「ようこそ、キッサキジムへ!
今回は可愛い女の子が挑戦者ね! 気合入ってる!?」
「あっ、はいっ!
気合入ってます! 絶対負けないつもりマンマンです!」
「あははっ、よろしい!
ちょっとは怯むかなって思ったけど、即答してくれるならほんとに気合満点ね!」
その日、パールは朝一番から意気込み充分に、キッサキジムを訪れていた。
受付の人に挑戦者であることを告げれば、話が通ってジムの奥から、この街の最強トレーナーであるキッサキジムリーダーが姿を見せてくれる。
ツインテール状の二筋の髪に、いくつかの結び目を作って連結したお団子状に纏めているのが特徴的な、パールから見て年上お姉さんなジムリーダーである。
「あたしは"スズナ"。
あなたのお名前は?」
「パールです、よろしくお願いします。
さっそくなんですけど、どうしても気になることがあってお聞きしたいです」
「あら、何かしら。
そんなにせっつくほど気になることがあるの?」
「はい。
とっても寒そうな格好してますけど大丈夫なのでしょうかっ」
はじめのご挨拶こそ挑戦者の気合を確かめようと、敢えて強い第一声で迫ってきたスズナだが、自己紹介が始まれば普通のトーンである。
話せる雰囲気だと感じたら、パールは無視できないことを早めに消化したくて、話の主導権を渡さない勢いで質問だ。
キッサキジムは建物内でありながら、氷のフィールドが保たれていることからもわかるように、暖かい空調など利かせていない。
外と同じぐらい寒いし、夏でも氷のフィールドが保てるよう、特別仕様の冷房めいたものでガンガン冷やしているぐらいである。
そんな中にあって、スズナの薄着っぷりは見ているだけでこっちが寒くなる。
白い制服風の薄い服一枚を纏い、袖も短くして腕も半分肌晒し、雪の中を出歩く際に着ると思われる上着も腰に巻き付けて今は身に纏わない。
そしてミニスカートである。この寒い中でこんな格好に着替えろと言われたら、パールだって勘弁して下さいの一言であろう。
「ふふふ、それはあなたの心の中にも答えがあるのだ」
「私の心の中にですか?」
「あなたはどうしてこの寒い寒いキッサキシティに、スカート姿で訪れているのかな?
脚を包むあったかいズボンを履きたいとは思わないのかな?」
「わかりました!
すなわち、オシャレなのですねっ!」
「そう! オシャレもバトルも恋愛も全部、気合っ!
私は着たい服を着て、したい格好を貫く女の子!
寒さなんかには負けません!」
「すごい! リスペクトします!」
腕を組んでふんすと鼻を鳴らし、どやっとした顔を見せるスズナを、パールはぱちぱち手を叩いて心からの絶賛である。
二人のやりとりを見るプラチナからすれば何のこっちゃの盛り上がりだが、女の子同士でしか通じ合えない何かがあるのだろうと思考放棄。
もっとも、この二人はそのベクトルに対して極端なタイプだが。
困ったら根性で頑張ろう系。気の合いそうな二人だこと。
「ご存じかもしれないけど、あたしは氷ポケモンのエキスパート。
連れてるポケモンもみんな寒い所が大好き、私もこの子達と一緒にいるのは大抵が寒い場所。
小さい頃は我慢してたこともあったけど、何年もそんなこと続けてると慣れてきちゃうのよね。
人間だって進化するのよ?」
「私は超人に挑もうとしている……!?」
「だけど暑さに対する耐性は著しく退化してる気がするのよね~……
たまに何らかの用事でキッサキシティを出て、余所の街や地方に出かけると、どこに行っても暑くて暑くて。
夏場に南のノモセシティに行った時なんて、この薄着でも汗だくになっちゃって大恥かいたんだから」
「ありゃりゃ……
進化もいいことばっかりじゃないんですね。
イワークが進化してハガネールになったら動きが遅くなっちゃった的な」
「そんなあたしだから、実は見た目ほど寒くも感じてないわ。
気になるかもしれないけど無視してくれて大丈夫よ?」
ジムリーダーと挑戦者の会話とは思えないような、お軽く弾む会話である。
パールも初対面の人と打ち解けやすい会話をするタイプだが、スズナも受け答えが饒舌で社交的な性格が垣間見える。相乗効果だろう。
そんなことよりプラチナは、自然にイワークとハガネールの進化前と進化後の素早さを例えに出せるパールの姿に、ちょっと驚きつつ感慨深くなっていたり。
出会った頃にはまごうこと無き素人だったパールが、旅を経て当たり前のようにこんな例えを出せるようになるほど成長しているのだから。
トウガンさんのハガネールは素早かったのに、あれを忘れていようはずがないパールがこれを言えるのは、地の知識量が増えている証拠である。
「それにしても、パール、ね。
あたし、あなたのこと、いつ来てくれるかなって待ってた感ある」
「え?
私のこと知ってるんですか?」
「そりゃそうよ、シンオウジムリーダーの女性陣は、よくチャットでお喋りし合うぐらいの結束力なのよ?
あなたのことをすご~く楽しそうに話す、シンオウジムリーダーのお姉さんに心当たりは無い?」
「あっ、すぐわかった。
……あの人、そんなに私の話するんです?」
「どんだけ気に入ってるのよってぐらい、あなたと電話して聞いた新しい情報、あたし達と通話するたび必ず話すんだから。
あたしあの子に言ったことあるもん、コトブキのテレビ局に直談判してラジオ番組でも持たせてもらったら? って。
番組名は"今日のパールちゃん"。ナタネがパールの話を毎日15分喋りまくるだけの番組。
笑いながら『やるわけないでしょ、出来なくはないかもしれないけど』って返事してくるあの子の声聞いたら、筋金入りだなぁって思わずにはいられない」
シンオウ地方のジムリーダーは、綺麗に男女比率が4対4に分かれているが、中でも女性陣4名の繋がりは非常に強いらしい。
一番年下のスモモ、年長者のメリッサ、その中間にあたり年の近いスズナとナタネ、という年齢差がありながら、よく電話やチャットで語らうほど親しい。
スモモが年上の三人を強く敬い、メリッサは礼儀正しく器量のいい年下の三人が可愛くてしょうがない。
上にも下にも優しく敬意があり、年が近くて気も合うスズナとナタネを中心とする、女の子トレーナーサークルとでも言えよう集まりである。
「ナタネのことなら心配しなくたって大丈夫よ。
私だってニュースを聞いた時はびくっとしたけど、ちょっと経ったらあの子の快復はすぐに信頼できるようになったわ。
ああ見えて、あの子だって強いんだから」
「……そうなんですか?」
「あなたのこと知ってるわよ~?
危険も顧みずギンガ団に挑む、無鉄砲な子なんですってね。
怪我とかしなかった? 怖い想いしなかった?」
「うっ、そ、その話は……
後ろの友達に、さんざん迷惑かけまくった行動でもあったので……」
途端に気まずさを呼び起こされ、後方のプラチナをちらちら気にしながらしどろもどろするパール。
もっと言ってやって下さいとプラチナは無表情を貫いておく。いい機会なので。
しかしながら、ナタネのことを思い出すや否や、表情が暗くなりかけたパールがこうして、一時でもそれを忘れた感情に染まれるのはスズナの手管である。
深い傷を負って、意識不明の重体で未だ入院しているナタネだ。思い出せばパールだって、心配する気持ちが蘇ってしまう。
実際、毎晩そう。習慣付くほど電話をかけていた相手に、今かけても……と思い出すたび気が沈むのだから。
ナタネの話題になった瞬間から、言葉を増やして別のことをパールが考えられるようにしているのも、立て板に水で語れる口を持つスズナなりの気遣いだ。
そして最後は、少しでもパールが安心できるよう、筋道立てて話題を移り変わらせていく。
「あなたも無茶な子のようだけど、ナタネやあたしだってそんなに負けてないのよ?
もっと草ポケモンのことを知りたいあの子と、もっと氷ポケモンのことを知りたいあたしで、レンティル地方まで行ったこともあるんだから。
あの頃のあたし達っていえば、あなたよりもちょっと年上ぐらいだったかな?」
「レンティル地方!?
だ、大丈夫だったんですか!?」
「ケガしたケガした。
あたし達もあの頃はけっこう無鉄砲の怖いもの知らずでさぁ。
自分達なりに気を付けてはいたけど、ちょっと調子に乗っちゃって深入りしちゃって、野生のポケモン怒らせて大怪我したんだから。
あたしは骨折したし、ナタネだって全身打撲で大変だったんだから。
現地の博士にだってすごく怒られたし、自業自得とはいえあの時は踏んだり蹴ったりだったなぁ。あははは!」
名前だけはまあまあ有名、だけどどういう場所なのかはそんなに有名じゃないレンティル地方。
それもそのはず、未開の島が多い地方であり、環境的にもかなり特殊で、軽い気持ちで旅行できる地方ではない。
手つかずの自然が多いので、ポケモン達を観察するには魅力的な地方でもあるが、同時に大きなリスクも伴うと専ら名高い地。
スズナの言うとおりその地方にもポケモン博士はいるが、ごく限られた居住区のある唯一の島に暮らし、調査活動も非常に慎重に行っている。
何せ人の手つかずの自然に暮らすポケモン達は人間に慣れておらず、神経に障れば牙を剥いてくることも何ら珍しくはない。
シンオウ地方がかつてヒスイ地方と呼ばれていた遥か昔とて、人に慣れぬ野生のポケモンが、人間を襲った例に枚挙の暇が無い史実からも明白である。
そんな地方で、いくら腕に覚えがあるからと言っても、現代っ子が調子に乗ったことをしてしまったら、痛い勉強をさせられることも自明の理というわけだ。
今はもう昔のことだから、スズナも笑って語れるが、聞かされる子供からすれば壮絶な話にしか聞こえないというものである。
「まあ、そんなこともありましたけれど、あたし達は今日も元気に生きてる。
あんまり自慢できることでもないけどね、調子に乗ってケガしましたっていう話でもあるからさ。
ナタネは必ず元気になって、初めてあなたと出会った時のような、明るい快活な姿で話が出来るようになる日がすぐに来るわ。
信じるとか願うじゃなくって、確信してるのよ、あたし。
あなた達が知らないナタネを知ってる、あたしにしか言えないことね♪」
強がりでも虚勢でもない、不動の自信を態度に表し、はっきりそう告げてくれるスズナの姿は、パールにもそんな未来を信じさせてくれるほどの貫禄だ。
もしも内心で、最悪の結末もあるかもしれないという不安があったとしたって、スズナは欠片もそれを匂わせることはしない。
ナタネのことが大好きなこの少女を、そしてナタネが可愛がっているこの子を、心を重くする不安から解放させるために手を尽くしてくれている。
そうだとさえ感じさせない、ただ自分の思うところを語っているに過ぎぬ姿としか感じさせぬその姿こそ、完全無欠のスズナの手腕である。
「……なんだか、そう言ってくれると安心しちゃいます。
わ、私って単純ですか?」
「お姉さんを信じなさい! あなたよりも人生経験豊富なんだからね!
そして今! あなたはそんな偉大な私に挑もうとする挑戦者なのだ!」
「うっ、そうだった……!
今すっごいスズナさんがおっきく見えてます……! これは強敵だっ!」
「そうでしょうそうでしょう!
7つ目のバッジ、そう簡単に獲得できると思わないでね!
だけど、あたしに勝てれば目覚めたナタネと話せた時、すっごく誇らしく自慢できるわよ!
あたし、ナタネには全然負けたことないんだから! あの子もあたしの強さは知ってるわ!」
「それは相性のせいじゃ」
「そうなのよ~、だからあたし、あの子とフェアなポケモンバトルが出来ないっていう悩みをず~っと抱えてるの。
スモモに対しては逆の意味でそう。
シンオウジムリーダー女子会で、あたしだけがなんだか損な立場なの」
強いタイプにはめっぽう強く、弱点も多い氷タイプだ。
親しい上に強いジムリーダー同士、お手合わせしたくなることだって多いのに、得意とするタイプの問題で切磋琢磨にも障害ありとは確かに損。
ポケモントレーナー同士はバトルで語り合えることが沢山あるのだ。誰よりもそれを知っているジムリーダーをして、確かにそいつは悩ましい。
「さあさあ、そんな話もほどほどに!
そろそろ挑戦者として気合を取り戻して貰わなきゃね!
ジム生のみんなを撃破して、あたしへの挑戦権を勝ち取ったら、ポケモンセンターでじっくりポケモン達を休ませて挑んできなさいっ!
待ってるわよ! 楽しみにしてるからね!」
「あっ、はいっ!
負けませんよ、スズナさん! 一回で勝てるよう、全力を尽くします!」
「あははっ、いい意気だわ!
ジム生のみんなと、あなたのこと、おんなじぐらい応援するからね!」
発破をかけるために強い声と言葉を向けてくれるスズナに、パールも物怖じ一つない返答を見せていた。
ナタネのように快活でパールにとっては話しやすく、情熱的なスズナの姿は、もしかすればナタネ以上にパールと馬が合うかもしれない。
とりあえず、もしもパールがスズナに勝てれば、バッジを受け取ると同時に連絡先の交換を申し出ることは間違いあるまいというところである。
パールとの対戦が楽しみであることが目に見える足取りでジムの奥へ去っていったスズナ。
代わって、パールとジム生達とのバトルが始まる。
これまでの旅の中では、あまり多く遭遇することのなかった、氷ポケモンの使い手とのバトルの繰り返しだ。
これによって、パールは氷ポケモン相手の戦い方を、肌で実感して習得していくことも叶えられている。
今までのジムもそうだったが、ジム生とのバトルは、ジムリーダーの扱うタイプのポケモンとのバトルに向けて、挑戦者のチュートリアルの側面も兼ねている。
キッサキ近辺以外に数の多くない氷ポケモン達なので、とりわけキッサキジムではそれが浮き彫りになりやすいということだ。
ジム生達だって腕利きだ。繰り出すポケモン達は、野生のポケモンの強さと一緒に出来るものであろうはずもない。
強い氷ポケモン達とのバトル、しばしば降り始めるあられ。
翻弄されることもありながら、パールは頼もしい仲間達と共にジム生達に勝利を重ね、やがてスズナへの挑戦権を獲得する。
後は、一度ポケモンセンターに行って、万全を期してバッジ獲得を目指す戦いに挑むのみだ。
7つ目のバッジへ向けて。
一途に情熱を燃やすパールも、親友の推しを迎え撃つスズナも、開戦を数時間後に控えたままにして、その胸は熱きものに満ちていた。
「う~ん、立ち入り禁止なんて残念」
「なんとなく予想はついてたけどね。
説明されたことまで含めてドンピシャで」
「やっぱりか~、って感じだったよね」
ポケモンセンターに行って仲間達を預けたパールは、待つ間の時間潰しに、キッサキシティのすぐそばにある"エイチ湖"を訪れようとしていた。
元より地元のシンジ湖に愛着が強く、そんなシンジ湖と並んで"シンオウ三湖"と呼ばれるうちの一つ、エイチ湖は是非一度お目にかかりたいものだ。
だが、残念なことに今のエイチ湖は立ち入り禁止である。
警察の方々が常に警邏し、パール達がエイチ湖のほとりへ向かおうとしても、悪いが今は我慢してくれと丁重にお断り。
理由はパール達にも予想できていたことだ。ギンガ団への警戒に決まっている。
ギンガ団は既に、三湖のうち2つ、リッシ湖とシンジ湖を襲撃している。
とりわけ人々を強く警戒させるのは、多数の団員を出動させての大掛かりなものであったことと、その目的が未だに判然としないこと。
どちらの事件もそうだったが、あれほどの団員と幹部を出動させての大作戦、どう足掻いたってニュースとして社会全体に知られてしまう。
悪事なんて隠し通した上で実行した方が絶対にいいはずなのに、隠す気が無く、それだけ失敗したくないほど重要な目的があってのことと推察される。
それでいて、どんな目的があったのだかわからないときたものだ。
2つの湖を襲撃したギンガ団の動向は不気味で、それほどの執念を燃やすギンガ団が、エイチ湖だけはターゲットじゃないなんて楽観的な推測はあり得ない。
ギンガ団によるシンジ湖襲撃が報道されたその即日から、キッサキシティの治安を守る組織による、エイチ湖防衛網は迅速に敷かれていたようだ。
朝も、昼も、たとえ深夜でも、いつギンガ団が襲撃してこようが、万全の構えでその悪意を挫くため迎え撃つ構えは完成しているのだ。
この厳戒態勢がいつまで続くのかはわからない。少なくとも、年内には終わらないだろう。
特に今は、その堅固な構えが出来上がって日が浅い時期ということもあり、パール達のような子供でさえ湖には立ち寄らせて貰えないほど徹底した厳戒態勢だ。
「流石に私達みたいな子供が、ギンガ団みたいなワルい奴らだとは思われないと思うんだけどなぁ。
そんな私達でも湖には立ち入り禁止って、ちょっと厳し過ぎる気も。
警察って厳しくなきゃいけないものとか、そういうことなのかな」
「それはねぇ、多分パールのせいだと思うだよ。僕は」
「へ? 私?」
「こんな状況でも、子供なら湖のそばに寄っていいとでも思われたら、警察の人達は困るってことなんでしょ。
ギンガ団許せない! って思った子供が、いざという時に乗り込んできたら、守らなきゃいけなくなるし、有り体に言えば邪魔だし」
「うぐ」
「最近そんな風に湖騒動に首突っ込んでニュースになった女の子いたし」
「うぐぐぐ」
「何がうぐぐぐだよ。
反省してないんだなコイツ」
「いだだだだだ!?
ぼっ、暴力はだめぇっ!?」
プラチナが両手でパールの両耳の上を挟み、ぎゅううっと頭を締め上げる力を入れる。
ぐうの音も出ないので、冗談めいた反応を返すので精一杯だったパール、残念ながらプラチナの癇に障ったようで。
女の子を物理的に攻撃するなんて、プラチナも初めてだし、こんなことする自分をかつて想像しなかったものである。
パールの態度にカチンときたわけではないが、冗談で済まされてはたまらないという想いから手を出さずにいられなかった。親心か何かみたい。
「警察の人達も、ギンガ団の襲撃を想定する布陣に、万が一にも子供に関わって欲しくないってことでしょ。
ぶっちゃけパールが乗り込んだ前例って、無関係じゃないと思う」
「ううぅ……
プラッチ昔は警察不信みたいな顔してたくせに、急に警察の肩持って私を責めるなんて何かずるい……」
「僕、パールのことだいぶ心配なんだよねぇ。
子供に危ない場所に踏み込んで欲しくない大人の気持ちがわかっちゃった。
まだわかりたくなかったのに。全部パールのせいと言ってよろしいか」
プラチナの仰るとおり、要は警察、いつ戦場になるやわからぬエイチ湖に、子供を立ち入らせ、あぁ別にいいんだと子供達に思わせたくないのだ。
見方は変わるが、まさに子供がエイチ湖観光で楽しんでいるその時、万一ギンガ団が攻め込んできたら実状は最悪である。
警察は子供達を守らなければならない。守るべきものを抱えて巨悪に挑むわけである。はっきり言って邪魔。
子供が戦禍の中で怪我したら責任問題になるから? そうではない。
泰平と秩序、無辜の人々が安寧のままに過ごせる世を心から望む警察の皆様である。罪無き子供が悪意に巻き込まれて深手を負うなど、心の底から望まない。
色々とかき回すパールと行動し続けてきた期間の長さのせいで、プラチナだけがやたらそんな大人の気持ちに共感できるように育ってしまいつつある。
年の割には元々大人びている方のプラチナだが、パールのせいで変に成長させられて、純真な幼さを卒業するのが早過ぎるのも問題である。不憫。
「実際パール、もし明日の朝ぐらいにギンガ団がこの湖に乗り込んできたら、警察の人に交じって戦いにいくでしょ」
プラチナの頭絞め上げの手から解放されたパールは、五歩ぶん退がってプラチナから距離を取った。
暴力の届かない範囲へ。だって正直なところを口にしたら、いかにもシメられそうだし。
「…………ハイッ」
「ごめんねパール。
女の子にこんなことするの最低って思われるかもしれないけど、もういいや。
なぐる」
「ひえーっ!? ごめんなさいっ!?
素直すぎましたっ!?」
つかつか歩み寄ってくるプラチナに、背中を丸めて両腕全体で顔と頭をガードするパール。
逃げない辺り、制裁されても仕方ないとは思っているのだろう。なにせ前回のシンジ湖騒動で、プラチナに多大な迷惑と心配をかけた自覚はあるので。
まあプラチナも、こつんと握り拳でパールの頭を小突くだけだが。
いてっ、てな程度の痛みを覚えつつ、びくびくしながら顔を上げてプラチナの顔を伺うパールを、流石にこれ以上は責め立てられない。手は出したのだし。
「前々から言おうと思ってたんだけど、パール、僕は……」
「――あっ!?
パーーーーールーーーーー!!」
ここらで今一度、腹を割った話をしようとしたプラチナだったが、思わぬタイミングでとんでもない邪魔が入った。
離れた場所から、ものすごくデカい声でパールの名を呼び、手を振る男の子の姿がある。
あまりの声に振り返ったパールとプラチナに、自分のことが認知されたとわかるや否や、せっかちに駆け寄ってくる声の主。
お久しぶりの再会なのだが、あの大声は昨日も聞いたものにうんざりするかのように、少なくともパールにとってはげんなりもの。
しかし今のパールにとっては救い主。プラチナに頭の上がらない話題になっていた今、話題の矛先を変えて今の空気をなし崩しに出来そう。
「やっぱりパールだ!!
パーーールーーーーー!! 久しぶ……」
「だまれーーーーー!!
うるさーーーーーーーーーーいっ!!!!!」
駆け寄ってくるダイヤをうざがるかのように、しかし本質はプラチナとの間にあった空気を吹っ飛ばす意図を込めて、大声を出して。
手を振って近寄ってくるダイヤも驚いて足を止めるほど、大声比べになったらパールの方が声が大きい。
常にアベレージの声量が大きいパールの幼馴染だが、本気を出した瞬間的な大声比較では、やはりパールが勝つようで。
「久しぶりだなっ! パール!
プラッチも一緒なんだな! 久しぶり!」
「あ、どうも……お久しぶりだね、ほんとに」
「うるさいぞダイヤっ!
だまれっ! しずかにしろっ! しずまれっ!」
「えー、なんでそんなに怒ってるんだよっ!
今日はすごく機嫌の悪い日なのか!?」
「しるかーーーっ!
いいからだまれっ!」
別に怒ってもいないパールである。
でも、大きな声とダイヤとの絡みを強調し、プラチナのお叱りタイムを有耶無耶にしようという心算をプラチナも感じなくはない。
事情抜きにしてそもそもダイヤのうるささに、一定のうんざり感を覚えているパールによる、リアリティを味方につけた逃げ口上とも言えよう。
その真意をだいたいわかってしまいながら、元々今の話をそこまで詰める気もなかったプラチナは、まあいいやという想いで二人を傍観するのみ。
本当にプラチナは、パールには甘いところがある。これもその一幕だろう。
エイチ湖をそばに控えた、キッサキシティの入り口近くの217番道路での出来事。
パールと同様に故郷を出発した、幼馴染との再会にはパールも内心では驚いてもいる。
体よくプラチナの説教から逃げるために態度を作っているパールだが、本心ではやはり、久しぶりの友達との再会に浮き足立つ想いだった。
昨日はフワンテと、加えてニューラとの再会。
そんなニューラとお友達になれた昨日を経て、今日はジムリーダーのシロナと既に親交を含めつつあり、さらに今、幼馴染との再会。
出会いや再会は果て無き旅の醍醐味。さりとて昨日と今日だけで、テンガン山を越えてシンオウ最北部に来てから、思わぬ邂逅の多いことである。