ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第82話   プラチナの昔話

 

 

「まさかプラッチまで修行してたなんて」

「トレーナーは僕の本業じゃないけどね。

 でも、最近はそういう力があってもいいかなって思うようになったからさ」

 

 ナナカマド博士と別れたパール達は、ミオシティを離れ、コトブキシティへと向かうために218番道路を邁進中。

 お互い波乗りが使える自分のポケモンの背中に乗って、海を進んでいた。

 

 ちなみにナナカマド博士はと言えば、ミオシティに残っている。

 博士はプラチナ達がミオシティにいると知り、ギンガ団の恐ろしさと警告を面と向かって告げるために向かったのもあるが、それはあくまで目的の一つである。

 加えて、元ギンガ団員の二人がミオジムにて更生中というのを知ったナナカマド博士にとって、彼らと話すこともミオに向かった理由の一つ。

 どうやらギンガ団の悪質さをよく知らないまま荷担されていたらしき彼らに、真実を告げ、己が何に与していたのか悔いさせることも目的だったのだ。

 ギンガボールのサンプルは、彼らにそれをわかりやすく伝えるために作ったという側面も強かったのだろう。

 根っからの極悪人ではないあの二人、今頃はナナカマド博士に事の真相を聞かされて、反省しきりというところ。とんでもない奴らに加担していたんだと。

 いつの世も、無知は悔いを残す。罪ではないが、それで罪を犯した時に苦しむのは、被害者のみならず他ならぬ当人すらそうだということだ。

 

「いつぐらいに進化したの?

 私と離れて何日目?」

「3日目ぐらいだったかなぁ。4日目だったかもしれないけど。

 多分その辺りかな、あんまり覚えてない」

「え~、どっちにしたってピョコより早い。

 プラッチやっぱり、ポケモン育てるの上手いよね」

「そ、そうなのかな?

 僕の力じゃなくって、エンペルトの力だと思うけど……」

 

 さて、ニルルの背に乗るパールだが、プラチナが乗っているのはエンペルトの背。

 ミオシティに着いた時はポッタイシだった彼は、パールと離れて数日間のプラチナのもと、エンペルトに進化していた。

 ピョコは鋼鉄島合宿5日目にドダイトスに進化しており、エンペルトの方が一日か二日ほど先に進化していたということである。

 

「前々から思ってたんだけど、プラッチって知識いっぱいあるだけじゃなくって、ポケモントレーナーとしてもすっごい上手いよね。

 本格的にトレーナーとして頑張ってみようと思ったことって無いの?」

「あ~、えぇと、それは……

 うぅん……」

 

 何気ない会話で素直に思うところを発したパールだが、プラチナが次の言葉に困ったかのように、考え込んで返事に迷っている。

 パールの言葉を意訳すると、トレーナーとしての才能抜群に見えるけどトレーナーにはならないの? というところ。

 それがプラチナに対し、少々デリケートな話題であることなんて、パールに知る由もない話である。無知は罪、というのはしばしば極論であると示す好例だ。

 

「プラッチ?」

「……せっかくだから、打ち明けておこうかな。

 僕、トレーナーとして評価されるのってあんまり嬉しくないんだ。

 僕は学者を目指したいからさ」

「えっ、そうな……ご、ごめん、私もしかして無神経なこと言った?」

「いや、いいんだ。気にしないでいいよ、ほんとに。

 僕も初めて話すことだしさ」

 

 褒め言葉が相手の心の傷に触れてしまうなんてそう多くない話であるし、到底あらかじめわかる話ではないのは、プラチナ自身が一番よくわかっている。

 一方で、あまりこの話は他人にしたがらないプラチナが、今パールにそれを打ち明けるのは、昔よりもずっとパールと親密になった証拠でもある。

 余程に心を許した相手にしか、プラチナはこの複雑な話をしない。

 話して理解されなかったらそれはそれで寂しい、彼にとっては重大な話なのだ。たとえ、他人にとってはたいしたことのない話に聞こえようとも。

 だから、わかってくれそうなパールのような子にしか話さない。

 

「父さんとも、それで喧嘩してるんだよ。

 僕の父さんは昔から学者をやってて、その仕事の大変さをよくわかってる。

 何日も家に帰れない日も多いし、僕あんまり小さい頃の父さんとの思い出がないんだ。

 他にもいっぱい大変なことがあって……そんなわけで、父さんは僕に学者にさせたくないんだって」

「お父さんは学者してるのに?」

「ねぇ、ヘンだよね。

 自分はやり甲斐感じてるはずのことを、僕にはやるなって言ってくるんだもん。

 まあ、色々あるんだろうけどさ」

 

 今の自分の仕事の大変さを身を以って知っているから、大切な我が子に自分と同じ苦労をして欲しくない。

 一つの親心の形なのだが、奇しくも本人の意志で学者を目指したいというプラチナとは、真っ向から意見が対立することになってしまっている。

 プラチナも父には反発しつつ、向こうの苦悩をある程度想像で補っており、決定的な親子関係の溝にはなっていないようだが。

 一方で、現在ナナカマド博士の助手を務めているだが、その始まりは半ば家出同然でナナカマド博士の助手に転がり込んだというものに近い。

 当時の今より幼いプラチナは、自分の夢を否定してくる父に対し、相当な反発心を抱えていたということだ。親子関係がそれだけ最悪な頃もあった。

 今でこそ学者の助手として、学者の苦労の片鱗を知りつつあり、そんな成長したプラチナだからこそ、父の気持ちも少しはわかるようになったのだろう。

 

「僕、地元じゃポケモンバトルで負けたこと無かったんだ。

 僕を学者にさせたくない父さんは、僕にトレーナーの才能があるってよく褒めてくれたよ。

 まあ、そっちに行かせたくて言ってるのが、子供の僕にもわかるから何だか気持ち悪くてさ。

 褒められるのは普通嬉しいけど、なんか明らかに裏あるな~って思ったらなんか嫌じゃない?」

「ん~、わかるような……

 でもプラッチ、もしかして小さい頃からバトルしてた系?

 私、11歳になって初めて自分のポケモン持ったんだけど」

「僕の最初のポケモンはピッピで、僕が3歳の時に父さんが、友達だよって僕にくれたんだ。

 同じようにお父さんやお母さんにポケモンの友達を貰った子と、時々バトルしてたんだよ」

 

 自分でポケモンを捕まえるのは11歳になってから、としている風潮はシンオウ地方全体で根強い。

 幼ければ幼いほど、野生のポケモンの抵抗によって、ひどい怪我をしてしまう可能性が高いからだ。

 11歳になれば保護者と一緒に初めてのポケモンを捕獲して、望むならばそのままトレーナーの道へ進むこともよしとする。よく聞く話である

 シンオウ地方で11歳未満かつ自分のポケモンを持っている子供というのは、自分で捕まえたのではなく、親に貰ったというのが九分九厘ということだ。

 そうした家庭に育った子供同士で、幼い子同士のポケモンバトルという光景もそんなに珍しくはない。

 子供が幼ければ幼いほど、バトルも保護者同伴のケースが多いそうな。

 

「なかなか家に帰ってこれない父さんなりに、僕を寂しくさせないようにしてくれたんだろうなとは思ってる。

 でも、そのピッピの活躍をいいことに、学者じゃなくてトレーナーになった方がいいよって、エゴ押し付けてくるのは別の意味でちょっとねぇ。

 父さんのこと今はもうそんなに嫌いじゃないけど、ああいうズルいところはまだちょっと許さないことにしておいてる」

「あはは……なんか複雑だね。

 プラッチが、本気でお父さんのこと嫌ってるわけじゃないのはわかるから、なんだかほっとするけどさ」

「今はもう、ね。

 でもちょっと前は険悪だったなぁ」

 

 トレーナーとしての才能があると評価されること自体は、プラチナにとって不快でもないけれど、大抵それを自分に言う人はプラチナの望まない言葉を重ねる。

 ポケモントレーナーとして本気で頑張ってみたらどうか、と。人は才能ある者をその才の道に進めたがる者が非常に多いからだ。

 何だったら、学者になりたいというプラチナの主張を聞いて、だったら両方目指してみたらどうかなんて言う人もいる。勝手に妥協案出されても。

 別に全然強いトレーナーを目指したいとも思っておらず、学者の道を真っ直ぐ進んでいきたいという本懐を持つプラチナなのに。

 そういう経験が多すぎて、プラチナは本来素直に嬉しいはずの『トレーナーの才能があるね』の言葉に、いちいちむずむずしてしまうようになってしまった。

 相手に悪意なんか無いのは明らかなぶん、余計にプラチナからすればもやもやするのである。

 褒められてへそを曲げるなんて僕は変なのかな、なんて悩んだこともあったぐらいなので、プラチナにとっては本当に根深い話なのだ。

 

「パールは僕のこと、立派な学者になるよう応援してくれるから、パールにトレーナーとして褒められても嫌な気分にはならないよ。

 でも、一応話しておきたくなった。本当に、気にしなくていいからね」

「あはは、だって知ってるもん、プラッチが一番なりたいのは立派な学者さんだって。

 自分のやりたいことやるのが一番いいに決まってるよ」

「うん、そう言ってくれるのが僕にとっては一番嬉しいんだ」

 

 ざぶざぶと波を越えて並び行く二人は、明るい笑顔を交わして海路を行く。

 よく晴れた日の、プラチナの本当に嬉しそうな笑顔は、パールも胸がきゅんきゅんする。

 プラッチが喜んでくれると本当に嬉しい。互いの笑顔が相乗効果でいっそう笑顔のきらめかせる関係って、本当に、本当に何にも代えがたいものだ。

 

「でもプラッチ、それなのにここ最近特訓してたんだよね。

 強いトレーナーちょっと目指してみようかな感も最近あったりするの?」

「いや、それはね……あ~もういい、言っちゃおう。

 ぶっちゃけそれはパールのせい」

「えっ、私?

 あ、わかったぞ。私がトレーナーとして……」

「立派にやってる姿を見て触発されて僕も、とかじゃないからね」

「いや、あの、100パー冗談なんだけど、そんな食い気味に打ち消さなくても……」

 

「パール危なっかしいんだよ。

 ギンガ団みたいな危ない連中に何回今まで立ち向かっていったのさ。

 リッシ湖でのこと、なかったことにはさせないからね」

「うぐぐ……そ、それ蒸し返されたくなくて冗談ルートに行こうとしたのに……」 

「そういうパールのフォローしようと思ったら、僕だって強くなきゃいけないじゃん。

 そんなわけで最近、エンペルト達と一緒に特訓してたってわけ。

 おわかり頂けただろうか」

「すーん……」

 

 気まずさ全開の顔でそっぽ向くパール、ぐうの音も出ない心境である。

 ギンガ団の怖さをわかっていなかった発電所や、ナタネという保護者がいたハクタイビルはともかく、ニュースを聞いてリッシ湖へ自転車爆走は流石に。

 あの一件がある限り、パールって本当危なっかしいというプラチナの主張に対し、パールは一切の反論の余地を見出せないようで。

 

「どうせ今後も、手が届く範囲でギンガ団の活動を見かけたら、今までのこと全部忘れて突っ込んでいきそうだし。

 パールってそんな子だし」

「し、しんらつすぎる……ねぇプラッチ、私だって……」

「博士にあれだけ釘刺されたんだから、今後はもう駄目だよ。

 リッシ湖で戦った幹部、本当に怖かったでしょ。

 なんとか退けられたから良かったけど、あれもし負けてたらどうなってたかわかんないよ。

 本当に殺されてたかもしれないんだからさ」

「確かにあれは怖かったけどさぁ……

 ギンガ団、あんなボール作るぐらいひどいやつらだし……」

 

 関わってきた数やナナカマド博士に聞かされた逸話から、さしものパールもギンガ団の怖さは身に沁みている。

 普通、ここまで知れたら今後はもうギンガ団に関わろうとはするまいとするものなのだが。

 現にパールも今、回想して身震いしているので、正義感による向こう見ずな暴勇の危険性は認識しているはずなのだが。

 それでもあの感情真っ直ぐな日々を見てきたプラチナに言わせれば、あれが再犯されないとは甘く見られないのである。

 

「ともかく、もう二度と駄目だからね。

 チャンピオン目指して、思い出の人に呼びかけて、お礼を言いたいんでしょ。

 その前に悪い奴らに捕まって死んじゃったりしたら元も子もないんだから」

「わ、わかってる……

 うぅ、今日のプラッチはなんだか厳しい……」

「博士の忠告、忘れられたら困るからね。

 僕、一応博士の助手だから」

「そんなとこまでサポートするのって絶対助手の仕事じゃないよ~」

 

 げんなりしながら嘆くパールを、溜め息混じりにプラチナは眺めていた。

 念を押した甲斐は充分にあり、よくわかってくれたはずである。感情がすぐ顔に出るパールなので、今は本当に自戒してくれているのだと信頼できる。

 今は、だが。

 何らかの形でスイッチが入ってしまったらまた暴走しそうなので怖い。前科ありあり。

 

 一方で、突っ走り始めたら結局止まってくれないパールだと薄々わかっているから、プラチナもトレーナーとしての特訓を重ねていたとも言える。

 嫌だけど、半ば諦めているのだ。

 感情のままに動いたパールが身を危ぶめた時、それをどうにかして守り通そうとするなら、自分自身の実力が必要になってくる。

 起こり得る万が一の日にはパールを守れるように。

 一度は忌避すらした"強いトレーナー"の道を、いま初めてプラチナが目指している理由とは、その理念にのみ集約されている。

 

 だからってプラチナは、『どうして急に特訓なんてし始めたの?』と聞かれようが、『万が一の時はパールを守れるように』なんて絶対に答えない。

 口にするのは恥ずかしいというのもあるが、それを言って"万が一"を許容していると思われたら非常に困る。パールの再犯率が上がりそう。

 プラチナって本当にお利口さんである。

 パールが望まない道に進まないよう、上手く気付かれないよう駆け引きを果たしている。

 息子を学者にしたくないからトレーナーを目指すようその方面で褒めよう、という策をその息子に看破された人物がプラチナのお父さんなのだが。

 そんな親からこんな策士が生まれているんだから、トンビが何を生むのやら世の中わからないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ちょっと、遅いわよ。

 随分待ったじゃないの」

「自由に動ける身分じゃないからねぇ。

 多少の遠回りを経ての遅刻ぐらいはご容赦願いたいわ」

 

 シンオウ地方の名も無き山林の奥。

 

 相棒のブニャットを背もたれ代わりにして地べたに座り、待ちくたびれた欠伸をしていた赤髪マーズの元へ、紫髪のジュピターが訪れたところだ。

 言葉のとおり、かなり長い時間を待たされたようで、立ち上がったマーズは軽く体をひねる体操をして、硬くなった体をほぐしている。

 悪びれる態度は特に無いジュピターである。

 

「へぇ、あなたそういう格好で普段は逃げ延びてるんだ。

 いいじゃないの、完成度の高いおしゃれだわ」

「ギンガ団として活動する日以外ぐらい、着たいもの着て過ごしたいわよ。

 スカート状を認めてあつらえてくれたあのコスチュームも、根本のダサさはさておいてちょっとは愛着も出てきてるけどさ。

 そういうあんたはあんまり着飾ってる感じしないのね。

 カジュアルで悪くはないと思うけど」

「動きやすさの方があたしは大事だと思ってるからね。

 まあ、それでも最低限には見た目も気にしてるし、悪くないと言って貰えるのはちょっと嬉しいわ」

 

 別行動の多いマーズとジュピター、顔を合わせること機会そのものが少ない二人だが、久々の会話で何を真っ先に語るかと言えばお互いのファッション。

 逃亡生活中の二人なので、ギンガ団の団員服を着てうろつくわけにはいくはずもなく、自前の一張羅が普段着である。

 

 マーズは黒のレザージャケットを羽織り、ソックスも紫色でどことなく暗色寄り、気の強い性格にもどこか通じるパンクスタイルだ。

 着揃えるには結構なお金のかかるものだとはジュピターにもわかるし、それを虫や草木にも触れることの多い隠遁生活でぼろを増やすのは少々勿体ない。

 それでも着るものにこだわりたい程度には、マーズも若い女の子ということなのだろう。

 対するジュピターは安物のシャツにボトムス、せめてもの防寒着にマフラーを首に巻いたものという、逃亡生活の合理性に秀でた着こなしと言える。

 お洒落っ気は足りないが、それでも色合いがきちんとしているため、カジュアルな割にセンスの無さはマーズ目線でも感じさせられない。

 

 人に自分の姿を見て見てと言えない逃亡者身分に関わらず、二人ともきちんと着こなしを意識している辺り、女であることまでは捨てていないようだ。

 現に二人とも、毎日野宿めいた暮らしをしている割に、久々の同士との再会の前に水場で身体を洗ってきたのか、汗や垢の匂いは漂わせていない。

 悪の組織に属する身分であろうとも、やはりプライベートではうら若き女性である。細かいところでしっかりしている。

 

「さて、次の任務は大仕事よ。

 シンジ湖のターゲットを捕獲するミッション、失敗は許されないわ」

「仕切らないで頂戴、それってまるで部下に対する警告じゃないの。

 あんたとあたしはあくまで対等でしょ」

「突っかかるわねぇ。

 あなた、そんなに私のこと嫌い?」

「嫌いよ、あんたつまらないもん。

 あたし、あんたみたいな大人にだけは絶対なりたくないわ」

 

「悪の組織に身を堕とした同じ穴の狢じゃないの。

 あなた、とっくにあたしと同じ汚い大人なのよ?」

「一緒にしないで。

 それともお仲間が欲しいの?

 孤高の極悪人を気取る割には案外寂しがりなのね」

「やれやれ、とことん嫌われたものね。

 まあ、そういうあなたの幼さってあたしから見れば可愛いけど」

「はいはい、上から目線どうも。

 達観したふり決め込んでマウント取るだけのクズのくせに」

 

 互いの服装を認め合って、やや和やかな会話を交わしていた短時間とは一変、マーズのジュピターに対するとげとげしさは尋常ではない。

 余程にマーズはジュピターを毛嫌いしている。

 それほどの侮辱を浴びせられても、肩をすくめて笑うだけのジュピターの態度が、いっそうマーズを不愉快にさせる一因でもある。

 水と油の二人。こうしてギンガ団幹部同士で再会し、次なるミッションには手を組んで挑もうという中にあって、仲良くするつもりは一切無し。

 一つの目的のために私情を殺し、さながらビジネスと割り切って接点を強調する二人の姿は、悪の組織の幹部らしいといえばらしいのだろうか。

 

「ともかく、絶対にしくじれないミッションなのは確かよ。

 あなたがあたしのこと嫌いなのはわかったけど、きちんと連携は合わせて頂戴ね。

 こちらもあなたに合わせるようにはするから」

「ええ、それぐらいのことは弁えてるわ。

 私情に乱され躓いてなんていられないもの。

 あたしだって、もう引けないところまで来てるんだから。

 任務達成、その果てにある宿願のためなら何だってやるわ」

 

 ジュピターから顔を背け、そばにいるブニャットを見つめ、その頭を撫でるマーズ。

 その横顔に表れた、かつて失った大切なものを思い浮かべる寂しさと、それを取り返そうとする決意の眼差しは、ジュピターにも理解できた。

 マーズが何を目的にギンガ団に与し、ここまで悪行をも厭わなかったかを知るのは、ギンガ団幹部のジュピターとサターン、そしてボスのみだ。

 その想いには、マーズとは異なる目的を持つジュピターも、少なからず共感めいたものも覚えている。

 

「そのブニャットのことは好き?」

「……………………好きよ。今はもう好きになれた。

 今のあたしの、ベストパートナー」

「そう。

 だったら、いいじゃないの」

「あんた、そういうのはちゃんとした顔で言えるのね。

 馬鹿にした顔で笑うかなとさえ思ってたけど」

「あなたの中であたしってどれだけクズなのよ。

 腐ってもあなたのことは同胞だと思ってるんだからね?

 ベストパートナーと仲良くやれてる姿を見れるなら、それはそれで微笑ましいわよ」

「……それがいいことなのかは、わからないけどね」

 

「――――」

「ふふっ、ごめんねニャムちー。

 あなたのことは大好きなの。本当よ?」

「~~~~♪」

 

 ニャムちーと名付けられたマーズのブニャットは、憂いがかったマーズの表情を窺うや否や、気遣うような声で頬を擦り寄せてくる。

 "今の"マーズにとっては、まさしくベストパートナーだ。大事なポケモンは他にもいるマーズながら、このブニャットだけは特別である。

 それこそ、パールにとってのピョコと同じように。掛け替えの無い友達とさえ言っていい。

 

「あなた、本当はギンガ団に向いてないと思うわ。

 自身の宿願のため、最愛のポケモンにも悪行に荷担することを求める。

 それって他ならぬあなた自身にとって、面白いことじゃないでしょうに」

「これから大事なミッションに挑もうって時に脱退推奨?

 あなた本当、どこかイカれたとこあるわよね」

「あたし、関係無い奴らが泣こうが喚こうが苦しもうが、最悪死のうがどうでもいいんだけどね。

 これでもあんたにはある程度の親近感や愛着は持ってるのよ。

 ちょっとは忍びないなって思う程度にはね」

「愛着、ねぇ。

 顔を合わせることも殆ど無くって、トランシーバー越しの会話もそんなに多くなかったのに?」

「そうでなければあたしだって、あたしがギンガ団に与した理由をあんたに教えたりしないわよ。

 馬鹿な夢だってどうせ思うでしょう。あたしだってそう思う。

 それを打ち明けるぐらいには、あなたには恥を晒してもいいとさえ思ってるのよ。

 親しみを感じる相手への誠意と感じてはくれないのかしら?」

 

「……知ったこっちゃないわよ。

 でも、あんたのを馬鹿な夢だとはあたしにも言えた口じゃないわ。

 愚かだとは思ってるけどね。あたしも、あんたも」

「いいじゃないの、やり直したいって思って何が悪いの?

 誰でも一度は考えることよ、あの時ああしていれば、あの時ああしていなければ。

 それを改められる手段があると知った時、どうして諦められる?

 あたし達の夢を嗤う連中がいるとすれば、さぞかし悔い一つ無い清廉でつまらない退屈な人生を歩んできたんでしょうねって思うぐらい。

 エゴから目を逸らす人を辞めた連中の批判など知ったことではないわ」

「クズの典型ね」

「あら、あなたまでそんなことを言う?」

「開き直ったらそこまでよ。

 あたしはあんたとは違う。罪深いことをしている自覚がまだある」

「下らないわ。

 罪深さを自認しても、結局やることはやるんじゃないの。

 あたしと何が違うの?」

 

「あたしは少なくともあんたみたいに、自分自身を正当化する言葉を振り撒いて、対立する思想の持ち主の憤りを煽るようなことはしないわ。

 あんたは自分の正しさを説くことで、積極的に人を不快にさせたがる。

 だからあたしはあんたをクズと呼ぶの。口を開くだけで迷惑、行動でも迷惑、悪影響しか撒き散らさない奴をクズって呼ぶの」

「自分を否定してくる奴が不愉快になろうと知ったことではないわ。

 僅かでもこれに共感できる奴が、あたしを否定する資格は無いと思うけど」

「人を不快にさせることをモチベーションの糧にし始めたら人間おしまいよ。

 それでしか自分を保てない奴なんて、ずっとそれを繰り返し続けるしかなくなって、呆れて誰にも相手にされなくなった時に何も残らず、破滅するだけ。

 あたし、何度も言ってない? あんたみたいな大人にだけはなりたくないって。

 あんたみたいな人生の果てには、寂しく独りぼっちで死んでいく破滅の未来しかないと思うし、そうはなりたくなっていうだけ。

 あたしはそうはなりたくない」

「でもあなた、あたしと同じことして生きてるのよ?

 どんなに強がったって、あなたとあたしは同じ穴の狢。

 最後に迎える結末は一緒よ」

 

「…………あたしには、ニャムちーがいる。バットンとブルーがいるわ。

 この子達がそばにいてくれるなら、あたしは一人じゃない。

 世界中すべての人に見限られたって、この子達に見放されずに生きていけるなら、それだけでいいわ」

「ふぅん……もし見放されたら?」

「自分から死んだっていいわ。

 あたし、孤独には耐えられないから。思い知ってることよ」

 

「――――z!!」

「……あはは、ごめんね、ニャムちー。ほんとにごめん。

 あなたのこと、信じてるつもり。でも、あたしから離れていかないでね?

 あたし、弱い人間なのよ……」

 

 自殺さえ仄めかすようなことを言うマーズに、何てこと言うんだとばかりに声を荒げるブニャット。それだけ、マーズのことが好きなのだろう。

 ジュピターと強い言葉を突きつけ合っていたマーズも、憔悴したかのように息を吐いて、ブニャットの頭を撫でて微笑みかけるのみ。

 さっきまでよりも、元気の無くなった表情だ。作り笑顔であることが明らかなほどに。

 それに伴い、これ以上マーズをいじめるなとばかりにジュピターをひと睨みするブニャットには、ジュピターもばつの悪い顔でお手上げの姿を見せるのみ。

 思わず熱くなって問答を重ねてしまったが、流石にマーズを追い詰め過ぎたかと、ジュピターも反省する想いである。

 

「少し言い過ぎたわね、謝るわ。

 任務に支障をきたし得るようなやり取りなんて、私もまだまだね」

「馬鹿にしないで。

 任務においては、あたしも大嫌いなあんたと手を結び、叶え得る最高の連携を果たすことになんの異存も無いわ。

 あんたのためじゃないわ、あたし自身のためにも。

 あたし達はもう、引けないところまで来てるんだから」

「ええ、それを聞いて安心したわ。

 すべてはギンガ団のために。そして、あたし達の望む新世界のために。

 あなた、頼もしいわ。この志を、信頼して共有できるんですもの」

「あんたとあたしは相容れない。

 でも、何においても譲れない夢のために、過ちとされる道を辿ることを選んだ同志としては、この上なく信頼できる。

 あんたこそ、分水嶺の時に日和ってだらしない仕事ぶりをするようなら絶対に許さないからね。

 むかつくけど、あたしの夢はあんたの手にもかかっているんだから」

「ふふ、ご心配なく。

 あたしはあんた以上に、ずっと昔から割り切ってるから」

「クソババア」

「悪の組織の幹部には褒め言葉よ」

 

 いびつな信頼関係だ。だが、その結束性は途轍もなく固い。

 自分達が決して賞賛されぬ、批難されて然るべき道へ、そうだとさえ知って邁進する者達は、もはや後戻り出来ない自覚とともに、全身全霊でその道を征く。

 

 高潔な精神で悪を挫かんとする、正義の志を持つ者達の結束は固く、それは疑いようもない信念に基づいて極めて強固である。

 悪の道に進んだ者達の結束もまた、形は違えど、退くことあらじと断じし信念に基づいて、絶対の不撓とも呼べるほど強固たる。

 争い合うかのように火花を散らす眼差しを向け合うマーズとジュピターながら、その本質は、結束の瓦解とはもっともかけ離れた関係にある。

 

「ただ、失敗できないミッションだから発破をかけさせて貰ったけれど、正直失敗するビジョンは無いのよね。

 シンジ湖には近隣にジムも無いし、リッシ湖のそばのノモセジムリーダーのような練達のトレーナーもいない。

 邪魔立てするような有力者もいなければ、田舎の警察はリッシ湖近辺のそれにも劣る。

 入念にあたし達二人で臨む形を取っているけれど、本来はそこまでするほどの任務ではないはずなのだけどね」

「……まあ、表舞台にあたし達が顔を出すリスクは否定できないし。

 あたしかあんた、片方が部下を率いるぐらいが丁度いいんでしょうけどね」

 

 基本的にマーズもジュピターも、トレーナーとしては有能極まりなく、邪魔立てさえ入らなければ今回の任務も問題なく果たせると見込まれる器だ。

 マーズも言うとおり、指名手配中の二人が揃って人前に顔を出す、それによるデメリットも意識すべき局面には違いない。足がつき得る。

 二人で挑むべし、とサターンを介してボスに命じられた今回のミッションは、入念ゆえに背負うリスクが実在するのも確かである。

 

「敢えてボスがあたし達に入念策を命じた真意って何なんでしょうね。

 失敗できないミッションだから、と言えばそれまででしょうけど」

 

「……今まで幾度となくギンガ団のミッションを妨げようとした二人の子のことは覚えてる?」

「あら、勿論それなら覚えてるわよ。

 あたしもハクタイシティで見たし、リッシ湖でもサターンに挑んだそうね」

「パール、って言ったかしら。

 あの子、シンジ湖のそばのフタバタウン出身だそうよ」

「へぇ、そうなんだ。

 で、その子がどうしたの?」

「…………」

 

 だから何? とでも尋ねたげなジュピターに、マーズは少し考える。

 正直、今から自分が言うことは、考え過ぎな気もしている。

 言ったらむかつくジュピターに笑われるかもしれないし、言わずに終えてもいいのだが、マーズは少々の思索を経て話すことを選ぶ。

 彼女にとっては、小さくない懸念に感じられるのだ。

 

「居合わせるようなことはないと思うけどね。

 ……ただ、万が一居合わせれば厄介よ。

 仮にもサターンのミノマダムを、二人がかりとはいえ退けた子達だから」

「あの子達、ジム巡りの旅か何だかでシンオウ各地を回ってるんでしょう?

 そもそもあたし達のシンジ湖攻略にかち合うこと自体、可能性は低いわよ」

「ええ、そうでしょうね。あたしも無いだろうとは思ってる。

 …………でも、ミッションって最悪を想定するものでしょう?

 胸騒ぎ、してるのよ」

「そんなにあの子達が怖い?」

 

「発電所、ハクタイビル、リッシ湖。

 形はどうあれ、あたし達の大きな仕事の時には、偶然とも運命とも言えそうなほど、必ずあの子達は姿を現してきたわ。

 すべて、偶然なんでしょうね。でも、たった三度のそれに三度ともぶつかる?

 二度あることは三度あったのよ。あたしは四度目があるような気がしてる」

「オカルトが過ぎるわ。

 ……まあ、絶対に無いと楽観的な見方もすべきではないけれど。

 でも、そんなこと言い出したらきりが無いんじゃない?」

「オカルト、ね。確かにそうかもね。

 でも、あたしの勘が騒いでるわ。

 あの子達はきっと、手の届く範囲であたし達の行動を認知したら、駆けつけてくるだろうっていう確信めいたものがね。

 まして故郷のそばにある、"思い出の湖"なら尚更だわ」

 

 実のところ。

 パールはリッシ湖での騒動をニュースで知り、ヨスガシティから自転車を借りてまで駆けつけた実績がある。

 彼女がそうしたことは、実はサターンも知っている。彼には、特殊な情報網があるのだ。

 パールがレンタルした自転車がヨスガのものであるとサターンは知っており、それだけのことをする少女だとマーズにもジュピターにも伝えている。

 だからって、と思うのがジュピターであり、基本的にこの想定の方が正しい現実視だろう。

 

「でも、だとしてあの子達と遭遇して、そこまでの脅威かしら?」

「どうでしょうね……あたしと戦った時、あんたと戦った時、そしてサターンと戦った時。

 日を追うごとに強くなっているのは確かよ。子供は成長が早いしね。

 万が一遭遇したら、ジムリーダーに道を阻まれたと同じほどの警戒を抱いて損はないと思う」

「ふむ……まあ、一理あるわ。

 見方を変えると、他の層が薄い田舎町において遭遇し得るなら、相対的には最大級の障害になり得るのも確かでしょうしね」

「まあコウモリが苦手なようだし、あたしのバットンやあんたのゴルバットでびびらせてやればそれなりに効くでしょう。

 具体的な対策としてはその辺りってとこでしょうね」

 

「……あなた、あの子に対して妙に詳しくない?

 フタバタウン出身であることといい、思い出の湖? っていうのもあたしは初耳だし、コウモリが苦手っていうのもそうだし」

「これでも色々とリサーチしてるのよ。

 出所はどうでもいいでしょ。まあ、全部信頼できる事実だから気にしないで」

 

 ジュピターが訝しむほど、パールの情報を多く掴んでいるマーズ。

 積極的なリサーチの果てに掴んだ情報という辺り、マーズはパールのことを少なからず普段から意識してきたのだろう。

 リッシ湖で一度対面したこともあるが、今現在のギンガ団幹部の中では、パールと最も接点が近いマーズ。

 パールがプラチナとともにサターンのポケモンを一匹退けたという実績も踏まえて、パールのことは軽視しないようにしているようだ。

 

 もしもマーズが、再びパールと相見えることあらば、きっと彼女は子供相手とて決して油断せず、その全力を以って迎え撃つだろう。

 見くびられやすいパールの幼さは、対マーズにおいて強みにはなり得ない。

 

「杞憂で済めばそれはそれでいいわ。

 ただ、失敗できない仕事だし、なるべく入念にいきましょう。

 あらゆる可能性を考慮してね」

「ええ、ボスもあたし達二人を差し向けるほど入念なようだしね。

 それなりに気を引き締め直すとしましょうか」

 

 次なるギンガ団の大仕事は、リッシ湖襲撃に続くシンジ湖襲撃。

 落とせないミッションゆえ、マーズもジュピターもどんな小さな失敗へのきっかけとなり得る障害も見落とさんとする。

 部下をどのように動かすかの想定のみならず、ありとあらゆる観点から、そのミッションの成功率を高めんとするのみ。

 明日の大仕事を控えたギンガ団幹部に、一切の驕りや気の緩みが無い。

 口ぶりでは失敗することなどあり得ない構図だと言うジュピターでさえ、その心奥底でまで気を抜いているわけではないのだ。

 

 決戦は明日。舞台はシンジ湖。

 ギンガ団が再び動きだす。その後に控える、さらなる大いなる目的に向かうための、通過点にして不可避の成功を求めしターニングポイントだ。

 シンオウ地方が再び揺れる日は、もはや目前に迫っていた。

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