「さあ! 行くわよユキカブリ!
スイッチオン!」
「やっぱりさっそく"ゆきふらし"だっ……!
ミーナっ、頑張ろうね! ミーナの根性信じてるよ!」
「――――z!」
スズナがスイッチオンの言葉を発するよりも僅か早いぐらいに、バトルフィールド全域に、大きな氷の粒が雨のように降り始めた。
ユキカブリはその姿を見せたその瞬間から、大気を揺るがし、周囲を"あられ"の降り続ける環境に変える力がある。
俗には"ゆきふらし"と呼ばれる能力だ。
パールもユキカブリの姿を見た時点から、あるいはスズナに挑む前から、この展開は想定済みだ。ジム生のユキカブリだって、同じことをしてきたのだから。
まして氷ポケモンのエキスパートたるスズナ、これぐらいのことはやってくるだろう。パールだって、事前に様々の想定を抱いてからここに挑んでいる。
「ミミロルね……!
"とびげり"には注意しなきゃ……!」
「ミーナ、先手必勝! いけえっ!」
「ユキカブリ! まずは迎え撃ちましょ!」
パールの指示を受けて駆けだすミーナ、ユキカブリに警戒を促す指示をさりげなく下すスズナ。
流石にジムリーダー、対峙したポケモンが自分のポケモンの弱点を突く技を持っているであろうことを、技を見ずして察し取っている。
跳び蹴りを撃ってくるにせよ助走を挫くべく、ユキカブリが放つ技は"はっぱカッター"だ。
鋭く飛来する無数の刃に、敵との距離を詰めるべく駆け迫るミーナは、駆けながらにしてびすびすと全身を傷つけられる。
「ミーナ、アタック!」
「ユキカブリ! よく見て躱しなさい!」
だが、首を引いて耳を下げ、腕で目元を隠して顔を傷つけられることを防ぎながら、その駆け足を止めないミーナの根性がパールには頼もしい。
葉っぱカッターがいかに痛いか、その使い手が一番親しんだ仲間であり、対戦相手を多々怯ませるほど強力な技かは、パールが一番知っているはず。
それに怯まず足を止めないミーナの後ろ姿には、パールも強い指示を出せるというものだ。
飛びつくようにユキカブリに跳躍して飛来したミーナに、スズナもユキカブリに回避を最優先した強調指示を発している。
"とびげり"は対象を捉えられなかった時、地面に激突して痛い目を見るのは使い手の方だ。格闘技に弱い側が果たせる最善手は躱すことに相違ない。
「――あらっ!?」
「よーし!
ミーナっ、ぶん殴っちゃえ!」
確かにユキカブリは素早く身を捻ってミーナの飛来を躱した。
だが、ミーナが狙っていたのは跳び蹴りでも何でもない。それに似た軌道で、単にユキカブリに向かって飛びついていただけ。
そして躱されれば、ただ着地し、すぐそばに敵を捉えられる位置。躱されること、警戒されていたことを始めから織り込んでいた動き。
そしてミーナは、引いた拳を力強くぶつける一撃を繰り出すのだ。
ユキカブリの頬にあたる位置へと直撃したその一撃は、どうやら相手がふらつくほど強烈だ。
「しっかり! ユキカブリ!
カウンターよ!」
「――――z!」
どうやら"ピヨピヨパンチ"。受けたユキカブリは"こんらん"しなかったようだが、まともに受けては多少ふらつくのもそのせいだろう。
活を入れる一言をスズナが挟んでいることは、ちゃんと初見でミーナの繰り出した技が何なのかをわかっている証拠だ。
持ち直したユキカブリが、両手で地面を掬い上げるかのような仕草を見せれば、そこから魔法のように大量の雪が舞い上がる。
砂塵の波のようにミーナに襲いかかるそれは、背丈の小さいミーナを押し潰すかのように襲い掛かるのだ。
「あわわっ、ミーナっ、ジャンプー!」
「ッ――――!!」
縦にも横にも攻撃範囲の広い、ユキカブリによる"ゆきなだれ"。
ミーナも近い距離でいきなり繰り出されているのだ。逃げきれない。
それでも活路を、と願ったパールの声に応えたミーナは、その場で真上に高く飛び、自身を押し潰そうとしていた雪の波を突き破る。
「わっ、マジで!? 突き破っちゃうの!?」
「ミーナいっけ~!
跳び蹴りアタック!」
かなり痛かったし上向きの力もかなり削がれたが、それでもミーナの強い強い跳躍力は、雪を破って高い場所までミーナが跳ぶ結果を残した。
それも、天井までミーナが届くほどの力をしっかり残してだ。
自慢のミーナがスズナも驚くほどの脚力を披露したことに、パールはひとまず今日一番の興奮で、続いてミーナに発する指示も早くて強い声。
体を回して天井を蹴ったミーナが、自らの向かう先をユキカブリに定め、重力による加速も得て弾丸のような速度で迫る。
見上げることに続いての回避行動では一手多い。
ミーナの"とびげり"ではない"とびはねる"ことによる一撃は、空中から痛烈に突き刺す一撃としてユキカブリに直撃した。
ノーマル技でもなく、格闘技でもなく、飛行技として有識者には認定されるような一撃だ。
氷ポケモンでもあり草ポケモンでもあるユキカブリには痛烈極まりないだろう。
地に足着ける根のように下半身が発達している一方、今ミーナに蹴り刺された頭部に強みの薄いユキカブリに、上空からの攻撃はかなりの有効打なのだ。
「~~~~……っ!」
「ミーナ、メガトンキック!」
ほぼほぼ戦闘不能になりかけていたユキカブリだったが、やはりジムリーダーの先鋒を務める気概あってか、どうにか倒れず踏ん張っていたものだ。
しかしやはり、悪あがき。指示されるまでもなく自己判断で葉っぱカッターを放とうとしていたが、接近するミーナの撃つ蹴りよりも発射が遅い。
どうにか倒れず堪えても、これではやはり戦果は残せないのだ。
ミーナの強烈な蹴りを受け、吹っ飛ばされて倒れたユキカブリは目を回し、今度こそ完全に戦闘不能確定である。
「ありがとう、ユキカブリ……!
ガッツは見せて貰ったわ!」
「ミーナっ、次が来るよ!
油断せずにいこうね!」
「――――z!」
得意気にパールを振り返ってみせたミーナだが、褒めるよりも戒めてくるパールに、むすっとして強い鳴き声を返してくるミーナである。
わかってるわよ! とばかりの荒声に、パールも困った心境を顔に出さないよう頑張る。
パールだってわかってるけど。褒めて欲しいんだろうなとは思うけど。長い付き合いでそういうミーナの性格は知っているんだけど。
気難しいミーナに振り回されないよう、大事なことを教え諭すトレーナーの姿になってるな、と、観戦席のプラチナは感じる次第である。
「さあ、ユキカブリの仇討ちよ!
わかってるわね、チャーレム!」
「……へえっ!?!?」
スズナが放り投げたボールから飛び出してきたのが、氷ポケモンでも何でもないチャーレムであることに、パールは素っ頓狂な声を出してびっくり。
存外、珍しい話ではないのだが。格闘タイプでありエスパータイプでもあるチャーレムは、氷ポケモンの弱点を突く岩タイプや鋼タイプ、格闘タイプに強い。
氷ポケモンのエキスパートだからこそ、氷ポケモンの弱点を突いてくる相手に対する、対策ポケモンを一匹は用意するのも存分にあることだ。
「――――!!」
「わっ、わ、だめっ、だめっ、ミーナ戻ってっ!」
「!?」
そして、格闘タイプのチャーレムは、ノーマルタイプのミミロルに対して痛烈に刺さる個体でもある。
気合充分やってやる、という意気込みだったミーナだが、パールが慌ててミーナのボールのスイッチを押して彼女を引っ込める。
"とびはねる"で殴り合いに持っていくことも出来る相手には違いないが、流石にそれは勝負が過ぎるというものだろう。適切な判断である。
「あわわっ、み、ミーナ待って待って! まだ出てこないで!
後で絶対出番あるから! 今は休んでて! お願いだからっ!」
「ポケモン交代ね!
7秒ルールは知ってる!?」
「し、知ってますけどぉ……!
スズナさん、チャーレムって氷タイプじゃないですよねぇ!?」
「この辺、あたしとナタネって意見が分かれるのよね~!
あたしは勝利のために、氷ポケモンのみんなを守るナイトを育てることも辞さない!
あの子は意地でも草ポケモンしか使わない! スタンスは人それぞれね!」
ポケモンバトルの公式戦には、自分のポケモンを引っ込めてから次のポケモンを出すまでに、7秒の時間を挟まなければならないというルールがある。
パールもテレビ越しに公式戦は見てきたし、それぐらいは知っているようだ。
トレーナー双方、対戦相手の後方高い位置に設置された電光掲示板を見ることが出来、自分のポケモンを引っ込めた瞬間から7秒のカウントダウンを見る。
これが0になったら次のポケモンを出していいということだ。
どうしてこんなルールがあるかと言えば、相性の悪いポケモンと対峙した時、誰でも自分のポケモンを交代したくなるからである。
それ自体は戦略的行為として当然許容されるべきながら、このルールが無かったらたまに困ったことになる。
例えばの話、パールがフワンテを持っているとして。
チャーレムが出てきたのでフワンテに交代する。スズナもフワンテにチャーレムをぶつけるのは相性最悪なので、氷ポケモンに交代する。
そしたらパールも、飛行タイプのフワンテは氷に弱いので、ミーナに戻す。そしたらスズナも、氷ポケモンを引っ込めてまたチャーレムを出す。
この繰り返しが連続する。7秒ルールが無かったら手の速い方が勝ちになる。
それってポケモンバトルに求められる技量じゃない。ジャグリングの練習でもすれば相性問題を克服できるなんて、そんな。
そこに7秒という制限がかかるとどうなるかというのは体験してみないとわからないが、逆に体験してみればすぐわかる。
「ううぅ……7秒って長い……!
あのチャーレム、絶対"ビルドアップ"してるっ……!」
「あら、見てわかるんだ?
そうよ~、あたしが指示しなくてもやってくれる優秀なチャーレムよ!
すごいでしょ! もっと褒めてくれていいのよ!」
特にジムリーダーのような、時間を与えれば与えるだけ強くなれる技を、しっかり自分のポケモンに教えている相手の時には尚更だ。
相手が場にいようがいまいが積み技は使える。一匹撃破して次の相手を待つ時は、マナーの問題でその間は使わないようにするのが不文律なのだが。
自分のポケモンを引っ込めて、相手に時間を与えてしまうこの事実により、ひょいひょい都合に合わせた迅速な交代を防ぐための7秒ルールである。
5秒では短く、10秒では長い。試行錯誤を繰り返し、公式大会でも7の数字が使われたのが、現代の到達点であるとかないとか。
あのチャーレム、身体がびりびりっと震えるほど全身に力を入れて、攻撃力と守備力を高めた体を作る"ビルドアップ"の真っ最中。
特筆すべきは、スズナがそんな指示をしなくても、相手が引っ込んだ瞬間からそれを始めていることだろう。
もっとも、チャーレムを出す時の"わかってるわね"というスズナの声は、"相手が引っ込んだらビルドアップ"の暗喩でもあったのだが。
きちんとわかっているチャーレムが賢いとも、具体的な指示などなくても最善手を選べるチャーレムを演出し、パールを怖がらせるスズナの小技とも言える。
「――よしっ!
いくよ、パッチ! 気を付けてね! 出た瞬間に来るよ!」
「チャーレム、先手必勝よ!」
また、"相手を撃破して次に出てくるポケモン"は、出てきた瞬間に攻撃することをしないのが不文律。
出所のわかっている相手のポケモンなんて狙い撃ちし放題である。誰も彼もが"カウンター"や"ミラーコート"のような後の先の技を使えるでもなし。
攻撃力に秀でるトップトレーナー同士の公式戦でそんなことやっていたら、一方的な展開ばかりになりやすい。
それこそが頂上決戦のあるべき姿になんてしていたら、トレーナーを志す子供達も減りかねない。勝ってる側はいいかもしれないが、いじめられる側はつらい。
真剣勝負という名目には反するが、競技というのは"つまらない"と歴史が終わってしまうため、ルールが整備されている側面もあったりする。
その点、交代で出したポケモンへの速攻は認められている。
これも、相手を見て自分のポケモンを引っ込めた側に付き纏うリスク。
機敏かつ相手が来ることもわかっていたパッチは、両足でバトルフィールドに降り立った瞬間に地を蹴って回避行動を取ったが、やはり完全には躱せない。
チャーレムの繰り出した拳がパッチの後ろ足を掠め、そこに氷が纏わり付くほどの冷気に包まれた痛みに、パッチも僅か苦悶の表情を見せている。
「うわ、"れいとうパンチ"だ……!
やっぱり氷のエキスパートだっ!」
「当然!
苦手な飛行タイプにだって、そう簡単には負けないんだから!」
飛行タイプとゴーストタイプしか弱点の無いチャーレムにとって、その片方への有力な対抗手段となる氷技は、スズナも教え甲斐があっただろう。
氷ポケモン対策への対抗策に、チャーレムというポケモンを選んだ根拠は、そんなところもあるのかもしれない。
体勢を整えたパッチの、睨みつけるような眼による"いかく"に少々身構えるチャーレムだが、腰が引けるどころか前のめりの姿勢で睨み返すほど。
胆力はありそうだ。強敵だと見做したらしきパッチも気合充分である。
「パッチ! 10まんボルト!」
「チャーレム、凌げるわね!?」
さて、観戦席のプラチナの目にもよくわかる、対戦世界における力強い対話。
ビルドアップで物理的な攻撃に対して耐えやすくなった肉体を持つ、チャーレムに対してパールが選んだのはそれを踏み倒す技。
対するスズナも、パールが如何なる攻撃をしてこようとも凌ぐ"みきり"を示唆し、相手の一手を無傷で躱して情報を得る手法。
パールが状況に応じた的確な指示が出来ることも含め、スズナとチャーレムがパッチの手札を一枚知り、果たしてここからどう動くか。
こうなってくるとプラチナも、パールを応援する想いとは別に、ただこのバトルを眺める楽しさが胸の内に湧き上がってくる。
まるでテレビで毎週放送されていた、熱いポケモンバトルを楽しみに見ていたあの頃のように。
その舞台の半分を親友が形作っているという事実が、いっそう胸を熱くする。
「捕まえるわよ、チャーレム!」
「パッチ、もう一か……や、かみなりのキバ!」
接近戦を仕掛けようとするチャーレムの駆け足が思ったよりも早く、パールは10万ボルトの指示を取り止めて反撃を指示した。
距離を保って強い遠距離攻撃を活かして戦いたいところだが、溜めた電気を放つより先に触れられてしまうという判断だ。
だったら受けてでも反撃を。これも正しい判断の一つ。
掌底じみた一撃で"はっけい"を打ち込んでくるチャーレムの攻撃を、パッチは自ら額を突き出して迎え撃った。
中途半端に躱して頬や顎、肩を打ち込まれるよりは意識が飛ばずに済むからだ。喧嘩の仕方をよくわかっている女の子。
もちろん痛い。だが怯まない。がっと口を開いてチャーレムの右肩に噛みついたパッチが、肌の下まで食い込んだ牙から一気に電流を流し込む。
パッチの全身が発する雷光のような光に包まれる中、チャーレムも全身にぐっと力を入れ、痛烈な痛みに屈しない精神力を強く保たんとする。
「しっかり! もう一撃よ!」
「っ、パッチもう一回! がんばれえっ!」
電流を流し込まれながらも倒れず、パッチの横っ腹を挟み込むように両掌を打ち込むチャーレムに、流石にパッチもけはっと開いた口。
牙が抜ける。パールがもう一度と無茶を言う。応えられるパッチだ。
チャーレムの左腕に噛みつく先を変え、再び突き立てた牙から電流を流し込む。
再びの発光と痛烈な電撃だが、チャーレムはぐっと耐えて倒れない。
「チャーレ……」
「オッケー! 離れてパッチ!
大丈夫、勝てるよ!」
大抵の場合は"噛みついたら離さない"で勝ってきたパッチにとって、自ら離れろと指示してきたパールの声には少し驚いた。
だが、その指示に際して自分の太ももを、大きな音が出るほど二度叩いたパールの行動に、パッチはなるほどと感じながら牙を抜いた。
次の瞬間にチャーレムの掌底、発勁狙いの一撃が振り上げられるが、逃げの判断が早かったパッチはそれを躱しきることに成功する。
「パッチ、よく狙って!」
「チャーレム、凌ぐわよ!」
離れたパッチからの10万ボルトを警戒したスズナとチャーレムが、見切って凌ぐ構えに入る。
だが、身構えたチャーレムの想定に反し、パッチは放電攻撃を撃ってこない。
それもそのはず、パールが指示しているのは10万ボルトではない。別の技の指示を既に伝えてあるのだ。
よく狙って、は完全なブラフであり、パッチに離れることを指示した際に見せた、脚が痛いほど強く太ももを二度叩いた仕草こそ、真意を隠した指示である。
「――――z!」
「えっ!? ちょっと、チャーレム!?」
「パッチ、勝負所だよ……!」
「――――!」
10万ボルトを発しもせず、ふんと鼻を鳴らして口の端を上げたパッチの挑発的な表情は、たまたまパッチを後ろから見る位置のスズナには見えなかった。
代わりにスズナが見たのは、明らかにかっとした表情で、指示されてもいないのにパッチへと襲いかかろうとするチャーレムの姿だ。
冷静沈着なチャーレムらしからぬ行動にスズナが驚く中、先程以上の猛襲ぶりを見せるチャーレムと対峙するパッチも、ここが山場だとわかっている。
勢い任せの力任せ、乱暴な発勁による一撃を、パッチはぎりぎりまで引き付けて辛うじて躱した。
余程に前のめりな一撃だったのか、躱されたチャーレムは足をもつれさせ、過剰に数歩前に出てしまう。
膝を着いたのは、踏み込む足を挫いたせいだろうか。見た目に反して滑りやすくはない床だが、そこで足を痛めるとは余程冷静でない足使いだったということ。
「よーしパッチいけえっ! 10まんボルト!」
「――――z!」
心底はらはらしながら見守っていたパールは、回避の成功に思わずガッツポーズさえ見せた。それだけ受けてはならない一撃だったのだ。
地を走るほどの電撃を放つパッチによる放電攻撃がチャーレムに直撃し、痛烈な感電にチャーレムの全身が軋む。
どうにか倒れずに耐えきったものの、背中を丸めて足元が覚束ない姿たるや、なんとかパッチを睨み返しはするものの後が続く姿ではない。
「スパーク!」
帯電した体で駆けだしたパッチによる、力強い突進がチャーレムを突き飛ばす。
受け身も儘ならずに倒れたチャーレムが、これ以上戦える状態ではないのは明らかだ。
スズナはチャーレムをボールに戻して、労うようにそっとボールを撫でた。
「あなたのルクシオ、もしかして威張ってた?」
「そ……さ、さぁ~、どうでしょう!?」
「ふふっ、そっか。じゃあ、そういうことにしておきましょ。
ごめんね、チャーレム。あたしより、相手の方が一枚上手だったわ。」
「なんだかパールも、それらしく戦えるようになってきたなぁ……
まあ、細かい所でパールらしい駄目さは残ってるけど……」
太ももを二回叩いたパールの仕草は、技の名前を言わずにパッチに"いばる"ことを指示する秘密の暗号だ。
これまで何度も、技の名前を言わずに指示を出すジムリーダーとやり合ってきたパール、いよいよ彼女もそんなことをやり出した模様。
特に"いばる"といった、先に技名を口にしてしまうと相手に重要な情報を与えてしまう技は、確かに技名を発さず指示できるに越したことはない。
相手を混乱させることは出来るものの、怒らせることで攻撃力を上げさせてしまう副次効果もあるため、常に勝負手となる技には違いないのだから。
隠し通した"いばる"でチャーレムとスズナを翻弄し、撃破にまで至れたことはパールにとっても会心の成功だったらしく、余程嬉しかったのだろう。
『あれは"いばる"だったの?』と聞かれて、素直に答えずポーカーフェイスを返せれば100点満点。
そこまで出来ずに顔に出てしまった、ならある程度仕方ないが、嬉しさが勝ち過ぎて一瞬白状すらしているのは赤点まで落ちる。こういう所はまだまだ。
最も褒めるべきは、きちんとチャーレムの攻撃を躱しきるという、勝利のために不可欠のそれを叶えたパッチの能力に落ち着くだろう。
チャーレムが雷の牙を突き立てられたのは右肩、そして左腕。どちらの手で攻撃を放とうが、僅かに100%に劣る傷を負わせていたことも大きかった。
元々パッチは、とどめの一撃以外の牙は、そうして相手を弱らせる場所を選ぶ傾向にもある。
喧嘩の仕方をわかっている女の子。パールやプラチナが思う以上に賢いのである。
「それにしても2対4か……!
順調ね、可愛い挑戦者さん! このままの勢いで押し切っちゃう!?」
「全然そんな気してないです……!」
「あははっ、謙虚じゃない!
でも、そうね! 勝負はここからなんだから!」
一度はリードを作りつつ、一気に巻き返されるなんて、パールも幾度かのジム戦で経験してきたことだ。
ここまでは順調。だが、油断すれば一気にひっくり返される恐怖もある。
現にミオジムでは、3対2の優勢から一気に負けたほど。あの苦い経験は鮮烈で、今でも心のどこかでは引きずってしまう。
そしてパールも決して忘れていないが、フィールド上にずっと振り続けているこの"あられ"。
大きな氷の粒が、今もびしびしとパッチの身を打っているが、果たしてパッチは平気なのだろうか。
じわじわとダメージが蓄積しているであろうこの中で、残りの2匹をこれまでのように破り果たせるだろうか。
トウガンにとってのトリデプス、スモモにとってのルカリオというように、一目でわかるスズナの"切り札"もまだ姿を見せていない。
浮かれようが無い。パールの緊張感は高かった。
「それじゃあ、行くわよ!
ユキノオー! 一気に巻き返すわ!」
元より情熱に満ちていたスズナの表情が、いっその灯をその眼に宿して、今日一番に力強くボールを投げた。
そしてボールから飛び出してきて、ずしんと大きな音を立ててフィールドに降臨したその姿は、強敵であることをはっきり見せつける貫禄に溢れている。
最後の一匹ではないながら、もしかしてこれがスズナさんの切り札なのか、と、パールが思わず身構えるほどの存在感がある。
「――――――――z!」
「わわわっ、あられが強く……!」
ユキノオーが吠えて両手を振り上げると、先程からずっと振り続けていたあられが、より大きな氷の粒を振らせるようになった。
バトルフィールドに立つパッチらにとっては、粒の大きさ自体はそれほど問題ではなかったりする。どっちにしたって痛い。
だが、ユキカブリが振らせ始めた霰よりも大粒と化したそれは、格の違う存在が現れたことを示唆するにはあまりにも充分。
それ以上に、ユキノオーの咆哮そのものの大きさも、気の強いパッチがぐっと両足に力を入れて身構えるほど、その迫力は満点である。
「見せてみて、あなたのポケモン達の底力!
でなきゃ、あたしのユキノオーは打ち破れないわよ!」
数の上では優勢のパール。
そんな状況下で、100%の力を振り絞らぬ限り倒せない強力なユキノオーだと、スズナは力強く豪語する。
嘘ではないのだろう。それがパールを緊迫させる。
2対4という確実な劣勢の中、スズナは嘘偽りのない強気で、精神的には完全なイーブンの状況を確立させている。
油断させる好都合より、びしばし互いにひりつくような緊張感の下、絞り尽くした全力をぶつけ合うバトルをスズナはご所望ということだ。
熱戦を望む先輩トレーナーに、果たしてパールは応えられるだろうか。
勝ちたい、それ以上に、恥ずかしい戦いぶりは見せたくない。
そう決意した眼差しのパールに、きっとスズナの真意は伝わっていたはずだ。