一日パッチをポケモンセンターに預けることになるので、今日はトバリシティから出発できなくなる。

 元々プラチナはパールに足並みを合わせて旅している身分で、見識を広めることが目的なので何も問題ない。

 むしろ一日この街に留まるなら、初めて訪れたトバリシティを今日ゆっくり見て回れそうだとプラス思考である。

 

「それじゃあよければ、あたしがトバリシティを案内しましょうか?

 一日この街に留まるのも、あたしとのバトルが原因みたいなものですし」

「えっ、スモモさん、ジムは大丈夫なんですか?」

「あたしも一日中ジムにいるわけじゃないですからね。

 普段は街を出て、ポケモン達と一緒に鍛錬に勤しんでいる身分ですから、ジムを空けてる時間の方が多いんです。

 せっかくだからトバリデパートで買い物もしたいし、ご案内致しますよ」

 

 ストイックに自己鍛錬している天才格闘少女とよく囁かれるスモモだが、何も年がら年中修練に身を尽くしているわけじゃない。流石に。

 プライベートの彼女がデパートや商店で買い物している姿はよく見かけられる。年頃の女の子、正味で言えばショッピングも冷やかしも実は好き。

 ただ、今の格好で街をうろうろするものだから、今日もスモモちゃんはやってるなぁという印象が、街の皆様に変な形で植え付くのである。

 実際、裸足だし。ショッピングの時ぐらい靴を履けばいいのに。

 

「パールさんに負けましたし、明日からはいっそう修行に励まなくてはなりません……!

 その前に、今日は羽を伸ばしたいんですよ。ご一緒してくれませんか?」

「はいはいっ、喜んで!

 プラッチも行こうよ!」

「あはは、そうだね。

 トバリデパート、ちょっと興味あったんだ」

 

 特に今日のような、年が近くてポケモントレーナー同士の女の子と、一緒に街巡りが出来そうとなれば、スモモもそれを楽しみたくなるのだろう。

 修行も毎日やるに越したことは無いが、息抜きも必要である。

 明日はパールも次なるジムを目指して出発し、いなくなってしまいそうなことを考えれば、スモモにとってもパールと遊べるのは今日のうちというところ。

 こんな日まで修行やジム業に専念し、一期一会の機会を手放すなんて、それこそ年頃の女の子には勿体ない。

 

 スモモもパールがポケモン達をポケモンセンターに預けたのと同様に、自分のポケモンを預けたスモモは、パール達と共に出発する。

 この街の現代の名物といえば、高い高いトバリデパート。あるいはゲームコーナー。

 悪い嵌まり方をする大人が多く、煩悩の象徴めいているゲームコーナーはスモモも敬遠気味なので、案内先はやはりデパートである。

 初めて訪れる、都会のコトブキシティでもこれほどの大型デパートは無い、とまで言い切れるトバリデパートだ。

 パール達にとっては、たとえ何も買わなくたって、来ただけで楽しくなれる場所には違いなかった。

 

 ちなみにデパートまで来てスモモが何を買うかといえば、ブロムヘキシンやらキトサンやら、サプリメントばかり。

 遊びに来たよという割にはチョイスがこれなんだから、やっぱり鍛錬一筋の性分が出ていなくもない。

 そんな一幕を経つつ、最後はデパート内の憩いの広場で、ドリンクを飲みながら愉快に語らう時間も作って。

 楽しい時間を過ごしたのは確かである。

 ジムリーダーという身分を聞くと恐縮してしまいそうになるが、やはりスモモも仕事を離れれば、多感な年頃の女の子である。

 話せば話すだけ、パールもプラチナも楽しかった。

 

 仕舞いには、パールはスモモ相手にも電話番号を交換していた始末である。

 毎晩ナタネと長電話しているパールだが、今後はスモモとお電話する時間も生じそうだ。

 スモモ曰く、夜は早めに寝るので、電話してくれるなら朝の方がいいという言質も頂いた。

 きっと、起きてスモモに電話、寝る前にナタネに電話、そんなパールの毎日が今後は続きそうだとプラチナは予感していたものである。きっと合ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃のこと。

 

 パール達がスモモと楽しい時間を過ごしているお昼過ぎ、ギンガビルを訪れた人物がいる。

 偉大な肩書きを持つ彼女、突然の訪問であれば大抵の人を驚かせるものだが、迎えたビルの受付の女性に驚きの表情は無かった。

 ただ、わぁ本物だ、と大人ながらにも少し感激する表情は垣間見せてもいるが。

 

「お待ちしておりました、シロナ様ですね?

 オーナーからお話は伺っております、どうぞあちらのエレベーターから最上階までお進み下さい」

「ええ、ありがとう」

 

 アポは取っていたため予想外の来訪ではなく、しかしやはり生で見られるとなれば、多くの人に芸能人を目撃したような感激を覚えさせる地位。

 チャンピオンとは、ポケモン達に関わる人々にとってそんな存在だ。

 丁重な対応に微笑んで返答するシロナは、まして美人であることもあり、素敵な大人の女性だなぁと受付の女性にも憧憬を抱かせる。

 エレベーターまで向かう中でも、シロナの姿を二度見するギンガ団員は非常に多く、正直シロナにとってはくすぐったくもある。

 チャンピオンになって長く、慣れてもきているが、やはり少々はというところ。

 

 エレベーターに乗ってしまえば、最上階へとエレベーターが進む中でシロナは一人になる。

 はぁ、と息を吐いたのは、好奇の目から逃れられてひと息ついているのだろうか。

 そうとも取れるが、シロナの胸には別の感情もある。

 正直、今日会いに来た相手というのは、シロナにとって非常に複雑な想いを抱かずにいられない人物でもある。

 最上階に到達したエレベーターが、音を立ててそれを知らせてくれた時、シロナはドアが開く前にもう一度息を吐き、少し強い眼をしてドアの先へと歩み進む。

 

「お待ちしていましたよ、チャンピオン、シロナ様。

 そちらにおかけ下さい」

 

 いわゆる社長室というイメージが非常に似合う一室だった。

 組織のトップが座る大きな机、そしてその向こうはトバリシティの景色を一望できる一面窓。

 そこに座っていたギンガ団のトップ、オーナーと呼ばれる青年はシロナの姿を見るや否や席を立ち、部屋の中央の席へと案内する。

 賓客と語らうため、対面させた大きなソファーの間の大きなテーブルには、既にお茶菓子が用意してあった。

 秘書がこの部屋におらず、ましてお茶も冷めていないことを考えると、どうやらこのオーナーが特別な来客に対して、自ら用意したものとさえ見える。

 

「お忙しい中、わざわざ我々のギンガビルまでご足労頂けるとはね。

 歓迎致しますよ、どうぞお好きに召し上がり下さいませ」

「…………」

「シロナ様?」

「…………」

 

「ふむ……如何されましたか?

 私が何か、失敬でも……?」

「…………」

 

 向かい合って座った両者だが、シロナは何を話しかけられても無言である。

 むすっとしている。露骨に不機嫌である。

 特にオーナー側に失言があったわけでは無いのだが、ともかくシロナにとっては、オーナーのこの態度がたいそう気に入らないらしい。

 

「……………………はぁ、わかったわかった。

 普通に話すよ。済まないね、僕にも立場ってものがある」

「他に誰もいないんだから別にいいでしょう。

 水臭いし、気持ち悪いし、それに正直言うと寂しくも感じるわ」

「気持ち悪いは言い過ぎだろう。

 君だってもうチャンピオンなんだ、見知った顔にもこうして畏まれるように、話しかけられるのにも珍しくないんじゃないか?」

「ある程度は割り切ってるわよ。

 でも、あなたにまでそんな口の利かれ方はされたくない」

 

 やや鋭い目で不機嫌だったシロナも、ちょっと拗ねてふくれっ面という程度の顔になり、まだ不機嫌だがいくらか機嫌も直ったと見える。

 宥めるように苦笑いし、両手でお手上げの仕草を見せるオーナーは、久しぶりに会うシロナに相変わらずだという想いを馳せる。

 猫の耳のようにはねた、特徴的な青い髪型のこのオーナー、チャンピオンの立場を自覚するシロナが対等な語り口を望む程度には浅からぬ関係にある。

 

「まあ、僕も久しぶりに君とこうして話せるのは素直に嬉しい。

 お互い難しい立場同士になって、電話で話すことすら何年もしていないしね」

「そうそう、そういうことを言って欲しいのよ。

 あなたも随分、世渡りが上手になったわね」

「対して君は外でクールに振る舞っている割に、中身はそう変わっていないな。

 少しは片付けられる女になったのかな?」

「なってないわね」

「くくっ、堂々と笑顔で言うことかい?」

 

 オーナーが再会を喜んでくれているという言葉を聞ければ、シロナはそこで機嫌を直し、膝に肘をつく頬杖でリラックスした体勢に。

 背筋を伸ばしたままのオーナーに姿勢からリラックスした様を見て取ることは出来ないが、口元に手の甲を当てて笑う仕草は、肩の力を抜いてこその挙動だ。

 元々育ちが良く、機嫌や心情に関わらず、姿勢の良い彼であることはシロナも知っている。

 久しぶりの再会で、お互い大人の顔立ちになってしまっているが、こうして話すと親しく語り合った時の顔に戻って見えてくるから不思議なものだ。

 まるで、同窓会。どちらもこの空気に、胸を温かくしていたものだ。

 

「さて、色々積もる話もしたいんだけどね。

 僕も忙しい身分だから、本題があるならまず聞いておきたいところだ。

 わざわざビルに電話してアポを取るぐらいなんだから、チャンピオンという公人としての面会を望んでということなんだろう?」

 

 シロナは旧知の仲であるこのオーナーの、電話番号だって知っている。

 旧友として会いたいだけであれば、直接電話するのが一番いい。お互い忙しい身だとはわかっていても、着信ぐらい入れておけばいいのだ。

 そうせず、ギンガビルに連絡を取り、オーナーとの面会を願い出たシロナのやり方は、私人同士の再会を望むそれではない。オーナーもそう察している。

 

「……単刀直入に聞くけれど。

 ソノオタウンやハクタイシティでの、ギンガ団と名乗る者達の蛮行に、あなたは本当に関わっていない?」

「まあ……そりゃあ聞かれるだろうなとは思うけれど。

 でも、直球過ぎやしないかい。

 仮に僕が裏で糸を引いていたとしたって、ここで実はそうだよなんて答えるはずが無いだろう」

「そうだけどさ、わかっているわよ。

 でも、記者会見で答えた公人としてのあなたの声としてより、私の旧友であるあなたとしての声で、潔白を口にして欲しい」

「公人同士の面会なのにかい?」

「屁理屈やめてよ」

 

 オーナーはふーっと鼻で息を吐き、真剣な眼差しのシロナと向き合う。

 都合の悪いことを自ら言うわけがない相手から言質を取ることに、たいした意味が無いことぐらいシロナとて承知だろう。

 それでも、全く無意味なことではないと、オーナー側も感じている。

 ギンガ団のオーナーとしてではなく、一人の旧友として彼女に言葉を向けることを求められている以上、問われる側とてその意義を理解して応じるとも。

 

「誓って無関係だよ。

 あれらは僕達ギンガ団とは全く無関係の、組織の名を騙る迷惑集団だ」

「誓ってくれる? 絶対に本当?」

「ああ」

「後で嘘だとわかったら、本気で見損なうわよ?」

「僕だって、こんな真顔で旧友に嘘なんてつきたくはないさ」

 

 この期に及んでも嘘をつくなら、友人関係における致命的な裏切りだ。

 嘘であったなら縁切りをも厭わないと強く推すシロナだが、同時にその目には、そんな結末を本心では望んでいない色も表れている。

 

 シロナは旧知のオーナーと、永遠の絶交なんてしたくない。

 彼の方はどう思っているのだろうか。それをも気にしている。

 それがわかるから、オーナーだって無意味な質問をする彼女だと嗤うことなど絶対にしない。

 駆け引きの無い真っ直ぐな対話は、地位高い公人同士の語らいで特に話題が繊細な時、そうそう出来るものではないのだ。

 大人になった今、何も考えず、ただ真っ直ぐな気持ちを誰とでも好きなだけぶつけ合えたあの日々が、本当に懐かしくなる。

 

「もういいだろう、疑わないでくれよ。

 正直、顔も知らない記者に真偽をしつこく問われるだけでもうんざりなんだ。

 君にまで強く疑われたままじゃたまったものじゃない」

「……わかった、信じるわ。

 ごめんなさいね、私も良くない大人になってしまったみたい」

「信じることは怪我を覚悟しなきゃ出来ないことだ。疑うことは正当な防御さ。

 君は大人になって強くなったんだ、ということでしかないよ」

 

 嫌味や皮肉ではない。

 信じてくれたことを喜ぶように、かすかに、確かに笑ったオーナーには、申し訳なさそうな顔こそしながらも、弱々しくながらシロナも微笑むことが出来た。

 ほっとしている彼女の心情が良く表れた、同時に疲れを隠せない顔だ。

 もしも望まない返答であったらどうしよう、と今日まで不安であったことが、旧知の彼にだけ想像できるその表情である。

 

「あなたとしては、ギンガ団を名乗るならず者達にはどういう見解を持ってるの?

 いかにもあなた達の信用を傷つけられてるわけだけど」

「風評被害もいいところだよ。

 誰かに恨まれるようなことをしてきた覚えは無いんだけどなぁ……

 浅慮極まりない推察だけど、成功者として嫉妬でもされてるのかな? なんてことさえ思ったりもするさ」

「ふふ、記者会見ではとても言えた言葉じゃないわね」

「いや、本当に皆目見当がつかないんだよ。

 だいたい人のポケモンを奪おうとするような、頭のおかしな奴らが何を考えているかなんて、僕にわかるはずがないだろう。

 プロファイリングは警察に任せたいよ、ただでさえ忙しいんだからさ」

 

 オーナー側の言い分を真実として話を進めると、ギンガ団を名乗って悪行をはたらく者達の真意は、議論の対象になりやすい。

 悪事を為すのみならともかく、わざわざギンガ団を名乗る以上、ギンガ団の名を落としたいという真意があるのだろう、とは基本的な推察だ。

 だとして、そんなことをされるほどギンガ団はならず者達に嫌われている?

 こう推察されるのが概ねで、これはこれでギンガ団は恨みを買うようなことを過去に何かしたのか、と邪推されたりもしてしまう。

 世間というのはスキャンダラスな話が大好き。無実であってもギンガ団は、たいそう嫌な立場を強いられている。

 

「あなた達、手広くエネルギー生産事業に着手してるけど、それによってお仕事を奪われた人とかいない?

 いや、だとしてあなた達が罪になるとか、そういう話じゃなくてね?」

「いや、まあ……絶対無いとは言い切れないけど、それは正直ギンガ団が大きくなり始めた時から、かなり気を遣ってきたつもりなんだよ。

 僕達の台頭で、元あった発電施設が不要になって、そこが潰れて失職した人が増えたのではないか、とかそういう話だろう?」

「けっこう意識してるのね、敵を作らないように」

「実際、トバリの発電施設を吸収させて貰ったのは事実だ。

 だけど、そこの職員もきっちりこちらで雇わせて貰ってる。

 ノウハウも持っていて優秀な人達だからね。待遇も悪くしていないつもりだ。給料だけじゃなく、立場の面でも。

 というか先月も、日頃の感謝と労いを込めて、接待させて貰ったぐらいでさ」

「オーナーが接待って」

「だって年上だろう、相手は。

 こっちが上司になったからって居丈高に指図してたら、感情面で向こうだって面白くはないさ」

 

 若くしてギンガ団を立ち上げただけあり、ギンガ団内部にはオーナーより年上の人の方が多いぐらいだ。人を雇えば雇うだけ顕著になりやすい。

 そんな自分が偉そうにしていては反発も招くであろうとし、団員の不満が募らないよう気も配っているようだ。

 腰の低さも持っている割に、しっかりギンガ団を牽引するリーダーとして今なお君臨しているのだから、このオーナーはかなり優秀なトップであろう。

 部下の顔色を伺うばかりのトップなど頼りなく、さりとて若いのに偉そうでは反発を招く、そんな難しいバランスを良い所を見事に保っている。

 

「団員同士の間で一番有力な説は、僕達ギンガ団の台頭によって作られたゲームコーナーで、有り金全部使い果たした奴の逆恨みじゃ? なんてものさ。

 みんなが本気でそう思ってるわけじゃないだろうけどね。

 そんな仮説がいっそ最も辻褄が合うんじゃないかと言われるほどには、ギンガ団の名を騙る連中の真意なんて見当もつかないさ」

 

「ゲームコーナー、私も以前行ってみたけど、楽しい反面危なっかしくもあるわよねぇ。

 私だって、最初思ってたよりちょっと多めにお金使っちゃったもの。

 自制心に自信の無い人には危ない、というのも真理なんでしょうね」

「何をしているんだよ、チャンピオン」

「ほら、それよ、それ。

 私だって遊びたくなる時ぐらいあるのに、ちょっとゲームコーナーに行った程度で"らしくない"なんて言われたくないわ。

 チャンピオンだって聖人君子でも何でもないんだから」

「まあ、楽しめてくれたようなら何よりだけどね。

 ゲームコーナー設立の一端を担った身としては」

 

 話せば話すだけ、昔ながらの間柄らしく、より気兼ねない会話になっていく二人だ。

 チャンピオンという肩書きが神格化され過ぎているが故、一挙手一投足にも神経を遣うこともあると溜め息を吐くシロナ。

 経営者めいた立場で気苦労が絶えないことを語りつつ、砕けた会話で友人に愚痴を聞いて貰えて少し嬉しそうなオーナー。

 こんな関係、やはり二人とも、絶交などしたくあるまい。シロナだけが抱いている感情ではない。

 

「治安は良くないみたいに語られることもあるけど、実際どうなの?

 ゲームコーナーですっからかんにされた人が、不機嫌で荒っぽくなるケースも無いではないらしいじゃない。

 まあ、それがゲームコーナーを作ったあなた達にも責任の一端が、なんて暴論には私も反対だけど」

「まあでも、もうギンガ団も企業みたいなものだし、企業はイメージも大事だからね。

 団員には時々、街の見回りに回って貰ってるよ。警察の方々との関係も良好だ。

 特にゲームコーナー付近は、ギンガ団員が常に複数人はいるはずだ」

「そこまで意識してると、ギンガ団員の皆さんはゲームコーナーで遊べないわねぇ」

「そもそも団員規則で、ゲームコーナーで遊ぶことは禁止しているよ。

 遊びたかったら、ビル内にゲームコーナーがあるから団員はそこで遊んでいいことになってる。

 制限時間あり、天井あり。負けがかさむようなら指導。ここまでやってる」

「大変ね、オーナーも」

「エネルギー事業だけじゃないんだよ、組織のトップの仕事は。

 大きくなればなるほどに、わけのわからない敵を作ったり、身内がおかしくなってしまうことを未然に防がなきゃいけないからさ。

 たまに思うよ、こんなの僕がしたかった仕事じゃないのに、って」

「気苦労お察しするわ」

「シロナもだ。

 チャンピオンも大変なんだなって、所々から滲み出ているよ」

 

 まったりとした空気である。

 信じると宣言した以上、未だにシロナはオーナーの事件関与を疑っている、というわけではないのだが、やはり話せば話すだけ信じたい想いは強くなる。

 中性的な顔立ちかつ、あまり表情の機微には富まない旧友だが、会話を楽しんでくれているのはひしひしと伝わってくるのだ。

 彼が悪事の糸を引く、悪しき組織の首魁であるなど、そうはあって欲しくないというのがシロナの本懐である。

 

「まあ、とにかく信じて貰いたいね。

 ギンガ団の名を貶める者達なんて、僕達にとっては憎むべき敵だ。

 そんな連中の思うつぼ、なんて、君にまでなって欲しくはないな」

「ええ、わかってる。信じているわ。

 改めて言うわ、本当にごめんなさい。疑ってしまってね」

「君になら構わないさ。

 君は僕が誤った道に進もうとしていると思えば、全身全霊を以ってして止めようとしてくれる人だと信じている。

 君が僕を疑うのであれば、それは僕を案じてのことだと信頼できるからね」

 

 その後、二人は積もる話という名目で、この案件とは関係の無い世間話で談笑し、実に朗らかな時間をしばし過ごした。

 元々忙しい立場のオーナーだ。時々シロナも、そろそろ切り上げた方がいい? と尋ねた場面もある。

 その幾度かを、まだ大丈夫だよと話を続けさせてくれるオーナーの心遣いには、シロナだって嬉しかっただろう。

 そうなればシロナも、オーナーが喜んでくれそうな話題を選び、彼を喜ばせようとするトークを実践しようとしてくれるのだ。

 そんな彼女の心遣いがわかるから、オーナーも、ただ単に話を面白く聞くのみならず、彼女との対話そのものが楽しくてたまらなかった。

 

 ずっと、こうして一日中話せればいいのに。

 こんな時間がもっと続けばいいのに。

 いくらでも、日が暮れるまで、語り明かして喧嘩して仲直りして、明日もまた会う日を楽しみにしていたあの日に戻れれば、と何度だって思う。

 立場や責務に縛られてそれが出来なくなった大人として、そんなことを考えてしまうのは弱さだろうか。

 旧友とは、そんな弱さをも許してくれる、掛け替えのない存在だ。

 その無償さにおいてのみ例えるなら、何の見返りも無く愛してくれる母親や父親、それに比べてさえ遜色無く、断じてその縁を失いたくないほど尊かろう。

 

「――ふふ、楽しかった。

 多くの尊敬されるほど立派な大人になったあなたでも、中身は全然変わってないのね。

 なんだか故郷に帰ったみたいで、本当に嬉しかったわ」

「お互い様だ。

 今や奔放に振る舞うことも難しいチャンピオンが、体面を気にせずこうして屈託なく話してくれる、それが僕にとっても一番嬉しい。

 公人としての対話を望まれた時には少し寂しかったけど、こうして二人きりの場で人の目を気にせず話せたのは、結果的に一番よかったよ」

 

 席を立った二人は、オーナーがシロナをエスコートするように、エレベーターへ向かっていく。

 シロナがエレベーターに乗り、オーナーは見送り、手を振るような仕草や言葉も無く、ただ微笑んで。

 ドアが閉まる前、振り返ったシロナとオーナーが求め合う言葉に多くは要らない。

 

「またね」

「ああ」

 

 幼少の頃のような言葉の使い方で、二人は別れを締め括った。

 名残惜しさを互いに抱えて。しかし、いつかまた会おうねという約束とともに。

 だから、明日も頑張れる。

 

 オーナーはデスクの椅子を引き、そこに座って天井を見上げる。

 そこに、はじめギンガ団を統べる立場としてシロナに挨拶した、大人としての彼の表情は無い。

 

「まったく、敵わないな」

 

 子供だった頃のように。寂しさを隠せぬ表情で。

 今はもう、二人とも大人である。変えようのない現実。

 時の流れがもたらした変化は時に残酷だ。

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