「ピョコいくよー! じしん!」
「――――z!」
「早速か、っ……!」
「うわわわわっ……!
出し惜しみしないね……!」
パールのピョコへの第一指示は、ドダイトスに進化したことで得た、いま最大級の大技だ。
前脚ふたつを振り上げて、鋼の床をもへこません勢いで振り下ろしたピョコの太い足が、バトルフィールドいっぱいに衝撃波を走らせる。
次に起こるフィールド全体の大きな縦揺れは、観客席にまで及んでプラチナや元ギンガ団員の二人もわたわた。
トウガンさえもがまともに立っていられず、シャベルを杖代わりにした上で片膝をついたほど。
パールははじめっから立ったままでいることを諦めており、進んでその場でぺたん座りである。潔い。
「ピョコいっけ~!」
「――――!」
「むうぅ……!」
大きな揺れに動じないのはピョコとパールだけだ。
激しい振動の中にあって、自分だけ揺れを無視する脚の如くどかどか勢いよくトリデプスに突っ込んでいくピョコに、相手は回避行動を取れない。
がたつく足元に膝さえつきそうな中で、回避行動はおろか踏ん張りすら利かない中で、巨体のドダイトスに迫られるトリデプスの危機感たるや。
このままぶつかられたら甚大なダメージを受けることを、他ならぬトリデプス自身が一番意識しているはず。
「っ、ピョコやっぱりギガドレイン!」
「――――!」
「なにっ!」
だからこそ、メタルバーストで構えているのだ。
トウガンはそんな指示を出していない。それでも、絶対やってる。
このいかにもな好機を棒に振ってでも、パールが指示したことにピョコは迷わず駆け足にブレーキをかけ、吸収技に切り替えた。
威力は高くない。しかし、岩タイプを複合するトリデプスに効き目はまずまず。
んぐっ、という程度に目元を歪めたトリデプスは、仕方なく低い威力へのカウンターとして、メタルバーストを発動させるしかない。
大きなエネルギーを敵方から蓄えられなかったメタルバーストは、全方位に放射するその光線状の反撃エネルギーも、太さが足りず威力不足である。
「正しい判断だったようだが、少々用心が過ぎるんじゃあないかね……!
そんな逃げ腰が続くようなら怖くはないな!」
「いーえ! ぜったい今のはメタルバースト待ちでした!
トウガンさんのトリデプスはそういうやつだっ!」
「ほほう、確信があったというのか……!?」
「指示なんか出さなくても、トウガンさんのトリデプスは賢いから自分で判断するんでしょ!
私もそういう子達ばっかりだから、よ~くわかります!」
「パール、せめて立とうよ……得意気な顔するのはいいけど……」
もうわかってるんだぞ、と確信を口にするパールは強気の声と表情だが、揺れがおさまった今も立たずに座ったままだから微妙に格好ついていない。
この後もどうせ何度も揺らすつもりなのだろう。その都度立って座ってを繰り返すのを放棄しているらしい。
今後も毎回、ピョコを出した公式戦はこうしているつもりなのだろうか。はてさて。
「まあ、正しいんだが……」
強気の態度と体勢がアンバランス過ぎてトウガンも苦笑気味だが、頭をかいてそう発する声は、厄介なところをしっかり見抜かれたなという表れだ。
トウガンへのリベンジを意識していた鋼鉄島でのパールは、あのメタルバーストに関しても、あれこれ考えたものだろう。
何せ最重要警戒対象のカウンター技である。いつあの構えを取られるか、見極められなくてはトリデプスを攻略しづらい。
しかしどれだけ前回のバトルを思い出しても、トウガンがトリデプスにメタルバーストを指示していた場面が一つも見つからなかった。
トウガンの指示による、メタルバーストの発動タイミングを何とか割り出そうとする挑戦者は、この時点で詰みである。
だって実際、トウガンはメタルバーストの指示なんて出していないのだから。
パールも正直なところ、確信ではなく仮説止まりだったが、トウガンがメタルバーストの発動を、トリデプスの自己判断に一任しているのが実状なのだ。
それは、そもそも自分から攻めに回ることを、あのトリデプスは得意としていないことに端を発している。
つまりあのトリデプスにとっての最大の攻撃手段とは、受けたダメージを膨らませて返すメタルバーストに他ならないのだ。
堅牢なトリデプスをどうにか打ち崩そうと、相性なども意識して高い威力の技を繰り出そうとするトレーナーの多いこと多いこと。
トリデプスの頑強さそのものが、メタルバーストの好機を作り出す撒き餌にもなっている。それがトリデプスの"型"ということだ。
だったら、指示を発してそれを聞く一秒未満の時間すら惜しみ、バトルフィールドにて最速の自己判断を下せるトリデプスに全て任せた方が確実だ。
あのトリデプスは、戦略と自らの型を理解し、それが出来る賢さがある。トウガンとトリデプスには、その信頼に基づいた戦略が成り立っている。
「とはいえ、それでメタルバーストを攻略したつもりになっているなら面白いな!
私のトリデプスは、君のドダイトスの強力な一撃を何が何でも撃ち返すぞ!
まして"じしん"など、次の攻撃が見え見えだからな!」
「わかってます……!」
しかし、パールは真実に辿り着いた一方で、メタルバーストによる反撃を防ぐ明確な対策を編み出せたわけではない。
むしろ賢いトリデプスの自己判断による最速メタルバーストは、完璧に封じることの方が難しいという事実に気付かされただけである。
そしてピョコがトリデプスに対し、最も大きなダメージを与える"地震"は、メタルバーストとの相性が最悪と言っていい。
揺れだけでダメージを与えられるならまだしも、そんなわけがないんだから。
そもそも"じしん"という技は、激しい揺れによって相手の踏ん張りを利かなくさせて、殆ど無防備の状態に物理的な攻撃をぶちかますことで高い威力を出す技。
どんなに屈強なポケモンだって、例えば片足で立ってふらふらの状態で攻撃を受ければ、ただの体当たりであっても踏ん張りが利かず吹っ飛ばされる。
だから自身の体重と重心を日頃から意識する、中身の詰まった岩タイプや鋼タイプのポケモンは、地震で重心をめちゃくちゃにされると殊更にきつい。
要するに、地震は次の攻撃を必中かつ高威力にする技とでも考えればいいものであって、揺れている間の"次"が必須である以上、カウンター技との相性が悪い。
今からいくぞ、と予告するも同然の揺れは、相手に構える時間を与えることを避けられないのだ。
「だからピョコっ、ギガドレインだよね!」
「――――!」
「かぁーっ、やはりな!
風向きが悪くなってきたぞ!」
ピョコは後退してトリデプスから距離を稼ぐと、離れた場所からでも相手の体力を吸い取る技を発動だ。
トウガンも大声で参ったねぇの声を出すが、ややその表情は笑みを含む。
同じことをする挑戦者は多いのだ。メタルバースト対策を捨て、遠距離特殊攻撃に切り替えるチャレンジャー達。
パールがそれらと一線を画すのは、対策未解決のままその戦法に逃げるのではなく、本質を見抜いた上でその戦術を選んだこと。
諦観でも暫定でもなく、それが正解と確信した戦い方は、迷いあるままその手段を取った相手より何倍も怖い。底が見えないからだ。
「だが、甘く見てくれるんじゃあないぞ!
トリデプス、今度は攻めだ! お前の力を見せてやれ!」
「――――!」
「来るよピョコ! なるべく当たらないように頑張って!」
「――――!」
さて、こうなるとトリデプスも待ちの姿勢を一度崩し、攻めに回らねば勝てない図式。
じっとしていたら吸われるだけ吸われて終了、ましてメタルバーストで反撃したところで、相手は吸収で体力を得ているからダメージレースで不利も不利。
ラスターカノンの出番である。大柄になって的の大きくなったドダイトスへ、トリデプスはその広い顔から鋼色のレーザーを発射する。
どかどか激しい足音を鳴らしながらバトルフィールドを駆け、ラスターカノンの直撃を躱さんとする。
鈍重そうに見えたって、歩幅の大きくなった巨体である。走れば亀の見た目よろしく遅くなんてない。
駆けるピョコに顔を向け、狙い目つけて撃つトリデプスのラスターカノンを完全回避するのはそもそも難しく、甲羅や足を焼かれる場面もある。
しかし止まらないピョコにレーザーが当たり続け、じゅううと熱に焼かれる致命的な場面は訪れない。ダメージは決して大きくない。
「ピョコいける!?
走りながらでもギガドレイン、出来るよね!」
「――――z!」
「我慢比べの様相だな……!
その代償は高くつくぞ!」
ラスターカノンを発射しながら、ピョコを追うように顔を動かすトリデプスの光線は、ピョコに躱されるたび鋼色のフィールドにぶつかり乱反射。
ぴかぴかと眩しいフィールド一帯の発光に、パールはもちろん観客席の三人も目が痛い。慣れているのはトウガンだけ。
左目をぎゅっと閉じて、右の薄目でなんとか戦況を見極めようとするパールは、それだけでかなり必死になる。
ピョコの激しい足音が響き渡り、ラスターカノンのフリッカーが猛威を振るうバトルフィールドは、見る者もやり合う者にも試練を与える戦場だ。
「――――z!」
「わかってる!
ピョコ、絶対勝つんだよね! 続けて! ギガドレイン!」
「トリデプス、逃がすなよ!
攻めに回っても強いお前の姿を見せてやれ!」
「――――z!」
観る者にとっては眺めるだけで目が痛むバトル。
その舞台に立つ者達は、その苦痛を乗り越えてでも、勝ちを掴み取るんだという情熱をいっそう燃え上がらせて戦っている。
眩しいだろうけど頑張ってくれ、と吠えて訴えるピョコに、パールも応えて強い声。
本来得意ではない攻め一辺倒の戦術を強いられても、だからって易々と負けるお前だと舐められたくはないと訴えるも同然のトウガン。
咆哮を返すトリデプスも同じ気持ちだということだ。俺だってジムリーダーの切り札だ。
どんどん大きくなるピョコの足音、いっそう強くなるラスターカノンの光。
二人のトレーナーの切り札同士が、目眩もするような眩しいバトルフィールドで意地を燃やしていることは、目を閉じていても瞼を突き抜けてわかるほどだ。
「よしっ、いくよピョコ! じしん!」
「――――z!」
「っ……! 決めにかかってくるか……!」
勝負の節目をもたらすのはパール陣営だ。
ギガドレインとラスターカノンのダメージがお互いに蓄積した末に、駆け足のピョコが踏み切って跳び、着地と同時に激しい地震を起こす。
地震の多いシンオウ地方のミオジム、揺るぎなどしない。だが、凄まじい揺れにはトウガンも再び膝をつく。
そんな中でトリデプスに駆け始めたドダイトスの姿は、トリデプスに勝負所を意識させるには充分だ。
受けたダメージを膨らませて返すメタルバーストとて、相手の一撃で力尽きては返すものも返せない。
揺れによって踏ん張りの利かない我が体、それでも耐えて返すものを返してやると眼光を光らせるトリデプスは、まさしく背水の陣の構えだった。
「はっぱカッター!」
「むぅ……っ!?」
トリデプスに駆け迫りながらピョコが放ったのは、駆ける勢いも乗せて撃ち込む散弾砲撃だ。
踏ん張る姿勢の不充分な、顔の広いトリデプスにとって、それは充分に痛烈な一撃には違いなかった。
がすがすと顔面を傷つけるそれに、押され、よろめいたトリデプスは、既に構えていたメタルバーストを発動させてしまう。
構えた以上は受ければ発動してしまう。それがメタルバーストの弱点だ。
「ピョコ~っ!
がんばれえっ! いけえっ!」
「ッ…………、――――――z!!」
葉っぱカッターによって受けた衝撃とダメージを、反撃レーザーに変えて発射したトリデプスの反撃を、ピョコは駆けつつ真っ向から受けている。
ばちんと顔に、それも目元に受けたそれに頭を振り上げながらも止まらない。
揺れはおさまっていないのだ。トリデプスの体勢は崩れている。
今ぶつかっていけば、メタルバーストさえ発動直後でもう次が無いトリデプスの、無防備なその状態に体当たりを叩き込めることを確信しているのだ。
やばい、これはまずい、と、迫るピョコを歯を食いしばった目で睨むトリデプスの表情が全てを物語っている。
最初に一度地震を見せつけられ、二度目の地震でメタルバーストの発動を焦ったことが、間違いなく仇になっていたと言えるのだろう。
「トリデプス……!」
凹凸の多いトリデプスの顔面に、ピョコは激突直前に頭を引っ込め、半ば甲羅でぶつかっていくような強烈な全力体当たりをぶつけた。
激しい縦揺れの中で地に足が着いていないも同然のトリデプスは、その突進で大きく後ろに押し出され、腹這いのままフィールドを擦る結果に。
あの巨体がそれほど突き飛ばされるというのだから、巨躯のピョコの体当たりの強さと、地震で足元を崩された弱みの大きさが共に顕れているというものだ。
「っ、ピョコ! メガドレイン!」
「――――z!」
「参ったな、気を抜かんか……!
よくやったぞ、トリデプス! ここまでだ!」
それでもぎりぎり、戦闘不能にならずに踏み止まったトリデプスが、立ち上がろうとしていたのだから油断ならない。
決して気を抜いていなかったことは評価すべきだが、パールも焦り気味にとどめの一撃を指示していたほどである。
一週間かけてトリデプスの撃破手段を考えてきて、それが実を結んでそれを討ち破った挑戦者にも、最後に焦りを覚えさせる意地をトリデプスは見せた。
現にトウガンがトリデプスをボールに戻しても、よかった、やっと勝った、と胸を撫で下ろす姿を見せただけでも、トリデプスはそれだけのものを遺したのだ。
「見事だ! 私の切り札を打ち破るとはな!
だが、私はまだ二匹の札を残している! 勝ったと思ってくれるなよ!?」
「わかってます……!
まだまだここからです! ピョコ、そうだよね!」
「――――z!」
勝利の余韻になど浸らせないトウガンだ。意図して、そうしている。
調子に乗らせて浮かれさせてもいい。そういう心理戦もある。
前回のバトルでは、パールに泣きを見せたトリデプス、その撃破が果たされたこの局面だ。それが出来る余地も充分にあった。
そもそもトウガンには、展開次第ではそうした心理戦運びにすることも視野に入れて、切り札トリデプスを先鋒に選んだというしたたかさもあったぐらいだ。
しかし、もうトウガンにはこの一戦でわかっている。
パールは調子に乗らせて甘い判断を引き出そうとしたって、浮かれるような子じゃないことが。
立ち上がろうとしたトリデプスを見て、その怖さにひりついて、慌てて追撃指示を出すほど、その緊張感に途切れは無い。
だったらトリデプスが最後に示した意地を礎に、いっそうのプレッシャーをかけて精神的な負担をかけにかかる方が有効だ。あれは、そういう相手である。
トリデプスが遺してくれたものを、トウガンはしっかりと活かしている。
「いくぞ! ドーミラー!」
間を置かずして次鋒を繰り出すトウガンだ。パールに落ち着く暇を与えない。
それでいて、"ふゆう"していて地震攻撃を受け付けないポケモンを即座に選べるトウガンは、パールへの揺さぶり方がわかっている。
進化して地を揺らす力を得たドダイトスに対し、その大技を封じる一枚札を最速で切り出せる判断早さも、まさにジムリーダーのそれと言えるだろう。
「ピョコっ!
がんがんいくよ! つっこんで!」
「――――z!」
「ドーミラー!
まずは惑わせ! 恐れるな!」
しかし、トウガンの希望的観測は流石にはずれている。
地震が効かない相手にまずどうしよう、と一秒でもパールが悩んでくれればしめたものなのだが、パールは最速で最善手を選んでいる。
流石にそこまで甘くはないか、と内心で思いながらも、トウガンは甘くないこの展開にも沿った指示を発していた。
元よりこのつもり。理想形ではなかったというだけ。
せいぜい立ち上がったパールの姿を見て、地震を使うつもりはやはり無い模様、流石にそこまで知識すっからかんではないなとわかった程度。
「ッ、ッ――――!」
「ピョコ~っ!
しっかりっ、食らいついてえっ!」
ドーミラーが発した"あやしいひかり"で惑わされ、目の前の光景が歪むような現象に襲われながらも、ピョコはドーミラーにかぶりついた。
"こんらん"させられた上で、回避行動にも移っていた相手への噛みつき成功だ。
仮にもう一度同じことをやれと言われて、必ずしも上手くはいくまい。運には見放されていない。
「~~~~……ッ!」
「じんつうりきだ! ドーミラー!」
ピョコに噛みつかれたドーミラーには、ばきりとひびが入るほどの力が込められている。
単なる噛みつく攻撃ではなく"かみくだく"一撃なのだろう。
緊急回避手段を口にするのが先、ドーミラーの名を呼ぶのが後、そんなトウガンの指示からもこの状況の逼迫ぶりは明白だ。
激痛に両目をぎゅっとしながらも、神通力を発動させてピョコの顎の力を弱めたドーミラーは、牙から逃れてくるりと翻るように身を回し宙に逃れ果たす。
「ピョコはっぱカッター! 頑張って!」
「よし……!
ドーミラー、さいみんじゅつだ!」
逃げた相手を好きにはさせまいと葉っぱカッターを指示したパールだが、景色がぐにゃつく混乱したピョコは、ドーミラーに葉っぱカッターを当てられない。
当ててもダメージは小さいが、少しは相手の行動を遅らせることは出来たはずだ。
それが当たらなかったことに笑みを浮かべたトウガンの指示は、ドーミラーがピョコを追い詰める技の発動を促している。
「ッ――――!?」
「あっ、あっ……! ピョコ……!?」
「今だ、ドーミラー!
ラスターカノンを叩き込め!」
ドーミラーの"さいみんじゅつ"を受けてしまったピョコは、目を閉じていないものの意識朦朧だ。
"ねむり"と言われる症状だが、そうは言っても本当に眠りこけてしまうわけではない。
とはいえ、朦朧とした意識でまともに反撃出来なくなってしまう症状には違いないのだ。
まあ、そういうわけなので命中率の低い技、大味な攻撃はしばしば躱せることもあるのだが。
とはいえラスターカノンは命中率の高い技である。まともに反撃できなくなったピョコを焼く直撃、熱さに目が冴えそうになってもピョコは反撃に移れない。
「ううぅぅ……!
お願いピョコ、頑張って頑張って……!」
「祈ることしか出来んというわけだ……!
苦しい状況だな! さあどうする!」
少し待てばピョコも意識を回復させ、反撃に移れるだろう。
そうなる前に倒されてしまっては元も子も無いが、元々ドーミラーは攻撃力には秀でない。
ドダイトスの目が冴える前に仕留めきる、という目測はトウガンも立てていない。それまでにどれだけダメージを積めるか、というのが本懐だ。
しかし口撃によりパールに迫り、冷静さを欠かせようとする揺さぶりは怠らない。ジムリーダーってこういうところがしたたかである。
パールがいかにもそうした揺さぶりの効きそうな、素直で感情的な子だと見抜かれやすいのも問題なのかもしれないが。実際、効いている。
「ッ――――!」
「ピョコ~っ! がんばれえっ!
食らいつけえっ!」
「まったく、がむしゃらだな……!」
やっとピョコの目に光が戻ったのを見て、すかさず"かみくだく"の指示を出すパールの戦い方の単調なこと。
まあ、それしか無いのでベストの選択だが。
余裕が無くてそれしか言えないのか、それしか無いとわかってそれを貫いているのか、判断つかないのがパールの厄介なところだが。
恐らく両方なのだろう。がんばれ、とか意味のない指示も出しているぐらいなので。言われなくてもあのドダイトスは頑張りそうだし。
こういう挑戦者には心理的駆け引きを仕掛けにくいな、とトウガンは思う。
だってどう仕掛けようとも、結局当人の思ったままに動きそうだし。こっちの掌の上で心理を転がせない相手というやつ。
「ラスターカノンだ!」
催眠術で意識を乱されていた間に、混乱していた目は正されていたのだろう。
迷いなき目で真っ直ぐドーミラーに噛みついたピョコは、再びばきばきとドーミラーのひびを伸ばす。
食らいつかれたまま、ドーミラーは全身から強い光を発し、至近距離でピョコに光線をぶち当ててくる。
"じんつうりき"による脱出を捨てた最後っ屁。ダメージの蓄積を優先した一撃だ。
「ッ、ッ――――!
~~~~~~!」
執念を燃やして牙に力を入れるピョコは、いっそうの力で以ってドーミラーの全身を走るひびを広げた。
これ以上はまずい、とトウガンもドーミラーのボールのスイッチを押しかけたが、それより早くピョコが首を振るい、ドーミラーを放り投げた。
それも、トウガンの足元に向けてだ。亀裂まみれになったドーミラーが、特性"ふゆう"の力も発せぬコンディションで、床にがつがつと転がる。
こいつもう限界だろ、殺したいわけじゃない、と、トウガンを睨みつけるピョコの眼差しに、トウガンも参ったという表情を返す他無い想い。
「……ドーミラー、よくやった。
いいはたらきだったぞ」
実際のところ、これ以上戦わせられない状態になったドーミラーをボールに戻したトウガンの判断は、ピョコの眼差しに絆されたわけではない。
あくまで、ジムリーダーとして。それは発言もそうだ。
ドーミラーは、あの難敵ドダイトスに充分なダメージを与える役目を果たしてくれたのだ。良いはたらきという言葉に偽りは無い。
催眠術で動きを縛ったピョコが、数発のラスターカノンを受けた光景には、パールもこの後が大丈夫だろうかとはらはらしている姿を見せている。
ピョコが二連勝した中で、喜びの態度一つ見せず、胸の前で両手を握りしめている姿からも、それは明らかなものであろう。
「――――――――z!!」
きっと、そんなはらはらしているパールを意識してのことなのだろう。
ドーミラーの撃破を果たしたこの局面で、ピョコはバトルフィールドに降り立った時以上の咆哮を発していた。
それはまるで、パールに対し、しっかりしろと訴えかけるよう。
俺はまだ戦える、指示を頼むぞ、お前がしゃんとしてくれなきゃ困る。
吠えた直後にパールを振り返るピョコは、幾度もラスターカノンを受けてダメージの残る体を息遣いで上下させながら、その眼は闘志に溢れているのだ。
唐突な咆哮にびくっとしていたパールも、そんな目を向けられては、応えずにはいられないポケモントレーナーである。
あんな彼の心意気に応えられずして、何がピョコのトレーナーか。
ぷるぷると首を振り、ばちーんと両手で自分の顔を挟むようにして叩き、気合を入れるパールの姿がある。
むしろその姿には、プラチナが一番びっくりしたぐらいである。
「っ、ピョコ! 頑張ろうね!
私ぜったい、ピョコの足は引っ張らないよ! 力になってみせるから!」
「――――z!!」
その一幕を見届けていたトウガンは、ふっと笑わずにはいられなかった。
ジムリーダーは、数々の挑戦者を迎え撃ってきた身だ。
色んなトレーナーがいた。パールのような、自分のポケモンをコントロールすることを至高としない挑戦者も、決してこれまでにいなかったわけではない。
しかし往々にしてその手のトレーナーは、結局最後は力及ばず、大きな壁にはね返されて敗北を喫することも、トウガンはよく知っている。
ポケモンを信頼して全てを委ねるのは結構。
だが、それに傾き過ぎたって、ポケモンの能力そのものを育てきれず大一番に臨むのが殆どで、結果がついてこないのが殆どというのが実状だ。
伊達にシンオウ最年長のジムリーダーではないトウガンだ。見てきたものの数は他のジムリーダーに勝る。
ポケモン任せのトレーナーは、必ず5つ目6つ目のバッジで止まるのだ。
今日の挑戦者は違う。
心根ではポケモン頼りであり、それは言動の端々にも垣間見える。
その一方で、頼りのポケモンが勝ってくれることを単に祈るでもなく、なんとか頼もしいポケモン達に追い付こうと、その姿勢がある少女のそれだ。
トリデプスを破ったあの戦法の数々は、間違いなくパール自身が考え至り、あのドダイトスを導いたものに違いない。
パールは自分のポケモンを頼っている。だが、そんな彼ら彼女らの力になれるよう、立ち止まらんとする気概に溢れている
それが、信頼し"合って"高め"合う"ということなのだ。理解してそうなのか、それとも地か、パールはそれを叶えられている。
恐らく後者だと思うからこそ、トウガンも心躍るというものだ。
未成熟ゆえ、だからこそ純真、そしてそれゆえにある爆発力。この未知を迎え撃つ楽しみは、幾多の挑戦者を迎え撃つジムリーダーだからこそ出会える縁。
「――パール君! 君は今、こう考えているだろう!
私の切り札とも言えるトリデプスを破った今、しかし私が最後に繰り出すポケモンが、その切り札にも匹敵するカードだとどうすればいいか、とな!」
「う……!」
「確かにトリデプスは私の切り札と呼ぶに値する一匹だ!
だが、それを先鋒に選んだ以上、私もその後続をだらしない消化試合にするつもりは無い!
それぐらいの現実は、あらかじめ理解して頂きたいな!」
なんだか楽しくなってくるトウガンである。
一言一句に振り回され、図星を突かれればあっさり怯むパールなんだもの。
心理戦を仕掛けづらい相手とは思ったが、揺さぶりがいはある。あくまで、バトルの駆け引きとは別の楽しみの一つとして。
しかし、発する言葉そのものは強がりでもなければ作り話でもない。
あくまでそこには、明確な自信がある。
ここから先に何の逆転見込みも無い中で、強気の発言で揺さぶって少しは苦しませてやろうなんてつもりでパールを揺さぶっているわけではないのだ。
そんな小さなジムリーダーは、シンオウ地方に一人もいない。
「先のバトルでは、3対2の状況からストレート負けをした君だ!
今は2対1! さあ、巻き返すぞ! 覚悟しろよ!」
「……はいっ!
ピョコも私も、絶対負けませんよ!」
「いくぞ! ハガネール!
お前の力を見せてやれ!!」
最後のポケモンが入ったボールを投げたトウガンによる、もう一体の切り札の降臨。
広いバトルフィールドを一気に狭くする巨体が、ずしんと地を揺らすほどの衝撃と共に降り立った光景は、パールは再びひりつかせるには充分だった。
間違いなく強敵。そう感じたのはパールだけではない。
他ならぬ、それと対峙するピョコが、ジム生の繰り出してきたハガネールとは全く次元の異なるそれであると、確信して重心を下げるほどだ。
「――――――――z!!」
「ジムリーダーの切り札が一体だけだと思うなよ……!」
雄叫びをあげるハガネールと共に、強い声でそう発するトウガンの声に偽り無し。決して、はったりではない。
それをパールが真の意味で思い知るまで、そう時間はかかるまい。
因縁深きトリデプスを破り、ドーミラーをも撃破して、残り札一枚というところまでトウガンを追い詰めたパール。
2対1のリードは安心できるものだろうか。現実は果たして。
真のジムバトルは、まさしくここからだ。