「ピョコ! はっぱカッター!」
「ヌオー、どろばくだんだ! 恐れるな!」
相手がこれならこれしかない、と迷わず草タイプの技を指示するパール。
マキシもそれはわかっているが、特に対策法があるわけでもなし。実際どうしようもない。水の中に逃げたとしても、上がり際を狙い撃ちされるので余計悪い。
泥爆弾を投げ付けることのみ指示して、回避は自己判断でやれという勢いである。少々投げっぱなし気味。
しかし、泥爆弾を生み出して投げ付けたヌオーの攻撃は、最初の泥爆弾で視界を悪くされたピョコに当たる。
そして目の利かないピョコが撃つ葉っぱカッターは、とてとて走るヌオーに当たる枚数が少ない。
相手をよく見据えて撃てないぶん、自己判断でやや散開的に葉っぱカッターを撃つピョコの賢さは光っているが、与えたダメージは大きくなさそうだ。
いかに草タイプの攻撃が効く相手とはいえ、二枚か三枚しか当たっていないようでは大きなダメージにはなっていまい。
「よーしいいぞ、上出来だヌオー!
お客さんへのアピールも忘れるんじゃないぞ!」
「――――」
のぺっとした表情のヌオーだが、葉っぱカッターを凌ぎきると、マキシに言われたとおり"しっぽをふる"ことでお客さんにアピール。
観客席の子供達を可愛いヌオーの仕草だと喜ばせるが、バトルの真っ最中にこの振る舞い、ピョコの心をかき乱すものとしては成立する。
こいつめ、と少しカチンときたピョコが、冷静で手堅く戦う彼の持ち味を、僅かに削がれる精神状態に近付く。後々響きそうだ。
「ピョコ、近付いて! 離れたままじゃ難しいよ!」
「――――z!」
「そう来るよな……!
ヌオー、容赦なくぶつけまくれ!」
葉っぱカッターを的確に当てられないピョコ、それが泥爆弾を受けた視界の悪さだと判断し、適した立ち回りを指示できるようになっているパール。
対するマキシも、それを見越した上での反撃指示。相性有利のハヤシガメ、何につけても攻撃を当てれば勝ちという図式なのだ。
泥の塊を掲げた両手の間に生成したヌオーは、両手でのオーバースローの形でピョコへと泥爆弾を投げ付ける。
一発目は躱されたが、相手が近付いてきて距離が縮まれば二発目は当てやすい。
その二発目こそ、絶対当てるという意を込めた全力投球で、ピョコの顔面にぶつけてくるヌオーは勝負所をわかっている。
のっぺりした顔立ちながら、やはり内面はジムリーダーに育てられた強いポケモンだ。
「ピョコしっかり! はっぱカッター!」
「――――z!」
「ヌオー! でかいのをぶつけてやれ!」
相手との距離を縮めたピョコの放つ葉っぱカッターは、決して動きの速くないヌオーには逃れ難い集中放射のように襲いかかる。
銃弾数十を同時発射するショットガンのような葉っぱカッターに対し、ヌオーはより大きめの泥爆弾を生み出してぶん投げる。
何枚かの葉っぱカッターはその泥爆弾を免れてヌオーに突き刺さるが、多くの葉っぱが泥爆弾に呑まれて潰された。結果的にダメージはある程度抑えている。
その泥爆弾を顔に受けるピョコも、顎を引いて目を潰されることを回避しているものの、目より上から流れ落ちる泥が目に入って視界が悪い。
「ヌオー! わかってるな!?」
「来てるよピョコ!
相手をよく見て、はっぱカッター!」
「ッ――――!」
視界が悪い中でも、それを言い訳に屈してなどいられるものか。
ばちっと開いた両目のうち、右目に泥が入って潰されながらも、接近してくるヌオーに向けてピョコが葉っぱカッターを撃つ。
防衛手段の無いヌオーに何枚もの葉っぱカッターが突き刺さり、前進するヌオーの足が止まりかけるほどの甚大なダメージを与えている。
だが、それでも踏ん張って耐えたヌオーの前進が止まらないのは、やはりジムリーダーに育てられた、心も身体も強いポケモンというとことだ。
「たたきつけろ!」
敵の痛烈な攻撃を受けながらの攻撃、半ばやぶれかぶれの一撃だが、跳んだヌオーが振り下ろす尻尾がピョコの脳天を強く打ち据える。
重い痛打にピョコも目の前に星が飛んだが、前足を踏ん張って顔を上げる姿はやはり、流石パールが一番頼りになると言って憚らぬベストパートナーだ。
「はっぱカッター!
ピョコがんばれえっ!!」
ここだ、という局面で発するパールの声は一際に大きい。
そんな声の大きさだけでも、ここしかないというのをよくわかってくれるピョコだ。
ちかつく頭で近い位置の相手を見据え、葉っぱカッターを乱射するピョコの強襲が、ヌオーを無数の葉で切り刻む致命的なダメージを与え果たす。
「~~~~……、~~~~っ……」
「よくやってくれたぞ、ヌオー……!
大した奴だ、お前はよ!」
一度倒れれば立ち上がれないほど力を失ったヌオーだが、倒れる前にふりふりっと尻尾を振るい、観客に向けてのアピールだ。
僕頑張ったよ、という仕草にはえも言われぬ可愛げがあり、マキシがヌオーをボールに戻した直後、ヌオーに拍手を贈る観客もまばらにいた。
客前で試合をしているという意識の強いヌオー、と言えばそうではあるのだろう。
しかし、自分にやられていながら最後の力を振り絞ってそれ、という行為が、ピョコにしてみれば歯痒いものであったりもする。
この挑発めいた"しっぽをふる"行為が、よもやこの後の戦いに明確に響いてくるとは、パールも観客も知識豊富なプラチナでさえも気付かない。
「いつの間にかもう残り一体か!
こりゃあ絶体絶命のピンチってやつだな!」
「勝てるよ、ピョコ……!
だけど気を抜かないでね! 最後の一人は絶対に強いよ!」
「――――z!」
「浮き足立たねぇとはいい心がけだ……!
行くぜ! フローゼル! ここから一気に巻き返すぞ!!」
水タイプに有利な草ポケモンと電気ポケモンが未だ健在のパールが、3匹残しでマキシの最後の一匹を迎え撃てるこの図式。
マキシからすればまさしく絶体絶命のピンチというところだろう。
それでもパールが気を一つも緩めていないことも含め、ジムリーダーからすれば追い詰められた局面だ。
だが、不安一つ覗かせないマキシの自信満々な、逆転劇を謳うその宣言は果たして単なるハッタリなのだろうか。
バトルフィールドに降臨したマキシの最後の一匹、フローゼルは不敵な笑みを浮かべ、パール達が打ち倒すべき最後の敵として立ちはだかる。
これはきっと、昨日のショーで悪役の手先としてギャラドスと戦っていたフローゼルだ。目つきがあれと全く同じなのだから。
「知ってるか?
悪役ってえのは強くなきゃ務まらねえんだぜ!
勝つべきヒーローを徹底的に追い詰めるぐらい悪役ってモンが強くなきゃ、熱くなれるほどのショーは描けねえってもんだ!」
「わかってます……!
ジムリーダーさんの最後のポケモンは、みんな凄く強かったですから……!
マキシさんは、悪人でも何でもないですけどね!」
「ガハハハ! さっきも言ったろ、俺ぁ悪役だ!
きっちり勝って、若き勇士が栄光へと一歩近付くハッピーエンドをここに刻んでみな!
当然、俺とフローゼルも、黙ってやられてやるつもりはねぇがな!」
「――――z!」
があっと口を開いて吠えるフローゼルが、気合充分であることは明らかだ。
ギャラドスのように巨体ではない。ヌオーのように水ポケモンの天敵である電気タイプに対策を持っているわけでもない。
それでもこのフローゼルが、このジム戦攻略における最後の難関、最大の壁であることはパールにも自ずと理解できる。
ジムリーダーの切り札が、一筋縄でいくはずがない。
「ピョコ! 葉っぱカッター!」
「はっ、当たるかよ!
フローゼルの素早さを舐めるなよ!」
とにかくピョコの攻撃手段は、体当たりや噛みつくといった攻撃よりもこれに尽きる。
"すいとる"攻撃のように自分の動きを制限することもないのだ。パールとて何も考えずこの技ばかりを今日指示しているわけではない。
だが、泥に目を侵されて視界が悪いことに加え、軽快な足取りで葉っぱカッターを躱すフローゼルに、その攻撃は当たらない。
一枚でも当たるようにと、やや攻撃範囲を広げた撃ち方をするピョコに対し、フローゼルは身を捻り、沈み、駆け、一枚たりとも葉を受けぬまま敵に接近する。
「そこだ! "こおりのキバ"!」
「えっ!?」
仕舞いにはピョコを飛び越えてその後方位置に移ったフローゼルが、マキシの指示を受けてピョコの甲羅に飛びついた。
牙を甲羅に突き立てるフローゼルが、その牙先からフローゼルの甲羅と身体に強烈な冷気を流し込む。
噛まれた瞬間に苦悶の声を上げたピョコが、跳ねて身をよじりフローゼルを振り払うが、草ポケモンのピョコにとって氷タイプの攻撃は痛烈に効く。
吹っ飛ばされながらも綺麗に着地したフローゼルに対し、流し込まれた冷気のせいで体が震えるピョコは、そちらに振り向くことさえ遅れている。
「とどめだ! 水鉄砲!」
対応させる暇も与えず撃ち込む水鉄砲をフローゼルが吐き出して、振り返ったピョコに直撃させる。
草ポケモンのピョコには威力が半減するはずの、水タイプの攻撃であるはずなのに。
その攻撃を顔面に受けたピョコがたまらずのけ反って、四本の足で立つ力を失ったかのように腹からフィールドに身を沈める。
なんとか立ち上がろうと足を動かしてはいるものの、もう戦えるだけの力を失っているのは明らかだ。
「っ……ピョコ、戻って!」
どうしたの、頑張って、と訴えたくなった想いを封じ、パールはピョコの敗北を認めてボールに戻した。
水に強いピョコがあの攻撃でダウンさせられたことに、不可解な想いを抱きつつだ。
この展開には観客席のプラチナも、ピョコにしてはどうしたんだと怪訝な想いを抱かずにはいられない。
「さあ、来い!
あと二体! 俺のフローゼルが全部なぎ倒してやるよ!」
「っ……パッチ! 行こう!」
目に見える戦場の光景から状況を判断し、指示を出せばよかったはずの戦いから一転、不可思議な出来事一つ生じたことで不安を感じざるを得ない展開だ。
しかし一度その雑念を振り切って、パールは改めてパッチを喚ぶ。
ダメージの残る彼女だが、水タイプのフローゼルには有効打を持つルクシオだ。正しい判断である。
「仕切り直しのルクシオか……!
フローゼル! さっきの脇が甘かったハヤシガメとは違うぞ!
気を引き締めて行けよ!」
「パッチ、大丈夫だよね……!
有利な相手だよ、信じてるからね!」
「――――z!」
「そうか、尻尾を振っていたのも……
マキシさん、豪気そうなファイトスタイルに見えて緻密に戦ってるんだ……」
謎を解けないパールだが、観客席で落ち着いて考えられるプラチナには、後からながらもピョコの敗因がわかる。
"しっぽをふる"ことで観客にアピールしていたヌオーだが、それは言わば、対面しているピョコにしてみれば見くびられた行為だ。
"いばる"混乱誘発とは違う意味で、ピョコの心をかき乱す行為である。
それに心乱されたピョコは、ヌオーが去った後とて落ち着きを取り戻すには時間が無く、フローゼルの攻撃で本来以上のダメージを受ける形と相成った。
かっかしていて気構えが100%で無い以上、いつものようにどっしり構えたピョコの時より、堅実にダメージを耐えきる意識が欠けさせられるということだ。
草タイプに対して非常に弱いヌオーだが、その奮闘がピョコに残したものは、フローゼルの勝利に繋がったとは断じられるだろう。
ヌオーをピョコ一人に撃破されたマキシだが、結果として水ポケモン使いにとって厄介な草ポケモンを、切り札ほぼ無傷のまま討ち取れたのは確かである。
しかしプラチナ目線でも、たかだか水鉄砲でピョコが沈められたことには腑に落ちない。
マキシの戦術には、プラチナにも解き明かせていない何かがまだ残っている。
細かいことを意識しないぶつかり合いを好みそうなマキシと見えても、やはり彼はジムリーダーなのだ。
自身が水ポケモンの使い手だという公開情報の下、相手がそれに有利なポケモンを使ってくる想定の上、勝利を攫うための策をしっかり構えている。
「パッチ、スパーク! 当てにいくよ!」
「フローゼル、わかってるな!?
お前の得意なみずでっぽうだ!」
駆けだすパッチ、それを迎え撃つように開いた口から砲撃のような水鉄砲を放つフローゼル。
単調な攻撃ながら速度のある水の砲撃で、しかしあわやのところで身を横に逃がして回避し、なおも突き進むパッチの動きは良い。冷静さを取り戻している。
しかしそれ以上に特筆すべきは、自らが吐く水の反動に逆らわず、バックステップでパッチから距離を稼ぐフローゼルの姿。
距離の縮まったパッチに向け、もう一発の水鉄砲を撃ちながら、今度は強く後方に跳ぶようにしてフローゼルはプールに逃げ込んでしまう。
避けるには距離が近すぎて、フローゼルの水鉄砲を躱しかけながら肩口に受けたパッチは、敵にぶつかる前に跳び込めぬ領域へ取り逃がす形となった。
「ううぅ、ずるい……!
プールがマキシさんのポケモンに有利すぎ……!」
「だから十秒ルールがあるんじゃねえか! だが十秒以内なら活用するさ!
そら、グチグチ言ってる暇はねぇぞ!」
「あっ、パッチ! 右側!!」
「――――z!」
水面下を潜水して進み、円形フィールドのパッチの右側へと回り込んだフローゼルが、フィールドに手をかけてパッチに水鉄砲を撃つ。
やや近い。気付いて振り返ってから避けるのでは僅かに間に合わない。跳んで躱そうとはするものの少し浴びてしまう。
水鉄砲を浴びた時間は短いものの、強い水圧で頭を横から殴られた衝撃は、小さくないダメージとしてパッチに響いている。
フローゼルは一度フィールドに這い上がり、十秒ルールを一度途切れさせると、体勢を立て直して自らに迫ってくるパッチに不敵な笑みを見せ後ろ跳び。
またもぶつかられる前のプールへの逃亡だ。
飛び道具を持たないパッチにとって、水の中に逃げ込まれてしまっては手の出しようがない。
「えぇと、えぇと……!
パッチ、追いかけて飛び込んじゃ駄目……!
よく見渡して、上がってくるところを狙おう! 私が絶対見逃さない!」
「よくわかってるじゃねえか……!
電気タイプのポケモンだからって、水に飛び込みゃ水域全体にダメージなんて現実的じゃあねえわなぁ!」
泳げるパッチなので飛び込む強攻策も無いではないが、明らかに相手のフィールドだとわかっている場所に飛び込むことは愚策だ。
流石に水に飛び込んだパッチが放電したところで、プール全体に強く流れるほどの電気を流して超範囲攻撃なんて出来ない。
そんなことが出来るのは、もはやチャンピオンに挑戦するクラスのトップトレーナーが従える、とびきり強いポケモンぐらいのものだ。
それでも水中でフローゼルに近付いて放電すればダメージを与えられる? いや、フローゼルが逃げて先に陸へ上がるだけ。
その後、フィールドに這い上がろうとしたパッチが狙い撃たれるだろう。絶対に負ける。
短い時間でそこまで考えて、水に飛び込むことパッチにさせないよう指示する辺り、パールもバトル向き、戦略的な頭の回転が早くなってきているのは確かだ。
だからこそわかる、苦しい現状。今の状況ではベストに近い指示だが、苦し紛れは否めない。
ホームグラウンドの利を存分に利用し、挑戦者をひどく困らせるマキシに客席からちょっと文句も飛んでいるが、マキシは全然気にしない。
ずるいぞー! と叫ぶ子供の声に、ハァ~? 何だって~? とばかりに耳に手を当てて、聞こえませんなぁアピールするぐらい。そこまで悪役しなくても。
「右か左から離れて這い上がってくると思うよな?」
「えっ!?」
「残念! 真っ正面からなんだよなぁ! フローゼル!」
フローゼルは岸から離れ、水底まで一度深く潜り込むと、一気に水面まで真っ直ぐ泳ぎ上がる。
二本の尻尾をスクリューのように回し、最大速度での水泳浮上だ。
そのまま水面上に大きく跳ねるほどの勢いに加え、自ら出た瞬間に首を引き、下方に発射した水鉄砲で自らをいっそう高く跳ね上げるのだ。
それはパッチを飛び越えるほどの大きな弧を描き、さらにはその中でフィールド上のパッチにフローゼルが、跳躍力の足しにした水鉄砲の矛先を向ける。
想定外の方向からの砲撃に、パッチは回避こそ出来たものの、その後自らの後方位置だった場所に着地したフローゼルを追う余裕が無い。
パールがパッチの名を大声で叫び、はっとして振り返った時には既に、フローゼルの方からパッチに駆け迫り始めていたところだ。
「撃て! フィニッシュだ!」
躱させぬ距離で放つフローゼルの水鉄砲が、パッチに直撃して押し飛ばす。
踏ん張ろうとしたパッチだが、鳴くような悲鳴を上げて脚の力を失い、水の勢いのまま倒されてしまう。
倒れてなお、ちくしょう負けるかとフィールドを引っかく前足の動きは執念の賜物だが、全身をひくひくさせるその姿は明らかに継戦不可能である。
「頑張ってくれたね……!
だけどもう、戻って……!」
歯噛みする想いでボールのスイッチを押すパールが、パッチを戦線から離脱させた。
あっという間に、残るはお互い一体ずつ。
一時は3対1の状況まで追い込んだのに、草タイプと電気タイプという、水ポケモンに強い二人が立て続けに倒され、今この状況に至っている。
これは、勝負は振り出しに戻ったという実状以上に、パールに風向きの厳しさを痛感させる展開だ。
ましてフローゼルは殆ど無傷であり、ピョコとパッチを立て続けに倒した強豪に、最後のポケモンだけで勝たねばならない。
「さァて! 逆転劇が見えてきたぜ!
どうした、かかってこいよ! 返り討ちにしてやるぜ!」
「ううぅぅ……!」
2対1から1対1に巻き返される展開は、ヒョウタ相手でもスモモ相手でも経験してきたことだ。
だが、3対1の、それも相手に有利なタイプの二人を立て続けに破られるという、これほど追い上げられる展開はパールも未経験だ。
いつだって練達相手の挑戦者の側だったパールは、むしろ劣勢の経験が多く、それでも最後まで諦めずに戦い抜く意志力で薄氷の勝利を掴んできた。
今回のような、確実に優勢であったはずの状況から追い上げられ、余力充分の相手に立ちはだかられる追い詰められ方は初めてなのだ。
最後の一人と決めているボールを握る手も、スイッチを押す指に躊躇いが走って上手く動かない。
果たして勝てるんだろうか。何度も感じたこの気持ちは、今までの中でも一番大きい。
「――――駄目!!」
鞄の中で、飛び出してやるとばかりにボールを揺らした身内に、パールははっとして大声を発していた。
ヘッドマイク越しに会場に響いたその声の意図するところは、マキシにも観客にもわからなかっただろう。
選んだ三人でもないのに勝手に飛び出そうとした誰かさんに、今はやめてと余裕のない叱り方をするパールの姿がある。
後から乱暴な言い方をしたことを後悔しそうなほどの強い声だった。それが出るほど、今のパールは精神的にも追い詰められた中にある。
だけど、静まり返った会場の中で、徐々に頭を冷やしたパールは、意図しない強い声で自分のポケモンに怒鳴ったことに気付く。
後からどころか、やってしまったと。今の時点で表情が歪む。
勝手に飛び出す悪い癖のある子なのは確かだけど、それは自分が最後のポケモンを出すのを躊躇った時間のせいでもあるだろうに。
そんな自分を自覚して、ようやくパールは、自分自身すら追い詰められていたことに気付くのだ。
不意にパールがボールを足元に置き、両手で自分の両頬をばっちーんと叩いた。
マイクを通して会場に響いた音は、マキシも観客もびっくりするようなもの。
プラチナもびっくりしたが、付き合いの長い彼だけはなんとなく、彼女の真意も理解できた。
余裕の無い自分が乱暴な言葉をミーナに向けたことへの後悔、そんな自分に対する強い叱りの行動だろうと。
両頬が赤くなるほど自分の顔を叩いて、ぎゅっと瞑った目を開いたパールは、遮二無二挑み続けた過去のジム戦と同じ気概を強引に取り戻す。
それは、足元に置いたボールを拾ったパールが、彼女なりの最大の力でぎゅうっとボールを握りしめる力にも表れている。
「マキシさん!!」
「おお!」
「絶対、勝ってみせます!
頼んだよ! ニルル!!」
音割れするほどの大きな声で、強い気持ちを表すパールの感情の迸りは、対戦相手にも観客にもその耳をきんきんさせる。
流石にそろそろ耳を塞ぐ大人もいる。プラチナも苦笑いしながら同様。ダイヤ相手にでかい声出せる子だったなぁ、そういえば、というのを思い出す。
いよいよ戦いは完全に客を置き去りにした、挑戦者とジムリーダーの一騎打ちの極地に至ったということである。
フィールドに降り立ったニルルもまた、気合充分で鼻を鳴らしている。パールの気持ちがわかるぶん、それに応えんとする意志もまた強い。
「ニルル………………っ、えっ!?」
「んな……!?」
初動の指示を出そうとしたパールだが、彼女の目には、そしてマキシの目にも、まず予想だにしなかった一幕が映っていた。
首を振り下ろし、自分のお腹にキスするぐらいまで丸まったニルルが、その全身をもごもごと揺らしている。
背中をぐいと上げ、お腹で地面を叩くようにして。それによって軟体が押し潰れるように広がって。
同じことを何度も繰り返し、潰れるように横に広がるニルルだが、背中を振り上げるニルルの体高はより高くなっていく。
小さな小さなカラナクシであったニルルが、もはやそうとは呼べない大きさに膨れ上がった時、ついにそう変容の最たるものが現れる。
軟体の内に秘められた殻のようなものが、バキンとニルルの背中から首の後ろにかけてまで表面化し。
それに伴い頭を振り上げたニルルの、複数コブのようなものが失われ、耳の形をした新たな形状と化した頭部が姿を見せる。
体高も、より平べったくなった接地部分も、全体のシルエットそのものが大きくなったニルルの変貌を表す的確な言葉は、進化の他に存在しない。
「ニルル……!」
「マジか……!
この期でそいつぁ、いくらなんでも予想だにしねぇわ……!」
パッチも、ピョコも、あれだけ頑張ったのだ。
そしてパールは、今でも勝ちたいと思っているはずなのだ。
だったら残された一人である僕しか、やれる奴はいないじゃないか。
何が何でもパールを勝たせたいと、普段は胸の内に秘めていた静かな情熱を、ここにきて一気に燃え上がらせたニルルが、今の彼の姿を叶えている。
「~~~~~~~~~~z!!」
人の耳には可愛らしい鳴き声、そしてニルルにとっては全力の気合だ。
慣れないことをして震えた体が、フィールドに触れている部分を揺らし、くちゅくちゅという音さえ立てるから、ピョコやパッチの咆哮ほど迫力は無い。
ポケモンの進化の瞬間を目の当たりにして興奮し、"トリトドン"の可愛い声に喜ぶ観客には、ニルルの想いの丈など伝わるまい。
ここまでしてくれたニルルの心意気を100%胸を打たれるのは、その胸元を手でぎゅうっとしてしまうパールだけだ。
すげぇもの見せて貰ったぜというマキシも、凄いよニルル頑張れと熱くなるプラチナも、せいぜい70%止まりだろう。
進化したことを自慢げにではなく、勝つぞ、という力強い眼差しで振り返るニルルとパール、その二人の目でしか知り得ないほどのものがここにはある。
「ニルルっ、いこう……!
二人で勝とうね、絶対に……!」
「~~~~~z!」
「やるぞ! フローゼル!
いい挑戦者だよな!? お前ならわかってくれるだろうよ!」
「――――z!」
過去最も頼もしいニルルを前に、それでも自分の力で勝たせてあげたいという気持ちを取り戻し、それは結果的に半々の"二人で"という言葉に。
パールの限界だ。やはり彼女は、ポケモンに助けられての勝利という意識をゼロに出来ない。
そんな中で、せめて自分も勝利のために力を添えられれば、というのを、ことここに至って強く願えるほどには、トレーナーとしての自覚に目覚めている。
そしてマキシも、ジムリーダーとしての一番の楽しみを、フローゼルと共有せずにはいられない。
弱い相手に勝ってもたいして嬉しくもない。当たり前のことだから。
強い相手と勝ち負けの勝負をし、その上で勝利を掴むこと、それを目指すことこそが、ポケモンバトルの一番燃える醍醐味だ。
今やジムリーダーという強者側として迎え撃つ立場となって長く、しかし、強いと認められる相手が目前にいるこの喜びたるや如何たるや。
間違いなく、ここ最近のジムバトルの中で最も熱くなれる一戦。
本来負けて勝者を讃えるべしという、ジムリーダーとしての矜持に反してでも、ここを勝ちたい気持ちが沸き立つ胸の高鳴り。
ショーマンとしても長くなってきたマキシだが、やはり生涯、ポケモントレーナーであるという"本職"は絶対に捨てられそうにない。
概ねダメージの蓄積していない者同士、全力でぶつかっていけるコンディションの者同士で迎えた大将戦だ。
ノモセジムの戦いも、いよいよ大詰めというところである。