ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第84話   シンジ湖

 

 

「ふぅ~! 警察も油断なりまセーン!

 仲間がまた何人か捕まったようデース!」

「問題ありまセーン! 我々は無事デース!

 捕まったヤツらのことなんか知ったこっちゃありまセーン!」

「ちょっと冷たいデース!

 しかし、それが正解デース!」

「もう助からない仲間のことを気にしていては、我々の任務に支障が出マース!」

 

 シンジ湖に陣取って、テンションの高い会話を交わすギンガ団員達である。

 異国から連れてこられた者達の集団である、悪しきギンガ団の下っ端達。片言なのがその証拠。

 彼ら彼女らは個々の性格によって、三人のギンガ団幹部の誰の部下に配属されるかが定められるらしい。

 マーズもジュピターもサターンも、自分の性に合う部下の方が使役しやすいからだ。

 

 高い指揮能力に秀で、自負するサターンは、自分の指示に忠実な者であればそれでいいという考えだ。

 大きなことを成し遂げんとするギンガ団に浪漫と憧れを感じ、強くカリスマ性ある指導者の言葉に従いたがる者がサターンの下に配属される。

 ジュピターは手段を選ばない。トレーナーへの火炎放射も厭わない悪女である。

 人道に悖るような指示にさえ躊躇いなく従う、道徳観に欠けた者達が駒であってくれれば都合が良い。

 破壊活動をも楽しめるような粗暴な性格をした者達は、優先的にジュピターの部下に配属される。

 

 そして、特段どちらにも属さないと思われた者達はマーズの部下に配属される。ここが一番、団員数が多いところ。

 何でもいいから部下の頭数さえあれば、指示して適当に動いてくれればその中であたしが適正に仕事をする、というマーズには、駒の多さが重要なのだ。

 若くて強く、そして何気に美人でもあるマーズ、そんな彼女の下に配属された者達も全幅の信頼を寄せて付き従っている。

 たまに勝手な行動をする者も一定数いるが、お咎めしないマーズなので団員も気楽であり、不平も出づらいという形に落ち着いているようだ。

 幹部の性格に合わせた人事である。結果として、二人の性に合う幹部の指示に従うギンガ団員達は、よく機能する駒として成立しているようだ。

 

「ともかく田舎の警察は弱いデース!

 これならまだまだ持ちこたえられそうデース!」

「仲間が何人か連行されたって、こちらはまだまだ兵力いっぱいデース!

 向こうも消耗してますし、余裕で耐えられマース!」

「コトブキシティからの応援が来てからが勝負デース!

 逆に言うと、それまではまだまだ大丈夫デース!」

 

 ギンガ団の下っ端達は、個々の実力はそこまででもないが、とにかく頭数が多いので総力戦になると馬鹿にならない団体力を持つ。

 人口の少ない町の、他の街に比べて人員の少ない警察には厄介な相手である。

 じわじわとギンガ団の戦力を削いではいるものの、なかなか押し切れないのが現状というところ。

 シンジ湖の中心地において任務に回っているマーズとジュピターは、おかげで何の邪魔者もなく最重要ミッションに取り掛かれている。

 ギンガ団にとっては理想の展開であり、正義の組織にとっては悪い流れだ。

 極論、ギンガ団の下っ端連中を一人残らず検挙できたとしたって、肝心の幹部を取り逃がし、その目的を達成されては正義の敗北である。

 

「この調子デース!

 でもマーズ様とジュピター様も、少し急いで欲しいデース!」

「我々も捕まりたくはありまセーン!

 ミッションコンプリートの報告を受け、さっさと撤退したいところデース!」

 

 防衛線を担うギンガ団も、風向きが悪くなる前に早く逃げたいところ。

 とはいえ逃げ足が早過ぎて、防衛線を警察に突破されると、今度は逃げることすら儘ならなくなるともジュピターに命じられている。

 早く逃げたいけど今は全力で戦う。烏合の衆ながら、指揮官に明確な方針を与えられた暴徒達の統率性は、決して弱いものではないようだ。

 

 ぬかりのない悪党集団である。落とせないミッションに臨むマーズとジュピターの迫真さは、団員達にも伝わっていると見てよいのだろう。

 シンジ湖いっぱいに陣取ったギンガ団員達は、どの方向から警察が奇襲してきたとしたって迎え撃てるよう、警戒の目を光らせていた。

 

 

 

 

 

「すごい数……」

 

 警察の侵入を一切許していないシンジ湖のほとりは、ギンガ団員でいっぱいだ。

 とある高所の木陰から、その状況を見下ろし覗き込むパールは、今からここへ一人で飛び込んでいくことに、怖さで身体が震えそう。

 しかし、それが視認できるほど湖のほとりに近い場所まで至りながら、彼女を見付けたギンガ団員はまだ一人もいない。

 上手く隠れてここまで来られたものである。

 パールのそばにはミーナがいて、誰かが近付いてくればすぐ教えてくれるよう保険もかけているのだが、今のところミーナの耳にかかる接近者もいないようだ。

 

 幼い頃から何度もシンジ湖に通っていたパールは、シンジ湖周囲の地理については知り尽くしている。

 どの方向から湖に近付けば、あれほど沢山の敵にも見つからない、隠れて近付ける獣道があるかもわかっているのだ。

 集団で行動する警察が、パールと同じ道を選んだとて上手くいかないが、奇しくもパールは一人だからそれも上手くいく。

 一方で、一人でこの集団に飛び込んでいくことの厳しさは言わずもがな。

 下っ端連中は最悪どうにか出来るかもしれない。しかし交戦を避けられぬ末に、マーズやジュピターと戦う余力なんて残るだろうか。

 そしてそこまで思い至って、パールは改めて、この戦いの厳しさを突きつけられるというものだ。

 ギンガ団幹部が二人。自分一人でどうにか出来る相手なのだろうか。

 

「……………………ミーナ」

「――――z!!」

 

 迸る感情のままここまで来たパールも、不安な声と表情をミーナに向けずにいられなかった。

 対するミーナは、べしんとパールの背中を叩いて、ふんぞり返るように胸を張って笑ってみせる。

 私がついてるだろ、と。そしてパールの鞄を、ピョコとパッチとニルルのボールが入ったカバンを叩いて、みんなもいるんだぞと勇気づけてくれる。

 あのプラチナの静止を振り切ってまで来たパールが、もう引き返せない心持ちであることぐらい、ミーナ達もわかっているのだ。

 ポケモン達は、どんな誰よりもトレーナーの心情には敏感だ。まして、わかりやすい性格をしたパールなら尚更。

 プラチナでも、パールの旅を共にしていないお母さんですら、今のパールに対して深い理解は示せまい。

 

「うん……頑張ろう……!

 頼りにさせてね、みんな……!」

「――――!」

 

 鞄も僅かに揺れたことから、鞄のボールの中からみんなも、意気込み充分とばかりにボールを揺らしてくれたのだろう。

 パールは改めてシンジ湖に目を向け、何とか最小限の交戦の末に、マーズ達のもとへ辿り着くプランを組み立てようとする。

 

 シンジ湖の地理や全景は、その目で見ずともパールの頭には入っている。

 ここに来るまででも湖の様子を木陰からかすかに窺ってきたパール、マーズとジュピターは目撃できなかった。

 となれば湖のほとりの中心部、あそこかあそこに奴らはいるはずだという見立ても消去法で立てられる。

 あとはそこまで、どのようにして迫るか。地元の利を最も持つ少女は、一世一代の乱入劇のため、汗ばむ手を握りしめて必死で考える。

 

「パール」

 

「ひぁ……!?!?」

 

 後ろから声をかけられて、つまりすぐ近くに誰か来たその事実に、パールは大声こそなんとか封じ込めたものの悲鳴が出る。

 ミーナの耳で誰か近付いてきてもわかるようにしていたのに、ミーナから何のアクションも無く、あまりに突然の接近者。

 背後すぐの所まで敵の接近を許したかと思ったパールは、大慌てで体ごと振り向きつつ、足がもつれて尻餅をつく始末。

 

「そんなに怖がりなら、こんなことするべきじゃないんだけどな」

 

「っ、っ……ぷ、プラッ、チ……?」

 

 ミーナがパールに何も教えてくれないわけである。彼の接近音は聞いていたであろうにも関わらず。

 だって、敵じゃないんだから。

 パールの後を追って、ここまで駆けつけてきたプラチナは、振り返った瞬間のパールの恐怖に染まっていた表情を脳裏に焼き付け、はぁ~と溜め息つくばかり。

 心臓が止まりそうなほど驚きぞっとしたことを今も表すかのように、はっはっと息を乱したパールの姿ったら、本当に頼りないんだから。

 

「……見捨てて一人で行かせるほど、僕だって冷血漢じゃないから。

 パール、本当にあいつらに捕まって二度と帰れなくなるよ」

 

「ぷ、プラッチぃ……」

 

「言っとくけど許したわけじゃないから。

 その辺、勘違いしないでよ」

 

 孤独な戦いを覚悟していたパールにとって、泣きたいぐらい嬉しい救援者は、心から縋るような声をパールに発させていた。

 でも、そんな風に頼りにされたって、プラチナはまだ怒っている。

 たとえこの後上手くいったって、さっきの喧嘩を無かったことにはさせないぞというプラチナの重い声は、突っぱねられたパールを黙らせる。

 

「でも、やるからには全力でやる。

 パールはシンジ湖には詳しいよね?

 どうやって攻めるか、考えはある?」

「っ、ある……!

 ギンガ団の幹部が、どこにいるかも探せる……!」

「よし。

 パール、その話を聞かせてよ。

 僕もそれに合わせて動くから」

 

 助けに来てくれたことは嬉しかったが、やはりプラチナは許してくれなさそうだ。パールにも、はっきりそう伝わったようだ。

 その上で、それでもあと一度だけは助けてくれると言ってくれるプラチナの存在そのものが、パールに並々ならぬ勇気をもたらしてくれる。

 さっきまで考えかけていた案だって、一人じゃなく、プラチナと一緒なら、ずっと成功の見立ても高まるのだ。

 その喜びを顔にも出さず、むしろ頭から締め出して、決意ごもった表情で返答したパールに、プラチナも強い眼でうんと頷いてくれる。

 これが、プラッチと一緒に行動できる最後の機会。

 きっとそうだと覚悟したら、パールの胸はぎゅうと締め付けられ、息も苦しくなるほどだけど。

 それでも自分なりに考え至った戦い方を、懸命にプラチナに説明するパールの言葉を、プラチナはずっと真剣な表情で聞き続けてくれていた。

 

 一世一代。

 マーズやジュピターにとって、幹部二人集ってのこのミッションがそうであるように、パールにとってのこの戦いもまた、その言葉に相応しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肝要なのは、攻め込むルートとタイミング。

 マーズとジュピターがどこにいるのか、ある程度の当たりをつけ、いよいよ見通しの良い湖ほとりに踏み込んでから、それを見付けて敵将の位置を確定させる。

 ほとりに出てから、敵の幹部発見までの時間は短ければ短いほどいい。

 もたもた幹部発見までの時間をかければ、それだけギンガ団員との交戦機会も増えて消耗する。

 敵に見つかりにくく湖のほとりに出て、かつ当たりをつけた場所に早く到達できる、それが意図して絞り出せる限りでは理想的な展開である。

 

「ねぇプラッチ……まだ、かな……?」

「あと少し。

 好都合な条件は揃ってるんだ。

 甘えさせて貰わない手はないからね……」

 

 ひとまず獣道をこそこそっと進み、思う限りの理想的な侵入ルートを辿ってきたパール達。

 草木の陰に身をかがめて、湖のほとり全域に陣取ったギンガ団員達の一部を遠目に見下ろしている。

 思わぬ方向からの警察の奇襲を警戒するギンガ団員達の、警戒網は盤石だ。どこから突入しようが、交戦完全回避は流石に不可能だろう。

 ある程度の戦いは覚悟して敵勢を目下にする中、プラチナがパールの肩を握り、はやる彼女をまだだよと諫めている。

 

 逆の手でプラチナは、手首のポケッチを自分の耳に近付けている。

 そばにいるパールでも聞き取りづらいほどの最小音量で、シンジ湖事件についての中継を続けているラジオ番組を聞いているのだ。

 その報道は、ギンガ団と戦っている警察の動きを逐一語ってくれるものであり、少し前に警察が突入し、今はそれが少し退がった直後であることも報じている。

 つまり、再突入は間もなくであろうというところだったのだ。

 あと少し、とパールに告げたプラチナの耳に、ちょうど警察が再突入を始めたという報道が聞こえてくる。

 

「……警察が動いたよ。

 ギンガ団は、迎撃に動くはずだ。

 そのぶん、見張りは残ってもここのギンガ団員達は手薄になるはずだ」

「警察の動きを利用しての作戦……

 プラッチもなんだか策士だね……」

「僕いま冗談で笑えるテンションじゃないんだけど。

 真剣にやってる? 僕かなり真剣にやってるつもりだけど」

「い、痛い……ごめん、ごめんプラッチ……

 でも、ふざけてるわけじゃないんだよぅ……」

 

 パールの肩をぎゅうと握って、今までのような冗談口をここで吐いてくれるな、付き合えないから、と力ずくで伝えるプラチナである。

 空気の読めない発言をしてしまったパールだが、やっぱり心のどこかでは、プラチナとの関係を諦められずにいるということだろう。

 いつものように話がしたい。こんな迫った状況でも。あるいは、だからこそか。

 突き詰めて言えば、厳しいかもとは思いつつも、どうにか無事にこの戦いを終えられたら、プラチナとの関係を修復したいという気持ちは残っているのだ。

 

 突っぱねられて、やっぱり無理なんだろうなと思い知らされる心地のパール、心に暗い陰は落とすけれど。

 弱い声を発しながらも、やがて踏み込む戦場に目を向けて、やるべきことをやろうと心構えを構え直す程度には彼女も真剣だ。

 ちょっと涙目になっているが。やっぱり絶交はつらいつらい。

 

「……シンジ湖南の入り口に向かって、何人か移動しているね。

 もう少しすれば、攻め込みやすい状況になると思う。

 いつでも行けるよう、準備しておいてよ」

 

 ぞろぞろとギンガ団員達が、少数の見張りを残して持ち場を離れ、警察の迎撃へ人員を動かしていく様子を見て、プラチナは突入間近の実情を静かに伝える。

 パールからの反応はなかった。声による返事が無いだけならまだしも、うなずくといった反応も無い。

 彼女の肩を握ったプラチナには、震えのない柔らかい女の子の柔肌の感触が伝わるだけで、怖がりパールの不動さに少し違和感すら得るほどだ。

 

「パール?」

「……そろそろ行く?」

「ん……そうだね、頃合いだ」

 

 返事が無いのでパールに呼びかけてみたプラチナだが、求めた会話とは無関係な問いかけが返ってくる。

 やや落ち着いた声に聞こえた。見方によっては、腹を括った声とも。

 パールもようやく、ここからの戦いに集中してくれたかと感じて、プラチナも気を引き締めるばかりである。

 

「プラッチ」

「ん……?」

 

 しゃがんだままの二人だが、パールが体ごとプラチナに向き合って、彼の名を呼ぶ。

 これから突入というタイミングでこれだ。

 プラチナからすると、少し出鼻を挫かれたような気分。

 

「ありがとう。

 私、プラッチのこと、ずっと忘れないからね」

「…………そう」

 

 駄目だこの子、本気で絶交を覚悟してる。

 ヒロイックな気分に浸ってるんじゃなく、本当にこれが自分と関われる最後の時間だって、腹を括っちゃったらしい。

 だって、最後の感謝を告げる表情、笑顔を作ったその顔があまりに重たい。

 精一杯の、心からの感謝を伝えるために笑顔を装って、悲しげに沈み切った目尻ときたら今にも泣きそうだし。

 これ絶対に演技じゃない。永遠の別れすら意識してる悲壮感えぐい。

 まあ、それほど自分との友情の決裂が悲しいのだと、ここまで隠しきれず表明されたら悪い気はしないし、プラチナも怒っていた頭も冷えるけど。

 

 でも、プラチナもあそこまで言ってしまった手前、色々覆せないものもある。

 ふぅ~、と長い息を吐いて、心を一度無にするよう努め、改めてパールと眼差しを向け合って。

 対パールの感情も、今だけは最も大切なことじゃない。強い敵に挑み、勝利し生きて帰ることが、今求められる命題だ。

 

「全力を尽くすよ。

 最後ぐらい、僕達の今までの集大成を、最高の形で発揮しよう」

「……うん!」

 

 プラチナも不器用だ。最後ぐらい、なんて言わなくたっていいのに。

 彼自身、パールと二度と口を利かない絶交なんて、恋心抜きにしたって心から望むことではあるまいに。長く一緒に旅してきた友達じゃないか。

 意地になってしまい、生涯最後の一緒に行動する時だと宣言するプラチナは、本心じゃないことを口にして胸がずきずき痛むほど。

 子供にとって絶交とは、相手が自分にとって大事な友達であればあるほどに、死に別れるほどの永遠の別れのようにさえ感じられるほど重いはずなのに。

 

 胸の痛みは双方にあった。

 だけどこの戦いに対する想いの強さだけは、奇しくも最も強い形で共有し合えていると言える。

 せめてこの戦いは、パールがギンガ団の手にかからないよう、最悪負けても何としたって逃げ延びられるように。

 せめてこの戦いは、ここまでしてくれるプラッチの気持ちを無駄にしないよう、出来る限りの最高の結末で終えられるように。

 負けられない戦い。誇張無く、どんなジム戦よりもだ。

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