209番道路を進み、夕頃にはズイタウンに着いたパール達はそこで一夜を過ごし、翌朝出発して足を踏み入れたのは210番道路。
道中間もなくの岐路で東に進めば、トバリシティに繋がる215番道路へ続く。
今日はその岐路を曲がらず、北へと進むルートを選び、カンナギタウンへと向かう足運びだ。
パール達の目的地であるキッサキシティへと向かうにあたり、カンナギタウンは良い中継地点にあたる。
「霧がすごい!」
「なんにも見えない!」
「以上、現場からの実況でした」
さて、このカンナギタウンに向かう210番道路、道半ば辺りから霧が濃いことで有名だ。
濃霧を目前に、ちょっと楽しそうに驚きの声を出すパールとプラチナに、シロナは気さくに相槌を打ってくれる。
チャンピオンという立場上、恐縮されやすいシロナであるが、昨日一日一緒に行動しただけで随分二人とも気軽な掛け合いが出来るようになったと見える。
誰が相手でも話せるパールと異なり、プラチナは人見知りする方のはずなので、シロナが親しみやすさのある優しい大人ということだろう。
210番道路と215番道路の分かれ道は、カフェ山小屋という建物がわかりやすい道しるべになっている。
そこから北行きの道を選んで間もなくの所は、霧こそ無いが丈の長い草がぼうぼうに生い茂っているエリアが広い。
それを越えた辺りから、本格的に濃霧いっぱいのエリアだ。
年中いつでも霧いっぱい、シンオウ地方の霧の特異点とさえ呼ばれる。
草の背高い先のエリアも、常に湿度が高いその場所に近いから、すくすくびんびん植物も育つということなのかもしれない。
「"きりばらい"、よろしくね」
霧の中に足を踏み入れたらもう、2メートル先もはっきり見えなくなる濃霧の層。無策で踏み込んでいくのは些か危険。
シロナは取り出したボールを顔の近くまで上げ、ボールの中にいる自分のポケモンにお願いする。
するとその子は、中から出てこずして頼まれた技を行使してくれたのか、目の前いっぱいに広がっていた霧が晴れていった。
非情にレベルの高いポケモンは、ボールの中に収められたままでも、こうして外界に影響を与えるような技の使い方が出来るそうな。
フラッシュなどの技でも可能だろう。いあいぎりは流石に難しいが。
「シロナさんのポケモンすごい!
そのボールの中、どんなポケモンが入ってるんですか? エスパータイプ?」
「ん~、秘密♪
チャンピオンの手持ちは、知られてない方がなんだか神秘性あるでしょ?」
「むむむ、そう言われるとそんな気もしてくるから困る」
「それにあなた、近々バッジを全部集めて私に挑む立場なんでしょ?
そう遠くなく公式戦で相見えるライバルに、そう簡単に私の手の内を明かすことはしたくないな~」
「わっ、わっ、プラッチどうしよ。
ライバルだって。私そわそわする」
「リップサービスだよ、流石にわかってるよね?」
「超わかってる!
なのに嬉しい! ふしぎ!」
「あはは、気持ちはちょっとわかるかも」
チャンピオンのお言葉というのは、大きな影響力を持つものなので。
偉人の言葉は些細なものでも人の感情を揺さぶる魔力がある、と一般的に言い換えても良い。
ささやかな冗談でも、こうしてはしゃいでくれる可愛い後輩トレーナーの姿を見ると、シロナもやっぱり楽しくなれる。
今の立場になって、対等に話していた相手からも一線引いた付き合い方をされたりもするシロナだが、こんな時には、立派な大人になれてよかったと感じる。
「さあ、行きましょう」
「はい……って、あぶなっ」
「ぷっ」
さあ行こう、と、振り返って手を差し伸べる姿を見せたシロナだが、思わずその手を取りにいこうとしたパールである。
なに子供みたいなことしてるんだ私、と、慌てて大きく手を引っ込める。あぶない、ってそういう意味。
可笑しくってプラチナも吹き出した。先生のことを間違えてお母さんと呼んじゃった子、に対して吹くのに近い。
「わらうな~っ! プラッチゆるさん!」
「だ、だって……ごめん耐えられない、あははは……」
「だからわらうな~っ! 今すぐだまれ~っ!」
相当恥ずかしいものを見られて笑われた気分で、顔を真っ赤っ赤にして吠えたけるパールである。でかい声出てる。
その反応込みで可笑しいので、プラチナも笑うのをやめられない。
プラチナの口を物理的に塞ごうと手を伸ばしてくるパールと、その手首を掴んで防御するプラチナ、力を拮抗させてぐいぐい押し合う。
激おこパールと笑いながらのプラチナでも、余裕を持ってプラチナが耐えて抑えているのだから、やっぱり男の子のプラチナの方が力は強いか。
仲の良い子達だな、とシロナも微笑ましく見守っていた。
私にも、こんな風に何でも言い合える親しい男の子がいたな、と、自身の幼少の頃を少し想い馳せつつである。
あの頃は今より感情的になりやすかった自分を、パールの姿に重ね合わせてだ。
「よっ、とっ、えいや、っと……」
「パール何それ、身軽さアピール?」
「ふふ~ん、小さい頃からダイヤに振り回されて、ちょっとした運動ぐらいなら楽勝なのだ。
プラッチにはこの足使いは出来まい」
「さっきシロナさんに褒められたからって得意気だなぁ」
210番道路はカンナギタウンに近付くにつれ、山岳地帯に入って道も険しくなる。
公道である以上、極力歩きやすいように均されてはいるものの、可能な限り自然を残す方針のシンオウ地方、荒っぽい道も少なからず残されている。
利便の意味では人に優しくないが、自然的環境でトレーニングがしたい人やトレーナーには、むしろ好まれる環境だったりするらしい。
その道の険しさをざっくりと言い表すなら、ほぼ自然山岳のままそこに在るテンガン山未満、一般公道よりちょっと険しめ、というところ。
ロードワーク初級者から中級者にはちょうどいい具合、には違いない。
「軽快ね、パール。
でも、足を捻ったりしないように気を付けてね?
それをやっちゃった途端、一気にかっこ悪くなっちゃうかも」
「ふふふふ、大丈夫です!
実はけっこう気を付けてますから!」
そんな道ばかりではお年寄りや子供にきついので、実は平坦に進める裏道も作られてはいるのだが、シロナが選んだのは表道の方。
普通に山道のロードワークコースである。若いトレーナーなんだからこれぐらいの道は元気に進まなきゃ、という意識。案外肉体派。
怖いもの知らずで何でもチャレンジしたがるパールとプラチナも、そういうシロナの判断には乗り気上々だ。
凹凸の多い場所、盆地の下りや駆け上がりなど、元気な脚ですいすいと進んでみせている。
特にパールなんかは、大袈裟にぴょんぴょんっと跳ねて進む姿を披露して、これぐらいだったら平気というアピールに旺盛。
少し前に、多少の高低差も軽々と越えていたのをシロナに褒められたものだから、ちょいと得意気になっているようだ。
調子に乗って何かやらかさないか心配になるプラチナだが、態度に反して案外注意しているようなので、妙なハプニングは起こらなそうである。
「それじゃあ、今度はあそこを進んでみましょうか?
近道よ?」
「あっ、ロッククライムだ! やるやる!」
「あれはボルダリングっていうんじゃないの?
まあ、出っ張ってるんじゃなくてへこんでるけどさ」
どうやら210番道路には詳しいらしいシロナ、ちょっと面白い場所にも二人を案内してくれる。
5メートルぐらいの崖に、岩盤に階段梯子のようなへこみを規則的に掘った、人の力でも頑張れば登れそうな壁である。
ちょっとした人工的アスレチック要素だ。210番道路の小さな名物である。
高い場所から落ちたら危ないのだが、ポケモントレーナーなら自分のポケモンを上手く使って、保険をかけましょうというところ。
「パール、いけるの?
落ちたりしない?」
「プラッチこそ大丈夫?
ひ弱なイメージあるぞ?」
「むっ……
パールこそ、女の子のそんな細い手足で大丈夫なの?」
「さべつ!」
「うるさいな、先に煽ってきたのそっちだろ」
男女差別だっ! と反論するパールも、そっちが仕掛けてきたんだろと対抗するプラチナも、互いに笑顔である。冗談なのはわかっているし。
とはいえ、プラチナはちょっとむきになりたい気分。もやし呼ばわりされては流石に。
先日風邪で一日ダウンしちゃったせいだろうか。由々しき事態。
「そこまで言うならパール登ってみせてよ。
僕はパールの倍ぐらいのスピードで登ってみせるから」
「あっ、そんなこと言っちゃって大丈夫なの?
出来なかったら何でも言うこと聞いてくれる? 勝負する?」
「むぅ……倍は言い過ぎたかな。
じゃ、パールよりは速く登ってみせるよ。
それでも負けたら、何でも言うこと聞いてあげる。
逆にパールが負けたら、何でも言うこと聞いてくれるんだね?」
「おっ、無謀なチャレンジを受けた気がするぞ?
男に二言はないね?」
「さべつ」
「そっちが言い出したことだぞ~?」
まあ楽しそうに張り合う二人である。
シロナも話に入っていけない。いや、入っていきたくない。
二人の世界を、子供達の世界を侵したくない気持ちが勝ってしまう。
「じゃあパール、どうぞ。
シロナさん、ある程度でいいから時間計っておいて下さいね?」
「はいはい、公正にジャッジするわ。
どっちにも肩入れしないからね?」
「ふふんっ、見てろよ~!」
ぱたぱた崖の下に駆けていって、しかし立ち止まって一度見上げ、指先でふんふんと手足のかけ所をしっかり下見、チェックするパール。
勝負所となれば真剣である。根が無邪気でも、こういう所で気持ちの切り替えが出来るのであれば何よりだ。
そういう切り替えの良さというのは、多分ポケモンバトルでも活きてくるかもしれないので。良い傾向かもしれない。
「……………………」
「…………?
どうしたの? パール」
「何かある?」
崖を見上げてふんふんと下見していたパールが、足をかけて一段登ろうとした矢先、その動きがぴたっと止まった。
どうしたんだろうと疑問を抱くシロナだが、プラチナも同じ気持ちである。
怖気づいた? なんて煽りはしないプラチナ。そもそもそんなの考え付きもしない。彼が見てきたパールってそういうタイプじゃない。
「……プラッチ、ハメようとしたね?」
「えっ、何が……」
「どすけべっ!!
へんたいプラッチ!!」
崖から離れてプラチナを睨みつけるパールは、また顔を真っ赤にしてスカートのお尻を押さえている。
その仕草を見て、謂れなき批難と聞こえかけたパールの言葉の意味に気付いたプラチナは、表情を一変させ自己弁護に徹さねばならない窮地に陥った。
「ちちちっ、違う違う違うっ!!
そういうつもりで先に行ってってわけじゃ……」
「むっつりすけべ~っ! 見損なったぞ~!
けいべつする! ぜったいゆるさん!」
「だから違うってえっ!!
僕だってそこまで考えてなかっただけで……」
「あっ、来るな来るなっ! どへんたいっ!
寄るな触るな近付くな~っ!」
よくよく考えれば簡単な話である。
短いスカートのパール、先に彼女が崖登りを敢行したら、下からそれを見上げるプラチナの目には何が見えるか。
これはどう考えても、パールが先に崖登りをしちゃいけない案件である。
煽るようにお先にどうぞとしたプラチナ、さてはそんなもの見ようとしたんだなと、パールのプラチナに対する警戒心がマックスにまで上り詰めたようだ。
「話を聞けってばっ!
名誉棄損レベルだっ! 聞き捨てならないっ!」
「しっしっ!
さわるなエロプラッチっ!」
「あ゙~もう! 話を聞け~っ!」
聞かんちんになったパールに駆け寄るプラチナにも、伸ばしてくる手をぺちんぺちんとはたいて退けるパールは、自分の胸を隠す手つき。
セクハラ野郎は近付くなという身体全部での表明で、プラチナを拒絶するパールの仕草にプラチナも必死。
その誤解は嫌過ぎる。親しい友達にそんな不名誉な嫌われ方をするのも嫌だけど、そもそもそんな烙印を押されるのは男として嫌過ぎてたまらない。
プラチナにしては乱暴なぐらい、後ずさるように自分から離れるパールの手首を捕まえて、話を聞くまで放さないという必死さを見せている。
「い~~~や~~~!
シロナさんたすけて~! ひどいことされる~!」
「だまれ~っ! 誤解されるだろ~っ!
シロナさんフォローして下さいよ~!」
「あらあら……どう収拾つければいいのかしら……」
苦い苦い笑みを浮かべるシロナの手前、パールもプラチナも顔に火がついているんじゃないかという色である。
今のプラッチにだけは触られたくもないパール、こんな誤解だけは絶対されたくないプラチナ。
どっちも必死な両者、片側に肩入れしたら逆側が納得しそうにないのが明らかで、シロナもどうやって二人を落ち着かせればいいのか困る場面である。
自分のような第三者がおらず、二人だけの時にこういう状況に陥っていたら、二人ともどうやって事態を収拾させるというのだろうか。
シロナがまず感じずにいられない所感はそんなところである。
まあ、見方によっては自分がいてよかったかもしれないし、こうして頼りにされるというのも悪くは無い気分だけど。
そんなわけでシロナも知恵を絞って、二人に歩み寄って何とか仲を取り持とうと努めるのであった。双子の保護者になった気分である。
「よいしょ、っと……
登ったよ! 思ったより時間かかったけど!」
「たいしたことないね! エロプラッチ!
すけべなことばっかり考えてるから集中力足りないんだぞっ!」
「だから違うーっ!
やめろっ! そういうのやめろっ!」
とりあえずシロナの懸命な仲裁もあり、崖登り勝負にまではスムーズにこぎつけられたのだが。
先に崖を登りきったプラチナに、崖下から見上げるパールが口撃ばりばり。
禍根めいたものはシロナでも掃除しきれなかった。まだやり合っている。
「ほら、パール。
プラッチ君より先に崖を登って見返してあげましょう?
あなたが勝ったら、何でも言うこと聞いて貰えるのよ?」
「むむむっ……まあ、楽勝ですね!
プラッチ覚悟しろよー!
絶対へんたいプラッチにはきっつ~い罰を据えてやるからな~!」
「はぁ……もう好きにしてよ……
………………その代わり、負けたらパールこそ覚悟しろよ」
額を押さえて諦観めいた嘆きの表情を見せるプラチナである。
もう本当、何を言っても聞いて貰えそうにないので挫けたようだ。
しかし、ぽそっとパールに聞こえない小声で怨々とした言葉を発するぐらいには、誤解されっぱなしの現状に腹を据えかねてもいる模様。
下心の誤解をしたパールのプラチナに対する敵視もそれなりだが、話を聞いて貰えないプラチナの憤りもまあまあである。
双方に充分な言い分がある。どっちも悪くはあるまい。
シロナとしては、勝った方が相手にごめんなさいとでも言わせて、とりあえず今日のところは収まればいいなぁという気分である。
本当に仲良しなら明日になれば忘れているはずだ。この喧嘩は、そういうレベルのものだから。大人のシロナにはわかる。
「パール」
「はいっ?」
「落ちたりしたら失格よ?
負けたくないのはわかるけど、無茶な早上がりはしないように。
女の子が体に傷を作っちゃ大変なんだからね。忘れないで」
「……はいっ!
無茶しない上で、プラッチを完膚なきまでに叩き潰しますっ!」
しかし念の為、パールに大事な釘を刺すことも忘れないシロナだ。
万が一、気の急いたパールが手や足を滑らせて落ちたりしたって、それに対する保険は自分のポケモンに任せているシロナである。
彼女が育てたポケモンなら、今ボールの中にいようとも、心構えてさえいれば緊急時にボールから飛び出して、悪い事態を防ぐことも可能だろう。
とはいえ、我が身を捨て身で勝ちに行くような真似を、パールに癖にはさせたくないというのも、シロナがパールという女の子を案じる気持ちの表れだ。
パールの両肩を後ろから持ち、聞きなさいという強い主張とともに伝えるシロナの想いは、少なからずパールにも伝わっているはず。
「……パール。
無茶した速さで登ってこないようにね」
「敵が心配するな~っ!
しっかり充分気を付けて登って、プラッチを負かしてやるっ!」
ちょっと熱くなっていたプラチナも、シロナの声が聞こえたら、パールが無茶しないよう、頭を冷やして崖の上から声をかけるぐらいである。
パールも血気盛んな返事をしているが、怪我しかねないような無茶はしないという表明を含めている辺り、ある程度は冷静さを取り戻している。
ささやかな声をかけるだけで、二人ともをお互い案じ合える心持ちにさせられる辺り、シロナの振る舞いは上手いものと言えるだろう。
勿論、根は仲良しの二人だからこそというのもあるが。その"だからこそ"を見て、シロナも安心させられるのだが。
さて、パールのクライミングスタートだ。
プラチナがやってみせたのと同じように、崖のへこみに手をかけて、足をかけて登っていく。
速さを競う勝負なので、パールの手足の動きはそれなりに速い。
負けたくないから急いでいるのもあるが、そもそもこういう動きには慣れたものという、元からの体の使い方も上手である。
「むっ……むむむっ……
ぷ、プラッチが手こずるのもわかる気がしてきた……」
「……………………」
「ふふ、そこでプラチナ君と同じ所で戸惑うのよね。
わかるわ、あそこで少し迷うのよ」
しかし、崖半ばの位置でパールの登る速度が落ちる。
手をかけた場所が、少し指のかかりが浅く感じて、ここを掴んで大丈夫だろうかと不安にさせる、傾き混じりの刻まれ方をされているからだ。
実はそこは罠なのだ。アスレチックコースめいて人工的に作られているこのクライミングコース、そんな仕掛けもちょっとある。
そこに手をかけるのが不安なら、少し横に、登頂まで遠回り気味ながらも指のかけやすい所もある。
競い合う形でない時、急ぐ理由も無いのであれば、冷静にそこに手を伸ばせばいいのだ。目に見える場所にそれはあるんだから。
ちなみに先のプラチナは、パールが不安がっている手のかけ所に、迷いはしたものの手をかけて登っていった。
パールにひ弱呼ばわりされたプラチナだが、元々彼は学者志望、ロードワークも時には必要と考える口で、身体を使うことには慣れている方。
先日風邪を引いたのも、病気はどうしようもない話であって、彼とて決して虚弱はわけではないのだ。
むしろ急ぎたがるパールの旅路に足並み合わせていただけあって、その気になれば身体能力も低くは無い。
そんなプラチナが、彼自身もパールも思ったより時間がかかって登頂したこのクライミングコース、案外歯応えのある構造ということである。
「でもっ……プラッチには負けたくないっ……!」
「だ、大丈夫かな……
そこ僕もけっこう握力使ったルートなんだけど……」
意地になって、パールもプラチナと同じルート、ちょっと力が要るけど最速で崖を登れるコースを選んだ。
割と根性を出せるパールなので、はらはらする想いで見下ろすプラチナをよそに、意外ときちんと滑らず手足をかけられている。
一方、下から見守るシロナもまた、万一の時に備えてパールの下で控えている。
「プラッチぃ~……覚悟しろぉ~……」
「うぐ……そ、そこからが大変だぞ。
僕でもちょっと苦労したんだから」
「な、なんとなくわかる……
なんかこう、手足かける所が小さく……んっ?」
頑張るパールと見下ろすプラチナ、距離が近付くにつれ、落ちやしないかと心配がるプラチナと、そういう気持ちを感じて喧嘩腰を失いつつあるパール。
窮に迫ってくれば、ほんのさっきの諍いなど吹っ飛んでしまう辺りが、普段仲良しの二人らしいところである。
しかし、そんな折にパールのそばに、少し離れたそばからふよふよ近付いてきた存在が、パールとプラチナの勝負に水を差してきた。
「~~~~」
「あ、あれ?
あなたって、もしかして……」
「……んん?
あのフワンテ、ひょっとして……」
「…………?
敵意みたいなものは、全く感じられないけど……」
クライミング中で手足が塞がっているパールに、ぷかぷか近付いてきた一匹のフワンテ。
それを見受けたシロナも、野生のポケモンがパールに近付いてきたかと警戒したが、同時にその行動に害意が無いのも見抜ける辺りがチャンピオンか。
一方、パールもプラチナも、そのフワンテを見て、どこかで見覚えがあるような気がするのだが。
「~~~~」
「ま、待って待って、今はちょっと、私あんまり余裕な……ひゃ!?」
「~~~~♪」
「はひっ!? やめっ、ちょっ、こらあっ!?
あぶない、あぶないからっ、今はやめ……っ……!」
このフワンテ、パールが谷間の発電所で傷を癒してあげた個体である。
パールには良い感情を抱いているようで、よりにもよってこのタイミングですり寄ってきて、文字通りパールにすりすり。
そして場所が悪い。自分の頭よりも上の場所にある窪みに手をかけているパール、その腋のそばにすり寄ってくるという致命的一撃。
要するにくすぐったい。他のどこよりくすぐったい。
以前パールと再会した時には、すり寄ることをしてこなかったこのフワンテ、もしかするといたずら好きな性格をしているのかもしれない。
「待っ、待っ、やめっ、おねがっ……!
力っ、抜けっ………………はゎぁっ!?」
「あらららっ!?
こんなハプニングある!?」
「パール!?」
力の要る場所でこちょこちょされ、耐えられなくなったパールの指から力が奪われ、彼女は下まで真っ逆さま。
まだ崖半ばの3メートル弱の場所だったが、そんな場所からでも地面に叩きつけられたら怪我ものだ。パール本人よりもプラチナが一番焦った。
それを救ってくれたのは、万一パールが足を滑らせても大丈夫なように、真下で待機していたシロナである。
降ってきたパールを両腕でキャッチしたシロナが、両腕と足腰に力を入れて、少し腰を沈めながらもパールをキャッチしてくれたのだ。
背中から地面に叩きつけられるかと思って、身を縮めぎゅうっと目をつぶっていたパールだが、落ちた場所では痛くなかった。
あれ? 私なぜか助かった? と思って、恐る恐る目を開けたパールの目の前には、ほっとした顔のシロナの顔がある。
そうしてパールは初めて、自分がシロナにお姫様抱っこされていることに気付くのだ。
「ふうっ……大丈夫?」
「し、シロナさん……
す、すみません、ありがとうございます……」
「ごめんなさいね。
咄嗟だったから、受け止めることしか出来なかったけど……」
「はあぁぁ~っ……ぞっとした……」
フワンテは、どうやらまずいことをしてしまったみたいだと気付き、あわあわしながら飛んで去っていってしまった。ばつが悪そうだ。
しかし今のパールもプラチナも、フワンテに対してどうこう思う心持ちじゃない。
パールが助かったことに深い安堵の息を吐くプラチナと、シロナの腕の中に抱かれて丸くなるパールの二人に、他のことを考える余裕なんてない。
「はっ、はわっ……
だっ、大丈夫、ですっ……」
「ふふ、よかった。
自分の脚で立てる?」
「……………………何アレ。
パール、年上のお姉さんに弱すぎなんじゃないの」
上からパールの表情もよく見えるプラチナには、僕の友達は女の子なのに何故ああなんだろうっていう気分にさせられる。
お姫様抱っこして身を案じてくれるシロナに対する、パールのときめいた目にプラチナも呆れてしまいそうだ。
そういえばナタネさんにもひどくなついていたなぁと。スモモさんにもメリッサさんにも、連絡先交換して貰って大喜びだったなぁと。
そして今、シロナさんを見る乙女の眼差しは敬愛以上のものさえ感じるなぁと。これこそ誤解であって欲しいぐらいなのだが。
前々からそんなケは感じないでもなかったが、パールは年上の女性が好き好き大好きなんだろうか。そう思わずにいられない。
まあ男性社会でも、頼れる兄貴分に尊敬の一念でべったりの弟分というのは珍しくないものだと、プラチナも知らないわけではないのだけれど。
「本当に大丈夫よね?
痛い所は無い?」
「は、はいっ……!
大丈夫ですっ! シロナさん、ありがとうございました……!」
地面に足を降ろして立ち、自分と向き合うパールに顔を近付け、心から案じてくれるシロナは優しい。
尊敬対象にそんな目で見られて、嬉しいような気恥ずかしいような、帽子をぐいっと引っ張ってうつむき、顔を隠して後ずさるパールである。
それは恋する異性に顔を近付けられた乙女が恥ずかしがる仕草ではないのか。
なんでシロナさん相手にそのリアクションなんだ、と見下ろすプラチナもふへっと変な笑いが出る。
尊敬する人なのはわかるけど、なんだかなぁという気分。
「でも、パール。
落ちたからあなたの負けよ?」
「えっ……………………あっ!?」
横槍が入ったとはいえ、パールが崖から落ちてしまった。
ということで負けである。そうジャッジされてしまった。
ぶっちゃけ、この勝敗自体はシロナのどんぶり勘定タイムアタックに懸かっていたので、シロナの判定次第でどうとでも。
ポケッチのストップウォッチ機能を使って厳密に計るという手段もあったのだが、生憎シロナはプラチナの登頂タイムを計ってもいない。
明らかに片方が遅いか早いかでもない限り、引き分けで収めをつけようと思っていたからである。
「まままっ、待って下さいっ!
今のはノーカンでしょ!? ほら、あれはいくらなんでもっ!」
「でもペース的に、プラチナ君ほど速く登れそうにはなかった」
「そ、それはそうかもっ……しれないですけどっ……!」
「まけ~」
「うるさ~~~いっ!!」
本当、シロナ的にはどっちが勝とうがいいのであるが。
ただし、崖半ばでかなりもたついて手足が止まっていたパールが、プラチナよりも速く登頂できただろうなとは思えないものだったのも事実。
それを伝えて再チャレンジさせたところで、焦って急いだパールがまた落ちるかもしれない。それはそれで危ないし。
どんぶり勘定ではあるものの、ジャッジをシロナに委ねた以上、彼女のジャッジにパールは逆らえない。
判定根拠も客観的に正しくはある。だいたい、落ちたら失格だとは強めに釘を刺したことなので有効と言えば有効だし。
崖の上から煽ってくるプラチナに言い返すパールだが、もはや負け犬の遠吠え確定である。
「だめよ、パール。
落ちたら負け、そういうルールでしょ?」
「そ、そうですけどっ……!
でもっ、今のは……!」
「こういうことだってあるわ。
プラチナ君だって、ちんたらしてたら野生のポケモンに寄ってこられたリスクは等しくあったのよ。
それともパールは、いつでも起こり得るああいう現象が起こらないまで、何度だって再チャレンジする?」
「あっ、うっ……」
「まけ~」
「だまれ~~~~~!!」
フィールドワークにはアクシデントがつきものである。
野生のポケモンなんてどこにでもいるんだから、それが現れない想定で毎度毎度というのは案外狭い条件である。
プラチナの登上過程でそれが無かったのは"ただの幸運"。
パールの登上過程でそれが無かったのは"想定内の出来事"。
理屈としては正しかったりする。君の負けだぞ~、と煽り倒してくるプラチナの勝ち誇った顔に、パールが釈然としなくてもそれが現実なので。
こればっかりはしょうがない。運も実力のうちだ。
「諦めましょう?
プラチナ君も、これで勝ったからって無茶な命令はしてこないわよ。
ね? そうよねプラチナ君?」
「まあ、こういう形の勝ちですもんね。
めちゃくちゃなことは要求しないようにします」
「んあぁ~~~~~! 納得いかないぃ~~~!!
プラッチにお情けかけられてるようなことも含めてぇ~~~!!」
代わりに、賭け事めいていたパールとプラチナの間の取り決めも、加減されることになるだろう。
ここに納得してくれるぐらいには、クリーンな勝利であったとはプラチナもわかってくれているようで。
パールは敗北してしまったが、そんな痛い目に遭うようなことは無さそうだ。それは彼女も安心していい。
しかし、勝ち負けという点で納得いき難いのは哀しいところ。
世の中、こんなこともあるのである。パールはこうして、世の理不尽というものをささやかにながら感じ、学んでいくのであった。