ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第49話   ノモセ大湿原

 

「来た来た~! ノモセ大湿原!

 一度来てみたかったんだ!」

「そうなの?」

「テレビで初めて見た時から、綺麗な場所だな~ってずっと思ってたんだ。

 わざわざ話さなかったけど、ノモセシティに来たら絶対寄ろうって思ってた」

 

 マキシとのジム戦を終え、ゆっくり休んで一夜明けた翌日。

 パールとプラチナはノモセシティの傍らにある、ノモセ大湿原を訪れていた。

 

 ノモセシティとはそもそものところ、シンオウ地方以外ではなかなか見られない、大いなる湿地帯の保護に努めたい人々の築いた村が発展して出来たもの。

 人間社会が発達し、自然に手を加えることも多くなった今なお、この大湿原はノモセシティの管轄のもと、殆ど人の手を加えられることなく現存している。

 大湿原入りのゲートをくぐり、パール達が目にしたのは、百年前と何ら変わらぬ自然のままの形で残された大湿原の光景だ。

 

 大湿原は、大きく分けて6つの区画に分かれるのだが、その区画一つ一つさえ町一つに匹敵するほど広大。

 すべて合わせた湿原全体の広さたるや、一日で全区画を回ることなど到底出来ないし、入り口から一番遠い場所まで行くだけでももの凄い時間がかかる。

 そんなわけで湿原内には、区画を素早く渡るためのクイック号と呼ばれる乗り物や、それが走る線路も作られてはいる。

 なるべく完全に自然のまま残したいとは言っても、頼まなくたって客が集まってくる観光名所ゆえ、致し方のない部分もあろう。

 非常に広大なノモセ大湿原、線路ぐらい引いたところで、そこまで自然を破壊していると形容するほどのものではあるまい。

 

「クイック号、乗ってみようよ!

 第2エリア行こ!」

「マリルがいっぱいいるんだっけ?」

 

 水を得た魚のように既に楽しそうなパールに手を引かれ、プラチナも一緒にクイック号に乗る。

 大湿原の入り口には望遠タワーがあり、その上階の望遠鏡から湿原の眺めを見渡すことが出来る。

 いわばこれを先に覗いておくことで、今日はノモセ大湿原のどこを回ろうと決める指針を作ることが出来るのだ。

 先に望遠鏡を覗いていたパールの心を射止めたのは、大湿原の第2エリアで群がっていたマリルとルリリの集団である。

 親のマリルが子のルリリを抱っこしてあやしているかのような姿は、望遠鏡越しに見ても胸がきゅんきゅんしたものだ。

 ぜひ生で見たい。第2エリアに向かうクイック号の中で、まだかなまだかなと身を揺らすパールは本当に楽しそうだった。

 

 

 

 数か月前には入場料の500円を払えば、サファリボールが30個貰えて、ポケモン捕まえ放題という企画をしていたノモセ大湿原。

 ただしあくまで試験的にやってみた企画でしかなく、やっぱりポケモン乱獲が進み過ぎると自然に悪影響を及ぼすかも、という懸念から今はやっていない。

 とはいえポケモンの捕獲自体は、全面的に禁じられているわけではなく、自分で持ち込んだボールでポケモンを捕まえること自体は良い。

 そもそもノモセ大湿原のポケモン達は、様々な理由から、他の場所の野生のポケモンよりは捕獲が難しい傾向にあるからだ。

 

 現在、入場に際してサファリボールは貰えないが、サファリ時代の名残として、湿原のポケモン達に与えてもよいエサは少々頂ける。

 なので大湿原のポケモン達にとって、湿原を訪れる人間とは"もしかしたらエサをくれるかもしれない"人達なのだ。そう学んでいる。

 そんなわけで人間に対してはみんな友好的で、攻撃を仕掛けてくることなんてまず無い。

 バトルにならないので、弱らせてから捕まえるということが出来ないのだ。弱っていないポケモンにボールを投げても、捕獲はなかなか上手くいかない。

 

 相手が友好的だろうがお構いなしで、こちらから攻撃してダメージを与えることで、弱らせ捕獲しようという人もいるかもしれない。

 しかしこれをやってしまうと、湿原内に群生するポケモン達が、あっコイツ悪い人間だ、と見做して一斉に群がってくる。

 どうも大湿原のポケモン同士のコミュニティと結びつきは強いようで、外敵と見做した相手は一致団結して袋叩きにしてくるのだ。

 月に一回ぐらい、そういう良からぬことをしてしまう観光客が、怒ったポケモン達にもみくちゃにされ、ゲート近くにポイされるケースが発生するそうな。

 怒っても泥んこまみれにして人里そばまで運び、帰れ帰れのお仕置き程度で済ませる湿原のポケモン達、なんだかんだで人間には優しい。

 

 乱暴なことをせず、ボールを投げるだけだったら、案外ここのポケモン達は怒らない。

 そもそも無傷で元気なポケモン達、ボールを投げても避けることだって多く、躱すポケモン側も楽しそうにしているぐらいである。

 ボールを当てられたって、ボールから脱出できれば、残念だったね~とばかりにお尻を振って得意げになる個体がいたりも。

 要はここのポケモン達にとって、ボールを投げられるのは遊んで貰っているのと同じ感覚なのだ。

 そしてその余裕とは、もし捕獲されとしたって、人間と一緒になるのも別に悪くはないと思っているからこそ。

 おイタした人間に対する処罰が甘いことからもわかるように、大湿原のポケモン達は本当に人間に対して友好的なのだ。

 何十年にも渡り、ノモセの人々が大湿原のポケモン達と、長く長く友好的な関係を築いてきたからこその関係だろう。

 

 そんなわけで、パールも機会があるならば、ポケモンの捕獲を目指してみてもよい。

 バトルせずの捕獲なので難易度は高く、しかも何個もボールを投げて失敗する想定をするなら、出費もまあまあ厳しいことになりそうだが。

 たった500円でボールを30個確保させて貰えた頃と違い、サファリ企画抜きで来訪者に捕獲を認めても、乱獲するのは難しいという話である。

 

「うぅわあぁぁぁ~~~……!

 かわいぃよぉ~~~……!」

「パール、メロメロだねぇ。

 でも、これは僕にもちょっと気持ちわかるかも」

 

 とはいえパール、今はそんなこと全然考えられる状態じゃない。

 第2エリアに到着したパールは、お目当てのマリルファミリーを前にして、見ているだけで幸せな気分を満喫しちゃっている。

 二匹のマリルリがお父さんお母さんと見え、その周囲には可愛いマリルが5匹いて、泥をかけ合って遊んでいて。

 お母さんマリルリは、ルリリを抱っこしてゆらゆらして、ぐずりそうな顔の赤ちゃんをあやしている。

 お父さんマリルリも、赤ちゃんの頭を撫でており、やがてはその子も安息の表情で目を閉じ、すぅと眠りにつくような仕草。

 一家団欒、それも可愛い可愛いポケモン達の家庭風景である。

 眺めているだけで骨抜きにされそうなくらい可愛くて心和んで尊ささえ感じるのに、ここにボール投げて邪魔するなんてパールには絶対無理。

 

「――――、――――?」

「――――。

 ――――♪」

 

「ふあっ!? プラッチ見て!?

 あのマリルリこっちに手を振ってくれてるよ!? しかも笑顔で!」

「凄いな、ここのポケモン達……

 本当に人間に友好的で……こんな世界をノモセの人達は、長い時間かけて作ってきたんだな……」

 

 一番小さい、5匹のマリルの中では末っ子と見えるマリルが、あれ何? とパール達を指差してお父さんマリルリに尋ねるような仕草。

 それでパール達に気付いたマリルリお父さんは、我が子ににっこり微笑みかけて、怖いものじゃないよと教えてあげる。

 そうしてパール達に笑顔で手を振ってくれるのだ。友好的を通り越して、人間さんのことが大好きとさえ見える。

 トレーナーとそのポケモンに強い絆が生じるという例は、決してそんなに少ないものではないけれど。

 誰のポケモンでもない野生の個体らが、あんなに人間に対して無警戒で、友好的で、親しみたがる環境が、世界広しといえどここ以外にどれだけあるだろう。

 マリルリ親子の愛くるしさよりも、その掛け替え無さにプラチナは心奪われさえするというものだ。こんな世界があったなんて。

 

「パール、ごはんあげてみれば?

 きっと喜んでくれるよ」

「あっ、そうだそうだ!

 ほらほら、おいしいよ~!」

 

 パールは鞄の中から、大湿原の入場料を払った際に貰ったエサを取り出し、それを掲げてマリル達に見せつける。

 それが美味しいごはんなのは、マリル達にもわかるのだろう。

 5匹のマリル達が目を輝かせ、てちてちこちらに駆け寄ってくる。もうこの眺めだけでパールは腰砕けになりそうである。

 

 しかしパールも、ちょっといたずら心がむずむずする。

 そんなつもりは無いけれど、マリル達が近付いてきたところで、鞄の中からボールを取り出して見せたのだ。

 それを見るや否や、マリル達の動きたるや機敏なこと。

 あっ、ワナだ、逃げろ逃げろとパールから距離を取るように散会して身構えるマリル達である。

 ちょっぴりイジワルして反応を見たかっただけのパールだが、マリル達も怒るどころか、来て来て投げて投げて遊ぼうよと楽しそうな顔。

 怒らせちゃったら謝って、エサだけ置いて潔く帰ろうと心を決めていたパールだが、好感度の高すぎるマリル達の態度にもう駄目。腰に力が入らない。

 

「ああぁぁ……プラッチ……

 わたしもうだめ……かわいすぎてしぬ……」

「負け過ぎでしょ。

 ごはんはあげなきゃ、はい腰に力入れて、立って」

 

 本気で腰砕けになるほどメロメロにされているようで、パールの肩に手を置いて、支えありしで立つのが精一杯になってしまうパール。

 流石にプラチナとてこんな絡まれ方は面倒。まあ、共感自体はかなり出来るので疎ましくは無いが。

 しゃんとしてエサあげよう、と促してくれるプラチナに、パールは自分で立ってボールを片付けると、しゃがんでマリル達にエサをもう一度見せる。

 ボールが無くなった、じゃあやっぱりごはんだ、と群がってくるマリル達に、パールは小さなドーナツ型のエサを一つずつ配る。

 

 受け取るや否や、ぱくっと食べてもぐもぐするマリル達、美味しそうに幸せそうな笑顔を浮かべるのだからたまらない。

 さらに、一番体の大きい長男マリルは、そのエサを半分ぐらい自分で食べると、それをお父さんとお母さんのところへ持っていく。

 お父さんも食べて、と差し出す我が子の姿に、心温まる笑顔を浮かべて受け取るお父さんの姿には、パールもなんだかじーんとしちゃう。

 そんなお兄ちゃんの姿を見たら、エサを半分以上食べてしまっていた他のマリルも、親や赤ちゃんルリリのそばへそれを持って行く。

 みんなお父さんとお母さんと、最近生まれたばかりの末っ子ルリリのことが大好きなのだ。美味しいごはんを、自分だけで食べるよりみんなで食べたい。

 両手の塞がっているお母さんマリルリに、長女のマリルが差し出すごはんを、お母さんマリルリはあーんと口を開けて一口貰って。

 次男マリルも同じことをするし、三男マリルは幼いルリリの口元にごはんを持っていってあげて、小さな口でそれをかじって美味しそうに笑う弟の姿に微笑む。

 長女のマリルが、手の塞がっていないお父さんの口元にごはんを持っていって、あーんしてよとねだる姿には、お父さんもちょっと恥ずかしそう。

 あんまり見ないでくれると助かるんだけど、とちらちらパール達の方を見ながら、口を開けて愛娘の差し出すご飯を口にするお父さんマリルリ。

 それで長女マリルが飛び跳ねて喜ぶのだから、お父さんマリルリに限らず、傍観者のパールですら心がてろてろに蕩けさせられそう。

 

「プラッチ……私は楽園を見付けてしまったよ……」

「もういっそここに住めば?」

「悪くないと思い始めている」

「ジム巡りの旅も終わりかな」

「無念っ……!

 これほどの楽園を前にして旅立たねばならないとはっ……!」

 

 あぁ、流石に今の夢と天秤にかければ旅の方が勝つんだな、とプラチナも苦笑い。

 しかし、大袈裟に頭を抱えてリアクションぶるパールの仕草が、まあまあ迫真で面白くもある。

 女の子はやっぱり可愛いものが好きなんだなぁと。ハートをそれに掴まれると、もうどうにもならないぐらい堪らないんだろうなとプラチナも感じる。

 

 半分正解、半分そうでもない。それって女の子に限ったことじゃない。

 男の子でも、女の子でも、可愛いものが好きな子達は、可愛いものを前にした時にはどうにもならないぐらい幸せ。

 老若男女問わず、多くの人にポケモン達が愛されるわけである。

 

 

 

 

 

「いや、でもね、プラッチ。

 私本気で、いつかノモセシティに引っ越して暮らしてみたいって思ったよ?

 この大湿原に関わるブリーダーさん、本気で目指してみたい気分になっちゃった」

「チャンピオンになる夢と比べたらどっちが勝つ?

 けっこういい勝負する?」

「う~~~~~ん……今はやっぱりチャンピオン目指す夢が最優先だけど……

 いつかほんとにそれが叶えられたら、次に目指すところはその辺になりそう」

 

 マリルリ親子から離れ、クイック号に乗り込んで、ゲート付近まで帰ってくる途中、パールとプラチナはそんな話をしていた。

 チャンピオンになるなんて夢、百人いて百人が叶えられないまま終わるほど遠い夢なのに、それを叶えた後の人生設計なんてしちゃって。

 それも、夢を描く子供達の特権である。パイロットにも警察官にも両方なりたいんだけど……なんて言う子供は可愛いものだ。

 それでいい、あるいはそれこそが良い。

 子供には無限の未来と夢がある。賢しい現実に悩むのは大人の仕事だ。

 

 クイック号を降りて、ゲート付近に降りたパールとプラチナ。

 西に行けば第5エリア、東に行けば第6エリアという所で、別段どこを目指すでもなく東向きに歩く二人である。

 目当てであったマリルリ親子はもう見られたので、あとはのんびりこの大湿原の雰囲気を堪能しようという足運び。

 

「あぁ~、でもなんかここ落ち着くなぁ。

 空気がすっごく美味しく感じる。なんでかな?」

「湿地帯好き? 水分があるとパールは幸せ説」

「なにそれ、人を水ポケモンみたいに」

「いや……どっちかって言うと草ポケモンじゃない?

 水があると嬉しいそのカンジ」

「あ、それならいいや。

 ピョコと一緒だ、ナタネさんと一緒だ」

 

 なんだかちょっと満更でもない顔のパール。

 プラチナがパールを掌の上でころころするのが上手になってきた証拠である。

 パールはピョコのことが一番好き、そしてナタネさんにべったり。

 ポケモンみたいだね、なんて言われて喜ぶパールではないが、草ポケモンみたいだねって言うとそんなに嫌な顔をしないのである。

 それをおおよそ見抜いた上で、適当ではなくその言葉を紡ぎ出し、パールの不機嫌化を阻止してむしろ上機嫌にさせるんだから、プラチナってばたいしたもの。

 むしろちょっと嬉しそうに笑うパールの横顔を見て、この子もしかして実は超ちょろいんじゃないかと思ったプラチナの感想、そんなに間違ってない。

 

「ん~、ずむずむするね、やっぱり。

 水を含んでるぶん、土が柔らかいのかな」

「僕達の足跡、けっこう残ってるよ。

 場所によっては、もしかしたら深みに嵌まる場所とかあるかも。

 ちょっとだけは気を付けて歩いた方がいいかもしれないね」

 

 さて、人懐っこいポケモン達と会えるノモセ大湿原だが、ここには湿原ゆえのもう一つの持ち味がある。

 水分を多く携えた大湿原は、どこもかしこも土が柔らかく、靴の裏から足に伝わる感触がなかなかに新鮮だ。

 どこを歩いても1cmは沈むかようにずぶっと足が土に嵌まり、草の生えていない露出した土を歩く限りでは、振り返れば自分達の足跡もくっきり。

 一歩一歩と歩くごとに、ねちゃねちゃとした質感が靴越しに足に響くのは、なかなか他では出来ない体験である。

 アスファルトや人の為に均された道路しか歩いていない現代っ子にとって、これは歩いているだけでも非日常的経験だ。

 

「ぺちゃぺちゃっ」

「ちょっとパール、何してんの。

 靴が汚れるよ」

「ん~、これだとちょっと走っただけでも靴下まで泥だらけになりそうだね。

 よしっ」

「えっ、えっ、ちょ、ほんと何してんの?」

 

 足先で湿地の土を蹴り、泥を前方に跳ねさせるパールの姿は、いったい何をしてるんだろうとプラチナには映る。

 それだけならまあいいのだが、よしっ、と一言残してパールが取る行動は、プラチナから見て奇行とさえ感じられたものだ。

 近場の木に手を置いて、右足を上げて靴を脱ぐと靴下も脱ぎ、裸足になった右足で柔らかい土を踏みしめると、左足も同じようにする。

 そうしてその木の根元に、靴下を丸めて入れた靴を置いて、自分は両足ともに裸足で湿地の土をぎゅっと踏みしめるのだ。

 

「あははっ、柔らかいよ、ここの土。

 プラッチもやってみない? 」

「ぼ、僕は結構です……

 パール、急にどうしたの、そんなに柔らかい土を素足で踏んでみたかったカンジ……?」

「え~、そんなことで学者になれるの?

 ここのポケモン達が毎日のように踏みしめてる大湿原の土、素足で踏んでみて経験してみようぜぇ?」

「どういうキャラになりたいのさ……」

 

 ちょっと引いてるプラチナである。

 でも、パールはプラチナの白い目に晒されながらもなんだか楽しそう。

 なんだか野生児を見ている気分のプラチナだ。魅力的な女の子だなと思っていた相手が、急にヘンなことし始めると衝撃度もまあまあ高い。

 そろそろ彼女を異性として意識し始めていたプラチナにとって、これは目覚めかけていた気持ちもふっと冷める事象には違いあるまい。

 

「プラッチわからないかなぁ、こういうの。

 まあいいもん、私達は私達で楽しむからね?

 みんな、出ておいで! 一緒に遊ぼ!」

 

 正直、自分が女の子としてどうかなという行動を取っているのは、パールも自覚があるのだろう。

 明らかに顰蹙を買っているような目を向けられることに苦笑いしつつ、パールは自分の鞄をぽんぽんと二度叩く。

 パールにはパールなりの、大事にしたい何かがある。プラッチにどう思われようと、彼女にとっては他の何より大事にしたいものがあるのだ。

 

 モンスターボールはスイッチを押すことで中のポケモンを出せるが、中のポケモンは自分で飛び出してくることも出来る。

 みんな出ておいで、というパールの声と仕草と鞄を叩く音で、パールのポケモン達が外に出てくる。

 ここで特筆すべきは、ピョコも、パッチも、ニルルも、パールからはやや離れた場所に姿を現したことである。

 パールのそばに姿を見せたミーナが、着地の瞬間に湿地の泥を跳ねさせて、パールの膝近くを汚した一幕が、ピョコ達が離れた場所に着地した所以そのものだ。

 

「てやっ! どろかけっ!」

「――――!?」

 

 自分達がこんな湿地に降り立つと、跳ねた泥でパールの体や服を汚してしまうと思ったから、みんなパールから離れた位置に降り立ったのである。

 しかし、パールは靴を置いた木のそばに鞄を置くと、両手で湿地の土に救ってピョコにぶっかけた。

 顔にべちゃっと泥をかけられたピョコは、それ自体にも驚いたが、女の子のご主人が自分から綺麗な手を汚したことにびっくりする。

 それこそ同じ女の子で、流石に頭の毛や背中を汚すのは好まないパッチなんて、パールの行動を同じ女の子の行動とは思えず目を丸くしたものだ。

 

「あっ、ピョコが怯んでる!

 プラッチ見て! 今は私がピョコに勝ってるよ!」

「え、えぇ……?

 まあ、そういう解釈も出来るの、かな?」

「さあどうしたピョコ~!

 かかってこいこい! いつもの頼もしいあなたはどうした~!」

 

 なんで急にピョコを挑発しているんだろう。

 プラチナも奇行続きのパールに顰蹙全開である。まあ、付き合いのいい彼なので掛け合いには良い反応をするが。

 しかし、それこそピョコもどう返せばわからず、意見を求めるようにパッチに顔を向けている。そんな顔されてもパッチも困っているが。

 

「――――z!」

「うひゃあっ!?」

 

 しかし、ここで空気を呼んだニルルが行動を起こす。

 湿って滑りやすい土の上をにゅるる~っと滑っていき、ぴょいんと跳ねてパールの胸元に飛び込んでいく。

 トリトドンは案外体重があるのだが、ニルルはそれをわかっていて、体当たり気味にパールに突っ込んでいくそのダイブもやや弱め。

 それでもパールにはそこそこの重みであり、やわく突き飛ばされたパールが湿地の上に尻餅をつく。

 何してるの、パールが泥だらけになっちゃう、と焦るピョコとパッチとプラチナの前、ニルルは尻餅ついた姿勢で座ったパールにじゃれついていく。

 

「わわわっ、ちょぉっ……!

 ニルルだめだめそんなのっ、力押しなんて反則……っ、ちょ、やめてやめて離れてっ、くすぐったいからっ!」

 

 元々全身を粘液で光らせる上、触れた土を身に吸いやすいニルルが、パールを押し倒してのしかかるようにじゃれることで、いよいよパールは泥まみれ。

 背中を湿地の土につけ、ニルルに胸元へ頬ずりされ、自分の下半身を乗っかったニルルにぬめる体で揉まれて。

 流石に顔に泥を塗るのは憚られるのか、パールの顔だけには触れないようにする辺りは、雄にしてニルルも紳士的だ。

 その一方で、大事な髪の先が泥にまみれようとも気にせず、触れれば手が泥と粘液だらけになるニルルを、だめだめと押し返そうとするパールの姿もある。

 

「――――z!」

 

「!?」

「――――!?」

 

 待って待って、女の子のパールにそんなことしちゃ駄目だよ、と歩み寄ったピョコとパッチに、ニルルが弱めの泥爆弾を投げる。ミーナにもだ。

 湿地の土を力の源として撃つ、しかし攻撃的な威力の無い泥爆弾。要するに、柔らかい泥団子をべちゃあと投げ付ける、威力の無い戯れ。

 顔を泥まみれにされたピョコとパッチとミーナが、首を振ったり顔を拭うなりする中、ふんすと鼻を鳴らす音を大きめに立てるニルル。

 すっかり"いばる"を使いこなしている感がある。煽りに回ると上手い顔をする、言い換えれば誰が相手でも上手く挑発する千両役者。

 

「――――z!」

「――――――――z!」

 

「わ゙~ちょっと待ってぇ!?

 私が巻き添えに……ひえええっ!?」

 

 しれっとパールから離れて臨戦態勢を取っていたニルルだったが、彼の挑発で火のついたピョコとパッチによる猛撃が始まった。

 パッチは器用に両前足で泥を掬い上げ、ニルル目がけてぶん投げる。

 ピョコは自ら湿地に顔を突っ込み、口の中に吸い上げた泥をスプレーのように噴射してくる。

 狙いはもちろんニルルなのだが、そしたらニルルのそばにいるパールにも当然ぶっかかる。

 両腕で顔を庇うパールだが、次の瞬間にはパッチがニルルに跳びかかり、組み付いて泥の中をごろんごろん。

 ピョコはお前も入ってこいとばかりにミーナの腕を軽く咥え、ぽいっとニルルとパッチがくんずほぐれつの中へと投入。

 そしてピョコも、その輪に加わっていくのである。

 4匹参戦の泥んこレスリングの開幕である。四人で絡まり合い、頭のてっぺんから足の先まで湿地の泥にまみれての組付き合いになってしまった。

 

「ふえぇ~、どろどろになっちゃった」

「それ多分、洗濯しても落ちないよ……」

「いいのいいの、私達、旅してるんだよ?

 ちょっとの落ちない汚れなんて、色んな場所を歩いてきたんだぞ~っていう勲章みたいなもんでしょ」

 

 顔は綺麗で服は泥だらけ、スカート含む下半身なんて綺麗な所の方が少ないパールには、プラチナも女の子らしからず過ぎる姿に心配すら覚える。

 しかしパールはあっけらかんと、泥まみれの体で手をひらひらさせて笑うのみだ。

 勝手なプラチナの想像だが、やんちゃ盛りのダイヤに引っ張り回される幼少時代、泥遊びには慣れっこなんだろうかなんて思っちゃう。合ってるが。

 

「ひゃっ、飛んできた飛んできた。

 プラッチ、汚れるのヤだったら私から離れてないと危ないよ」

「うわわっ……う、うん……」

 

 さしてパールと離れていない場所でくんずほぐれつするピョコ達は、湿地の土をばちゃばちゃ跳ねさせてのじゃれ合いだ。

 けっこう激しい。こっちまで飛沫が飛んでくる。

 慌てて離れるプラチナだが、パールは飛んでくる泥が目に入らないよう手と腕で守りながらも、泥の冷たさを楽しむかのように笑っている。

 彼女が見つめて顔を逸らさないのは、楽しそうに遊ぶ四人の姿。

 泥が届かないぐらいの遠くからじゃなく、近い位置で自分のポケモン達が笑顔ではしゃぐ姿を見たいのだ。

 愛くるしいマリルリ親子を、望遠鏡越しじゃなく間近で見たいと思うのと同じなのだろう。最高の景色は、やっぱり近くで見てこそである。

 

「……あぁ、そっか。

 だから、なんだな……」

 

 プラチナにも、やっとわかった。

 ピョコも、パッチも、ニルルもミーナもそう。女の子のパールがそばにいると、奔放にはしゃぐことが出来ない優しい子達。

 自分達がこんな所でばちゃばちゃ遊んだら泥が飛ぶのだ。現にパールに呼ばれて出てきた時、彼女から離れた場所に着地点を選んでいたぐらいだ。

 だけど、パールが既に泥まみれになってしまった今、そうなったって気にしない姿を見せてくれたパールを見ればどうか。

 気兼ねが無くなり、四人で思いっきり遊び始めたではないか。

 靴を脱ぎ、素足を泥で汚すことも平気な姿を見せたことに始まり、私はどうなってもいいから好きなだけ遊ぼう、と示したのがパールなりの表現手段。

 ニルルがパールを押し倒し、もみくちゃにして泥を塗りたくったのは、きっとそういう意図を読み取ったからだろう。賢くて気付けるニルルである。

 

「私も混ざるぞ~!

 ピョコが強いな、よーし劣勢のパッチとミーナにサポートだっ!」

 

 土を両手で掴んで固めて、ピョコ目がけて投げるパールも、その輪に入りたがってすらいる。

 離れた場所から見る、パールの楽しそうな横顔を見て、自分に同じことが出来るだろうかってプラチナは考えてしまう。

 きっとダイヤのような幼馴染と一緒に育った彼女、泥遊びの経験もありそうだとは確かに想像もつくけれど。

 大好きなポケモン達と遊ぶためなら、旅の大事な一張羅をあれだけ泥まみれにすることも厭わない姿に、彼女がポケモンに向ける好意の強さを感じてやまない。

 親しくなりたければまずは自分が合わせる。人と人同士でも大事なことだ。

 

「――――!?」

 

「……あっ」

「あっ」

 

 さて、しかしながらたまにスベる辺りがパールの詰めの甘いところか。

 ピョコを狙って投げた泥団子は、そうと知らず動いてたまたま避けたピョコのそばを素通りし、ミーナの顔にべちゃあと当たった。

 サポートするよと言った相手にフレンドリーファイアしてしまったことが問題?

 いや、それもそうだがパッチに当てるよりやばい相手に、よりによって。

 

「ご、ごめんごめんミーナ!

 わざとじゃな……ひえぇぇなにその笑顔!?」

「――――z!」

「ちょっと待っ、ふぎゃうっ!?」

 

 ミーナはそんなに怒っていなかった。むしろにま~っと悪い笑顔だった。

 泥をぶっかけられたこと自体より、パールに攻撃する大義名分が出来たことの方が嬉しかったかのように。

 そして素早いミーナがパールに駆けだしたら、後ずさるパールに逃げ場なんて無いのである。

 胸元に飛び込んでくるミーナに押し倒され、再び泥へ尻餅をつくパールだが、ミーナはさらにパールの胸を押して湿地に背中まで着けさせる。

 そのまま全身パールに預けて起き上がらせないように押さえつけると、泥いっぱいになった顔でパールに頬ずりしてくるのだ。

 

「ぷわっ、ぷへっ……!?

 無理無理だめだめっ、降参っ、降参しますっ!

 負けたっ、負けたからやめて~! たすけて~!」

 

 あんたの塗った泥だぞ、あんたの顔も泥んこにしてやる、と、汚された顔でパールの顔を汚しにくるミーナであった。

 圧の強い力で押さえつけ、パールを起き上がらせない、寝返りさえ打たせない、そんなミーナの全身に胸と首元を制圧されてパールは逃げ場無し。

 泥まみれの体同士でぬるんぬるん上半身をもみくちゃにされるとくすぐった過ぎて、抵抗する力も半減する。絶対もうどうしようもない。

 くすぐったいわ顔をべちょべちょにされるわ、助けを求めるパールの声に、苦笑い気味のピョコ達が寄ってきて、どうどうとミーナを宥めてくれる。

 気の済んだミーナは、パールの胸を股下に立って胸を張り、どうだまいったかと鼻息を鳴らす。

 全身余すことなく泥一色にされてしまったパールは、くすぐり混じりの中で必死に抵抗したのもあり、息切れした体で胸を上下させてミーナを見上げるのみ。

 

「も、もうかんべんしてぇ……

 ミーナの攻撃、きっついよぉ……」

「――――♪」

「やっ、ちょ……!?

 な、なんでまた!? たっ、たすけてえぇぇ!?」

 

 くたくたになったパールを見て何のテンションが上がったのか、再びミーナはパールに覆いかぶさってきた。

 泥まみれの体をパールに預けてもみくちゃにして、また頬ずり頬ずり。

 これがとにかく上半身全部くすぐったい。笑わせ殺されそう。

 ピョコもパッチもニルルも、もう流石にそろそろ……と小さい鳴き声で制止しようとはしているが、なかなかやめないミーナである。

 こういう時、力ずくでやめろと訴えられない辺り、パールを守るためとて身内には強く出られないのがピョコ達の甘いところなのかもしれない。

 

 結局パールは、過呼吸になるほどくすぐられて汚されて、ようやく再び満足したミーナのお尻の下に敷かれ、指一本動かせないほどぐったりさせられた。

 元々パールへの懐きが悪いミーナだが、パールを攻め始めた時の容赦なさは格別である。

 以前と比べれば、ややアプローチが遊び混じりで距離が近まっているとも捉えられるが、当事者パールにしてみればダメージの大きさはたいして変わらない。

 ようやくミーナの猛襲から解放されても、パールはしばらく息を整えることだけで精一杯で、もはや死体同然の有り様で横たわるのみだった。

 

 

 

 この後なんとか立ち直ったパール、湿原でみんなと遊ぶ時間を再開したのだが、存分に遊んで大湿原から出る段階で、人の目を引いたことは言うまでもない。

 そもそも湿原ゲートをくぐる時点で、全身泥んこになって帰ってきた女の子の姿に、係員が目をひん剥いたのは言わずもがな。

 顔ぐらいは洗わせて貰えたが、そこまで湿地で泥まみれになる子がいるとはノモセ側も想定外であってシャワーなんて無い。

 ようやくその段階になって、自分がぶっ飛んだ姿になっていることを理解したパールは、顔から火が出る想いでポケモンセンターに向かった。

 通行人らに二度見されまくったこと、うち何人かにくすくす笑われ、お風呂までの道のりが遠かったことはパールの黒歴史になるだろう。

 流石にこの時ばかりはプラチナでさえ、今のパールと並んで歩くのはヤだな……と思ったものだ。ごく真っ当な感想である。

 

 ポケモンセンターに帰り着いたのは夕過ぎ。

 相当長い間、大湿原で遊んでいたようだ。

 お風呂に入って、泥んこまみれになった服を洗濯して、多少の沁みが残ってしまった服を改めて着たパールが、プラチナと苦笑いまみれの話を交わして。

 あとは二人、お互いの寝室に分かれて一夜のおやすみである。

 こうしてノモセ大湿原でどたばたと遊び尽くした一日は終わりを告げ、明日の再出発に向けて二人はゆっくりと身体を休めるのであった。

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