ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第64話   リッシ湖のギンガ団

「はぁはぁ……! 着いた、っ……!」

「ぱ、パール、大丈夫なの……?」

「平気平気っ……!

 ダイヤに振り回されまくって育ってます! 体力だけは満点っ!」

 

 果たして本当に、日が沈むより早くリッシ湖のほとり、宿泊街まで辿り着いたパールとプラチナ。

 想像していたより早く着いたぐらいである。速度面でもかなり頑張ったらしく、パールの息切れっぷりは激しい。

 

「脚、震えてるじゃん」

「さ、流石にキてるよ、そりゃ……

 プラッチ平気そうだね……すごい……」

「そりゃ僕はパールより体力あるよ。

 パールは最近旅を始めたばかりかもしれないけど、僕はその前からずっとロードワークしてたんだから」

「うぐぐ……風邪引きプラッチのくせにぃ……」

「僕そこまで虚弱じゃないから。

 あの日は我ながら無理したなって反省してる」

 

 宿泊街の一角で自転車を止めて地面に降り立ったはいいものの、パールは自転車に手を置いて、それを支えに立っているような状態。

 脚がっくがくである。片手で膝を押さえつけようとしても、止まらないほど脚が笑っている。

 一方プラチナが平気そうな顔してるので、パールはそれが悔しい悔しい。

 はっきりとプラチナの方が、ずっとパールより脚が強いのである。

 パールがどんなに自転車飛ばしてもプラチナはついていけるし、溜まる疲労からパールが失速してきたら、プラチナにとってはいい休憩。

 流石は足が命のポケモン学者の卵というところか。野にも生きるポケモン達を観察するにあたり、ひ弱な脚では務まらないのだから。

 

「ピョコの背中に乗せて貰いなよ。

 急ぐんでし?」

「うぐぅ……ピョコ、お願いします……」

 

 事件発生から何時間も経っているが、どうやらリッシ湖の事件は未だ解決に至っていないらしい。

 ちょいと冷たい声で、だらしない脚をピョコに助けて貰いなよとばかりに提案してくるプラチナである。

 言葉の鞭。どうやらプラチナ、あんまり機嫌は直ってなさそう。

 

 ピョコをボールから呼び出したパールは、よじ登るようにしてピョコの背中に這い上がって座った。

 ぴょんと跳び乗ることが出来ないぐらい、疲弊しきった脚に力が入りきらないようだ。

 駆けつけた割には締まらない子である。

 

 

 

 現在シンオウ地方では、特に東部において、リッシ湖の水が枯れたという大事件は、大きな大きなトピックスだ。

 どこのニュース番組でも、高所から撮影する映像をもとに、近況報告や出演者の考察が交わされている。

 チャンネル次第では普段放送している番組の間に、特別番組として今回の報道を挟んでいるぐらい。

 

 それほど世間の注目を集める事態なので、比較的自由なラジオ番組などでは、現在の状況をこと細やかに、合間の実況じみた形で報じている。

 パール達はリッシ湖に向かう間、ポケッチのラジオ機能で近況を聞きながら、リッシ湖の現在の状況を把握してる。

 事件発生から時間も経ち、複数回の新展開は生じたようだが、事態の穏便な収束はまだ先というのが実状のようだ。

 

 人為的な手段での湖を枯れさせたことが容易に想像できる要素があり、歩けるようになったリッシ湖底をギンガ団が闊歩していれば当然警察も動く。

 が、ノモセから出動した警察がリッシ湖に立ち入らんとしたところ、やはりギンガ団も抵抗する。

 なにぶんポケモンを差し向けられると、警察もそれなりに手を焼くのだ。

 もちろん警察にだって強いポケモンを使役する人はいるし、戦うことは出来るのだが、統率されたギンガ団の動きはなかなか機能的。

 押し寄せる警察に対し、地形を削って進軍ルートを断ったり、木陰から狙撃したり、割と良く出来たゲリラ戦術で、警察を押し返すことに成功している。

 一旦退がった警察は、立て直しての再突入を試みるも、これもまた制圧には至れず。

 今回のギンガ団は、谷間の発電所やギンガハクタイビルで侵入者に為すすべなく屈した下っ端連中とは違うようだ。強い。

 もっとも、強いといっても今回使役しているポケモンが、以前の事件と比べて強いというだけなのだが。

 それが何より厄介な、警察にとっての苦戦要素なのも確かだったりする。単純に兵力の強い軍勢の防衛線は、それだけでも相応に堅固となる。

 

 こう聞くと警察の皆様を頼りなく感じるかもしれないが、二度の突入でギンガ団員のいくらかを確保することには成功しているようだ。実績はある。

 警察には、何度でも再突入できる作戦力があり、複数の突入で最後には勝利をものにするという、警察なりの戦い方がある。

 報道されていない範疇の話だが、夕過ぎの夜にも三度目の突入を予定しており、この三度目の正直が警察にとっての決着戦となるのだろう。

 敵の実態は二度の突入で概ね把握できた、敵勢の余力も削いだ。次は負けまい。

 きちんと最後には勝てるよう算段を立てている辺り、警察の戦い方もそんなに悪いものではない。

 とはいえ各位報道も懸念していることだが、迅速に勝負をつけられないのは、ギンガ団の思惑を想定する限りでは歯痒くもある。

 リッシ湖の水を抜いてまで、ギンガ団は何を成し遂げようとしているのか。

 最終的に警察が勝ってくれるのはいいのだが、時間をかければかけるほど、ギンガ団の目的とやらが達成されるまでの時間を与えることになるまいか。

 明日を迎えるまでにギンガ団の連中殆どを逮捕することは叶うかもしれないが、それを果たした時既に、目的は達したぞ、と悪の集団が高笑いでは歯痒い。

 何を企んでいる連中かは知らないが、とにかくその悪人を一秒でも早く制圧してくれ、というのが、庶民の本音である。

 これは警察もわかっていることで、こちらもそれなりに必死。精神的にも実績的にも、決して無能な公安組織ではないとは補足できる大人達である。

 

 そんな折に降臨した正義の味方の存在はセンセーショナルなものであった。

 基本、警察に任せて本職を離れまいの精神であったノモセのジムリーダー、マキシがここの制圧に参戦してくれたのだ。

 ジム生の中でも優等生の者達と共に、警察の二度目の突入を退けて疲弊しているギンガ団へと突入したのである。

 警察との戦いで弱った相手に追い討ちをかける形での参戦、ジョークの得意なラジオのDJには、おいしいとこ取りだねぇなんて揶揄されたりもするけれど。

 当然、冗談に過ぎない。警察にとっては降って湧いた最高の協力者。

 本気を出せば最強格のポケモントレーナーが、精鋭揃いのジム生達と共に、この悪党集団の制圧に与してくれるというんだからありがたい。

 ギンガ団も死に物狂いで応戦するし、ジム生のポケモンが敗れて引き下がらざるを得ない者も現れるが、そのトレーナーとポケモンの保護には警察も尽力。

 強いマキシを最強の矛とし、ギンガ団達を打破し、マキシが快進撃を続けることが最新の報道としてラジオでもテレビでも報じられていた。

 

 マキシ達がこの戦いに参戦したのは、パール達がリッシ湖のほとりに到着する少し前。

 つまり、今でもギンガ団相手に戦っているかもしれない頃合いだ。

 パール達はちょうど、事件の佳境にここへ参じたことになる。

 

 

 

「ねぇプラッチ、こっちでいいの?」

「当たり前でしょ、湖の入り口から素直に向かっても、警察の人に危ないから入るなって止められるだけだよ。

 別の場所から入らないと、結局野次馬止まりだよ」

 

 一般的にリッシ湖に近付ける唯一の道は、湖北東部の拓かれた道のみ。

 そこが警察の Keep Out で塞がっていることが容易に想像される今、パール達は湖に立ち入ろうとするなら別角度から迫らねばならない。

 いっそその真逆、湖の南西部から森と木々をがさがさ潜り抜け、それこそ不審者ルートで湖の岸へと向かっていく。

 これはこれで正しい判断である。

 

「プラッチ、なんだかんだで協力してくれてて……」

「は?」

「あわゎゎ……さ、最後まで聞いて聞いて……

 私のワガママで、その……でも、知恵を貸してくれてて……

 あ、ありがとうって、言いたくて……」

「……わかってるなら結構ですよだ。ふんっ」

 

 駄目だ、やっぱりプラチナの機嫌は良くならない。

 乗りかかった舟だから、最善を尽くすために協力しているだけのプラチナ、ここに来たこと自体が決して本意ではないのだ。

 一瞬、楽観的なありがとうでも言うかと思ったパールに対して、冷たく怒った声を返すぐらいにはぴりぴりしている。

 決してそんな軽い気持ちではなく、申し訳なさ含みの感謝をしようとしたパールさえ、今のプラチナの尖ったメンタルにはびくびくする。

 

 まあ、プラチナも必死なのだ。

 これから先、どんな敵が待ち構えているかわからない。

 ギンガ団幹部のジュピターに匹敵するか、あるいはそれ以上の強い敵が待ち構えていたら、果たしてパールを守りきれるだろうか。

 彼こそ一番神経質である。ぴりぴりするのもしょうがない。

 

「……ここからでいいかな。

 よし、パール、ここから行くよ」

 

「わわわっ、こんなとこ降りられる?」

「なんとか降りられると思うのケーシィのテレポートで」

「あ、なるほど。

 高い所にも行けるテレポートなんだから、降りることも出来るんだ」

 

 木々の間を抜け、パール達が辿り着いたのは、大きなリッシ湖の南側。

 リッシ湖ほとりの宿泊街からは最短に近く行ける場所であり、同時に、警察やギンガ団が壁になる湖北東側にあるリッシ湖本来の入り口とは反対側。

 ここからの侵入が叶うなら、とりあえず干からびた湖底に邪魔者無く踏み至れそうだ。

 

 元が水深のあるリッシ湖は、水を失った今、巨大盆地のような状態だ。

 その南側は、湖水がある時なら一気に深くなっていく湖畔であり、つまり水の無い今は急斜面。崖ほどではないが、下り角度がきつすぎる。

 湖底までの高さもあり、こんな所からの侵入は危ない。それをクリアするのが、プラチナのケーシィによる湖底へのテレポートだ。

 転送距離に限りはあるが、かつて谷間の発電所の屋上にみんなで向かった時と同じように、遠く見下ろす低い位置への瞬間移動も可能である。

 

「……湖の真ん中に、洞窟みたいなのがあるね。

 ギンガ団もあの周りに集まってるし、あれがギンガ団がここまでして目指していたものなのかもしれない」

 

「んんんっ……?

 でも、集まってるギンガ団殆どくたくただよ。

 なんか、バトルに負けた後みたい」

「マキシさんが突入したっていう話だし、本気出したマキシさんやジム生の人達にのされたんじゃないかな」

 

 露出した湖底を一望するパール達、水の無くなった湖の真ん中の洞めいたものと、周囲で立たずに屯しているギンガ団員達に目を惹かれる。

 座っていたり、寝転がっていたり、洞の壁にもたれかかっていたり。見張りをしている姿勢じゃない。

 みんな後で警察に拾われて捕えられるのを待つだけのように意気消沈している。

 

「そっかそっか、流石マキシさんだ!

 もしかしたら私達が何もしなくても、マキシさんが事件解決しちゃうかも?」

「だといいけどね……どうする?

 もう、あの感じだと……」

「ううん、行こう。

 ここまで来たんだよ、やること無いかもしれないけど、何か出来ることはちょっとでもあるかもしれないしさ」

「はいはい、説得失敗ですね……」

 

 あわよくば、パールを引き下がらせられればなと一言振ってみたプラチナだが、やっぱり流石にそれは無理。

 まあ、何時間もかけてここまで来たのだ。既に事件解決済ならまだしも、何もせずに帰るというのは、感覚的に受け入れ難かろうというもの。

 それに関してはプラチナも、一応腹は括った上で来た以上、ちょっと気持ちはわかる気分である。

 

「ただ、行くなら行くで、マキシさんの足を引っ張るようなことになったら最低最悪だよ。

 ギンガ団員に負けて、捕まえられて、僕らを人質にされてマキシさんが全力を出せなくなる、なんてことになったら……」

「うっ……それは、ちょっと……」

「ほんとに、絶対負けられないよ。

 死に物狂いで頑張ろうね」

「う、うん……」

 

 やるからには、事態の悪化を招くような役者にだけは断じてなるべからず。

 きつく念を押され、パールがピョコをボールに戻し、プラチナがケーシィをボールから出す。

 テレポートでの着地地点をケーシィに見据えさせ、二人で湖底に降り立つ構えに入る。

 

「パールのことは、僕が絶対守ってみせる。

 …………本当に、時々、パールは世話が焼けるんだから」

 

 プラチナは、決した覚悟を口にすることでいっそう心に刻み付けるかのように、パールを真っ直ぐ見据えてそう言った。

 かなり照れ臭い発言であるのは口にする前からわかっていたようで、耐えられずに照れ隠しの言葉も後に続いたようだけど。

 真っ直ぐな眼差しで、大事な人を守ることを表明する男の子の姿には、パールも不意に胸を打たれたものである。

 

「……うん、ありがとう。

 プラッチ、頼りにさせてね。

 ここまで一緒に来てくれただけでも、私ほんとに嬉しいよ」

「一人で行かせられるわけないでしょ……

 パール、逆の立場だったら絶対僕と同じこと考えるよ」

「あははは……そうかも、そうだよね」

 

 プラチナが自分を止めようとしてくれているのだって、心配してくれているからだというのは、パールにだってわかっていたことだ。

 でも、もしかしたら頭でわかっているつもりであったって、その迫真さをきちんとわかっていたかといえば、そうではなかったかもしれない。

 今になって、パールは自分の我が儘を許してくれて、今なおここまで案じてくれるプラチナを前にして、胸がずきんとしたものだ。

 感情のままに我を押し通したこと、支えてくれる誰かがいてくれること、それを強いた自分の罪深さを自覚するのは、幼いうちは難しい。

 

「行こう、パール。

 僕達なりに、全力で頑張ろう」

「うん……!」

「ケーシィ、テレポート!」

 

 二人を連れてテレポートを行使したケーシィに伴って、パールとプラチナは湖の底へ降り立った。

 振り返って見上げれば、遥か高い場所にさっきまで立っていた場所。

 ギンガ団が制圧したエリアという敵地に降り立てば、もう後戻りは出来ないかのように、二人の肌もひりつきを感じている。

 

 かつての谷間の発電所のように。あるいはギンガハクタイビルのように。

 悪の組織が陣取る世界へ、二人は再び身を投じたのだ。

 かつての苦戦や、傍観することしか出来なかった死闘の記憶が、いま改めて二人の心に強い重圧を覚えさせていた。

 

 

 

 パールとプラチナが真っ直ぐ駆けて向かうのは、湖真ん中の洞窟だ。

 当然、思わぬ方面から現れた侵入者に、気付いたギンガ団員達も応戦してくる。

 ポケモンを出してくるでもなく、生身でだ。恐らく自分のポケモンは、警察との攻防戦で疲れ果てているか、マキシとのバトルでやられた後なのだろう。

 それでもパール達をその手で捕まえようとするのは、まあプラチナの言ったとおり、子供を使えばいい人質になるだろうという画策でもありそうだ。

 

「ぎゃひん!?」

「ポケモンを使って攻撃してくるなんてズルいデース!?

 こちらは生身の人間ですヨー!?」

 

「子供二人に大人数人がかりで襲い掛かってきてよく言うよ……!」

「ニルルっ、撃って撃って!

 でも直接当てちゃ駄目だよ! 大怪我させるのは流石に駄目だからね!」

 

 もちろんパール達だって、むざむざ捕まってやる気は無い。

 パールはニルルを、プラチナはポッタイシを出し、迫るギンガ団員達を容易に退ける。

 本来ポケモンに人間を攻撃することを命令するなんていうのは、トレーナーの風上にもおけない行為。

 今回の場合は流石に仕方ないが。ポケモン達の力を借りないと、大人の力で押さえつけられて手も足も出ない。

 ニルルは水の波動、ポッタイシは水鉄砲を、ギンガ団員達に当てず相手近くの地面に着弾させ、泥と衝撃を浴びせて転ばせ撃退するに留めている。

 

 いくら悪人相手だからって、自分のポケモンの手を汚して大怪我させるなんてのは、パールもプラチナもしたくない。これがトレーナーの普通の考え方。

 状況が状況だし別にいいじゃん、なんて言い訳を作って"一度目"をやってしまうと、二度目三度目をもっと軽い基準で再びやってしまうのも人間の危うい所。

 敵を退けること自体は免れないが、許すまじ敵が相手でも一線を越えないようにすることは、案外馬鹿にならぬほど重要だったりする。

 

「くぅ~、今日はツキが無いデース!

 ここまで順調だったのに!」

「リーダーとジムリーダーが戦っている所に、邪魔が入ったら大変デース!

 我々がリーダーに怒られてしまいマース!」

「ここは負けられまセーン! ウリャーッ!」

 

「っ……!

 やっぱり、幹部格がいるんだな……!」

 

「あひん!?」

「ヒョエーーーッ!」

 

 毎度そうだが、ギンガ団員の下っ端どもからは、酸っぱいことを言うと賢さが感じられない。連携力も無い。

 ポッタイシやニルルの攻撃で吹っ飛ばされていく姿は、あまりに弱すぎて哀れみすら誘い得る。

 まあ派手に吹っ飛ばされて地面に転がってた割には、むしゃくしゃじたばたしている辺り、やたら頑丈そうではあるが。ニルルとポッタイシの手加減も上手。

 

 ただ、リーダーという単語を耳にしてしまえば、プラチナもパールもぞわっとする。

 悪の組織ギンガ団の下っ端構成員は、先の事件でも逮捕されてもろくに情報を持っておらず、寄せ集め集団であることが概ね想定されるが幹部格は違う。

 ジュピターが本気のナタネと渡り合っていたように、そしてマーズも明らかに遊んでいてあの強さであるように、その前例の記憶は二人にも鮮烈だ。

 自分達が向かう洞窟の中に、その幹部格が待っている。そんな予感がする。

 それはマーズかジュピターか、あるいはそれに比肩する新たな顔か。

 ギンガ団員の口にしていた言葉から、まさに今、洞窟内ではマキシと敵の幹部格が戦っているところだとも示唆されている。

 

「急ごうか、パール……!」

「うん!」

 

 邪魔者を打ち払いながら、パールとプラチナは洞窟内へと駆け込んでいった。

 マキシは強い。パールとのバトルでは、手加減していながらあれほどの強さだったのだ。

 そんじょそこらの相手には負けやしまい。だが、あのジュピターにも並ぶほどの幹部格が相手となれば、勝負はどう転ぶかわからない。

 あの日のナタネのように、苦戦は強いられているはずだ。

 なればこそ、マキシの実力を疑いこそしないものの、早く力にならねばと足を速める二人の姿がそこにあった。

 

「ぐああ、っ……!?」

 

 だが、勝負は既についていた。

 厳密に言えば、パールとプラチナが今まさに、勝者が自らをより強くそう確定付ける、駄目押しの一撃を目撃することに至っていた。

 

 洞窟の再奥地、未だ僅かな湖水が残るその場所で。

 既に自分のポケモンが全員敗れ、戦える者をそばに置いていないマキシに、敵のドクロッグが無慈悲な"どくづき"を打ち込んでいたのである。

 膂力に秀でるドクロッグの強烈な一撃を受けた、逞しい体つきのマキシが突き飛ばされ、力無く地面に倒れる姿をパール達が目の当たりにする。

 

「マキシさん!?」

 

「おっと……新たな来客か。

 外の団員は何をしているのやら……まあ、もはや余力は無かったということか」

「っ……! ポッタイシ!」

 

 倒れたマキシに駆け寄るパール、そしてポッタイシをボールから出すプラチナ。

 ジュピターと同じだ。ポケモンに、人間を傷つける指示を下すことを厭わぬギンガ団幹部。

 パールや自分、そしてマキシを守るため、ポッタイシに敵と自分達の間に立つ指示を出すプラチナの判断は早い。

 

「うっ……ぐうっ……!

 お、お前ら、どうしてここにっ……!?」

「あっ、あっ、プラッチどうしよう……!?

 毒消しって人間にも効くのかな……!?」

 

「あまり喋らない方がいいですよ、マキシ氏。

 あなたの動きを止めるための弱い毒に過ぎませんし、命に関わるものではないはずです。

 とはいえ、無理な運動は毒が回りやすくなって苦しむだけですよ」

 

 ドクロッグを使役するギンガ団幹部は、パール達に僅かな安心をもたらし、それ以上の嫌悪感を抱かせる言葉を淡々と発していた。

 ドクロッグの毒は非常に強いもので、容赦なく人間に注ぎ込めば容易に命を奪うほど強力。

 それを毒の濃度か量を調節したのか、マキシの命に別状は無いよう加減しているというのは、最低限まだ救いがある。

 しかし、人間の体に毒を打ち込むことを命じ、悪びれもしないその姿は悪の組織の幹部そのものだ。

 パール達がこの人物に抱く印象は、許せないという想い以上に、その冷徹さにぞっとする想いの方が遥かに強い。

 

 そしてこのギンガ団幹部らしき人物、その風体もやや異質。

 目の穴だけが開いた何の装飾も無い白面を顔に纏い、肩まで届く金髪という出で立ちながら、その声は男性とも女性ともつかない。

 恐らく仮面の下には変声機も仕込んであり、それが発する声は肉声ではないのだ。

 声変わりを迎える前の少年のような高さを僅かに残しながら、機械的な合成音声が、いっそうその人物の不気味さを増長している。

 いかにも正体を隠したその出で立ち、その金髪さえ、地毛を隠すためのウィッグであることも視野に入ってくる。

 

「人に毒を打ち込むなんて……」

「正当防衛ですよ。

 戦えるポケモンを失ったマキシ氏とて、その腕力で襲いかかられては私とてひとたまりもない。

 おとなしくしておいてもらわねば、私の方が危ないのでね」

「こいつ……!」

 

「か、帰れ、お前ら……!

 こいつに勝つのは、お前らじゃ無理だ……っ!」

「マキシさんっ、立ち上がろうとしないで!

 毒を受けたんでしょ!? 寝てなきゃ……!」

「そいつは、そのドクロッグ一匹で……っ、俺のポケモンを全部撃破してきやがったんだ……!

 これほどまでに強い奴は、そうそういねぇぞ……!」

「は……!?」

 

「名誉のために申し上げておくと、あなたのポケモン達もうちの下っ端どもとの連戦を経ていくらか疲れていましたがね。

 今回は部下にも、それなりに強いポケモンを預けていましたから。

 あなたほどのトレーナーを食い止めることはやはり出来なかったようですが、あなたを消耗させ、ジム生を全員退けるだけの仕事はしてくれたということです」

 

 それにしても、の衝撃的な現実だ。

 こいつは、マキシに勝ったのだ。それも、手加減していないジムリーダーに、たった一匹のポケモンで。

 その実績はパール達に、ここで待ち受けていた敵の強さが、想像を遥かに超えたものだと痛切に思い知らせる。

 

「っ…………お前が、ギンガ団のボスなのか?」

「浅い発想だ。

 想像を超える強さの持ち主と見れば、敵対組織の最強戦力想定か?

 残念だが、私はボスではないよ。ボスは、私よりもずっと強い」

 

 プラチナの問いかけに対する回答は、二人にとっていっそう悪いものだった。

 ジュピターのような強者のみならず、ボスの下にもう一人こんなに強い奴がいて、しかもそれよりさらに上がいる。

 想像のみで補っていた、悪しきギンガ団を構成する敵の強大さが、実像となって二人の気持ちを押し潰しにかかってくる。

 

「名乗らせて頂いておこうか。

 ギンガ団の幹部、ボスの補佐役を預かる"サターン"だ。

 ジュピターから話は聞いているよ。ギンガ団に歯向かう勇敢な子供達が二人いるとね。

 どうやらそれは、君達で間違いなさそうだ」

 

「湖をここまでして、何が目的なんだ……!?」

 

「生憎だが、それに答えてやる義理は無いな。

 それに君達にとっては残念なお知らせだが、私は既にここに訪れた目的はもう果たしている。

 あとは撤退するだけの身だ」

 

 わざわざここまでご苦労様、と慇懃無礼に上品なお辞儀仕草を見せるギンガ団幹部、サターン。

 やはり、事件発生からここに至るまでにかかった時間は大き過ぎたか。

 もうこの時点で、ギンガ団の目的そのものを挫くことは果たせなくなっている。

 

「そんな折に、マキシ氏に逃がしてなるかと絡まれてね。

 降りかかる火の粉は振り払わねばなるまいと思って応戦したまでだ。

 ……それとも君達も、せめて私を警察に突き出すべく、制圧しようという気概でそこにいるのかな?」

 

 淡々とした口調ながら、そこには『やるのか?』という明確な恫喝の意図。

 腰が引けるほど怯んだプラチナだったが、視界の端でマキシのそばにて立ち上がったパールの姿が見えた。

 彼女の方を振り向いてみれば、目の前の相手に強い恐怖心を抱く、冷や汗にまみれたパールの表情があったけれど。

 退かず、戦う意志を振り絞り、強い眼差しでサターンを見据えるその瞳もまた、言葉無くともパールの解答を示しきったものに他ならない。

 

「プラッチっ……頑張ろう……!」

「っ……そうだね……!」

 

「噂に違わぬ果敢な子供達だな。

 いつか大きな怪我をしそうな、幼く危うい正義感だ。

 その大怪我をする日が、今日であったとしても構わないというんだな?」

 

 ドクロッグが腕を振るい、指めいた形の毒針から青い体色と同じ色の毒液を分泌する。

 地面にその雫が滴って、湿った土がじゅうと煙を発するほどの、溶解性さえ匂わせる強力な毒。

 お前達も負けて戦うポケモンをすべて失えば、マキシのように俺様の毒を打ち込まれることになるぞ、というドクロッグの脅迫だ。

 思わずパールも恐怖のあまり一歩下がり、全身を震わすほどすくみ上っている。

 

「まあ、重畳だ。

 どのみち君達が尻尾を巻いて逃げ出していたとしても、私は君達を逃がすつもりはなかったのでね。

 我々の邪魔をしようという反抗勢力には、痛い目を覚えておとなしくしているよう、私もきつく灸を据えておかねばならない」

 

「て、てめぇ……!

 俺はまだしも、こんな子供にまで暴力を厭わねえってのか……!?」

 

「これは必要な教育ですよ。

 悪しきと認めた敵に、力の差をも度外視してでも挑もうというその姿、決して皮肉ではなく敬うべき気高さだ。

 だが、そうした高潔な志を貫き通すには、理想を叶えるための力と、失敗した時に取り返しのつかないものを喪うリスクもまた伴う。

 それを知って尚、今のような姿を保ち続けられるのであれば、それはそれで立派なものですよ」

 

 パールやナタネの正義感を小馬鹿にしていたジュピターの同胞からのものとしては、おおよそ信用できない賞賛の言葉を発するサターンだ。

 合成音声で発される声には、抑揚のみで感情が乗っていない。声から真意を推察することさえ困難。

 底の知れない言葉だからこそ、パールもプラチナも気持ちの悪いものを見る目をサターンから離せない。

 

「なに、心配するな。

 私のドクロッグも、さしものジムリーダーの強きポケモン達との連戦で疲れきっている。

 私の切り札である彼を使うようなことはしない。少しは気が楽になるだろう」

 

 おいおいそりゃあねぇぜ、とサターンを振り返るドクロッグだが、サターンも肩をすくめる仕草を見せ、ドクロッグのボールのスイッチに指をかける。

 せっかくやる気になってたのによ、と不満げなドクロッグだったが、こちらも肩をすくめてしゃあねぇなという仕草。

 サターンも、それを確認してからドクロッグをボールに戻す。仕草だけで対話めいたものを為す辺り、切り札と称するほどの強い繋がりはあるようだ。

 

「そして、君達は二人同時にかかってくる権利がある。

 命が懸かっているも同然の戦いだ、せいぜい手段を尽くすことだ。

 死にたくなければ遠慮なくかかってくるといい」

 

 死という最も恐ろしい単語を匂わせて、戦いが始まる直前に子供達の心を揺さぶったサターンは、別のボールから自分のポケモンを出した。

 中から飛び出してきたのはミノマダムだ。

 小さな体で強そうに見える個体ではないが、ナタネのチェリムがギンガ団相手に大暴れしていたように、ポケモンの強さは見た目に依らない。

 

「…………ミーナ」

 

 小さなミノマダムを前にしてなお、パールの心に緩みは無かった。

 敵はギンガ団幹部。あのミノマダムが弱いはずがない。

 負ければ自分がどうなってしまうかわからない戦いを前に、パールはニルルをボールに戻し、新たにミーナを繰り出した。

 ここまでの短い突破戦でも、それなりに力を使って来たニルルの僅かな疲れを意識してのことだ。

 何よりも、怖い戦い。それにおいて、血気盛んに出てきて、任せろと強気の眼差しをパールに向けるミーナの姿は、パールに僅かな勇気をもたらしてくれる。

 

 プラチナはポッタイシと共に、パールはミーナと共に。

 そして、自分よりも大きなポケモン二体を前にしても、何ら動じる様子も見せないミノマダムを従えるサターンは、仮面の下で小さく笑っている。

 お手並み拝見。この時間は、サターンにとって実に楽しい時間である。

 

「さて、見せて貰おうか。

 我々に真っ向から楯突こうとする、その無謀を肯定せんとした実力の程をな」

 

「いくよ、プラッチ……!

 絶対、勝つよ!」

「ああ、負けない……!」

 

 戦えるジムリーダーはそばにいない。自分達だけで、ギンガ団幹部に挑むという初めての戦い。

 心臓にひびが入りそうなほど、恐怖に締め付けられて鳴る胸の痛みに耐え、パールとプラチナはその意気を唱え合っていた。

 敗北が未来を閉ざされる結末へと直結する大一番。覚悟を決めて自ら挑んだものとはいえ、子供達には過酷な戦いだ。

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