「ニャムちー、かえんほうしゃ!」
「あっ、あっ……ピョコ……!」
炎は草ポケモンの最たる弱点だ。
ドダイトスと対峙したマーズの第一指示も当然それになる。お手並み拝見を兼ねた有効打だ。
"ねこのて"で借りる技を選べるブニャットにとって、初手はこれ以外にあり得まい。
対するパールも、これへの明確な対策となる指示など出せないのだ。燃え広がるように吐き出されるブニャットの炎を、避けてと頼むことさえ出来ない。
「――え、うそっ!?」
「――――ッ!!」
どうせ避けられないのだ。ピョコの割り切りは潔かった。マーズも驚くほど。
炎に弱い体で火炎放射に真っ向から突っ込んでいき、炎を突き破ってブニャットに体当たりである。
でっぷり太って踏ん張りも強いブニャットだが、流石に自分よりも大きくて重くて硬いドダイトスの体当たりには耐えきれず吹っ飛ばされる。
半ば虚を突かれ額をごっづんされて、吹っ飛ばされながらも宙返りし、きちんと着地している身のこなしは、図太い図体に似つかわしくなく身軽だが。
「ピョ……」
「――――――z!!」
パールの指示なんて待たない。すかさずブニャットに葉っぱカッターの連射を放つピョコ。
面食らうほどの猛攻ながら、即座に駆けだすブニャットはそれらを躱すほど機敏だが、ブニャットの駆ける先に走るピョコの動きに迷いは無い。
自分よりもでかい強敵が、火をも噴ける自らに恐れ知らずに突っ込んでくる気迫は凄まじく、ブニャットは跳躍してその体当たりを一時凌ぎ。
ピョコの背中の甲羅の樹木も飛び越えるほどの跳躍で、ひとまず体当たりを躱して離れた場所に降り立つ。
「――――!」
「っ……はっぱカッター!!」
ピョコは追撃に踏み込まず、睨みつけるほどの強い眼でパールを見据え、大きな声でいなないた。
何かを伝えようとする行為だ。言語の通じない相手にその真意は伝わるか。
腹を括ったかのように指示を発したパールに、恐らく彼が伝えたかったことは通じている。
「捨て鉢ね……!
ニャムちー、かえんほうしゃ!」
「走って、ピョコ!」
マーズにもわかるぐらいなのだ。伝わっているに決まっている。
それを挫くためにブニャットに出す指示も的確だが、パールはピョコに即座の反撃でなく駆けて炎を躱すことを指示した。
ピョコも従うかどうか迷った末に、パールの言うとおりに駆ける。
大きくて鈍重そうに見えるピョコだが、歩幅が大きいだけあって走れば意外に遅くはない。
しかし燃え広がる火炎放射を回避しきるのは困難であり、身体の後部を一瞬ながら確かに火に焼かれる結果を残してしまう。小さくないダメージが蓄積する。
「じしん……!」
「――――z!!」
「くう……っ!
ニャムちー来るわよ、迎撃してやりなさいっ……!」
「いっけえっ!!」
低く跳びつつ四本の足で、全力で地面を踏みしめたピョコが、ブニャットはおろかマーズの足をも崩すほどの揺れを起こす。
発動のタイミングがわかっていたパールだけは、内股気味に腰を落とし、片手を地面に着いて腰砕けを防いでいるのだが。
足腰に力を入れ、尻餅ついてピョコに心配されるようなことだけは絶対にすまいと突撃を指示するパールに、ピョコもその想いに応じるかの如く駆けだした。
地震はピョコの切り札だ。まともに立てないほどの揺れの中で、巨躯のドダイトスの体当たりを受けるダメージは計り知れない。
地に足を着けたポケモン達は、どんな攻撃を受けるにせよ、耐えるにはその足でぐっと踏ん張ることが前提になっている。
それが根本から揺れによって覆されているのだ。
人間に例えるなら、真正面から自転車が突っ込んできて、せめてぐっと力を入れて踏ん張り受けるか、踏ん張りひとつ出来ずに受けるか、その違い。
足を取られていることで回避すら出来ないことを思えば、地震から繋げるドダイトスの体当たりの脅威性は言うに及ばずだ。
もはや回避不能と割り切って、ブニャットは自らに迫ったピョコの顔面に爪を振るった。ただで自分だけ痛い目を見せられてたまるか。
痛烈な体当たりにぶっ飛ばされる形となったブニャットだが、目元を傷つけられたピョコが表情を歪める程度には一矢報いている。
そして、まだ戦えるブニャットだ。きちんと宙返りして、足を下にした着地を果たしているのだ。
呼吸は荒い。蓄積したダメージは、並々ならぬところにまで達しているのだ。
「ギガドレイン!
ピョコ頑張ってえっ!」
「――――z!」
「ニャムちーいける!? かえんほうしゃ!」
「ッ――――!」
良くない流れだ。マーズも歯噛みする想いで、悪しき流れを断つためブニャットに厳しい指示を出す。
苦しそうなのは明らかだ。だが、それでも撃って貰わねばもっと苦しくなる。
動いたピョコに火炎放射の当たりは浅いが、ギガドレインを中断させることの方が先決。耐久戦に持ち込まれると確実に分が悪い。
こちらが炎タイプの技を使えるのにだ。
「ああもう、やってしまったわ……!
自慢なんてするべきじゃなかったのね……!」
「ピョコもう一回! じしん!」
「――――z!!」
「ニャムちー! 距離を作って!」
再び地面を揺らすピョコに、先んじて地を蹴るよう指示したマーズにより、跳んだブニャットはピョコから大きく離れた場所で地震に足を取られる。
充分に距離を作ったことにより、地震から繋げて次に選ばれる痛烈な体当たりからは、回避の手立てがある状態だ。
地震はすなわち、次の攻撃が体当たりだと明かすようなものだ。これは確かな弱点である。
敵がぶつかってくるまでの時間を稼げる距離さえ作れれば、どうにかポケモンの膂力で以って、辛うじての回避は不可能ではない。
マーズも地震攻撃への対策法は知っているのだ。正しい判断である。
だが、今はその適切解ですら、ドダイトス対策として最適解ではない。
マーズが思わず苦々しく発したとおり、パールのびびらせるために"ねこのて"の脅威性を明かしたことが、今となっては思わぬ形で仇となっている。
「ピョコ! はっぱカッター!」
「ニャムちー、躱して!
まだ動けるわよね!?」
「――――ッ!」
とにかくパールとドダイトスの攻撃の手に緩みが無い。
ただでさえ強敵だとわかっているブニャットが、火炎放射まで使えるという、パール達にとって最大級の逆境。
これで子供なりにびびってガタガタに崩れることを狙って、"ねこのて"の特段の強さを"自慢"したのに、あいつらときたら開き直ってやがるときたものだ。
攻めて攻めて攻めて短期決戦狙い。ノーガードも厭わぬほど。
しかし、妙手である。シンジ湖の古きものを捕獲するための戦いに加え、ニルルとの戦いでも消耗したブニャットだ。
草ポケモンのドダイトスにとって、火炎放射使いの強いブニャットを倒すには、ダメージレースを制する勢いで押し切らんとする方がむしろ得策なのだ。
「あなた達、素敵よ……!
部下に……いや、対等に語れるパートナーに欲しいぐらいだわ!」
そんな高度な判断が出来ないパールに対し、攻め臨む姿勢を見せつけての目配せで最適解を示唆し、ドダイトスがこの戦い方に導いてみせたこと。
それを受け取り、がんがん攻める素早い指示を意識しつつも、可能な中でギガドレインを指示することで、攻撃一辺倒の脆さを補うパール。
今の最適解に辿り着いた上で、トレーナーがポケモンを最も戦いやすく、勝ちやすくするためにその能力を引き立たせる指示を叶えている。
そんじょそこらの子供相手なら、間違いなく必勝へと繋がっていたはずの揺さぶりが、いま最も脅威的な敵を眼前に作り上げてしまったのはマーズの失策だ。
マーズははっきりと認識を改めた。舐めていたのは自分の方だったと。
そんな相手が敵に回っているというのに、マーズはぞくぞくする想いに肌を震わせながら、間違っていない笑みを抑えられなかった。
強いトレーナーとポケモンを前にして、燃えないポケモントレーナーがいるだろうか。
雑魚相手のポケモンバトルでは断じて見出せない、理屈のつかない高揚感は、何歳になっても決して色褪せない。
「ニャムちー! エアカッター!」
「え!?」
劣勢だったはず。マーズとブニャットには、その劣勢を覆す手管がある。
地震からの体当たり、あるいは葉っぱカッター、それを躱せるだけの距離を作れば、こちらの火炎放射を躱される猶予も生じる。
決定打のある飛び道具を封じられた状況だろうか。いや、"ねこのて"で借りられる技はそれだけではない。
前足を振るったブニャットの飛ばす、三日月型の真空の刃がピョコを狙い撃ち、目を閉じ顎を引いたピョコの顔と甲羅を傷つける。
火炎放射よりも速く敵に迫り、遠距離からでも確実に敵を傷だらけにする、そして草ポケモンに対して強い効果を持つ技だ。
「ニャムちー、そのままよ!
距離を保って、傷だらけにしてやりなさい!」
「っ……!
ピョコ、じしん!」
「ッ、ッ……!
――――――――z!!」
遠距離戦となれば火炎放射を最低限のダメージで凌ぎ、葉っぱカッターで一方的なダメージさえ与えられる、ピョコのアドバンテージはこれで失われた。
となればパール達は、どうにか距離を詰めた戦い方に持ち込むしかない。
足を踏み鳴らしてブニャットの足を止めるピョコと、それを指示したパールの思惑はマーズも想定済。
「あやしいひかり!」
「ッ……!?」
「うぁ……!?」
ピョコの起こした地震の中で、なんとか踏ん張っていたパールも腰砕けに崩れるほどの、ブニャットが全身から発する禍々しい光。
出す技を選べる"ねこのて"はつくづく厄介だ。パールとピョコ、両者の平衡感覚を失わせるほど、"あやしいひかり"がもたらす影響は強い。
地震を起こしてブニャットに突き進み始めていたピョコが、足をもつれさせるほどのものであり、パールも尻餅ついた姿勢で戦場の様子を見極め難くなる。
「ニャムちー、勝負所よ!
引き付けて引き付けて、跳べえっ!!」
火がついたマーズの指示の声も強い。
己もしゃがみこむほどの地震の中、足を取られているブニャットに対し、引き付けるだけ引き付けて体当たりを避けろという難しい指示。
応えてくれるニャムちーだと信じているのだ。無茶なこと言うご主人だよ、と苦笑いしながら、四本脚に全力を投じるブニャットの肝っ玉も大したもの。
足がもつれそうになりながらも、必死で敵を逃さぬ体当たりに挑んだピョコ。
どうにか地を蹴り、その体当たりを躱したブニャット。
そして対象の無くなった場所への体当たりを空振って、もつれた足でずしゃあと腹を擦る形に体勢を崩したピョコ。
わけもわからず自分を攻撃したに等しいダメージがピョコに生じた中、既にブニャットはいつでもマーズの指示に従える姿勢が出来ている。
「かえんほうしゃ!!」
「ピョコ、っ……じし、ん……!」
すぐさま立ち上がってブニャットの方を向いたピョコだが、相手が発する火炎放射を回避するだけの動きを見せる猶予が無かった。
そんな中でパールが、妖しい光を受けて目の前がちかちかするほどの目眩に襲われながら発した指示に、一瞬の戸惑いも封じてピョコは従った。
パールがそう言っているのだ。勝たせてくれようとしているのだ。その場で低く跳び四本足で地を揺らす。
例え回避を一切叶えぬその動きにより、直後ブニャットの発する炎をもろに真正面から受けようが、きっと良い結果に繋げてくれるはずだと信じている。
「ニャムちーまだまだ! 焼き尽くせ!!」
「――――――――z!!」
「ゔうぅ……!
っ、ピョコーーーっ!! 頑張れえっ、つっこめえっ!!」
揺れる地面とふらつく頭、四つん這いのような姿勢になってもパールは、絞り出すような声でそう叫んでいた。
"こんらん"しているのだろうか。冷静さを欠いた猪武者の指示だろうか。
炎に全身包まれた中にあって、その出所へ向かって突き進むピョコは、パールを断じて疑っていなかった。
パールを引っ張ることさえあるほど賢いピョコでも。
今、この状況でこの逆境を覆す策を閃けなくたって。
パールが何かこの状況を打破する何かをくれるはずだって信じて。
もしも何も無かったら? それでもいい。それが献身だ。
「っ、かみついてえっ……!!」
「え!?」
火炎放射を突き破って迫ったドダイトスが、体当たりではなく噛みつく形でブニャットに一撃くらわせた姿に、マーズも驚愕の想いである。
地震で足元を崩した相手に体当たりするからこそ、地震の威力が活きるのだ。
噛みつくだけでは足元を崩したアドバンテージが活きない。回避させない、という一点においては強みだが、それしかないため悪手にも見える。
「ピョコ、っ……!
絶対、離さな……」
「――――――――z!!」
「ニャムちー!?」
だが、マーズとパールでは"かみつく"攻撃に対する認識に大きな差がある。
ピョコはブニャットの腹に噛みついた頭を上げ、重い相手の体を振り上げると地面に叩きつけた。
その一撃だけでも充分な威力を持つものであり、そしてなおもピョコはブニャットを咥えた口を、相手に食い込む歯を抜かない。
クロガネジムでも"かみつく"攻撃は、見方を変えればノモセジムでの"のしかかり"は、即ち相手を捕らえて離さぬ技は、勝利を掴む大技たり得たのだ。
あの日パッチやニルルがパールに勝利をもたらした勇姿を、ピョコは断じて忘れてなどいない。
ぎりぎりとブニャットの"あついしぼう"に食い込む牙を抜かず、もう一度首に力を入れて頭を振り上げ、重い敵を再び地面に叩きつける勝利への執念がある。
「く……っ!
ニャムちー、かえんほ……」
「ピョコっ、あの木に投げつけてえ……ッ!」
「――――!」
噛みつかれたまま二度も地面に叩きつけられ、その都度げはっと息を吐いていたブニャットも、マーズの指示を受ければ眼をぎらりと光らせて。
自分に噛みついたドダイトスに顔を向け、炎を吐き出そうとしたその瞬間である。
ぐわんぐわんする頭で、四つん這いどころか両肘を地に着け、ピョコに指定の樹木を指差すや否や、バランスを崩して地面に打ちつけるパール。
そんな姿を振り返って目にする暇は無かったけれど、息の詰まった彼女の声を語尾に聞けば、それだけ必死なパールの想いも窺えよう。
指差された木と、その指先も見ずピョコがブニャットを投げ付けた木は同じだった。要は一番近い樹木、それだけの話。
「たいあたりぃ、っ……!!」
「っ、ぐ……!
ニャムちー、ごめんね……!」
放り投げるように木に叩きつけられたブニャットと、それに向かってピョコにぶつかれと指示したパール。
既に走り始めていたピョコだったが、マーズはブニャットがその体当たりを受けるのを待つことなく、ボールのスイッチを連打してボールに戻した。
標的がいなくなったことでピョコはどうにか止まり、胸を打ちつけて苦しい中でもパールは転がって体を起こし、焦点の定まらぬ目で戦況を見極めんと努める。
炎とエアカッターを受けて息も絶え絶えのピョコ、それ以上にちかちかする目の前に耐えつつ、眼力を失うまいとしながら体がついてこないパール。
ちくしょう、こんな奴らに切り札のニャムちーをやられるなんて。マーズの悔しさは尋常のものではない。
確かにこのバトルの前からブニャットが抱えていたダメージの甚大さは、負けた言い訳には充分なほど大きかった。
シンジ湖の古きものとのバトル、ニルルとのバトル、さらにVSドダイトス。
最初からドダイトスとの一対一なら、絶対に負けてなかったとマーズは信じて疑わない。それだけ自分のベストパートナーを信じているとも。
それでも樹木に叩きつけられ、さらにそこへあの重量級の体当たりを受ければ、完全敗北であったのを確信してボールに戻したのは、降参宣言と同様だ。
自慢のブニャットが、かつて遊びながらいなした子供に敗れた。
それはマーズに屈辱的な感情を芽生えさせるには充分すぎるものだったはず。
「っ……!
パール!!!!!」
「ぅぁ……!?」
苦い感情を全て噛み殺し、マーズがパールの名を凄まじい大声で呼んだ。
怒りと悔しさ、全て乗せた強い声は、ようやく立ち上がりかけていたパールがびくぅとして、情けなく尻餅をつくほどの気迫である。
これは、本気で怒ったお母さんに怒鳴られた時でも体感し得なかった、感情迸る大人の憤怒をぶつけられた戦慄。
恐らく至近距離にいれば顔を殴られていただろうと思えるほどの、並々ならぬ感情を擁する大人の剣幕は、やはり11歳の少女には恐ろしいものだ。
「今日の屈辱、絶対に忘れないわ……!
あんたには、いつか必ず借りを返す……!」
「ひっ!?」
マーズが最後のポケモンとばかりに、ボールのスイッチを押して表に出してきたのは、彼女の最後のポケモンゴルバットだ。
あらゆる理屈を踏み潰して、パールにとっての最大の恐怖対象である。
ただでさえ精神的にも余裕の無い、気構え無き中では裏返った恐怖声を発するのも当然だ。
そんな彼女の声を聞いて、ピョコはぐっと足に力を入れて、息も絶え絶えの体に鞭打って気を引き締め直すのみ。
戦い抜ける限り、死んでもパールを守るために戦い抜く覚悟はとうに出来ている。
だが、捨て台詞めいたその言葉を最後に、マーズはパールに背を向け撤退の足を駆けていた。
ゴルバットは、あくまで最後の護衛の一匹に過ぎないのだろう。
そもそも今のマーズにとって、パールに勝利することは最たる目的ではない。
捕獲したものを組織の手中に収めるため、己が確保されぬよう逃げ延びること自体が、マーズに課せられた最後のミッションなのだ。
「ジュピター! あたしもう帰るからね!
あんたも遊んでないで、さっさと引き上げなさい!」
「そう、潮時なのね……!
オッケー、スカタンク! こっち来なさい!」
マーズが合流する先は、当然別のトレーナーと戦っていたジュピターだ。
彼女も同志。普段はいがみ合っていようが、いよいよとなれば共に引き下がらねばならぬ仲間だとマーズもわかっている。
自身がパールのような子供に一矢報いられた記憶に則り、同志もまた同じ苦境にあるなら助ける心構えは出来ている。
「く……!
待て、ギンガ団め……っ!」
「おさらばよ、無力なクソガキ。
無力を噛み締め、せいぜいあたし達の見てない所で女々しく泣くといいわ」
マーズがその気で戦えば、ゴルバットという最終戦力で、ピョコを仕留めて完全勝利を収めていたであろうことと同じように。
切り札たるスカタンクに余力を残したまま、逃亡用のゴルバットを表に出したように。
ジュピターもまた、プラチナに対し、実質的に勝利確定と思わせるだけの結果をその戦いに残していったのだろう。
最後のポケモン、ピョコと同様に満身創痍のエンペルトを控えたプラチナも追えぬ中、マーズとジュピターは去っていくのだった。
リッシ湖を襲った、後に語るなら歴史的な出来事とも言えよう騒動。
ギンガ団幹部を遊撃した二人の少年少女の行動は、結果的にその二人を制圧することは出来なかった。
間もなくして警察の強い勢力が突入し、ギンガ団の下っ端多くを検挙する結果には繋がったけれど、それは二人の活躍とは別の話である。
パールとプラチナは、彼ら彼女らが望んだものは獲得できなかった形である。
二人が戦うフィールドに、邪魔立てする者を許さなかったミーナと、乱入者であるニューラも双方無事のまま、騒乱を終えたことはぎりぎりの幸いだったか。
しかし、二人にとっては敗北である、肝心の、直面した、幹部は確保できなかったのだから。
一方で、プラチナにとっては勝利である。ただの敗北には遥かに勝る、より最悪な結末からはパールを守れたのだから。
果たしてパールにとっては、この戦いはどうだったか。
敵が去り、ピョコに頬を擦り寄せられ、そんな彼をねぎらう中で、パールが仄暗い顔をしていたことが、間もなく彼女を襲う闇を象徴していると言えていた。