ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第89話   悲劇

 

「で、旅は続けていいって言って貰えたの?」

「な、なんとか……

 それ以上に、こってりたっぷり叱られたのですが……」

「まあ、許されたんならいいけどね。

 僕も、旅はダメだって言われてるパールと一緒に行動し続けるなんて、流石にやりづらくって出来なくなっちゃうしさ」

「ぬぇへへへ……」

 

 マサゴタウンのポケモンセンターで朝を迎えたパールとプラチナ。

 朝ごはんを食べながらの話題はやはり、パールちゃんとお母さんに電話した? というプラチナの確認から始まる。

 どうやら電話はちゃんとしたようで、当然のお叱りを受け、しかしながらもう旅をやめなさいとまでは言われなかったようだ。

 相当色々言われたらしく、大好きなお母さんやプラッチに心配かけまくったことへの反省は、さしものパールも深い様子。

 苦笑いで出る声が、今までに聞いたことのないものである。ぬぇへへって。

 

 もっとも、旅を続けてもいいという言質を母から得たパールだが、それも実は安く得られたものではなかったりする。

 向こう見ずな行動をする愛娘に、旅なんてやめて帰ってきなさいとお母さんが言うのも当然で、それはパールの最も恐れていた言葉の一つ。

 パールは食い下がったらしい。有り体に言って、ワガママ全力投球だが。

 いくら言っても駄目! とお母さんに言われても、とにかくとにかく食い下がった。

 電話を切られてもかけ直して。出て貰えなくても、何度も何度もかけ直して。

 やり取りするたびごくごく真っ当な痛烈な言葉を浴び、それでもやだやだで駄々こねて、泣きじゃくりながら旅はやめたくないの一点張り。

 何時間もそんなやりとりを繰り返して、ついにどうにかお母さんからお許しを勝ち取った次第であったりする。

 まったく厄介なじゃじゃ馬っ子。勿論パールは、この辺りのことまでプラチナに話さない。いかにも呆れられそうだとは自覚しているようで。

 

「……あのぅ、プラッチ。

 一つだけ確認していい?」

「ん、なに?」

 

「えぇと……絶交は、取り消しでいいんだよね……?」

 

 コイツは、というにも似た想いに、プラチナが溜め息をついたことは言うまでもない。

 これ見よがしな溜め息に、やばい怒らせたかも、とパールが緊張するところである。

 怒っちゃいないが、呆れさせられるプラチナとしては、どう返答するかちょっと考える。

 甘い反応は見せたくないし、だからって意地悪すると洒落に済まぬ落ち込み方をさせるかもしれない。本当、厄介な親友。

 

「はいはい、取り消し取り消し。

 今日も明日も僕はパールの友達で、親友だよ。

 これからも一緒に旅しようね、今までとおんなじように」

「ありがとう……!

 プラッチ、これからもよろしくお願いしますっ!」

 

「言っとくけど、もう絶交宣言させるような滅茶苦茶はしないでよ!

 僕ほんと色々としんどかったんだからね! わかってる!?」

「わ、わかってる、わかってる……」

「わかってない顔してるっ!」

「だ、だって~……」

 

 ああ、ちょっとむかつくぞ今のパールの顔、とはプラチナの心からの想い。

 反省の姿勢とうつむいた顔で、心底反省はしているのは間違いないだろうけど、ちょっと頬が緩んでいるんだもの。

 絶交せずに済んで、これからも一緒にいられるんだと言質を取れて、どうしても顔に出るのを抑えられないほど嬉しいのが見え見え。

 好意を向けて貰えている当事者として、ちょっと嬉しく感じてしまう自分に、パールに甘くしちゃ駄目だと理性を求められるプラチナである。

 もはや保護者みたい。実際、当分プラチナに頭の上がりそうにないパールなので、兄と妹か父と娘ぐらい、両者の間にヒエラルキーが生じ気味。

 

「もう、ほんとに反省してるよね!?

 振り回される方だって大変なんだから!」

「わ、わかってるよぉ……

 今回ばかりは、本当に反省したから……」

 

 心からそう言っているのがわかるのと、いつか感情が暴走すれば、今回のようなことはまた起こりそうだと予見してならないプラチナ。

 その時々では本気で反省し、しかしながらいよいよとなればその反省も吹っ飛び、再暴走するパールだと彼女の人間性が見えてきたプラチナの気苦労ぶりよ。

 タチが悪いとさえ言えるほど手のかかる親友である。

 その感情論に正しい意味での正義感が伴っていなければ、本当に見放したくなっちゃう厄介ぶり。

 

 ともあれ旅は再開だ。

 後腐れありまくり、しかしながらしがらみなく、ジムバッジを集めるパールの旅は、今後も今までと変わらぬ形で継続される。

 今までと変わらぬ形。プラッチも一緒。

 失えば耐えられぬものを失わずに済んだパールの、強く反省しながらも隠しきれぬ安堵を匂わせる表情の機微にこそ、プラチナは頭を抱えたい想いだった。

 

 本当、惚れた側というのは損である。さっさと見放せてしまえばどれだけ楽か。

 ただ、プラチナだって恋心抜きにしても、長らく一緒に旅してきて、情も親愛感情も募り重なった親友とは、そうそう離れたいと心からは思えまい。

 友達というのはそういうものだ。良いことも悪いこともある。

 人間関係に利害を意識するようになった大人がいつしか忘れていく、純真な子供達の掛け値無き人となりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし』

 

「うざっ。

 何なのよ、昨日の今日で」

 

『いきなり喧嘩腰は勘弁なさいよ。

 あたしだってそこそこ躊躇したのよ、昨日の今日なんだから。

 流石に世間話であんたをからかうようなことはしないわ』

 

 時は昼過ぎ。

 特殊なトランシーバーを耳元に、同胞ジュピターからの通信を受けたマーズは、さっそくたいそう不機嫌である。

 ギンガ団特製の、決してその通話を傍受されぬトランシーバーは、ギンガ団幹部同士の通話を懸念無く果たせる神器とさえ言えよう。

 しかしながら道具の都合上、会話に若干のストレスを感じさせるノイズはつきもので、まして通話相手が心から嫌う相手となれば。

 大嫌いなジュピターとの会話にさっそく不愉快を隠さぬマーズに、通信相手も溜め息を堪えて冷静な語り口を貫いている。へそを曲げさせると話が長引く。

 

「ちゃんとエムリットはサターンに引き渡したんでしょうね。

 あんたの仕事よ、簡単でしょ」

『無茶言わないでよ。

 そりゃ最後にはきちんと引き渡すけど、こんな隠遁生活しながら一日でアジトまで行けるわけないでしょ。

 絶対に失敗できないんだから、人に任せるわけにもいかないのだし』

「はいはい、言い訳言い訳」

『もう、あんたあたしのこと目の敵にし過ぎじゃないの。

 煽り癖なんてつけるものじゃないわよ、あたしみたいになりたいの?』

「機嫌悪くなるのよ、どうしてもあんたの声聞いちゃうと。

 なかなか折り合いつけにくいわ」

 

 昨日、あれだけの喧嘩の後に別れたマーズとジュピターだが、やはり関係は最悪レベルである。

 しかしながら、喧嘩を避ける対話を敷くジュピターに、マーズもいちいちいがみ合っても仕方ないという意識をどうにか回復させ、落ち着こうとしている。

 大嫌いな相手とはいえ、協力体制であるべき相手と認識すれば、我慢を重ねて付き合いを保つ。

 目的第一のビジネスライクな、大人同士の関係だ。理屈要らずに手を繋げる、子供達の友情とは対極のものであると言えよう。

 

『今、どうしてもサターンは身動きが取れないからね。

 迅速な連携が難しい状況にあるのよ。

 向こうからも来てくれるんなら、今日中での引き渡しも出来るんでしょうけど』 

「まあ、それはあたしにだってわかるわよ。

 あいつ、あの一番大変な立場をよく上手に立ち回れるものだわ」

『来たる次なるファイナルミッションでは、どうにか都合をつけて力を貸してくれるそうだしね。

 あいつに関しては信頼して待ちましょう。

 あたしの本題としては、そんなところよ。

 逃亡生活続きのあたし達、気は急くかもしれないけれど、もう少しの辛抱よって話』

「言われなくたってわかってるっての。

 ……気を回してくれたのは理解するけど、個人的には正解じゃないから、それ。

 あたしあんたのこと、本当に苦手なの。声、聞かせないで欲しかったわ。熱くなるからさ」

『話のわかる声で言われると流石に困るわねぇ』

 

 あれだけ言い争った翌日ながらも、恩着せがましくでもなく配慮を回してくれるジュピターの態度には、流石にマーズもこれ以上の牙は剥かない。

 正直なところは言ってしまっているが、喧嘩腰ではない声色なので、簡単にはコントロール出来ない感情なのだという、譲歩願いの訴えに近い。

 ジュピターは腹を立てない。理解はしているのだから。自称悪が嫌われることを厭うなど、むしろジュピター自身がちゃんちゃらおかしいと嗤う話。

 

「話は終わり?

 一応、気を遣ってくれたみたいなのは理解したわ」

『……もう一つ、報告がある。

 同胞として、あなたの耳には入れておくべき内容だと思うわ』

「何よ、もしかしてそっちが本題なんじゃないの?」

『いや……どう、でしょうね……

 知ろうが知るまいが私達の今後の行動に影響の無さそうな話なんだけど……

 少し、インパクトの強い話ではあるから伝えないのもおかしいし……』

「…………?

 はっきりしないあんたって珍しいわね。

 まあ一応聞いておくわ。必要な情報かはこっちで判断するから」

 

『サターンと、一度だけ通信で連絡を取ったのよ。

 こちらとしてはエムリットの捕獲成功を伝えるだけのつもりだったんだけど、あいつからも報告があって――』

 

 歯切れの悪いジュピターの態度には、マーズでさえも怪訝さを覚える。

 敵対する者には好き放題に饒舌な皮肉を垂れ、組織の同胞にも開き直った語り口で常に堂々。

 たかだか報連相で言葉を濁しかけるジュピターの態度はおおよそ彼女らしくなく、ジュピターは言葉を選びながら、重い事実をマーズに打ち明ける。

 

 いかにも、悪の組織らしい報告だ。だが、しかし、それは。

 今までの悪行とは一線を画す、あるいは一線を越えたとも断言できるその報告には、マーズもトランシーバーに耳を寄せた表情が強張る。

 あり得ない話ではないとも、覚悟はしていたことでもあるけれど。

 ついに、そんなことが実行に移されようとしている現実を突きつけられれば、いよいよ自分達も後戻り出来ない所まで来たのだと再認識する。

 

『――以上よ。

 首尾よく運べば、今日の夕頃にでも実行されると思うわ』

 

「…………それは、誰が発案したことなの?

 ボス? それともサターン?」

『ごめん、それはわからないの。

 ……ちなみに、発案者はあたしじゃないからね。

 あたしがやりそうなことだって思われるかもしれないけど、あたしもわざわざ能動的にそこまでする胆力は無いのよ』

「……………………」

 

『誰でもいいじゃない。あたし達は悪の組織よ。

 必要とあらばそんなこともする、ボスにせよサターンにせよ、ブレーンがそうすべきと判断してのことなら……』

「ねえ、それ意味あるの?

 例えばシロナならわかるわ。そいつに手をかけて何になるっていうの?」

『それはあたしもサターンに聞いた。

 あいつは、必要なことだからだ、とだけ答えたわ。

 サターンがそう判断して発案したこととも、ボスの言うことだから意図が読めなくても必要なことだと汲んだとも取れる。

 正直、真意はあたしにも計りかねるわよ』

 

「……………………」

『ちょっと、マーズ。

 大丈夫なの? あんた……』

「役立たず」

『ちょっと――』

 

 捨て台詞めいたものを吐いて、マーズは一方的に通信を断ち切った。

 悪行も厭わぬ覚悟でギンガ団幹部となったマーズの志そのものは、ジュピターにも信頼されるところだ。

 それでもマーズは二十歳にも満たない。あまりに一線を越えた蛮行に対し、理性では受け入れようとしても感情がそう受け入れ難い側面もあろう。

 サターンがジュピターに伝えた"凶行"は、マーズにとっては現実を受け入れ難きほど、あまりに残酷で悪辣な実行である。

 

 一人になりたい。

 薄暗い山奥、山林の中で鬱蒼とした木々の合間から空を見上げるマーズは、どこで私は道を間違えたんだろうと今改めて思う。

 ささやかで、しかしながら叶え難き、ゆえにこそ悪の組織に属してでも果たしたかった夢が彼女にはあった。

 そのための道のりの中で、仲間と呼ぶべき者達が為す、万死に値する非道を耳にして、その同胞たる己への自己嫌悪たるや並々ならない。

 

「――――……」

「……………………ニャムちー」

 

 ご主人が気落ちしていると見れば、ボールの中から飛び出してでも、気遣うように鳴き声を出してくれるブニャットだ。

 マーズは目眩すら覚えるような気分の中、その場に座り込んでブニャットに背を預け、両手で目を覆って上天を向かずにいられない。

 涙など出るものか。それ以上に溢れ出る悔恨の想いには、呆然とするばかりで感情を抱く胸すらはたらかない。

 

「おかしくなりそう……

 取り返しがつかな過ぎるわよ……」

 

 ジュピターがスカタンクに、パールへの火炎放射を撃たせた話も知っている。

 だからマーズはジュピターのことを心底嫌っている。悪党にせよ、越えちゃいけない一線というものがあろう。

 邪魔者は消す。悪の組織らしい発想。

 だけど、本当に殺してしまうのは駄目だ。それだけは絶対に駄目。

 どうして駄目なのか、そこに根拠を必要とする奴は壊れている。

 マーズがぎりぎりジュピターとの関係を保てているのは、あくまでジュピターが殺人未遂犯で留まっているからに過ぎないのだ。

 

 まさか、人殺しなんて。

 サターンの語る策が招き得る結末を耳にしたマーズは、そんな奴らに荷担している自分をどう見ているのだろう。

 彼女の目も、頭も、そこに実在する己周囲の世界を一つも認識していない。

 堕ちた自らへの、やがて大願果たせたとて誇れぬ自らの、血に濡れた両手に呆然とするばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛、っ……!?」

 

「パール、大丈夫?

 昨日から、ちょくちょくそうなってるけど……」

「だ、大丈夫大丈夫、すぐやむと思うから……

 昨日もそうだったしさ」

 

 翌日の朝。

 昨日、マサゴタウンを出発したパール達は、コトブキシティをそそくさと通り抜け、ソノオタウンのポケモンセンターで一夜を明かした。

 この、真昼のコトブキシティ通過がパール達には関門であり、かなり神経を遣う行動で、二人を相当に疲れさせた。

 

 何せシンジ湖で、指名手配犯相手に果敢に戦った子供達二人というのは、それなりにお茶の間を騒がせるセンセーショナルな報道だ。

 あの子達は何者なんだろう、というマスコミの強い強い興味は、パール達でも決して自意識過剰でなく容易に想像できるものである。

 そしてシンオウ地方最大の都であるコトブキシティは、テレビ局もある大都会。要するに報道陣の本丸。

 とにかくパールとプラチナは、そんな報道陣に見つかりたくはなかった。

 見つかったら取材とインタビューの集中砲火間違いなし。特にパール、こんな形でまたテレビに映されたら、またお母さんのカドが立つかもという恐れがある。

 幸い、シンジ湖での戦いは上空撮影から撮られていたものの、二人の顔までは割れていないのが救い。

 さりとて帽子は撮られていたので、子供知恵ながら二人は帽子を脱いでパールの鞄に隠し、なるべく目立たないようコトブキシティを抜けきった。

 上空映像から得られる、少年少女の唯一にして最大の特徴さえ隠し通せば、どうにかコトブキシティをくぐり抜けられたようである。

 それなりに神経を遣ったぶん、パールもプラチナも精神的にすごく疲れたが。

 

「でも、そこまでの頭痛って少し心配だよ。

 リアクション見る感じ、それ尋常じゃないでしょ」

「だ、大丈夫だって~。

 多分、ただの冷房病だよ」

 

 それに加えて、二人を疲れさせたものがもう一つある。

 マサゴタウンを出発し、コトブキシティを通過し、ソノオタウンに至るまで道のりの中において。パールが何度も頭痛を訴えたことである。

 一時間に数度、断続的に襲い掛かる頭痛はパールにとっても当然つらく、それを目の当たりにするプラチナの心配も強い。

 

 パールはプラチナに負い目がある今、あまり体調不良を表に出して、心配かけるようなことは避けたがる性格だ。プラチナも概ねわかっている。

 その上で、頭痛のたびに思わず片手をこめかみに持っていき、つらい顔を隠しきれないパールなのだから、その頭痛とやらは相当に重いのだろう。

 当事者のパールもきついし、体験者じゃないゆえにこそ、想像しか出来ぬながらつらそうなことだけわかるプラチナも気が気でないというもの。

 空調を利かせ過ぎて、翌日頭痛に苛まれるということは珍しくないため、冷房病だと解釈するパールの発想は決してずれたものではないのだが。

 些か断続的に長続きする頭痛に、そして苦しむ彼女を一日中見続けるプラチナも、昨日は疲れが溜まったものである。

 

 おかげで二人は、ポケモンセンターで晩ごはんを食べたら、疲れも相まってすぐに寝てしまったのだ。

 夜に緊急速報されたニュースを見ることもなく、である。

 その時、シンオウ地方を揺るがした凶悪事件が報じられていたことを、昨日パール達は知るよしも無かったのだ。

 

「それよりさ、プラッチ。

 相談があるのですけれど」

「相談? なに?」

「昨日の夜、ナタネさんに電話したんだけど、全然出てくれなかったの。

 これは、その……アレかなって……」

「あー、多分そうだね。ナタネさんキレてるね」

「ちょっと~! 真面目に相談してるんだってば~!

 そんなノータイムでテキトー返事するのやめて~!」

 

 ソノオタウンを出発し、ハクタイの森へと向かう205番道路を歩くパール達。

 昨晩の話をするパールに、プラチナはややからかい気味の反応である。

 

 パールはナタネさんに、危ないことはしちゃダメって言い聞かせられている。

 リッシ湖騒動の時も、パールがギンガ団に真っ向挑んだことを知ったナタネから、電話越しにそれなりの説教をされたものだ。

 今回のシンジ湖騒動とて、広く報道されたところであり、ナタネも恐らくパールがマーズらと戦ったことは知っているだろう。

 完全に怒っちゃったナタネさんが、自分の電話をガン無視しているのではないかとパールは不安なのである。

 不安になれなれ、いい薬だ。プラチナのちょっとした本音。

 

「無視するほど怒ってても仕方ないレベルだと思うよ。

 二回目でしょ、これで。僕がナタネさんならキレる。

 ついでに言うと、三回目があったら僕もキレるかも」

「うぐぅ……ついでに釘を刺される……やぶへびぃ……」

「どうせキッサキシティに向かう途中でハクタイシティは通るでしょ。

 ナタネさんに会って、なんで電話に出てくれなかったから聞いてみようよ。

 場合によっては土下座も辞さない覚悟で」

「ど、土下座したら許して貰えるかな?」

「さぁ……そもそも土下座したら許して貰える、って感覚が僕もよくわかんないし」

 

「土下座ってなんなんだろうね。

 アレってそんなに意味あるの?」

「ん~、僕も正直よくわかんないんだよね」

 

 子供にはちょっと難しい話かもしれない。

 土下座すればどうにかなると思っている大人がいても、それはそれで問題だが。

 実際、土下座が有効な局面なんてのは限定的なのが現実だったりするし。

 

「まあ、ナタネさんがパールの暴走を知ってる前提で考えた方がいいと思うよ。

 とりあえず、嫌われたくないなら謝る準備はしておいた方がいいんじゃない?」

「あたま、いたい……」

「どっちの意味で?」

「頭痛じゃない方。

 も~、どうしよう……嫌われたくないよぉ……」

「頭痛の方は大丈夫なの?」

「あ、うん。今はおさまってる」

 

 他人事プラチナと真剣に悩むパールだが、会話の内容自体は他愛無く。

 まったりとした足取りでハクタイの森を抜けるなら、ハクタイシティに、ハクタイジムに着くのはおやつ時になりそうだ。

 パールはハクタイシティに立ち寄った以上、敬愛する人に会いにハクタイジムまで足を運ぶのは確定事項である。

 さて、明らかに怒られる根拠を持つパール、それでも会いに行くのだろうか。行くのだろう。

 無視していくなんて、そっちの方があり得ない。

 なんとか許して貰えるように、必死で謝る心構えを今から作っておかねばいけなさそうである。

 

「とりあえずラジオでも聞きながら森を抜けようか。

 パールってあんまりうんうん悩み込んでも、一発逆転の解決策を閃いたりするタイプじゃないでしょ。

 リラックスして考えようね」

「ねぇ、最近プラッチの中で私、まあまあお馬鹿さん扱いになってない?

 けっこうド失礼なこと普通に言ってるよね? おん?」

「一昨日バカなことしたばっかでしょ」

「それを引き合いに出すのはずるい!

 過去のことずーっと言い続けるのはダメだぞっ! 意地悪だぞっ!」

「まだ風化には早いでしょ。

 僕もうしばらくはコレ言い続けるよ。ずーっとじゃないけど、しばらくは」

「うぎーっ!」

 

 やらかした後、人を多大な世話をかけた後というのは立場が弱くなる。

 まあパールの言うとおり、いつまでも人の失敗をねちねちつつきまくるのは陰湿だし、良くないことには違いないので正論か。お前が言うな感はさておいて。

 ある意味で、やらかしたことをいつまでも引きずらず、絶交を免れたプラッチと早く対等に話したがる、そんな気持ちが滲み出た態度でもある。

 何のかんのでパールは結構、プラッチに対しては甘えるのである。それだけに、彼に本気で叱られると、親に叱られた時と同じぐらいへこむけれど。

 別段パールが甘ったれと言うよりは、年の同じ子供同士の友達関係、よくある話である。

 見方によってはプラチナだって、はちゃめちゃされても何だかんだでパールと一緒にいたがるのだから、彼がパールに甘えている部分とてゼロではない。

 なんだかんだで人と人とは、その字の由来が表すとおり、寄りかかり合って生きていくものである。

 

「あ、よかったねパール。

 今日のラジオは昨日みたいに、シンジ湖事件一色じゃないっぽいよ」

「いじるなっ! ゆるさんぞ~!」

「え~と……ハクタイシティでの通り魔事件?

 うわ、怖……またギンガ団が何かや……っ……?」

 

 昨日は一昨日のシンジ湖事件が最新の事件だったため、どこのテレビ番組もラジオ番組もこの話題で持ち切りだった。

 悪のギンガ団が関わっていることもあり、まして勇敢な子供達二人という、パンチの利いたパワーワードもあれば話題性は非常に高い。

 加えて悪のギンガ団が大きな行動を起こしたことにより、それとは無関係を一貫して主張するトバリギンガ団のオーナーによる、記者会見も昨日はあった。

 コメンテーターによる考察も広がる余地が大きく、何か新しい大きな話題でもない限り、数日は報道番組で毎日扱われそうな話題には違いなかっただろう。

 

 そう、あの大事件を上回るような衝撃的な事件でもない限り、今日の報道が新たな話題一色に塗り替えられるなどまず無いことだ。

 昨日の夕方、ハクタイシティで起こった、過去に例を見ない大事件。

 通り魔事件という響きだけでも充分だが、それにまして、被害者の名は。

 その衝撃性たるや、悪の組織がシンオウ地方の名所を襲撃したという事件でさえ、肩を並べられようはずもない。

 

「う、うそ……?

 い、今の聞き間違……」

「っ……僕もそう思った。

 二人ともそう思うってことは、信じられないそれがそうだったてことでしょ……!」

 

 事件発生は昨日の夕方。

 そして、夜の報道ではテレビでもラジオでも、その事実は速報としてシンオウ地方に響き渡ったはずである。

 たまたま昨日、人目を避ける歩みを一日中貫いて疲れていたパールとプラチナが、メディアに触れなかったことは何の因果か。

 二人がほんの半日ぶん、世間の流れを見落としていたその時に、パールにとって大切な人は生死の境をさまよう立場にあったということである。

 

「ごめんプラッチ、走らせて!

 置いていっちゃったらごめん!」

「うん、急ごう!」

 

 今朝、ナタネさんが電話に出てくれなかったのは、怒っているからだと思っていた。

 出なかったんじゃない。出られなかったのだ。

 たとえ39度の熱が出ていたって、電話に出るぐらいのことは誰だって出来るだろう。電話に出るなんて簡単なことだ。

 それすら出来なかった状況に陥っていることを知ったパールは、気が気でない想いでハクタイの森を駆けだしていた。

 

 この時ばかりは二人とも、多くのことがあった一昨日のこと、シンジ湖の悪に立ち向かった時のことなど、露ほども頭には残っていなかったものである。

 パールは本当の全力駆けだった。プラチナでも、全力で走ってなお置いていかれそうなほどの。

 そして彼が追う形となるパールは、その後ろ姿からでも、敬愛する人と二度と話せなくなることに恐怖する、その青ざめた顔色が感じ取れてやまない。

 最悪を想像しただけで涙さえ出そうなほどの現実は、過去を振り返る余裕すら人から剥奪するのだ。

 

 昨夕、悪しき凶刃に深く傷つけられ、大量の血を流し、今や意識不明の重体でハクタイシティの病院で目を閉じている被害者。

 それはハクタイジムのジムリーダーであり、パールにとっては最も敬愛する先輩トレーナー、ナタネに他ならなかった。

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