「急がなくてもいいの?」
「いいのいいの、ゆっくり行こうよ。
ああいうこともあるって」
カンナギタウンのシロナの実家で一夜泊めて貰い、朝を迎えて出発したパール達。
その日はまったりと210番道路を引き返し、夕時前にズイタウンに到着だ。
のんびりと町を歩き、傷薬を買うなどして明日以降の備えをきちんと整えたら、早いうちにポケモンセンターへ向かって泊まり支度である。
これは北のキッサキシティに向かうはずだった二人の旅において、逆戻りしている足取りだ。
「ダイヤとどっちが先にバッジを集めるか、みたいな競争してそうな雰囲気だったしさ。
急ぐんだったら、明日はもっと速い運びに僕も合わせるよ?」
「あはは、私そんなの気にしてないから。
ゆっくりみんなと一緒に強くなって、次のジム戦に備えるのも大事だよ。
変に急いで、ヤな結果になっちゃったりしても嫌だしさ」
どうしてこんな運びになっているかと言えば、実は先日、テンガン山北部で土砂崩れが起こったのだ。
大きな地震などといったわかりやすいきっかけがあったわけでもないのだが、大自然の気まぐれというのは、ある日何を起こすかわからないものだ。
それが、パールがカンナギタウンに到着する前日のお昼頃。ヨスガシティからズイタウンを、シロナと一緒に歩いていた頃のことである。
土砂崩れ自体は小規模ながら、山道やキッサキシティへと繋がる洞窟の一部を塞いでしまっているそうだ。
塞がれた他にもキッサキシティへ向かうルート自体はあるのだが、山崩れの後は傷ついた山や地盤の影響で、どこで二次災害が起こることやらわからない。
今はカンナギタウンや、山の反対側のハクタイシティが協力し、慎重に道を再び拓いているところである。もちろん、シロナも協力だ。
こんな状況で山越えしてまでキッサキシティを目指すなんて、不運次第では命すら危ない。よって、パール達も北上を断念した次第である。
当面キッサキシティに行きづらくなったことを踏まえ、パール達はもう一つのジムがある街、"ミオシティ"を目指すルートを選んでいた。
ミオシティは、コトブキシティの西にある町であり、カンナギタウンを出発して向かうには少々遠い場所である。
パール達の計画では、カンナギからズイまで一日、そこからヨスガまで一日、さらにそこからクロガネを経てコトブキまで一日。
そこから水道を越えてミオシティに到着する見立て。それなりに日数もかかる。
とはいえ、今の事情を鑑みると、時間がかかるのも悪い話ではない。
キッサキシティへの山道が再び開通されるまで時間がかかるだろうし、のんびり進めばいいという考え方もある。
極端な例え話、何らかの手段で一日二日でミオシティに赴けて、そこでジムバッジを手に入れられたとしても、キッサキシティへの道はまだ開いてはいまい。
「今日は早く寝るんだ~。
電話もしたいし」
「何人と?」
「一人だよ、流石に。
グループ通話もしてみたいけど、流石にそんなとこ混じっていけない。
私だってそれは躊躇するよ」
「毎晩ジムリーダーさんと仲良くお喋りしてるのにねぇ」
「ナタネさんは特別だよ、とくべつ。
あの人ほんと話しやすくしてくれるんだよ、私いっつもあの人と電話すると喋り過ぎちゃう。
電話切ってからいつも、あぁ私よく考えたらジムリーダーさんとあんなに話してるんだなぁって思い出すの。
よかったのかなぁ、ってたまに思うぐらい」
「でも今晩もかけるんでしょ」
「やめられないんだよ~。
ほんとに全部の話、明るい声で聞いてくれて、相槌まで打ってくれてさ~」
夕食を食べながらのお喋りだが、プラチナはまるで惚気話を聞かされているような気分。
パールも一応、ジムリーダーとお話ししていることに、多少は立場の違いというのを意識することはあるようだ。
失礼なこと言ってないかな、などなど、そういうことを後から考えることはある模様。
誰とでも気兼ねなく話せる楽観的な明るさの持ち主かと思ったら、結構そういうところは気にしているようである。
もっとも、だからこそ和を以って誰とでも広く話せるのかもしれないが。
「だってさぁ、プラッチ。
こないだヨスガジムでメリッサさんに挑戦する前の夜なんだけどさ。
私あの日、ナタネさんに電話してなかったんだよね」
「パールが熱っぽい顔してたから僕がしつこく付き纏ってた日のこと?」
「言い方、言い方。
心配してくれてたんでしょ、どうしてそんな言い方しちゃうかな。
プラッチ自分のことお安く扱い過ぎなんじゃないの」
「いやぁ、だって翌日僕が風邪こじらせちゃったし……
なんかアレ、思い出すと恥ずかしいんだよね」
「まあそういう事情もあって、あの日は誰にも電話せず寝たわけですよ。
その次の晩、私はナタネさんに電話をかけました。
メリッサさんに勝ちましたよ~、っていう電話だから私もウキウキでした。
さて、何があったでしょう?」
「褒めて貰えたんじゃないの?」
「それだけではないのです。
電話から出てくれるや否や、ナタネさんってば何て言ったと思う?
『どうして昨日電話が無かったの? なんか寂しかったんだよ?』ですよ。
私はもう、その瞬間にナタネさんの虜になったのです」
「最初っから虜でしょ。
あ~、でもそれは嬉しくなるよね」
「もうね~、前までは電話する前は、ちゃんと失礼の無いようにしようって心に決めてからコールしてたのですよ。
それは今でもそうだけど、私あれからナタネさんに毎晩電話するのだけはやめられない。っていうかやめたくない。
最悪疲れ果ててて電話できない日があったとしても絶対メール飛ばす。
っていうかバテてても絶対電話だけはする」
「本当、大好きなんだね……」
「世界一尊敬してるかも。
トレーナーならチャンピオンさんを一番尊敬すべきなのかもしれないけど、私はナタネさんが一番だな」
どうして昨日は電話してくれなかったの、というナタネの言葉も、あくまで愛想含みでもあるとはパールもわかっているだろう。
でも、毎日電話で長話してきた習慣が続いた末、敬愛する人がそんなことまで言ってくれるようになると、後輩からすれば嬉しいものだ。
きっとナタネにとっても、わざわざ記憶に残っているような大きな発言ではあるまい。
年下っていうのは、尊敬する人の些細な言葉にも心を揺さぶられ、相手さえ忘れているようなこともずっと覚えていることもある。そんな好例であろう。
「別にいいんじゃないかな、それで。
誰を一番好きかなんてその人の自由だし、一番好きな人を変な理由つけて二番目以下にするのは絶対おかしいもんね」
「あ、でもでも、シロナさんのことを尊敬してないわけじゃないよ?」
「あはは、わかってるよそんなこと。
パールは尊敬する人、いっぱいいるもんね」
「ジムリーダーさん達、みんな凄い人だよね。
今でも改めて思うと、ナタネさんやスモモさんと毎晩、毎朝電話してるのが、私すっごいことしてるなぁって気分になっちゃうかも」
「でも今夜もかけるんでしょ」
「えへへ、今からもう楽しみ」
尊敬する人のことを想い浮かべる時のパールは本当に楽しそうだ。
ポケモンバトルに挑む時のパールは、その時その時に毎度必死で、わざわざ女の子らしくはない。
男女の垣根を越えた、懸命なトレーナーらしい彼女の姿を見せてくれる。
裏を返せば、パールが相対してきた数々のポケモントレーナー達が見てきた彼女とは、"ポケモントレーナー・パール"の姿でしかない。
勝って初めてその都度無邪気に喜ぶ彼女の姿に、パール本来の明るくて子供っぽい姿の片鱗を見られるのがせいぜいである。
子供っぽくて、感情に素直でよく笑う、そんなパールの姿をこうして毎日見られるのは、ずっと一緒に旅するプラチナの特権だ。
改めて思う。パールも、普通の、女の子なんだなぁって。
いつでも必死に、ポケモンリーグを目指す彼女の姿を見ているから、忘れそうになってしまう確たる事実だ。
抱き始めていた淡い恋心もよそに、今はこうして、気を張るバトルの場から離れた彼女と、楽しい会話を弾ませることがプラチナにとっても快い。
男女の関係になれれば嬉しいって、時々思うプラチナではある。
だけどこうして、同い年の友達として、何の気兼ねも無く話せる日々もまた捨てがたい。
ただの、無邪気な、普通の女の子であるパールと、込み入ったことを考えず無垢に話せるこの時間もまた、プラチナにとっては手放し難いほど幸せ。
だからこそ、たとえ自分の気持ちに気付いていたって、告白なんていうのは相当な勇気が要るのである。
いつ、どこの世でも、確たる真理である。
「ありがとう、メリッサ。
あの子にわざわざ、稽古つけてくれたのよね」
『いえいえ、お構いなく。
彼女らからは、鬼門を厭わぬメンタリティを感じましたのでね。
少なからずの手ほどきも、人としての使命と感じたのでそうさせて頂きました』
「やめてよ……あなた霊感あるから冗談に聞こえないわ」
『あははは、私は確かにゴーストの皆様と縁はありますが、フューチャーサイトの才覚はありませんよ。
あくまで直感、フィーリングです。的中することは稀ですよ』
パール達がズイタウンで夜を過ごすその日、二人の偉大なトレーナー二人が、夜長に重々しい会話を交えていた。
片や、カンナギタウンの人々と共にテンガン山の整地に勤しんだ夜、実家とは違う旅館に泊まるシロナ。
片や、ヨスガシティのジムリーダーであるメリッサだ。
不安げな声を発したシロナに、メリッサは明るい笑い声を敢えて聞かせ、空気を少しは軽くしようと努めているが、それも相手には気休めにもならないだろう。
それだけシロナが、今の話題について重く感じていることは、メリッサだってわかっている。
「あなたも知ってるでしょう?
あの子達、自分達だけで谷間の発電所に乗り込んだり、ナタネと一緒にギンガ団に立ち向かったりする、正義感の強い子よ?」
『…………シロナ。
あまり自分で自分を苦しめるような考え方はおよしなさい。
他者を思いやる気持ちは美徳ですが、手の届かない場所まで案じていては、やがてはあなたの心をも蝕みますよ?』
「それでも心配せずにいられないのよ……
あの子達、行く先でまた、何か許せないと思うような出来事があったら、誰か止められる大人がそばにいないと突き進んじゃうわ。
あたしにはわかる。確信してるわ」
『あなたが、昔はそんな子だったからですか?』
「…………」
二人が話題にしているのは、他ならぬパールとプラチナのことだ。
共に歩くうちは、パール達と共に、明るく語らう姿のみを見せていたシロナ。
こうして少し年上のメリッサ相手の通話で、不安げな表情すら相手に思わせてならぬ声を発するシロナの姿など、パール達は想像もするまい。
『漠然とした予想よりも、経験からくる推測は、浅い予言よりも遥かに真実味があるものです。
だからあなたは、一時でも、あの子達と一緒に旅することを選んだのでしょう?
それがいつまでも出来ることではないと理解しながら、少しでも』
「……ギンガ団を名乗る者達の行動が表向きすぎる。
きっとあいつらはまた、遠くない未来、何らかの大きな行動を起こすわ」
「ええ、それは私も同じく感じています」
シロナも、メリッサも、ギンガ団を名乗る悪党集団に対して、強い警戒心を持っている。
間違いなく、近く何らかの動きを見せるであろうとだ。
これは単なる推測ではなく、理路整然とした理論を以ってして導かれる、確信された推察である。
どんな悪事をはたらく者にも、必ず断言できることがある。
それは、最終目標の達成のためには全力を尽くすということだ。
その前提の上で、谷間の発電所やハクタイシティで悪行を明るみにしたギンガ団の行動を顧みれば、その確信はいっそう強まる。
なぜならそれによるギンガ団の目的は、発電所にせよ、強奪したポケモン達で得たものにせよ、大きなエネルギーを得るというもの。
エネルギーを得ること自体が目的だと考えるのは楽観に過ぎる。
ギンガ団の目指す所には、その集めたエネルギーで、何かを為すことであると推察して然るべきだ。
果たしてどんな悪人とて、自身の目的を達成するための最終段階までは、極力自らの企みを表沙汰にしないものだ。
一例として、銀行強盗という悪事一つを拾えばわかる。
たくさんのお金がある場所を襲撃し、多大なる利益を得ようとする行為。武装して銀行に押し入った行為とは、果たして悪行の第一段階だろうか。
そんなはずはない。大金を得るという目的に向けた企みの"最終段階"だ。
それを実行に移す前に、犯行現場で最大限にスムーズに事を済ませるため、さらにその後逃げ切らんとするため、策を練ってから実行に移っているはず。
それらは当然、表沙汰にならぬ所で、長い時間をかけて練られるもの。
つまりどんな悪行に踏み込むものとて、最終目標に向けての中で、自身らの咎められる行動やその意志を、表面化させたくないのである。当然のことだ。
それをギンガ団に当て嵌めてみればわかる。
大量のエネルギーを得るために起こした行動は、世間にも知れ渡るほどの表沙汰になっている。
つまりこれは連中にとって、こうして表沙汰になることは本意ではない上での、そうせざるを得なかった必要な道のり。そう考えるのが妥当である。
そして、望まぬながらもその悪行を表沙汰にした時点で、連中の計画は最終段階に入りつつあると見て間違いない。
まだまだ目的完遂までの先が長い中で、こうも世間を警戒させるようなことをしては、長い間動きを制限されてまったく望ましくない。
もはやギンガ団を名乗る悪党連中は、あの事件二つを起こした時点で止まるつもりなどなく、むしろいっそう行動を加速させるだろう。
正義の手に先回りされるより早く、迅速にことを進めようとすると相場は決まっているのだ。
近いうち、ギンガ団が新たな行動を起こすであろうというシロナとメリッサの推察。
単なる漠然とした危機意識からの漠然とした憶測ではない。明確な根拠ある、確信さえ得た断定だ。
「……あの子達が、悪意を目の当たりにしたその時、若い正義感で突き進んじゃう子達なのはもうわかってるの。
ずっと一緒にいられない私には、止めようがない」
『あの子達に、随分と入れ込んでいますね。
お気持ちはわかりますが……』
「悪を純粋に憎み、それを行動に移せる人がどれだけいる?
誰でもそうよ、目の前で惨劇が繰り広げられていようと、ヒーローが解決してくれることを願い、傍観者に徹し、救済者を待つ。
何も間違ってないわ、それが賢い生き方よ。身の程に合わぬ世界に身を投じ、怪我や命の危険を冒すことをあたしだって肯定したくない。
あの子達はそうじゃない。賢くない行動を、正義感から本当に取ってしまう」
『だから、あなたはあの子達を喪いたくない』
「それを出来る人達が、この美しい世界を作ってきたのよ。
危機や惨劇を目の前にしても、自傷を恐れて動けない人を、誰かが救ってくれるこの優しい世界。
そうした"賢明な生き方"を百人のうち百人が選んでいたら、惨劇はただただ誰にも制されず悲劇へと繋がるだけ。
あなたも知ってるでしょう、誰一人消防車を呼ばなかった逸話」
『ええ……
あれは、私の故郷近くで起こったことでしたから』
ある日、一つの火災があった。家一つが灰になるほどの大家事だ。
野次馬は集まった。だが、その火を消すための消防団は、ずっと、ずっと来なかった。
それはその場に集まった誰もが、消防団に通報しなかったからである。
馬鹿げた話だと思うだろうか。だが、野次馬達が思っていたことはただ一言に尽きる。
"誰かが通報しているだろう"
誰かがこの惨事を何とかしてくれるだろう。その一念だ。
おかしなことだろうか。だが、生じた出来事に二番目以降に気付いた者が、そう思ってしまうのも全く不自然ではない。だって、所詮は他人事。
第一発見者のせいなのだろうか? そんな責任転嫁、まさしく何の解決にもならぬ愚者の犯人捜しに他なるまい。
誰しもがそう思っている限り、どのような、いくらでも解決できたはずの事件さえ解決できず、取り返しのつかぬ惨劇へと繋がるのだ。
何らかの手を尽くし、目の前の惨劇を回避しようと行動する者の志とは、どんなに些細でも、小さくとも、大きいものだ。
パールとプラチナは、目の前にあった悪事を見過ごさず、行動に移り、何とかしようと出来る子供達。
それは、多くの大人が無くしてしまいがちなもので、大人ぶろうとするものが理屈を構えて捨てようとするものである。
そしてそれは尊いと同時、彼ら彼女らの身を極めて危ぶめるもの。最悪、何も為せずして。それもまた、最低最悪の結末。
だからシロナは、そうした人格ありし二人のことを、案じずにはいられないのだ。
『……得体の知れない悪人達の目指す何かを止めねば。
その一念のみで行動する限りで充分だというのに、あなたは守りたいものを増やしていくからつらいのですよ。
私は、あなたが先に潰れてしまわないかと心配になりますよ?』
「あはは……そうかもね。
考え過ぎてるかもしれない。
でもあたし、やっぱり子供達が好きなの。
未来を作るのはあの子達よ。パールやプラチナに限ったことじゃない」
『プラチナ? プラッチ君のニックネームですか?』
「ああ、違う違う。
プラチナが本名で、プラッチっていうのは――」
元よりシロナは、友人であるナタネを傷つけてでも、悪行を突き進むギンガ団を許せないという想いが根底にある。
行動原理としてはそれで充分なはずなのだ。
そこに関わり得る子供達を案じる想いがあろうと無かろうと、シロナの行動は何も変わらないはずなのだから。
心配し過ぎて必死になる、心が重くなる、いつか身体まで壊してしまうかもしれない。だから考え過ぎない方がいいとメリッサは言っている。
無心も逃げではない、大事な自衛手段の一つである。
シロナも自覚はあるようで、元気は無いが笑い混じりで話し、自分の心に折り合いをつけようと、今から努めているようだ。
煮詰まってきたところに、丁度いい閑話休題があると助かるものだ。
シロナはプラチナが今ああいう名前でパールに呼ばれていることも話しちゃう。
知ったからってプラチナ君って呼んじゃ駄目よ? という釘も刺しつつだ。だってその方が面白そうだし。
『あはははは、なるほどなるほど。
ピュアですねぇ、ベリーキュートです』
「こういう何でもない、だけど大人になってから思い出せば、きっと素敵な思い出になるような青春時代ってあるじゃない。
それが、誰にでも、当たり前のように享受できる、優しい世界が常に続いて欲しいってあたしは思うの。
だからギンガ団が、誰かを不幸にするようなことを企んでるなら絶対許したくない。まだまだ頑張るわ!」
『ええ、私も同じ気持ちです。
ジュベナイルの幸福と、彼ら彼女らがそうして育んだ健全な精神で形作っていく未来、それはロストされてはならないものであるはずです』
「あたし達も昔は子供だった。
大人達に導かれ、育ち、今はあたし達が大人として社会を歩いている。
そんなあたしたちが、今はまだ若いみんなのことを導くこともまた、あたし達が目を逸らしてはいけない使命だからね」
『オールライト。
ふふっ、あなたに言われるまでもないとさえ申し上げましょう』
「ありがとう、メリッサ」
パールがナタネとの長電話で無邪気に笑っている中、同じ時間帯にこのような通話が交わされていたなど、彼女らは夢にも思うまい。
世の中は捨てたものではない。優しい大人は必ずいる。
若者と喧嘩する大人は多いけど、若者の姿に未熟な頃の自分を想起して、なんとか良き未来に辿り着けるよう手を引こうとしてくれる大人も必ずいるのだ。
ギンガ団のような者さえ現れなければ。
不安を抱えて日々を生きる者達、誰もが心の奥底で感じていることである。
シロナとメリッサに代表される、平穏なる世を強く望む大人達であるほど、殊更にその想いは強い。
「おはよ~、プラッチ。
今日も昨日も、私もプラッチもやたら早起きだね」
「寝るのが早いからじゃない?
まったり旅してるもん」
「急げば昨日のうちにもクロガネシティまで行けそうだったけどねぇ」
「でも暗くなる時間帯にテンガン山越えるのは嫌でしょ」
「絶対やだ。ズバットうようよ」
パール達はズイタウンを出発し、ヨスガシティに到着すると、急がずそのまま滞在してそこで夜を明かした。
急ぐ旅にすると、テンガン山南の抜け道を夕頃に越えることになり、パールの嫌いなあれが活発化する時間帯になってしまう。
ちょうど日が沈み切って少しの頃にクロガネシティに到着、という旅程も取れぬではないが、色々都合というものがあるらしい。
「今日なんとかコトブキシティまで行って、朝出発して、ミオシティを目指す感じかな。
水場越えはニルルに任せる感じ? 僕はポッタイシに頑張ってもらうけど」
「なんとかなるなる。
ニルルもだいぶおっきくなったし、今なら背中に乗せてもらえそう」
「パールはポケモンライドに慣れてるからねぇ。
昨日もピョコの背中に乗せてもらってたし」
「えへへ、プラッチも乗る?
ピョコがいいって言ってくれるなら、プラッチなら特別にゆるす」
「ピョコの背中はパールだけのもの感あるんだね」
「当たり前でしょ~、私のピョコだよ?
プラッチしか許さない。それ以外なら、ダイヤはギリギリ許せるかな?」
二人で朝ご飯を食べながら、今日以降の予定や昨日までの思い出を種に話を弾ませる。
最近まったりした旅路ということで、パールはピョコの背中に乗せて貰って、209番道路を進んできたりもしたようだ。
ピョコがハヤシガメに進化して以来、そういうことは何度か程度にはあったのだが、昨日は旅足がゆっくりしていることもあり、乗っている時間も長かった。
そんなパールなので、ポケモンの背中に乗るというのには慣れている。
明後日はミオシティへ向かうにあたり、"なみのり"ニルルの背中に跨る予定だが、彼女なら難なく落ちずに乗れるだろう。
既に昨日、209番道路の水場を使い、ニルルもポッタイシも"なみのり"は練習済みである。
「なみのりニルルの背中に乗るのは初めてだから、ちょっとどきどきするけどね。
今日、どこか水場があったら背中に乗せて貰ってみようかな?」
「いいかもね。
どんな感じなのか、本番の前に一度は……」
『――緊急速報です。
ノモセシティからお伝えします、先程リッシ湖方面から、巨大な爆発音が発生しました』
楽しくポケモンセンターの食堂でお喋りしていたパールとプラチナだが、食堂に設置された大型テレビから、思わぬ情報が舞い込んだ。
思わず会話が止まったパール達と同様、周りの人達も会話が止まる。
やや衝撃性のある緊急速報に、テレビに集まる目線も一様に速い。
『現場からの情報によると、凄まじい爆発と共に、間もなくしてリッシ湖の水が一気に干上がっていったということです。
現在……え? はい……はい………………はい。
只今得られた続報によりますと、現在既に、リッシ湖の水は完全に干上がり、湖底が晒された状況ということです』
「うえぇぇ……!?
何それ何それ……!?」
「あんな大きな湖の水が、干上がったりするの……?」
驚嘆の声を出すパールとプラチナだが、どよめく周囲の人達も同じ気持ちというところ。
まるで天変地異を目の当たりにしたかのよう。理屈無く、恐ろしいことが起こっているんじゃないかと、背筋をぞわりとさせている人もいるだろう。
『現地への映像に切り替えます』
『こちらリッシ湖畔の映像です。
えー、干上がった湖の映像をここからお届けすることは出来ませんが、畔のホテル最上階からは、干上がった湖の様相がはっきりと捉えられます。
現在、そちらに映像を切り替えます』
『ホテル最上階のカメラからお届けします。
水に満ちていたリッシ湖は今は干上がり――』
「う、うわぁ……マジだ……」
「あれ何? 人?
ひ、干上がった湖になんかうようよいるよ?」
ノモセシティのニュースキャスター映像から、リッシ湖地上からの映像へと切り替わり、続いて高所からの映像に切り替わる。
大きな湖の水がすべて無くなっているという、目を疑うような光景が現実に起こっていると、誰もが突きつけられる。
そして干上がった湖に立ち入った、何人もの人間が闊歩している光景が、この騒動の関係者なのではと想像する者も少なくない。
『湖を徘徊する人影をご覧になれるでしょうか。
地上では、あの集団がリッシ湖への入り口に陣取っており、カメラや報道陣を近付けさせぬよう威嚇行為を続けています。
この事件と無関係ではない集団と――』
「あ…………!?」
「…………!」
だが、目を凝らしてみれば、その推察は確信めいたものに変わる。
上空から移した湖を徘徊する者達の頭髪は、みな一様に緑のおかっぱ頭。
それはパールとプラチナの意識において、このような事件を起こしそうな者達のイメージに合致するものだ。
トバリシティのギンガ団とは違う、ハクタイシティや谷間の発電所に出没した、悪しきギンガ団員の象徴とさえ言っていい。
奴らの仕業だ。二人は間違いなく、そう感じただろう。
「……ごちそうさま」
「え? ちょっと、パール?」
朝ごはんも概ね食べ終えていたが、僅かな食べ残しを置いて、パールは急ぎ足で食堂から去る足を向ける。
急にどうしたと感じたプラチナだが、次の瞬間には、まずいと思って彼も席を立つ。
普通の女の子だと思っていたけど、最近そんなパールばかりみていたから忘れていたけど、よくよく思い返してみれば嫌な予感がする。
けっこう暴走する子なのだ。許せないと思ったことには、身体を張ってでもぶつかっていく。
谷間の発電所でも、ギンガハクタイビルでも、乗り込むことを提案したのはパールの方。
それを知るプラチナの抱いた焦燥感は、断じて的外れなものではない。
「嘘でしょパール!?
本当に行く気!?」
「うん、もう自転車借りちゃったし」
「遠いよ!?
着く頃にはもう警察が解決してるでしょ!?」
いやはや、この行動速さはプラチナの予想の遥か上を行く。
自転車なんてどこの街でも売ってるが、少々お高いのでレンタルサービスをやっている場所も多い。
パールときたら、あのニュースを聞くや否や、遠いリッシ湖まで行くことを即決し、レンタサイクルで赤自転車を早速借りている。
これで212番道路を疾走し、ノモセを経て、リッシ湖まで突っ走るつもりらしい。
沼が多く自転車で走るには向かないとされている212番道路だが、高台を経ての自転車ルートも実在する。
本気でずっと突っ走ったら、確かに日が沈む前にリッシ湖に到着するのも不可能ではない。不可能ではないけれど。
マジでやる気らしい。もう自転車に跨っている。
プラチナがそんなパールの前に立ち塞がって、前からハンドルを握りしめて止めていなかったら今にも突っ走りそう。
どいて、止めないで、というパールの眼は、頼むようでも突っぱねるようでもある。
「危ないよ、絶対……!
ハクタイシティのビルで、ギンガ団の幹部とナタネさんの戦い見てたでしょ!?
どんな相手がいるのかもわからないんだよ!?」
「っ……関係ない、行く!
じっとしてられない!」
「どうして、そこまで……」
「許せないもん! わかるでしょプラッチも!
湖のポケモン達、どうなってた!?
「そ、それはっ……」
上空カメラが映していたニュース映像に映り込んでいたのは、単に干上がった湖とそこを徘徊する連中の姿だけではない。
さっきまで泳いでいた水が無くなって、むき出しになった湖底に晒されて、苦しそうにひくついたポケモンの姿もあったのだ。
特にコイキングは、図体が大きいため高所からの撮影映像への映りもよく、至る場所で跳ねていたものである。
そして、果たしてテレビを見ていた他の人達が、そこまで見ていたどうかは定かではないけれど。
ギンガ団員が陸に上げられて苦しむコイキングを、邪魔だとばかりに足蹴に押しやる乱暴な仕草が、パールの情熱に火を点けてしまったのだ。
信じられないことをする奴らだ。パールの怒りは並々ならない。
行って自分に何が出来る? そんなことさえどうだっていい。
今ここでじっとして、嫌な奴らだ最低な奴らだと、悪口叩いて発散する程度で気が収まらないほど、パールは頭に血が上っている。
怖い想いをしたはずのことをプラチナが突きつけ、思い出させて初めてパールも怯んだが、それでもすぐに持ち直すほど。
言っても聞かない、絶対なにがあっても止まるまい。これほどそうだとわからせてくれる姿もそうそうあるまい。
「っ、っ……あぁ~~~っ、もう!!
わかったよ、僕も行くよ! どうせどれだけ止めてもムダなんでしょ!」
「う……ぷ、プラッチ……」
「言っとくけど僕もちょっと怒ってるからね!
反省せずに無茶して!
ちゃんと無事に帰ってこれても、後でめちゃくちゃ文句言うよ!」
初めてプラチナが自分に対して凄く怒ってる姿を見せたので、パールも腰が引けるほど怯んだ。
無茶なこと言ってる自覚は多少あるのか、それさえ呑んで貰えたら、今度はパールが強く言える部分がゼロになる。
ダメ、と言われたら、やだ、で強く返す。行くのは構わない、って言われたら声を張り返す所もないわけで。
ずんずん自転車屋さんに乗り込んでいくプラチナが、青い自転車を借りて引っ張ってくる姿を、パールは一転びくびくしながら迎える。
一気に弱くなった。優しい相手にこそ弱いらしい。
「行くよ、パール……!
本当、どうなっても知らないからね……!」
「うん……!
ありがとう、プラッチ……! 許してくれて!」
「許してない! 後でめちゃくちゃ怒る!」
「でもありがとう!」
真っ直ぐな気持ちをペダルに乗せ、二人はリッシ湖へ向かう最短ルートにして長い道のりへ、跨る自転車を進め始めた。
朝から出発、目標地点への到達は夕時見込み。
長い長い、若い健脚でもぱんぱんに腫れそうなほどの強行軍だ。
途中でパールが根を上げて、やっぱりやめようって言ってくれたらいいのになって、プラチナは強く思っているだろう。
彼女はそんなこと絶対言わないだろうと、なんとなくわかりきっているからこそ、いっそうのことやるせない。
許し難きギンガ団の所業に、何か出来ることを一矢でも報いんと突き進むパール。
そんな無茶型のパールのそばに寄り添うことを選び、何があっても絶対彼女を守るんだと密かに決意を固めているプラチナ。
遠い、遠い、そんな場所での火中の栗さえ拾いに行くという、自ら危険な地へと赴くことを、若く幼い二人は選び抜いていた。
これが出来てしまう二人、たとえ一人でもそれを選んでしまうパールという時点で、もはや彼女はギンガ団とは切れない縁を自ら結んでいる。
シロナの懸念は、最悪の形で結実してしまったとさえ言い切れよう。
パールはもはや、彼女の感情が許せないと感じる所業を繰り返すギンガ団から、離れようとするどころか自ら近付きに行く危うい正義感の持ち主だ。
もはや、一線を越えている。
きっとパールは、その目や耳がギンガ団の悪事を捉えるたび、その身が動く限りであるなら、じっとしていることが出来ない。
そんな彼女であると、この暴走が物語っていた。