「おはよー! プラッチ!」
「ん、おはよう、パール」
ミオジムに挑戦し、一夜明けた朝のポケモンセンター。
互いの泊まり部屋から出てきた二人が朝のご挨拶を交わしていた。
パールがいつもの明るい彼女になっていたので、内心プラチナとしては一安心というところだ。
実のところ、昨日トウガンに負けた後のパールは随分へこんでおり、気にしてない素振りを演じようとしながらも演じきれていなかった。
元より感情が表に出やす過ぎるパールである。しょんぼりしてたらプラッチに心配かけちゃうかも、と思って演技したって、上手くやれるタイプではないのだ。
そんな昨日の彼女と比べると、今日のパールはいくらか吹っ切れたか、ちゃんといつも通りの明るい笑顔に戻っている。
「パール、立ち直れた?」
「ん~、なんとか。
昨日の夜なんか、思い出したら悔しくって悔しくってさぁ。
なんかこう……色々あって、そのまま寝て、起きたらスッキリしちゃった」
「えっ、さては泣いた?」
「あ~、え~、その……もうっ、あんまり言わないで!
ちょっとは自信ついてきたとこでアレだよ? ショック大きかったんだから」
「気持ちはわかる気するけどさ」
仮に、自信も何もないもっと初心者の頃に負けたとしたって、パールはしょんぼりすることはあれど、泣くほど悔しいとは思わなかっただろう。
しかし、たまたまとはいえここまで敗北を経験せずに来て、それなりに自信もついてきたところで、あの一方的とさえ言える負け方だ。
敗戦直後は頭が真っ白になるほどショックでへこみ、寝る前にベッドで思い出したらどんどん悔しくなってきて……というのはあり得る話。
枕を濡らしたことを看破され、パールは隠すのを諦めたようだが、あんまりネタにしないでと顔を真っ赤にして抗議である。
悔しい時なんて大人も子供もいくらだって泣いていいものだが、泣き虫だとでも思われるのは、パールもお好みではないようで。
「もう気持ち切り替えたよ!
修行だっ、トレーニングだっ!
もっと強くなって、トウガンさんにリベンジするつもりだからね!」
「うん、その意気だよ。
立ち直ってくれてよかった、僕ちょっと心配してたんだから」
「えっ、もしかしてへこんだ私がもう辞めちゃうみたいなこと言うかも的な?」
「そこまでは……万一あったら嫌だなぐらいには少し考えはしたけれど。
ただ、どうしていけばいいのかわかんなくて、ふさぎ込んじゃうことはあるかもなぁ、ぐらいのことは思った」
「あ~えぇと、そうそう、実際どうしていけばいいかは考え中。
強くなるために頑張っていこう、って思っても、具体的にどう頑張っていけばいいんだろ?
やっぱり、今までのように色んなトレーナーさんに勝負を申し込んで、実戦経験積んでいくしかないのかな?」
いつもの前向き思考を取り戻しているパールだが、確かにこれからどうしようというのは、大きな挫折を味わった者がまず突き当たる壁だ。
どうしていきたいかははっきりしていても、どのようにしてというのはなかなか難しい。
リベンジして勝てるぐらい強くなりたい、と、目的がシンプルである時ほど、それは尚更な話になりがちである。
「それもあるけど……僕、ちょっと考えがあるんだ。
朝ごはん食べたら、ちょっと行きたい所があるんだけどついてきてくれる?」
「えっ、なになに?
プラッチ何か考えてくれてたの?」
「そりゃあ僕だって、パールがバッジ集めるの応援してるわけだしさ。
こういう時、ちょっとぐらいは案出さないと」
「ええ~、すごい!
ありがとうプラッチ! そういうのほんと嬉しい!」
別にまだ何も具体的な話をしたわけでもないのに、プラチナがパールのために色々考えてくれていたこと自体に、パールは体を上下させるほど喜んでいる。
プラチナからすれば、一番そばで応援する立場なんだから、それぐらいするのは決して特別なことではないのだけど。
やっぱりそうした心遣いを受ける側は、そういう気持ちそのものが嬉しいものだ。
「えぇと……まあ、ごはん食べながら話すよ。
でも期待しないでよ? 全然こう、画期的な提案とかじゃないんだよ?
そんなに期待されても困るっていうか……」
「いいのいいの、私が嬉しいだけ!
プラッチに言われたとおり頑張ってみる!」
何気なく、そして無邪気なばかりのパールの発言だったが、プラチナにとっては胸が熱くなるような想いだった。
パールは、プラチナのことをここまで信頼しているのだ。話も聞かないうちから、言われたとおりにしてみるってつい言ってのけるぐらいに。
照れ臭くって濁し気味の言葉を返していたプラチナも、思った以上の言葉を聞いてしまい、帽子を目深に引いて赤くなりそうな顔を隠している。
本当に、期待され過ぎると困るのだが。
ここまで目を輝かされると、決してそこまで革新的でもない提案をする側にとっては、ハードルだけが上がって話すのを躊躇いそうになる。
「"こうてつじま"行きの船ってあれかな?」
「多分そうだと思う。
えーっと、跳ね橋運河のそばだって話だから……間違いないんじゃないかな」
ミオシティはずれの海にある鋼鉄島は、廃坑となって以来トレーナー達の修行場所として有名な場所となっている。
そこに行ってみたらどうかな、という提案をしたプラチナ、ご当地のトレーニングエリアに行ってみようという話をしただけである。
あんなに話す前から喜ばれても、という想いでいっそ気まずげにその話をしたプラチナだったのだが、パールはいいねと笑顔で応えてくれた。
パールにしてみれば何でもいいのだ。プラチナがパールのために考えてきてくれた案とあれば、それだけで嬉しくて気乗りする。
「でも、提案しておいてなんだけど大丈夫?
鋼鉄島は洞窟みたいな作りだからズバットもいるんだよ?
ゴルバットだっているっていう話だけど……」
「そ、それはその、がんばる?
前から言ってたじゃん、そろそろコウモリ嫌いも克服していかなきゃって。
今までだって、ズバットやゴルバットを出してくるトレーナーさんとバトルするたび、やっぱこのままじゃダメだって私も思ってきたしさ」
「あ~うん、明らかに指示に冷静さが無くなるんだよね」
「ポケモンバトルなんだから、トレーナーさんのズバットやゴルバットが、私に襲いかかってくるわけないのは絶対わかってるんだけどさ~。
やっぱりどうしても私、びくっとしちゃうんだよね。
でもでも、このままじゃいけない、克服していかなきゃ。
そんな私じゃ、ピョコ達みんなの足を引っ張っちゃうもんね」
一方プラチナも、思い付いただけのことを話しただけではなく、昨夜のうちに鋼鉄島のことを調べてきてくれている。
どんな野生のポケモンが生息しているかや、鋼鉄島の地図をポケッチにインストールする方法もリサーチ済で、提案するからには準備万端。
ズバットがいる所は……と、パールに断られて下準備が全部パーになる想定もした上でこれだけやってくるんだから、当人は謙遜気味だがその実甲斐甲斐しい。
マネージャーなんてやらせたら、きっと良い仕事するタイプである。
「というわけでプラッチ。
一緒についてきて下さい」
「別に最初からそのつもりなんだけど、そんな水臭いこと念押しするぐらい一人はイヤ?」
「まだ克服したわけじゃないもん」
「威張って言うことでもないでしょ」
「初めて自転車に乗り始めた時って、誰から後ろで支えてくれなきゃ不安でしょ。
ああいう感じ」
「あはは……わかったから」
笑い合って話しながら、鋼鉄島行きの船の乗り場へ向かうパールとプラチナ。
いつもどおりの一幕だった。
しかし、何の他意もなく口にしたパールの例え話が、ちょっとプラチナの胸をざわつかせたのはちょっとしたアクシデントか。
幼い頃、初めて補助輪無しの自転車に乗る練習をし始めた時、後ろで支えてくれた親の顔をプラチナはふと思い出していた。
父さんから距離を置くようにしてからというもの、そういえばずっと会っていないなぁと思い返すのだ。
旅の中で、たまたま一度だけ顔を合わせた機会もあったのだが、その時だって自分から距離を作りたがって、話も手短にお別れして。
今にして思えば、心配そうな顔で見送ってくれたなぁと回想する。
家を離れたくなってしまったきっかけだった親子喧嘩も、根は自分のことを心配してくれてのものだったと、今ならわかる。
あるいは、当時でもちょっとそんな気はしていたのだけど。
どうしても譲りたくなくって、家を離れてナナカマド博士の助手になり、それ以来父とは顔を合わせまいとさえしてきた自分を振り返ってしまう。
パールと一緒にいるのが楽しくて、ついそんなこともずっと忘れてきたけれど、ふとした時にこうして思い返す程には、やはり家族とは忘れられぬものだ。
「プラッチ?
どうしたの? なんかぼーっとしてる?」
「あぁ、いや……
パールがゴルバット相手に泣きだしたらどう慰めようかなぁってシミュレート中」
「泣かないから!
私そこまで弱くはないからね!?」
ちょっとしたセンチメンタルな感傷は、軽い冗談でちゃちゃっと流しておく。
しかしながら、ズバットよりもずっと大きいゴルバットに遭遇した時、パールがどれだけ怖がるんだろうというのは、プラチナの好奇心を刺激してもいる。
マーズのゴルバットにパールが大びびりしていたのは見ていたが、野生のゴルバットがいきなり彼女の前に出てきたらどうなるだろうか。
パールは泣いたりするわけないじゃんとむきになって反論しているが、泣かぬにせよどんなリアクションをするやら、まあまあ想像すると面白い。
それでプラチナもなんだか笑えてきちゃって、余計にパールをぷんすかさせてしまう辺りが罪深い。
「……あっ!?
パーーーールーーーーー!!」
「げっ」
「あっ、あの声は……
っていうかパール、げっ、は無いでしょ」
「げっ、だよ。
うるさいもん」
二人で仲良くお喋りしながら、鋼鉄島行きの船着き場に向かっていたパールだったが、その先にいた一人の少年がでっかい声を出してきた。
あんなでかい声出せるパールの知り合いは一人しかいない。
出港まであと数分の船を待つ中で、ふとパールを見付けた少年が、こちらに大きく手を振っている。
「パーーーーールーーーーー!!
久しぶりだなーーーーー!!」
「黙らせてきます」
「えっ、ちょっと」
馬鹿でかい声で自分のことを呼んでくる少年、見慣れた顔ダイヤのせいで、彼と彼の声をかける相手のパールに注がれる視線が急増だ。
なんだか恥ずかしい。言い換えれば、恥をかかされている。
かちんときたのでパールはダイヤを一秒でも早く黙らせるべく走りだした。アグレッシブな子。
「わっ、なんだなんだパール……って、うわ!?」
「とうっ!」
跳び蹴り。ちゃんとスカートを押さえてやってる辺り、慣れてる動き。
真正面駆けてくるパールと踏み切ったジャンプ、そこまで見えてりゃそう来るとわかっているようで、ダイヤもひらっと身を横に流して躱す。
これぐらいのやり取りは二人の間で"よくあること"なのだろう。パールも躱して貰えること前提で跳び蹴りをかましているふしすらある。
「なんだよいきなりっ!
久しぶりだろ!」
「だまれっ!」
「なんだってんだよー!
なんでそんなに怒ってるんだ!?」
「だまれっ!!」
「旅の中でたまたま会えたらテンションだって上がるだろー!」
「だ~ま~れ~!!」
「うぐががっ……」
うるさいから一旦黙れと言わんばかりに、パールは両手で物理的にダイヤの口を塞ぎにいって無理矢理黙らせる。
プラチナ含めた周囲の皆様、全員が思ってる。黙れと言ってる側の方が確実にでかい。
アベレージに大声を出すダイヤだが、いよいよとなって大声比べになったらパールの方が強いらしい。
単に女の子で声が高いからそう聞こえるのではなく、声量だけで完全に勝っていると周りもはっきりわかるぐらいなんだからたいしたものである。
「あんた声でかすぎ。
普通に話して、私が恥ずかしくなるでしょ」
「パールの方がずっとでかい声……いててっ、げしげしするなよっ!」
正論だろうが反論は認めない。対ダイヤに限ってのみ、非常に当たりの強いパールである。
ここだけ切り取ると横暴に見えるが、パールも昔からいっぱいダイヤに振り回されて苦労してきた身である。
ダイヤも抗議こそしているものの、本気で不快感を感じているわけではなさそうで、これが二人の肩の力を抜いた日常的掛け合いということであろう。
「あはは……相変わらず仲良しだね。
ダイヤ、だったよね。お久しぶり」
「おっ、久しぶりだな!
あ~、えぇと……」
「プラッチでしょ!
友達の名前忘れるとかサイテーだぞ!」
「あっ、そっかそっか!
ごめんなプラッチ! 前に会った時からだいぶ時間経っちゃってたから!」
「あ……やぁ、まあ、べ、別にいいよ、大丈夫だよ。
だいぶ久しぶりだもんね、しょうがないよ」
久しぶりなので名前を忘れられていようが別にいいのだが、パールにプラッチ名義で再紹介されている。
忘れかけていてたまに思い出させて貰うのだが、本当にパールはプラチナの本名をプラッチだと覚えているのだ。
時間が経てば経つほどに、訂正のタイミングが無くなっていく。なんで今まで黙ってたの? と、首をかしげられる可能性が高まりそうだもの。
本当にこのまま、一生プラッチ君でいってもおかしくなさそうな二人の関係である。プラッチの明日はどっちだろう。
「ここに来たってことは、パールも鋼鉄島で修行か?」
「あ~、まあ、うん。
昨日トウガンさんに負けちゃってさ。全力で修行してくる」
「えっ、そうなのか?
パールってバッジいくつ?」
「5つ……って、まさか」
「俺もうトウガンさんには勝ったぜ!
バッジ6つだ! 俺の勝ち!」
「えぇーっ! ちょっとぉ!?」
「あははははは!
どうやら俺の方がチャンピオンロードには近いみたいだな!」
旅に出る前のやり取りに過ぎないが、パールとダイヤはどちらが先にバッジを8つ集めるか、競い合うようにフタバタウンを出発した経緯がある。
普段はいちいち気にしていないが、こうしてたまたま出会った矢先、はっきり表れた優劣があると二人も熱くなる。
どやっと胸を張るダイヤの手前、パールのすごい悔しそうな顔。負けたくない相手らしい。
「そっかぁ~、パールにバトルを申し込もうとしてたけど、今は俺の方が勝っちゃいそうだな。
じゃ、やめとこ。パールのプライドをへし折っちゃいそうだしな!」
「なにおっ! 私が負けた相手はトウガンさんであんたじゃないぞっ!
ダイヤとやって負けるかなんてまだ決まってないじゃん!」
「やるか?」
「やる!」
「う~ん……でも、パールって負けたら泣きそうだしなぁ。
泣かせるのはちょっとな~」
「泣くわけないでしょ~! 負けたからって!
っていうかあんたに負けないし!」
熱くなっちゃってるパール、バッジの獲得数で勝ってる相手の掌の上で転がされまくっている。
負けても泣かない、って、負けて悔しくて昨晩泣いてたんじゃないのかっていうプラチナの内心ツッコミはさておいて。
本音では、久々に会ったパールとポケモンバトルをしてみたいダイヤなのだが、むきになるパールが面白くって、からかうことを優先したくなっている。
ダイヤぐらい無邪気な少年ですら、感情極まって子供になってしまったパールというのは、年下みたいで可愛がりたい対象になってしまうらしい。
言動、パールの方が少しは大人に近いという評価がフタバタウンでは多いが、時々立場が逆転してしまうぐらいにはパールもまだまだ幼い。
所詮は幼馴染、同い年で生まれも三日違うだけの二人だもの。
「う~ん……いやっ、今日はやめとくよ!
パールとやるのはお互いバッジを8つ集めてから、ポケモンリーグでの舞台でだ!」
「なにぃっ! 逃げるのかダイヤっ!
やろうよっ、私が絶対勝つんだから!」
「いや~、俺もやりたいけど今日は我慢しとく!
大きな舞台で成長したライバル同士の決戦、の方が燃える!」
「へりくつだっ! にげるなっ!」
「あははは! ごめんな、俺こっちのロマンの方が追いかけたい!」
やりたい気持ちをちょっと我慢して、ダイヤはドラマチックなパールとの決戦を勝手に想像して盛り上がっている。
少し昔の話だが、カントー地方でそんなドラマがあったせいで、最近の若きポケモントレーナーはそんなドラマをちょっと想像したがりがち。
ライバル同士だった二人、片や先んじてチャンピオンとなり、それに挑んだもう片方という形で頂上決戦になったという逸話だ。
ドラマみたいな、しかし本当にあった話だから、他の地方にも伝わって語り草になるほどの話である。
ダイヤもそういうのに憧れる年頃で、パールとの決戦はそんな舞台になればいいな、なんて考えちゃっているらしい。
まあ、当のドラマの主役二人は、旅の中で何度か邂逅して腕を高め合った史実もあるのだが、そこは案外わざわざ語られない部分であって周知度低め。
昔よりも強くなったお互い同士だけど、どうせやるならポケモンリーグの舞台で大一番、というドラマをダイヤは追いたくなったようだ。
裏を返せば、ダイヤもパールがいつかはバッジを8つ集め、同じ舞台に立てるだろうと信じている発想でもあるが。
自分もそうだと思っている辺りも含め、皮算用をそうだと思わず信じ切れる、前のめりなダイヤらしい発想である。
「でも、パールはトウガンさんに負けちゃったのか~。
それで今から鋼鉄島で修行なんだよな」
「なに話を逸らそうとしてんのっ!
やるよ! 鋼鉄島でバトルだからね!」
「パールの修行する姿は見たくないなぁ~。
それってパールの手の内とか、見ててスパイする感じになっちゃうよな」
「こら! 話を聞きなさい!
その前に私と勝負……」
「やーめた! 俺もう次のジムに行こうっと!
パールより順調な俺が、先にバッジ8つ集めちゃおう!」
「あっ、まて!
どこ行くのっ! 逃げるのかあっ!」
方針を決めればダイヤの行動は早い。さすがウルトラせっかち。
パールとのバトルという大一番は、お互いバッジを8つ集めてから。
それまでに、パールの手の内を覗くようなことはせず、お互いまっさらな状態で正々堂々とした勝負がしたい。
そう決めたダイヤは、トウガンに勝った直後とてちょっと修行がてら言ってみようと思っていた鋼鉄島行きの船も離れ、パールから離れる方へ駆け始める。
今日は意地でもやらないつもり。逃げたといえば逃げているが、これはこれでバッジ収集の旅でリードしている側の余裕ある戯れとも。
「パール頑張れよ!
バッジ集めてから俺に挑戦してこいっ!」
「こらーーーーーっ!
にげるなーーーーーっ!」
振り返って余裕いっぱいの言葉を発すると、よく見た全速力の背中を見せつけて去っていくダイヤであった。
勝負したいと訴えるパールも、相手にすらして貰えなかったやりきれなさを吠えるが、生憎ダイヤのダッシュスピードは速い。
叫びも虚しく、ミオシティを出発する方へと駆けていってしまったダイヤに取り残されたパールが、周囲の注目を集めたまま呆然と立ち尽くす姿だけが残る。
「っ、プラッチ!!」
「はい」
「鋼鉄島で猛トレーニングだよ!
あいつにはぜぇったい負けないんだから!
私のこと、びっしびししごいてくれていいからね! 強くなるんだから!」
すっかり熱くなってしまったパール、プラチナに向ける声さえ強く大きく、後に炭さえ残らなさそうなほど燃え上がっている。
でかい声である。一連の流れを見ていた周囲の人からすれば、くすくす笑いたくなるような今のパールの言動、態度。
しかしパールは、周りの目なんか全然気にならない。かっかし過ぎてそんなの意識にすら入らないらしい。
別にプラチナはパールの指導者でもなければ、トレーニングメニューを組んでくれるマネージャーでもないのだが。
しごいてくれていい、という発言は何かおかしい。テンションが勝ち過ぎ。
パールの中では、鋼鉄島での修行を提案してくれたプラチナが、一旦そういう人だという認識になっちゃっているのだろうか。
まあ、頼られるのはプラチナにとっても悪い気はしないのだけど。
「まあ、頑張ろうね。
トウガンさんに勝つために、その末にはダイヤにだって勝てるように」
「頑張るよ!
私、そのためだったら何だってするよ!」
気合充分、充分過ぎるパールと一緒に、鋼鉄島行きの船に乗り込むプラチナ。
ふんすふんすと鼻息荒く、燃え上がっているパールの横顔に、昨日負けたことでへこんでいた彼女の面影は全く無かった。
あれだけの挫折から一夜明けながら、早くもこれだけ立ち直っていることは、プラチナ目線でも喜ばしいことには違いなかった。
へこみきったパールを眺めるよりは、やっぱりこういう元気なパールの姿の方が、プラチナにとっては安心する姿には違いないのだから。
とはいえ、ちょっともやっとする部分もあるプラチナ君。
ダイヤと再会し、ちょっとしたやりとり程度で、昨日の敗北の悔しさも忘れ、こんなに元気になっちゃったパールである。
幼馴染のダイヤにはそれだけのものがあって、それはプラチナの持ち合わせていないもの。
自分の力ではパールを元気にしてあげることが出来ず、自分以外の誰かがパールをここまで持っていったことが、なんだかプラチナには悔しい。
今はパールと一番長く一緒にいるのは自分なのに。これは何だか、大好きな女の子の特別たり得ない気がして、男の子としては歯痒いところである。
鋼鉄島に向かう船の上、パールは頑張るぞという気持ちを燃え上がらせていた。
しかしそのそばで、密かに、静かに、彼女以上になんだか燃えていた少年もいる。
今はパールのそばにいるのは僕の方で、きっと、必ず、パールに一番いい結果を勝ち取らせてあげるように頑張るんだとばかりに。
鋼鉄島におけるパールの修行は、存外彼女が想像する以上に、自分以外の思惑も強く噛んだ一幕となりそうである。