ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第67話   ミオシティ

 

 ヨスガシティを出発し、クロガネシティを越えてそのままコトブキシティまで辿り着いたパール達は、そこで一夜を過ごして翌朝再出発。

 コトブキシティから西へと続く218番道路を越えれば、ミオシティは目前だ。

 

 しかし、コトブキとミオを繋ぐ218番道路は、実はなんと陸続きではない。

 入り江すなわち海が広がる道路であり、それを渡る橋が架けられていないのだ。

 桟橋はあるが、それは広い入り江を越えて繋がるものではなく、専らその入り江にて釣りをしたがる人々のために作られたものでしかない。

 定期船が回遊しているので、往来自体は簡単に出来るのだが、海に阻まれて徒歩だけでは行き来することが出来ない繋がりとなっている。

 

 実はこれ、ミオジムを擁するミオシティ側による、ジムへと挑まんとするトレーナー皆々様に対する、ちょっとした呼びかけを兼ねている。

 早い話、腕の立つトレーナーならミオジムに挑もうとミオシティに訪れるに際し、入り江をポケモンに乗って越えてきてはどうだね、という提案だ。

 "なみのり"を覚えさせたポケモンは水上を泳ぐことが可能になるが、トレーナーがその背中に乗るとなれば、実は案外簡単ではない。

 トレーナーを背中に乗せたポケモンは、ご主人を落とさないように意識しなければいけないし、そうしてくれる子だとトレーナーも信頼しなくてはならない。

 "なみのり"を覚えたポケモンの背中に乗って海路を越える、というのは、技一つ覚えただけで成り立つものではなく、人とポケモンの信頼関係が必要だ。

 ミオシティは、そのレベルに及んだトレーナーであるなら、そうして訪れジムに挑戦してみては如何か、と暗に語っているのである。

 

 もちろん無理強いではなく、定期船に乗って普通に来る限りでも構わない。

 単に湾岸都市たるミオシティ、ポケモンライドによる海越えは楽しいものだと声高に唱えたいし、それを推奨する環境を用意して憚らないスタンスのようだ。

 決して広大な入り江に架かる長い橋を作ること、それへの定期的なメンテナンス、その費用をケチしているわけではない。と、思われる。たぶん。

 

「着いたっ!

 ありがとうニルル、すっごい楽しかったよ!」

「~~~~♪」

 

 さて、パール達もその風習に則って、"なみのり"を覚えたポケモン達の背に乗って、218番道路の海を越えてミオ側に到着だ。

 パールはニルルに、プラチナはポッタイシに乗って。

 元々ここを、自分のポケモンの波乗りで越えようという意識はあった二人、練習してきた波乗りは二人に楽しい海越えをもたらしたようだ。

 やっぱり大好きなポケモンの背中に乗って旅をするという、何にも代えがたい楽しい旅をしたいなら、定期船には頼りたくないものである。

 

「ニルルのなみのり、本当に上手だったね。

 パール、ほんと座ってるだけだったでしょ」

「うん、落ちたら怖いしニルルの首は持ってたけど、なんか落ちそうにない感じはずっとしてた。

 っていうか、ニルルの肌ってぬるぬるしてるから、もし落ちそうになってもあんまりしがみつけないかもだけど」

「その割にはリラックスしてたからさ」

「曲がる時も、私が傾きそうになったらニルルが勝手に動いてリードしてくれてたもん。

 私たぶん、普通にぼーっとしてても落ちてないよ。

 いや~、すごいねうちの子。天才すぎる」

「親バカ炸裂してるなぁ」

 

 ミオシティまで間もなくの陸を歩きながら、楽しい波乗りタイムの思い出話に花を咲かせるパールとプラチナだ。

 二人とも、靴は中まで海水でぐじゅぐじゅである。こればっかりはどうしようもない。

 ニルルもポッタイシも身体が小さいし、自分の背中に跨ったトレーナーの足が、海水に浸からないようにするのはどうしたって無理。

 パールとプラチナは波乗りの過程で海に浸かり、靴下の中まで水を吸いまくった靴で歩いているのだ。

 本来、気持ちのいいものではない。雨にやられるか、あるいは誤って水たまりに足を突っ込むかして、そんな靴で歩いた経験があれば誰しもわかる話だろう。

 

 そんなことをいちいち気にしているようでは旅なんて出来ないのだ。

 濡れた靴下と地面で靴を挟んで歩く、じゅくじゅくとした感触を一歩ずつ確かに感じながら、パールもプラチナもそんなことは全く気にしていない。

 二人に言わせれば、大好きなニルルの、ポッタイシの背中に乗りたい。それで足が濡れるんだったら、それも大好きな子の背中に乗れた証の一つ。

 大きくて足を濡らさないラプラスの背中に乗ったり、もっと安全な定期船を選ばなかった時点で、二人にしてみればこれも思い出を彩る味ということだ。

 仮に足が濡れるのがどうしても嫌なら定期船を使えばいいのだ。

 好きなポケモンの背中に乗って海路を越えられた、という浪漫溢れる旅路において、結果的に濡れた足なんて良い思い出の欠片でしかあるまい。

 

「帰りもニルルの背中に乗るのが今から楽しみ!

 ねぇねぇ、帰りはちょっと寄り道してみない? 広い入り江をうろうろしてみてさ」

「いいけど海の方は行っちゃダメだよ。

 沖に流されたら大変だから」

 

「も~、それぐらい私だってわかってるよ。

 プラッチたまに近所の心配性のおばちゃんみたい……わひゃっ!?」

「――――z!」

 

 二人でお喋りしながら歩いていたら、突然ピョコがボールの中から飛び出してきた。

 こんな何でもない時に、自分のポケモンが自分からボールから出てくるなんて、パールにしてみれば驚きである。

 バトルの真っ最中ならミーナにせよニルルにしろ経験者はいるが、バトル以外の場でというのはあまり例が無い。

 それも誰が出てきたかと思えば、前科の無いピョコときたもんだ。

 

「――――、――――!」

「な、なんだろう?

 ピョコ、急にどうしたんだろう?」

 

「これは……きっと、私に背中に乗れと言っているっ!

 とりゃっ!」

 

 パールに呼びかけるように鳴き声をあげながら、甲羅を横に振るったり上下させたりするピョコが何を主張しているかを理解するのは、言語が無いので難しい。

 しかし、流石にパールである。

 プラチナあるいはパール以外の人、ピョコのトレーナー以外にはピンと来づらいピョコの主張を、70%程度の自信ながらも読み取って。

 私にはわかるよ、という主張含みに、わざとぴょんっと跳ぶようにしてピョコの甲羅に飛び乗ってみせるパールである。

 70%って、肝心な時にはずれる確率そのものなのだが、さて今回は合っているのでしょうか。

 

「――――♪」

「あわわわっ、ちょっとっ、ピョコ揺らさないでぇ」

 

「……あ~、なるほど。

 パールがニルルのことを褒めちぎったからだな」

 

 どうやら正解だったようだ。

 パールを背中に乗せたピョコは、それを喜ぶかのような声と一緒に、いたずら混じりに甲羅を上下に揺らして感情表現する。

 アトラクションの上に乗るような心地のパールは、口ぶりはああでも楽しそうで、きっとピョコも楽しむ彼女を望んでいる。

 

 傍から見ているプラチナには、ここだけパールよりもよくわかるのだ。

 波乗りでパールを楽しませたニルル、それをパールがやたら褒めるから、やきもち妬いたピョコが出てきて、俺にも乗ってくれよと訴えたんだなって。

 呼ばれてもいないのに勝手に出てきて、背中に乗って貰えれば得意気に上機嫌なピョコ。どう考えてもそれしかない。

 

「えっ、マジなの?

 ピョコ、やきもち焼き?」

 

「――――z!」

「わあっ、ごめんごめん。

 余計なこと言わないようにします」

 

 プラチナが余計なことを言うものだから、やきもち妬いて出てきたことをパールに気取られたピョコ、プラチナにふしゃ~と威嚇声を出して黙れとアピール。

 なんかすっごく照れ臭そう。そんな自分だとパールの前では浮き彫りにされたくないみたい。

 やきもち全開で出てきたくせに、一番大事な相手の前ではそんな自分だとは隠したいという、ピョコの性格がよく滲み出た行動と言えるだろう。

 ポケモンにだって感情というものがある。それも人の心にも通じるほど、繊細なものがだ。

 

「えぇ~、ピョコ可愛いよぉ~!

 おっきくなっちゃったけど、ちっちゃかった時よりずっと可愛い!」

 

 とはいえ、そんなピョコの内心を知ってしまうと、パールからすれば元々大好きなピョコへの愛がめちゃくそに肥える。

 パールがピョコ以外の誰かをべた褒めしたら、妬いて出てきて自己主張するなんて。

 パールはお腹をピョコの甲羅にぺたんとして抱きしめるぐらいの姿勢に崩れ落ち、ピョコの首元をぎゅうっと両腕で抱きしめずにいられないようだ。

 ハヤシガメになって大きくなってしまったピョコを、ナエトルの時のように胸の中に抱くことは出来ない。でもハグせずにはいられないのだ。好き。

 

「――――♪」

 

「…………」

 

 パールにむぎゅーされたピョコ、たいそう嬉しそうである。

 あわやプラチナは、すけべ亀とでも一言突っ込みそうになって耐えた。

 もしもそんなの口にしたら、そんな言い方するなとばかりにピョコに噛みつかれそうだ。

 

「よ~しプラッチ!

 私はミオシティまでピョコに乗っていくぞ!

 プラッチは徒歩だ! ざまあみろ!」

「えっ。

 ざまあみろって、僕なんにも悪いことしてないんですけど」

「私もそう思うんだけど、なんだかピョコがプラッチを見る目が厳しい。

 よくわかんなくたって、とりあえず私はピョコの肩を持ってみる」

 

「……あ~、なるほどね、なんとなくわかった。

 確かにこれは僕が悪かったのかも」

 

 怒っているわけではなさそうだが、確かにプラチナを見るピョコの目が少しじっとりしている。

 やきもち妬いたことをべらべら喋りやがって、ちょっと恥ずかしいじゃないか、という目なんだろうな、とプラチナにも推察がつく。

 確かに黙っておいてあげた方がよかったのかもしれない。プラチナだって、もし誰かに妬いてることなんかを明かされたらと思うと確かに嫌だ。

 

「というわけで、プラッチだけ徒歩でゴー!

 あっ、ピョコ、置いてっちゃうぐらい速く進んじゃダメだよ?」

「――――♪」

 

 そんなわけで出発進行。

 何のかんのでピョコも、プラチナの歩く速度と同じぐらいのスピードでのそのそ進んでくれる。

 抗議の目を向けたりすることはあったって、パールの友達に意地悪したりはしない辺り人の良いピョコである。

 

「……パール、バランス感覚いいね。

 そんな座り方で体勢崩れないの?」

「え、そう見える?

 そもそも私、全然揺れるカンジしないよ」

「ふーん。

 パールって、もしかしてポケモンライドの才能あるタイプ?」

「えっ、そういうのに才能ってあるの?」

「うん、結構ポケモンの背中の上って揺れるものらしいから。

 跨ったり持つところがあればバランスも取りやすいけど、パール全然そうじゃないしさ。よく落ちないなって感じするよ」

 

 ピョコの背上のパールはぺたん座りである。両手もピョコの甲羅にぺたっと置いてあるだけ。

 動く生き物の背中の上というのは意外と揺れるもののはずなので、掴み所も無く下半身の踏ん張りも皆無、そんな姿勢でバランスを崩さないというのは凄い。

 現にニルルに乗って海を渡る際は、跨るようにして太ももでニルルの背中を捕まえて、落ちたり揺れたりしないよう無意識に踏ん張っていたパールなのに。

 今この乗り方でピョコの背上に乗り、己のバランス感覚のみでこうも揺れずにいられているのだとしたら、確かに騎乗の才能があるのかもしれない。

 

「……………………あぁ、そっか」

 

「…………」

 

 いや、きっとそういうわけじゃない。

 ピョコの甲羅とパールのお尻が接している所をよく観察してみるプラチナだが、ピョコが上手く歩いているのだ。

 歩き方も、極力足を上下させないよう地表すれすれを滑らせるような歩き方で、自分の甲羅が殆ど上下しないよう気を配っている。

 パールを落として怪我をさせたくないからだ。背上のパールには見えない、気付けない所でも、ピョコは歩き方ひとつにすら気を遣っているようだ。

 

 プラチナが気付いた声を小さく漏らしたところ、ピョコがじっとプラチナを見つめるのだから、プラチナもなんだか微笑ましくなった。

 言うなよ、と。パールにライドの才能があると思わせてご機嫌にしてあげたいのか、それともこういう配慮を明かされるのは気恥ずかしいのか。

 とにかく自分が気を配っていることは口にしないでくれよと、目で訴えるピョコと向き合うプラチナは、秘密をこっそり共有する。

 

「プラッチ、どうしたの?」

「いや、別に。

 パールとピョコは相性抜群だなぁって思っただけ」

「えへへ~、そうでしょ。

 ピョコは私の一番だよ。ねっ、ピョコ」

「――――♪」

 

 四人の友達に進んで優劣をつけたがるパールではないが、ふとした時についこう言ってしまう辺り、やはりパールにとってのピョコは特別だ。

 初めてのポケモンなんだもの。旅の苦楽をはじめから、一番長く、プラチナと共に旅するようになる前から、ずっと一緒だった最初の友達。

 そんな彼の背中に乗って、触れ合うこと自体が楽しくてしょうがないパールの声を聞くだけで、ピョコもまた満面の笑顔と感情を表す声を発している。

 

 ミオシティに辿り着くまでの、短い時間のポケモンライド。

 だけど、素敵な思い出が積み上がる。親しい誰かと心繋がった歩みを進める時間の貴さに、長いも短いも関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミオシティは、シンオウ地方西の湾岸都市として名高く、海運で栄えた街である。

 旧くはシンオウ地方の外へと赴くに際し、ミオからの船に乗るのが数少ない手段だったこともあり、交易の玄関口として無二の存在感を発していた。

 現代においては、地方外との交流手段が増えたこともあり、過去ほど特別視されることは無くなってしまったようだ。

 しかし海運の祖としてその性質は錆び付いておらず、有事の際にはその交易力で以って、街や地方全体に恵みをもたらすことも少なくはない。

 余所の地方で流行ったものを、シンオウ地方に運び込み、文化的に新たな風をもたらすのは大抵ミオシティと言われていたりも。

 外界との繋がりを未だ強く保つミオシティを、シンオウ地方の玄関口だと認識する風潮は、かつてと時代が変わった今でも根強い。

 

 街の真ん中に横たわる運河は名物の一つであり、ここから船を介してミオシティ近隣の"こうてつじま"に行けるのも、観光客の呼び込みに一役買っている。

 昔は鉱山であったと言われる鋼鉄島、廃坑は洞窟のように広く、今でも明かりが設置されたままで歩きやすい。

 今やもう発掘が果たされてしまって鉱山としての役目を終えているが、宝探し気分で懸命に探せば、珍しい石なんかを拾えたりもするそうな。

 環境的にポケモントレーナーの修行の場にも使われやすく、単に廃坑見学としても見所が多く、訪れてみれば楽しめる要素はそれなりだ。

 無二の海運都市としての性質が薄れた今なお、ミオシティはシンオウ最西の湾岸都市としての存在感を保っている。

 

「たのもーっ!」

「今日はなんだか元気だね」

「実は一回言ってみたかったの」

 

 さて、せっかく来たのだから観光して回る時間も作りたいが、やはりパールが最初に訪れるのはミオジムだ。

 それ目的でここまで来たんだから。観光なんていつでも出来るの精神である。

 

 もうポケモンジムも6件目だ。

 パールもジム挑戦に慣れてきたのか、その門をくぐるに際して昔ほど緊張していない。

 道場破りみたいな台詞を発して門を開く遊びが出来るぐらいには、今までと違って心にも余裕がある。

 初めてのジム挑戦だったクロガネジムに足を踏み入れた時なんか、勝手もわからず緊張しきりだったことを顧みると、パールも挑戦者らしくなったものだ。

 

「うむ、挑戦者か。

 地元じゃ見かけない顔だな。

 シンオウ地方の西の果て、ミオシティまではるばるようこそ、というところか」

「こんにちは。

 えぇと、ちょっと大きい声出しちゃってごめんなさい。

 ジムバッジを集めてシンオウ地方を旅してる、パールっていいます」

「おっと、ちゃんと礼儀正しいご挨拶が出来る子だ。

 元気のあり余った女の子だと思ったら、どうやらそれだけではないようだな」

「あははは……」

 

 パールを出迎えたのは、背高く体格のいい大人の男性だ。

 筋肉質のマキシとはまた違う意味で、背高くがっしりと太い腕で、縦にも横にも大きな人。

 スコップを肩に担いだその出で立ちからは、連日の発掘作業で自然に筋肉のついた肉体だという印象を受ける。

 

 ちょっと彫りの深い顔立ちなので、もしこの顔で睨みつけられでもすれば怖そうだが、快男児の笑みで話しかけてくれるその姿に怖さは無い。

 強くて逞しくて頼もしいお父さん、そんな雰囲気を醸し出す人物だ。

 きちんとした挨拶をするパール、ちょっぴり調子こき気味のたのもー宣言で入ってきたことを想い返し、今になるとちょっと恥ずかしそう。

 らしくないことをあまりするものではない、のかもしれない。ものの数秒でこうなるんだから。

 

「私がミオジムのジムリーダーを務める"トウガン"だ。

 見たところ、随分とジムバッジを集めてここまで来たようだな」

「えっ、わかるんですか?」

「年の功でな。見ればわかる気がするぞ。

 君は最初の前のめりな挨拶をするほど、自分に自信満々のタイプではないだろう?

 それでも何度かジムを勝ってきて、自信もそろそろついてきて、気合を入れて入って来れるようになったというところかな」

 

「プラッチ! このジムはエスパータイプ専門だよ!」

「ミオジムは鋼タイプの使い手さんが集まるところだって予習してきたでしょ」

 

「君も挑戦者か?」

「いえ、僕はパールと一緒に旅してるだけなんです」

「君もなかなか腕が立ちそうに見えるがな。

 一度手合わせしてみたいが……まあ、挑戦者でないと主張するのであれば無理は言うまい」

 

 人生経験豊富な大人のトウガン、パールを数秒観察しただけで、けっこうパールの性格を当てきっている。

 別に超能力の持ち主ではない。もっとも、これほどの人は多くないと言えるほど、鋭い観察眼を持つ人物であるのも確かだが。

 

 プラチナと短い会話を交わしたトウガンは、再びパールに目を向ける。

 さりげなく名乗っていないプラチナ。また彼の名をプラッチと誤解したままの大人が増えた。

 いったいいつになったら、プラチナは自分の本名をパールに明かすのやら。

 

「ジムバッジを見せて貰えるか?」

「え~と、はいっ」

 

「――ほう、クロガネジムはクリア済みか。

 ヒョウタは私の息子だ。まあ、あいつもまだまだ未熟者だからな」

「えっ、そうなんですか?

 親子でジムリーダーなんてなんだかすごい」

「そうか、思い出したぞ。

 ヒョウタが言っていた、パールという女の子が君だったんだな。

 あれはいいトレーナーだ、いつかは必ず父さんの前にも顔を出すようになるよ、ってあいつも言っていた」

「い、いいトレーナーですか?

 そういう褒められ方はあんまりされたことがないなぁ……」

 

 すごく照れ臭そうに顔がふにゃつくパール。

 ジム戦で勝つたび、それなりの賞賛を意を向けられることは多々あったが、はっきり"いいトレーナーだ"と直球で言われるのは確かに少ない経験か。

 ストレートな褒め言葉はやっぱり嬉しい。私もそんな風に言って貰えるようになったんだなぁ、と、パール自身も感慨深い喜びがある。

 

「ポケモンリーグに挑戦しようと、バッジを集め始める旅を始めたものの、すべて集められないまま夢を諦めてしまうトレーナーは多いからな。

 3つから5つ集めたところで、ここが自分の限界だと感じてしまう人が多いそうだ。

 その次のジムバッジをなかなか獲得できずにな」

「そうなんだ……

 私、なんだかんだで5つまで来られたけど……」

 

 挑戦者を迎え撃つジムリーダーは、挑戦者が持っているバッジの数で加減を決めるルールなので、挑戦者目線ではバッジを集めれば集めるほど相手が強くなる。

 ちょうどバッジを3つ集めて4つ目のジムに挑む時あたりから、トレーナー達も今後の壁の高さを痛感するようになっていきやすいようだ。

 パールが戦った4人目5人目のジムリーダーといえば、マキシやメリッサがそれに該当する。

 ヒョウタやナタネと勝負した頃なんかは、パール自身の経験不足も目立ち、おろおろするばかりの苦戦もあったが、最近のジム戦はそうではない。

 成長したパールなりに一生懸命戦い方を考えて挑んだ上でなお、追い詰められて追い詰められての、ぎりっぎりの勝利ばかりだったものだ。

 

 勝負の運命の針がパールの敗北に傾き、何度再戦を挑んでも負けることを繰り返す結果になっていたなら、パールだって心が折れていたかもしれない。

 結果的にこれまでは、運よく無敗街道邁進中のパールだったが、パールだってこうじゃなかったら、辞めちゃう残念な末路も無い話ではなかっただろう。

 夢半ばに旅を終えてしまう人がいるということを改めて聞き、パールも今一度気持ちを引き締め直す想いである。

 

「君にとっては私が6人目のジムリーダーだな。

 私とて、バッジを5つ集めてきたという挑戦者ともなれば、相応の対応を以って迎え撃つことになる。

 そう簡単に乗り越えられる壁だと見くびらないでくれよ?」

「うっ、揺さぶられている……

 ヒョウタさんにも初対面の時、そんな感じでびびらされたような」

「はっははは! 血は争えんな!

 あいつもこんな可愛い挑戦者相手に、そんな心理戦を仕掛けるようになったか!」

 

 ヒョウタにクロガネ炭坑で軽く喝を入れられたことは、パールにとっても鮮烈な記憶だったようだ。

 ただでさえ初めてのジム挑戦で、クロガネシティに入る前夜から緊張していたパールなのに、現地で挑戦する相手そのものに軽く脅されたんだもの。

 頑張るぞという想いで何とか上塗りしたものの、内心びくびく、大丈夫かなと不安いっぱいで挑んだ初めてのジム戦の記憶は今でも鮮明に思い出せる。

 あの日と似たように、今はトウガンが心してかかれよとばかりに喝を入れてくるんだから、なおさらヒョウタさんのお父さんなんだなぁと印象しきり。

 一方で、ただ委縮するだけでなく掛け合いを返せる程度の余裕があるパールの姿からは、成長した彼女の精神が窺えるとも言えよう。

 そんな気分をしみじみ味わえるのは、ずっと彼女をそばで見守り続けてきた、プラチナだけの特権かもしれない。

 

「まあ、しかし恨みっこなしだぞ?

 私はここまで辿り着いた挑戦者に、許される限りで一切の容赦はせん。

 たとえ私に敗れ続けた君が、心が折れて夢を諦めようとも悪びれもしない。

 残酷かな?」

「……いいえっ、望むところです!

 強いトウガンさんにちゃんと勝って、7つ目のジムを目指してみせます!」

「うむ、いい返事だ!

 その言葉、有言実行となるよう是非とも励んでくれたまえ!」

 

 どこかで誰かが言っていたことで、パールの心にも強く残っている言葉がある。

 ジムリーダーとは、負けることが仕事なのだ。勝ち続けることを求められるチャンピオンとは違う。

 許容される限りの全力で挑戦者を迎え撃ち、そんな自身を打ち破った挑戦者が、チャンピオンロードという大願へと羽ばたいていくこと。

 どのジムリーダーとて、内心ではそれをも望んでいるのだ。

 

 簡単には負けられないジムリーダーとしてのプライドと、新たなる新星の誕生や芽吹き、新時代の到来を望む感情は相反するものである。

 君が私に負けて夢潰えることも厭わぬ、という、トウガンによる厳しい忠告。

 そしてパールが、勝ってみせますと意地で言い張る姿に、それが叶うならそれも良しと歓迎するトウガンの笑い声。

 シンオウ地方のジムリーダーの中では、最も年長者であり経験豊富なトウガンは、その矛盾する両思想を幾度と無く反芻してきた人物である。

 彼は、全力でパールを負かしにくる。難敵であったと回想されるべきほど、強いジムリーダーとしてパールの前に立ちはだかるつもりでいる。

 そして、パールが勝利し未来へと歩を進めていくのであれば、そんな自らであらねばならないという意義を、彼は最もよく知る人物の一人ということだ。

 

「さて、まずはうちのジム生達とお手合わせ願おうか。

 啖呵を切った君が、変わらぬ想いで私の前に挑戦者として再び訪れることを待ち望んでいるぞ。

 頑張れよ! 若者!」

「はいっ!」

 

 自分に勝とうとしている挑戦者に、これほど強く快い声で発破をかけてくれるジムリーダーには、パールも応えねばならないという意識を掻き立てられる。

 いい気合が入っただろう。挑戦者も、迎え撃つ側も、最高のメンタルで。

 良い勝負というのは、そんな時にこそ生まれるものだ。トウガンが何にも勝って求めるものとは、まさにそれに他ならない。

 

「プラッチ! 応援しててね!

 私いま、すっごい燃えてるよ!」

「うんうん、ガンガン燃えていこう。

 相手は鋼タイプだよ、燃えれば燃えるほどいいよ」

「えっ、つまんない!

 プラッチそんなこと言うキャラだっけ?」

「え~、辛辣すぎない?

 まあ慣れないことした自覚はあるけどさ……」

 

 ジムの奥へと去っていったトウガンを見送ったパールだが、プラチナが親父ギャグみたいなことを仰るので叩き潰しておく。

 鋼タイプには炎タイプが効くので、燃えれば燃えるほどいいと。やかましいわ。

 

「まあ、リラックスさせようとしてくれてるんだと思うことにします!

 許したよ、プラッチ! ありがとう!」

「いいよいいよ、元気いっぱい。

 そういう感じでどんどんいこう」

 

 ちょっと気の利いたことを言おうとして失敗した感のあるプラチナは気まずそうだが、パールも真意には気付いてくれているようだ。

 エールを贈ってくれる友達もいる。頼もしいポケモン達も身近にいる。

 溌剌としたテンションでジムへの挑戦を開始するパールの背中と小走りを、プラチナは心から微笑ましい想いで眺めていた。

 

 ギンガ団を許せないの一心で、可愛い顔を険に染めて必死に戦うパールより、やっぱりこうして無邪気に夢に向かって駆けんとするパールの方がいい。

 リッシ湖の苦い戦いも記憶に新しい中、あるべき日々に帰ってきたことを実感するプラチナは、そうした意味でも純真にパールを心から応援したくなる。

 間違いなく今回も、並ならぬ強敵が待つミオジムだ。

 だけど、頑張って欲しい。勝って次のステップへ進み、大好きなポケモン達と喜びを分かち合う、幸せいっぱいのパールの姿がまた見たい。

 今も昔も、あるいは今もっとも、プラチナはただただその一心であった。

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