ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第76話   パールとピョコ

 

 

 パールの前を駆けるパッチは、耳が良くて遠くの状況がわかるのか、そばにいないピョコの位置を確信しているかのような走りだ。

 当然パールより速く走れるパッチ、加減した足でちらちら後ろを見ながら走っているが、今日のパールは普段以上に全力疾走。

 急にいなくなったピョコに早く会いたくて、寝起きすぐの頭と体で息を切らしてパッチの足に食らい付いてくる。

 

「――――z!」

 

「ああんっ、もう……!

 ニルル、お願い!」

 

 パールの今の事情なんてお構いなしに、野生のポケモン達は立ちはだかる。

 先を急ぎたいこの状況、ゴローンの出現にパールはニルルをボールから繰り出して。

 案内役をしてくれているパッチを、わざわざボールに戻さない。

 構図だけは2対1になってしまうも、パッチに手招きして退がってきてと指示を出し、ニルルVSゴローンの一騎打ちの図を作る。

 これだけ急いでいて、一秒でも早く勝ちたいであろうに、手段を選ばず2対1なんてことはしない辺りが根っから真面目である。

 

 とはいえ、速攻勝利が出来るチョイスはしている。

 ニルルに指示する水の波動は、ゴローンには特段有効な必殺技に近い。

 真っ向からそれを直撃させられたゴローンはたまらず逃げ出し、一戦終えれば目の前の道が拓ける。

 

「――――z!」

「うんっ、パッチ、よろしくね!」

 

 再び駆けだすパッチを追って、パールは再び全力疾走。

 ゴローンとのバトルで一度立ち止まり、また急激な全力駆け。足と胸が一番苦しい走りぶりである。

 寝起きにこの激しい運動はきつい。気分が悪くさえなってくる。

 それでも止まらずいっそう加速しようと努め続けるのだから、ピョコに会いたい一心で本当に気合入れてるなぁと、パッチも振り返りながら感嘆気味。

 

 幾度かの野生ポケモンとのバトルを経て。

 イシツブテはミーナに蹴飛ばして貰って、ゴローンやイワークをニルルに叩っ返して貰って。

 ゴルバットが現れれば短い悲鳴をあげ、急に立ち止まったら疲れた足がもつれて尻餅をつき、それでも息切れした掠れた声でパッチに撃退を頼み。

 瞬殺目標の必勝戦法を繰り返し、パッチに導かれて突き進んでいくパール。

 やがて遥か前方に、見慣れた友達の後ろ姿を目にした瞬間の、パールの目の見開きようときたらない。

 

「ピョコ……っ!!」

 

「――――!?」

 

 どんなに息が苦しくても、乱れた呼吸の中でパールは精一杯の息を吸い込んで、ピョコの名を最大限の声で呼びかけた。

 発音二文字を発しただけで、息が詰まった彼女の呼び声に、ピョコも驚いて振り返ったものだ。

 ようやく見つけてほっとしたか、全速力の足からどっと力が抜け、へろへろの足で小走りとなったパールが、頼りなく体を揺らしながらピョコに近付いていく。

 

 張り詰めていたものが一度切れてしまったら、ここまでの無理が急激に祟り、パールは膝から崩れ落ちるかのように地に屈した。

 ぺたんと座り込み、うつむいた顔ではぁはぁと掠れ気味の呼吸を繰り返し、片手はお腹に、もう片方の手は頭に。

 寝起きすぐの猛ダッシュは脇腹が痛くなって当然のもので、しかも頭ががんがん痛むのだろう。朝起きコンディションでの激しい運動は本当に苦しい。

 そんなパールの姿を見て、パールがどんな想いでここまで駆けてきたか一目で察したピョコは、慌ててパールに駆け寄ってくる。

 

「はっ……はぁっ……

 ピョコっ……なにっ、してるのっ……

 ほんと、心配っ……したよぉっ……」

 

 顔も上げられず、感情をそのまま言葉にした切実なパールの訴えに、近付いたピョコも胸がずきりと痛んだ。

 ピョコだって何の考えも無く、パールが寝ている間にこっそり彼女から離れてこんな所まで来ていたわけではない。

 だけど、目が覚めたパールがここまで苦しい想いをして、自分を追ってきたのがわかってしまったら、やってはいけないことをした自覚も湧くというものだ。

 

「~~~~!」

「!?」

 

 急激な疲弊でろくに言葉を発せないパールだったが、思わぬ誰かさんがボールから飛び出した。

 ピョコのすぐそばに降り立ったニルルが、普段ののんびりした彼の姿からは想像もしづらいほど、激しく荒っぽい鳴き声をピョコに向けて発し始めたのだ。

 それも、一度吠えたらそれっきりではない。

 ピョコを真っ向から睨みつけ、まくしたてるように矢継ぎ早に強い鳴き声を発するニルルの姿には、意外が過ぎてパールも思わず顔を上げていた。

 

「~~~~、~~~~~~!!」

 

「――――……」

 

 どれだけ心配させたのかわかってるのか、と、強くピョコを叱りつけているのがパールにも伝わるほど。とにかく剣幕の凄さったらない。

 現にピョコが、ばつの悪さ全開の表情でたじたじ退がるほどなのだが、ニルルはずいずい詰め寄ってピョコを逃がさない。

 こんなに怒ったニルルの姿を見るのはパールも初めてである。びっくり。

 

 元々ニルルはパールのポケモン達の中でも、自己主張の少ない方だが優等生タイプである。

 バトルはそつなくこなすし、我の強いミーナを諫めることも多く、みんなで遊んでいる時でも楽しそうにしながらどこか落ち着いている。

 他の三人からの信頼も厚いのだろう。だからこそ、こうして珍しく怒るニルルには、ピョコは痛切な責められようにへこみ気味ですらある。

 実は四人の間では、最も纏め役に適した子なのかもしれない。パールが元々抱いていた"優等生"のイメージは、そうした意味でも的を射ているのだろう。

 

「~~~~!」

 

 パールの頭痛がおさまってくるぐらいの長い長いお叱りの末、ふんすと鼻を鳴らしたニルルが、にゅるりんと立ち位置をずらして道を譲る。

 がっくりと頭を下げたままパールにとぼとぼ歩いて近付いたピョコは、一度パールの顔を見上げてから、ごめんなさいとばかりに頭を下げた。

 目を合わせた時に見たピョコの表情からは、叱られてへこんでいるのではなく、パールに心配をかけたことを強く反省、あるいは悔いる色が最も濃かった。

 ただ相手をしょんぼりさせるのではなく、反省を強く促す言葉を選べるニルルなのだろう。ポケモン同士の言語はパール達にはわからないが。

 

「……ちゃんと反省してくれてるなら、いいんだよ。

 でも、こんなこともうやめてね? 私、ほんとに心配したんだから」

 

 ニルルがこてんぱんにピョコを叱ったこともあり、パールも重ねてピョコを強く批難する気にはなれなかったようだ。

 両膝をついてピョコと目線の高さを近付けて、赦しを含めた微笑みとともに、発する声色にもなじる強さは無し。

 もっとも、ピョコと再会できただけで心底ほっとする、汗だくのパールのその顔こそが、ピョコにいっそうの罪悪感を抱かせるのだが。

 こんなに自分のことを大事にしてくれる人を、こんなに心配させてしまったんだと痛切に思い知らされる方が、ある意味最も痛烈かつ覿面な報いである。

 

「もう……一人でどうしてこんな所まで来たの。

 とりあえず、ボールに戻って休……」

 

「――――ッ!

 ――――、――――――z!」

 

「え……ふえっ!?」

 

 一度ピョコをボールに戻そうと、葉っぱのシールが貼られたボールを取り出したパール。

 だが、すっかりしょぼくれていたピョコが一転、慌ててパールに何かを訴えるように声を出し、さらにはパールが手にしたボールを咥えて奪い取る。

 びっくりしているパールの手前、ピョコは自分のボールを咥えたまま数歩退がり、じっとパールの顔を見つめている。

 

「ぴ、ピョコ? えぇと……」

 

「~~~~、~~~~~~」

 

 にゅるるっとピョコのそばまで滑ってきたニルルが、そんな態度無いでしょとばかりに横からピョコに声をかけるかのよう。

 ただし、今度はニルルも強い批難の声や表情ではない。あんまり良くないよ、と諫めるようなその表情は、ピョコの行動に一定の理解を示しているとも見える。

 対するピョコも、言われる言葉には返す言葉が無いかのように弱い表情だが、それでも譲れぬ確固たる意思ありしの如く、小さく首を振っている。

 

「んんん……ピョコ、わかんないよ。

 と、とりあえずボール、返して? ね?」

「…………」

 

「――――!」

「わわっ!? 今度はパッチ!?」

 

 今日はパールのポケモン達も、みんな自己主張の激しい朝だ。

 ピョコに近付こうとしたパールだが、横から声を発したパッチにより足が止まる。

 しかもパッチはパールの前に立ちはだかって、今のピョコに無理に近付いちゃダメと言わんばかり。

 パールにはわからないことだらけだ。ニルルに諫められてパッチに擁護される、ピョコの真意を推察するのは、確かに相当難しい。

 

「~~~~……」

「――――――、――――」

 

 ニルルはパッチに近付いてきて、自分なりの意見を伝えるかのように静かに語りかけ、しかしパッチも反論するかのように鳴き声を返す。

 どちらも攻撃的な眼はしていないので、喧嘩しているわけではないのだろう。意見の不一致、ディスカッション。

 パールだけが置いてきぼりだ。本当に、ポケモンの言葉さえわかるなら、こんなにもどかしいことは無いのに。

 

「――――」

「――――?」

 

「――――――」

「…………」

 

 ピョコがパッチに近寄って、咥えたボールをパッチに差し出した。

 パッチはそれを口で受け取り、ピョコがパッチに何らかの意思を伝えるかのような声を発し、パッチも無言でそれに応じるのみ。

 そしてピョコは、パールの方にのそのそ近付いて、なるだけ近い距離でパールの顔を見つめ、口をもごもごさせてから。

 

「――、――」

 

「…………わかんないよ。

 ピョコが、何か、考えがあることだけは、わかるけど……」

 

 がぁ、がぁ、とパールに害意なく、嫌厭感ない声で語りかけたピョコだが、パールはそう返すので精いっぱいだった。

 自分のことが嫌いになっただとか、強い反発心を抱いているだとか、そんなわけでないことはパールにも伝わっていただろう。それだけは救い。

 一方で、ピョコの訴える何かがわからないもどかしさに、寂しさいっぱいの表情で返答するパールの表情は、ピョコの目尻を下げさせる。

 

 概ねピョコも、パールと同じ心境なのだろう。

 わかってもらえないこと自体への残念さより、言葉が通じ合えればどんなにいいかという、誰をも責めない儘ならぬ嘆き。

 人とポケモンだ。お互い、最初からわかりきっていたことのはずなのに。

 親しみ合い、かつてよりもずっとずっとお互いのことが好きになった今になってこそ、その当然がいっそう嫌になってくるのが、絆の生み出す功罪めいたもの。

 

「ッ――――!」

 

「ピョコ……!」

 

 それでも、自分の想いを誤解させたくなくて、ピョコはパールを真っ直ぐ見据え、力強い感情を込めた目で小さく首を一度縦に振る。

 そして、踵を返してパールに背を向けると、鋼鉄島の奥地へと向かう足をどかどかと駆けさせ始める。

 どんな言葉を彼に向けるべきなのか、わからぬままに思わず相手の名を呼ぶパールに、ピョコは一度立ち止まって振り返り、強い眼差しでもう一度頷く。

 

 見てろよ、と言う声がパールにも聞こえた気がした。でも、何を?

 わからないのに、そんなピョコの声が聞こえた気がするのだから、目は口ほどにものを言うというのは馬鹿にならない格言なのかもしれない。

 

「――――!」

「パッチ?」

 

 ピョコのボールを咥えたままだから、ややくぐもった声にはなってしまったが、パッチがパールに呼びかけて走りだす。

 前進するまま駆けるピョコを追う動き、そして振り返るパッチはパールに、ついて来なきゃと訴えるかのよう。

 

 儘ならぬまま棒立ちだったパールも、それに導かれるように走りだす。

 考えが纏まってもいないのに、大好きなポケモン達に促されると、迷い一つ無く行動に移れるのはパールの性格がよく現れたものだろう。

 そんな彼女を客観的に表すなら、信じる誰かには感情のままに従えるほど純真とも、未だポケモン達の後ろを追う頼りないトレーナーとも言える。

 解釈によって評価の分かれるポケモントレーナーだ。しかし、途上期とは得てしてそうしたものでもあろう。

 

「――――ひっ!?」

 

 駆けるピョコを追って走る形だったパールだが、遥か前方に見えた特徴的なシルエットを目にした瞬間、悲鳴じみた声とともに足が止まる。

 半生のトラウマ、あの羽の形、そして大きい。

 ゴルバットが真正面から飛来してくるその姿には、前のめりに駆けていた姿勢の重心が一気に後方にまで傾いて、足をもつれさせるパールの姿がある。

 

「あっ、あっ……!

 パッチっ、お願いぃっ!」

 

 パールの前にはパッチ、さらに前にはピョコ。ゴルバットは正面から。

 対ゴルバットの切り札とも言えようパッチに、迷わず、あるいは咄嗟めいて指示を出すパール。

 だが、ピョコのボールを咥えたままのパッチは、パールの指示に全く従わず、前方でゴルバットに対峙するピョコを見据えたまま動かない。

 

「――――z!!」

 

「ちょっと、パッチ!?

 何し……お願い行ってえっ! ピョコが危な……」

 

 毒タイプかつ飛行タイプのゴルバットとは、草タイプであるピョコにとっては相性最悪極まりない相手だ。

 ピョコだって、それはわかっているだろう。

 それでも俺がやる、という意図を明確に発した吠え声と共に、飛来してくるゴルバットに対して葉っぱカッターを発射する。

 

 やはりゴルバットに草タイプの葉っぱカッターは有効打ではない。

 羽を傷つけられて痛がる顔こそしたものの、むしろ怒らせたようでピョコへの飛来速度が加速。

 大口を開いてピョコに噛みつきにかかるゴルバットに、ピョコもまた体当たりするかのように突っ込んでいく。

 

「パッチ、ボール返して!

 ピョコを引っ込めなきゃ……!」

 

「――――!!」

 

 このままではピョコが傷だらけにされてしまうと、パールはパッチの咥えたボールを掬い攫おうとする。

 だが、パッチも譲らない。手を伸ばしてきたパールを跳び躱すようにして、ボールは渡さない。

 言い換えるなら、ピョコをボールに引っ込めることを許さない。

 

 パールにとっては緊急事態にも近いこの状況、まして言うことを聞いてくれないパッチに戸惑いを隠せない。

 対するパッチはボールを咥えたままで出せる限りの声を強く発し、首を力強く振るってパールの目を向けるべきものを示している。

 あれを見ろ、とばかりに促されたパールが目を向けた先では、ゴルバットがピョコに噛みついたところだ。

 あくまでただの"かみつく"攻撃だが、牙から毒素が流し込まれたらと思ったら、パールも血の気が引く想い。

 このゴルバットはレベルが高すぎないから良いが、確かに高レベルのゴルバットは"どくどくのキバ"の使い手も多いのだ。

 

 しかしピョコは噛みつかれたままで、洞窟壁面に向かって突っ走り、自分に噛みついたゴルバットを岩壁に叩きつけて振り落とす。

 地に足を着けた戦いが得意でないゴルバットは、なんとか身を浮かせて体勢を整える。

 だが、駆け寄ったピョコがゴルバットの羽に噛みついて、ぶんぶん振り回した挙句に放り投げて、洞窟の壁に叩きつけてしまう。

 痛そうなゴルバットに対し、さらに葉っぱカッターを飛ばしてばしばしと傷つける追撃だ。

 

 全身痛くてたまらないゴルバット、どんどん怒りを溜めてピョコを睨み返すが、強い眼差しを返すピョコの眼光には小さく舌打ちだ。

 苦々しい顔をしながらも逃げていくゴルバットは、これ以上は駄目、こちらの傷が深くなるだけだと、野生のポケモンの多くがするように賢明な判断を下した。

 その後ろ姿を見送って、ふんすと鼻を鳴らすピョコは、噛みつかれた首の痛みを少し意に介しつつ、それを顔に出さないようにしてパールの方を振り返る。

 その表情は、単に勝った誇らしさではなく、俺が勝ったところをちゃんと見たかと強く訴える想いの方がずっと強く表れていたものだ。

 

「ぴ、ピョコ……」

 

 唖然とするばかりのパールの目先、パッチがピョコの方へと駆け寄っていく。

 鼻を近付け、小さな鳴き声で会話するような二人だが、ややパッチの方がボールを咥えたままの口で、強い声を発していると見える。

 どんなやり取りをしているのかはわからない。だが、パッチがピョコに、パールの方に行ってあげてと促すような首の仕草は見せた。

 それに頷いたピョコが、パールの方にのそのそと歩み寄ってくる。

 

「――――」

「…………ピョコ、きずぐすり」

 

 パールに近付いたピョコはパールを見上げ、勝って得意気でもなく、心配させて謝るでもなく、見たかと言わんばかりの強く短い声を発していた。

 そして今のピョコの姿を、そばで冷静に見ればパールにもわかる。

 ゴルバットに噛みつかれた傷だけに限らず、甲羅も足も、よくよく見れば傷だらけ。

 ピョコに向ける言葉をすぐに見つけられなかったパールは、代わり、その傷を癒す行動に移るのでせいぜいだ。

 

 しゃがんでピョコの体に傷薬を吹きつけるパールは、生傷を前にしてふと思う。

 自分が目を覚ます前から、独りで鋼鉄島の野生ポケモン生息域をうろうろしていたピョコは、何をしていたのだろう。

 この姿を見て、確信できなければトレーナー失格だ。

 パールが眠っている間でも、自分だけで野生のポケモン達に挑み、強くなろうと努めていたに決まっている。

 相性最悪のゴルバットを相手取れば、交代する仲間もいないからそのまま頑張るしかない。傷も増えて当然だ。

 

 深い傷には薬が沁みるのか、しばしば小さく体を震わせるピョコだが、じっと踏ん張りパールを見つめる眼に普段の柔和さは無かった。

 ふとピョコの顔を見た時、パールの目に映ったのは、痛みに耐えてでも今より強くなりたいという意志を孕んだ男の子の表情だ。

 パールは同じものを、幼馴染のダイヤを通じて見たことがある。

 子供らしく無邪気に、いつかチャンピオンになるんだと陽気に語りながら、次第にその表情に子供ながらの真剣さが宿ってきた末の、あの表情。

 大人が見れば可愛いものかもしれないけれど。同い年のパールが見て、見てて心から応援したくなるような、強き意志に溢れたものだったはずだ。

 

「…………」

「……………………」

 

「――ピョコ、まだいける? まだ、頑張れる?」

「!!

 ――――――z!!」

 

 言葉を探して、探して、ピョコの求めていたものに辿り着いたパールの言葉に、ピョコは力強い鳴き声で応えた。

 ピョコの眼差しに、大きな変化はなかったけれど。

 そう言ってくれることを待っていたかのように、ピョコが発したパールもびくっとするような大きな声には、間違いなく歓喜の感情が溢れていた。

 

「…………ごめんね、ピョコ。

 わかったかも、しれない。

 あなたがどうして、そんな無茶をしちゃったのか。

 私のせい、だったんだよね」

「――――、――――――!」

「ううん、やっぱりわかるよ。わかったかも、じゃないよね。

 ピョコが私のせいにしたがらない子なのも、私知ってるもん」

 

 パールはしゃがんでいた姿勢から、両膝をついてしまう姿勢に変わり、ピョコの首に腕を回して頭全体をぎゅっと抱きしめる。

 やっぱり大好き。わかってしまえば尚更に。

 自分のせいで、ピョコがこんな無茶をしてしまったのは明らかなのに、お前のせいじゃないよと必死で繕う嘘つきさんが、愛おしくてたまらなくなる。

 

 昨日、丸一日鋼鉄島での修行に明け暮れた長い長い時間、幾度もの野生のポケモンとの遭遇、そんな中でパールは果たして何度ピョコを繰り出しただろう。

 ゴルバットにはパッチ、イシツブテ系統やイワーク系統にはニルルかミーナ。

 ピョコを出すのは、ニルルとミーナの両方が疲れていそうだという時、岩タイプの相手に遭遇した時程度である。

 それは何故なのか。鋼タイプのポケモン使いであるトウガンとの再戦を意識した時、軸になるのがその二人だからだ。

 トウガンとの再戦で勝利するためなら、鋼タイプに強く出られるニルルやミーナを強くなって貰うのが一番現実的なのも確かである。合理的な発想だろう。

 そしてその理屈を肯定することは、トウガンとの再戦において、鋼タイプに不利な草タイプのピョコは用無しと断じるにも等しい。

 

 決してパールはそんなつもりはなかったのだろう。

 だけど、ピョコだって敏感だ。

 パールが自分のことを要らないと思っているだなんて疑いはしない。それでも、絶対勝ちたい再戦において、自分の力を求めていないことはわかってしまう。

 悔しいじゃないか、そんなの。力になれないだけなら諦めもつくが、求められてすらいないなんて。

 最悪、トウガンとのバトルで出番が無くたって、ピョコにだって理屈はわかるし、パールの賢明な判断を批難することはしないだろう。

 だが、それが終わって新たな旅に出発する時、もしも集中的に育てられた仲間に置き去りにされ、広がった力の差を漫然と受け入れるなんて嫌だ。

 ニルルやミーナがパールにとって最も頼もしい枠に収まり、自分は最初のポケモンだからって可愛がられるだけ?

 そんな可能性、想像しただけで胸がじくじくするというのがピョコの本懐である。

 

「――――、――――……」

「昨日はごめん。

 ピョコは、頑張り屋さんだもんね。

 みんなが頑張ってる時に、自分だけじっとしてるの、嫌だよね」

 

 パールは抱きしめていた腕を離し、ピョコと真っ直ぐ向き合ってそう言った。

 ゲンの言うとおりだ。パールはつくづく、私はこんなに長くこの子と一緒にいたのに、ピョコのことをわかっていなかったんだと痛感する。

 

 だって、忘れ得ぬ数々のピョコとの日々を思い返せば、ピョコがどれだけパールに尽くしてくれる子なのかは明らかじゃないか。

 ナタネとのジムバトルにおいて、あの土壇場で進化して、ロズレイドを打ち破る勇姿を見せてくれて。

 スモモのアサナンを打ち破り、傷の残る体でゴーリキーの力強い攻めに打ちのめされながらも、根性を振り絞って二連勝を獲得してくれて。

 マキシのフローゼルに敗れた後も、完全に戦えなくなって尚も立ち上がろうとして。

 マーズと遭遇してしまったあの日、パールを傷つけさせることは絶対に許さないとばかりにボールから飛び出してきてくれて。

 ミオシティまでの道中でさえ、パールを背中に乗せて楽をさせてくれようとしてくれて。

 それだけパールに、尽くして尽くして尽くし尽くそうとしてくれてきたピョコなのだ。

 自分にこれほど献身的であろうとしてくれる誰かがいる。それは果たして傲慢な認識だろうか。事実を事実と認識して傲慢も何もあるはずがない。

 

 逆の立場だったらパールならどう感じるだろう。

 尽くしたい相手に、たとえ一時的にでも今日はいらないよと見限られるなんて、とても寂しくて悔しいことじゃないか。

 それは、この子達のためだったら何だって出来ると心から思えるパールだからこそ、パールのためなら何でも尽くすピョコと通じ合えるシンパシー。

 ここに確信を持てる間柄、無償の献身の意を心から信頼できる絆など、百年生きても果たして出会えるかどうかわからないほどの縁である。

 それを、人と人以上に、現実的に人とポケモンの間で誓ってくれるのが、純粋なポケモン達に出来て、考え過ぎてしまう人間には難しいこと。

 人とポケモン達が数百数千年の共生を歩んでこられた根拠とは、勘繰らぬポケモン達の純真さあってこそのものだと、一部のポケモン博士は力説するものだ。

 

 好意を向けてくれるポケモン達の感情を信じ通すこと。

 それこそが、トレーナーが持つべき心がけの中で、最も大切なものと言ってなんら過言無い。

 パールに才なるものがあるとすれば、一抹の疑いも無く、ピョコが自分のことを好きでいてくれることを信じられるその純真さなのだ。

 二流は気付けない。

 一流半は気付きかけても、そんな都合のいい話があるだろうかと疑う。

 三流はそんな絆なんて存在するわけがないと、他者の関係まで否定する。

 幼くも無垢な少年少女のトレーナーが、育成知識も人生経験も豊富なはずの大人のトレーナー相手に、どうしていつの世もどの地方でも勝ててしまうのか。

 確たる事実を正しく認識、信頼することが出来るか出来ないか。ポケモンバトルに限らず、それは常にそこへ分水嶺を生み出すほど重要なこと。

 

「――――」

 

「パッチ?」

 

 おでこでつんつんパールを横からつついてくるパッチが、咥えていたボールをパールに差し出した。

 もう大丈夫そう、とパッチなりに判断したのだろう。

 今のパールならボールを返しても、まだまだやりたいピョコの意に反して、彼をボールに戻したりしなさそうだから。

 

「うぅ、そっか……パッチも同じ気持ちだったんだ」

 

 思い返せばパッチだって、昨日はあんまり出番を与えられていない。パールも胸がちくちくする。

 まあ、こっちに関しては仕方ない。ゴルバット以外の生息ポケモンは地面タイプだらけなので、パッチにとっては相性最悪が過ぎるので。

 根本的に鋼鉄島は、電気タイプのポケモンを育成するのにだけは極端に向いていないのである。これは本当にどうしようもない話。

 もっとも対ゴルバットとして最右翼という形で面目は立っているパッチなので、彼女もそこまで気にしてはいないのであるが。

 

 むしろ特筆すべき点があるとするならば、パッチがピョコの意を汲んでの行動にまで移ったぐらい、彼に肩入れしたことだろうか。

 今もパッチはパールにボールを返したら、わかって貰えてよかったね、とピョコに鼻を擦り寄せて伝えつつ、前足でピョコの頭をぺちっぺちっ。

 私だって協力したぞ、感謝してね、と微笑むパッチに、ピョコも照れ笑い気味に会釈して感謝の意を返すかのよう。

 お互い、パールのポケモンになってから、初めてのポケモン同士の友達だ。特段、仲睦まじい二人である。

 

 パッチがパールの鞄に頭を突っ込み、自分のボールを咥えて出してきた。

 やりたいことはもうやった、ボールに戻って休みたいという意志表明だろう。

 パールは感謝混じりに微笑み頷いて、パッチをボールの中に収めた。

 

「ピョコ、行こっか。

 でも、もうそろそろ疲れてきたなぁって思ったら引っ込めるよ?

 それに、ゴルバット相手にもう無茶しなくていいからね?

 やっぱり相性が悪い相手に無理しても、ケガが増えちゃうばっかりだからさ」

 

「――――z!」

 

 もう大丈夫だろう。

 意を理解したパールには、トウガン対策にニルルとミーナばかりを育てるようなことはもうするまい。

 合理性を言い訳にした偏った育成なんて、自分達にとって嬉しくないものであるとわかってくれたパールの姿に、ピョコはようやく笑顔で応えてくれた。

 うん、行こう、と前に進み始めたピョコは、まだちょっとボールに入らず先鋒の位置で進んでいきたいみたい。

 まだまだやる気満々なピョコの後ろ姿に、パールも頼もしい彼の姿を改めて思い返しながら、追従するように前進していくのだった。

 

 ゴルバットに遭遇するまでは、ボールに戻らずバトルし続けるピョコ。

 メガドレインの使い手だ。そう簡単には引っ込まない。イシツブテやゴローンやイワークをむしろ体力回復の糧にして、ずんずん進んでいくばかり。

 トラウマコウモリが飛来して、わちゃわちゃ悲鳴を上げてたパールが、ピョコを引っ込めパッチを出すまで、実に長くピョコは戦線に居座っていたものだ。

 草ポケモンの育成環境としてはその実、鋼鉄島は有力な環境である。

 昨日までとは違う形で、パールは四人のポケモン達を、正しい形で育成する一日を歩み始めていた。

 

 果たして鋼ポケモン使いのトウガンとのリベンジにおいて、草ポケモンのピョコに日の目が当たるかどうかなんてわからない。

 そんな打算はしなくていいのだ。トウガンを打ち破った後だって、長い旅はまだまだ続いていく。

 今に限り最大の障害であり最終目標でめいている6つ目のジム攻略とて、本質的にはあくまで通過点に過ぎないのだ。

 目下の目標達成のために絞った育成に拘らず、みんな育てておいていい。必ず、何らかの形で結果に結びついてくるはずだから。

 

 間違いなくこれまで以上に自分のポケモン達と向き合い始め、鋼鉄島での泊まり込んでの修行に明け暮れるパール。

 夜長もまるで外界との電話する時間を、自分のポケモン達と語らう時間に置き換えるかのように、みんなと触れ合い、言葉を向けて過ごすようになった。

 やっぱり、ポケモン達の言葉を理解することは出来ないけど。

 パールの問いかけに頷いたり、首を振ったりしてくれるポケモン達の反応で、幾許だって心を通わせ合うことは出来る。

 習慣的だったプラチナと過ごす日々や、夜に誰かとの電話を楽しんでいた日々とは違う、貴重な時間を過ごせてはいるはずだ。

 昨夜は人と関わらない一日に多少の寂しさも感じていたパールだったが、もうそんなことも気にならなくなった。

 改めて、私にとって一番大切な誰かっていうのは、この子達をおいて他にはいないんだなと確信してしまえば、寂しさなんて感じようもない。

 

 

 

 パールが鋼鉄島での修行に見切りをつけ、明日帰るよとプラチナに電話したのは、鋼鉄島に来て7日目の夜である。

 ちょうど一週間だ。その期間でパールは、果たしてどれだけのものを得られただろうか。

 きっと、以前よりも強くなった自分のポケモン達、それ以上のものもある。

 電話越しに久しぶりのパールの声を聞いたプラチナは、見違えた顔つきになっていればいいなと、明日のパールとの再会が楽しみだった。

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