「着いた~! 長かったね!」
「寄り道し過ぎた感もあるけどね」
トバリシティを出発したパール達は、旅の節目に到着していた。
二人が目指すのは、4つめのジムがあるノモセシティ。
トバリシティとノモセシティを繋ぐ214番道路を南下して、今ようやくそのゴールに辿り着いたところである。
昨日はスモモと楽しい時間を過ごしつつ、パッチの額の傷が残らないよう一日ポケモンセンターに彼女を預けつつ、一日をトバリシティで過ごし。
で、翌日、朝になったがパールがなかなか泊まり部屋から出てこない。
珍しく寝坊してるのかな? とプラチナが思って待っていたら、朝からスモモとお電話していたらしいパールである。
素直に隠さず明かしてくる辺り、素直で憎めないとは思うのだが、まさか今後毎朝こんなに待たされることにならないだろうな、と不安にはなった。
どうもパールは、年上あるいは尊敬できる人、それも女性に対してなつきやすい。電話してお喋りしちゃう。楽しくてしょうがないらしい。
もっとも、プラチナの心配は杞憂であるのだが。根拠はまた今後。
その後さっそく出発かと思ったら、パールがゲームコーナーに一度行ってみたいと言い出して。
まあ、確かに初めて訪れる街の名物、一度は触れてみたい想いはあろう。プラチナも興味はあったし、割と乗り気で付き合った。
前日スモモとの語らいで、子供だけでゲームコーナーに行きたいなら朝がいいですよ、とパールが教えられていた時点で、この展開はプラチナも予想済み。
朝からゲームコーナーのスロットにお金を突っ込む、熱くなりがちのおじさんおばさんは、早過ぎたってお金が尽きるのは昼過ぎになるらしい。
朝っぱらから一日中やってやるぜの勢いで来る人は、軍資金もとりあえず多めに持ってくる傾向にある、というのが根拠なのだそうな。
なので、朝から行って午前中のうちに帰るなら、負けてイライラして荒っぽくなっちゃった駄目な大人に絡まれる懸念はいくらか減る、らしい。
もっとも、いてもそんな人が生じる数が少ないゆえ、警邏のギンガ団の皆様やゲームコーナーの従業員が、充分対応できるという要素もあってのこと。
だから午前中に帰ろうね、という話だったのに、パールがめり込むめり込む。
朝9時にゲームコーナーに入って、最初の15分で結構いい当たりを叩き出しちゃったのが、良いことなのか悪いことなのか。
いっぱいメダルが出てくると、パールも嬉しくなっちゃって嵌まる嵌まる。ビギナーズラックと言えばそれまでなのだが。
しかし、それにしても、その後もけっこう豪快に当てちゃうパール。スロットとの相性がいい。
要は絵柄を揃えるためにスロットを自分の手で止めるのだが、パールはバチバチ当ててしまうのだ。恐らく目押しの才能がある。
決して性差で語れるものではないが、遊びで思いっきり集中状態に入った時、とびきりのゾーンを発揮するのは大抵女の子の方だと思うのだがどうだろう。
こうなるとパールも楽しくって、すっかり嵌まって時間を忘れちゃう。
しかしまあ、何と言うか、決して集中力を失っているわけでもないのに、そのうちパールの目押しも微妙なズレを孕んで当たらなくなってくる。
重ねて言うが、目押しの才能は確実にある。のめり込んで集中力はずっと高いので、時間が経っても指と目が疲れて衰えたということもあるまい。若いし。
それでどうして当たらなくなるのかは謎。理由はご想像にお任せする。
とにかく最初はあんなに当たったのに、なかなか当たらないものだから悔しくてパールも熱くなっちゃうし、何だか色んな意味で誰かの思うつぼ感。
別の場所で適度に遊んできたプラチナが、そろそろだなとパールを迎えに来た時、同じ場所でずーっと遊んでたっぽいパールから危うい空気は感じた。
これはまずいかもしれない!
現にプラチナがそろそろ行こうと言っても、もうちょっとだけと懇願してくるパールなんだもの。
最初はまあ、仕方ないなの精神で見守っていたプラチナだが、目の前でメダルを減らしていくパールを見ていると、我が事のように冷や汗が出る。
とうとうパールがメダルを使い切って、どうしようメダルを買いに行っていいのかなと悩む素振りを見せた時、いよいよヤバいとプラチナも思った。
まあ、衝動に任せてメダルを買いに行かない辺り、あれだけ嵌まっていた割には自制心のある子だと評価してもいいのだが。
女の子の体に触れるのにも臆病な彼が、珍しくパールの手首をぎゅっと掴んで、帰るよと強い眼差しで訴えたものだ。
そんなプラチナの顔を見て、はっと我に返ったパールは、私なにしてるんだろうと急に冷や汗を流し、逃げるように二人でゲームコーナーを去ったのだった。
結果的にパール、最初に勝っていたぶん大金負けたわけではないが、後半豪快に負けた経験が鮮烈すぎて、建物から出た瞬間にはぞっとしたものだ。
プラッチが止めてくれなかったら……と思うと恐ろしい気がしてならないそうで。まあまあそれに自分で気付けただけでも賢明である。
変な話、負けてよかった。悪い味だけ覚えて帰るよりは、長い目で見て良かったのだろう。
あんまり嵌まっちゃ駄目だよと、ちょっと程度にプラチナにお小言を貰っただけで、パールはひどく後悔とも言える反省をしたものだ。
そんなこともあって、トバリシティを出発したのは昼過ぎである。
午前中にゲームコーナーを出ようねという話が、ちょっとだけながら午後に入ってしまい、だったらいっそ昼食を食べてから出発という話になって。
トバリとノモセを繋ぐ道のりはやや長いことで有名であり、昼にトバリを出発した時点で、今日のうちのノモセへの到着はほぼ諦めモードであった。
そうなると、過ぎたことはしょうがないし、二人ともやや開き直り気味で214番道路を進んでいく。
道半ばには"マニアトンネル"という、トンネル作りがご趣味の人が、長い時間をかけて一人で掘ったというトンネルがあったり。
ちょっとそこを探検してみたりもしたし、道中で出会うトレーナーの皆さんに申し込まれるバトルにも精力的に受けるパール。
最近はプラチナも、想い色々あってバトルにも気が向きがち。パールに代わって彼がバトルする局面も。
そんな中で、プラチナのポッチャマが、ポッタイシに進化した。
ポケモントレーナーとして強くなることより、ポケモン学者になりたい想いの強い彼とて、やっぱり一番のパートナーの進化にはとても喜んでいた。
パールと比べれば感情が行動に出にくいプラチナが、珍しくポッタイシを抱きしめて祝福していた姿には、パールもちょっと驚いた。
基本的にパールにとって、プラッチは色んなことを教えてくれる尊敬できる人なのだが、この時に限り、プラチナのことを可愛いと思っちゃったのは秘密。
男の子に可愛いだなんて面と向かって言うと、いい顔をされないかな、なんて思ったりもするのである。良い気遣いだ。
プラチナ、もしもパールに可愛いなんて言われたら、何とも言いようもない顔をしそうである。とりあえず喜びそうには無い。
そうして寄り道も多く214番道路を進んできたパール達は、もうすぐ夕方という頃合いになって、214番道路を走破するに至った。
その終着点は、"リッシ湖のほとり"と呼ばれる場所。
トバリシティとノモセシティの間に位置するそれは、シンオウ地方三大湖の一つとされる。
生まれ育ったフタバタウンのそばで、三大湖の一つ、シンジ湖と親しんで長かったパールにとっては、どこか懐かしきに近い空気を感じる場所でもある。
「今日はここでお休みしてから、明日の朝に出発しよっか」
「パールがゲームコーナーで遊びすぎるから」
「なんか今日のプラッチ、辛辣」
「いや、いいんだよ? 楽しかったみたいだし、それはいいんだけど。
でも僕が止めなかったら、今日のお泊り代もあったかどうか」
「うぐっ……そ、それは……ほんとにごめんなさい……」
トバリシティからノモセシティまでの道のりは非常に長く、一日で到達しようとすると基本的に寄り道している暇は無い。
少し長い214番道路を通り、大きなリッシ湖のそばを通り、続いて海辺の213番道路を通り抜けて、ようやくノモセに到着する。
朝9時にトバリを出て、のんびり歩いて行く限りでなら、子供の足でも日が暮れる前にノモセに着くことも不可能ではないのだが。
昼過ぎ出発、しかもポケモンバトルを何度も繰り返して、マニアトンネルに寄り道して、これで日の高いうちにノモセに着くのは無理筋だ。
しかし、リッシ湖が観光名所として名高いこともあり、リッシ湖のほとりには宿泊施設やレストランなど、施設が充分揃っている。
フタバタウンを傍らとしたシンジ湖や、キッサキシティを傍らとするエイチ湖と異なり、リッシ湖はノモセとトバリとナギサシティに囲まれた位置取りだ。
シンオウ三大湖の中では、最も観光客が訪れる場所である。
美しい湖面や静かな雰囲気も相まって、専らデートスポットとして非常に名高いのだとか。
フタバタウンの大人も子供も大好きで、ぱらぱらと人が訪れつつも物静かなシンジ湖とは、少し人々との付き合い方が違う。
元々リッシ湖は、トバリ、ノモセ、ナギサの三方に道を繋げる、人の道としてもジャンクションに位置する場所にある。
観光名所として名を馳せる前から、旅人の中継地点としては古くから意義深い。
パールもプラチナも出発前にそれはあらかじめ知っていたので、元より一日でノモセまで急がなければ野宿、という意識ではなかった。
だからのんびりと寄り道してでも、夕暮れ前にリッシ湖まで辿り着ければいい、そんな足取りでここまで来た。
ゲームコーナーに悪嵌まりしたことをここでも軽くつつかれるパールだが、別にプラチナも、ここへの到着がこの時間になったことに困ってはいない。
まあ、旅するトレーナーを無料宿泊させてくれるポケモンセンターとは違い、ここでの宿泊にはお金がかかるので、あわやの散財忘れじと念を押すのは必要か。
「と、とりあえずどうしよっか?
私、ちょっとだけリッシ湖見てきたいんだけど」
「ん……まあ、これぐらいまだ明るい時間帯なら大丈夫かな。
夜に出歩くのはよくないと思うけど、今なら」
「夜は私もやだ。
水辺って意外とズバットいるからね」
「ああ、そっか。
最近あんまりあのパール見てないから忘れかけてた」
「あのパールってどのパール?
とりあえず全部忘れて欲しい私の姿の予感がぷんぷんする。
グーで殴って忘れさせたい」
「やめてよ、なんで急にそんな乱暴なキャラになってんの」
そうじゃなくて、暗くなって子供達だけで出歩くと、悪い大人に会った時に大変だからよくない、という話をプラチナはしたいのだが。
パールは悪い人間よりズバットに対する恐怖の方が大きいらしい。
まあ、それで夜遊びをしたくないと仰るなら結果的に結構だが。
「そうだな~……じゃあ僕、泊まるホテル探してくるよ。
あんまり高くないとこ。いい所は早く押さえないと、他の人の予約で埋まっちゃうかもしれないしね」
「え、じゃあ私も行く。
プラッチ一人にそれだけやって貰うの悪いし」
「いいよ、大丈夫。
それやってる間に暗くなっちゃったら、今日は湖を眺める時間なくなるよ。
僕は明日の朝にでも見られればいいから、パール行っておいでよ」
「ん~、でもなぁ……」
「そんなこと言いながら、行きたい行きたいってそわそわしてんじゃん」
「あ~、まぁ、うん……
なんかこう、湖のいい匂いがここまで漂ってきてるじゃん?
シンジ湖の匂いに似てて、なんだか懐かしい気分になっちゃって……」
「い、犬……」
「なんてこと言うの!」
人をわんちゃん呼ばわりとは失敬な。100%冗談で言っているプラチナも、流石にちょっと躊躇い混じりに突っ込んでいる。
彼はあんまり、強い言葉で人をいじるのに向いた性格をしていないようだ。
もっとも、怒った声を出して対応するパールも、気心知れた相手のジョークだとわかっているから、心の底からは怒っていない。
「……そんな変わった匂い、する?
僕わかんないよ」
「え、うそ? さっきからずっと……」
「…………」
「…………」
二人で周りを見渡しながらお鼻をすんすん。
変わった匂いなんて一つも感じないプラチナ、棲んだ湖そばの微かに湿った草木の匂い、湖の匂いとして特徴的なそれをずっと感じ続けているパール。
鼻を動かすのをやめて向き合う両者だが、いやわかんないよという顔のプラチナが、パールにとっては嘘でしょってぐらいのもの。
それぐらい、彼女の鼻は湖の香りを感じてならない。当たり前のように。
「…………え、嘘でしょ?
湖の匂い、しない?」
「パールの鼻、たぶん普通じゃない……」
「あっ、何その目!
今ほんとに私のこと犬か何かだと思って見てるでしょ!」
「いや犬とは思ってないけど……
特殊な嗅覚あるよ、パール、絶対、ナタネさんと一緒で」
草ポケモン限定とはいえ、ポケモンの機嫌を匂いで、それもボール越しでも嗅ぎ取れるジムリーダーさんも確かにいたけれど。
後からパールが電話で聞いた話によれば、草木に溢れたハクタイジムで草ポケモンと毎日過ごしていると、勝手にわかるようになってくるのだとか。
絶対、みんながみんなそうなるとは思えないのだが。草ポケモンのことが好き過ぎる、ナタネぐらいだろうとしか思えない。
ポケモンは生息環境によって特殊な進化することもあるというが、人間だって生まれや育ちや性格で、鼻が進化したりするのだろうか。んな馬鹿な。
何を食べて育ったかで、舌の味覚が人それぞれになるように、パールの鼻もそういうものなんだろうと無理くり理屈づけるプラチナなのであった。
学者を目指す彼、不可解にはどうにか理屈で納得したがる性分のようで。
でも彼が目指しているのはポケモン学者。パールはポケモンではありませんよ。
「まあ、とにかく予約取ってくるよ。
取れたら電話する。暗くなる前に帰ってきてね」
「なんかプラッチがお母さんみたいになってる」
「遊びたがりのパールが今日はどうも子供っぽくてさ」
「も~! ゲームコーナーのことはもう忘れて!
反省はしてるから!」
笑ってホテルの方へと向かっていくプラチナに、パールはぷんすかしながらも、プラチナに背を向けてリッシ湖へ向かって歩きだす。
彼から顔を逸らしたら、怒った顔もすぐに消え、はぁと息を吐いて素敵な友達に想い馳せる。
なんだかんだで優しいプラッチだもの。宿は僕が取っておくから遊んでおいで。そんな気遣いしてくれるプラッチだから、自分ものびのび好きなことが出来る。
一緒に旅して、すっかり当たり前のようにそばにいてくれる彼だけど、こんな時にこそ特に、一人じゃない旅でいっそうよかったなって思える。
毎日が楽しいのは、ピョコ達ポケモンのおかげだけじゃなく、間違いなくプラチナがそばにいてくれるからだ。
リッシ湖の方へと歩いて行く彼女の足取りは軽い。
リッシ湖ってどんな所だろう。それだけでもわくわく。
同時に、長く親しんだシンジ湖によく似た匂いに、故郷に帰ってきた懐かしさに近いものまで味わわせて貰い、パールは胸躍るばかりだった。
「んんんん~~~~~……!
きれい……!」
シンオウ三大湖と呼ばれ、かつ観光名所としても名高いのだから、さぞ素敵な湖だと期待していたパールの想いを、リッシ湖は全く裏切らなかった。
西日が赤くなるほんの少し前のこの時間帯、揺れない水面は大鏡のように空の青を映し、しばしばの波紋が自然的曲線の陰影を水面に描く。
見慣れ過ぎたシンジ湖から遠く離れた地、本当に久しぶりに見た大自然の大きな湖は、こうして見ると静かで大きな生き物、あるいは神様のよう。
その雄大さを新地で目の当たりにしたパールは、いつか久しぶりにシンジ湖に帰ったら、見慣れたあれも見方が変わりそうだと感じてしまう。
まあ、そんな小難しい話はそこまで重要じゃない。
水が綺麗。草木が青々。風が優しい。正直、この気持ち良さはそれが全て。
リッシ湖を前にし、壮大なる自然に抱かれてうんと体を伸ばすパールは、来てみてよかったとすぐ確信する。
明日の朝には、プラッチと一緒にここに来ようというのも今決めた。絶対、見せてあげたいぐらいの絶景だ。
「え~と……え~と……」
こうなると、どこかに座って腰を落ち着かせ、のんびりこの景色を堪能したいところである。
しかしどこに座ったものか。見渡すと、結構カップルがいる。
デートスポットにお勧めされるだけあって、観光に訪れるお客様もそういう人が多いのだろう。
二人の世界でいたいであろうことは、子供のパールだって気遣えるほど、みんな幸せそうに手を繋いでいたり、微笑み合って語らったり。
出来ればああいう人達がそばにいない、邪魔をしない場所で腰を落ち着かせたいところである。
最大限邪魔をしないよう、音さえ立てないよう忍び足気味の足取りになっているパールは、少々やり過ぎではあるが。
意図したそのやり過ぎを楽しめるぐらいには、ここを訪れたカップルの皆さんの幸せそうな姿は、赤の他人のパールが見ても微笑ましかった。
しかし、こうして何組かのカップルを尻目に歩いていると、なんだかそういう場所なんだなぁと、パールにも印象付いてくる。
明日、ここにプラッチを連れてくるのは彼女の中で決定事項なのだが、こういう場所に彼と二人きりで来るとなると、それってまるで。
わぁ私なに考えてんの、と、ちょっと顔を赤くして首を振るパール、一人で勝手に感情渦巻いて心乱して器用だこと。
いやあ、別にプラッチとはまだそんな……と、頭をかきながら、てれてれしつつ歩く。でも、困った顔でもない。
プラチナの全く知らない所でだが、彼も結構パールからは悪しからず想われているようである。
さて、そばに誰もいない湖畔を探し求めて歩き続けていたら、いつの間にか宿泊施設等とは離れた側まで来てしまったパール。
観光客はだいたい宿泊施設に近い場所で湖の景観を嗜むので、人がいない場所を目指して歩けばこうなるのも必然である。
近くに誰もいない、誰の邪魔もせずのんびり出来る場所だなと確かめたら、パールは鞄を傍に置いて草地の上に座る。
そのまま背中まで草の上に寝かせ、青空を見上げてはぁ~っと息を吐く。
いっぱい吐けば、そのぶん次に吸う時には、おいしい空気がいっぱい吸えるのだ。
棲んだ空気の場所の楽しみ方を知っているのは、シンジ湖のそばで育った彼女だからこそとも言えるだろうか。
「ん……?」
「よいしょ、っと。
みんなも出してあげようっと」
そうしたパールに、近場の木陰に隠れるかのようにしていた誰かが気付いた。
そんなことなど露知らず、パールは上体を起こして鞄の中に手を入れると、みんなの入ったボールを取り出そうとごそごそ。
木陰からパールのことを見ていた人物は、背後から彼女の方へと歩み寄る。
この景色を見たらみんなも喜んでくれるかな、という想いでいっぱいのパールは、近付いてくるその誰かさんに気付かない。
「やっほー、可愛い子。
お姉さんもお隣に座ってもいい?」
「え?
あっ、はい、どうぞ……」
急によく知らない相手に後ろから声をかけられても、お隣ならどうぞと何の迷いも無く即答するパール、社交性いっぱいの性分が良く表れているものだ。
振り返ったパールが見上げた先には、レザージャケットを着たカジュアルな着こなしの女性が、にっこり微笑んでパールを見下ろしている。
赤い髪をツインテールに降ろし、両膝に手を置いてパールに微笑みかける表情は、敵意などなく好意的なものですらあるはずなのだが。
「…………」
「…………」
なんかこの人見たことある。パールが固まって考える時間を作るほどには。
しかも、忘れてちゃいけない顔のような。だからパールも、固まってまで女性の顔をじっと見つめ、すごい早さで一昔前の記憶を辿っている。
この顔と赤い髪は、谷間の発電所で――
「わ゙――」
「だめだめっ、騒がないで!
あたし今、指名手配中なんだから!」
記憶に辿り着いた瞬間、大声あげて逃げ出しそうになったパールを、赤毛の女性はがばりと捕まえた。
パールに後ろから抱きついて、その両手でパールの口を塞いで。
ばたばた暴れるパールだが、大人の力でぎゅっと捕まえられたら逃げられない。
しかし、本気の力で大暴れするので、大人の女性も押さえつけるのが大変。
「待って待って、お話しよーよ……!
今日はあなたに危害を加えるつもりで来たわけじゃないからさ……!」
「んむむ~~~っ! むぐぐ~~~っ!」
だめだめ、信じません。
あなたのことは知ってる、ギンガ団幹部を名乗り、谷間の発電所を襲撃したマーズでしょと。あの時とは服装も髪型も違うけど。
悪いやつだ。絶対言うことなんて聞かない。放せ放せの大暴れ。
「――――!」
「あっ、ニャムちー手伝って!
この子を一旦おとなしくしてあげてっ!」
しかし、パールにとっては凄く嫌な展開。
木立の向こうから飛び出してきたブニャットは、どうやらマーズのポケモンらしい。
暴れるパールを地面に背を着け、パールに乗られたままその口を塞いでいたマーズに頼まれたとおり、パールに近付きずいっと顔を近付ける。
にらみつける。そんな顔で間近で睨まれたら、パールも怖くなって動きが止まっちゃう。喉元にナイフでも突きつけられた気分。
ああもうだめ、ひどい目に遭わされちゃう、パールの目が潤んでくる。
「お願いおとなしくしてっ、本当に危害を加えるつもり無いんだってば。
騒がないでくれればそれでいいかな、ね? お願いっ。
ほら、ニャムちーも離れてあげて?」
パールが一度おとなしくなったので、諭すようにマーズが耳元で言う。
首を回してマーズの顔を間近に見るパールは、ちょっとばつの悪そうな苦笑いのマーズの表情を見た。
これを見る限り、確かに敵意は無さそうだけど。
同時に、涙目になっているパールを見てしまったマーズは、流石に軽率だったかな、怖がらせてしまったなと少々程度に反省。
「――――z!」
「わわっ!?
ニャムちー、守って守って!」
この只ならない状況に我慢ならなくなったのか、ピョコがボールから飛び出してきた。
ニャムちーと呼ばれたブニャットが、パールを押さえているマーズとピョコの間に割り込んで、自分の体で壁を作る。
このブニャットも判断力が良く、マーズに頼まれる前から動いている。
「えぇと、あなたパールって言うんだっけ?
ほんと、ほんとにあなたをいじめに来たわけじゃないのよ。
少しお話したくて近付いただけ。お願い、わかって?
今から口を放すけど、騒がないで? お願いだから、ね?」
「むぐぐぐ……」
「ほんと? 絶対よ?」
「むうう」
ピョコが出てきてくれて少しでも安心したのか、ちょっとだけ冷静になれたパールは、語りかけてくるマーズの言葉に頷いていた。
周りに誰もいない中で、捕まえられた上でブニャットに脅された絶望的状況より、一番頼もしいピョコがそばにいてくれれば全然状況が違う。
入念に確かめてから手を離すマーズに、パールは約束どおり声を出さず、しかしすぐに立ち上がってぱたぱた駆け、ピョコの後ろに隠れる。
「――――、――――z!」
「――――z! ――――!」
「ニャムちー、手を出しちゃ駄目だからね?
喧嘩をしにきたわけじゃないんだからさ」
ポケモン同士の鳴き声で口喧嘩するように吠え合うピョコとブニャットだが、マーズがブニャットの頭を撫でて宥める。
それでブニャットが何も言わぬようになれば、ピョコも売り言葉が無くなって買い言葉も無くなって一度静かになる。
しかし、かつて敵対する立場にあったマーズの顔は、どうやらピョコの記憶にも強く残っているようだ。
唸り声をあげてブニャットとマーズを威嚇するピョコの後ろに隠れるパールも、マーズを睨みつけてがるると鼻を鳴らしていた。
これだけ敵愾心いっぱいの目で睨んでおきながら、約束したとおり騒いだりしない辺り、パールも妙なところで口約束に律儀である。
大声で悲鳴でもあげれば、流石にどこかの大人に聞こえるだろうし、人が集まってきてこの場を切り抜けられそうなものでありながら、だ。
もっとも、そんな展開にでもなろうものなら、マーズは意地でもパールを人質に取り、攫いつつ逃げ延びるしか打つ手が無くなりそうでもあるが。
そういう意味ではパールも騒がなくて正解だったのかもしれない。
「ねえパール、お願いよ。
そっちのハヤシガメを、興奮しないよう宥めてあげて?
本当に争うつもりは無いし、お話したいだけだからさ」
しばらく睨み合っていたが、パールは悩むように考えた末、ピョコの甲羅を撫でて、あまり睨まないでと頼む形を取った。
頼みを聞き入れなかったら、戦いになりそうな気がしたというのもある。
ギンガ団幹部を名乗るジュピターは、ナタネと渡り合えるほどの実力だった。マーズも本気を出させてしまうと果たしてどうだろう?
未知の相手と戦うことをせず、ここは表向きにも友好的に振る舞う相手に、一応でも従うパールもよく考えて決断しているものだ。
彼女の意図を理解してくれたか、不服そうながらもばふーと鼻息を吐き、ブニャットやマーズを威嚇する眼をやめるピョコ。
ブニャットも、ふうと息を吐いて落ち着いたようだ。
ひとまず、衝突は無さそうである。
「ふふ、よかった。
パール、こっち来てよ、隣に座って?」
「うう……なんかヤだけど……」
湖畔に腰掛け、おいでおいでと手招きするマーズに、渋々歩み寄って隣に座るパール。
ピョコもパールのそばを絶対に離れない。そばに身を置く足取りだ。
この際にも、ブニャットがピョコに突っかかるかのような態度を見せたので、ちょっとした睨み合いも生じる。
俺の、私のトレーナーに手を出したら只じゃおかないぞ、という、ピョコとブニャットの釘の差し合いは迫力のある眼光のぶつかり合い。
そんなピョコとブニャットを真後ろに、パールとマーズは湖の方を向いて並んで座っている。
後ろは一触即発の空気だし、隣にいるのは美人のお姉さんだけど悪人だし、パールはそわそわして落ち着かない。
一方マーズは空を見上げ、長い逃亡生活の中で得られた僅かな楽しみの中、はぁ~と満足げな息を吐いているのだった。