報道において、谷間の発電所から逃げ延びたギンガ団幹部は指名手配犯だと言われるとおり、今のマーズは追われる立場にある。
トバリのギンガ団目線でも、警察目線でも、何とか捕まえてあの蛮行の真意を詰問したい人物だ。
そのためマーズは、今やどこの街に立ち寄ることも出来ない状態、人が通る各地の道路すら、目撃者と通報を警戒するなら立ち寄りがたくある。
とりわけマーズはその鮮やかな赤い髪が目立ち過ぎる。人に見られれば即刻通報対象だろう。
ゆえに、ずっと野宿である。パールにしてみれば絶対嫌な暮らしだ。
マーズとジュピター、二人の指名手配犯を未だ捕まえられていない警察に対する、世間の批判は非常に少ない。無能となじる者は皆無である。
シンオウ地方は現存する自然が地方全体に対して広く、要するに開拓されていない野や森や山が非常に多い。
そういった場所に隠遁されれば、警察だってしらみ潰しに探してもきりが無く、積極的に探しに行くことさえ難しい。
シンオウ地方はそういう土地柄なので、野山、特にあの広く険しいテンガン山にでも潜伏されようものならどうにも出来ない、と誰もがわかっているからだ。
この"凶悪犯を現行犯逮捕できず逃がすと、後から捕まえるのが非常に困難"なのは、シンオウ地方の警察の頭を悩ませる点である。
「えぇ……お風呂どうしてるんですか……?」
「ちょっと、フケツなものから逃げてく顔やめてよ。
別に臭くないでしょ?」
「やっ、ちょっとやだ絶対……あ、あれ?
ほんとにくさくない……」
「ちゃんと一日一回は、水場を見付けて体を洗ってるからね。
洗濯だってちゃんとしてるのよ?
やっぱり家電に頼らず干すと、乾くまでに時間かかるけどさ」
どうやらマーズは、人里離れの野山で潜伏する連日を過ごしているらしく、それを聞かされるとパールはマーズに触りたくなくなる。
だってお風呂にも入っていなさそうだし、服の洗濯もしていなさそうだもの。
女の子のパールからしてみれば、そんな不潔な人に近寄りたくない。
距離を作ろうとしたところ、手を掴まれて引っ張られ、マーズの胸元に顔をうずめさせられた時の拒否反応ったらない。
でも、息を止めていられず少し吸ってみたら、何日もお風呂に入っていない人のような匂いはしなかったので驚き。
マーズだって、体を洗わずに何日も過ごし続けるような生活は絶対嫌なようで、野山に潜伏する日々の中、泉や川などで身綺麗にはしているようだ。
自然豊かなシンオウ地方なので、それが出来る綺麗な水場には案外事欠かないらしい。
例えばこのリッシ湖だって、水の冷たさに目を瞑れば、服を脱いで入れば体を綺麗に洗える、清純な水で溢れた水場の一つとさえ言えるだろう。
「今は秋だから何とかなるけど、冬になったらどうしようかなって今から心配。
寒くなってきたら、服を脱いで川に入るだけでも凍っちゃうし風邪ひいちゃう」
「それ、現代人の悩みじゃないと思う……」
「とある川で体を洗ってた時なんて、コイキングに噛まれちゃったりもしたしさ。
見てよこれ、噛まれた跡も残っちゃってイヤなのよ~」
「うわぁ、痛そう……」
短いスカートをくいっと上げ、ソックスを下げたマーズの太ももに、コイキングに噛まれたという歯形が赤く残っていた。
牙を持っているコイキングではないし、噛まれたというよりは吸い付かれたようなものだが、人肌には数日残るような跡は出来るし、噛まれた時はやはり痛い。
マーズに対して強い警戒心を抱いているはずのパールも、そんなものを見せられたら、体に跡を残されるような痛みを想像して気の毒に感じちゃう。
「木の実も自分で獲らなきゃいけないしさ。
山の中で過ごしてれば誰にも見つからないけど、お腹が空くのよねぇ」
「木の実……そのまま食べるんですか?」
「どこにでもあるから重要な食料源よ。
モモンの実なんて、柔らかくて甘くって私達人間でも美味しく食べれるわよ?
一つ分けてあげる、食べてみて」
「え~、なんかやだ……」
「食わず嫌いは良くないわよ?
ほら、私も食べてみせるから。――はい、どうぞ」
パールの前でモモンの実を半分かじって、もう半分を差し出してくるマーズである。
渋々受け取って、おっかなびっくりながら口にするパール。その割に、全部ぱくっと口に入れる辺り、腹を決めたら思い切れる子だ。
「……あっ、結構甘い。
っていうか、美味しいかも」
「木の実にも色々あるからね。
甘くて柔らかいのは人間にだって普通に食べられるわ。
私は甘さの中にちょっと苦味のある、カイスの実なんかも好きよ」
近年、木の実を直接口にする人はめっきり少なくなり、木の実といえばポケモンのご飯か、ポフィンの材料というのが専ら世間のイメージになりつつある。
確かに多種に渡る木の実、硬くて人の歯じゃ噛めないものもあれば、苦味や辛味が強過ぎて美味しさを感じ難いものも多い。
もはや木の実は人々の主食やおやつと認識されにくくなったが、案外今でも実を選べば、普通に美味しく満足いく食物として成立するものも少なくはない。
実のところ、木の実が持つ強い味を原料に作られるソースやスパイス、あるいは上手く味を染み出させて作るスープだって実存する。
そもそも昔々の人は、好みの木の実をおやつ感覚で食べていたという逸話もあるし、正しい知識があれば人にとっても、今なお木の実は食用たり得るのだ。
「いい具合に甘酸っぱい、ウブの実なんかもあたしは好きなんだけどな~。
生えてる気が見つかりにくいし、211番道路にウブの木があるのは知ってるけど、流石に取りにはいけないしね。
ほら、あたし目立つ髪の色してるしさ」
「なんか大変そ……はっ!?
違う違うっ、それってあなたの自業自得だっ!」
「あははっ、一瞬忘れて同情してくれたのがちょっと嬉しい。
大変なのよ~、ノラ暮らしも」
「してないっ! わるものめっ……!」
話しているといつの間にかマーズのペースに乗せられて、相手がかつて戦った悪人であることも忘れかけ、普通に喋っているパールである。
仕舞いには隠遁生活でそれなりに気苦労も背負っているマーズに、大変そうですねとまで言いかけるほど。
パールはどうも、今話している相手は信用ならない敵だという理屈より、対話においてその時々に抱いた感情に対して素直すぎる。
その一方、ふっとこいつは敵だと思い出したら、身構えてびくびくするんだからマーズ目線では面白い。顔がころころ変わる年下の女の子だ。
しかし一方で、頭で考えればこの人は悪者だとわかっていても、無邪気に笑って話すマーズの姿だけ見ると、憎むべき人なのかわかりにくくなってくる。
勿論、理屈を丸投げするわけではないから、心を許しちゃいけない相手だという意識を失うことは絶対にないだろうけど。
ギンガ団のボディスーツを着ず、どこにでもいる二十歳前のお洒落した女性らしい姿のマーズから、悪人らしき毒気は感じられない。
朗らかな語り口にせよ、屈託なく笑う表情も、過去のしがらみさえなければ、綺麗で魅力的な大人びた女の人だな、と感じられそうですらある。
「ニャムちー、どう?
パールのハヤシガメさん、お話してみてどう?」
「――――」
「あはは、なんだ、いい子っぽいわね、あなたのハヤシガメも。
あたしのニャムちーと、喧嘩するでもなく普通に話してくれてたみたいでさ」
「ピョコ~……この人達、悪い人だよ?
絶対私のこと、ちゃんと守ってよ……?」
「――――z!」
パールとマーズが話している間、双方のボディガードめいてその後ろで顔を突き合わせていたピョコとブニャット。
パール達が話している中でも、後ろでもぐるぐるにゃごにゃご小さな唸り声で会話していた両者だ。
意外とこの両者、喧嘩腰で話すわけでもなく普通にお喋りしていたようで、マーズに問われたブニャットも、こいついけ好かないという顔を一切見せない。
ピョコもピョコで、ごろにゃんとマーズに頬を擦り寄せるブニャットに、ちょっと微笑ましい顔をしているぐらいである。
ポケモン同士の会話、内容は人には理解しようもないが、少なくともピョコとブニャットの間柄はそう悪くなさそうとさえ見える。
パールに害意を抱くなら絶対に黙っていないピョコであるはずだが、そうでない以上は大人の対応ができるピョコというところなのだろうか。
とはいえ、マーズやブニャットを信用しきれないパールからしてみれば、あの二人に気を許して見えるピョコの姿には不安も覚える。
しっかりしてよ、私いま怖いんだよ? と懇願するパールの声に、ピョコは表情を切り替えて力強く頷いてくれもする。
しかし、その上で改めてブニャットの姿を見るピョコの眼が、警戒的でないから、余計にパールにはわからなくなる。
パールから見ても、敵視すべき相手なのかわからなくなってしまう、マーズとブニャットの仲睦まじい姿なのだ。
ポケモン好きに悪人はいない、なんて美談を鵜呑みにする彼女ではないが、ブニャットにここまで懐かれるマーズの姿は、彼女の思う悪人像からは程遠い。
「……ねぇ、マーズさん」
「あら、なに?」
ここまでしばらく話してきた中、基本的にすべての会話はマーズの発信によるものだった。
とうとうパールから能動的な声をかけられたことに、マーズは少し嬉しそうな目すら見せる。
純粋に自分との会話を楽しんでくれているマーズに、厳しく切り込む話題を振ろうとしていたパールが、胸をちくりとさせてしまう。
人が良過ぎだろうか。いや、これが幼さ。こんな相手ですら、不快にさせちゃうかもと思ったら、ただただ胸を痛めて躊躇うのだから子供は純真だ。
「谷間の発電所であんなことして、何が目的だったんですか?
いっぱい、電気が欲しい感じでしたけど……」
とはいえパールも、問いかけに嘘偽りない答えを無条件に貰えるほど、世の中甘くないとはわかっているぐらいにはお花畑頭でなない。
それでも尋ねてしまうのは、少し感情的になってしまったがゆえ。
こんなに明るく魅力的に笑える大人が、あんな悪行に手を染めていたという噛み合わなさが、今のパールには不可解でならないのだ。
「…………答えられない部分もあるから、全部は話せないけどさ。
ただ、私にも夢があるんだ。
ずっと昔に遠く離れちゃった子に、なんとかもう一度会いたいっていう夢がね」
「あの子?」
「うん、ポケモンなの。
あなたぐらいの年頃の時、反抗的な自分のポケモンと喧嘩して、その子は私のそばから離れていっちゃってさ。
あたしも子供だったからねぇ……今は、後悔してる」
遠い目をするマーズは、パールに初めて寂しい、言うなれば極めて人間的な表情を見せた瞬間だった。
客観的に見ても、作り話を語る表情にしては出来が良過ぎるほどだ。
そこにはこれまでの人生の中でも、拭いきれない悔いを思い返す大人の姿のみがあり、その迫真にはパールを疑念一つ抱かない。
「それが、発電所を襲ったのと関係あるんですか?」
「詳しいことは話せないとこもあるけどね。
沢山のエネルギーが必要なのよ。それが上手くいけば、あたしはかつて別れたあの子にも会えるかもしれないって言われてる。
あたしはどうしても、それを果たしたいのよ。
……あ、でも、やり方が良くなかったことは認めてるからね?
やっぱり悪いことしてるのはわかってるからさ」
舌を出して気まずそうに笑うマーズは恐らく、だからって発電所を襲うなんて――と目を細めたパールの表情に、ばつの悪さを感じたのだろう。
言うまでもなく正論だし、大人の作った理屈的正論でもなく、率直な感情論から鑑みてもの正論だ。
マーズも自分がやったことの反社会的さは理解しているようで、事情を語りながらも、パールに共感や理解は求めていない。
尋ねられたから答えただけだ。しかし、嘘もつかない。
話せないこともあるから、という黙秘の主張は、言うなればそこにおいて虚偽を語ることを選ばなかった証拠でもある。
「そのためだったら、ジュピターさんみたいなひどい大人とでも、手を組んじゃう感じですか?」
「……もしかしてあなた、一緒にしないでくれている?」
「わかんないけど、マーズさんはそこまでしなかったし……」
「あはは……優しいわねぇ、あなた」
マーズとほぼ同じ境遇にある、ギンガ団幹部を名乗る指名手配犯を、パールはもう一人知っている。
自分に向けての火炎放射をスカタンクに命じた、ポケモンの攻撃で人を傷つけることも厭わない極悪人ジュピターだ。
恐らくマーズも同種の人間、ジュピターとも繋がりがあろうと認識した上で、パールはマーズをジュピターと一緒くたにはしまいと語ってくれている。
話せば明るいマーズの語り口に、絆されかけている側面もあるのかもしれない。ちょろいと言えばちょろい子だ。
しかし、マーズにとってはあの徹頭徹尾非情極まりない年上と、一緒にしないよう語ろうとしてくれるパールの言葉は嬉しくもあった。
「正直、あいつのことは嫌い。気が合わないわ。
利害が一致してるから手を組んでるだけよ。
一応あたしも、あいつほど腐り果ててはないつもりだけどね。ま、世間的には一緒かな」
「腐り果……マーズさん、もしかして本当に嫌い?」
「ええ、だいっきらい。
言い訳と屁理屈ばっかりの半端者よ。
あたしああいう奴、一番ダメなの」
思い出すだけでもむかつく、という顔のマーズを前に、パールもびくびくするばかり。
谷間の発電所で戦った時は、へらへらと余裕顔で勝負をあしらっていたマーズだが、いらいらする心持ちを眼に表すと相当尖っている。
そのきつい眼差しがパールを突き刺しているわけでもないのに、その横顔だけで、喧嘩上等の喧嘩女王が間近がいるような気がして怖い。
「あたしはあなたみたいな子、好きよ?
全然まだまだ弱いのに、正義感だけで発電所まで突っ込んできたでしょ。
やっぱり人間、理屈や理性だけじゃ駄目よ。決断する時には自分の気持ちを大事にしないとね」
「ほ、褒められてる気がしないけど……」
「ふふっ、でも今度あたし達の邪魔をしたら、次こそはあたしも本気で迎え撃つわよ?
ぼっこぼこにしちゃうかも? あなたも、あなたのポケモンも」
恫喝発言だが、いたずらっぽい笑顔を使って言うその口は冗談交じりで、本気のように聞こえないものがあった。
でも、忠告には違いないだろう。脅される側のパールは、嫌な意味でどきどきする胸の苦しみを押さえ、なんとかマーズを上目遣い気味に睨んで返す。
上目遣いになっている時点で、相手を怖がり顔を伏せかけている証拠でもある。
「…………私、また目の前であんなことがあった時、じっとしてられるかなんてわかんないもん」
「あははっ、そんなこと言ってくるんだったら、念の為にここで葬っちゃうぞ~?」
「ううっ……ピョコ……」
「――――z!」
「ひゃあ、吠えないで吠えないで。
流石に冗談よ、あたしもそこまではオニにはなれないわ」
笑いながら脅し文句を言ってくるマーズだが、その手のジョークは今のパールにはきつい。
助けてね絶対、お願い、と請うパールに応え、ピョコもずいっとマーズに鼻を近付けて呻き声。
マーズが詰められるこの場面でブニャットが動かないのは、ピョコも本気でマーズに危害を加えようとしているわけでないのがわかっているからだろう。
マーズはここでやり合うつもりはないし、ピョコもそれがわかっている。
パールを怖がらせるのはやめろ、とだけ釘を刺しているだけで、戦意の無いマーズとやり合うつもりはない。
正直パールをびびらせるマーズのことを、正直いけ好かないと思っているピョコなれど、自分で諍いに火をつけてパールを喧嘩に巻き込むことはしたくない。
ブニャットもそれがわかるっているから、ピョコがマーズに手を出さないだろうとはわかるし、わざとあくびを見せて荒事ムードなんて醸し出さない。
パール以外の三人とも、相手方の感情を計算して自分の行動を決められる大人思考の持ち主だらけで、一人あわあわしているパールが子供なのが際立つほどだ。
「――――?
――――、――――」
「あら、誰か来そう?
そっか、じゃあ私はもう行かなきゃ。
これでも指名手配犯だしね、誰か来る前に逃げないと」
その拍子、ブニャットが遠方の音に反応するように首を上げ、尻尾でぺちぺちマーズの膝を叩く。
どうやらこのブニャットは耳がいいらしく、遠くから近付いてくる人の足音にも敏感なようだ。
こうして人の接近に気付き、未然にマーズが発見されることを防ごうとしてくれるブニャットがいると、マーズも追っ手からの逃亡生活がやりやすかろう。
パールにとってのピョコと同じく、このブニャットもまた、マーズにとってのベストパートナーと言える存在だ。
「よっ、と。それじゃあね、パール。
話し相手のいない逃亡生活、久しぶりに人とじっくり話せて楽しかったわ。」
すぐに立ち上がり、ブニャットに跨ったマーズは、パールに向けてウインクを打ちながらお茶目に笑った。
本当、大人の顔なのに子供のように無邪気なその顔からは、指名手配犯になるほどの犯罪者の人相には思えないのだけど。
別れの言葉を最後に、自身を乗せて駆けだしたブニャットと共に野山へと去り、消えていくマーズの姿をパールは呆然と見送るのみである。
「…………」
「――――?」
「あ……う、うん、ピョコ、大丈夫だよ……
よく、わからない人だったね……」
心配するようにパールのお尻を鼻先でつんつんするピョコに、パールは疲れ気味の笑顔を返した。
やっぱり緊張する。相手も自分で認めているほどの、悪の組織の構成員。
幼い頃にテレビでよく見た変身するヒロインでも何でもない自分が、あんな悪者と間近で話していた数秒前を思い出すと、それもそれでぞわっとする。
一方で、過去の経緯さえなければ悪人には見えない顔だったし、ゆえにこそむしろ得体が知れず、かえって不気味。
パールのマーズに対する感情は極めて複雑だ。好意的にはなれない上で複雑な想いとは、自分の中で整理がつかないという点で最も気持ちが悪い。
湖面を眺めてのんびりしていられる気分でもなくなってしまったパールは、そのままピョコと一緒にリッシ湖ほとりのホテル方面へ戻る足を進めていた。
どのみちそろそろ陽が沈み始めている。暗くなったら、ズバットが出没し始めるかもしれない。
景観と湖の空気を楽しむはずだった時間を、マーズとの対話に費やし、こんなもやもやする気持ちで帰ることになるなんて無念としか。
現にパールはさっきの怖さを引きずっているのか、ピョコをボールに戻さずに、一緒に歩いていく行き取りである。
そばに誰かいてくれないと、一人で帰るのも落ち着かないのだ。怖い人からようやく逃げた後というのは、恐怖心を引きずりがちというもの。
ホテル付近に戻ってきた時、丁度プラチナからの着信が入り、ちょうど良さそうなホテルを予約できたよと連絡を貰えた。
パールはどうやら、さっきのことはプラッチには黙っておこうと決めたらしく、着信に出る前に一呼吸挟んで、いつもどおりの元気な声でプラチナに応じた。
一人でちょっと遠くに行った結果、ギンガ団幹部に遭遇したなんて言ったら、軽率な所まで行くからだよ、とでも怒られそうな気がしたらしい。
今日に限り、朝っぱらからゲームコーナー絡みの問題で辛辣に叱られているパールなので、今日はもう万一にも怒られるネタを作りたくないようだ。
まあ、それでいい。そんな話をしたら、別の意味でプラチナを驚愕させる。
パールがそんな奴に独りで遭遇し、運が悪ければよもや、という話を聞いたら、どうして僕がそばにいてあげなかったんだろう、とプラチナは悔いるだろう。
そんなわけで、マーズと鉢合わせてしまったことをプラチナに隠し通したパールの判断は、結果的に誰も不幸にならない正解だったといえる。たまたまだが。