ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第62話   シロナとアカギ

 

「……っと。

 お喋りしてたら随分と遅い時間になっちゃってるわね。

 そろそろ外も暗くなり始めてる頃じゃないかしら?」

「わっ、やだやだ、すぐ帰りましょう。

 夜は嫌いです」

「町の中まで野生のズバットが来ることなんか無いわよ?」

「どうしても想像しちゃってそわそわするんですよ~。

 出来ればあんまり、夜は外を歩きたくないなぁ」

 

 アカギと話し込んでいる中で、ふと時計を見たシロナ。5時過ぎである。

 外では秋空が赤く染まっている時間帯で、今晩の泊まり宿であるシロナの実家まで行くまでの間に、夜を迎えそうな頃合いだ。

 暗い野外を歩くことを苦手とするパール、さあ帰ろうという気持ちに移り変わるのも早い。

 

「スバットが苦手、か。

 以前会った時もそう言っていたな。

 ……きっかけは、ズバットに襲われて湖に落ちたことだったか?」

「はい~、それ以来もうトラウマでトラウマで」

 

「あなた、知り合う人知り合う人みんなにわざわざそれ話してるの?

 アカギとは前回が初対面だったのよね?」

「それはその、出会った場所がテンガン山の抜け道だったので。

 ズバットうようよですもん」

「ああ、なるほど。

 そりゃあそういう話題にもなるわよね」

 

「ズバットが苦手なのか? それとも、蝙蝠ポケモン全般か?」

「ゴルバットもクロバットもダメです。

 テレビ越しに見てもビクッとします」

「あらあら……そこまでだと大変ね。

 アカギ、この子の前でクロバット出しちゃ駄目よ?」

「そんな意地の悪いことをする趣味は無い」

 

 へぇ、アカギさんってクロバットの使い手なんだ、とパールとプラチナも初めて知った。

 ヤミカラスやニューラの使い手なのは知っている。あくタイプのポケモンが好きなのかな? と勝手に想像していたが、別に偏ってはいないのかも。

 ただ、クロバットも先述2匹のポケモンと同様、身体の色が暗色。

 もしかして明るい色より暗い色がお好みなのかな、と勝手推測は別方向へ。まあ、わざわざ口にしたりもしないが。

 

「それじゃあパール、プラッチ君。先にあたしの家に向かっておいてよ。

 私はちょっと、アカギと話したいことがあるからさ」

「あっ、私達を先に帰らせて二人だけでのお話ですか?

 ドラマあります?」

「さぁ~、どうでしょう?」

「え~、気になる気になる!

 大人同士の会話ってやつですよね? なんかありそう!」

「あなたこそ、私達と離れればプラッチ君と二人きりよ?

 そういう雰囲気になりたければどうぞ?」

「いじり返してきた!

 でも私達、いつも二人旅ですよ? 今日に限って、別にそんな」

「普段は誰にも見られてない二人きりでどんな空気なの?

 こっそりいちゃいちゃしてたりするんじゃないの~?」

「え~、プラッチと?

 うーん……」

 

 女の子ってこういう話題好きだなぁ、と、プラチナは話題に巻き込まれている立場ながら他人事気分で聞いている。

 ちらっとアカギの方を見れば、輪をかけて興味無さげ。無表情には無表情でいつもどおりだが、しら~っとしているのがなんとなくわかる眼。

 

 自分の方を見て首をかしげるパールの姿を見て、本当まだまだ恋愛対象に見られる域に入っていなさそうなのは、プラチナにとって少々寂しいが。

 でも、こういうきっかけを経て、自分も男の子であることを少しは意識してくれたらいいな、とは思わなくもない。

 そう考えると、パールにこういう話を振ってくれているシロナの姿は歓迎。心の中でシロナさんに、グッジョブと感じるプラチナであった。顔には出さないが。

 

「とりあえず、先に行っておいて。

 暗くなる前に帰りたいでしょ?」

「はーい、それじゃあお先に失礼します!」

「シロナさん、今夜はお世話になります」

「ふふふ、別にいいのよ。

 お婆ちゃんも、気合入れて晩ご飯を作ってくれてると思うわ。

 自分の家だと思って、のんびりしておいてね」

 

 パールとプラチナはシロナとアカギに、片や手を振り、片やお辞儀して、元気良しと礼儀正しの対照的な姿を見せて、遺跡の出口に向かっていく。

 どうせこの後家で会うながら、シロナもひらひら手を振って、また後で。

 見送り、二人が見えなくなったところで、ふうと息を吐いてアカギの方を向き直るシロナである。

 可愛い年下と話を弾ませた楽しさを、僅かその表情に残してはいるものの、その顔色はやや神妙だ。

 

「私に話とは?

 どうやら、楽しい考古学の意見交換というわけではなさそうだな」

「……いや、別に、ちょっと、ね。

 まあ、何でもないような話ではあるんだけどさ」

 

 シロナは呆れられるかもしれない話をするかのように、少し自嘲気味な笑みを浮かべている。

 対するアカギは相変わらず表情一つ変えないが、話してみろという目をしているのを、対面するシロナはちゃんと感じ取っている。

 鉄面皮の彼の、目元や口元の僅かな動きからでもそれが読み取れるようになるには、それなりの付き合いがなければ難しかろう。

 

「あなたの着こなし、ちょっとギンガ団っぽいからさ」

「まあ、その意匠には違いないからな。

 機能的であるし、風通しもいい。

 フィールドワークには適している。愛着するだけの価値はある」

「あぁ、そういえばそうか……

 新エネルギー開発に苦戦していたギンガ団オーナーと話した時、あなたの些細なアドバイスをきっかけに、行き詰まってた研究が進んだのよね。

 その感謝の意を込め、金銭を断ったあなたへの贈り物として、フィールドワーク向きのその服が贈呈されたんだったわね」

「義理で着ているわけではない、実用性に優れているからな。

 良いものを作ってくれた。少々奇抜ではあるがな」

 

 ギンガ団オーナーとは、シロナと幼少の頃からの長い付き合いである、いわば幼馴染とも言えよう人物。

 元より顔の広いオーナーだが、彼自身もそうあろうとする意識はあり、彼の方からアカギにコンタクトを取ったことが一度だけある。

 何故ギンガ団オーナーという、いち企業の社長にも相当する人物がアカギとの対話を望んだかと言えば、それにも理由がある。

 ナギサシティ出身のアカギ、機械いじりが幼い頃から好きだったと知れた彼に、当時開発面で苦心していたオーナーが、気分転換がてら話す相手を求めたのだ。

 専門職が暗礁に乗り上げた時、違う視点を持つ者から意見を集め、視点を切り替えてみようという試みはしばしばある。

 オーナーが統べるギンガ団員は、いずれも正しく技術職のプロフェッショナルの集いだが、それと違う視点を求めて"知識ある素人"のアカギと対話を試みた。

 

 余談ではあるが。

 シンオウ地方からは遠く離れた、ジョウト地方とカントー地方の話。

 そこには二つの地方を繋ぐリニアという乗り物があり、切符を買った乗客が通る自動改札機も設備されている。

 この自動改札機、開発過程で大きな問題が一つあり、なかなか実用に漕ぎつけられなかったという過去がある。

 それは乗客が手なりで切符を入れた時、斜めに切符を入れたが最後、中で詰まって機械が止まってしまうという致命的欠陥を抱えていたのだ。

 乗客に"切符は真っ直ぐ入れて下さい"と呼びかけてもいいが、急ぐ乗客も想定される中、そんなことを乗客には求められない。

 なんとか"どんな角度で切符を入れても正常に機能する改札機"を開発しようと努めても、なかなかその手段が思い浮かばない。

 そんな日々の中、ある日開発者の一人が、川を流れる一枚の葉を見て、解決策を閃いたという逸話がある。

 横向きの一枚の葉が、水に流されるままに岩に当たり、くるっと回って川の流れに沿った向きに変わったことを見て閃いたのだ。

 切符が入ってすぐの場所に"コマ"を設置することで、傾いて入れられた切符の向きを正常化し、切符が詰まることが無い改札機の機構が完成されるに至る。

 ほんの小さな、取るに足らない、専門職の知識とはかけ離れたきっかけから、閃きに至り難題の解決が果たされることもある、という逸話である。

 "本当にあった話"だ。

 

 オーナーとアカギの対話そのものは、二人だけの場であったため、どのような内容であったかは誰も知らない。

 しかし、そこでアカギがオーナーの悩みに対して、こうしてみてはどうだろうか? と言った内容が、どうやらオーナーを閃かせたらしい。

 結果、開発部門を苦しめていた難題の解決策を得たオーナーの提言により、当時ギンガ団が悩んでいた新技術の開発は大成功へと繋がったのだ。

 オーナーはそのヒントをくれたアカギに恩を感じており、はじめアカギに連絡を取り、ありったけの礼をしたいと訴えたほど。

 しかし金銭や名誉、表彰などにも興味を持たぬアカギだったので、せめてもの気持ちとしてフィールドワークの多いアカギに、服を贈呈したのである。

 それが、今アカギが身に纏う服だ。どうやら当人も機能的だと評価して愛用しているようで、良き贈り物にはなったのだろう。

 ちょっとギンガ団のユニフォームに似ているのは、ギンガ団への多大なる貢献をしてくれた名誉会員、みたいな意図も含まれているのかもしれない。

 

「あなたオーナーにどんな話をしたの?

 ドキュメンタリー一つ作れそうな話なのに、オーナーの意向で未公開なのよね。

 気になるわぁ」

「企業秘密にも関わることだからな。

 現時点ではまだ語れまい」

「やっぱりそういうことなのよねぇ。

 記者に尋ねられても、『私が年老いた頃に思い出話として語る機会を作れたら面白いですね』なんて焦らしちゃってさ。

 あいつ、そういうミステリアスなところを残した語り口を見せる辺り、ほんと抜け目ないなぁって思うの」

 

 オーナーの話をするシロナ、なんだか楽しそうである。

 親しい幼馴染がセンセーショナルな活躍を現代に顕していることを語るのは、我が事の自慢話より楽しいものだ。

 今はもうお互い大人になってしまい、面と向かって話すことも少ない疎遠気味ながら、心のどこかでいつだって忘れられずにいる大切な親友。

 シロナの語り口には、それを想い馳せる感情が溢れている。

 

「"コウキ"のことを話す時、お前はいつも楽しそうだな」

「そりゃあそうよ、幼馴染ですもの。

 偏屈なところはあるけど、その実ひたむきで、今でもあたしは尊敬してる。

 けっこう男前なのに、ずっと仕事ばかりに没頭してて、いい年してるのに結婚もせずに勿体ないなあってずっと思ってるもん。

 仕事でも、プライベートでも、どっちでも成功して幸せな人生を歩んで欲しい、そうあるべきほどの人物だってずっと思ってるぐらいよ」

「老婆心が過ぎる」

「なによ、いいじゃないの」

「そんなにそう思うなら、お前が寄り添ってやればいい」

「あなた本当、女心を無視したジョークを明け透けに言うわね。

 そういうとこよ、そういうとこ」

「知らん」

 

 世間からは"オーナー"とばかり呼ばれる彼のことを、今や実名で親しげに呼べる者も限られている。

 少なくとも、シロナはその一人に違いあるまい。

 たまにはお互い、大きくなり過ぎた肩書きを捨て去って、シロナと、コウキと、昔のように呼び合えれば、という夢を見ることも彼女にはある。

 多忙な双方ゆえ、電話で語らう機会すら無く、そんなささやかな希望さえ容易には叶え難くなるのだから、大人になるというのもしばしば寂しいものだ。

 

「お前が、シンオウ西で悪行をはたらいた、ギンガ団を名乗る者達を憎んでいることはわかった。

 私のことも、疑っているか?」

「……あなたは、あの連中に関わっていたりしないわよね?」

「愚問だな」

「はいはい、だとしてもハイなんて言うわけないわよね」

 

 流石に鼻で笑われる問いかけだったのはシロナも自覚しれいるようで、珍しく小さく笑ったアカギを前に、彼女も肩をすくめている。

 かまもかけずに直球で聞いても仕方ない質問なのはわかっている。あんな犯罪組織めいた集団に関わっていることを、素直に自白するバカがどこにいるか。

 もっとも、シロナにとっての本題はそんなことではない。彼女がアカギに言いたいことは、その先にある。

 

「あたし、本当に怒ってるの。

 あたしの大切な親友が築き上げた、社会貢献果たせし立派な組織の名を貶める連中のことが、個人的な感情で堪らなく許せない。

 連中について、何か知ってることは無い?

 あるなら、ほんの些細なことでもいいから教えて欲しいの」

「生憎だが、お前に渡してやれるような情報は何一つ無いな。

 失望されても、詫びる筋合いは無いが」

「もぉ、簡単な人付き合いレベルで言葉を選んでみせてよ。

 『すまないな、特に何も無い』って言ってくれていいじゃない。

 そういうとこよ、そういうとこ」

 

 アカギは不愛想が過ぎるタイプである。

 シロナもこの辺りに対しては諦めも強い。

 批難する口ぶりながら、冗談めかした笑顔は携えている。

 

「あたしのアドレス、知ってるわよね?

 お願い、何か少しでも情報を得られたら、すぐにでもあたしに教えて。

 お礼は何でもするから。本当に、何でもする」

「断る理由は無い。

 覚えておこう」

「……ありがとう。

 あなたの"覚えておこう"は、あなたなりの最大級の協力の表しよね」

「皮肉はほどほどにな。

 請う相手の機嫌を損ねるかもしれんぞ」

「あはは、そんなこと言わずに、ね?」

 

 立ち話をしていた二人だが、話が一つ締め括られたのをお互い感じ取り、遺跡の出口へ向かって歩きだす。

 パール達に遅れての出発しばらくだ。二人並び歩いての帰路である。

 

「しかし、あの二人に席をはずさせるほどの話題か?」

「あの子達に、悪しき側の自称ギンガ団の話を聞かせたくはない。

 本当に、純粋な子達なの。触れさせたい世界じゃないわ」

 

「過保護だな。

 お前は幼い者達に入れ込みすぎるきらいがある」

「大人になるにつれて儘ならぬ現実、嫌な現実を知っていくことなんて、誰に教えられなくたって誰もが勝手に得ていくものよ。

 この世界は、美しいものばかりじゃない。仕方のないこと。

 ただでさえそうであるのに、あたし達大人がわざわざ仄暗い現実を努めて教えるようなことこそ、余計なお世話もいいところだわ」

 

「ひた隠しにすることが、保護になるという考えも偏っていると思うがな」

「10人が隠そうとしたって90人が勝手に教えるのが、この世の嫌な現実ってものでしょう。

 別に救おうとしてるわけじゃない。私はその多数派になりたくないだけ。

 純粋な子達に、綺麗な世界をなるべく伝え、汚い世界をわざわざ見ないよう努めることって、そんなに馬鹿にされるようなこと?」

「どうかな。

 世論の多くは、お前のその考え方を甘ったれと評じそうだが」

「関係ないわ。

 嫌な現実ほど印象強く心に残り、世の中捨てたものじゃないものだと教えてくれる素敵な経験さえ、その嫌な記憶が呑み込みがち。

 歪んだ大人が生まれるのはそのせいだって、あたしは信じて疑ってない。

 どんな嫌な現実に直面することがあろうと、世の中はそんな嫌なことばかりじゃないっていうのを、ちゃんと思い返せる人で溢れて欲しいとあたしは思う。

 純粋で、白にも黒にもこれから染まり得る子供達に、美しいこの世界の片鱗を少しでも覚えて欲しいと思う私の感情に嘘はつけないわ」

「理想論だな」

「それを掲げる者が一人もいなくなった時こそ、暗黒社会の誕生よ。

 少なくとも、社会が力無き者を法や倫理で保護するこの美しい世界は、その理想論を捨てなかった先人が築き上げてきた財産よ。

 美しい世界を各々が築き上げていこうとしなければ、社会が力無き者を守るこの世界はやがて腐り、淀み、形骸化していく一方に違いない。

 あたしはそれに反する存在にはなりたくないし、そうあろうと努めたいわ」

 

「果たして正しいことであろうことか」

「わからないわよ、そんなの。

 死ぬまで悩み続けるしかないわ」

 

 短い返答を繰り返すアカギの心に響いていないことを理解していながら、シロナは饒舌に信念を語っている。

 相手がどうであれ、胸を張って言えるからこそ信念だ。

 相手の胸に響いているかどうかなんて関係ない。それで言えるか言えまいかが左右されるようでは、所詮は交渉思想か自己満足。

 嗤われようが、興味さえ持って貰えなかろうが、きっとシロナは誰にでもそう胸を張って言うだろう。反論されることあろうともだ。

 そうでなければ、到底なんの意味も為さないのが、良き世界を目指そうとする者の思想というものだ。本気で目指さんとするならかくあるべし。

 

 戦いを挑む者には強さが必要だ。その普遍的な真理に集約される。

 シロナが挑んでいる相手とは、不条理なことも多いこの世界そのものだ。

 強くあらんとせん限り、太刀打ち出来ない強敵との、生涯をかけての死闘である。

 

 

 

 

 

「あら?

 二人とも、こんな所で」

 

「あ、すいません。

 プラッチが壁画を見たいって言うもんだから」

「せっかくだからシロナさんと一緒に帰りたいってパールも言ったじゃん」

「あらあら~、愛いやつめ~」

「あわわぷぷ……」

 

 やがて遺跡から出てきたシロナ達を、パールとプラチナが迎えてくれた。

 はじめはそのままシロナの家に向かおうとしていた二人だったのだが、遺跡の入り口壁画を振り返り、プラチナが足を止めたのだ。

 もう一回ちょっとだけ見て帰るふしのプラチナの傍ら、パールも、せっかくだからシロナさん達を待ちたいと提唱し、今に至る。

 一緒に帰りたいです、という人懐っこいパールには、シロナも歩み寄ってぎゅ~。こういう子供って可愛いので。

 

「あ、でもお二人だけのお話、まだ続いてます?

 続いてたら、私達すぐ逃げます」

「ううん、もう終わってる。一緒に帰りましょ?」

「は~い!」

 

「アカギ、あなたはどうするの?」

「…………」

「……ん? どうしたの?」

 

 一緒に帰りましょう、と言ってくれるシロナの笑顔に、パールはそれ以上の嬉しみに満ちた笑顔で応えていた。

 一方、続いてアカギに振り返って問うシロナだが、そちらからは声も態度も返答が無い。

 目線すら、三人の方を向いておらず、あさっての方向を見据えて無言で立ち構えているかのよう。

 

「……敵意だな」

「え?」

「アカギさ……えっ、はゎ!?」

 

 アカギが小さく呟いて、腰元のボールを素早く一度叩いた。

 ボールのスイッチを押す仕草を省き、自分のポケモンを一匹選んで呼び出す所作に、ボールの中からポケモンが自己判断で飛び出す最速の喚び出し方だ。

 次の瞬間、彼の斜め後ろから凄まじい勢いで跳びかかってきた黒い影、それとアカギの間に、彼の喚び出したポケモンが素早く立ちはだかった。

 

 金属の剣を打ち鳴らすような、甲高く激しい衝突音が一度鳴り響き、ぶつかり合った二匹のポケモンに距離が生じる。

 アカギの喚び出したポケモンはマニューラだ。突然アカギに襲いかかった敵の一撃を阻み、鋭い爪で受け切って、こちらは一歩も退かない。

 大きく退がったのはアカギに襲いかかろうとしたポケモンの方で、それがニューラであることをパール達も改めて目にする形となった。

 

「野生の……!?

 町の中にまで入ってきてるの……!?」

 

「マニューラ」

「――――♪」

 

 ニューラに向き直ったアカギは、不動の姿勢で口だけ動かす指示。

 不敵に笑うマニューラは、そのゴーサインを待ってましたとばかりに爪を一振りだ。

 その一振りで生じる強い風は、氷の粒を大気中に煌めかせながらニューラへと襲い掛かり、それが強い冷気を擁したものであるとは傍目にもわかる。

 跳び退がって躱すニューラだが、足先に少しそれを受けただけで痛苦に歪んだ表情からも、少し掠っただけでも痛い攻撃であると見える。

 着地し、マニューラやアカギに背を向けて逃げていく片脚が氷結していることからも、このマニューラの放つ"こごえるかぜ"の威力は推して知れる。

 

「――――?」

「いや、追わなくていい。

 取るに足らないものだ、これ以上わざわざ関わることもあるまい」

 

 あっという間に、起こり、終わった出来事を前に、目をぱちくりさせるばかりのパールだった。

 身構えるのが早かったシロナとプラチナも、事態の収束の早さにこそ、急襲の瞬間にも劣らぬほど驚きだ。

 あのような突然の出来事に動じもせず、最速で事を終わらせてしまうアカギの手腕は、プラチナが想像していた以上のものだっただろう。

 何よりも、背後から襲いかかってきたニューラの気配に振り向きもせず気付いていたらしき対応は、まるでテレビの向こう側に描かれるヒーローのようだ。

 

 ニューラを追う気満々らしかった、交戦的な眼のニューラは、アカギに追うことを諫められて、つまんねぇのとばかりにむくれていた。

 スイッチを押してマニューラをボールに収めるアカギは、まるで命を狙われた直後だというのに、何らそうした危機感を引きずる素振りも無い。

 

「町の中にまで野生のポケモンが乗り込んでくるなんて……

 警邏の人達に一応連絡しておいた方がよさそうね」

「レアケースだと思うがな。

 まあ、年には念を入れておくに越したことはあるまい」

「ごめん、パール、プラッチ君。

 あたし、ちょっと警邏の人達に今のことを報告してくるわ。

 待っててくれて申し訳ないけど、先に家に帰っておいてくれない?」

 

 頷いた二人を見受け、シロナはやや急ぎ足で向かう先へと去っていった。

 野生のポケモンが人里にまで乗り込んでくるのは物騒だ。

 夜も近いし、同じ案件がズバットで起ころうものならパール発狂もの。

 パールもこの状況に至って、シロナについていく形で夜の町を歩くことなんてしたくなかった模様。

 

「だ、大丈夫ですか? アカギさん」

「些細なことだ。

 だが、狙われたのが私であって、まだよかったのかもしれないな。

 あのニューラが襲い掛かったのが君であれば、結末はどうなっていたかわからない」

「うっ……

 た、確かに、私だったら何も出来なかったし……」

 

 怖い想定を突きつけられ、パールはぞわりと背筋を震わせる。

 もしも自分が狙われていたら、なすすべなく血まみれだっただろう。ぞっとする。

 

「ポケモンが人を傷つけることもあるが、人同士だって傷つけ合う。

 くだらない争いはこの世から無くされ、もっと理想的な世界であるべきだ。

 そうは思わんか?」

「え、えぇと……

 さっきみたいな出来事は、確かに嫌ですね……」

「私は、そんな理想の世界を作るための力を探している。

 君も、何かそれにまつわることを見付けたら、いつか私に教えて欲しい」

 

 そう言って、遺跡の入り口の壁画を見るアカギ。

 空間を司る力、時間を司る力。この世界の有り様さえ変え得る大いなる力だ。

 もしやアカギがその手にしようとしているものとは、それほど大きなものなのだろうかと、パールとプラチナの目にもはっきり映った。

 

「私はもう、行くとしよう。

 大いなる力を目指すこの足取りには、時が何よりも惜しいからな」

 

 あまりにスケールが大きく感じる話を前に、パールもプラチナも呑まれたかのように無言でしかいられなかった。

 そんな二人を最後に一瞥し、いずこかへ向かう足を歩みだす姿を、二人は呆然と見送ることしか出来ない。

 初対面時の別れとは異なる、あの時以上にアカギのことを知り、思っていたよりずっと底の知れない人だと認識を改めさせられた現状だ。

 

「……行こうか、パール」

「う、うん……」

 

 急展開が続いた後で、二人ともなんだか足取りが重く感じる。

 いつも元気なパールが、シロナの実家まで歩む道のりの中で一言も発さない。

 ちょっとプラチナも心配になる彼女の姿である。

 

「パール、大丈夫? なんか滅入ってる?」

「え? あ、いや、そんな感じじゃないんだけど……

 今ちょっと、考え事してたとこで」

「どうしたの?」

 

 こういう時に、話を振って会話できる流れを作ってくれるプラチナの姿は、常に心のどこかでパールを案じている証左。

 ただ、別にパールは怖い経験をしたからへこんでいるとか、そういうわけではない模様。

 彼女の言葉を信じるなら、プラチナもちょっとだけ安心する。

 

「アカギさんのこと?」

「いや、えぇと……

 あのニューラ、どこかで見たことある気がしない?」

「え?

 そりゃあ僕もニューラぐらいは見たことあるけど……」

「そうじゃなくて、なんかこう……

 一度会ったことのあるニューラ、みたいな、そんな気がしてて……」

 

「……パール、ポケモンの顔が見分けつくようになったの?」

「いやいやいや、流石にそんなわけないと思う、私すご過ぎじゃん。

 でもなんだろう、何故か……一回見たことのあるニューラの気がするんだよね……

 なんでかな?」

「僕に聞かれても」

 

 野生のイシツブテとヒョウタのイシツブテが並んでいて、どちらがどちらなのか見分けのつく者がどれだけいるだろう?

 まあ、ヒョウタだけは見分けがつくかもしれないが。

 進化前のナエトルだったパールのピョコと、ナタネのナエトルを見比べて、どちらがどちらなのか見分けのつく者がどれだけいるだろう?

 まあ、パールとナタネなら見分けがつくかもしれないが。

 毎日見てきて愛着のある自分のポケモンだったら、同種に紛れてもなんとなくわかる、という例は案外少なくない。

 だが、自分のポケモンでもない個体を見分けられる人は相当に少ないし、パールにそんな目があるのなら相当な才覚認定してもいいぐらいだ。

 

 実は、種がある。

 既視感があるというのなら、それは決して気のせいではない。

 

「パールの隠された才能だったりしたら僕びっくりするよ?」

「ま、まあそうだったらいいのになぁとは思うけど……」

 

 アカギを急襲し、状況が悪くなればあっという間に逃げていったニューラ。

 じっくり観察する暇が無かったものの、短時間ながらもニューラの姿を見ていたパールの目には、その身体的な特徴がかすかに刷り込まれている。

 無意識的ながらも視界内に捉えていたそれが、パールに既視感を残しているのだ。それを具体的に思い出せないというだけだ。

 いつか解答に気付く日が訪れるなら、なんだそういうことか、と言える程度の話である。

 

 赤い左耳が虫食いのように欠けていたニューラ。

 確かにパールはあのニューラと、過去に一度対面しているのだ。

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