「さて、トリデプス!
まずは小手調べだ!」
「――――」
「わわわっ、来るよニルル、避けれる!?」
「~~~~!」
縦にも横にも幅のある巨体のトリデプスは、ずしんと大きな足音を立てた登場した瞬間から、パールに強い緊張感を抱かせていたようだ。
トリデプスはのっしのっしとニルルに歩み寄りながら、岩とも鋼とも見分け難い大きな顔を、ぎらりと光沢に染め上げる。
それがラスターカノンの初期動作だとはパールにもわかったようで、回避を指示するパールは慌て気味。緊張感のせいで少々冷静さを欠いたか。
しかし相手が何をしてくるか事前にわかれば、ニルルもにゅるりんと横滑りに体をずらし、ラスターカノンの被弾を最小限に抑える。
ドーミラーより大きな顔から発射される光線は太く、ニルルも半身を一瞬焼かれることになったが、直撃を受けるよりはダメージも少ないだろう。
「ニルルっ、反撃! みずのはどう!」
「~~~~!」
「トリデプスは岩タイプでもあるから……効くだろうとは思うけど……」
どうやら歩きながらでもラスターカノンを撃てるトリデプス、今なおのしのしとニルルに接近しつつあり、パールの指示する反撃は当てやすくなっている。
ましてあの巨体だ。機敏な回避はそう得意ではあるまい。そして、効果も見込める。
観戦席のプラチナが一抹の不安を覚えるのは、水タイプの攻撃に強くないトリデプスを、敢えてかトリトドンにぶつけてきたトウガンの真意が読めないからだ。
何かある。そう思わずにいられない。
水の波動は、躱そうともしないトリデプスの顔面に直撃し、前にゆっくりと進んでいた体が二歩退がる程にはダメージも与えられたようだ。
よし、と多少なりの手応えに拳を握るパールだが、プラチナがまず刮目したのはトウガンの方。
軽視できないダメージを負わされたはずにも関わらず、むしろこれこそ狙い通りとさえ見えるほど不敵に笑っている表情は、プラチナの疑念を確信に変えた。
確実に何かが起こる。一秒前の確信だ。
「さあ、撃て」
「――――z!」
「……えっ!?」
水の波動を受けたトリデプスが、大きな顔をがたがたと揺らし、徐々に強い光を発し始める。
ラスターカノンの発射前とは違う、まるで蓄えたエネルギーが急激に溢れ出んばかりの光。
決してそれによって音が出ているわけでもないのに、パールとニルルがごおぉという音を耳に聞いた気がするような、それほどの危うさがその発光にある。
「ニルルっ、気を付……」
パールの指示は間に合わなかった。いや、間に合ったとしてもどうにもならなかっただろう。
ぐいと顔を振り上げたトリデプスの顔全体から、前方広範囲に放たれた無数の光線は、ニルルに回避など許さぬほど速い。
まさに光の速さで放たれる無数のレーザーを、その身に雨あられのように受けるニルルは為すすべなく打ちのめされるのみ。
威力も高く、ようやくその乱打を受け終えたニルルが力無く顎を下げる姿に、既にトリデプスはその顔を向けている。
「あれが"メタルバースト"か……!
生で見るのは初めてだけど、使い手次第ではあんなにとんでもない技なんだ……!」
トウガンのトリデプスの得意技の一つ、メタルバーストは、受けたダメージを、エネルギーを膨らませた上で放つカウンター技である。
その特性上、大きなダメージを受けた時にこそ高い威力を持つ。
しかしそれにはそのための構えが必要であり、つまり挙動で相手にメタルバーストの構えをしていると悟られれば、大きな威力の攻撃は貰えなくなりがち。
だからメタルバーストの使い手は、その構えに入っていることを相手に悟られてはならず、例えばトレーナーがそれを大声で指示するなど愚策の典型だ。
トウガンは指示の声ひとつ無く、トリデプスにメタルバーストの構えを取らせていた。パールだけじゃなく、プラチナだって気付けなかったのだ。
この不可解さこそ、トウガンの強みの一つであり、トリデプスのメタルバーストを最大限に活かせる要素に他ならない。
いったい如何にしてその指示を水面下で下していたのかなど、そう簡単に看破できるものではないのだろう。
「とどめだ、トリデプス」
「あっ、あっ、ニルル……!」
避けてと言いたいその言葉さえ、すぐに動けない彼だとわかったパールは、慌ててニルルのボールを握りしめていた。
自らニルルの戦闘不能を認め、ボールに退避させて守ろうとしたのだが、それでもその判断が遅れたパールの実行は間に合わない。
トリデプスの発射するラスターカノンがニルルを直撃し、そのままのけ反り倒れかけたニルルを、パールの握ったボールが回収する結果が残った。
「っ……ニルル、お疲れ様……!」
「さぁて、巻き返したぞ。
勝負はここからだ!」
一度はリードを作ったパールだったが2対2に。
状況はイーブンだが、あっさりとニルルを撃破されたパールの方が、悪い流れにある展開と言えよう。
パール当人が一番それを感じているはずでありながら、すぐに強い眼差しをバトルフィールドに向け直す姿からは、成長した彼女のメンタルが窺える。
パールを応援するプラチナにも、そうだ頑張れという想いが強まる姿だ。
「――ミーナ、いくよ!
かっこいいとこ見せてね!」
「――――z!」
このトリデプスがいかに強敵か、もう充分に理解したからこその判断だ。
はがねタイプの相手には格闘タイプの技がよく効く。
"とびげり"を得意とする彼女を繰り出したパールに応え、ミーナは軽く足踏みしてやってやるぞという意気込みを見せつけた。
ニルルもそうだったが、自分よりも大きな相手に対峙しておきながら、委縮もせずに堂々戦うミーナの姿はパールをも奮起させてくれる。
「おっと、怖い格闘攻撃使いだな。
トリデプス、いつでもメタルバーストを返せる準備をしておくんだぞ?」
「――――」
「うっ…………ミーナっ、見てたよね!?
相手の凄い反撃、よく気を付けてね!」
「――――z!」
トウガンの発言は、既に見せた自らの手札を相手に強調し、強い警戒心を抱かせることに目的がある。
いつあの強烈な反撃が飛んでくるかわからない。それはパールに強いプレッシャーを与えるのだ。
これでパールが積極性を失うならしめたもの。こうしてちょっとした揺さぶりをかけることで、心理戦の様相を呈することをトウガンはお楽しみ中。
どうやらこういうのが好きらしい。ポケモン同士の対決はもとより、バトルにトレーナー同士の駆け引きがあればもっと楽しい。
いかつい外見でジムリーダーの中でも年長者のトウガンだが、中身は案外無邪気である。バトルにそうした楽しみを積極的に持ち込んでいきたいようで。
「ミーナっ、詰めて!
まずは近付かなきゃ!」
「とはいえ、やりやすい方だな。
トリデプス、撃っていけ」
駆けだすミーナと、それに向かってラスターカノンを撃つトリデプス。
トウガンからすれば、厄介な相手には違いないがやりやすい相手でもある。
だってミミロルがトリデプスに強烈なダメージを与える手段があるとすれば、"とびげり"か"とびひざげり"をおいて他にそうそう無いのだから。
もしかすれば思わぬ技を習得させているかもしれないが、それはそうした技を見てから考えればいい話である。
機敏な走りでラスターカノンをぎりぎり躱し、トリデプスとの距離を詰めるミーナの動きは、おおよそ蹴り技狙いとしか見えないが。
「いけえっ、ミーナ!」
「――――z!」
「弾き飛ばせ、トリデプス」
戦略もへったくれもないパールの指示、要するに飛び蹴りの指示だが、良くも悪くもパールに迷いは無い。
だってはっきり言って、それしかないんだもの。よく効く技がそれしかない。
相手目線で読め読めだろうと思ったって、いっそそれを武器にがんがんいっちゃえという割り切りの良さは、中途半端に策をこねくり回すよりは良いだろう。
とはいえ相手はジムリーダー。百戦錬磨のトレーナーだ。
こちらのやることを概ね悟られてしまっては、最善手による手痛い反撃が待っている。
「ッ…………!?
~~~~~~~~っ……!」
「み、ミーナ!?
効いてな……そ、そんなはず無いんじゃ……!?」
トリデプスに充分接近したところから勢いよく地を蹴ったミーナは、確かにトリデプスの顔面に飛び蹴りをぶちかましていた。
だが、ぐっと四本の足で鋼の床を踏みしめたトリデプスは、まるで不動の鉄壁の如くミーナの跳び蹴りを受けてたじろぎもしない。
生身の足で壁を思いっきり蹴ってしまったかのように、ミーナの方がはじき返され、蹴り足を痛めたかのようにぴょんぴょん跳ねる始末。
格闘タイプの技に弱いはずのトリデプスが無傷で、ミーナの方が逆に手痛いダメージを足に負うこの図式。
躱されてた時や"まもる"で耐えきられた時に、自身への反動が大きいのが"とびげり"である。
トウガンは、跳び蹴りに対する最適解を知っている。その堅牢さを誇るトリデプスに、"まもる"を覚えさせていることとて当然だ。
「いいぞ、トリデプス。
撃っていけ」
「ミーナっ、来るよ!
なんとか凌いで! 頑張って!」
「ッ、ッ――――!」
相当きつい反動であったのはパールにも見て取れるのだが、ラスターカノンを発射してくるトリデプスを前に、なんとか回避を祈るしかない。
ミーナはよく応えた。ミーナの方へと歩み寄りながらラスターカノンを撃つトリデプスの攻撃を、一撃目はなんとか横っ跳びに躱す。
着地した先でやはり足が痛く、腰が下がったところでもう一発飛んできたラスターカノンは躱しきれない。
太いレーザーめいたそれを身に浴びせられ、焼かれるかのような想いで悶えるように跳び退いて、その放射線状からようやく逃れて。
有効打を与えられないままダメージを蓄積させられるこの図式、パールに焦燥感を抱かせるには充分だ。かなりの劣勢。
「っ、まだまだ!
ミーナ頑張って! もう一回いくよ!」
「うむ、また来るか。
トリデプス、構えておくんだぞ」
一度は完全に退けられたのに、なんとか体勢を立て直したミーナが再び同じようにトリデプスに突き進んでくる。
今度は何か勝算があるのだろうか。トウガンとて落ち着いた声で指示しているが、少々の警戒心は抱いている。
全く同じことはしてくるまい。さあ、果たして次はどう来るか。
「いっけえっ!」
「むっ……?
トリデプス、弾き飛ば……」
「メガトンキック!」
懲りずにまた飛び蹴りか? と、トウガンも不審がりながらも、先程と同じように"まもる"ことを命じる指示。
どちらにしたってダメージを最小限に抑える手段であるため、相手がどのような意図であろうと安定策には違いないのであるが。
しかし、片脚を突き出して本当に跳び蹴りする勢いでトリデプスに迫っていたミーナは、激突の寸前にもう片方の足を前に出して。
蹴るのではなく、その両足をトリデプスの顔面という壁に着地するかのように置き、両手と両耳でトリデプスの顔の突起物を掴む。
ほんの一瞬ながら、トリデプスの大きな顔にぴたっとしがみついたミーナは、両足を引き、ピストン運動のようにその両足でトリデプスの鼻っ柱を蹴った。
正確には"やつあたり"なのだが、頑丈なトリデプスにも顔面を蹴られるのは少々重く、ぐっと耐えながらトリデプスは片目を閉じている。
ダメージはたいして通っていない。
だが、跳び蹴りを凌がれた時とは違い、足を痛めない蹴り方でトリデプスの顔面を蹴ったミーナは、くるりと宙返りして着地する流れに移っている。
「とびげりっ、いっけえっ!」
「なるほどな……!」
"まもる"体制で耐えきったトリデプスは不動であったが、すぐにもう一度同じ踏ん張りには移れまい。
無防備な体勢のトリデプスの顔面へ、着地の瞬間に勢いよく地を蹴ったミーナが飛び蹴りをぶちかましていく。
とりわけこの技に弱いトリデプスに響いた重みは非常に大きく、水の波動を受けた時より明らかに、五歩退がるトリデプスに通ったダメージは見るも明らかだ。
「駄目だ……!
ちゃんと構えてる……!」
「…………!?
ミーナっ、逃げ……」
「さあ、撃ち返せ!」
しかし、大きなダメージを与えた時ほど恐ろしいしっぺ返しがトリデプスにはある。
のけ反るように顔を上げて後退しながら、トリデプスの頭部が震える姿は、ついさっきも見た脅威的な反撃の予兆そのものだ。
いったい、いつどのタイミングでメタルバーストの構えを取るようトウガンは指示しているのだろう。
それをパールやプラチナが知る余地も与えられぬまま、ぐいと頭を下げたトリデプスの顔からは、無数の反撃光線が発射される。
とりわけ痛い"とびげり"で受けたダメージを、いっそう膨らませて撃ち返す強烈極まりないメタルバーストだ。
やはり光速めいたその反撃、蹴った勢いでしれっとトリデプスから距離を稼いでいたミーナでさえ、その機敏さでも回避しきれない。
一撃受ければ次々に被弾、蜂の巣にされたミーナが片膝をついて、胸を下にして倒れ込むのをぎりぎり踏ん張るだけの姿がそこに描かれる。
「トリデプ……」
「だめだめだめ待ってえっ!
ミーナっ、戻って!」
パールにもわかる、もう躱す余力の無いミーナ。戦闘不能も同然の姿だったのだ。
追い討ちのラスターカノンを指示しようとしたトウガンに、お願いやめての大声を発したパールが、ミーナをボールに引っ込める。
これは事実上の、この一対一における降参宣言に近い。
屁理屈こねない限り、パールはミーナの戦闘不能を認めたも同然だ。
「2対1、ということだな?」
「うぅっ……えぇと、えぇと……」
念のために確認するトウガンであったが、パールは素直にミーナの退場を認めている。次はどうすればいいのか、と狼狽える姿はその表れだ。
あっという間に形勢は逆転した。
トリデプス相手に、一気に二人抜きされたパールの精神的劣勢感は只ならない。
ここから巻き返せるのだろうか。あの強いトリデプスを倒せたとしても、次に更なるもう一匹が控えているというのに。
トリデプスにも充分なダメージが蓄積しているはずだという認識こそ捨てていないものの、パールにしてみればかなり厳しい局面には違いない。
「っ……パッチ!
お願い、頑張って! 信じてるよ!」
しかし、諦めないのもパールの強みの一つだ。
ナタネにだって2対1の状況から巻き返してみせた。メリッサの時もそう。
諦めなければ活路は見つけられるはずだ。パールはそう信じて、最後の一人を繰り出した。
はがねタイプを相手には分の悪い草タイプ、そのピョコではなくパッチを出したその判断からも、彼女はまだまだ勝負を捨ててなどいない。
「さて、詰ませるぞ。
トリデプス、リフレッシュしろ」
「え……!?」
ここでトウガンは、なんとか気力を保っているパールの前に、とどめの一言を発していた。
トウガンの声に応えたトリデプスは、ルクシオを前にしたまま目を閉じて、ここまでニルルとミーナが積み上げてきたものを無に帰さんとする。
"リフレッシュ"という名の技は実在するが、トウガンがトリデプスに指示したそれは別物だ。
目を閉じたトリデプスだったが、がりっと口の中で何かを噛み砕いた音と共に、ばちんと目を開けパッチを睨みつける。
"ねむる"ことで自らの体力を完全回復させ、代わりに生じる睡眠状態で生まれるはずの隙を、目覚まし効果のある"カゴの実"で帳消しにしているのだ。
一度しか使えない手段ではあるも、体力全開となって再び立ちはだかるトリデプスの活力溢れる眼差しは、パールに底知れぬ絶望感を与えるには充分過ぎた。
「う、うそ……?
また、はじめっから……?」
「さて、宣言しよう。
私のトリデプスは、意地でも君のルクシオの攻撃を、すべてメタルバーストで受け切ってはね返すぞ。
元気になった私のトリデプスと君のルクシオ、根性比べだ。どちらが最後に立っているかな?」
これが、事実上のチェックメイト宣言だった。
メタルバーストはその性質上、自身が受けるダメージよりも相手に与えるダメージの方が大きくなりがちだ。
その上で、ニルルの水の波動やミーナの跳び蹴りも耐えきったあのトリデプスと、パッチが根性比べの勝負をする?
諦めまいと、せめて身体だけは前のめりな姿勢を作っていたパールさえ、勝ちの目が薄いこの局面に体がぐらつきかけている。
しかも、その分の悪い勝負を僥倖にて勝ち取れたとしたって、トウガンには次のポケモンが控えているのだ。
「――――――――z!!」
「っ……パッチ……」
この状況がいかに絶望的であるかなど、パールだけじゃなくパッチだってわかっているはずだ。
ニルルとミーナの戦った姿を、そしてそれを退けたトリデプスの戦い方を、彼女だって見届けてきたはずなのだから。
そんな彼女が、心が折れかけたパールを発奮させるべく、大きくいななく姿はぎりぎりパールの目を覚まさせた。
完全にトリデプスに背中を向け、真っ直ぐパールを見据えた上でパッチは吠えていたのだ。
諦めるな。戦い抜け。私はやるから、最後まで絶対に希望を捨てずに。
この絶対的窮地にあって尚、パールに膝を着くなと強く訴えるパッチの姿が、あわやギブアップさえ脳裏に浮かんでいた彼女を引き留めることに成功している。
「う、うん……そう、だよね……!
頑張ろう、パッチ! 絶対、諦めちゃダメだよね!」
「――――z!」
「うむ、それでいい……!
だが、勝負は譲らんぞ!」
決して立ち直れたわけでもない中で、再び戦い抜くことを選び抜いたパールを、確勝の流れの中でトウガンは肯定する。
優位の傲慢だろうか。決してそうではない。
ジムリーダーは負けることが本当の仕事だ。劣勢の中で勝負を諦めない挑戦者を、圧倒的優位から蹂躙することに快感を覚えるジムリーダーなどいない。
どれだけ敗北必至な局面であろうと、勝負を投げずに戦い続けてくれる挑戦者の姿にこそ、ジムリーダー達は彼ら彼女らの未来を見出せる。
諦めなければ必ずいい結果がついてくる? そんな甘い理想論を無闇に語るほど、百戦錬磨のジムリーダー達は世間知らずではないのにだ。
現実だけを語るなら。
その後に続いたのは、単なる消化試合に過ぎなかったけれど。
確定した勝利を信じて疑わぬ中でも、万が一のどんでん返しを警戒するトウガンとトリデプスの戦いぶりは盤石で。
パッチの如何なる攻撃に対しても、確実にメタルバーストを返し、着実にパッチの体力だけが速く削られる一方であり。
立つことも苦しくなり、攻め立てることの出来なくなったパッチに、防御の合間を縫うトリデプスのラスターカノンは容赦無く。
勝ち目の無くなったバトルの中で、一方的に傷を負うばかりのパッチの姿に、パッチのボールを握るパールの手はずっと震えていた。
パールがボールのスイッチを押したくなるたび、それを察して呼応するかのように吠えるパッチは、自分が戦える限り絶対にそれをするなと訴え続けていた。
そう主張して尚、勢いよく相手に駆けていく力さえ失ってもだ。
耐えるようにボールのスイッチにかけていた指をずらし、パッチに戦い続ける指示を発し続けるパールに、パッチは死力を振り絞って応え続けた。
ぶつかり、極小のダメージとともに小さな反撃を受け、ラスターカノンの痛烈な反撃を追い討ちで受け。
それを複数回繰り返し、いかに不屈を演じ続けたパッチとて、とうとう立てずに崩れ落ちたところで、パールの挑戦は終わりを迎えた。
顔すら上げられず、絶え絶えの呼吸で胸と身体を上下させるだけの、床に屈したパッチをボールに戻したところで、パールの手持ちはゼロになったのだ。
トリデプス一体に、三人の手持ちをすべて撃破されるという、あまりにも痛烈な現実だけがそこにあった。
ボールに戻ったパールは、懸命に戦い続けてくれたパッチに、ありがとうと絞り出すような声を向けることしか出来なかった。
そうしてから、敗北したという現実を、トリデプスだけが残るバトルフィールドを前にして突きつけられた時、パールの胸を締め付けたものは尋常ではない。
それが、敗北の痛みだ。巡り良く、彼女が今まで一度も経験したことのなかったもの。
そしてあるいは、自信皆無の中から手探りでここまで来て、ようやく自信を得始めてきた頃の彼女を、好事魔の如き機に打ちのめす挫折は痛烈極まりない。
悔しさより、悲しさより、手も足も出なかった現実にただただ打ちのめされて頭が真っ白になっていたパール。
トウガンに向けて発するべき言葉も見つからず、唇を噛み締めて涙目になっていたパールの姿には、プラチナも心配になったものだ。
「まだまだだな……!
君はまだ、6つ目のバッジを獲得するには程遠い!」
「っ……」
「もっと強くなってまた挑みに来い!
私はいつでも、君の再挑戦を待っているぞ!」
痛烈な現実と、それに負けずに立ち上がることを求める発破。
二つを同時に突きつけるトウガンに、パールは胸をじくじくと苦しめる痛みを、ぎゅうっと握りしめる手で必死に耐えるかのよう。
何も言えずに立ちすくむパールだったが、トウガンの強い声を前にしてようやく口を開き、濡れた唇の間からか細くも出来るだけ多くの息を吸う。
「ぜ……っ、ぜったい、また来ます……!
次はっ……勝って、みせますからあっ……!」
やっと沸いてきたこの感情。
悔しい、悔しい、たまらなく悔しい。
幸いにも成功を繰り返してこられた彼女を襲う、とうとう訪れた敗北と挫折は、なまじそれを経験してこなかっただけにいっそう重い。
それでも、掠れた声でもリベンジの意を唱えて見せたパールの姿に、内心では微笑みながらもトウガンは厳しい表情を作っていた。
言うだけなら誰でも出来る。今日のこれほどの敗北の次に、違った結末を見せられるならやってみるがいい、と言わんばかりの表情をだ。
確かな才気には溢れつつも、恵まれた仲間達によって連勝街道をここまで連ねてきた少女のサクセスロードは、ついにこの日ここで一度途絶えた。
誰しもが一度は経験する挫折だ。そこから立ち上がることが出来ないものに、チャンピオンロードは門を開かない。
真の意味でのターニングポイントだ。
いつかは必ず訪れるものを前にして、パールはその夢に向かって歩み続ける資格を持つ者か否か。
それを問われることとなる結末であったと言って過言無い。