ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第51話   212番道路(豪雨)

 

 

「くそー、強いな!

 釣りもイマイチだし、今日は風向きが悪ぃや!」

「ありがとうございましたー!

 おじさんのギャラドス、強かったですよ!」

 

 湿地帯エリアを抜けたパール達は、川辺を進む水際エリアを歩いていた。

 沼だらけの湿地帯エリアには流石にポケモントレーナーも少なかったが、このエリアはトレーナーも多い。

 とりわけ釣り糸を川に垂らす、釣り人トレーナーの数が多く、そういう人達は水ポケモンの使い手がやや多め。

 皆さんやっぱり大事に育ててきたポケモンだけあって、バトルとなればなかなか強い。

 とはいえ、マキシのそれと比べれば一枚も二枚も劣る相手、連戦気味ながらも快勝続きで、危なげのない勝ちっぷりを続けている。

 

「しょうがねぇ、今日はもう切り上げるか。

 お前さん達もそろそろ急いだ方がいいぞ、たぶん雨が降るからな」

「えっ、うそ?

 めちゃくちゃ晴れてますよ?」

「甘いぞ、この辺りの天気は本当にすぐ変わるんだ。

 この湿気はかなり怪しい。まあ、急いだ方が身のためだぞ」

 

 ここでの釣りに慣れている口ぶりのおじさんが、荷物を整えて帰ろうとする中、パールは空を見上げて少し信じられない顔。

 お空真っ青、快晴ぴかぴかお昼時。雨なんて降りそうな予感は1ミリも無い。

 しかしながら、帰りを急ごうとするおじさんは、絶対に降るぞという自信満々の顔である。

 

「それだけ泥まみれで身体を冷やしてるところに、雨までくらっちゃ風邪を引きかねないぞ。

 悪いことは言わないから急ぐこった」

「えぇと……あ、ありがとう、ございます?」

「くくっ、信じられないって顔をしてるな。

 まあ、すぐに思い知るよ。いいか、急ぐんだぞ?」

 

 あまりに晴れ過ぎた空を目の当たりにして、ちょっと信じられない本心があるのは仕方ない。

 去っていく釣り人おじさんも、信じて貰えないことに不快感は得ていない様子。そりゃあこれだけ晴れていればな、と納得も出来るので。

 はてさて、どうなることやら。

 

「まあ、とりあえず行こう。

 どのみち暗くなる前に212番道路を抜けてしまいたいしね」

「うん。

 でもホントに降ったらどうする? あのおじさん、エスパー認定?」

「予報も見ずに天気を当てる人って案外いるからねぇ。すごい人。

 天気予報は……ん~、降水確率30%だって。どうだろ?」

「ホントに降ったらあのおじさん、天気予報に勝っちゃってるね」

 

 疑問を感じたらすぐポケッチを閲覧し、アプリで212番道路の天気予報を見るプラチナ。

 ポケッチは、今時の子にとって欠かせない便利アイテムである。

 雨が降るかどうか、半信半疑のまま進んでいくパールとプラチナは、泥の足跡をつけまくって橋を歩いていく。

 

「むしろ雨が降ったら、泥を落としてくれるから助かるかも」

「それ女の子のセリフじゃない、原始人の発想」

「かぴかぴしてて気持ち悪いんだもん~。

 もっと言っちゃうと、川に入って一度洗いたいぐらいだよ。

 流石にそこまではやらないけどさ」

 

 湿地帯エリアで何度も深沼に嵌まった二人、たいそうひどい有り様だ。

 下半身はおろか、所によっては特段深い場所に沈むこともあって、胸の下まで泥沼に沈んだ跡が残っている。

 歩くにつれて少しずつ土は落ちてきているが、服に沁み込んだ泥と水分は今でも残っている。

 その一方で、布地の薄いスカートや靴下だけが乾きも早く、土にまみれたまま乾いてかぴかぴになっており、それもパールにとっては嫌な感触だ。

 

 そのくせ靴の中はぐじゅぐじゅなので、一歩歩くごとに嫌な感触を足に感じるという調子である。

 河に架かる橋を渡り、土や草の上を歩く時なんかは、ここもやや湿った土で僅かに沈むので、靴の中の嫌は感触は如実。

 時々分かれ道らしい所に至ったら、ノモセのポケモンセンターで貰ったパンフを見て、道を間違えないように進んでいく。

 寄り道はしない精神だ。なるべく最短で進もうという意識から、早足ではないものの急ぐ意識は垣間見える。

 

「むむっ! そこの二人、トレーナーですな!?」

「あっ、はい! トレーナーです!

 さてはお兄さんも!」

「いい反応ですな!

 これはポケモンバトルも辞さない精神の気配!」

「やりますやります!

 よろしくお願いします!」

 

 しかし、トレーナーに遭遇すると、喜々として勝負を受けてしまうパール。

 ポケモンコレクターと見える眼鏡のお兄さんと対峙して、ボールを手にした相手の前、自分も鞄からボールを取り出して。

 さっきのバトルではパッチが活躍した。次は誰にしよう? 直感的に選んで彼女が手にしたのはニルルのボールである。

 

「さあ行きますぞ! イシツブテ!」

「いくよ! ニル……って、また!?」

 

 ニルルのボールを投げようとしたパールだが、鞄の中からミーナが飛び出してきた。

 元々こういう所がある子ではあるのだが、今日はどうも今までよりも頻度が多い。

 先の釣り人お兄さんとのバトルの前にも、何人かのトレーナーとバトルしてきたが、その中でもミーナは何度もこうして勝手に飛び出している。

 今日は妙に張り切っているというか、出しゃばりたがるというか。

 

「岩ポケモンのイシツブテにミミロルとは!

 相性はよくないですぞ!? 大丈夫ですかな!?」

「んむむ、えぇと……!

 大丈夫ですっ! ミーナ、とびげり!」

 

 バトルの出だしで想定と違うことをされると、一度やろうとしていたことを全部捨てねばならないので、パールも少し考える時間が生じるが。

 すぐに思考を素早く巡らせ、イシツブテ相手に放つミーナの最善技を導き出す。

 その結論を出すのが早い辺り、パールもミーナの勝手な飛び出しには、そこそこ慣れてきつつあるようだ。

 

 鼻息ふんすと気合の入っていたミーナは、パールの指示を受けてイシツブテに弾丸のように飛んでいった。

 その強烈な跳び蹴りは、躱そうとしたイシツブテを逃がさず、その額に強烈な一撃を叩きこむ。

 額の石の破片を少々散らしながら、蹴飛ばされたイシツブテは地面に転がり、顔を上げようとはするが体を起こせるに至らない。

 岩タイプには効果抜群の格闘キックで、どうやら一撃KOと成ったようだ。

 

「なんてこった! まさか一撃でやられるとは!

 可愛いお姿のミミロルですが、どうやらよほど強くお育てになっているようですな!」

「あはは……ミーナ、凄いね!

 格好よかったよ!」

 

 驚愕気味にミーナを賞賛する相手トレーナーと、褒めてくれるパールの声に、腰に手を当てふんぞり返る仕草で誇るミーナである。

 どうだ凄いだろ、とも、当然でしょ、とも見える。とにかくドヤが凄い。

 血気盛んに出てきただけあり、やはりこういう自分を見せつけたかったようで、それが果たせればやっぱり誇らしいというところ。

 

「んん~、申し訳ないがバトルはここまでで!

 こちら、残りの手持ちはみんなイシツブテですのでな!

 おたくのミミロルにみんなやられそうですし、みんなやられちゃ帰りが大変そうですからな!」

「わかりました!

 ありがとうごさいましたー!」

「それでは、僕は帰るとしましょうかな!

 曇ってきましたし、そろそろ雨が降り始めるかもしれませんからな!

 それでは!」

 

「えっ……あれ、うそ? ほんとに?」

「うわ……こ、これは確かに……」

 

 先の釣り人おじさんから雨予報を聞いてからは少々の時間も経っているが、ふと空を見上げてみると雲が増えている。

 ほんの30分前は快晴そのものだったのに、上手く日の光を遮らないよう曇り空になっていたせいで、見上げてみるまで気付かない。

 しかし、空の大半を占める雲は厚い。見るからに重そうなほど分厚い。

 もしあれが全部水になって落ちてきたらぶっ潰されそうなほどの大雲である。

 

「すんごいあっさり天気変わったね……これ絶対すごい雨降るよね」

「湿度が高すぎて、低気圧だとかほんのきっかけですぐ雲が出来るとかそんな感じなのかなぁ……」

「プラッチ理屈っぽい。学者ごっこしてる」

「一応学者志望なんで……うん、これダメだね。

 どう足掻いても振られたら逃げようないね」

 

 話している間に上空の雲が流れて、太陽をすっぽり覆い隠して少し暗くなった。

 もう降る。これは絶対降る。そう覚悟していい。

 パールもプラチナも、雨が降る前に212番道路を抜けきることを早々に諦めた。地図を見ればわかるけど、まだ半分も越えていないもの。

 いつ降りだすかはわからないけど、あの空模様で今から一時間も二時間も空が我慢してくれるようにはとても見えない。

 

「えーっと……

 『212番道路の夕立は特殊で、勢いよく降ってもそう簡単にやむとは限りません。

  旅の中で当たってしまったら、雨宿りして凌ぐことは考えない方がいいです。待っている間に暗くなってしまいます。

  ただし、大雨の中で湿地帯を歩くのは滑りが増して危険なので、湿地帯の前では雨がやむのを待つか、高台ルートを進むのが得策です』

 ――だってさ」

 

「湿地帯エリアはもう抜けてるから……」

「濡れても気にせず行った方がいいってことだね。

 はい、頑張ろうね、パール」

「諦めてびしょ濡れになれとも聞こえる」

「そだね」

 

 降る時は突然でも降る、そして降りだせばどざぁとくる。

 それが212番道路の特色として有名で、パンフにわざわざそう書かれるほど。

 降水確率30%からこの流れ、天気予報への不信感が上がる上がる。

 まあ、予報とて現地のつぶさな変化から毎秒更新で発信しているわけではなく、昼前発表予報なので仕方ない。

 

「うえぇ、またびちょびちょになるのかぁ……

 あの恰好でヨスガシティに入るの絶対恥ずかしいよぉ」

「トバリシティに着いた時もそうだったもんねぇ」

 

 お天気には文句が言えない。我慢するしかない。

 ぼやきながら再び進み始める二人、夕立の直撃を覚悟しつつ。

 そんなことを語らいながら進む中、さっそく小粒の雨が二人の体を濡らし始めているのだから、堪え性の無い212番道路である。

 きっと、早めに切り上げた釣り人のおじさんも、湿地帯辺りで雨の直撃を免れていまい。

 本当に天気の急変が突然な212番道路だと、パールとプラチナも印象付けられる旅へと相成ったのだった。

 

 

 

 

 

 果たして降り始めてから30分ぐらい経ってのところである。

 本降りとなった空の下、パール達の進行はむしろ早くなった。

 激しい雨のもと、増水しつつある河の中にでも落ちたら大変だ。流石にこの天候事情で、河の近くでバトルを仕掛けてくる人はほぼいない。

 結局のところ、ただでさえ長い212番道路、進むにあたって一番時間がかかる要素は道中何度も相見えるトレーナーとの皆さんとのバトルである。

 道中でポケモンバトルさえせず、早足ですたすた進めばテンポは良い。

 

「ミーナっ、そこだよ! メガトンキック!」

 

「ぬわーっ!

 私のユンゲラーがっ!」

 

 しかし、水際エリアをようやく越え、最後の草木エリアに突入すれば話は別。

 こんなにざんざか雨が降っているのに、それでもロードワークするような人達って、雨が降ってるからバトルはやめとこうとはならないらしい。

 パール達と遭遇した研究員姿のお兄さんにバトルを申し込まれ、今しがた決着がついたところである。

 

「くぅ~、負けた負けた!

 なかなか骨のあるミミロルだった!

 君達もそうだがね。こんな大雨の中で傘も差さずに根性あるねぇ」

「いや~、それはお兄さんにも言えることじゃ……」

「ふふふ、僕はいいんだよ!

 こうしてずぶ濡れになってこそ、この湿度高い212番道路の天候に肌で触れ合えるってものさ!

 フゥー! 雨はいいね! キモチイイッ!!」

 

 変な人だけど悪い人ではなさそうなので結構なこと。嗜好は人それぞれ。

 シャワーかと思うほどの夕立級豪雨の中で、苦笑しながら平静テンションでお兄さんと喋っているパールとプラチナも、今はちょっと変。

 

「じゃあ僕は場所を移すよ!

 少年少女! カゼ引かないようにな!」

「はーい! お兄さんも!」

 

 こんな豪雨の中でもロードワークするような人は精力的である。

 がさがさ道はずれの木々の間へと進んでいく姿に手を振ったパール。

 あとはプラチナと一緒に順路を再び歩みだす。

 

「ミーナ大丈夫? まだ戦えるの?」

「――――z!」

「わわっ、なんで怒るの~!?」

 

 さて、草木エリアを歩くパールだが、バトルを終えたミーナをそのままボールから出しっぱなしにして、並んで歩いていく形。

 野生のポケモンが飛び出してきやすい環境になってきたので、ポケモン一体は常に出して急襲に備えるスタンスである。

 

 今日はなんだか張り切っているミーナ、トレーナー戦になるたび呼ばれてもいないのに飛び出してきて、何戦も済ませた後である。

 そろそろ疲れてきてるんじゃないかな、一度ボールに入って休んだ方が、と含むパールの言葉に、きっ、と睨んでパールの身体をぺちぺち叩いてくる。

 小さな背丈で背伸びして、なるべく高い場所を攻撃しようとしてくるミーナの手、けっこう痛くてパールも逃げ惑う。

 

「わ、わかったから、もう言わないから……

 が、頑張ってねミーナ? 頼りにしてるからね?」

「――――z!」

 

 当たり前でしょ、全部私に任せといて、とばかりに鼻を鳴らすミーナが、ずいずいパールの前を歩いていく。

 気難しい上、言葉も通じないから、何をきっかけにあんなにぷんすかするのかも判然としない。

 なかなかパールの手に余すミーナである。しかし、溜め息混じりながらも苦笑止まりでそれを追うパールの表情には、もうやだの気配は一切無い。

 正直プラチナ目線では、パールがもっと辟易とした顔をしたって責められないぐらい、ミーナの気難しさは深刻なのだが。

 

「パール、我慢してない? 大丈夫?」

「あははっ、大丈夫だよ私は。

 まだまだミーナの気持ち、わかんないとこもあるけど……やっぱり、どうせ嫌いにはなれっこないんだしね。

 ゆっくり、わかっていければいいなって思ってる」

「達観してるなぁ……」

 

 土砂降りの中で、普通にお互いを見て話すパールとプラチナである。

 濡れた自分をあんまり見られたくないパールも、ここまで降られちゃもう気にならないらしい。

 降り過ぎ。でかい雨粒にびしばし身体を打たれてちょっと痛いぐらいだもの。

 目をぱっちり開いていられないし、なんとかお互いの表情を見て取って話すので精いっぱいの二人、濡れて張り付いた服と浮き出た体のラインなぞ見えない。

 びしょ濡れになると、見るな見るなとプラチナにきつく注意するはずのパールだが、ここまで視界最悪級の豪雨の中では逆に気にならないようだ。

 

「達観してるっていうか、まあ私もちょっとは悩んだことあったけど……

 でも、だからってミーナとお別れとか、それって絶対あり得ないことだけは決まってるって結論出ちゃってるからさ。

 じっくりミーナのこと知っていって、いつか仲良く出来るようになったらいいな、ってずっと追いかけ続けたいと思ってるよ」

「……まあ、そっか。言われてみれば、そうだよね」

 

 全然言うことを聞いてくれない、時間が経っても懐いてくれないポケモンとの付き合い方は、人によって様々だ。

 逃がしてしまう人もいる。お互い好きになれそうにないと結論付いたら、道を分かつことも、双方にとって悪いことばかりじゃない。

 だけどパールは、自分がそういうことを出来ないタイプだと、悩んだ末にはっきり自覚していると見える。

 一度自分の意志で捕まえたポケモンなのだ。自分の都合や気分でお別れにはしたくない。それも一つの考え方であろう。

 

「…………もし、ミーナが私と一緒にいるのがイヤだって思い知らされちゃったら、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうけど」

「考え過ぎだよ、ミーナも何だかんだでパールの望むとおりにバトルしてくれるし、言うことも聞いてくれてるじゃないか。

 気持ちのすれ違いはあるかもしれないけど、ミーナだってきっと、パールと一緒にいるのが嫌だってことはないと思うよ」

「あはは……ありがと、プラッチ。

 ごめんね、こういうのって私が弱気になってちゃダメだよね?」

 

 ミミロルというのは、そもそも人に懐きにくいものだと言われる。

 パールも知識としてはそれを持っている。でも、やっぱり長いことつんけんされると、自分と一緒にいるのは嫌なのかなって不安にもなる。

 そうじゃないと信じて一緒にい続けるしかないのだ。パールが、ミーナと一緒にい続けたいのだから。

 プラチナが優しく励ましてくれるとおり、ミーナはバトルにおいてパールの言うことを聞いてくれるぐらいには、疎通の全く通じない相手じゃない。

 抱えている不安の一部を吐露したパールだったが、作り笑いよりも一歩前にでた前向きな笑顔を浮かべ、プラチナの励ましに応じていた。

 

「……おっ?

 君達もトレーナーか? ミミロルを連れてるようだが」

「あっ、はい! バトルですか?」

 

「話が早いわね! どう、勝負しない?

 こっちも二人、あなた達も二人、ちょうどいいんじゃない?」

「プラッチ、やろやろっ!

 ダブルバトルだよ!」

「うん、わかった……!

 僕もたまには、やらなきゃね!」

 

 そうして進んでいたら、二人一組のトレーナーに遭遇。

 身なりからして、ポケモン達の生息する自然保護などを目的に活動する、ポケモンレンジャーのお二人とは察せた。

 男女である。単なる同志かもしれないが、もしかしたら恋人同士かも? 口には出さないが、そんなことをつい考えちゃうパールっておませさん。

 

「ミーナ、いくよ! 任せるからね!」

「――――z!」

「よしっ、ピッピ、頼んだよ!」

 

「あははっ、ポケモンにニックネーム付けてるのね!

 いいわね、私もそうしてみようかな!」

「そういうの、いいかもな……! まあ、今はバトルだ!

 行くぞ! ポッタイシ!」

「いくわよ! エイパム!」

 

 気合充分のミーナに先陣を任せるパールと、今日はピッピを繰り出すプラチナ。

 相手方も一人一匹ずつのポケモンを出してきて、さあバトルの場は整った。

 雨が降っている。すっごい降っている。

 しかし双方四名、バトルが始まってしまえばそんなこと全然気にしなくなっちゃう程度には、その精神はポケモントレーナーそのものだ。

 特筆すべきは、バトルは自分の本分じゃない、学者になりたいんだと言っていたプラチナまで、今じゃこうして当たり前のように燃えているところだろうか。

 

「ミーナ! エイパムにとびげり!」

「でしょうね……!

 エイパム、バトンタッチ!」

「へっ!?」

 

 さて、さっそくノーマルタイプのエイパムに向け、威力の高い跳び蹴りをミーナに指示したパール。

 しかし女性のポケモンレンジャーは、エイパムに引っ込むことを指示。

 自らボールの中に引っ込んでいったエイパム、そして既に跳び蹴りを放っていたミーナ、対象が目の前から消えたミーナが地面にぶつかりすっ転ぶ。

 顔から落ちてべちゃり、ごろごろと転がる姿、単につまづいただけとは一線を画す、自身へのダメージの大きい倒れ方だ。

 

 基本的にポケモンバトル、ポケモンを引っ込めることで相手の攻撃を回避するのはご法度だが、それがトレーナーとボールの操作によるものでなければOK。

 技である"バトンタッチ"の発動による引っ込みは、指示されてからのタイムラグもある。これは、相手の攻撃を読み切ったトレーナーの手腕で叶えた回避。

 仮に公式戦であっても、この戦法はアリである。野良バトルながら、きちんと合法手段を用いる辺り、ポケモンレンジャーの女性も正々堂々だ。

 

「~~~~っ……!」

 

「ポッタイシ! ミミロルにみずでっぽう!」

「まずいな……!

 ピッピ、このゆびとまれで引き付けられる!?」

 

 なんとか立ち上がったミーナに、ポッタイシの水鉄砲が撃たれそうになるが、プラチナのピッピが指を立てた手を掲げて技を行使。

 完全にミーナの方を向いて水鉄砲を撃とうとしていたポッタイシが、光を発したピッピの指先に思わず振り向き、そちらへ水鉄砲を撃ってしまう。

 単に注意を引くとか意識を引き付けるではない、相手の攻撃を引き寄せる魔法のような力を含む技なのだ。発動したが最後、相手はそう簡単に抗えない。

 もっとも、ピッピは自らに向けて撃たれた水鉄砲を躱す暇が無く、その強力な一撃を受けて尻餅をつく。使い手が痛い目を見る自己犠牲の技だ。

 

「さあ、マリル! あなたの出番よ!」

 

「ううぅ、まずいかも……!

 ミーナ、戻って!」

「――――z!?」

 

「パッチ、お願いっ!」

 

 元々、幾度ものバトルを経てここまで来たミーナ、疲れも溜まっているであろうことはパールも意識していたことだ。

 ましてこうして跳び蹴りをすかされて、立ち上がりはしつつも鼻を押さえているミーナを、このまま戦わせ続けるのはリスキーと感じる。

 ミーナのボールのスイッチを押し、彼女を引っ込めて代わりにパッチを出す。

 この時、嘘でしょとパールを振り返ったミーナの表情は、激しい雨に紛れてパールの目には映りきらなかった。

 

「マリル、バブルこうせん!」

「ポッタイシ、みずでっぽうだ!」

 

「あわわわ……!

 パッチ、耐えられる……!?」

「く……!

 流石にこれを肩代わりさせるのは、ちょっと……!」

 

 新たに出てきたパッチめがけて、マリルとポッタイシの水タイプ技の集中砲火。

 対象を指定しない指示でマリルもポッタイシもそうする辺り、コンビネーションがよく出来ている。このレンジャー二名、やっぱり付き合いは長そう。

 さすがにピッピ一人で引き付けて受ければやられてしまいそうなこの多重攻撃、プラチナも為すすべなくパッチが集中砲火される様を傍観するしかない。

 とはいえこれも、タフで根性のあるパッチなら……という希望を込みで選べた決断でもあるのだが。

 

「ッ……、――――z!」

「いける!? よーっし、パッチ!

 ポッタイシにスパークだよ!」

「ピッピ、マリルにおうふくビンタ!」

 

 見立ては正しく、やはりパッチはそう簡単には倒れない。むしろ、なにくそと闘志を燃やしたぐらいである。

 吠えたその声で相手二人を驚かせると、パールの指示を受けて電気を纏った体当たりへ。

 ポッタイシを感電させて突き飛ばすパッチの傍ら、ピッピもマリルをばしばし叩きにかかって相手の動きを制限する。

 レベル差があるのか、突き飛ばされて倒れたポッタイシが立ち上がるのに難儀し、男性のレンジャーがそのポッタイシを撤退させる一幕もある。

 まだ戦えそうではあるも、大事を取って引っ込めたというところか。バトルで完全に使い潰すようなことはしない辺りは、ポケモンレンジャーらしい判断。

 

「強そうね、あのルクシオ……!」

「分は悪そうだが、一度受けた勝負は最後までやらなきゃね……!

 そら! もう一体のポッタイシだっ!」

 

「わわっ、水ポケモン出してきたよ!?

 こっち電気タイプなのに! 何か作戦があるカンジかな!?」

「大丈夫、ポッタイシの出来ることは僕が全部知ってる……!

 ピッピ、いくよ! パッチを自由に戦わせることが出来れば勝てる!」

 

 パールは少し深読みしているが、レンジャー両名、水ポケモンに手持ちが偏っているためルクシオ相手の時点で相性不利は受け入れねばならないだけだ。

 しかし、これだけ雨が降っていると水ポケモンは活力を得て、その水タイプの技の威力も増す。

 パッチ相手の受けでは弱いが、攻めでは強みも残る敵陣営の二匹である。

 その一方、手持ちにポッタイシがいるだけあり、水ポケモンについては知識深いプラチナがいることは、パールにとっても頼もしい要素だ。

 

 ダブルバトルはその後も続いたが、ここからは割とパール達にとって安定した展開が続いたものだ。

 攻めれば優勢の攻撃力があり、相手二体といってもピッピの上手なサポートをプラチナが的確に導いてくれて、パッチも非常に戦いやすくて。

 マリルを倒し、ポッタイシを退け、残ったエイパムもきちんと打ち倒して。

 相手方も意地を見せ、パッチとピッピにそれなりのダメージを返してきたが、それが両者のダウンに繋がるほどのものには出来なかった、というところ。

 ジム戦を除く今までのバトルと同様に、今回も危なげなく快勝という形で、パールの連勝街道は未だ途切れずだ。

 

「くうっ……エイパム、戻って!

 はぁ、負けたわぁ……! 強いのね、あなた達!」

「ロードワークもあるから手持ち全部を出すことは出来なかったけど、公式戦で全力を尽くして戦っても厳しかっただろうな……

 完敗を認めるよ。僕達も、まだまだ精進していかなきゃってところだな」

「えへへへ、そう言われちゃうとなんだか照れ臭いですよぉ……

 ありがとうございました!

 パッチもお疲れ様! すっごい頼もしかったよ!」

 

 バトルが終われば熱い握手を交わし、健闘を讃え合ってから別れる。

 降りやまぬ雨に晒されてずぶ濡れの体でも、ポケモンバトルを終えたばかりの熱くなった身体は寒さを感じさせずにいてくれる。

 草木エリアの探索を再開せんと離れていくレンジャー二人を手を振り見送ったパール達は、再びヨスガに向けた足を進め始めた。

 

 しかし、バトルの終わった今になって、ボールの中から飛び出してくるじゃじゃ馬さんがいる。

 パッチと一緒に212番道路北上の足を進めるパールのそばに姿を現したのは、飛び出し癖の強いミーナである。

 

「わわっ、ミーナ?

 ど、どうしたの?」

 

「――――√ ̄\_/\/`――!!」

 

「ま、待って待ってミーナ!?

 ほ、ほんとにどうしたの? 私、何か怒らせるようなことしちゃった?」

 

 突然のミーナの登場に驚いたパールだったが、出てきていきなりぎゃんぎゃん喚きたてるミーナの姿にはいっそう戸惑う。

 両手をぶんぶん振ってパールを見上げ、鳴き声をあげながら地面を踏みしめる地団太の仕草。

 ポケモンの言葉がわからないパールにも、何か余程に腹に据えかねる何かがあることは見て取れる姿であろう。

 

「待って、待ってよぉミーナ、落ち着いて……

 私が何かよくないことしちゃったなら謝るから……

 お、怒ってるんだよね? いったん、落ち着いてよ……」

 

「~~~~……!」

 

「ね、教えて……?

 私、あなたの言葉はわからないけど、わかっていけるようにしたいから……」

 

 げしげしと力強く地面を踏むミーナに、パールは彼女をなだめる手振りと声を発しながら、両膝をついてミーナに相対して目線を下げる。

 しゃがむのではなく、土の上で膝立ちになってでも、背の低いミーナと目線の高さを近付けたいのだ。

 そこに深い意図は無く、だからこそ、最愛のポケモン達を前にする限り、膝をつくのも何ら厭わぬ彼女の性格を表したものでもあると言えよう。

 困った顔で、だけどなんとか自分を理解しようと努めるパールを前にするからこそ、ミーナも喚くのを辞めて声を喉奥に封じ込んでしまう。

 

 だけどそこには、言葉が通じないことへのやりきれなさも確かにあって。

 無言になった一方で、ぷるぷると全身を震わせるミーナの姿が、雨に濡れた寒さによるものじゃないのはパールにもわかる。

 そして、真正面でそんなミーナの表情を目の当たりにするパールには、そばのプラチナにもパッチにも見えないものがちゃんと見える。

 単なる自分への不満だけじゃなく、他にも何らか、やりきれない想いで唇をぎゅっと絞るミーナの表情を、パールはその目で見て捉えている。

 

「………………さっきのバトル、最後まで頑張りたかった?」

「…………!?」

「私、思わず引っ込めちゃったけど、ミーナは最後までバトルしたかった……?」

 

 パールの言葉に、ミーナが驚愕の目の色をして後ずさる。

 図星、とも取れる態度で、少なくともプラチナにはそう見えた。

 きっとミーナの驚いた表情は、自分の言葉が通じない相手が、自分の本心を悟ってきたことに対する驚嘆によるものだろう。

 戸惑うミーナの反応に、やっぱりそうなんだ、と一度気まずげに目を伏せかけつつ、改めてパールはミーナに目を向ける。

 

「でも私、無理のあるバトルをミーナにはさせたくないよ?

 私、あの時はミーナが危ないって思ったし……わかってくれない、かな?」

「~~~~……!」

 

 きっとミーナも、理屈ではわかってくれているのだろう。

 跳び蹴りに失敗して地面にぶつかったあの時、相手の攻撃を集中砲火されたら立てなくなっていたかもしれない。

 パールの判断がそういうものだったのは、言われなくたってミーナにもわかっていたことである。

 

 だけど、でも。

 歯を食いしばって顔を伏せ、ぎゅうっと両手を握りしめるミーナの姿には、パールが言い当てた想いの他にも何かもう一つ以上の何かがある。

 それを知りたいから、パールは砂にまみれた膝を上げ、自分から遠ざかるように離れたミーナに歩み寄る。

 

「ねえミーナ、どうして最近、そんなに……」

 

「――――ッ!!」

 

「いぅ゙、っ!?」

「パール!?」

 

 自分の想いが伝わらないもどかしさを、ミーナは最悪の形で爆発させた。

 歩み寄ってきたパールの足を、ミーナの乱暴な蹴りが突き崩したのだ。

 太ももを前から蹴られる衝撃に、パールが思わず前のめりに崩れ落ち、足を抱えて背中を丸める姿には、思わずプラチナも駆け寄るというものだ。

 

「――――z!」

 

「ッ、ッ――……!」

 

 流石の暴挙に、パッチがミーナを睨みつけて吠えたが、ミーナもまた反発する態度ではない。

 やってしまった、してはいけないことをしてしまった顔で、普段の強気な表情を失っておろおろするように目を泳がせて。

 うずくまって震える、脚の痛みに顔を上げられないパールの姿を前にして、普段の強気のミーナの表情はすっかり失われていた。

 胸の前で手を握り合わせてうろたえるミーナの姿は、ジム戦でうろたえた時のパールの仕草によく似ている。

 

「~~~~~~~~っ……!」

 

「えっ!?

 ちょ、ちょっと……!」

 

 そのままミーナは、パール達に背を向けて、逃げるように遠くへと逃げていってしまった。

 思わぬ行動にプラチナが声をあげ、パッチは追おうと足を踏み出しかけつつ、うずくまっているパールからも離れられず歯噛みして。

 プラチナの声を聞いて、顔を上げたパールの目には、遠くまで去りかけたミーナの姿が、雨の激しい中でかろうじて視認することが出来た程度である。

 

 ヨスガシティも随分近い所まで来たが、時間もそろそろ晴れ空ならば夕焼け色になり始める時間帯。

 雨雲いっぱいの空の下は、やや既に暗くなり始めている。

 これほどの激しい雨に見舞われるという、旅の中での非日常を現在進行形で体験しているパール達だが、彼女らを襲う非日常はどうやらそれに留まらない模様。

 今まで歩いてきた道のりの半分程度を歩けばもうヨスガ、という所まで至って、大事なポケモンに家出されるとは波乱万丈もいいところ。

 

 当然、ミーナを放置してヨスガを目指せるようなパールであるはずがない。

 長いと言われる212番道路の道のりは、まだほんの少し長くパールを苦労させるようだ。

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