「ルビー! かえんほうしゃ!」
「パッチ気を付けて!
絶対に食らっちゃ駄目だよ!」
先制攻撃を仕掛けようとヘルガーに駆け迫るパッチだが、火を吐くヘルガーの遠距離攻撃がパッチに迫る方がやはり早い。
パッチもそんな攻撃が来ることは織り込み済みだったようで、走る軌道を折って火炎放射を回避しにかかる。
しかし前方に燃え広がるヘルガーの激しい炎は、パッチの素早さでも完全に躱しきるのが難しい。
後ろ足を少し焼かれたようだ。しかし、痛いが走りが陰るほどではない。
「ううっ……!
パッチ、スパーク!」
ヘルガーの炎は湖のほとりの草地を燃え上がらせ、戦場の光景をパールに見づらくさせる。
パールは火の手から逃げつつも、きちんとパッチとヘルガーの位置を見て確かめて指示を出す。
その表情が緊張感以上の恐怖に引きつっているのは、自分の方に火炎放射をされるんじゃないかと深刻に恐れているからだ。
相手は悪の組織の幹部である。現にジュピターがその前科を持つし、いよいよとなればマーズとてトレーナーへの直接攻撃をも厭わないかもしれない。
「ちっ……! あのコリンクもここまで強くなったのね!
ヘルガー、少しは慎重にいきましょうか!」
「ッ――――!」
「わわ!?
パッチ、触れちゃ駄目だよ! 毒に侵されるっ!」
パッチの電撃体当たり、スパークを受けて大きくよろめき退がったヘルガーが、黒い煙を吐き出した。
技の名前こそ伏せたマーズだが、吸えば毒に侵される"スモッグ"であることはパールにもわかったようだ。接近戦を仕掛けづらくなる。
そしてヘルガーは自分が吐き出したスモッグの範囲内に陣取り、口の端から溢れるほどの炎を牙の奥に含んでいる。
「パッチ見えるよね!? 絶対来るよ!」
「――――z!」
「しっかり狙って! 放て!!」
広がるスモッグで身を包むヘルガーの姿は見えにくいが、口に含んだ炎が溢れて発する光が、辛うじてヘルガーの位置を見やすくしてくれる。
霧の中の砲台だ。ヘルガーの放つ火炎放射が、先程よりも溜めの利いたいっそう広く熱く燃える炎としてパッチに襲いかかる。
野を焼き尽くす豪火が爆音めいたものさえ映えさせる中、跳んで躱したパッチの判断は正解に最も近い。
広範囲すぎる炎は左右に避けてどうにかなるものではなく、跳んで躱して正解だったのだ。
だが、炎と熱は上に向く。宙空で表情を歪めるパッチは、炎に直接焼かれることこそ免れながらも炙られるような痛みは覚えているはずだ。
「頑張れパッチ、撃てーっ!」
「…………ッ!
――――――――z!!」
着地を待たずしてパッチが全身から発したのは、スモッグの中に身を隠すヘルガー目がけて放つ強烈な電撃だ。
高い突進力を持つパッチが接近戦を得意としているのは、パールが一番よくわかっている。
それでもヨスガジムでの戦いなどを経て、接近戦を好きには仕掛けさせて貰えない状況もあると学べば、パールもパッチに遠隔攻撃を教えるというものだ。
火炎放射でパッチに確たるダメージを蓄積させるヘルガーだが、"10まんボルト"の反撃を受けるこちらもまた無傷とは程遠い。
「怯まない! 好機よ、行きなさい!」
「――――z!!」
決して小さくないダメージを受けたはずだが、スモッグの自陣圏内に身を置いていた中から一転、飛び出しパッチに襲いかかるヘルガーだ。
スモッグの砦を固めて砲撃戦の構えと見せる、さすれば敵も遠距離攻撃を使ってくる、接近戦を嫌って見せたかのような姿から虚を突いて接近戦。
慎重にいこうという指示さえも本質を煙にまく心理戦の言葉遣いであり、着地直後のパッチにヘルガーが勢いよく噛みついた。
先がぎらりと光るほどの鋭い牙がパッチの胴元に突き刺さり、穴を開けられた体からぶしっと血が噴き出す痛々しい光景が、パールの目の前で展開される。
「うあぁ……っ、パッチぃっ、こっちも、かみついてえっ!」
「しっかりしてるわね……!
ブルー! 内側から焼き切ってやりなさい!!」
ショッキングな光景を前にしても、ぎりぎり今すべき最善策を導き出すパールに、マーズも気が抜けない状況だ。
暴れて振りほどけるヘルガーの"かみくだく"攻撃ではない。苦痛を耐えて口を開き、ヘルガーの胴に噛みつくパッチの反撃こそ正解である。
体内に地獄の炎を擁すると言われるヘルガーの牙は、食らい付いた相手を内側から焼く恐ろしい武器。
対するパッチの"かみなりのキバ"もまた、相手の体内に痛烈な電撃を直接通す強力技だ。
蛇と蛇が互いの尾を呑み込まんとする構図の如く、ヘルガーとパッチが互いの胴に噛みついて、内から発する強い力で体内から相手を苦しめる。
双方壮絶な苦痛にのたうち回るかのように食らいつき合ったまま地面を転がり、しかし決して己の牙を抜こうとはしない執念。
煉獄熱が生み出すヘルガーとパッチを包む陽炎と、かみなりのキバが発する電撃が溢れる強い発光の中、どちらも凄惨なほどの苦しみの中戦っている。
「っ、っ……パッチ、湖! 引きずり込んじゃえ!」
「ッ……!
――――z!!」
「ちょっと!?
ブルー、まずいわ! 踏ん張れない!?」
体の小さいパッチの方が、転がり合い引っ張り合いでは不利だろうか。いや、決してそうではない。
どちらも相手の上を取れずに拮抗した転がり合いの中、力比べなら分があると見たパールの声に応え、パッチは牙を抜いて四本足で立つと走りだす。
決して軽くないヘルガーに噛みつかれたまま、それを引きずりながらだ。
踏ん張ってそうはさせまいとするヘルガーだが、一気に湖面へと自分を引きずっていくパッチを食い止めることは出来ない。
駄目、と叫んだマーズの指示に従い、パッチから牙を抜いて、あと二完歩で湖へと飛び込めたパッチから地を蹴って離れる。
「頑張れパッチいっ! 撃ってえっ!!」
「――――z!!」
「く……!
ブルー、負けるんじゃないわよ!!」
「――――ッ!!」
炎ポケモンのヘルガーは水の中に引きずり込まれたら終わりだ。
必ず逃げる。そう見立てたパールの作戦勝ち、そしてパッチも身軽になったことで作戦成功に目を光らせ。
湖に飛び込みかけた岸ぎりぎりで踏み止まって振り返って、ヘルガー目がけて全力の10まんボルトだ。
対するヘルガーも大きく息を吸い、パッチ目がけて今日一番の火炎放射を放つ。
確実に仕留めるため、僅かな溜めを作ったヘルガーの炎より、パッチの電撃がヘルガーに届く方が早い。
しかし、電撃に身を裂かれるほどの痛みを覚えながら吐き出したヘルガーの炎は、逃げ場の無かったパッチを呑み込んだ。
炎の勢いは、まさに凄まじいの一言だ。
踏ん張れず、と言うよりは、踏ん張って全身焼かれ続けては本当に死んでしまうパッチが自ら地を蹴り、後方の湖に身を投じんとして押し出される。
「パッチ、っ……!」
しかしパッチが炎に包まえた瞬間には、我慢できずパールがパッチのボールのスイッチを押していた。
一秒を超え、二秒に満たぬ時間を全身炎で焼き尽くされたパッチは、辛うじて死に至らぬ程度に痛めつけられたに留まったと言える。
モンスターボールの中に身を免れさせれば、全身を焼いていた炎とも切り離すことは出来るのだ。水に飛び込むよりも良い。
だが、ぎゅっと握りしめたボールの中に入ったパッチが、もはやぐったりとして立つことも出来ないほどの様態であるのは、パールにも感じられることだ。
ボールは中を透かして見ることこそ出来ないものの、中のポケモンの息遣いを感じられるゆえ、長く連れ親しんだポケモンの状態は誰にでも読み取れる。
「なぁに? 睨んじゃって。
あんたが乗り込んできたからでしょうが、あたしを責めるのは筋違いよ」
次のボールを手にしてマーズに強い眼を向けたパールに、すかさずマーズはきつい一言を突きつけておく。
パッチがやられたこと、それでも負けるかと相手に眼差しを向けただけのパールの態度を、大事なポケモンを傷つけられた怒りだと拡大解釈しての言葉だ。
あながち全くの的外れでもないところだ。やっぱり自分のポケモンをこてんぱんにされると、よくもという感情は湧きがち。マーズも共感できる感情である。
あんたが自分の意志でギンガ団に喧嘩を売るようなことをしなければ、あんたのポケモンが今そんな目に遭うこともなかった、という姦言だ。
バトルに熱の入っているパールに対し、戦局を左右させるほどの動揺を期待するには少々状況不足である。
それでも多少なりとも精神的に揺らいでくれれば儲けもの。そしてそれ以上に、展開次第では明日以降にも響き得る揺さぶりだ。
マーズはそこまで計算して口にしている。ジュピターも大概の口八丁だが、マーズも心理戦を仕掛ければ流石の大人である。
「……ニルルっ、お願い!」
抱きかけた動揺を、敵の言葉に惑わされて調子を崩しちゃ駄目だと、パールは取るべき行動を適切に選んだ。
流石にこの鉄火場で、言葉遊びで心を崩すほど弱くはないようだと、今一度マーズは気を引き締める。
発電所では大したことのない初心者だったパール。だが、子供は成長が早い。マーズ自身も過去にはそうだった。
子供相手だからといって、心底侮るほどマーズも驕らない。
「――――z!!」
「ニルル! みずのはどう!」
「ブルー、ラストスパートいくわよ!
根性見せなさい!」
「ッ――――!」
戦場に降り立ったニルル、間髪入れぬパールの指示、一秒も待たず撃つニルル。
パッチの仇を、そして何よりもパールの大好きな湖を荒らす悪党なんかに絶対負けられない、そんなニルルの想いはその一撃にも溢れていた。
対するヘルガーは、ラストスパートというキーワードを耳にして、腹を決めたかのように目を閉じる。
一手早く"ねむる"ことを選んで体力回復したヘルガーに、ニルルの全力の水の波動が直撃だ。
「ブルー! かみくだく!」
効果は抜群、ただでさえ強烈でさえある一撃、押し出されて倒れたヘルガーだったが、倒れると同時にばちんと目を開け、素早く立ち上がる。
"はやおき"が得意なヘルガーは、癒した体に水の波動一撃ぶんのダメージを擁しながら、すぐさまニルルへと飛びかかった。
寝起き頭にもはっきりわかるよう、ポケモンの自己判断に頼らぬ、はっきりと技の名を口にするマーズの指示。
柔らかいニルルの首元に食らい付いたヘルガーの牙は、苦手な水を浴びて弱った体でも、全身全霊の顎の力と体内熱でニルルに確かなダメージを与えていた。
「もう一回……!」
「……ッ、――――z!!」
神経にまで刃で触れてくるような牙のもたらす痛みに苛まれながらも、ぎらりと眼を光らせたニルルがヘルガーに至近距離の水の波動を叩き込む。
食らいつく力を失うほどの痛烈な一撃に、水の波動に吹っ飛ばされたヘルガーは地面に転がった。
なんとか立ち上がろうとはしていたものの、限界を迎えているのは明らかなようで、マーズは冷静にヘルガーをボールに戻した。
充分、役目は果たしてくれたのだ。
ルクシオを破り、絶対不利な相性の相手に、一撃耐え抜いて一矢報いてダメージを与えることは果たしたヘルガーだ。
ねむる、はやおき、それによってどうにか一撃耐え、転んでもただでは起きぬその戦いぶりを、マーズはヘルガーのボールを一度撫でて労っている。
「あんたの気持ち、わかるわ。
大事なポケモンをこてんぱんにされたら、むかつくわよね」
ヘルガーのボールを腰元に戻す寸前、赤と白であるはずのそのモンスターボールが、白い部分を青く塗られていることにパールは今初めて気が付いた。
ブルー、と名付けているからなのだろうか。些細なボールへのデザイニングだが、ポケモンに対する思い入れを匂わせるマーズだ。
そんなマーズが、パッチをひどく痛めつけたマーズを睨みつけた時のことを蒸し返し、しかしながらその眼は先程までより据わっている。
大事なヘルガーをやられて悔しい、むかつく。マーズもまた、自分のポケモンが大好きなトレーナーであるのは確かなのだ。パールにもそう伝わった。
「もう手加減しないわよ……!
あたしの切り札! 今日は本気であんたを叩き潰すわ!」
大人のマーズが賢しいのは、パールに反論される前に、次の言葉を畳みかけるように発したところにある。
自分達の行動に道徳的な大義など無い。そんな自分が、己の大切なものを傷つけられたからといって怒るのは筋に合わぬことだ。
自覚があるからパールに感情的な反論を突き返される前に、戦いに集中せざるを得ない言葉を紡いで思考を遮断するのである。
マーズの煽りに思わず怒りがこみ上げそうになったパールが、言い返そうとした言葉も呑み込んで、眼前の敵に集中せざるを得ないのは少なからず厄介。
胸のむかつきを発散できず、熱くなったままの頭では冷静さも欠きかねないのだ。マーズの狙いはそこにある。
「ニルル、いばっちゃ駄目だよ……!
ブニャットは、混乱しないこともあるって聞いたことあるから!」
「へぇ、よく知ってるじゃないの。
だけど、果たしてどうかしらね?」
マーズが切り札と称して出してきたブニャット。
元々ブニャットは、テレビで放送される大きな大会でも、多くは無いが出番を見せるポケモンである。
ふくよかな身体に似合わぬ俊敏性と、搦め手の豊富な戦いぶり、そしてしばしば"マイペース"で混乱しない強みを持つ個体がいると一部で定評だ。
パールがそれを知っているのは、プラチナがそれを教えてくれたからである。
知識豊富なあの友達は、発電所でギンガ団幹部の一人の切り札がブニャットであると知り、パールにもその怖さを教えてくれていた。
いつ? シンジ湖突入の直前、パールを追って合流した後だ。
絶交宣言までしたにも関わらず、きちんと大事なことは教えてくれる辺り、やはりプラチナはパールに対して冷たくなりきれなかったようだ。
「舐めるんじゃないわよ、ギンガ団幹部を。
あんたに、この道を敢えて選んだ大人のおっかなさっていうのを、嫌ってほどわからせてあげるわ!」
「――――――――z!!」
「っ……!
ニルル、みずのはどう!」
「ニャムちー!!」
死闘を予感させる言葉でパールを揺さぶるマーズと、それに応じて大きくいななき、自らの強さを主張するかのようなブニャット。
"いかく"にも匹敵するような威圧感に気圧されかけながら、ニルルに指示を出したパールの根性は充分に据わっている方だ。
しかし、水の波動を撃とうとしたその瞬間、ブニャットが両前脚で地面を叩いたその仕草が、音波のような衝撃波を発する。
それは技を撃とうとしたニルルが怯むほどのもの、パールもびくりとして一歩退がるほどのもの。
ブニャットの"ねこだまし"がパールとニルルの出鼻を挫き、さらに地を蹴ったブニャットが先制攻撃を勝ち取る結果を残している。
具体的な指示一つ受けぬままにして、ブニャットはその爪でニルルを"きりさく"ことで第一撃。
勢いのあるその一撃の威力は充分だ。進化して、脂肪と筋肉をたくわえたブニャットの攻撃力は、見た目に似合わぬ速度も相まって非常に強いのだ。
「っ、どろばくだん!」
「迷いが無いわね……!
あんた、やっぱり弱くないわ……!」
ブニャットの切り裂く攻撃がニルルを捉えたのと、パールの声が放たれるのはほぼ同時だった。
躱せない、だったら受けてでも至近距離の一撃を、と咄嗟に判断できている。
でっぷりとした体ながら瞬発力に秀でるブニャットが、ヒット&アウェイの要領ですぐニルルから離れても、撃ち返された泥爆弾を躱しきれなかった。
半秒でもパールの指示が遅れていたら躱せていたかもしれないところを、直撃を浴びざるを得なかったのはトレーナーの指示が的確だったからと言う他ない。
「みずのはどう!」
「こっちもよ! 撃ち返せ!」
泥爆弾を受けて退いたブニャットに向け、水の波動を撃つニルルだが、ブニャットもまた吠えるようにいなないて、同様の技を返して相殺する。
ブニャットも水の波動を撃ったのだ。おおよそ、ブニャットの風体からは想像し難い技の一つ。
互いの水の波動が双方の中間点で衝突し、炸裂して場全体に水飛沫を散らせる中、ブニャットはふふんと鼻を鳴らして得意気だ。
ここまで飛んでくる水飛沫の冷たさを実感するパールの体だが、彼女が感じる肌寒さはブニャットの底知れなさに対する想いの方が強い。
「ねこのて……!」
「ふふっ、物知りね。
でも、あたしのニャムちーの"ねこのて"は、ちょっと一味違うわよ?」
パールがプラチナに教えて貰っていたことはもう一つある。
ブニャットの"ねこのて"に用心するようにという強い忠告だ。
トレーナーの持つ他のポケモンの技を借りるという、自分が本来覚えられぬはずの技さえ使えるようになるという強力な技、それが"ねこのて"。
もっとも、どんな技を借りられるかは選べないため、博打要素の強い技だ。
追い詰められれば使ってくるかも、それで戦況をひっくり返されないように、というのがプラチナのアドバイスだった。
「少し自慢してみましょうか。
ニャムちー、かえんほうしゃ」
「え……っ!?
ニルル、来……」
なんとブニャットはマーズに指示されるまま、息を吸い込むと膨らませた口に炎を含み、それをニルルに吐き出してきたのだ。
ヘルガーの放った火炎放射よりは、確かに威力も劣るものなれど。
本来覚えられない技を"ねこのて"で利用するブニャットが、マーズに指示されたとおり、借りる技を選べることの方が大きな問題だ。
自分の知っている"ねこのて"とは違う現実に驚愕するパールに対し、余計な前知識の無いニルルは素早く地表を滑り、単調な火炎放射を回避するに至っている。
「ほらほら、どんどんいくわよ!
その程度で動揺するあんたに、あたしのニャムちーを倒せるもんですか!」
自慢のブニャットの凄さをお披露目して得意気な風のマーズだが、"どんどんいく"とは即ちブニャットへの指示。抜け目ない。
火炎放射を躱した直後のニルルへ、やはりその瞬発力で迫ったブニャットは、躱す暇も与えず"きりさく"一撃だ。
一撃一撃が重い、ヘルガーの"かみくだく"攻撃とブニャットの"きりさく"攻撃、これらを立て続けに受けてきたニルルも苦しい。
動揺で指示が遅れるパールの声を待たず、自己判断で得意の泥爆弾をブニャットに撃ち返す。
これが出来るのがニルルの賢さであり長所だ。充分トレーナーとして成長し果たしているパールだが、今でも彼女のポケモン達はパールを引っ張っている。
「ニルル……!
っ、みずのはどう!」
「遅い遅い!
ニャムちー、撃ち返しなさい!」
泥爆弾を受けて怯み、前足で目元を拭いながらも、ブニャットはニルルの発してきた水の波動に同じ技を返す。
またも相殺だ。きっとニルルの水の波動の方が、敵に当てた時の威力では勝るだろう。
それでも同じ技のぶつけ合いとなれば、充分に威力を持つブニャットの水の波動は、相手の攻撃を我が身に届かせない防衛手段として成り立っている。
二つの水の波動が激突し合って炸裂し、はじけた水しぶきを浴びるパールも、能動的な攻めが形にならぬこの状況に焦りが先立ちそうになる。
そしてブニャットは相手の攻撃を凌いだと見れば、マーズの指示も待たず動くのだ。
大きく跳躍し、ニルルに跳びかかるその行動に迷いは無く、マーズもまた敢えて何も言わずブニャットの判断を肯定するのみ。
指示などなくともベストの判断をしてくれると、マーズもブニャットを信頼している。
再び切り裂くかのように直線的な接近と見せかけ、飛び道具で迎え撃とうとしたニルルの虚を突き跳躍、そして大きな体で"のしかかり"だ。
「ああぁっ……!
ニルル頑張って、なんとか反撃し……」
「ッ、ッ~~~~!
――――――z!!」
進化して体が大きく重くなったブニャットにとっては必殺技に近い。
全身をブニャットのお腹に下敷きにされたニルルが、頭を上げていられず顎を地面に打ちつけるほど、その軟体が耐えきれず潰される形となった一撃。
大きなダメージを与えたと確信すればすぐに動き、反撃を食らわぬよう離れるブニャットの機敏さに、パールの指示は追い付かない。
頑張って、の気持ちさえ伝えてくれれば充分だ。ニルルは自分で手立てを見付けて、決死の反撃に移らんとする。
「ニャムちー、来るわよ!
しっかり凌ぎなさい! あんたなら出来るわ!」
「――――z!」
「ニルル……!」
正直な所、ニルルはのしかかりを受けた時点で限界だった。
あのブニャットは強過ぎる。攻撃力が今まで戦った誰よりも強い。
もう頭を上げることも難しいほど傷付いた中、水を生み出し自らそれに乗り、急場凌ぎの"なみのり"によってブニャットの方へと迫っていく。
やや広い攻撃範囲を多量の水で押し込むその決死の一撃を、ブニャットも気を引き締めた跳びでどうにか凌いでみせる。
「――――z!!」
「ニャムちー!」
最後の力を振り絞り、波から逃れたブニャットに顔を向けたニルルは、開いた口から土色の水を砲撃のように発射した。
使い慣れていない"だくりゅう"だ。まして、足元の不安定な波の上で撃つべき技ではない。
元より余力を失っていたニルルは、自身の発した砲撃の反動で体勢を崩し、波の上から転がり落ちるように地面に叩きつけられる。
こうなることはわかっていたはずなのだ。自傷覚悟の慣れない大技。
そこまでしても、マーズの強い声に応えたブニャットのさらなる跳躍は、ニルルの濁流を躱しきっている。
着地したブニャットが、危ない危ないとばかりに息を吐く姿を顧みるに、それなりに肝を冷やさせることは出来たのだろう。
意地は示せたと言える。しかし、それで満足できようはずもないニルルは、地面に叩きつけられていっそう重傷ながら、体を震わせなお起き上がろうとする。
頭を上げることは出来ていない。やはり限界なのだ。
「結構よ、ニャムちー。
もう勝負ついてるから」
まだやるのか、と身構えたブニャットだが、マーズに制止されれば小さく頷いて素直に従うのみ。
パールがニルルをボールに戻すのと、マーズの声はほぼ同時だった。
自ら傷付くことをも厭わぬ想いを目の当たりにしたパールの、無言でニルルをボールに戻す表情たるや、己の無力感への悲しみに溢れていたものだ。
ニルルの収まったボールを握って見下ろし、涙目にさえなっているパールは、ねぎらいの言葉ひとつもかけられない。
未熟な自分がニルルにここまでの無茶を、自らの意志で踏み込ませるに至った現実を前にすれば、お疲れ様なんて言えた口にはなれないのである。
「…………ピョコ」
「次で最後かしら?
それとも、あたしが知る以上の5匹目がいる?」
ピョコのボールを手にしたパールに、マーズは探りを入れてみる。
元々パールは、マーズとの一度目の交戦やリッシ湖での邂逅、サターンとの戦いで手持ちが4匹とも割れている。
それ以上の個体が新たに加わっているだろうか。いや、次で最後かと突きつけられたパールが、ぎゅっと唇を絞った表情から、あれが最後のポケモンだろう。
元より顔に出やすい上、追い詰められた今ではなお顕著、そんなパールから情報を引き出すのはマーズにしてみれば容易いことだ。
ならば最後のポケモンはわかっている。リッシ湖でもブニャットと睨み合っていたハヤシガメ、あるいはその進化形態だ。
マーズはちらりと部下の方を見て、ニューラとミミロルに苦戦しっ放しの下っ端の様子を窺っておく。
あのニューラが強いことは知っているし、あのミミロルもよく育てられた強い個体のようだ。下っ端連中には荷の重い相手だとは確信できた。
このぶんでは、部下を一掃したあの二匹が、こちらに加勢してくる展開まで透けて見える。決着は急いだ方がよさそうだ。
「お願い、ピョコ……!
勝たせて……!」
両手で握ったボールのスイッチを押したパールに応え、ピョコが大きな地響きと共に大地へ降り立った。
低く、小さく、うなり声をあげ、任せろ絶対に勝たせてやるとばかりに意気込むドダイトスの姿には、マーズもブニャットも気を引き締め直す。
以前会った時よりも強くなっていること、進化していることなんて、想定外でも何でもない。
だが、いざ目の当たりにしてみれば、あの血走ったような目が放つ眼光は、追い詰められたご主人を守るためなら何でもするであろう、敵に回せば危険な眼。
自傷覚悟の決死行を見せたニルルの記憶も新しい今、最後のポケモンとしてパールを守るため、命さえ投げ打ってでも戦い抜く決意さえ窺えるほどだ。
マーズはあの眼が出来るポケモンを他にも知っている。
他ならぬ、自分のベストパートナーであるブニャットだ。
だから、誰より頼もしい。だから、そんな奴が敵に回ると一番怖い。
「ニャムちー、いくわよ!
リッシ湖で睨み合った相手、ここで白黒はっきりつけてやりなさい!」
「「――――――――z!!」」
マーズに応え、同時にドダイトスへの威嚇を兼ね、長く大きな鳴き声を発したブニャット。
それに対するピョコの咆哮も相応だ。足を踏み鳴らせば地を揺らすドダイトスは、その咆哮もまた敵対者の体を震わせるほど大きく、強い。
マーズは肌がびりびりとするような感覚に襲われ、他ならぬパールですらピョコの本気の声には身をすくませるほど。
だが、ピョコのボールを両手で握りしめたまま、祈るようにそれを強くぎゅうとするパールの必死さもまた、ピョコは見ずしてしっかり受け取っていた。
長い付き合いだ。どんな時にパールが一番勝ちたいかも、それが今であることも、そんな時にどれだけパールが強く祈るかも、すべてピョコはわかっている。
それを託されている。絶対に負けられない。
本気を出したギンガ団幹部という、過去最強の部類に入る敵との本気の果たし合い、戦える仲間も今やたった一人。
もう後が無いパールの命運は、奮い立つピョコの手に懸かっている。