ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第77話   パールのリベンジ

 

「っはー! さっぱりした!

 気持ち良かったぁ!」

「帰ってきて最初にやることがそれなんだね」

「プラッチも一週間、鋼鉄島にこもってみたらわかるよ。

 やっぱ全然違うんだから」

 

 ミオシティに帰ってきたパール。

 朝の定期船に乗って船着き場に降り立ったパールと、早い時間から彼女を待ってくれていたプラチナは、一週間ぶりに再会した。

 お互い久しぶりの親友との対面にテンションが上がったものだが、まず真っ先にパールが行きたがったのはポケモンセンターである。

 医療施設を頼らない、休息によるポケモン達自身の治癒力に頼っていた島暮らしを明け、まずはポケモン達をリフレッシュさせるのが第一だ。

 

 が、パールがポケモンセンターに行きたがったのは、もう一つ大きな理由がある。

 お風呂に入りたかったらしい。ポケモンセンターのお風呂じゃなきゃ嫌と。

 鋼鉄島とて、キャンプ地に体を洗える場所がちゃんと用意されていたのであるが、パールいわくどうしても満足できなかったそうな。

 キャンプ地は外に近いから潮風がねばつくし、そもそも海に囲まれた島全域の湿度が高め。

 寝る前に体を洗っても、起きた頃には髪も妙にべっとりしていて、朝から体を洗わなきゃ落ち着かなかったそうだ。

 そして実のところ、キャンプ地の湯浴み場に置かれた石鹸やシャンプーは安物であって、最低限体を綺麗に出来ても少しべたつくという困りもの。

 無償で使わせて貰えるものだし、無いなら無いでもっと最悪なのでパールも苦言は躊躇っていたが、結局子供って素直だから思ったところは言っちゃう。

 鋼鉄島から帰ったら、ポケモンセンターのインフラ充実したお風呂で綺麗になって、さっぱりしたいとは早期から思っていたらしい。

 

 そんなわけでパールはよほど久しぶりのお風呂がたまらなかったらしく、かなりプラチナを待たせる長風呂っぷりだった。

 上がってきた頃には、ポケモンセンターに預けたピョコ達も、とっくのとうに完全回復済。

 ポケモン達のリフレッシュよりもトレーナーのリフレッシュの方が時間がかかるとは、まあまあ少ない珍事である。

 

「行こ、プラッチ!

 今度は勝つからね! 応援しててよ!」

「ん、楽しみにしてる。

 ずっと楽しみにしてた」

「……えへへっ♪」

 

 一週間の修行の成果を見せるんだと息巻くパールに、プラチナは一番嬉しい言葉を向けてくれた。

 見せたい相手は誰? トウガンに勝つことで、私達は強くなりましたと示したい? それもある。

 しかしパールにとって、私達これだけ強くなったよって姿を見せたい相手は、ずっと自分を応援し続けてくれたプラチナに他なるまい。

 前回の敗戦で、残念そうに慰めの言葉を向けてくれたプラチナに、あんな風に気を遣う顔をさせたくはない。勝った喜びを二人で共有したい。

 そんなプラチナの、この日を楽しみにしていたよと言ってくれる言葉は、今のパールを最も囃し立ててくれる最高のエールであろう。

 

 意気込み充分、体調万全、心身共に充実極まりなく。

 心も体も最高のコンディションで、煌めくほどの笑顔をプラチナに返したパールが、ミオジムに向かって歩き始める後ろ姿をプラチナは追う。

 一週間経って、前より強いトレーナーになって見違えたりするかな? なんて妄想もしていたプラチナだが、現実はやっぱりそうはいかないらしい。

 パールはいつものパールである。何も変わらない。

 子供は成長が早く、たった一週間とて特別な経験を経て、胸の内で何かが大きく変われば、顔つきだってどこか変わることは案外珍しくもないのだが。

 根っから感情に素直で、心情が表に出やすいパールをして、何も変わらぬ外面というのは、果たして成長したのか疑わしいという見方も無いではない。

 

 まあ、無理からず。

 パールの表情に最も先立つのは、友達が好き、ポケモン達が好き、大好きな誰かと一緒にいられればいつだって元気。それに尽きる。

 プラチナやピョコ達と一緒に楽しい旅路を歩んでいる限り、彼女は変わりようなど無いのである。

 ポケモントレーナーとしての顔つきが変わるのは、バトルフィールドの上だけで結構だ。

 

 

 

 

 

「あっ」

「あっ」

 

「ギャラドス!」

「ギャラドスデース!」

「誰がギャラドスかー!」

 

 ミオジムに訪れたパール。

 なんだか見知った二人を発見するや否や、向こうが揃ってパールを指差してギャラドス呼ばわりしてきた。

 モップを両手にジムを掃除していた男二人は、鋼鉄島でパールやゲンと遭遇した、元ギンガ団員の二人である。

 

「……ぷくくっ」

「あっ、プラッチ!? なに笑ってるのっ!」

 

「やっぱりギャラドスデース」

「すぐ怒りマース、暴れマース」

「うるさいだまれ~!

 あなた達が私を怒らせてるんだ~!」

 

 ギャラドス呼ばわりされて一秒で怒るパールの反応早さときたら、もはや打ち合わせ済みのコントのようでさえあり、しかもパールは素でやってる。

 妙に可笑しくなって、思わず笑ってしまったプラチナ。そこにも速攻で噛みついてくる。

 あの二人には鋼鉄島以来、すっかりギャラドスガールと覚えられてしまったようで、今後もその名で呼び続けられそうである。

 

「おおっ。

 なんだなんだ、騒がしいと思ったら久しぶりの顔だな」

 

「あっ……トウガンさん、おはようございます!」

 

「はっはっは、うむ、おはよう。

 ほんのついさっきまで吠えるようにわめいていたのに、その切り替えの良さは立派だぞ」

 

 騒いでいたら、ジムの奥からトウガンが姿を見せた。

 ご指摘のとおり、トウガンの姿を見ればすぐに気持ちを切り替えて、自分から駆け寄ってきちんと挨拶が出来るパールは立派であろう。

 ただ、二人やプラチナを相手にきゃんきゃん騒いでいた声は、生憎トウガンにも聞こえるほどのものだったようで。

 恥ずかしいところを聞かれていたことを突きつけられたパールは、うぐっと言葉を失って、耳まで真っ赤になってしまう。

 

「おーい、掃除は終わってるのか? まだだろ、遅刻の常習犯。

 きっちり終わらせるまで稽古はつけんぞ、よく励めぃ!」

 

「イエッサー! すぐに終わらせマース!」

「今日も色々教えて貰いマース! 楽しみデース!」

 

 パールが小さくなっている間に、トウガンはモップを持った元ギンガ団員の二人に呼びかける。

 良い返事。ちょっとお調子良ささえ感じる声ではあるが。

 しかし掃除を再開し、手際も真面目であるところを見るに、前向きな気持ちで掃除とやらに励めているのも確かと見える。

 

「あの二人、どうなったんですか?

 元ギンガ団員ってことで、捕まったりしてるんじゃないかなとも思ってたんですけど」

「騙されて使役されていたも同然の境遇を鑑みて、情状酌量の余地も有りと警察の皆様にも温情を頂けてな。

 執行猶予は免れなかったが、うちのジムで引き取って修行中だ。

 これで正しい道を歩めるようになってくれれば、人生やり直しは成功だな」

「ん~、よくわかんないけど……

 悪いことしないようになってくれるんだったら、それでいいのかもですね」

 

 悪いことして警察に捕まったら、牢屋にポイされるものだとしか思っていない子供のパールには、執行猶予の概念がわかりにくいようだ。

 とはいえ案外、悪人なんてみんな牢屋にずっと閉じ込めちゃえってなほど、一偏寄り思考はしていないようで、この司法判断にも首をかしげてはいない。

 反省し、更生するならそれが最も望ましいと考える社会の造りに対し、パールの考え方は相性が良さそうだ。

 

 あの二人がジム生入りを希望していることと、トウガンが人格者であると社会的に信頼されていることも踏まえ、引取人としても都合は良かったらしい。

 元々あの二人は外訪者かつ、ギンガ団を寄る辺にしていたため、ギンガ団を抜けてしまうと住所すら不定の身分。

 正しい社会常識を改めて身に付けることと、下宿させて貰える場所の確保という両方の面においても、ミオジムは最適解であったと言える。

 執行猶予の身分なので、馬鹿をやらかせば今度は本当に実刑送りだが、トウガンのお膝元にいる限りはそんなことも起こるまい。

 仮に変な気を起こしたとて、何があろうとトウガンがそうはさせないだろう。トウガンとて、責任を以って二人を預かる覚悟を決めている。

 見方を変えると、かつては社会悪であった者達であっても受け入れて、正しい道へと導こうと決意したトウガンの器も窺えようというものだ。

 

 今あの二人は、ジム生の見習いとして掃除係などの当番をこなしながら、トウガン直々に基礎的なことを教えて貰っているようだ。

 他ならぬ二人が望んでいたことは叶えられているのだ。今、二人は満たされている。妙なことなど起こすまい。

 時を経て、かつての罪を本当の意味で悔い、真っ当なポケモントレーナーとして再起できた時、更生は果たされたと社会にも評価されるだろう。

 トウガンも二人が社会に少しでも早くそう認めて貰えるよう、追って彼らと共に街の公共事業の手伝いに取り組もうとするなど、プランは立てているそうだ。

 一度道を間違えた二人の元ギンガ団員だが、いつか真っ当なシンオウ地方の住人へとなっていけるのであれば何よりである。

 

「さて、今日は何の用だ?

 君の口からはっきりと聞かせて貰いたいな」

「はいっ! リベンジに来ました!

 今日は負けませんよ!」

「うむ、いい声だ! 自信に満ちている! 楽しみだな!」

 

 一週間ぶりにパールと会ったトウガンだ。

 その間、勝つための努力をしてきたであろうことは間違いなく、果たして今日はどんな策を引っ提げてきたか。

 背の高いトウガンを見上げ、ぎゅっと握った右拳を胸の前に、必勝を志すパールの眼差しと強い声は、トウガンに強い期待を抱かせる。

 ジムリーダーにとって、強い挑戦者との邂逅に勝る喜びは無い。

 

「そこの二人も掃除は中止だ! 観戦席に来い!

 お前達がからかっている女の子が、どれだけ強くて立派なトレーナーか、その目に焼き付けて勉強させて貰うことだな!」

 

 一度こてんぱんに負かした相手に対して、いかんせん買いかぶるような発言に、パールはちょっと委縮して表情が硬くなった。

 だが、トウガンはパールを信頼している。彼女がこの一週間、どこに赴いていたのかぐらいは、友人であるゲンにも聞いているのだ。

 そして一週間の修行を経て、一度あれだけ敗れた相手に、今日は勝ちますと言ってのけたパールには、その自信を裏付ける何かがある。

 前回のような一方的な展開にはならないはずだと、勝負する前からトウガンはほぼ確信しているのだ。

 

 今日こそはパールが勝つ姿が見たい、と期待を高めるプラチナがいる。

 トウガンもまた同様に、あるいはそれ以上に、一皮剥けた彼女とぶつかり合うこの後が楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子、前にトウガンさんに負けているのでショ?」

「今日もきっとけちょんけちょんにやられマース。

 だってトウガンさんは、すごく強いデース」

 

 観客席でプラチナの隣に並んで座る元ギンガ団員の二人は、割とパールを見くびっている模様。

 あなた達そのパールにボロ負けしてたでしょ、とでも突っ込みたくなるプラチナだが、流石にそうは言わないよう言葉を呑み込む。

 あんまり進んで人の自尊心を傷つけるものではない。プラチナって根本的に、誰に対しても優しい子。

 

「でもパール、リッシ湖でギンガ団の幹部さんを退けてますよ。

 サターンでしたっけ? 仮面かぶった金髪の人」

 

「なにッ!? 流石にそれはウソでしょ!?」

「サターン様はトウガンさんよりきっと強いはずデース!

 何かの間違いのはずデース!」

「間違いじゃないよ、僕それ見てましたから。

 あんまりパールのこと甘く見てると、これから腰抜かされますよ」

 

 マキシとも戦った後のサターンのポケモンたった一匹を、なんとか二人がかりで退けただけなのだが。

 別にパールが一対一で勝ったとは言ってない。そこは伏せて凄そうに語る。

 二人だけでざわめくギンガ団の驚嘆した顔を見られて、パールを馬鹿にする口を止められればプラチナは満足のようだ。すかっとした。

 

「ジムバッジは変わらず5つだな?

 3対3のバトルだ、準備はいいか?」

「はいっ! 最初の子はもう決めてきてます!」

 

 広く、四本の太い柱をそびえ立たせたバトルフィールドを挟んで対峙するパールとトウガン。

 お互いの手には、既に先鋒のモンスターボールが握られている。

 どちらもどこか、体勢は前のめり。開幕が待ち遠しい。

 

 一度敗れた相手に今日は勝つという、最高の結果を得られるはずであろうだけのものを培ってきたパール。

 それが、早く見たくてたまらないトウガン。

 ギャラリーがどれだけこの勝敗に強い興味を持とうとも、論ずるべくもなく、バトルの当事者が抱く想いの熱さを越えられはしない。

 さあいくぞ、と、パールがはあっと強い息を吐き出したその姿を、トウガンは挑戦者の熱が最高に高まった瞬間と受け取った。

 

「いきます! トウガンさん!」

「おお、かかってこい!

 その熱き魂、ジムリーダーとして全身全霊で受け止めよう!」

 

「頼んだよ! ミーナ!」

「行くぞ! トリデプス!」

 

「!?」

「うそっ!?」

 

 互いが先鋒の名を発し、ボールのスイッチを押したその瞬間は、プラチナもパールもまず驚愕だ。

 バトルフィールドでは、小さなミーナと大きなトリデプスが対峙する。

 前回のバトルでは二番手に登場、そしてパールのポケモンを三人纏めてなぎ倒したトリデプスは、パールもそれがトウガンの切り札だろうと考えていたはず。

 それが、まさかの初手登場である。まずここから想定外の展開が始まっている。

 

「今回も二匹目か三匹目だと思ったか?

 そうだと思っていたなら、この時点で君のプランは総崩れだな!」

「うぐぐっ……!

 リベンジの時はそういうのもあるんだ……!」

 

 前回のバトルとは違う流れを作り出し、相手の裏をかくという戦法を、繰り出すポケモンの順番で編み込むのは二戦目以降にしかないこと。

 そして、最初のポケモンはそれが出来る最大の好機である。

 やはりトウガンは一筋縄ではいかない。パールのような、態度や表情から裏を読みにくいタイプのトレーナーにも通用する駆け引きを選び取っている。

 

「さぁて、どれだけ強くなったかお手並み拝見といこうか!

 トリデプス、お前らしく出迎えてやれ!」

 

「っ、ミーナ! 一気にいっちゃえ!

 ぶっこわせえっ!」

 

 トウガンの指示を受けたトリデプスがぶるっと体を震わし、ミーナが力強く地を蹴ってトリデプスに迫る。

 迷い無き最速の走りから跳んだミーナによる、足を突き出した跳び蹴りは、広いトリデプスの顔面に勢いよく直撃だ。

 トリデプスには痛烈に効く一撃である。トウガンもよろめくトリデプスも、あまりに猪武者な戦法を真っ先に打ってきたパールには少し驚きだ。

 

「ほほう、思い切りがいいな。

 だが、何度も通用すると思わない方がいいぞ!」

「わかってます、結構どきどきしましたから……!

 でも正解でしたよね! ミーナっ、いいよいいよー!」

 

 トリデプスが初手で選んだ技は"てっぺき"だ。守りを固める技の一つ。

 全身の硬度と強度を高めるこの技を繰り返せば、物理的な攻撃ではまったく沈まない、まさしく要塞めいた守備力を誇るトリデプスとなろう。

 先鋒にトリデプスを選んだトウガンは、物理的な攻撃手段しかないミミロルを相手に、今のうちにこの技を積んでおこうという目論見もあった。

 

 一方パールだって、この日のためにトリデプスというポケモンが、どんな技を得意とするかは充分に研究してきているのだ。

 鋼鉄島で外界との連絡を取り合わない合宿生活でも、ポケッチを頼りに調べものは出来る。

 前回あれだけ煮え湯を飲まされたポケモンに対し、何の調べも加えてこないことの方が、むしろあり得ないぐらいだろう。

 自分と相手のポケモンを見比べた時、"てっぺき"を使われ得ると見て、思考時間も最速に初手特攻を指示したパールは、どんぴしゃの判断力である。

 ましてや前回、メタルバーストというカウンター技の脅威性をあれだけ見せつけられたにも関わらず、その判断はかなりの勇気が要ったであろうに。

 それも含めて、トウガンは感嘆しているのだ。駆け引きに打って出て、しかも成功する挑戦者になっているではないか。

 

「調子に乗らせるわけにはいかんな……!

 トリデプス! こちらも攻めていくぞ!」

「ミーナっ、当たらないように頑張って!

 そんで、好きな時に跳び蹴りしちゃって!」

「ほう……!? 指示放棄か……!」

 

「ええっ、パール!?」

「なんですか、あの指示は~!?

 勝つ気があるんデスカ~!?」

「やはりあの子がトウガンさんに勝てるとは思えまセーン!」

 

 到底ポケモントレーナーらしくない発言にプラチナもびっくり。

 野次めいた声を発している元ギンガ団員の二人も、正直なところ意図不明の指示には驚きの方が勝っているだろう。

 

 攻めろと言われてラスターカノンを発射するトリデプスに、それを跳んで跳ねて躱すミーナの姿が、バトルフィールドには展開される。

 その光線はやはり速い。ぎりぎり躱したミーナだったが、目で追い続けざまに二発目を撃ってくるトリデプスのラスターカノンには足を焼かれる。

 あぢぢとばかりにぴょんぴょんしながら、いっそう闘志に火をつけるミーナは、衰えの無い跳ね足でトリデプスとの距離を詰めていく。

 言葉こそ発しないながら、まばたき一つせず戦況を見つめて拳を握りしめたパールの姿には、指示を捨ててでも何かを掴もうとする意志が垣間見えている。

 トウガンもまた、戦況そのもの以上に、そんなパールの姿に着目して訝しさと警戒心を強めている。

 

「ッ……、――――――z!」

 

 三発目のラスターカノンをヘッドスライディング気味に潜り込んで躱し、耳をじゅうと焼かれるような痛みに耐え、くるんと立ち上がったミーナ。

 両足が床に着いた瞬間に、蹴ってトリデプス目がけて跳んでいくミーナは、宙で身体を回して足をトリデプスに向けている。

 どんな体勢からであろうと、足を下に着地さえ出来れば攻撃に移れるこの身のこなしは、ミーナの有力な武器の一つだ。

 

「ッ、ッ……!」

「撃て! トリデプス!」

 

「ミーナっ! まるくなって!」

 

 トリデプスにはダメージも深刻であろう跳び蹴りは、屈強なあの体がのけ反りそうになるほどきつい。

 だが、その顔面に飛び蹴りを突き刺して大きく離れるミーナに対し、トリデプスが選ぶ最も強烈な反撃手段。

 受けた衝撃をぐっと自らの内に溜め、彼方より聞こえる地響きめいた重い轟音を発して震えるトリデプスは、回避不可能のリターンショットを撃つ二秒前。

 

 その身に受けたダメージを拡散放射するメタルバーストの衝撃波は全方位に及ぶもので、到底躱せるものではない。

 いっそ回避を諦めた割り切り、ミーナに防御体勢を促すパールだが、トリデプスが発したレーザー状の衝撃の一つが、丸くなったミーナに突き刺さる。

 ガードしたってこの衝撃は、対象の体の芯まで突き刺さる強烈なものだ。

 蹴飛ばされたかのように吹っ飛ばされたミーナが、受け身ままならずの腹這いに倒れた姿には、パールも表情が歪みそうではあった。

 

「っ……ミーナ! 頑張って!

 信じてるよ! ミーナはまだまだやられる子じゃないもんね!」

「ッ……、――――――z……!」

 

「なるほど、掴んできたようだな……!

 トリデプス、容赦するな! 畳みかけろ!」

 

 ミーナがパールの言葉を聞いて、わかってるよ何くそと意地っ張りな表情あらわに、ぴょいんと立ち上がった姿がトウガンには厄介に映った。

 立った瞬間のミーナが少し後ろにふらついた姿からも、それなりに足にまでくるダメージがあったのは確かであろうに。

 痛烈なダメージを受けた直後のミーナが、意地っ張りな、言い換えれば最もテンションを回復させて再起する言葉をパールは選べているということだ。

 間違いなくパールは前回とは違う。違い過ぎる。トウガンの指示にも力が入る。

 

 ラスターカノンを容赦なく撃つトリデプスに、ダメージを受けて少し動きの悪くなったミーナの回避は不完全だ。

 光線のように速いラスターカノンは、最速でないミーナに回避を許さず、ばちり、ばちりと撃つたび逃げ回るミーナを焼く。

 蓄積するダメージに表情を歪めながら、それでもミーナはトリデプスとの距離を少しずつ近付けていって。

 ここまで近付けば一番いい威力の跳び蹴りを当てられる、という場所まで再び到達するのもまた早い。傷負えど目を瞠るステップワークである。

 

「甘いな、そうはいかんぞ……!」

 

「――――――!?」

「うぁ……!? ミーナ!?」

 

 さあ行くぞ、とトリデプスを真っ向見据えたミーナの側面から、突如ラスターカノンの光線が突き刺さる。

 トリデプスが発射したラスターカノンが、鋼の大柱から反射して、思わぬ角度からミーナに襲いかかってきたのだ。

 急所に当たるにも等しい直撃、さらに当たるたび敵の体力を殊更削ぎ落とすラスターカノンの性質上、今のミーナにとっては痛烈だ。

 倒れまいと、横倒れになりかけた体をなんとか、開いた足に力を入れてぎりぎり踏ん張ってこらえるミーナの姿がある。

 

「鉄壁だ!」

 

「ミーナっ、頑張れえっ! とびげり!」

「……ッ、――――z!」

 

 今こそそれだと見極めて、二度目の鉄壁で防御を固めさせるトウガン。

 指示を隠さなかったトウガンの声は、パールの焦りを誘い出すためのものだ。

 そしてトウガンの思惑どおり、パールの指示を受けたミーナが、ぐっと地を蹴りトリデプスの顔面に飛び蹴りを突き刺してくる。

 

 今度も真正面から受けたトリデプスだったが、身体の傾きは先程より小さい。

 二度目の鉄壁が成功している証だ。いっそう強くなっている。

 反面、無茶な体勢から急いた一撃を食らわせたミーナは、相手を蹴って後方跳びしたその場所で、苦しそうに腰を沈めるほど消耗しきっている。

 

「トリデプス、リフレッシュするぞ」

 

「ううぅ……!

 ミーナっ、もう一度とびげりっ……!」

「――――z……!」

 

 躊躇いめいた声が僅かに入ったが、パールは正しい指示を下していた。

 トリデプスの言うリフレッシュとは、"ねむる"に続いてカゴの実で目を覚ますという、一回限りの完全回復手段。

 目を閉じたトリデプスの無防備な身体を前にした短い時間を、一矢報いねば儘ならない局面である。

 

 パールの指示どおり、ぐっと足元を踏みしめて地を蹴ったミーナは、ぱちりと目を開けた直後のトリデプスに、特効の跳び蹴りを直撃させることに成功した。

 だが、"てっぺき"二回で頑丈になったトリデプスには、当初ほどの大きなダメージが通らない。

 そして苦しいコンディションで、ただでさえ頑丈な敵を蹴り続けて足がじんじんするミーナの真正面、覚醒したトリデプスが攻撃体勢に移っている。

 

「とどめだ! ラスターカノン!」

 

 もはや躱す体力も無かったミーナは、真正面から放たれるトリデプスの光線を胸に受け、焼かれるような痛みとともにフィールドに倒れた。

 パールは自分の胸を、服ごとぎゅうと握らずにはいられなかった。いたたまれないほどの姿だ。

 無茶をさせた自覚があるからだろう。だが、それも確たる意図あってのことだ。

 自分は間違っていないはずだという、そんな願いに縋るような想いで、パールはミーナのボールのスイッチを押す。

 

「……ありがとう、ミーナ。

 絶対、絶対、勝つからね」

 

「……らしくないな、パール。

 犠牲戦術なんじゃないの……?」

 

 ミーナを強攻的に戦わせるパールの戦法は、そんなミーナの戦いぶりを通じて、トリデプスの何かを見極めようとしていたものだとプラチナにも察せた。

 だが、そんな捨て駒めいた戦い方って、パールの好むバトルスタイルだろうか。

 絶対に違う。少なくとも、プラチナの知るパールはそんな子じゃない。

 鋼鉄島で特訓してきたパールだが、その一週間で、彼女もプラチナの知らない別の一面を得てしまったということなのだろうか。

 

「可哀想デスねぇ、あのミミロル。

 まるで捨て駒デース」

「そこまでして勝っても……」

 

「うるさいよ、二人とも……!」

 

 冷ややかな声を発する元ギンガ団員の二人に、プラチナは黙れと言わんばかりの声を強く発していた。

 お前らが言うなの感情もあったが、元々プラチナはパールに対して思い入れも強い。馬鹿にするようなことを言われれば腹も立つだろう。

 加えて、そんな二人の言い分も理解できなくはないだけに、もやもやした感情もあるというものだ。

 プラチナも心乱されるパールの戦い方が繰り広げられているが、当のパールは次鋒の入ったボールを手にし、既にトウガンに力強い眼差しを向けている。

 

「……トウガンさん。

 私達、絶対に負けませんから」

 

「ふふふ、どうかな?

 そう簡単には……」

 

「ぜったい、絶対、ぜえったい……! 負けませんからね!!」

 

 それはまるで、性分とは違う犠牲戦法を取ったことにより、ここまでした以上は負けられないとでも言わんばかりの強い主張。

 仮に本当にそうであれば、この先の展開は精神的な余裕の無さにより、パールが劣勢と言ってもいいぐらいの一幕である。

 "らしくない戦い方"というのは、潜在的に、そうしたリスクを孕むものにも違いないのである。

 

 だが、この時のパールの眼はそうではなかった。

 充分に、勝ちの目を信じて希望溢れるパールの、絶対に勝ちますからというパールの声には、自信が溢れていたのである。

 これは、らしくない戦法を取った後ろめたさによって怯むトレーナーの瞳ではなく、先鋒の紡いでくれたものの価値を信じてやまぬ希望の眼。

 プラチナも、無性に、自らの心配は杞憂であったと思わされる心地だ。

 

「いくよ! ピョコ!

 びっくりさせてあげようね!」

 

 この時、パールは珍しく、スイッチを押したモンスターボールを頭上に投げ上げた。

 いつもボールからポケモンを出す時は、手放さないままスイッチを押していた彼女がだ。

 放り投げられた高所から飛び出してきたピョコが、勢いよくバトルフィールドに降臨し、中身が空になったボールは落ちてきて彼女の手元に収まる。

 そこには確かに、プラチナもトウガンも、びっくりするような光景があった。

 

「――――――――――――z!!」

 

「うそ……!? 進化してる!?」

 

「ドダイトスか……!

 前回のバトルで出してこなかったところを見ると、この一週間で新たに進化したというところだな!?」

 

 その姿に進化して、初めてのジムバトル。

 気合充分のピョコは、その意気を自らに、敵に、そして何よりパールに主張するかの如く、長く大きく強い声で吠えていた。

 それは鋼色で重々しいこのバトルフィールドさえ、びりびり震えるほどの咆哮だ。

 ほんの十数秒前にはパールを小馬鹿にしていた元ギンガ団員の二人など、その咆哮ですくみ上がるほど。

 

 鋼鉄島の特訓で、ハヤシガメからドダイトスに進化していたピョコ。

 大きくなったその体は、巨躯のトリデプスと対峙して何ら遜色ない、まさしく今のパールにとっての切り札たる風格を醸し出している。

 その立ち位置に恥じぬよう、無様な戦いぶりなど絶対にしてなるかと昂るピョコは、ぎらりとした眼でトリデプスを睨みつけていた。

 只ならぬ闘志の持ち主であることを感じ取るトウガン。あの眼差しを見てそう感じられぬようでは、ジムリーダーなど一生務まるまい。

 

「いいだろう、かかってこい!

 培ってきたその力、余すことなく見せてみろ!」

 

「ピョコ! 信じてるよ!

 一緒に頑張ろうね!」

「――――z!」

 

 パールの声に応えるピョコの声は、短いながら先の咆哮にも劣らぬほど大きかった。

 打ちのめさんばかりの敗北をパールに刻み付けた最大の立役者たるトリデプスを前に、ピョコの闘志は底知れぬほど高まっている。

 あの日と違う結末を、俺の手で。そう心に刻みつけてバトルフィールドに立つピョコの決意は、この場にいる全員に伝え果たすほど強い。

 トウガンにも、プラチナにも、無論パールにも。

 そしてポケモンの感情など読み取るには乏しいほどトレーナーとしては未熟な、元ギンガ団員の二人にさえもだ。

 

 一度敗れた相手に雪辱を果たさんとミオジムに訪れた、パールにとっての最大の勝算。

 自身がそうだと信じられているのだと、過去最も実感するピョコの眼光は、間違いなく今までで最も燃え盛っていた。

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