「さむさむさむさむさむ……」
「お経みたいになってきたね」
「言ってると気が紛れる気がするって信じてる。
黙って寒がってるとつらい」
「実際は紛れてるの?」
「ぜんぜん。さむさむ」
テンガン山の北の出口から出て、キッサキシティへ向かう216番道路。
雪が降る中、内股気味に歩くパールである。上半身は帽子と厚いコートである程度防寒が利いているが、いかんせん太ももから膝にかけてが冷たい。
寒冷の中で耳が冷たくなってたまらないのと同じように、より広く肌晒しの脚がパールに訴えるダメージは相応だ。
そんなに寒がるならズボン履けばいいのに、なんて思っちゃう男の子には理解し難い我慢である。
しかし世にはこうした苦行にも耐え、しっかり望むおしゃれを果たす女の子も決して少なくはない。誇張なく、女性の偉大な強さである。
「こんなに寒いのに、結構トレーナーさんがいるっていうのに驚くよね。
私だったら、家でじっとしていたくなっちゃいそう」
「地元の皆さんっぽいし、慣れてるんじゃないかな?
っていうかパール、寒かったら外出できなくなるタイプ?
冬でも元気に外で遊んでるイメージだけど」
「プラッチの中では私は、やんちゃな男の子みたいなものなのかい?」
「幼馴染のダイヤに引っ張り回されて、結局外で遊ぶのに付き合わされてそうなイメージはあるね」
「あーうん、そうそう。
私が寒いからヤだって言っても家に上がり込んできて、行こーぜ行こーぜって引っ張り出すの。
冬のあいつは寒空に私を連れだす敵だ」
冬でも外で遊ぶのが短パン小僧扱いされたような気がしてパールがむっとしかけたが、プラチナは上手に話題を転がして怒らせない。
パールの扱いが随分と上手になってしまっているプラチナである。
「なんだかんだで外で遊ぶには遊ぶんだね。
風邪ひいたりはしないの?」
「私はそんなでもないかな~。
なんだかんだで暑くなるぐらいは走って遊べるし、人数揃ったら球技で遊ぶのも私は得意だし。
けっこう私ってプラッチが思うより、運動能力あるんだぞ?」
「まあ、確かに風邪ひかなそうではある」
「ん? 何かいま含みなかった?
なんとかは風邪ひかない的な?」
「寒そうにしてるから風邪引いたら心配だなって話してるだけだよ。
それで旅が遅れたらパールも嫌でしょ」
「それはまあ……
ん~でも、なんかごまかされてる気がするなぁ」
むしろプラチナは、パールをちょっぴりいじってからかってしつつ、パールが怒るのだけは上手く躱す遊びを楽しんでいるふしさえある。
パールがあまりにもわかりやすくって、しかも自分の言葉でころころ顔を変えてくれるのが楽しいから、ついついプラチナも彼女を掌ころころしたくなるのだ。
今のは少し危なかったが。ちょっと冒険し過ぎたな、と内心で胸を撫で下ろすプラチナである。
「走ってみる? 温かくなってくるかもしれないよ?
それに、あんまりのんびりし過ぎてこういう場所で夜になると、色んな意味ですごく嫌な気がするし」
「あ~うん、暗くなる前には絶対キッサキシティに着きたいよね。
走ってみる? 雪に足を取られないように気をつけなきゃだけど」
「うん、それじゃいってみようか」
「あれ? プラッチ行かないの?
言い出しっぺなのに」
「パールが前を行くんじゃないの?
今までだって大抵そうだったじゃん」
「え、絶対やだ。雪に足とられて転んだらスカートの中見えるかもだし。
あっ、まさかプラッチ……」
「はいちょっと待って! それは心外!
その誤解だけは全力で阻止したいっ!」
なんでもない所にも地雷があったりするので、やっぱり常に思うがままにパールを転がせるというものではない模様。
パールを前に置きたがったプラチナを、お尻を押さえてじとーっとした目で見つめるパールである。
大きめの声を出して抵抗するプラチナだ。全然そんなつもりなんてなかったのに、そんなゲスケベ野郎だと思われては堪らない。
「わかったよ、僕が前行くから。
置いていくようなことはしないけど、ちゃんと転ばずついてき……」
「あっ、待ってプラッチ」
「へぐっ!?」
この話題に長続きして欲しくないプラチナは、さっさとパールに背を向けて、さあ行こうという流れに移りにかかる。
が、急にパールに長いマフラーの端を握られ、首が絞まってぐええ。
詰まったプラチナの声を聞いて、思わず掴んだものがまずかったことに慌てて手を離すパールである。
「げほっ、かはっ……!
パぁ~~~ルぅ~~~……!」
「ご、ごめんプラッチ、でもちょっとだけ待って?
ほらあれ、あれ」
流石に申し訳ないことをしたと思って、ごまかし気味の笑顔ながら申し訳なさそうに両手をすり合わせるパールである。
謝ったら、自分がプラチナを引き留めた根拠を指差して話題を転換。
自分に都合の悪い話題が続きそうだと、さっさと次の話題に移して逃げる手法は、パールもプラチナもどっこいどっこいで多用するらしい。
「けほっ……あれ、フワンテ?
もしかして……」
「そうそう、多分そうだと私は思ってる!
こっちおいで!」
パールが指差す方向の空に、彼女を見下ろすポケモンが一匹ぷかぷか。
丸くて小さくて可愛いフワンテだ。恐らく、こんな地方に生息しているポケモンではない。
知り合いのあの子だ、と思えてならないパールに対し、自分に気付いてくれたのが嬉しかったか、機嫌のいい目でふよ~っと近付いてくるフワンテだ。
「あははっ、やっぱりあの子だ!
プラッチも覚えてるよね?」
「発電所で助けてあげたフワンテ?
なんか久しぶりに会う気がするね」
マーズが谷間の発電所を占拠していた時、その屋上でパール達が傷を癒してあげたフワンテだ。
あれ以来、パール達を追いかけながらシンオウ地方をぷかぷか巡っているようで、時々こうしてパール達に関わり甘えてくる。
パールの胸に飛び込むと、ぎゅっとされて嬉しそうにパールにすりすり。
怪我を治してくれたあの時の恩は、今でも忘れていないようだ。
「ほんとに結構久しぶりだね。
だからかな、私いますっごい嬉しい気分」
「ミオシティ方面に行ってる間は全然見かけなかったよね。
テンガン山からはあんまり離れたがらないのかな?」
「あ~、そうなのかも。
前に会った時って、全体的にこっち寄りの時だもんね」
210番道路であったり、ヨスガシティであったり、パールも存じない範囲では212番道路であったり。
パール達がフワンテと再会したのは、概ねシンオウ中央区だ。
テンガン山から西に遠ざかったミオシティ近辺では影も形も見せなかった辺り、このフワンテとてそこまではついて来ないのだろう。
すっかりパールになついている態度であるが、あくまで未だ野生のポケモンだ。
棲みやすい環境から大きく離れ過ぎる遠征は流石に好まないらしい。
「ねえねえ、あなたのこと捕まえてもいい?」
「?」
「一緒に旅しようよ。
私、五人目の仲間はあなたがいいって思ってるの。
だめかな?」
胸元で自分を見上げるフワンテからそっと腕の力を抜くパール。
少し離れてパールと同じ目線で浮遊するフワンテに、パールは空のモンスターボールを見せる。
バトルという過程の無い勧誘だ。ポケモントレーナーとしてはやや珍しいスカウトの形である。
「~~~~……」
「あ、あれ? お気に召さない?」
「バトルして捕まえればいいのに、って言われそうなもんだけどね。
もパールはそうしたくないんだね、なんとなくはわかるけどさ」
「いや~、なんかすっかり気持ちが移っちゃってまして……
傷つけてのゲットも胸がちくちくしそうだし、出来れば同意でお友達になりたいな~と」
「情が移っちゃうと色々と大変だね」
それこそ思い入れのない初対面の野生のポケモンだったら、捕まえるためにバトルすることに心痛めるトレーナーはいないし、パールもそうだけど。
このフワンテに関しては、べったり甘えてくれるほどなついてくれているだけに、べちべち叩いたあとボール投げて捕まえる、というのが心情的にやりづらい。
なんとか自分の申し出にうなずいてくれれば一番嬉しいのにな、と思っちゃうパールである。
しかしフワンテは、細い二本の手を腕組みするかのようにして、悩ましげに体を傾けて考え込む姿。
見せる素振りが明らかに嫌がったものではないため、満更でもなさそうなのは明白はのだが、どうも頷いてくれる気配ではない。
いい返事をお願い、とフワンテを見つめるパールだが、考え抜いた末にフワンテは、ちょっと申し訳なさそうに首を振った。
パールもがくっと肩を落とす。今日こそ友達になれたらと思ったのに。
「嫌われてるわけじゃないと思うんだけどなぁ。
なんか申し訳なさそうにはしてくれてるし」
「ん~、いいよ、我慢する。
でも私、諦めないからね? いつか絶対、私の友達になってね?
私、あなたが友達になってくれるまで6人目の仲間は捕まえないからさ」
「~~~~♪」
熱烈なラブコールに、片手で頭の後ろをかくような愛嬌ある仕草で嬉しがるフワンテである。
こんなにパールに好意をあらわにするぐらいなら、いっそ素直に仲間になってくれてよさそうな気もするけど、というのがプラチナの私見。
それでもまだパールの手持ちになることを受け入れないのは、フワンテにもフワンテなりの事情が何かあるからなのだろうか。
それに疑問こそ感じつつ、背を向けて去っていくフワンテを、いつか必ずと待つ思いで静かに見送るパール。
6人のポケモンのうち一枠をあのフワンテに割くことを確定させた上で、焦らずただただ待つことを決めた姿勢も、彼女なりのスタンスであろう。
「…………あれ?」
「~~~~、~~~~~~」
「何だろう?
こっち来て、ってことなのかな?」
背を向けてパール達から去っていくフワンテは、そのまま遠くに行ってしまうのがこれまでの常だった。
しかし今日のフワンテは、パール達から離れた場所でこちらを振り返り、来て来てとばかりに両手で手招きの仕草を見せる。
明らかにその意図がわかりやすいジェスチャーに、パールも迷わず小走りでついていく。
パールがそうしてくれることを見受ければ、フワンテはパール達をどこかへ導くかのように前進浮遊するのみだ。
キッサキシティへ向かうルートからは少しはずれ気味の方向で、いいのかなとも思うプラチナは、パールとフワンテについていきながらしばしば後ろを見る。
元のルートにいつでも戻れるよう、道はしっかり覚えておく。しっかり者だ。
「――あっ!?」
「パール、どうし……」
フワンテに導かれた先で、パールは思わぬもう一つの再会を果たす。
一目見て、それが再会であるとすぐにわかったわけではないけれど。
思わず駆け寄ってそばで見れば、特徴的なその耳が、パールの記憶をばちりと呼び起こしてくれたのだ。
耳の一部が欠けたニューラが、傷ついた体で樹の根元に座り込み、荒い息でぐったりしている。
見るからに苦しそうな姿がパールの胸をじくりとさせるが、同時に目につくのは短い赤耳、それが虫食いのように欠けていること。
記憶に新しい個体の特徴だ。
先日、シンジ湖でギンガ団と戦ったパールだが、そこで乱入してきて、ミーナと共闘してくれたニューラの特徴と完全に一致する。
パールがマーズを退けた頃には、いつの間にか逃げるように去ってしまっていたが、こんな所での再会となろうとは誰も予想だにしなかっただろう。
「だ、大丈夫……?
うあぁ、ひどいケガ……」
「――――!?
――――――z!」
「ひゃっ……!?」
ニューラのお腹には、血が流れ落ちるほどの深い傷があった。
思わず手を差し伸べようとしたパールだったが、ニューラは敵の接近への対応の如く、爪を一振りしてパールを威嚇する。
彼女に届かず、傷付けるための攻撃でなかったのは確かだが、驚いたパールが手を引っ込めて腰が引けるほど、その威嚇には迫力があった。
「~~~~……!」
「ど、どうしようプラッチ……
ほっとけないんだけど……」
「流石にこれはね……!
でも、どうするのが正解なんだろう……!?」
立ち上がったニューラは樹に背中をつけ、さながら背水の陣の構えで臨戦態勢を取る。
攻撃的な姿勢を向けられるパール達だが、それでも二人はこのニューラを本気で迎え撃つ気持ちにはなれない。
それだけお腹の深手が過ぎるのだ。前かがみになって身構えたニューラのお腹の傷からは、それによってぶしっと血がまた溢れるほど。
苦痛に表情を歪め、視界も霞んでいそうな目で、パール達を必死で弱々しく威嚇しようとするのだ。
ボールに手をかけるプラチナだが、判断の難しい局面だ。
いつ本当に斬りかかってくるかわからないから、ポケモンを出して身構えるのは必須だ。
しかし、こんなにも警戒しているニューラの前に戦力を出せば、余計に追い詰めてしまうのではという懸念もある。
パールに目配せと手の動きで、少し退がろうと提案してくるプラチナに、パールも従い三歩退がる。
「ッ――――!」
「ああっ!? ちょっと……!」
「くそっ、駄目か……!」
並々ならぬ警戒心を抱いているらしきニューラは、パール達が距離を作って隙が見えたと感じるや否や、雪の上を駆けて一気に逃げの足を取った。
傷ついた体で俊足だ。全力を発揮できる容態でないにも関わらずである。
これはプラチナが、パールや自分が傷つけられる次に嫌った展開である。
あんなにも痛々しい傷を負った、それも知らぬ間柄でもなさそうなあのニューラを、このまま放っておけるはずがない。
少なくとも、傷ついたフワンテに傷薬を使うことを厭わなかったパールが、この後どんな行動を取りたがるかなんてプラチナにはわかりきっている。
「プラッチ……!」
「うん、追いかけよう!」
「~~~~~~~~!」
「わわっ!? 追いかけてくれるの!?」
なんとか追い付いて、あの怪我をなんとかしてあげたいと思ってやまぬパールの提案を、プラチナも迷わず頷いて肯定する。
するとフワンテが、ぴゅーんとニューラの駆けていった方へと飛んでいく。
ニューラを追いたいパール達を手伝って、見失わないよう探してくれるつもりなのだろうか。
ぷかぷか浮遊していた時とは違う飛行速度で飛んでいき、来て来てとパール達に改めて手招きする姿は、やはりそういう意図なのだろう。
「結局走ることになりそうだね……!
ちょうど温まりそうでいいんじゃないかな!」
「んーん全然!
なんかもう、寒いのとか気にならないから!」
「そっか……!」
どうしても叶えたい何かが目の前にあって熱くなってしまうと、身を震わせるこの寒さも一時的に忘れられてしまえるものだ。
それだけ、あのニューラを何とかしたいという気持ちが強いパールと共に、プラチナは雪の積もった216番道路を走りだす。
ニューラを追ってくれる、あのフワンテの後ろ姿を見失わないように。
ちょうど向かう先も北のキッサキシティに向かう方向とほぼ同じで、道からはずれずに済むから何一つ問題無い、と瞬時に断じたプラチナも頭の回転が早い。
しかしいよいよ追い付いたとて、あの警戒心の強いニューラの傷を、荒事無く癒してあげることなど出来るのだろうか。
プラチナの思考は、既にそれに移っている。
今はまだそこまで考え至れないパールは、絶対に見失わないよう必死なばかりでそれしか考えられないが、それもまた重要な必死さだ。
もしもフワンテごと見失ってしまったら、あのニューラには二度と会えなくなってしまうかもしれない。
それで本当に、あのニューラが深手を原因で人知れず命を落としたりしら、なんて考えたが最後、絶対にここで見失うわけにはいかないのだ。
友達でも仲間でもない。
だけど、死んでしまうかもしれないほどの大怪我をした誰かを見て、放っておくことが出来なくなるのもまた人情というものだ。
今のパール達は特筆すべきほどお人好しだろうか。きっと、そんなことはないはず。
二人と同じ状況に身を置かれた時、彼女らと同じぐらい頑張って走り始められる人は、存外少なくもないはずだ。
命の危機に瀕した誰かを見捨てられない、それが特段のお人好しだとわざわざ感じるような社会では、いずれ必ず良くないぐらいである。