ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第46話   ノモセジム

 

 色んな意味で緊張する、パールにとって4つ目のジム戦。

 ノモセジムの奥、ジムリーダーとのバトルフィールドへと続く扉の前に立ち、息を吸って吐いて胸を落ち着かせようとしたパール。

 だが、胸のばくばくはおさまらない。

 薄い扉の向こうから、既にいっぱい集まった観客の、がやがやとした声が聞こえてくるからだ。

 

 見る前からわかる、大勢の人前で自らの腕を披露する舞台。

 負けたら自分のポケモンが悔しがる姿を、沢山の人の前に晒すことになる。それを想像すると胸がぎゅうっとなる。

 今の自分に、みんなを観衆の前で勝たせ、気持ちのいい思い出を作らせてあげるだけの腕があるだろうか。

 何としても勝ちたいが、果たして自分にそれが出来るのか不安でたまらない。

 

「……よしっ」

 

 だが、二時間程度の短時間ながらも、パールとて腹は括ってきた。

 自分自身に大丈夫なはずだよと発破をかけ、今の手には重く感じる扉を開く。

 既にライトアップされた広大なバトルフィールドの彼方、小さくも大きいマキシの姿が見えた。

 

「おう! 来てくれたな!

 みんなも歓迎してやってくれ!

 既にジムバッジを3つ手にして、4つ目のバッジ獲得を目指してこのノモセジムの扉を叩いた挑戦者、パールだ!!」

 

 ヘッドマイクをマスクの上から装着して待っていたマキシマム仮面――もといマキシによる煽りに、観客席から歓声が上がる。乗りのいいお客さん達だ。

 まずその歓声で、そんなものを自分に浴びせられたパールはびくっとして、想像以上の熱気に目をしぱしぱさせていた。

 

 ノモセジムのバトルフィールドは、非常に大きなプールに3つの島があるシンプルなものと言っていい。

 プールの真ん中に広い円形の島が一つ、そして対戦するジムリーダーと挑戦者が立つ大きくない円形の島が二つ、大きな島を挟んで対面する形。

 挑戦者が立つ側の島には橋がかけられており、おどおどびくびくしながら橋を渡るパール。

 そこに立って見回せば、巨大プールの周りの観客席にはお客さんがいっぱい。

 流石に短い宣伝時間で集まった客の数、満員御礼と呼べるほどの人を集めていないが、ソーシャルディスタンス気味の距離感含みでは充分に満員級。

 五百席はありそうな観客席、その3分の1強ぐらいには客入りしているだろう。

 

「おーっし、挑戦者!

 そこに置いてあるマイクを拾え! 遠くてそっちの声が聞こえんからな!」

 

「うう……こういうとこだけ本格的だ……」

 

 パールが渡り立った島には、無線のヘッドマイクが置いてある。

 これを付けて話さないと、バトルエリアである大きな島を挟んだ向こう側のマキシまで声が届かない。

 今までのジムと違い、ノモセジムは広さがあるのだ。

 それでパールにとって何が困るかって、自分の声がお客さんにも聞かれ放題な点。

 人前で歌うことぐらいは普通に出来るパールでも、まだまだ自信満々にはなれないトレーナーとしての自分の指示を、大衆に聞かれるというのは抵抗がある。

 

「どうだ! 壊れちゃいないな!?」

「あー、あー……大丈夫です、っ……!」

 

 帽子を脱いで、ヘッドマイクを付けて、帽子をかぶり、マイクを口元近くに調整して。

 そんなパールの挙動を見て話しかけてくるマキシに返答すれば、マキシの声が会場全体に響き渡るのと同様に、パールの声も会場いっぱいに響いた。

 久しぶりに客観的に聞く自分の声が、がちがちに緊張しているものであることを嫌でも痛感するパールは、一度ぎゅうっと唇を絞って口元に力を入れる。

 

「ルールは理解しているな!?

 バトルは3対3!

 そしてローカルルールとして、俺様のポケモン達に限り、十秒以上プールの中に浸かっていたら反則負けだ!

 ただし、そちらのポケモンが水に入った瞬間から、そのポケモンとの戦いに限り、こちらのポケモンは自由に水に出入り出来るようになる!

 いいな!?」

 

「…………はいっ!」

 

 ノモセジムは環境上、特殊なルールの下で行われる。

 周りが深い水に囲まれたフィールドである以上、泳げる水ポケモン使いのマキシが有利になり過ぎるからだ。

 挑戦者側のポケモンが水上・水中のポケモンに届く飛び道具を持たない場合、マキシのポケモンはプールに逃げればあっさり安全圏を確保出来てしまう。

 挑戦者側も、プールに"かみなり"でも撃ち込めば反撃も可能だが、ジムバッジ所持数の少ない挑戦者は、そんな豪快な戦術を取れるほどの力量がまず無い。

 元々そんな狡い戦術を客前で披露する性格をしていないマキシだが、そんな戦略は取らないぞ、という保証のようなものと考えていい。

 ただし、挑戦者側も泳げるポケモンを出してくるのであれば、その時に限りマキシもプールを使った戦術を解禁すると。

 あとは細かい所まで上げれば、水に落ちたマキシのポケモンに飛び道具で追撃した場合、十秒ルールは一秒から数え直しだとか、そんなルールもある。

 "マキシのポケモンをプールに突き落とし、水から上がって来れないようにして時間切れ反則負けを狙う"、という戦術は流石に取れない。

 

 要するに、真ん中の広いエリアでばちばち陸上戦をやり合いましょうという話。

 戦術上、マキシも多少はプールを利用することもあるが、ずっと潜って逃げ回るような戦術は取らないというのが確約されている。

 そして挑戦者側もプールを利用するのであれば、水中戦や水上戦もマキシは歓迎というわけだ。

 

「よし、始めるか!」

 

「っ……!」

 

 マキシがモンスターボールを手にする姿を遠目に、パールも先鋒の入ったボールを手に取る。

 誰を最初に出すかはもう決めてきている。それに続く二人もだ。

 どよどよと盛り上がりを見せつつある観客席の空気にぞわぞわしつつも、ぎゅうっとボールを握りしめるパール。

 滲む汗と共に、過剰な緊張感を絞り出さんとするほど力が入っている。

 

「――挑戦者パール!」

 

「へ……!?」

 

 三秒後にはバトル開始だと思っていたパールの耳に突き刺さったのは、開戦前にパールの名を呼んだマキシの声。

 思わぬタイミングでのことに、前のめりになりかけていた心を躓かされ、パールの抜けた声は会場いっぱいに響き渡る。

 それはパールの耳にも入るので、お間抜けな声を出した自分自身にかあっとパールの顔も赤くなる。

 

「一緒にいた男の子はお前の友達か!?」

 

「えっ、あっ……

 はいっ、そうです、けど……!?」

 

「いつからの旅の連れだ!?

 最近知り合ったばかりか!? それとも、お前さんの初めてのジム挑戦の時からの付き合いか!?」

 

 何の話をしているのかわからない。パールも返事に滞る。

 プラッチのことを言っているのだと、それだけなんとか理解できる程度に、今は頭が真っ白に近い。

 

「わ、私がっ……旅に出るようになってから、それからずっと一緒です!

 初めてのジム戦より、その前から一緒の友達ですっ!」

 

「ジム戦のたびに、観客席でお前のバトルを見届けてくれた友達か!?」

 

「もちろんです……っ!」

 

「探してみろ! 必ず見つけられる場所にいるぞ!」

 

 そう言われ、はっとなって会場を見渡すパール。

 すぐに見つかった。パールから見て右手側、センター最前列の特等席。

 挑戦者の身内だけあって、指定席へと案内して貰えたのだろう。この辺りは流石に、ノモセジムとて便宜を図ってくれている。

 

 沢山の観客が集まるこの環境で、大きな声でパール頑張れと叫ぶには恥ずかしがりが勝るプラチナだけど。

 握りしめた両の拳で自分の膝を二度叩き、目の合ったパールにエールを贈ることはしてくれる。

 頑張れ、パール。口を動かさずそれを伝えてくれるプラッチの姿は、パールに大切なことを改めて思い返させてくれる。

 いつもと何も変わらないじゃないか。ああして応援してくれる友達の前で、全力を尽くすだけのジム戦だ。

 

「お前さんはあの友達の前で、3度もジムリーダーに勝ち、嬉しい想いを分かち合ってきたはずだ!

 どうだ! 今回もその喜びを分かち合いたくないか!?」

 

「…………勝ちたい、ですっ!」

 

「固くなっちまってる場合じゃねえぞ! お前さんの全力全開を見せてみろ!

 これまでに培ってきたお前さんの勇姿を、俺様に、友達に!

 そしてお前さんがきっと最も愛するポケモン達に、悔いなく見せつけてやるこった!!」

 

 声を張り上げるマキシの姿に、観客は聞き入るように静まり返っている。

 客を集めて観衆の前での戦いを強いるノモセジム。それを嫌う挑戦者がこれまでにいたことも事実である。

 しかし最後にはそうしたトレーナー達も、たとえ負けても、客前では緊張して力が出せなかった、と不完全燃焼の不満を口にする者は少なかった。

 それはマキシの、こうした辣腕によるものであると断じていい。

 

 対戦相手のことを短時間でよく見極め、大観衆の前でもその過ぎた緊張をほぐすための言葉を的確に選び、鼓舞し、バトルに集中させてくれるからだ。

 ショーで大活躍したギャラドスに、女の子には怖い顔であろうそれに、迷いなく抱きついたパール。ポケモンが大好きな子である証拠。

 自分のポケモンに対する思い入れが並々ならぬことは容易に想像がつく。

 そして旅の連れである少年は、あの仲良さからして、彼女の旅路において大きな心の支えになっていたこともわかる。

 パールの旅路を一つも見ていなくても、これだけのことを読み取って、どんな言葉がパールを奮い立たせられるか、そして選べるのがマキシという人物だ。

 一見さんを含む、年も性格もわからない無数の客を楽しませんとするショーマンだからこそ、マキシは人を見る目には長じている。

 

 マイクパフォーマンス。一言でそう言い表されるそれは、決して観衆には悟り得ない、声を発する側の幾多もの思索の末に紡がれるものだ。

 マキシは今、これだけの観衆を集めながら、パールのみに向けて声を発している。

 観客がマキシの言葉に耳を傾けているのは結果論。

 活を入れるには最適な言葉を受けたパールが、微笑みかけるプラチナに向け、ようやく小さく笑みを返せたことで、マキシも手応えを感じられただろう。

 マイクに入ってしまう深呼吸の音を厭わず、気持ちを落ち着けようと息を吸って吐いてするパールは、マキシの望む精神状態に近付きつつある。

 

「マキシさ……マキシマム仮面さん!

 絶対に負けませんよ!

 私のポケモン、初心者だった頃の私のことだってずっと勝たせ続けてくれた、すっごく強くて、頼もしい子達なんですから!」

 

「おう! その意気だ!

 気骨に満ちたいい顔になったじゃねえか!

 今のお前さんはただの女の子じゃねえ、立派なポケモントレーナーのツラだ!」

 

 ボールを握る手の汗ばんだパールだが、ライトアップされた下で彼女が緊張で流していた頬の汗も、今や溢れ出る熱き魂が輝く結晶にさえ映る。

 距離が遠く、互いの表情をはっきりと見据え合えない中でながら、目を合わせるパールとマキシは、それでも抜群の闘志を抱いた相手だと互いを認識する。

 マキシの熱弁と、意気込み充分のパールの声に観衆から歓声が上がるが、もはやそれも今のパールの情熱を遮らない。

 いつでもボールのスイッチを押せると指をかけたパールの目には、バトルフィールドとマキシの姿しか映っていなかった。

 

「さあ、時間いっぱいだ!!

 始めるぞ! 準備はいいな!?」

「はいっ!!」

 

「行くぞ!! ギャラドス!!」

「パッチ!! 絶対勝とうね!!」

 

 高々とボールを放り投げたマキシ、両手で握るようにして力いっぱいにスイッチを押したパール。

 双方の先鋒がバトルフィールドに降臨だ。

 ボールから飛び出しバトルゾーンに降り立ったパッチと、高所のボールから姿を見せフィールドから僅かに身を浮かせたギャラドスが対峙する。 

 

「あのギャラドス……!」

 

「おお! わかってくれるようだな!

 昨日のショーで主役を張った、うちの自慢のギャラドスだ!

 ショーでは発揮できなかった、こいつの本気を見せてやる!」

 

 パッチとギャラドスが"いかく"の眼差しで睨み合う中、パールは対峙したギャラドスが知る個体であることを察していた。

 直感的なものではあったが、威嚇の表情に変わる直前、強面ながらも心優しい性根が僅かに滲み出る顔立ちが、パールの目に焼き付いたゆえと言える。

 あの時はショーマンとして立ち回ったギャラドスだが、バトルにおいてのその実力たるや果たして。

 巨躯が物語るとおり、直接睨まれていないパールですら、腰が引けてしまいそうな迫力を有しているのがギャラドスという存在だ。

 

「パッチ、行くよ! スパーク!」

「そうはいくか!

 ギャラドス! 躱せるな!?」

 

 フン、と鼻息を鳴らして口の端を上げて、挑発的な笑みを見せたギャラドスに、パッチは大きな吠え声をあげて突撃していく。

 気合の入ったパッチの姿は頼もしく、駆ける中であっという間に発電し、ばちばちと全身を光らせる勇姿にはパールも燃えてくる。

 だが、身を浮かせたギャラドスに飛びかかった矢のような電撃突進は、回避には持て余すほどの巨体をくねらせたギャラドスに回避されてしまう。

 しかもパッチは着地に際し、勢い余って地面に口がつきそうなほど前足を躓かせているではないか。

 

「あわわっ、パッチ大丈夫!?」

「撃てギャラドス! 畳みかけろ!」

 

 立ち上がったパッチにギャラドスがその顔を向け、開いた口から多量の水鉄砲を発射する。

 その位置から跳び退くようにして躱したパッチだが、フィールドに着弾した水鉄砲は、その勢い強さを物語るかのように炸裂だ。

 爆散するような水の飛沫を浴びながら、漏電するかのように電気の火花を散らしたパッチは、パールの指示も待たずギャラドスに突っ込んでいく。

 

「パッチ!?」

「迎え撃て!」

「――――z!」

 

 先の突撃よりも近い位置からの、パッチの素早い突進だ。流石にここからは避けようがない。

 ギャラドスの口から発射される強烈な水鉄砲に、パッチが迎撃に対して不用意に突っ込んでいくという図式が成立してしまう。

 自分の全身よりも太い多量の水に押し返され、パッチがフィールドに転がし返される光景にはパールも狼狽する。

 向こうっ気の強い子なのは知っているが、流石に妙なほど気合が過ぎる。

 

「パッチ落ち着いて! 一旦離れ……」

「――――z!」

「うおおお!? タフだなお前さんのルクシオ!?」

 

「冷静さを欠いてる……!

 "こんらん"してるんじゃないか……!?

 でも、いつそんな……」

 

 パールの指示を無視して再びギャラドスへと飛びかかるパッチは、立ち上がってすぐの急発進でギャラドスに逃げる時間を与えない。

 少しは怯んでくれるかと思ったら、全くそんなことも無いパッチの根性は、ギャラドスに回避行動を命じようとしたマキシを諦めさせる。

 一方で、パッチが過剰な興奮状態にあることを冷静に観客席から眺めているプラチナが、今のパッチに起きている異変を的確に見抜いていた。

 開戦早々ギャラドスが見せた"いばる"ような態度により、パッチが興奮状態にあることなど、流石にここまでの流れを見ただけではそうそう見抜けまい。

 

「――――z!!」

 

「ッ、ッ…………!!」

「ギャラドス、踏ん張れ! 振り払ってみせろ!」

 

 帯電したパッチの体当たり、スパークの一撃を頬へ横殴りに受けたギャラドスに、そのダメージは甚大だ。

 とりわけ電気タイプの攻撃に弱いギャラドスに、同じ攻撃をもう一度受ける体力は無いだろう。

 むしろこのギャラドスが格別にタフな個体だからこそ、いきり立ったパッチの電気技をぎりぎり一度耐えられたと評価してもいい。

 この痛打にマキシの指示も力強く、ぎらりと目を光らせたギャラドスが頭を振るい、パッチを少し離れた場所まで叩き飛ばす。

 苦し紛れの反撃にさして攻撃力は無く、パッチも四本足できっちり着地。今なお鼻息荒く、パールの指示を待たずしてすぐ全身せんという前のめりな体勢だ。

 

「"りゅうのいかり"だ! 逃がすなよ!」

「――――z!」

 

 ここは絶対に攻撃をはずせない局面だ。

 マキシに命じられた技とその真意を理解するギャラドスは、パッチに向けてその喉奥から青い業火めいたものを発射する。

 それはパッチに逃げられぬよう、前方へ燃え広がるように放たれて、突っ切ろうとさえしていたパッチの前方で爆裂する。

 ただの炎ではないのだ。ギャラドスの怒気に呼応して、炎に模したそのエネルギー凝縮体が炸裂する、敵に逃げ場を与えず確実なダメージを与える技。

 吹っ飛ばされたパッチがフィールドの岸を越え、プールの中へとざばんと落ちてしまう。

 

「いけない……!

 パッチ、すぐ上がって!!

 ギャラドスが来るよ!!」

 

「行けギャラドス! 噛みついてやれ!」

 

 耳が水面下まで沈んだパッチにも聞こえるよう、とびっきりの大声で叫ぶパールの声は、マイクが音割れするほどのもので観客の耳を痛くさせる。

 思わず耳を塞いだ子供もいるだろう。それだけ必死な挑戦者の叫びに、熱いポケモンバトルを観に来た大人達は耳を塞がない。

 ざばっと水面から顔を出したパッチの方へ、飛び込むように大口開けて突っ込んでいくギャラドスは、パッチに噛みつき再び水面下へ沈めにかかる。

 

「――――ッ、――――ッ!!」

「――――z!」

 

「パッチぃーっ!! 放電してえーっ!!」

「いいぞギャラドス! 早く上がってこい!」

 

 息の出来ない水中で鋭い牙に食い付かれ、もがいても離れないギャラドスの攻撃に苦しむパッチに、水の上からも聞こえるパールの必死な声が届く。

 暴れるのをやめて強烈な電気を放電するパッチに、頭だけ沈めたギャラドスの水面上に出ている体が激しく暴れている。

 この展開を予測していたマキシも、水に沈めて苦しめる自己判断をしていたギャラドスに、それは悪手だ上がってこいと的確な指示。

 

 パッチをくわえたまま大飛沫を上げて水面から顔を出したギャラドスは、流される電流に堪らずパッチをフィールドの方へと投げ捨てる。

 首を振るっての豪快な投げに、パッチも叩きつけられ転がるようにフィールドに打ち据えられたが、すぐに立ち上がって口から水を吐く。

 噛みつかれた場所がずきずきする身ながら、すぐに再びギャラドスへと突撃していく姿、未だ闘志は一切衰えず。

 

「決めろ! ギャラドス!」

「パッチ、冷静に! 絶対躱せるよ!」

 

「まずい……!

 パールっ、わかってな……」

 

 過剰な興奮状態あるパッチに対し、機微を求める指示は功を奏さない。

 パッチが混乱状態にあると悟っているプラチナにとって、パールのこの指示は悪手と見える。

 数々の技を受け、弱ったパッチにとどめの一撃とばかりに水鉄砲を撃つギャラドスの反撃は、冷静さを欠いたパッチに躱せるものではない。

 

 だが、事実は違う。駆けだす寸前、確かにパールの方を一度だけ振り返ったパッチの目は、彼女が冷静さを取り戻しているとパールに確信させるものだった。

 これは観客にも、マキシにも、プラチナにも見極められるものではなかっただろう。パールとパッチ、お互いの目を見てよく親しみ合った両者だけのやり取り。

 そしてパールもまた、パッチが冷静さを欠いていた少し前のことから、相手もそんなパッチを前提に攻撃してくるだろうという意識がある。

 "絶対"躱せる。その指示には、油断している相手をびっくりさせちゃえというパールの力強い想いが込められている。

 

「ッ――――!」

 

「なにっ!?」

 

「よしっ! パッチ、スパークだあっ!!」

 

 自らに向けて撃たれた水の巨砲を高い跳躍で躱したパッチの姿には、パールも思わずガッツポーズが出る。

 その握りしめた拳を突き出し、溜まった力を全力でぶつけろというパールの声に、着地してすぐ足元を蹴るパッチも応えている。

 逃げ場のないギャラドスのボディに突き刺さったパッチの体当たり、そして流れる膨大な電流が、高く上げられていたギャラドスの頭をぐらりと傾かせる。

 

「駄目だな……!

 ギャラドス、よくやった!」

 

 "いかく"の眼差しで多少は腰を引けさせてやっていたとはいえ、"いばる"ことでいっそう血気盛んになっていたパッチのスパークだ。

 一度耐えただけでも上出来だ。二発も受けてはさしものギャラドスとて限界。

 自らのボールに戻したギャラドスを労うように、マキシはそのボールをばしばしと二度叩いた。手つきは乱暴だが、彼なりの賞賛だ。

 

「やるな、パール!

 ルクシオの混乱が解けていたのを、お前さんはちゃんと見極めていたか!」

「大好きなうちの子達ですからね……!

 目を見ればわかります! 信じさせてくれる目をしてくれてますから!」

「いい回答だ! こいつぁ今日は、いい挑戦者を迎えられたもんだぜ!」

 

「そっか……わかってなかったのは、僕の方だったんだな」

 

 もう、先輩風を吹かせ続けられたもんじゃないなとプラチナもはっきり感じた。

 自分のポケモン達に助けられてここまで来たと常に感じているパールだか、ただそれだけでバッジを3つも集めてこられるものか。

 ゆっくりと、確実に、パールもポケモントレーナーとして成長しているのだ。

 彼女をただただ応援する想い一色のプラチナにとって、ぶるっと体が震えるほど嬉しい姿である。

 

「さあ、次行くぞ!

 ヌオー! お前の力を見せてやれ!」

 

「うっ……!

 ヌオーって確か……パッチ、一回戻って!」

 

 次鋒を繰り出したマキシのポケモンを見て、パールはほんの短い間の思索を経て、パッチのボールのスイッチを押す。

 さあ次だ、と意気込んでいたパッチは、えっ嘘? とばかりにパールの方を振り向きつつ、彼女のボールに収められていく。

 これは正しい。水ポケモンでもありながら地面タイプでもあるヌオーには、電気タイプの攻撃は一切通用しない。

 

「パッチごめんね、必ずまた出番があるからね……!

 行くよ、次! ピョコ、お願い!」

 

「ガハハハ、賢明だ!

 ヌオー、出てきた所を狙い撃て!」

「――――」

 

 この程度の判断ならどんなポケモントレーナーでもやることだが、彼女を初バトルの時からずっと見てきたプラチナには、こんな彼女の姿も感慨深い。

 とはいえ、ポケモンを交代させる際にはついて回るデメリットもある。

 パールにボールのスイッチを押され、フィールド上に降臨した瞬間のピョコ目がけ、ヌオーが掲げた両手に生み出した泥の塊を投げ付ける。

 泥の塊は重量自体もそこそこで、それを頭に直撃させられたピョコは少しふらつく。潰れた"どろばくだん"が、ピョコの顔を泥まみれにして視界を悪くさせる。

 交代直後は狙い撃たれるケースが多いのだ。来るとわかっていても躱せないのが殆どなので、バトル中のポケモン交代はよく気を付けて。

 

「おーっし、第2ラウンドだ!

 緒戦を勝ったからって見くびってくれるなよ! まだまだここからだぜ!」

 

「交代しないんですね……!」

 

「おお! 男が一度任せたポケモンを、不利だからって引っ込められっかよ!」

 

 おや、白々しい。

 水タイプでもあり地面タイプでもあるヌオーは、草タイプに対して非常に弱い。唯一の弱点にして最大の弱点だ。

 マキシはヌオーを引っ込めてもいい場面である。というか、彼とて勝利を目指すトレーナーとして、下げるべきなら下げると判断する。男とか関係ない。

 引っ込めないのは戦術上、それでいいという判断あってのことなのだ。ジムリーダーがここまでの不利を前にして、矜持だけで下げないこともあるまい。

 

「そんなこと言っちゃって、別の日にポケモン引っ込めたい時に困りません?」

 

「ガハハ、気にするな!

 そんなこと言ったっけなぁ~? で通すわ!」

 

「あはは……! 悪役だっ!」

 

「ジムリーダーなんて、リーグ挑戦を目指す奴らにとっちゃあ、力でねじ伏せにくる悪役みてぇなもんよ!

 おら、勝ってみな! 客は若き挑戦者の、鮮烈な勝ちっぷりを見てぇと思ってんだぜ!

 なあみんな!? パールが勝つところを見てぇ奴らは叫べ!」

 

 短い宣伝活動で集まってくれた観客はノリが良い。

 マキシのマイクパフォーマンスに応じ、大人達はみな一様に、男の野太い声と女の黄色い声で大歓声だ。

 一部の子供は歓声を上げられずにいるが。マキシが勝つところが見たいのかもしれない。悪役ぶっていても、やはりマキシもノモセの人気者で子供は素直だ。

 

 ナタネが言っていた言葉をパールは思い出していた。

 ジムリーダーは、負けることが仕事だって。それは、負けてもいいと思っているわけじゃない。

 全身全霊で挑戦者を迎え撃ち、それでも負ければ、自らに打ち勝った若き志が翼を広げていく姿を、賞賛の想いで見送ることに喜びを感じる。

 そんなナタネの言葉の真意を理解しているパールには、マキシもまた、尊敬する一人のジムリーダーと同じ想いを胸に抱く、勝って応えたい大人として映る。

 もう、観客の声なんて耳に入るものか。この人に、心から勝ちたい想いで胸がいっぱいになる。

 

「マキシさん、絶対負けませんからね!」

 

「おう! かかってこい!」

 

 形式的にでもマキシマム仮面と呼んでいた意識も失われ、敬意を向ける人物の名を呼んだパール。

 マキシももはや、拘りを唱える無粋な返答をすることはない。パールの熱意を真っ向から受け止めて、水を差すことが言えようものか。

 3対2。戦いはまだまだ始まったばかりだ。

 決着まではまだ遠いと言えるこのうちから、パールもマキシもこのバトルに向けた情熱を、最高潮にまで燃え上がらせていた。

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