ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第56話   VSムウマージ

「シュート! ムウマージ!」

 

「えっ、うそ!?

 ミーナ、躱せる!?」

 

 空中に陣取ったムウマージだが、初手で放ってきた技はゴーストタイプでも何でもない"マジカルリーフ"である。

 ばさりと紫色のオーラを纏った葉っぱを魔法のように生み出して、葉っぱカッターのように敵へと打ち込む技。

 そしていずれも直線的ではなく弧を描き、それが対象へ多様な角度から迫るため、回避の難しい、言い換えれば命中率の高い技だ。

 

 軽快な足捌きと素早い動きで、飛来するそれらを躱すミーナだが、散弾気味に襲いかかるそれらすべてを躱しきることはやはり出来ない。

 根本的にマジカルリーフは、確実性の高いダメージソースとして採用される技だ。

 主にはサイケ光線やシャドーボールを基本技とするムウマージなので、この高い命中性を重視した技のチョイスということだろう。

 

「っ、ミーナ! 反撃しなきゃやられちゃうよ!

 いけるよね!? みやぶって!」

「――――z!」

 

 うるさいお前に言われなくてもわかってる、とばかりに大きな声で鳴いて応じるミーナ・気が強い強い。

 メリッサ目線では、はてさてという気分。バトルの真っ最中にケンカ気味。

 やつあたりであれだけの威力が出せるだけに、やはりパールとミーナの関係は悪い?だったら付け入る隙はいっそうあるし、負ける気がしないのだが。

 楽観的な方には考えないメリッサだが、マジカルリーフの飛来がやんだ所で、足を止めたミーナがムウマージを凝視するように見上げる。

 "みやぶる"ことを指示したパールには従っている模様。客観目線、仲がいいのか悪いのか、容易には判然としない関係だ。

 

「ムウマージ! キープ!」

 

「ミーナ、また来るよ!

 攻めていこう! 勝てるはずだって信じてるから!」

「――――z!」

 

 再びマジカルリーフを撃ち続けろと指示したメリッサと、それがミーナに見舞われる中で攻めろと指示するパール。

 言われたとおり、駆けてマジカルリーフを躱しながらも、その足がムウマージに向かう積極的な動きを見せるミーナ。

 敵から離れる動きよりも、刃のような葉っぱの被弾率もやや上がる、ダメージも上等の動きを望んだ指示である。

 これは非道な指示とはメリッサも解釈しない。比較的安全圏の空中から削り技を撃ってくる相手に勝つためには、努めた攻め気も必須である。

 

「いっけえっ!」

「――――z!」

 

「ムウマージ!!」

 

 ムウマージの真下に近付いたミーナが、パールの声を受けて地を蹴った瞬間には、思わずメリッサも窮に迫った声を発したものだ。

 地上5メートルの高所にいるムウマージへ向かって跳躍したミーナだが、ミサイルのような初速で地を離れたその跳躍力は目を瞠るほど凄い。

 敵に迫って放つ空中回し蹴りめいたメガトンキックもどきの一撃は、あわやで身をずらしたムウマージに躱されたが、それでも少し掠っている。

 驚かされた顔のムウマージだが、やや不意であった急襲を咄嗟に躱してみせた姿は、指示ばかりに頼らない判断力と対応力の証左と言える。

 

「サプライズは失敗ですね!

 さあ、ムウマージ! クッキングタイムですよ!」

 

「うぅっ……ミーナ、避けて避けて!

 当たらないようにして!」

 

 この展開はパールにとって痛い。

 届く位置に身を置いた相手にとって、初見となるはずのファーストアタックは当てておきたかったのだ。

 自称メガトンキックは威力充分だ。当たっていれば、確実に戦況に響いたはず。

 叶わず、地上に降り立ち舌打ちするミーナ目がけて、ムウマージがマジカルリーフを乱射する光景は、振り出しに戻ったことを見せつけられるものに等しい。

 

 さらに言えば、口での指示とは別に指をくいくいと動かし、高度を上げるよう指示したメリッサにムウマージが従っている。

 元々ミミロルは、空を飛ぶ鳥ポケモンを上からさえ叩く"とびはねる"という技さえ覚える、それほどの跳躍力の持ち主だ。

 天井が高いとはいっても所詮は室内、どこまで高度を上げようがミーナの射程範囲内には違いない。

 しかし高度を高くして、跳んだミーナが0.5秒でもムウマージに到達するまでの時間を増やせれば、今の辛うじての回避より容易に、つまり概ね躱せる。

 用心した高度からマジカルリーフを撃ち下ろしてくるムウマージに、状況はより悪くなったとパールも感じているはずだ。

 

「ミーナ大丈夫!? 当たってないよね!?」

「――――z!」

 

「流石にすばしっこいですね……!

 ですが、いつまでキープできますか……!?」

 

 一方で、駆けてマジカルリーフを躱すミーナも、命中率に秀でるはずのマジカルリーフを、ここでは一度も被弾していない。

 流石に発射点が遠すぎるのだろう。ある程度はムウマージも葉っぱの動きを操っているが、発射された葉の動きを見る時間が長ければ目でも追いやすい。

 躱しにくいことには変わりないが、減速しないままジグザグに駆けるも流暢なミーナの敏捷性が、高所に移ったデメリットをムウマージに突き付けている。

 だがメリッサの示唆するとおり、体力の消耗は免れない中、いつまでもこれの繰り返しではいけない。息切れを迎えればじっくりと料理されるだけだ。

 

「ミーナ、もう一回いくよ!

 諦めちゃ駄目なんだから!」

「――――z!」

「いっけえっ! メガトンキック!」

 

「残念ですね、ボーンヘッドですよ……!」

 

 今度こそ、めいたパールの指示で地を蹴るミーナは、見るからに先の一撃よりも強い跳躍で、いっそう勢いよくムウマージに迫った。

 それでも距離を稼いだムウマージからすれば、空中で軌道を変えられないミーナを躱すには充分な余裕がある。先程と違って心構えも出来ている。

 迫ったミーナの回し蹴りめいた"やつあたり"、その身をずらしての回避を叶えると、落ち始めたミーナにムウマージが振り返るのも早い。

 

「や、やばっ……! ミーナ、まるくなってえっ!」

 

「ファイア!」

 

 狙撃を意味するメリッサの指示を受け、宙のミーナへムウマージが"サイケこうせん"を発射する。

 慌ててせめてもの防御態勢を取るよう請うパールに応じ、逃げ場の無いミーナも身を丸めるが、直撃した超能力エネルギーの圧力は凄まじい。

 何枚も当ててこそ高い威力を発揮するマジカルリーフとは異なり、当ててさえしまえばマックスの威力が叩き出せる、ムウマージにとっての強力技だ。

 背中に当てられたのに、サイコエネルギーに全身を包まれ、全方向からぎゅうっと圧迫されるような激痛と共に、ミーナは光線に押されて吹き飛ばされる。

 

 スポットライト外まで吹っ飛ばされていったミーナの姿は誰にも見えなくなったが、ずしゃりと足でなく体から床に叩きつけられた音は響いた。

 サイケ光線の直撃、さらに叩きつけられたダメージの上乗せ。甚大なはず。

 パールがさあっとした顔色になっていることからも、追い込まれた状況にあることは彼女もわかっているはず。

 

「みっ、ミーナっ、頑張ってえっ!

 まだ戦えるよね!? 大丈夫だよねっ!?」

 

 一度だけ大きく音が鳴るよう手を叩き、目の届かぬ闇の中で倒れているであろうミーナに呼びかけるパール。

 メリッサも、今の一撃だけでとどめを刺せたとは思っていない。立ち上がってくるだろうとは思う。

 しれっとくいくい指を動かし、ムウマージをより高い場所に身を浮かせるよう指示する辺り、ぬかりの無いところも見せている。

 

「…………戻ってきませんね。

 リタイアですか?」

「だっ、大丈夫です! ミーナはまだまだ戦えます!」

「まだ戦える姿を見せてくれないままずっと過ごすのであれば、戦闘不能と見做しますよ?

 このまま一時間も二時間も、ずっとステイさせられるばかりではバトルになりませんからね」

「ううっ……ま、まだやれます!

 そうだよね!? ねっ、ミーナ!?」

 

 真っ暗闇の中からミーナが戻ってこないので、誰もミーナが戦えるかどうかを確かめられない。

 流石にこの状況がずっと続くようでは、メリッサの言うとおりバトルにならないだろう。

 ジム側からの一方的な戦闘不能判定は少々越権的と聞こえるが、せめてまだまだ戦うぞという意志ぐらいは見せてくれなくては埒が明かない。

 元々ジム戦とはジムリーダーがルールである。良識から逸脱した判定でも無い以上、パールも文句は言えないところ。

 

「えぇと、えぇと……!

 ミーナ、まだ立てるよね!? 頑張れるよね!?」

「むぅ……ネバーギブアップは評価したいところですが……」

「ま、待って待って、待って下さい!

 絶対戻ってきますから! ミーナは頑張れる子なんですっ!」

 

 必死に判定負けにされないよう食い下がるパールだが、こう見えて時間を稼ぎ、闇の中から飛び出してムウマージに飛来する心積もりでは堪らない。

 メリッサがムウマージを天井近くの高所で待機させるのは、そうした奇襲に備えるものだ。きちんと用心深い。

 ムウマージもその意図を理解しているようで、余裕ぶらず地上全体を見渡している。スポットライトに照らされた外は見えないが。

 

「だから、えぇと、えぇと……

 メリッサさん、あと少しだけ……」

 

 きょどきょど目を泳がせるパールは、探すべきミーナが闇の向こう側で見えず、行く先の無い目線を高所のムウマージに向けたりで落ち着かない。

 一度叩いた両手は今ぎゅうっと握り祈る形であり、ミーナが立ち上がってくれることと、試合中止しないでとメリッサに請うこと、両方を表すかのよう。

 諦めたくないのはわかるけれど、少し往生際悪く見え過ぎてしまうほど必死な姿だ。

 

「しばらくは待ちますが……」

 

「!!!!!

 いっけえっ!!」

 

 途端にパールが顔色を変え、一度地上に向けた目を一気にムウマージへ向け、それを指差し力強い指示。

 真っ暗闇の中でミミロルが立ち上がる姿を見えるはずもなさそうだが、戦線復帰の気配を何らかの手段で感じ取ったのだろうか。

 メリッサもムウマージも、そんなパールの強い声を受け、決して緩んでもいなかった気持ちをびしりと殊更引き締め直したものだ。

 

 だが、メリッサ達が予想した、地上から闇を突っ切ってムウマージに突っ込むミーナの姿はそこには無かった。

 あろうことかミーナが飛び出したのは、高所に移ったムウマージよりもさらに高い場所からだ。

 まさにその、ほんの一瞬前、ムウマージから少し離れた真っ暗な天井から、誰かが蹴ったような強い音が立ったのは確かな予兆である。

 はっとして振り返ったムウマージだが、闇を突っ切り足を突き出して襲いかかるミーナの強烈な蹴りが、弾丸のようにムウマージに突き刺さった。

 

「なんと……!?」

 

「よしっ……!」

 

 今度はムウマージの方が、光に照らされていない闇の向こう側へと勢いよく蹴り飛ばされることになった。

 ミーナはと言えば、ムウマージを蹴飛ばしたままくるりと身を回し、高い場所から落ちてもきちんと足を下にして、軽々しく着地するのみ。

 高い跳躍力が自慢のミミロルだ。高く跳び過ぎたら落ちて怪我、なんてことはない。高所から飛び降りたって大丈夫な足腰である。

 

「してやられましたね……!

 天井をガンポイントにしての奇襲ですか……!」

 

 パール達の取った策というのは至極単純で、ミーナが天井まで跳ぶ、天井を蹴る、予想外の方向かつ闇からムウマージに迫るというもの。

 肝となったのは、何とかそうだと悟られまいと努めたパールの振る舞いであったと言える。

 ミーナに呼びかける時、手を叩いたのはこの作戦を伝える無言のサイン。

 続けて往生際悪く見える態度であろうと、必死に声を発してメリッサ達の目を惹き、闇の中でミーナが静かに立ち上がるまでの時間を稼ぐ。

 一方で耳に神経を集中させ、ミーナが天井を蹴った音に直ちに続いて、大きな声でまた注意を惹く。

 地上からの攻撃を瞬時に警戒したムウマージに、完全なる虚を突く一撃を食らわせる結果に繋いだのだ。

 何よりもこうした虎視眈々と狙うべき策の中、おろおろ不安げな目をしていたことが、メリッサ達にこの策を看破させなかった最大の要因だろう。

 

「不安そうな表情や目も演技でしたか?

 だとすればアクトレスですよ!」

 

「……………………もっちろんです!」

 

 あ、これは違うな、とメリッサにもよくわかった。あれは作った顔じゃなかったようだ。

 メリッサ苦笑い。年相応の可愛げだなとは思ったけれど、これと争う立場としてはむしろ少し困る。

 

 だって、メリッサですらサイケ光線を一撃受けただけのミーナを、立ち上がってくるだろうという想定の方が内心では強かったぐらいなのに。

 自分のポケモンの強さやタフネスをメリッサより知っているはずのパールが、大丈夫かな大丈夫かなって不安な顔していたということである。

 これは、対戦相手の表情の機微から相手の内心を読み取らんとする駆け引きも出来るメリッサにとって、パールの顔って何の判断材料にならないということ。

 未成熟の挑戦者ってこういう所が厄介。そして、面白くもある。

 

「さて、ムウマージ……!

 一度リターンしましょうか……!」

 

 相当痛い一撃を受けたか、闇の中に消えていたムウマージはその中で身を浮かせ、ややよれよれとした軌道でスポットライト下へ戻ってきた。

 やってくれたな、という目だ。しかし、痛いがまだまだ戦えることを表明した不敵な笑みを含んで。

 対するミーナのドヤ顔たるや。これでわかったでしょ、なめんなよ、という目つきと表情は、可愛い顔立ちにして気の強さがよく表れている。

 

「勝負はイーブン、ここからですよ!

 ムウマージ! シュート!」

 

「ミーナ、さっきと同じ感じでいくよ!

 なるべく当たらないようにして!」

 

 ムウマージは最初と同じ高度、5メートル強の高度に位置を戻し、マジカルリーフを放ってくる。

 さっきはむしろ高所過ぎる位置にいたことが、天井を蹴って飛来したミーナにとってはむしろ近距離アタックになり、仇となったことを学んでいる。

 そして高度が低ければ低いだけ相手との距離も縮まり、マジカルリーフの命中率も上々だ。

 ムウマージの攻撃を躱そうとしつつ駆けるミーナだが、凌ぎきれなかった葉の数枚がミーナを切りつけている。

 

「いけっ、ミーナっ!」

 

「凌いで! よく見て、必ずもう一撃来ますよ!」

 

 ムウマージの下点に近付いたミーナへ指示を出すパールに応じ、ミーナが我が身をミサイルに見立てたような跳躍でムウマージに迫る。

 足先をムウマージに向けて突き刺しにかかるような蹴りをなんとか躱したムウマージだが、ミーナの勢いは放物線を描いて落ちるものではない。

 そのまま天井まで届く勢いである。それだけの跳躍力があるのだ。

 挑戦前夜、パールがミーナにあのバトルフィールドの天井まで届くほど跳べるかと尋ねた時、ミーナは頷いて即答したぐらいなのだから。

 

 ミーナは天井に足が届いた瞬間、頭を下にした状態でしっかりムウマージを見据え、その方向へと天井を蹴って再び飛来する。

 重力による加速も乗ったその直進は、メリッサの言うとおりすぐミーナを目で追っていたムウマージも回避が間に合わない。

 正面衝突こそ身を逃がして免れたものの、すぐそばを通過するに際して身を回して蹴りを放ったミーナの一撃が、側頭部をがつんと打ち据える。

 宙でふらつくムウマージ、凄い勢いで落下しながらもしっかり着地するミーナ。流石にこの勢いでの落下、ミーナも足だけじゃなく両手も使っての着地だ。

 

 一撃くらわせた手応えはあるのだ。渡り合えるぞ、という自信をみなぎらせるミーナは、ちらっとパールを見て敵意無く笑った。

 ジム生のゴースやゴーストとのバトルを経て、浮遊能力を持つゴーストタイプの相手との戦い方を、ちゃんとパールは編み出してくれていたのだ。

 自信を胸に抱くミーナの表情に、見たか、という感情の表れだと解釈したパールは、うんうん頼もしいよと拳を握って賞賛を返す。

 やるじゃん、という意味の笑みだとは伝わっていないらしい。そう感じてミーナも、こういうところがちょっとな~、という気分である。

 ポケモンの言葉が人間相手に通じないことは案外、ポケモン側からしても歯痒いこともしばしば。

 

「いけませんね……!

 仕方ありません、ムウマージ! ショータイムです!」

「ッ――――z!」

 

「うぁ……!?

 また、これっ……!」

 

 ムウマージが体を震わせて放つ淡い光は、ゲンガーも見せた"あやしいひかり"。

 比較的近い位置でそれを見たパールもくらっとさせられる中、最もその光を強く見せられるミーナも片目を閉じて目眩を表す表情だ。

 視覚を介して相手を混乱状態に陥れるこの技、一戦の中で何度もやると、相手の脳も自ずと慣れて、効果が薄くなっていきがちである。

 一体の相手に、やれて一戦に二回か三回が限度なのだ。

 その二度目を発してきたということは、メリッサ側も山場を意識しているということ。切り札一枚を使い切ることを惜しんでいない。

 

「さあ、シュートですよ!

 ムウマージ、ここが正念場です!」

 

 繰り返しマジカルリーフを乱射してくるムウマージは、つくづく相手を確実に消耗させる正着手をはずさない。

 シャドーボールは効かない、サイケ光線は素早いミーナに躱される可能性が高いという中、どうしてもこれがメインになるという事情もあるだろう。

 逆に言えば、こうした攻め立て方をも習得しているこそが、幅広い相手に対応できるムウマージの強さとも言える。

 ゴーストタイプでありながら、相手がニルルならミーナ相手以上にもっと有利だっただろう。やはりジムリーダーの切り札は一筋縄ではいかない。

 

「がっ、頑張ってミーナ……!

 なんとか、躱してっ……!」

「ッ、ッ――――!」

 

 片手で帽子の横、頭を押さえるパールは頭痛めいたものを覚えながらも、ミーナを応援する声を絶やさない。

 ちょっと気を抜けば足がもつれそうなほどくらくらするなか、必死で駆けて飛来する歯を躱すミーナだが、被弾は明らかに増えている。

 そして現に、転びそうになって踏ん張った、足が止まった瞬間には、ここだとぎらりと目を光らせたムウマージの操る葉が襲いかかる。

 すぐに動いたミーナではあるも、逃がさぬと一斉急襲する数枚の葉が、ミーナの背中にざくざくと刺さる場面は痛々しさこそあろう。

 混乱状態はかなり効いている。ここまででもじわじわ傷つけられてきながら踏ん張っていたミーナに、加速度的なダメージは重くのしかかる。

 

「ま……っ、まるくなって、進んでっ……!」

 

 不充分な指示だったが、しっかり意図を汲み取ったミーナは、ムウマージの下の位置へ跳び込むような動きと共に身を丸めた。

 そのまま転がるようにして望む位置取りへ向かう中、小さく丸まったミーナの体に刺さる葉の一部は回転に阻まれて刺さっていない。

 ダメージは一時的ながら最小限に抑えている。良い意味で響かせられるだろうか。

 

「跳んでえっ……!」

 

「ムウマージ……!」

 

 転がる勢いが弱まってきたところで指示したパールに応じ、ぱっと両足立ちとなったミーナはすぐさま地を蹴った。

 衰え知らずの全力跳躍、勢いは傷つく前にも微塵も劣らず。

 ムウマージは身を逃がし、しかし今度はそのまま遠くへと移るように浮遊を続け、天井を蹴って再飛来するミーナの狙いをはずそうとする。

 それでもミーナはしっかり狙ってくるだろう。だが、今は状況が違う。

 

「ミーナ!?」

 

「グッド……!

 ムウマージ、ファイア!」

 

 確かにミーナはムウマージを逃がさぬよう天井を蹴って迫ったが、僅かに狙いが正確ではない。混乱しているからだ。

 地上から飛んでくる時よりも勢いのある飛来を、ムウマージはなんとかミーナの蹴りも受けずに躱すことに成功している。

 対するミーナは、着地に際して両手足を使うも、受け身が万全でなく四肢の痛みに立ち上がりが遅い。わけもわからず自分を攻撃したかのよう。

 動きが止まってさえしまえば、マジカルリーフよりも威力があるサイケ光線の狙い目だ。

 

「ミーナあっ!!」

 

「ッ……ッ――――z!」

 

 高所から斜方発射されるサイケ光線に、歯を食いしばって痛み痺れる両足に力を入れたミーナは、そのまま真上に跳躍した。

 勝負に出たサイケ光線は無人の床に着弾して不発。これはボーンヘッドか。

 ミーナはそのまま天井まで我が身を届かせると、宙で身体を回してしっかり天井を蹴っている。

 向かう先は当然ムウマージだ。それも、強い技を撃った直後で、回避行動に移るまでに僅かな時間を要する状態。

 

 なんとか躱そうとしたムウマージだが、やはり身のそばをミーナが通過する形しか叶えられなければ、痛烈な空中回し蹴りが飛んでくる。

 頬を直撃したその一撃は痛烈で、体を傾かせぐらぁと落下に向かいかけたムウマージの姿には、さしものメリッサも決着さえ意識した。

 だが、なんとか持ち直したムウマージは空中で強く目を開き、高度を落としながらも宙に留まる。

 対するミーナも、二度立て続けの両手両足着地が痛く、相手を見上げながらも四つん這いのような姿勢ですぐには立ち上がれない。

 

「く……手品を……!」

 

「ッ…………、―――――z!」

 

 追い詰められつつあるメリッサがムウマージに命じたのは、ムウマージにとっての最後の切り札だ。

 ムウマージとミーナ、両者の体から紫色の糸のようなものが五本伸び、互いを繋ぐように両者の中間点で繋がる。

 ミーナの手足と胸、そこから伸びてムウマージと繋がった紫色の糸は、次の瞬間黒い稲妻のようなものをばりばりと放つのだ。

 

「みっ、ミーナ……!?」

 

「ビハインドではありません、これでイーブンです……!」

 

 繋がった糸に走る黒い稲妻は、ミーナのみならずムウマージの表情をも苦悶のそれに染め上げていた。

 口を開いて声も出ないほどの痛みに喘いだミーナも、歯を食いしばって片目をぎゅっとするムウマージも双方苦しい。

 双方の抱えた痛みを一度共有し、互いの受けたダメージを均等化する、使い手が非常に少ないとされる奇策"いたみわけ"だ。

 大きなダメージを受けていた方が得をして、傷の浅い方にダメージが乗るこの技をメリッサが使ったということは、確かにミーナが優勢だったということ。

 それも、この技を以ってイーブンに。そして苦しいのはミーナの方。

 

「シュート! あと一押しですよ!」

 

「ミーナっ、お願いっ、頑張ってえっ……!」

 

 ここまで至ればあとは確実性。

 マジカルリーフを何枚も飛ばしてくるムウマージに、ミーナは躓きかけながらも立ち上がって駆けるしかない。

 ただでさえ傷だらけにされて痛む全身が、今はその傷に塩を塗られたかのようにいっそう痛むけれど。

 走る中で躱しきれない葉が突き刺さるたび、傷口をもう一度抉られたかのような激痛で涙さえ出るけど。

 何とか勝つんだ、いいところを見せるんだと走るミーナは、決死の形相で自らを見下ろし、マジカルリーフの放射を続けるムウマージから目を切らない。

 負けたくないのはムウマージも同じなのだ。追い詰めている、そして追い詰められている。

 どちらにも勝利と敗北が、等しく目の前にある状況だ。わかっているからこそ、どちらもまばたき一つしない必死の表情でここ一番に臨んでいる。

 

「ッ…………!?」

 

「ぅぁ……!」

 

 それでも体がついていかなかったのだろう。

 足がもつれかけていたミーナ、まさにその瞬間に脚を後ろから傷つけたマジカルリーフが、一瞬完全にミーナの片脚に力を失わせた。

 走る中でのそれは致命的で、勢いよく前のめりに転んだミーナは、駆けていた勢いのままごろごろ転がり、腹ばいの姿勢で床に倒れて止まった。

 この局面で致命的な動きの静止、パールが絶望すら感じた声を発する中、対してメリッサにはここしかない好機と映る。

 

「ムウマージ! ファイアー!!」

 

「みっ、ミーナ……!

 頑張ってっ、耐えてえええっ!」

 

 今日一番のメリッサの強い声に応え、ムウマージが倒れたミーナに向けてサイケ光線を発射した。

 立ち上がれない中で後方からの殺意めいたものを感じていたミーナも、もう駄目かとさえ思ったけど。

 それでもパールにあんな必死な声で叫ばれて、格好悪いところは見せたくないじゃないか。

 膝を縮め、両耳を手で以って引っ張って丸くなったミーナの背中を、ムウマージの高威力のサイケ光線が直撃した。

 

 うずくまったミーナの体をサイケ光線が焼き尽くすかのような光景には、パールも顔を背けたくなるほど悲痛だ。

 それでもまばたき一つせず、諦めない気持ちを奮い立たせて。

 涙ぐみ始めてすらいるけれど。

 これがとどめの一撃となったと確信していたメリッサが、パールの表情から感じた不屈さは、それさえ慢心なのかと心に警鐘を鳴らさせるほど。

 ムウマージの全力のサイケ光線が止まり、傷まみれの全身をさらに打ちのめされたミーナの姿を前にして、まだ戦えるとは見て思えないのだけど。でも。

 

 それでもミーナは、少し顔を上げてパールの方を見た。

 苦痛のあまり、とっくに涙ぼろぼろの表情だったけれど。

 さあ耐えたぞ、"こらえた"ぞ、指示はどうしたのと訴えるその眼差しを受けたパールは、手汗が溢れるほど両手を握りしめて。

 

「っ……でんこうせっかあっ!」

 

「な……!?」

 

 軋む体に最後の力を込めて、素早く立ち上がったミーナはその中で後方のムウマージを振り向き見据え、その体勢のまま地を蹴った。

 背中からムウマージにぶつかりに行くような体勢、だがその飛来速度は、きっと今日で最も速い。

 蹴りに行く動きを含めない、飛びつくことだけを意識した最速の接近を、まさかこの一撃を耐えられるとは想像もしていなかったムウマージに躱すすべは無い。

 

 ミーナはムウマージにぶつかる直前、首を思いっきり後ろに引いて宙返りのように体を回した。

 身体は逆さまになり、しかし自分のお腹とムウマージの顔が向き合う形。

 そのままぶつかっていくミーナは、何の工夫も無い体当たりの形でムウマージにぶつかる形を叶えた。

 決して大きなダメージではなかっただろう。それでも弱っていた上に、虚を突かれたムウマージを空中でふらつかせるには充分。

 さらにミーナは、耳を動かしそれでムウマージの体を捕まえると、浮遊するムウマージの体に組み付いた形と相成った。

 

 まずい、とはムウマージも思っただろう。だが、勝負はここで決していた。

 膝を曲げたミーナの足が、ムウマージが顎を引いたすぐ目の前にある。

 ムウマージのお腹に顔を押し付けて耳で抱きついたミーナは、相手に顔が見られぬ中ながら、私の勝ちだと得意気な顔をしていたものである。

 

「メガトンキック!!」

 

 組み付いていた手と耳を離すと同時、その両足を勢いよく突き出したミーナ全力の蹴りが、ムウマージの顎を捕らえて天井まで蹴っ飛ばした。

 天井に叩きつけられるムウマージ、自らも落ちて行くミーナ。

 頭を下にした状態で、蹴った反動と重力の勢い双方を受けて落下していくミーナは、なんとか体を回したけれど。

 足を下にすることは叶わず、凄まじい勢いで背中から床に叩きつけられるというに等しい結果を招くことになった。

 

 パールが叫ぶようにミーナの名を呼ぶ中で、天井に叩きつけられたムウマージは、完全に力を失った上で落ちてきた。

 最後の自己防衛本能か、着地の瞬間こそ浮遊の力で減速し、ぱさりと音も小さく降りはしたものの、もう立ち上がることは出来ないだろう。

 戦闘不能のムウマージ、立ち上がることも出来なさそうなミーナ。

 バトルフィールドに横たわる両者の姿は、引き分けという判定を断ぜられてもおかしくはない。

 

「……エクセレントでした。

 ムウマージ、あなたも。そして……」

 

 立ち上がる力も無く、胸を上下させる呼吸で精いっぱいのミーナだが、彼女は顎を上げてメリッサの方を睨みつけていた。

 勝ったのは私だぞ、と。引き分けなんて絶対嫌だ、と。

 ムウマージをボールに戻したメリッサの姿を見て、いっそう、私の勝ちだと、パールの勝ちだと言えと、その眼は何よりも雄弁に物語っていた。

 

「あなたと、あなたのポケモンも。

 私の、負けです。

 ベストチャレンジャーズ、コングラチュレーションですよ……!」

 

 気を張っていたメリッサも、どっと体の力が抜ける想いで、一人の拍手でパールに決着を告げていた。

 たとえミーナがもう戦えない状態であったとしたって、これで引き分けは流石に認めたくない。

 完全に戦闘不能のムウマージ、長めにでも休めば立ち上がることぐらいは出来るようになるであろうミーナ、0と1の差は明白だったのだから。

 立ち上がれることを証明させる時間を省いただけだ。メリッサが次のポケモンを出せない以上、これはミーナの勝ち取った勝利である。

 決して甘い判定と言われるほどではない。勝者は誰か、それを問えば答えは一つしかないのだから。

 

「ミーナっ……!」

 

 ジム戦に勝利したことを告げられて喜ぶよりもまず、パールは心配で心配でたまらないミーナの方へ駆けだす方が早い。

 バトルフィールドを横切って、ミーナのそばに膝をついて、鞄の中から傷薬を出して。

 間近で見れば、マジカルリーフにずたずたにされたミーナの体は、改めてパールが顔面蒼白になるほどに痛々しかった。

 駄目、無理、これは泣いてしまう。ここまでになってでも、勝利をもぎ取ってくれたミーナの頑張りには、胸を打たれてもしょうがない。

 パールは特に感受性が強いからそうなってしまうけど、愛着ある自分のポケモンがここまで頑張って勝ってくれたら、誰とて感極まるのは同じではなかろうか。

 

「いっ、今まででっ、一番かっこよかったよ……!

 ありがとうミーナ、すごかったよ……!」

 

 言葉も出ないほどの感情に胸を満たしながら、それでも思い付くままに最大級の賛辞を言葉にしようと努めるパールに、ミーナはぷいっと顔を逸らしていた。

 照れ臭くって、でも口の端は嬉しくて上がっていて。

 そんなミーナの表情の機微を読み取る余裕も無く、ミーナの体に傷薬を吹きつけるパールの姿は、メリッサには微笑ましいものだっただろう。

 "やつあたり"を高い威力で使いこなすパールに対し、疑念めいたものも一度は抱いたが、あの子は故郷の心無いポケモン遣いとは違うと確信できた。

 ダンサーで、コーディネーターで、芸能業界に出入りすることも多いメリッサには、役者の知り合いも多いのだ。

 そんなメリッサの目をして、涙目でミーナを案じるパールの表情に嘘一つ無いことなんて、見るも明らかというものなのだから。

 

 傷だらけの全身に噴きつけられる傷薬はよく沁みる。痛い痛い。

 だけどこんな痛みさえ、勝利の勲章とも呼べる傷の実感と、自分がパールに大事にされている証と思えば、ミーナも耐えられる程度には心地良い。

 ポケモンセンターに連れていってくれれば治るのに。傷薬ってお金がかかるんでしょ? 買い物してるパールをボールの中から何度も見ているから知ってる。

 一秒でも早く、自分の痛みをやわらげようとしてくれていることがひしひしと伝わる中、ミーナはほうっと安らいだ息を吐いていた。

 

 わがままで、子供で、不器用で、パールの手を焼いてしまう自分なのは、ミーナ自身が一番よく知っている。

 そんな自分が、最高の形でパールの力になれた。格好いい所を見せられたのだ。

 それがミーナにとっては、痛い痛いのこの身体以上に、ずっとずっと嬉しかった。

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