ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第75話   鋼鉄島の夜

 

「……ふぅ」

 

 その日の朝、プラチナは急激に暇になった。

 鋼鉄島へ向かう船に乗ったパールを手を振って見送り、水平線の彼方へと遠のいて見えなくなった彼女を見届けたら、さぁ果たして今から何しよう状態。

 元々、学者志望のプラチナである。初めて訪れるミオシティに来ているのだから、やれることは本来いくらでもあるはずなのだが。

 野生のポケモンの生態を追うフィールドワークは、元々プラチナが一番意欲的に取り組める趣味のようなものだ。

 ミオ側218番道路にせよ、釣りするにせよ、地元と異なる野生ポケモン達を、いくらでも観察できる機会である。

 今なら波乗りを使えるポッタイシがいるんだから、少々冒険的だが海に出て、直に海のポケモン達を間近で見ることにさえ挑めるだろう。

 

 これから数日、パールが自分の意志で鋼鉄島から戻ってくるまでの間、一旦プラチナは一人である。

 ずっとパールと一緒に旅をしてきたのだ。ふと離れ離れになってしまったら、今までの日常がまるで一変したかのよう。

 かつては暇が出来れば必ずやっていたはずのフィールドワークすら、すぐには思い付かずどうやって過ごそう、なんて思ってしまうのがその証拠だ。

 一人になった時の時間の使い方を忘れてしまっている。

 それだけパールと二人で過ごしてきた何日もが、プラチナにとってのそれ以外を一度想像できなくなるほど、日常的なものになっていたということだ。

 

「…………よしっ」

 

 しばらく考えて、プラチナは一度218番道路の方へと向かっていく。

 ミオシティから出て、少しの所。野が広がる場所で、プラチナは自分のポケモン達を全員ボールから出した。

 ポッタイシ、ケーシィ、ピッピ、ガーメイル。

 ポケモン達が仲間と顔を見合わせて、みんな出すなんて何だろう? と首をかしげている。

 

「ねぇ、みんな。

 僕達も、ちょっとトレーニングして強くなってみようか」

 

 その言葉には、プラチナのポケモン達みんなが驚いた。

 糸目でうつむくケーシィですら、ぴくんと肩を跳ねさせるほど驚くリアクションを見せているほど。

 ポッタイシとガーメイルも互いに顔を見合わせて、うちのご主人がすごく珍しいことを言ってる、という表情である。

 

 中でもプラチナにとっての初めてのポケモン、幼少の頃からプラチナを見てきたピッピの驚きようは、他の三匹を遥かに凌駕している。

 目を丸くし、あのプラチナがこんなことを言うなんて、という表情を真っ直ぐ向けてくるピッピには、プラチナの方が照れ笑いを浮かべているほど。

 そうだよね、僕がこんなこと言うなんて君なら驚くよね、と。

 

「パールも鋼鉄島から帰ってくる頃には、今よりずっと強くなってるかもしれない。

 せっかくだから、僕達もそんなパールと並んで胸を張れるように、強くなっておこうよ。

 僕が弱いトレーナーのままで、いつまでも偉そうにパールに何か教える立場っていうのも、なんだか胸を張れないしさ」

 

 元々プラチナは、バトルにポケモン達を繰り出すことはしてきたし、その過程でポケモン達も能力を高めてきたことは事実である。

 しかし少なくともプラチナは、努めて自分のポケモン達を強くしようと、鍛え込むことを目的としたバトルに踏み込んだことは一度も無い。

 その辺りは、プラチナのポケモン達が一番よく感じていることである。

 強くなってくれと、と自分のポケモン達に求めることをしないプラチナとの気軽で柔和な付き合いを、プラチナのポケモン達は心地良く過ごしてきたものだ。

 そんなプラチナが今、初めて強くなって欲しいと訴えかけている。

 今まで求めてこなかった新しい命題を、自分の都合で頼む時特有の、頼み込むような目の色でだ。

 

「…………それに、ほら。

 パールあの性格だから、またいつかどこかでギンガ団にたまたまぶつかったら、思いっきり挑んでいきそうだしさ」

 

 あ~、うん、とポケモン達はみな一様に頷いた。寝てそうなケーシィですら。

 同時にみんな、ギンガ団と遭遇した最新の記憶である、サターンと戦った時のことを思い出す。

 特に実際にサターンのポケモンと戦ったポッタイシとガーメイルは、あれほど強い敵に挑まんとするであろう、パールの危うさもひしひしと想う。

 

「そういう時、無視して僕達だけ逃げたりなんて出来ないよね?

 強くなろう、今よりもっと。

 僕はパールを守りたい。力になって、くれないかな?」

 

 首を振るポケモンはいなかった。

 胸を叩いて微笑むポッタイシ、羽をはためかせて頭を下げて頷くガーメイル、小さくだが確かに顎を引いてくれたケーシィ。

 そしてピッピは、驚いていた顔をふにゃりとさせ、他の三匹より遅れて、いっそうの実感を込めた頷きを見せてくれた。

 

 快い返事をして貰えたプラチナは嬉しそうに笑い、みんなの頭を一匹ずつ撫でた。

 そんな中で、最後にピッピの頭を撫でた時、自分を見上げるピッピの眼差しには、いくつもの意味が込められていることをプラチナもわかっている。

 強いポケモントレーナーになろうだなんて、ある日を境に金輪際考えることは無くなったプラチナの半生を、唯一知っているピッピなのだから。

 

「……大丈夫だよ。

 今は心から、強くなれればいいなって思ってる」

 

 その言葉を聞いて、我が子が新たな道へと歩きだす姿を目の当たりにしたかのように、ピッピは今日一番の笑顔を見せてくれた。

 4匹のポケモン達をボールに戻したプラチナは、218番道路の、野生のポケモン達の群生地へと向かっていく。

 かつてならば、野生のポケモンを観察するための、フィールドワークとして足運びだったもの。

 今日のプラチナは、野生のポケモン達とのバトルに臨み、自分のポケモン達を今以上の実力へと昇華させるためにその歩を進めている。

 やがては218番道路に点在する、他のトレーナーに勝負を挑むことも辞さないだろう。

 

 ポケモントレーナーになるつもりはもう無かった少年。学者を目指したことも、それとは決して無関係ではない。

 自分のポケモン達を強く育てたいと思う日が来るなんて、きっと一年前の彼には想像も出来なかったはずだ。

 プラチナ自身が、内心、今はそんな自分になっていたことに、自分を一番よく知るピッピ以上に感慨深さを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張って、もう一回!

 ミーナ、とびげり!」

「――――z!」

 

 さて、鋼鉄島ではパールも鋭意驀進中。

 やや強い鋼鉄島の頑丈なポケモン達に、ミーナとニルルをメインに繰り出すことの繰り返し。

 鋼鉄島は岩タイプ、鋼タイプのポケモンが非常に多い。ゴローンやイワークがその筆頭で、遭遇頻度では劣るがイシツブテやハガネールもいる。

 括りを変えれば地面タイプのポケモンとの遭遇率が最も高く、電気タイプのパッチには不利な相手が多すぎる環境である。

 格闘タイプの攻撃が出来るミーナや、水ポケモンのニルルの出番が多くなるのは、やや自然な流れであると言えるだろう。

 

「ふぅ……よしっ、一回戻って休もっか。

 ミーナ、お疲れ様」

 

 反撃一度は受けながらも、ゴローンを跳び蹴りで撃退したパールは、鋼鉄島入り口のキャンプ地に一度帰る足運びに移る。

 島から出ない前提なのでポケモンセンターに通えないが、ポケモン達もバトルせずひと眠りすれば、傷も治るし体力も回復する。

 ポケモンセンターを利用するより時間はかかるが、ポケモン達は人が思うよりも傷の治りは早いのだ。

 みんな、元を正せば野生暮らしである。生傷だって多かった。ポケモンセンターの世話にならなくたって、自ら傷を癒せる生命力は非常に高い。

 

 余談だがその一方で、タマゴから生まれた時から人の手で育てられたポケモンも、野生と同じだけの生命力を持っているのは、学者にとって興味深いテーマ。

 脈々と受け継がれたポケモン達の遺伝子、歴史的とも言える生態系の為せる業なのだろうか。まだまだポケモン達にはわからないことがいっぱいだ。

 

「――――!」

「えっ?」

 

 キャンプ地に向かって歩き出したパールだが、鞄の中から、正確には鞄の中のボールからピョコが飛び出してきた。

 思わぬタイミングで、普段はそんな勝手なことをしてこなかったピョコの行動に、パールは驚かされたものだ。

 そんなピョコは、くいくいと頭を動かして、俺の背中に乗れとばかりにパールに訴える。

 言葉を発せないポケモンの意志を理解するのは難しいものだが、付き合いの長いパールにはその意図もなんとなく伝わるようだ。

 

「えっと、いいのかな?

 じゃあ、乗せてもらうね? よいしょ、っと」

「――――♪」

 

 ハヤシガメの背中は、パールが跨るには充分に大きく、甲羅の上でパールがぺたん座りすると、ピョコは嬉しそうに鳴き声をあげた。

 こんな風に、自分がパールの役に立っている現状を幸せそうにしてくれるピョコが、今も昔もパールには愛おしい。

 背中を丸め、ピョコの頭を撫でてしまうパールの表情は恭しい微笑みに溢れ、温かい掌にピョコも口元をむずむずさせて喜ぶ。

 

 修行の過程でキャンプ地から随分離れた奥地まで来ていることもあり、帰り道をピョコの背に乗り歩かずに済むのは確かに楽。

 加えてパールを乗せた時のピョコは、普段より甲羅の揺れが穏やかな歩き方をしてくれる。

 硬い甲羅にお尻をつけて座っているのだ。気ままに背中を上下して歩かれるとパールも、腰やお尻が痛くなってしまう。

 ゆぅらゆぅらと柔らかく揺れる程度に収められた甲羅の上は、むしろパールも子供向け遊具に乗っている気分で心地よくすらあるほどだ。

 普段のピョコの歩き方、走り方を見てきたパールだから、意図してこう歩いてくれているピョコの気遣いだってわかる。それがいっそう嬉しい。

 

「ピョコ、ありがとうね。らくちんだよ」

「――――♪」

 

 敢えて言葉にすること、感謝の言葉を紡ぐことを、パールは大切にしたい。

 それで相手が喜んでくれるなら、の一心でそれを尽くすのだから、彼女がポケモン達を大事にしていることは疑いない事実なのだろう。

 そんなパールに、もっと自分のポケモン達を知るべきだとはっきり言ったゲンの言葉には、プラチナも首をかしげたものではあるのだが。

 

「……私、ピョコのことわかってない、かな?

 結構、ピョコとは長い付き合いになってるし、たくさんのこと知ろうとして、知ってきたつもりなんだけどな」

「――――?」

「あはは、ごめん。

 ピョコもこんなこと聞かれたって、困っちゃうよね」

 

 パールだって、自分がピョコのこと、パッチやニルルやミーナのことを、全部全部わかっているとは思わない。

 みんなについて、知らないことだってまだまだ沢山あるだろう。

 だけど、それをゲンに指摘されたのが、パールにとっては少なからずショックなことには違いなかった。

 

 だって、ゲンがパールにそう言ったことが正しいのであれば。

 ゲンが一日パールのポケモンを見ただけで気付くことを、パールがわかっておらず、しかもそれさえゲンの目には明らかだったということ。

 ゲンはルカリオの波導の力も借りていると言うし、そこまで気に病むべきことではないのかもしれないけれど。

 言いようによっては、悔しい。

 より正確に言うならば、私がピョコ達のことを一番よく知ってるんだよ、と自信を持って言えないのが、パールにとっては寂しい。

 それって少なくとも、パールが目指す素敵なトレーナーじゃない。

 

「――――」

「……大丈夫だよ、私は。

 ピョコは優しいね、そういうとこ、大好きだよ」

 

 くるるぅ、と進化する前に幾度も聞いたような鳴き声で、背上のパールを案じてくれるピョコ。

 パールの顔を見てもいないのに、声や気配だけで沈みかけた気持ちを感じ取り、気遣ってくれるピョコなのだ。

 私がこの子を大好きなように、この子もきっと私のことを大好きでいてくれてるはず、と、信じ合える一番のパートナー。

 そんなピョコの何かを知れずにいるという自分が、パールにとっては一番もどかしい。

 

 確かに、難しいのだ。

 知っているつもりで、実は想像以上だったら?

 求められていることに応えているつもりで、相手にとって不充分だったら?

 他者の気持ちに思い至ろうと誠心誠意努める者でさえ、一度それに陥れば、その先にある解に辿り着くことは困難を極める。

 パールは、それに陥っている。

 

「――――――――」

 

「はぁうっ!?!?」

 

 解決の糸口も程遠いまま悩んでいたパールだったが、事件一つ起これば全ての思考が吹っ飛ぶ。

 前方離れから飛来し、パールに気付いたゴルバットがこちらを睨みつけた姿に、ピョコの背上でパールはひっくり返りそうになる。

 前かがみだった体が一気に後ろに傾いて、そのまま背中から落ちそうになるのを両手突っ張って耐え、しかしその眼は前方から迫るゴルバットに釘付けだ。

 パールをびびらせるゴルバットを前にしたピョコは、相性最悪の相手だとわかっていても、身構え葉っぱカッターを撃つ直前である。

 

「ぱっ、パッチパッチっ、出てきてえっ!!」

 

 儘ならぬ姿勢で鞄の中のパッチのボールを手に取る余裕も無いパールは、お願い助けての想い全開で半ば叫ぶように。

 とあればパッチも素早く飛び出す。自分が呼ばれた時点で何が起こったかは、ボールの中で眼を閉じていたとしてもわかる。

 鋼鉄島におけるパッチの一番の仕事は、相性良好かつパールの天敵である、ズバットやゴルバットの撃墜だ。

 

 ボールから飛び出したパッチは、矢のような速度でゴルバットに突き進み、帯電した体で正面衝突するスパークでゴルバットと突き飛ばす。

 パールのポケモン随一の突進力たるパワーアタッカー、一撃で怯んだゴルバットがふらふらと後退し、これはたまらんとばかりに逃げ出す。

 まだ戦うだけの力が残っていても、パッチが威嚇する眼差しと、寄らば吠えるの眼差しがゴルバットに尻尾を巻かせるのだろう。

 ゴローンやイワークを撃破しづらいパッチでも、対ゴルバットにおいて無双的であるの一事のみで、パッチの存在感は只ならない。 

 

「はふうぅぅ~~~っ……

 パッチ、ありがとう……すぐに出てきてくれてほんとに助かるよぉ……」

「――――♪」

 

 ピョコの背中の上で力無くへろへろになり、ほっとする息を吐くパールの感謝に、パッチは得意気に鳴き声を発していた。

 ただ、パッチがそんな態度を見せたのも短い時間だ。

 ふと、こちらに駆けて戻ってきたパッチが、ピョコと目を合わせた瞬間に、パールに褒めて貰えた嬉しさに満ちていた目も冷静さを取り戻す。

 そしてピョコに真正面から向き合う形で、なんだか物憂げな顔をするのだ。

 それに対してピョコはどんなリアクションを返すかと言えば、首を振って微笑むだけ。

 ポケモン同士のちょっとしたこのやり取り、パールも目にはしていたが、そこにどんな真意が込められていたかなどそう簡単にはわかるまい。

 

「…………?

 パッチ、戻って……?」

 

 パールもこの二人のアイコンタクトには、普段は無い行動だと感じ取れただろう。だが、その真意にまでは想像が届きようがない。

 首をかしげ気味ながら、パッチのボールのスイッチを押して、彼女を戻して再びキャンプ地への帰還を再開する。

 これが、パールの知らない何かを知る大きなヒントでもあったのだが、この一幕一つで真理に到達するなど、酷だと言えるほど難しい。

 

「…………?」

 

 だけど、自分のポケモン達の、今まで知れなかった一面を知りたいパールが、些細なこの一幕を忘れまいとしていたのも事実である。

 ピョコの背上で揺らされながら、だけど無言で考え込んで、今のピョコとパッチのやり取りは何だったのかと考え込んで。

 甲羅の上でパールが物思いに耽っているかのような気配に、ピョコもこれまで以上に、揺れで彼女の思考を妨げない意識をいっそう強めながら歩いている。

 

 気付いて欲しいと思っているからだ。

 ピョコは、何度も思っている。パールに自分の思っていることを、言葉にして伝えられたらどんなにいいだろうって。

 そこには確かに、パールの知らない、パッチやニルルやミーナだけがわかる、ピョコの明かしたい想いが実在していた。

 

 

 

 

 

「元気だなぁ、みんな」

 

 キャンプ場に戻ってひと休みしたら、再び出発してまた野生のポケモン達とのバトルに勤しんで。

 ニルルやミーナの動きをよく見て、疲れが溜まってきたと見えたらまたキャンプ地に帰還。

 まだまだやれると跳ねてアピールすることもあるミーナだが、お願いだから言うこと聞いてとパールがお願いすれば、ミーナも渋々納得してくれる。

 強く言うとミーナは余計に反発するので、パールもミーナに適した接し方を選べているということだ。

 

 修行の場ながら、パールは焦って場数を増やすようなことをせず慎重である。

 捉えようによっては過保護と指摘されそうだが、ギリギリいっぱいまで戦い抜くことの繰り返しばかりが成長の秘訣ではないので、大きな問題ではないだろう。

 よほど急ぐならスパルタも選択肢だが、焦る必要が無いならまったりと育てるのも良い。ポケモン達は無理に育てなくてもしっかり成長してくれる。

 

「ピョコはみんなと遊んでこないの?」

「――――」

「わわ、なになに、くすぐったいんだけど」

 

 パッチとミーナが駆け回り、ニルルがそんな二人に威力を抑えた水の波動を撃っている。

 ニルルの気まぐれな水の波動という障害物を躱しっこしながら、二人で鬼ごっこするというたいそう活動的な遊びっぷりだ。

 今日はもう夜になってしまったし、もう次は無くて寝るだけとなってから、三人とも今日の余力を使い切ってもいいやの勢いで遊んでいる。

 さっきまで何度もバトルしていたっていうのに、パッチはともかくミーナとニルルの元気ぶりに、パールも微笑ましいばかりだった。

 

 本来ピョコもそこに交じりたがるのが普段なのだが、今のピョコはなんだか普段以上に懐っこい。

 パールの脇腹に頬ずりしてきて、パールの顔をふにゃりとさせる。

 懐いてくれるのは嬉しいけど、ここまでだったっけ? とパールも少し戸惑いすら覚えていた。

 まあ、嬉しさが勝ってしまうので、膝を曲げてピョコと目線の高さを合わせたら、首を包み込むようにぎゅっとして返すのだが。

 

「……ピョコのこと、ずっと大好きなんだけどな。

 今よりもっと、好きになれるのかな」

 

 抱きしめていた手をほどいて、しゃがんだパールはピョコと真正面からじっと向き合ってみる。

 ピョコは照れ臭そうにしながらも、しゃんとした顔を作り、だらしなく緩む顔を見せまいとするかのよう。

 俺はパールの最初の仲間、頼もしい仲間だよ、とでもその眼で語るかのような瞳には、パールも初めてピョコと出会った時のことを思い出す。

 可愛く見えるばかりだったナエトルが、いつの間にか大きくなって、こんなに強い眼が出来る頼もしいハヤシガメになって。

 進化という目にも見えてわかりやすい変化を経たこともあるが、ポケモン達の成長は、トレーナーに積み重ねてきた日々をしばしば実感させてくれるものだ。

 

 パールはちらっと、離れた場所で遊んでいるパッチとニルルとミーナを見る。

 湧いて出た感情を口にしようとしたが、これをあまり他の子には聞かれたくない。

 小さな声で言えば他のみんなの耳には入らなそう、と確認してから、パールはピョコとおでこがひっつきそうなほど顔を近付ける。

 

「……絶対、みんなには内緒だよ。

 私、他のみんなのことも好きだけど、ピョコのことが一番好き。

 だって、一番最初からずっと一緒だもんね。

 私、これだけは絶対ずっと変わらないと思う」

 

 内緒話のぼそぼそした声で、みんなには内緒だとまで念を押して、パールは今の想いの丈をピョコの耳に優しく届けた。

 最初のポケモンはやっぱり特別なのだ。

 ピョコよりも活躍が派手で、強くて、時にピョコ以上に頼もしいパッチが加わっても。

 波乗りで海を渡る力をもたらしてくれる、日々の活動においてもピョコ以上の活躍の幅を増やしつつあるニルルが加わっても。

 見た目の可愛さではパールの胸を一番きゅんきゅんさせ、その勝負根性もパールには魅力的でたまらないミーナが加わっても。

 

 大好きのレースをしたら、最後にほんの少しだけ、ピョコのことが一番好きだよの気持ちが勝ってしまう。

 それが初めてのポケモンだ。どうしたって、特別な唯一無二。

 口にすると他のみんなへの後ろめたさを感じるパールは幼いが、やむを得ない感情の一つにも違いあるまい。

 

「えへへ、なんだか告白してるみたい。

 でも、ずっと一緒だよ? 大人になっても、私ずっとピョコと一緒にいたいからね?」

「――――♪」

 

 きっと、お婆ちゃんになってもだ。そこまで言わないのはそんな先のことまで単に想像できないだけ。

 幼い想像力が及び至る最大限の未来まで、ずっとずっと一緒にいたいと告げられたピョコは、満面の笑みで頷いてくれた。

 それを見て、パールはいっそう嬉しくなって笑顔を溢れさせるのだった。

 

 キャンプ地にての一夜。

 毎日のようにしていた電話もせずに眠りにつく夜は、パールにとっては習慣一つ壊したようでなんだか新鮮ささえあった。

 でも、それが無ければ寂しいなという気持ちも、今は湧かない。

 ボールの中に戻った四人の鞄を、抱き枕のように抱きしめて眠るパールには、最も尊敬するジムリーダーさんよりずっと好きなみんながそばにいる。

 野宿にも近い環境で、パールは決して寂しくもなく、深く安らいだ眠りに意識を落としていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした異変があったのは翌朝である。

 目を覚ましたパールは、鏡が無い中でなるべく寝ぐせを直し、直りきっていなさそうな場所は帽子で隠して妥協して。

 どうせ人と会うことの少ない合宿中である。身だしなみもちょっと雑。最低限は果たさずいられない辺りは流石に女の子だが。

 もっとも、彼女と同様に島を訪れるトレーナーと会うことも無いではないのだから、この辺りの習慣は全く無駄ではない。

 

「みんなっ、出てきて!

 今日も頑張るよ!」

 

 目覚めたばかりの寝ぼけた目では、見慣れない朝起きの風景に一瞬戸惑ったパールだったが、合宿修行中だと思い出せば、自分の顔をむぎゅむぎゅ揉んで。

 ぱちっと頭と目を覚ましたら、鞄の中に入ったボールのみんなに呼びかける。

 みんなと顔を合わせて、今日も頑張ろうのご挨拶から一日が始まる。

 

「……あれ? ピョコ?」

 

 しかし、パッチとニルルとミーナが出てきたのはいいが、ピョコがボールから飛び出してこない。

 まだ寝てるのかな? と思ったパールは、鞄の中のピョコのボールに手を伸ばそうか一瞬迷った。

 寝てるんだったら無理に起こしたら悪いかな、とも考えてしまったのだが、そうは言ってもやはりピョコだけいないのは少し寂しい朝。

 寝てたら申し訳ないけど起こそう、と思い改め、葉っぱのシールが貼られたピョコのボールを手に取りスイッチを押す。

 

 だが、出てこない。

 かちかちっとスイッチを押してみたが、中からピョコが出てこないのだ。

 うそ、故障した? とばかりにボールをぺちぺち叩いてみたり、改めてスイッチを連打してみたりするパールだが、一切の反応が無いのである。

 まるで、中身が無いかのように。

 

「えっ……えっ……?

 あれ、ピョコ……あれっ……?」

 

 ボールの故障なら別にいい。ピョコが自分で出てくることも無理じゃない。

 しかし、ボールを叩けばピョコにもそれが伝わって、中でピョコがもぞもぞすればボールも多少は揺れるはず。

 二度三度、今度は強めに三度四度ボールを叩いても、ボールからの反応は一切返ってこない。

 そして、中身の入ったボールを毎日握ってきたはずのパールが、少しずつ冷静にそのボールを握る手応えを確かめれば、応えに辿り着くのもまた早い。

 このボールの中には今、ピョコが入っていない。

 

「なっ、なんで……!?

 ピョコ、どこ行っちゃったの!?」

 

「――――z!」

 

 この時のパールの狼狽えぶりは凄まじいもので、一瞬で曇っていくパールの表情を見て、これはまずいとばかりにパッチが吠えた。

 パールの気を引き付けたら、パールに背中を見せて小走り気味に歩き出し、振り返ってくいくいと頭を動かす。

 このまま何の声もかけずにいたら、パールは間違いなく大パニックを起こすだろう。パッチも気遣いが早い。

 

「――――、――――!」

「――――――」

 

「い、行ってみようってこと……?

 わ、わかったっ……!」

 

 ニルルとミーナも同じ想いらしく、パッチについて行こうと促してくれる。

 混乱の渦中にありながら、その先に解決があるのかもしれないと縋るパールは、パッチを追うように走り始めた。

 

 昨晩、ずっと一緒だよって誓い合えた気がしたのに。

 そんなピョコが朝になったら突然いなくなっているという初めての出来事に、パールの頭は最愛の彼の名を呼ぶ声でいっぱいだった。

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