ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

66 / 160
第66話   暗い夜

 

 これは、パールとプラチナがリッシ湖に乗り込んだまさにその時の話。

 

「……あれ?

 ナタネさん、この二人って……」

「んぶ、っ……!?

 っ、けほっ、うえっ……ぱ、パール……!?」

 

 リッシ湖で起こった事件は、ずっと上空カメラから撮影され生中継されていたのだが、ナタネもジム生達と共にテレビを観ていたらしい。

 日々のトレーニングも大切だが、これほどの一大事が起こった時は、やはり本業を中断してでも同行を見守らねば。

 野次馬根性でもないし単なる興味本位でもない。ハクタイビルでギンガ団と直接ぶつかり合ったナタネ、この手の案件に知らぬ存ぜぬは出来ない。

 

 またあいつらがとんでもないことを、と、義憤に満ちた目でテレビを観ていたナタネだったが、中継映像に水の無くなったリッシ湖を駆ける二つの影を発見。

 思いっきり、よく知る子達の帽子と髪の色である。空中映像でもわかる。

 まさかまさかの光景に、ナタネも口にしていた飲み物を吐き出しそうになってむせていた。

 

 速攻でパールに、何してるの今すぐ引き返しなさいと電話しそうになったナタネだったが、洞窟内にもう踏み込んだ二人に電話なんか出来ない。

 そこでジュピターのような強いギンガ団幹部と遭遇し、二人が死闘を強いられている局面に陥っていたら、着信なんて邪魔にさえなり得る。

 結局ナタネは、親しみある二人が危険な状況に自ら飛び込んでいった姿を目の当たりにしながら、安否を問う電話一つもずっと入れられなかった。

 

 パール達とサターンがやり合っている間、そんなことがあったという話である。

 

 

 

 その続き。

 サターンが撤退してからものの数分も経たぬうちに、警察による再突入が行われ、逃げ遅れたギンガ団員達は一斉検挙と相成った。

 どうやらサターンの引き際は絶妙だったようだ。あと少し撤退が遅くなっていたら、警察の突入とかち合う形になり、サターンも逃走が難しくなっただろう。

 ともあれそれを以ってリッシ湖を占拠していた者達は制圧され、とりあえずのところ事件は収束を迎えた。

 警察がパールとプラチナとマキシを保護し、マキシはすぐ搬送。命に別状は無さそうと、改めてそこでも判断されたのは何よりである。

 パール達はある程度の事情聴取をされ、ほどなくして解放して貰えた。

 事件現場に居合わせると、場合によっては邪推もされるものだが、二人は幼いこともあってそうした猜疑にはかからなかったようである。

 

 その日はパール達もお疲れで、多少お金がかかることは承知の上で、リッシ湖ほとりの宿泊街で一夜を過ごした。

 プラチナと一緒にご飯を食べて、おやすみを言い合ってお互いの泊まり部屋に行き、その後はパールにとって毎夜のお楽しみタイム。

 ナタネさんにお電話お電話。どうやら自ら虎の尾を踏みにいったようだ。

 

「もしもし、ナタネさ……」

 

『ねぇ、パール。

 あなたあたしに何か言うべきことがあるんじゃない?』

 

「えっ……?」

 

 食い気味に発されたナタネの第一声は、電話越しにパールがわかるほどはっきりとした怒気を孕んでいた。

 以前、ナタネと一緒にギンガハクタイビルに乗り込んで、ジュピターという悪の組織幹部の怖さに直面したはずのパールだ。

 あのあと短期入院することになったナタネにも、自分達だけで危ないことはしないようにと、強く釘を刺されていたはずである。

 そして、バレている。

 テレビ観てたけどあなたリッシ湖で何してた? とナタネが切り出した瞬間、パールは凍り付いたかのように言葉を失っていた。

 

 どれだけ心配したかわかってる? とか、約束守れないの? とか、お母さんのような激烈説教が電話越しに長々と。

 本当に心配してくれていたようである。毎晩電話をかけてくる、可愛い可愛い後輩トレーナー、ナタネにしてみれば妹のようなものであって。

 それだけに、約束を破って心配させられたお姉ちゃんの、一度噴出してしまった怒りは止まらない。

 声を荒げず、しかし強くて低い声で、こんこんとお説教するナタネに、パールははいとすいませんを連発するばかりだった。

 相手が目の前にいるわけでもないのに、ベッドに座って背筋を正していた。よほど怖い叱られ方をしたようだ。

 

 言うこと全部言っても怒りが収まらないナタネが、最後は強い言葉を発してぶちんと電話を切ったのだから、パールとしては大へこみ。

 完全に自分が悪いのですっかり沈み込み、そのまま泥のようにベッドにぶっ倒れて眠りにつくのであった。

 プラチナを散々困らせてのリッシ湖突入劇だったのも確かである。

 尊敬する人、大好きな人に痛烈なお灸を据えられるのはきついが、こればかりはいい薬になったであろうとしか言いようがない。

 

 

 

 翌朝、パールから昨夜のナタネとのやり取りを聞いたプラチナは、まあまあ溜飲が下がった気分であった。

 また同じことされたら嫌なので、プラチナも日を跨いでから多少はパールに釘を刺そうと考えていたのだが、どうやら必要なかったようだ。

 朝からパールがずーんと暗い顔だったのを見て、まあこれ以上は言うまいとする辺り、何だかんだでプラチナもパールに甘いところがあるが。

 

 その日は一日かけて、リッシ湖ほとりからヨスガシティまでまったりとした自転車の旅。

 行きの時は突っ走るのみだったので、帰りは下道の沼から離れた、やや高所のサイクルロードからの眺めをゆったり楽しみつつ。

 二度目の212番道路だったが、これはこれで物見の旅として悪くない。

 もっとも、一度目とは違う景色を楽しみつつ、パールの表情がずっと晴れきらなかった辺り、昨晩のことを少なからず引きずってはいたようだが。

 大好きで尊敬する人にあれだけきつく怒られて、嫌われてしまったかも、絶交されたかもと思ってしまったら、そうへらへらとはしていられないようで。

 向こう見ずな自らの行動を悔いる根拠が、我が身に起こり得た危機でなく人間関係に依るものというのも、それはそれで反省の仕方が違うような気もするが。

 

 夜はヨスガシティのポケモンセンターでお泊まりである。

 パールは電話しようかどうしようか散々迷った挙句、結局またナタネに電話したようで。

 懲りないのではなく、許してもらえないと耐えられなかったのだろう。

 向こうの『……もしもし』に対するパールの第一声は、切実な声での『ごめんなさい』であった。

 許して下さい、お願いします、今日はともかく明日からは普通に話させて下さい、という想いが乗っかりまくったその声には、ナタネも内心で溜め息。

 なついてくれるのは嬉しいけど、本当に反省してるのかなぁ? という疑念は未だにあったので。

 元々ギンガハクタイビルに、ついて行きたいと言ってきた時点で、そしてリッシ湖に乗り込んだ実績から、思い立ったら走っちゃう子なのはもうわかった。

 今後も同じことがあったら、今日のことを忘れていなくたって、結局突っ走ってしまいそうなパールに思えてならないので、ナタネも対応に困るのである。

 

 今は懲りてる風だけど……という懸念は拭えぬながら、ナタネはひとまずパールを許す言質を発し、その夜は普通に話してあげることにしたのだった。

 パールはほっとしたような息遣いになりながらも、会話の中で笑うことだってありながら、どこかよそよそしく。

 反省はしているのだろう。それはナタネにもわかった。

 でも、いつかはどうだろう。それは考えずにもいられなかったのも事実である。

 ギンガ団を名乗る連中の行動に、間違いなく"次"があるだろうというのは、誰しも想像つくところ。

 湖底の洞窟から何かを獲得したとして、それが最終目的ならそれ以前の蛮行との関連性は? よほど楽観的な解答しか出まい。

 リッシ湖の一件を見る限り、あれがギンガ団の悪事の最終段階ではないことぐらい、誰にだって想定できて然るべきところである。

 本当に、見放し難い後輩になつかれてしまったなぁと、ナタネはパールに顔を見せぬ電話の向こう側で、諦観混じりの笑顔を浮かべていた。

 大切なものが増えると苦労ばかり増える。貰えるものも掛け替えないけれど。

 

 世の中って、生き辛いぐらい儘ならないものだ。でも、それは悪が絶えないから。

 パールの前のめりさにはナタネも苦言を呈したくもなるが、パールをそうさせたものは何か、それは容認されるべきものか。

 それを抜きにして、あるまじき行為に立ち向かったパールだけに非を突きつける論法は、ナタネだって本懐においてはしたくない。

 許されざるべき行動に対して正しく異を唱えた者を、愚かな蛮勇だと誹るのが正論の世界を、世の中そういうものだと言い出したら無法世界への第一歩だ。

 汚い現実を知った大人はそれを正論としたくなる。それも、善意でだ。

 だから、汚い現実とやらは駆逐されていかないのである。

 

 たとえ青臭い理想論だと嗤われても、それを求め続けていく者がいなくなっては、やがて世界は暗黒時代へと向かう一方。

 気高くあらんとする者も、決してこの世界から失われてはならない。それが、秩序を形成する最大の礎なのだから。

 知ったかぶった現実を語る者が気楽にそれを口に出来るのも、それを気軽に口にしようが庇護される秩序ある世が在るからだ。

 本当の意味で言いたいことも言えない、ちょっと発言を誤った程度で、粛清という形で命さえ危ぶまれる世界に身を置く恐怖と比べれば存分に恵まれていよう。

 シンオウ地方がそうした暗黒社会でないのも、きちんと気高くある者達が、人の上に立つ社会であるからに過ぎない。それを忘れてはならないのだ。

 

 悪しき事に対し異を唱える。

 ただそれだけのことに、こんな前提を置かねばその正当性を強調できない。

 パールを叱らねばならなかったナタネこそ、悪が跋扈するこの現実が生み出すいびつさに、最も儘ならない想いを抱いている。

 簡単な話ではないか。根本的な話、あんな奴らさえいなければ、こんな風に可愛い後輩の正義感溢れる行動を咎める必要自体なかったというのに。

 

 大人は大変だ。もっと正しく言えば、泰安の世を望み、それを目指さんと本気で志す大人は大変だ。

 若き純真を否定してはならない、その上で、生き残ってくれるよう導かねばならない。それも、儘ならぬ現実に妥協した誤りし認識を押し付けることなく。

 後進を育てるということがどれだけ大変かを、端的に語る一例である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首尾よく運んでくれたようだな。

 ご苦労だった」

 

『運ぶだけでしょ? 楽勝楽勝。

 今はもうアジトで拘束してるわ。あと二匹よね?』

 

「ああ。ここからが骨の折れる仕事だがな」

 

 それは、同じ夜のこと。

 リッシ湖騒動の翌日であり、パールもヨスガシティでナタネとの電話を終わらせ、既に深い眠りについた深夜帯。

 ギンガ団のアジトと呼ばれる場所で、トランシーバーめいた機械を片手に、便宜上は対等な相手との通話するギンガ団幹部の姿があった。

 

 ギンガ団幹部、赤髪のマーズが通話している相手は、ギンガ団幹部という同じ肩書きを持つサターンだ。

 立場の上では対等ながら、実質的にはボスの片腕として、参謀職めいた立ち位置にあるサターンは、マーズやジュピターに指示を下す立場でもある。

 ギンガ団のナンバー2は誰かと言えば、それは間違いなくサターンであるし、マーズやジュピターはその一つ下の位置、というのが本質的なところ。

 とはいえ会話そのものは対等であり、マーズもわざわざ形式ばった敬語を使わない、そんな関係のようだ。

 

「次はシンジ湖だ。

 私は加勢できないが、お前とジュピターの二人で充分目的は果たせるだろう。

 だが、失敗が許されないということだけは肝に銘じておいて貰いたい」

『きつい念押しだわ。

 それってもしかして、失敗したらあたし達の命は無いとか?』

「失敗した者に破滅的な制裁を下すのが悪の組織の典型的冷血、か?

 アニメやドラマの見過ぎだ、たかだか一度二度の失敗で貴重な人材を棄てる馬鹿と一緒にしないでくれ」

『あはは、あたし達そういう立場にいるんだ?

 そこまで言われちゃったら、あたし達だってやり果たすしかないじゃない』

 

 仮面と変声機で自身の正体を部下にさえ明かしていないサターンだが、マーズとの通話ですら変声機を用いている。

 彼あるいは彼女、サターンの正体は、ギンガ団のボス以外誰にも知られていない。サターン自身が徹底的に隠し通しているのだ。

 しかしながら、限られた数のギンガ団幹部と唯一のボスだけが持つ、いかなる形でもその通話を探知・盗聴・傍受されない特殊なトランシーバーだ。

 サターンが信頼に値する同胞であることは、マーズやジュピターとて信用している。このトランシーバーで通話できること自体がその根拠である。

 

「とはいえ、失敗されると我々の計画も相当な遅れを取ることになるからな。

 失敗すれば、私の人遣いが荒くなることぐらいは覚悟して貰いたいところだ」

『わぁ怖い。

 それは嫌だわ、あたし今でも大変なのよ? 逃亡生活しながら頑張ってるんだから』

「わかっている、気苦労察しているよ。

 これ以上労働条件が悪くならないよう、次のミッションはぜひ成功させてくれ。

 良い待遇は成果で以って勝ち取るべきだ。わかりやすいだろう?』

『あははっ、いいわねそういうの。

 頑張って掴み取った結果が待遇に繋がるなんて、素敵な職場の典型よ』

 

 変声機越しで生の声ではないサターンは、その声から感情を読み取りづらい。

 それでも意図して冗談めいた言葉も選び、笑い含みの息遣いをわざわざ発する程度には、マーズに対する語り口は柔らかい。

 今後の核心にも繋がるような重要な会話でありながら、相手に過剰なプレッシャーをかけないよう、態度を選んでいる配慮がそこにある。

 得体の知れない存在だとはマーズも感じる相手だが、上司としては付き合いやすい相手だとも感じているだろう。

 マーズが陽気な本来の性分に蓋することもなく、気楽に笑って冗談口まで叩けているのがその表れとも言える。

 

「当日はジュピターにサポートして貰えるようこちらかも連絡を入れておく。

 私が行けばいいと思うかもしれないが、生憎こちらも行動に制限があってな。

 お前がジュピターとの折り合いが悪いことも知っているが、この一度は我慢して力を合わせて貰うぞ」

『あのオバさん鬱陶しいのよね~。

 実力はあるから、大事なミッションで協力して貰えるのは助かるけどさ。

 あたしとは合わないわ、向こうも絶対そう思ってるでしょうけど』

 

「まあ、あいつはつまらない人間だからな。

 共感はするよ」

『でしょでしょ?

 聞いてよ、こないだ通話した時も……』

「やめろ、長くなりそうだ。

 多少の愚痴に付き合うぐらいはしてやってもいいかもしれないが、お前はその手の話をし始めると長いんだ。

 私も忙しい、勘弁してくれ」

『え~、聞いてよぉ』

「ミッションを成功させられれば纏めて聞いてやる。

 成功させられたらだぞ。いっそう励め』

『はいはい、部下をやる気にさせるのが上手な上司だこと。

 でも、ミッション成功させたら絶対聞いてよね? あたしも溜まってるんだから』

「わかったわかった。

 気持ちはわかるよ、私にもな」

 

 苦笑い気味の声と息遣いで話すサターンは、変声機を通じながらもマーズへの共感を表明するのが上手い。

 具体的な愚痴は聞いて貰えなかったマーズだが、それでもいくらかの溜飲は下がる。

 共感してくれる人がいてくれることがはっきりとわかればば、愚痴を半分こぼしたも同然の満足感も得られるのだ。

 

「では、切るぞ。

 良い報告を期待して待……」

『あっ、ちょ……待って、サターン』

「ん?」

 

『あたしがどうしてギンガ団に協力してるかは知ってるわよね?

 約束、守ってくれるわよね?』

「ああ、ボスもそう仰っている。

 そう念押しされなくたって、約束を反故にするつもりはないさ」

『絶対よ?

 くだらないって言われるかもしれないけど、あたしにとってはそれが全てなんだから』

「くだらない……とは思わんが、いい年して、とは思わなくもないな」

『もぉ、わかってるわよあたしだって、それぐらい。

 でも、絶対よ? それだけは、絶対に守ってね?』

「ああ。

 次にボスと話す機会があれば、それを念押ししておくよ」

『ありがと、サターン。

 それじゃあね、あたし頑張るから応援しててよ?』

「ああ。

 ギンガ団幹部サターンとしてのみではなく、個人的な感情においても応援してやれる相手だ、お前はな」

『あははっ、ありがとうね!』

 

 機嫌のいい笑い声を最後に、マーズは通話を断ち切った。

 サターンも通話の終わりに伴って、自身のトランシーバーの通話ダイヤルを回す。

 こちらの音声が向こうには聞こえないよう、完全に確定させる。

 

「純真だな。

 だからこそ、扱いやすい」

 

 誰一人そばにいない中で、サターンが発した完全なる独り言。

 マーズに共感すら表していた態度すべてをも覆すようなその発言は、決してマーズの耳には届かない。

 悪しき行為に手を染める組織のナンバー2、その若頭の本質はやはり、確かに持ち合わせていそうな情念とは裏腹に冷徹さも併せ持っている。

 サターンにとって所詮マーズとは、自身の目的を果たすための駒に過ぎないのだ。

 

「さて……次はジュピターだな」

 

 続いてサターンは、トランシーバーのダイヤルを回し、通話相手にジュピターを定める。

 そのままとんとんと指先でトランシーバーを叩く。その音は、この機械において着信音に相当するものを相手に伝えるもの。

 話せる状況なら応答せよ、という呼びかけだ。

 

「……………………」

 

『こちらジュピター』

 

「サターンだ。

 逃亡生活は捗っているか?」

『居心地のいい野山よ。

 指名手配犯を捕まえることも出来ない無能が躍起になっている中、私は樹上で安らかな夜。

 この愉悦、あなたにもわかるかしら?』

「ふふ、眺めは良さそうだな。

 彼方に馬鹿どもを想像するだけでも楽しそうだ」

 

 通話の切り口から皮肉たっぷりの語り口たるジュピターに、サターンもまた笑って応じている。

 ジュピターとてマーズと同じく、ハクタイシティでの罪科を問われて追われる身。

 そんな彼女が未だ逃げおおせていることに、何ら状況は悪化していないなとサターンはほくそ笑むばかりである。

 

「マーズにも伝えたが、次はシンジ湖だ。

 私は現地に赴けないが、マーズと共に目的を達成して貰う。

 異論はなかろうな?」

『あるわけないでしょう、上司に命じられたことに感情論で反対する単細胞な社員がどこにいる?

 子供のお守りもたまには悪くないわ、そんな面倒な指示にも忠実に従った実績を評価して貰えるならね』

「やはりマーズとお前は相容れないんだな。

 まあ、ミッションさえ成功して貰えるなら今回限りのことだ。

 私もお前達の実力は共に買っている。

 正しく協力してくれるのであれば、任務を失敗するはずもあるまいと信じているよ」

『えぇ、結構なこと。

 あの子の余計な感情論に連携を乱されそうになっても、大人の私が上手く手綱を捌いて見せるわ』

 

 ジュピターもマーズに嫌われている自覚はあるらしく、一方でジュピターもマーズのことは決して見上げてなどいない。

 直接的な、表面的な対立や口喧嘩などなかろうとも、自分を嫌っている相手のことというのは不思議とわかってしまうものだ。

 マーズもジュピターも、お互いをそうした相手とはっきり認識している。

 ミッションという鎹さえ無ければ、決して二人が行動を共にすることなど無いだろうとサターンにも断言できるほど、マーズとジュピターの関係は険悪だ。

 

『それより、契約のことは忘れないで貰えているのかしら?

 それを果たして貰えないのであれば、私がこうしてあなた達に協力しているのも、何のためだかわからない』

「承知しているさ。

 ボスからも、それは最優先で熟慮するとの言質を頂いている。

 信頼できないか?」

『信頼だなんて悪の組織に最も程遠い単語だわ。

 もっとも、私はあなた達のその言質を信用するしかない立場だけど。

 あなたが未だに、その正体すら明かしてくれない人物であることをわかっていながらね。

 我ながら、危ない橋を渡っているものだとは常に痛感しているわ』

「わざわざ功労者との約束を反故するほど我々も冷血ではないさ。

 お前はこれまでもギンガ団の大願のためによく働いてくれている。

 それ相応の報いはあって然るべきだと、いかに悪の組織と称されようが私もわかっているさ」

『どうだかね。

 とはいえ、契約を果たしてくれないのであれば、私もそれなりの態度で応じるわよ。

 私には、失うものなど何一つ無いのだから』

「無敵の人だとわざわざアピールしてくれなくたって、別に私はお前を裏切るつもりはないよ。

 数少ない約束を果たす手間を惜しんで、要らぬ敵など作っていられるか。

 お前も大人なら、この考えには充分共感してくれるんじゃないか?」

 

『話のわかる上司で助かるわ。

 私は、最後に私の望むものさえ得られればいい。

 その利害だけは裏切らないでくれればそれでいいわ』

「わかったから要らぬ釘を刺すのはもうやめてくれ。

 話すたびにこれでは、こちらも飽き飽きだ」

 

 苦笑いの息遣いを発してみせるサターンだが、それもまた意図的に表したものであろう。

 肉声でなくとも、二度も三度も言うなという想いを表明するサターンの態度には、ジュピターもこれ以上の再三を繰り返さない。

 わかってくれているならいい。大人の付き合いの不文律だ。

 

「何につけても、成果だけは持って帰ってきてくれ。

 それが進まぬ限りでは、お前の希望も叶えてやれんのだからな。

 ギンガ団の為とは言わん、お前自身のために尽くせる限りの力を尽くしてくれればそれでいい。

 利害は一致しているんだからな」

『ええ、ごもっとも。

 あなたのその言葉、嘘でないことを切実に祈りながら寝るわ』

「ああ、おやすみ。

 エックスデーに向けて、存分に鋭気を養ってくれたまえ」

 

 互いの声は笑い含みながら、相手方の腹を探り合うかのような本質を隠しもしない対話。

 敵意無きことのみを表明し合い、しかし利害が一致しているからこその関係でしかないということを突きつけてきたジュピターの真意もサターンにはわかる。

 手段を選ばず、悪に手を染めることも厭わない彼女だ。

 それが何故かも、只では叶えられぬジュピターの宿願を知るサターンにとっては、充分に理解できることである。。

 

「つまらない奴だ。

 だからこそ、扱いやすい」

 

 ジュピター側からの通話が断ち切られたサターンは、トランシーバーのダイヤルを回し、相手に自らの声が絶対に届かない中でそう言った。

 マーズがそうであるように、ジュピターもまたサターンにとっては、自らの目的を果たすための駒の一つでしかない。

 意のままに動いてくれる、扱いやすい存在であり続けてくれるなら、それはそれで結構なのだ。

 

 利害の一致。気の合わぬ大人同士でも共闘することが出来る魔法の言葉だ。

 そこに当人らの性分が本来抱える性格や価値観など、何ら反映されることはない。

 

「さて……いよいよ大詰めだな。

 我らギンガ団の大願も、もはや目前だ」

 

 社会に露見する表向きの活動こそ無い中であろうとも、真の目的に向かって突き進むギンガ団の動きは、水面下において留まることはない。

 谷間の発電所のように、ハクタイシティ近辺のように、そしてリッシ湖のように。

 再びギンガ団が表沙汰に姿を現し、大きな行動に移る日は必ず訪れる。

 そしてその次なる舞台がシンジ湖であることは、ギンガ団の悪行を止めようとする正義の組織や人々の耳に、未だ決して届かぬのが実状だ。

 

 今、シンオウ地方は静かに揺れている。

 断続的にその活動を垣間見せるギンガ団が、その最終目的を果たす日が訪れれば、それはシンオウ地方に何をもたらすのだろうか。

 それをわかっているのは、その真意を手中あるいは胸中に収めるギンガ団の上層部だけ。

 その実状がいかに恐ろしいことであるのか、本質的に理解している者は、現時点ではシンオウ地方全体を見渡しても相当に少ない。

 所詮、ニュースの向こう側の出来事。世間は他人事には無関心だ。

 

 悪意の本質が未だ明らかになっていない。それこそが、最も恐ろしい現実である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。