さて、彼女なりにパッチを気遣って、クロガネ炭坑を行く中でのお供をパッチに任せたパール。
これはこれで、パッチにとってはそれなりに試練だったのだが。
パールもじきにそれに気付き、たいそう気に病む羽目になっていた。
「うぅ~、またイシツブテ……!」
「――――!」
クロガネ炭坑には野生のポケモンも生息している。
しばしば見かける作業員の大人達も、自分のポケモンを持っており、野生のポケモンに遭遇すれば自分で対処しなくてはならない。
さてその野生ポケモンの内訳だが、イシツブテがいっぱい、ズバットが時々、稀にイワーク。
パッチの体当たりがあまり効かない岩ポケモンと、パールの大嫌いなズバットしかいないのである。
能力があるから野生のイシツブテになんて負けないパッチだが、一撃で勝利することなんかは出来ず、相手の体当たりを受ける場面も生じる。
パッチにしてみれば遭遇する相手すべて試練である。
そしてパールも、ここがそういう場所だと分かるとピョコに代わらせたいが、来る前にパッチに任せると言った手前、その理由も合わせてパッチを下げづらい。
ましてパッチは、大丈夫、任せてとばかりにやる気満々である。その意気に反して引き下がらせるのも挫く気がして、尚更引っ込められない。
「た、たいあたり……!」
「――――! ――――!」
またもイシツブテと遭遇する展開に、指示できることがそれしかないパールは、不正解な気がしながらも体当たりの指示しか出来ない。
しかし、パッチだってパールの言うことに従うばかりじゃない。
首を振って、パールに振り返って強い眼差しを向け、パールをびくっとさせる。
私がこんなだからとうとうパッチも怒った、とパールが胸の前で両手を握って肩を縮めるが、パッチがやろうとしたのはそうではない。
自分の鋭い眼差しをパールにアピールした後、改めて向かってくるイシツブテに目を向けたパッチは、いっそう強い眼で敵を"にらみつけ"た。
接近してくるイシツブテが、怯んだように一瞬びくりと体を跳ねさせ、その前進が僅かに鈍る。
しかし気を持ち直したか、イシツブテは再び体当たりするための勢いある前進を取り戻し、パッチに向かって突っ込んでくる。
ぎりぎりまで引き付けたパッチが跳び、体当たりを躱してイシツブテの後方に着地すると、振り返ったイシツブテに体当たりする。
「わわわっ!?」
ここまで三度、野生のイシツブテと戦ってきたパッチだが、そのいずれの戦いで見てきた以上に、パッチの体当たりがイシツブテを突き飛ばした。
大きく突き飛ばされたイシツブテは、パールの横をすっ飛んでいって地面に転がる。
自分に向かって飛んできたわけでなくても、あのサイズが勢いよく自分寄りの方向に飛んできたらパールだって驚くというものだ。
そして地面に手をついて体を起こすイシツブテに、パールの横を勢いよく駆けていったパッチが、イシツブテをもう一度の体当たりで突き飛ばす。
再び転がされて倒れたイシツブテは、体を起こすとむすっとした悔しそうな顔で、すたこらさっさと逃げていった。
「ぱ、パッチ……」
「――――、――――」
パッチの動きを目で追うばかりだったパールに、パッチが急ぎ足で駆け寄ってくる。
ごめんね、びっくりさせて、と、申し訳なさそうな顔で見上げて、きゅうぅと詫びるような声でパッチが鳴く。
怒っていたわけじゃないんだよって言わんばかりに、前足でパールの脚にしがみつくパッチは、誤解を解こうと哀願するような表情だ。
ポケモンの言葉はパールにはわからないが、その表情と声だけで、さっき自分が鋭い目つきで見返されたショックも和らいでいく。
「――ううん、気にしてない。
ありがとう、パッチ。ほんとに頼もしいよ」
「――――♪」
しゃがんで頭を撫でてあげれば、パッチはほっとしたように目尻を下げた後、ぱあっと明るい顔で笑ってくれる。
やっぱり優しい子なのだ。さっきの怖い目は、決して自分を嫌って向けた眼じゃなかったんだとパールにもわかる。
誤解が晴れたようで喜ぶパッチと同様に、それ以上にほっとしたパールの表情は、愛おしくてたまらないものを見るものに溶けていた。
「……そっか。
あれが、"にらみつける"っていう……」
「――――!!」
「え、パッチ……っ!?」
しかし和んでいた二人の空気の中、ぴくっと耳を動かしたパッチが勢いよく振り返った。
その顔が向いた先を見たパールは思わず息が詰まる。
遠いが、ズバットがこちらに向かってきているではないか。ひぐっ、と悲鳴を押し殺したパールが立ち上がり、両手を胸の前で握りしめて体を後ろに傾ける。
パッチは速かった。迫ってくるズバットを真っ向から迎え撃つダッシュで、そのまま勢いよく飛びかかるように体当たりだ。
岩タイプでなく、そもそも体も小さなズバットにこの一撃は痛烈で、突き飛ばされたズバットは大きく吹っ飛ばされて地面に転がった。
いててとばかりに地面で体を起こすと、こりゃあたまらないとばかりにぱたぱた逃げていく。
「――――、――――♪」
「あ、あははは……!
ありがとうパッチ……!」
ズバットを見ただけで胸を恐怖でいっぱいにしていたパールも、あっという間に退けてくれたパッチが、笑顔で駆け戻ってくる姿に表情が和らいでいく。
もう、証明されたも同然だ。パッチがいれば、ズバットだって怖くない。
恐怖が生み出した生唾を飲み込んで、はあっと安息を一つ吐き出すと、思わずパールはパッチを抱きかかえてぎゅっとする。
そんな彼女の胸元で、パッチはパールに頬ずりし、喜びの感情を体全体で表していたのだった。
炭坑内には何人かの作業員さんがいて、パールはしばしば声をかけ、ヒョウタさんを見かけませんでしたかと問う。
みんな快く、きっと今はあっちだよと教えてくれるのだが、中にはポケモンバトルを求めてくる人もいる。
野生ポケモン対策に連れて来たポケモンだけではなく、機会があればバトルもしたくて、それ用のポケモンを連れてきているらしい。
採掘作業は地道な反復作業の繰り返しだ。息抜きは必要なのかもしれない。
休憩時間になると、作業員同士のポケモンバトルで盛り上がることもあるそうな。
求められればパールも断らず、これも経験とばかりに勝負を受ける。
野生のポケモン達との戦いで疲れもあろうパッチはここでは控えて貰い、舞台に立つのはピョコの役目。
ちなみにその時でも、パッチはバトルに参加しないながらもボールから出しっぱなしである。
バトル中にズバットに寄って来られると、バトルどころじゃなくなるからだ。
その辺りは、私本当にズバットが苦手で――という説明のもと了承を得た上で、ピョコが戦うポケモンバトルの始まりとなる。
パッチはあくまで見張り役だ。気合入れてふんすと常に周りに注意を払ってくれていた。
二人ほどとポケモンバトルをする機会があったが、相手がワンリキーにせよイシツブテにせよイワークにせよ、やはりピョコは強かった。
相性の問題で岩ポケモン相手だと余裕の勝ちっぷりで、腕っぷしの強そうなワンリキー相手にも全く力負けせずだ。
お嬢ちゃんのポケモン強いな、という褒め言葉を貰って、誇らしげなピョコの頭を撫でている時間は、パールも嬉しくてズバットのことも忘れられていた。
ピョコもいつも以上に嬉しそうだった。
ここでは野生ポケモンの撃退ではパッチが大活躍であった中、やっと自分も見せ場を見せられて嬉しかったのかもしれない。
バトルが終わるたびにピョコをボールに戻し、ヒョウタがいるらしいという方へと歩いていくパール。
おおよそのヒョウタの特徴は教えて貰っている。
作業員の皆様は黄色いヘルメットをかぶっているが、ヒョウタはいつ挑戦者が来ても声がかけやすいよう、赤いヘルメットをかぶっている。
それで自分がジムリーダーだとわかるよう、意図的に特徴づけているそうだ。
「――あっ、ヒョウタさんですか?」
「ん? 君は……
あぁ、うん、そうだよ。僕がヒョウタだ。何か用かな?」
「えぇと、私、パールっていいます。
実は――」
見つからなければどこまで潜らなきゃいけないだろう、と不安がっていたパールだが、案外浅い層でヒョウタを発見することが出来た。
発掘用の道具を両手に、しゃがんで岩壁をかつかつ叩いていたヒョウタは、声をかけられて振り向いた先に初めて会う女の子の姿を見る。
何の用かを問う前に、ヒョウタはまず名乗ってくれる。
立場上、初対面の相手が自分に声をかけてくる時は、ジムへの挑戦者であることが多いので、まずは自分の立場を相手に告げて確定付けるのだ。
パールがクロガネジムに挑戦したい旨を告げれば、ヒョウタとしてはやっぱりねというところ。
「うん、わかった。
すまないな、ここまで来てくれて御足労だったよね」
「いいえ、そんな。
ジムリーダーだからってずっとジムにいなきゃいけなかったら、遊ぶことも出来なくて退屈ですもんね」
「ふふ、理解のある子で嬉しいよ。
君はきっと、優しくて素敵な女性になっていくんだろうな」
「え~、そんな、褒めても何にも出ませんよ」
眼鏡をかけた若い好青年のヒョウタは、ジムを空けていたことに文句ひとつ言わないパールに微笑みかけてくれる。
落ち着いた、優しそうな大人の男性だ。パールもこんな人とお話している時はなんだかいつもより肩の力が抜けている。
いつもそばにいた幼馴染がそそっかしいので、落ち着いた男性には癒しを感じてしまうらしい。
「わかった、それじゃあジムに戻るよ。
君のポケモン達もここに来るまでで疲れてるんじゃないかな。
ポケモンセンターに一度行って、休ませてあげてからジムに来てくれるといい。
待ってる間に他の挑戦者がたまたま来ても、君の挑戦を最優先にするからさ」
「はい、よろしくお願いします」
「あ、そうそう。
ちなみに君は、もうジムバッジは持ってるのかな?」
「えぇと、まだ……」
「なるほど、僕が最初に挑戦するジムリーダーなんだね?
わかった、僕もそれに合わせたポケモンを用意しておくよ」
「え、そういうのに合わせてくれるんですか?」
「ジムリーダーは、挑戦者が持っているジムバッジの数に合わせて、迎え撃つポケモンも選ぶ決まりになってるんだ。
誰でもポケモントレーナーになりたての時は初心者だろう?
そんな挑戦者に、いきなりすごく強いポケモンをぶつけるジムリーダーが地元にいたんじゃ、どう頑張っていけばいいのかみんなわからなくなる。
バッジをあまり集めていない挑戦者には手頃な強さのポケモンを、仮にバッジを7つ集めた挑戦者を迎え撃つジムリーダーは、それはそれは本気だよ」
「そうなんだ……」
「君はまだバッジを一つも持っていないみたいだから、僕は一番手加減する感じでポケモンを使うことになるね。
気にしなくていいよ、そういう決まりだからさ。
ただ、だからってそう簡単に勝てるとは思わないでくれよ?」
不敵に微笑むヒョウタの表情に、パールもちょっとどきっとする。
手加減してくれるようだと聞いて、だったらチャンスあるかも、って考えていた矢先、心を読まれたような心地なのだ。
えへ、えへへ、と笑って誤魔化すパールだが、さっそく大人のジムリーダーの貫禄めいたものに呑まれかけ。
「僕は、岩タイプのポケモンと共に歩むことを決めたトレーナーさ。
ここまで僕に会いに来てくれた君は、野生のイシツブテかイワークか、岩タイプの野生のポケモンを退けてきたはずだ。
その力を、遺憾なく発揮して立ち向かってくれることを期待しているよ。
……勝負が簡単につくようじゃ、つまらないからね?」
ちょっと意地悪された。笑顔でプレッシャーをかけられる。
底意地が悪いわけではなく、なんだ手加減してくれるなら何とかなるかも、と顔に出そうだったパールへの、ジムリーダーなりの洗礼というやつ。
心してかかってきなさい、という教訓を突きつけるヒョウタを前に、パールの表情からは誤魔化し笑いも消えていく。
「はいっ、頑張ります……!」
「うん、いい返事だ。
君とのバトル、楽しみにしているよ」
そう言って歩きだすヒョウタに、パールはついていかない。
一緒に帰らないのかい? と声をかけてくれたヒョウタだが、パールは後で行きますと一言返した。
ズバットの出る地下炭坑、大人と一緒に帰った方が安心できるとわかっていながら、パールは敢えてヒョウタと離れる選択をした。
「――――?」
「……あはは、大丈夫だよ、パッチ。
ちょっとだけ、気を引き締めたくなっただけ」
別にジムへの挑戦というものを、甘く見ていたわけじゃない。
岩タイプのポケモンを好んで使うヒョウタとのバトル、相性のいいピョコが頼りになるだろうとはパールもわかっている。
ジム生とのバトルでは、一人で岩ポケモン二体をあっさりと連続撃破してくれたピョコなのだ。
あの子がいれば、きっと何とかなるはずだって、信じたい。
一方で、ポケモントレーナーとしては初心者で、目まぐるしい展開になれば指示の追い付かない自分であることもわかっているパールだ。
きっと、ヒョウタさんは強い。ジム生とは比べちゃいけないぐらいに。
果たして今までのように、ピョコやパッチの能力だけに頼った、自分が何もしなくたって勝てたようなバトルの再現となってくれるだろうか。
そうはならない気がして仕方ないから、パールは今一度自分を見つめ直す。
「ピョコ、出てきて」
パールはピョコの入ったボールを作動させ、ピョコとパッチを並び立たせる。
そんな二人を前にしてしゃがんだパールは、少し緊張した表情で二人を交互に見る。
「ピョコ、頼りにしてるよ。
でも、もしかしたらピョコ一人で勝てる相手じゃないかもしれない」
「――――」
「パッチ、もしかしたら苦手な岩ポケモンとの勝負に、あなたの力も借りちゃうかもしれない。
その時は、頼りにしてもいい?」
「――――!」
ピョコの気持ちを傷つけないよう、言葉を選んで語りかけるパールに返ってくるのは、わかっているよと頷くピョコの姿。
信じていないわけじゃないんだけど、というパールの想いは、傷つかないで聞いて欲しがるパールの表情からピョコにも感じ取れる。
そしてパッチも、迷わず力強い目で即答するように頷いてくれる。
何度も岩タイプのポケモンに怪我しながら立ち向かってきたパッチは、それでも尚、今までで一番強いであろう岩ポケモンとの戦いの予感にも物怖じしない。
「力を貸してね、二人とも。
私も、頑張るから」
「――――z!」
「――――z!」
不安と希望の入り混じった、作られた弱い笑顔を前にして、ピョコもパッチも強い鳴き声を出して、首を縦に振ってくれた。
そして、二人はお互いを見合わせて、どちらからともなくお互いの額をこつんとぶつけ合う。
そうして笑い合うピョコとパッチは、俺達で、私達で絶対に何とかしてみせよう、という意志を交わし合うかのよう。
初めてのジム戦だ。
始まる前から、パールの胸はきつく打ち始めている。
それは、遠き大願へ向けて歩みだそうとする若き志を襲う、一番最初の試練の片鱗だ。
どんな夢も、その第一歩を踏み出そうとする時の緊張感は、同時に沸き立つ希望にも勝るとも劣らない。
それを乗り越え、8つのバッジを集める旅の、初めの一つを獲得できるか否か。
パールは今、それを問われていた。