ポケットモンスター・パールストーリー   作:ましゅ

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第99話   VSユキノオー

 

 

「さあユキノオー! まずははっぱカッターよ!」

 

「パッチ、怯まないよね!?

 がんがん行くよ!」

「――――z!」

 

 巨体のユキノオーは大粒のあられが降る中でどっしりと構える、寒冷世界の王の如き存在感だ。

 見るからに強敵でパールは腰が引け気味だが、戦うパッチに物怖じして欲しくなく、ぎゅっと拳を握ってパッチを奮い立たせようとする。

 無用の心配だ。誰が相手だろうがやってやる、の気が強いパッチ、間違いなく強敵であることを理解した上でなお闘争心全開だ。

 飛来する葉っぱカッターの数々を躱しながら敵に迫り、しばしば凌ぎきれず身を掠める葉による傷を負いながらも、その駆け足に陰りは見られない。

 パッチが選ぶべきは接近戦。遠距離攻撃はすべて電気技、そしてユキノオーはユキカブリと同じく、草タイプの複合で電気技には強い。

 

「かみくだいて!」

 

 本来の相性悪さの間隙を突いてユキノオーを攻めるには、電気に頼らぬ物理攻撃を仕掛ける他ない。

 言われる前からわかっていたかのように口を開けていたパッチは、体毛豊かなユキノオーの横っ腹に牙を突き立て、ぶちんとその一部を引きちぎっていく。

 氷結の粒を纏う体毛は霜柱のようであり、肉体でないそれを食い千切るだけでも、それなりに強い顎の力が必要だったものだ。

 そしてパッチは、すぐにユキノオーから離れている。あの巨体のそばに身を置き続けるのは相当に危うい。

 

「パッチ駄目! もっともっと離れてえっ!」

 

「ユキノオー! ぶっ飛ばせえっ!」

「――――――――z!」

 

 あの巨腕に殴り飛ばされることを警戒して、ヒットアンドアウェイで一定の距離を作ったパッチだったが、それでも不充分なのだ。

 吠えてその片腕を、豪快に地面をめくり上げるように振り上げたユキノオーは、パッチ目がけて凄まじい量の雪を生み出して放ってきた。

 力強く掬い上げるアンダースローめいた腕の動きから、魔法のように多量の雪を生み出し、津波のように敵へと襲いかからせる"ゆきなだれ"。

 それはユキカブリのそれを見ていたパッチの想像以上の凄まじさで、パールの声を聞いてすぐにユキノオーから距離を稼いで尚、逃れ得ない。

 横に広く、縦には見上げるほど高い、ユキノオーの放った大量の雪がパッチを押し潰し、生き埋めにしてしまう光景が続くのみである。

 

「あっ、あっ、パッチ……!」

 

「ユキノオー、葉っぱカッターの準備よ!

 絶対、あいつは立ち上がってくるわ!」

 

 自分のポケモンが生き埋めにされるというのは初めてのことなので、大丈夫なんだろうかとパールが動揺するのは仕方ない。

 一方スズナは、大きなダメージを与えただろうとは思っていつつも、パッチの復活はほぼ確信している。

 バッジを6つも集めてきたトレーナーが、この大一番に選んだ一匹なのだ。弱いはずがないとわかっている。

 パールの心配をよそに、雪の中でもがいて掘って、ぷはっと雪から顔を出したパッチは、後ろ脚に力を入れてすぐさま雪に埋もれた下半身も脱出させる。

 全身を大量の雪で押し潰されたダメージに表情を歪めつつも、ざくっと雪を踏みしめて走り出す姿は、弱りかけたパールに発破をかけるかのようだ。

 

 スズナが無言で頷く仕草と、ユキノオーがパッチに葉っぱカッターを放つタイミングは殆ど同じだ。

 雪なだれを受けて軋む体が重いのか、飛来する葉を躱そうとするパッチの動きに余裕は無い。被弾も先程までより明らかに多い。

 それでも前進速度を一切緩めず、その猛襲の意を微塵も淀ませない意地を見せる。

 半ば捨て身、安全性を捨ててでも、元気いっぱいだった時と同じだけの接近速度でユキノオーに迫るパッチは、既にバトンを繋ぐ決意を固めているのだ。

 

「っ、っ……! パッチっ、頑張れえっ!」

 

 出せる指示は何も無かった。

 今のパッチが仕掛けられる戦術は接近戦しかないのだ。10万ボルトも通用し難い今、噛み砕く以外の有効打を出しようがない。

 せめて一矢でも報いようと、足に力を入れて飛びついたパッチは、ユキノオーの右肩辺りにその牙を突き立てた。

 ただの体毛に見えて触れればじゃくりと音がする、それに力強く噛みついてすぐには離れない。

 自らに噛みついたパッチを、ハエを叩くように左手で叩こうとしたユキノオーだが、ぎりぎりのところでパッチは牙を抜いてユキノオーの身体を蹴り離れる。

 

 打撃を受けずの着地が出来た、まだ戦える。

 パッチを睨みつけるユキノオーに、今度は真正面から飛びかかっていき、その右胸の毛深い所に牙を突き立てる。

 ばりばりと霜柱のような白い体毛を噛み砕くが、過ぎた捨て身の代償に、ユキノオーの両手で胴を掴まれる結果になってしまう。

 ぐいっとその剛腕でパッチを自らの顔の前まで持ち上げたユキノオー、それでもパッチは噛みついたユキノオーの体毛を噛み離さず、それを引きちぎった。

 

「わ゙~ちょっと待って待って待って!!

 ギブアップ、ギブアップするからやめてー!」

 

「えっ?」

「えっ?」

 

 突然の絶叫。パールがすごい必死。

 スズナもプラチナも、ユキノオーとパッチさえもが驚いて、フィールド全体の空気が凍り付いた。

 氷使いのエキスパートを相手にした舞台で、敵も味方も凍り付かせるとは恐れ入る。

 

「えっと……ギブアップね? ルクシオは戦闘不能でいいのね?

 もう引っ込めたら出しちゃ駄目よ?」

「あっ、えっ、そ、それは……

 ああぁぁ、でももう仕方ないのか……! わかりましたっ!」

「――――、――――z!?」

「パッチごめんー! 戻ってー!」

 

 ギブアップ宣言が正式に受諾されてしまう流れになり、はっとしたパールは、やっちまった感いっぱいの顔。

 でもギブアップって言っちゃった。それでバトルにまで影響を与えてしまっては、もう待ったをかけられる流れじゃない。

 嘘でしょ私まだやれるよ、と、ユキノオーに捕まったまま足をばたばたさせてパールを振り返るパッチを、パールはたいそうばつの悪い顔でボールに戻した。

 

「何されると思ったの?」

「うっ……

 ぱ、パッチが頭からがぶーされるかと思って……」

「そんなことするか~!!

 あたしのユキノオーは強くて逞しくてカッコいいけど、対戦相手を殺しちゃうようなことするわけないでしょー! 失敬なっ!!」

「ひゃあっ、ごめんなさいぃっ!?

 さ、最近怖い人達と戦ってきたせいで、想像力が豊かになってましてえっ!?」

 

 スズナが問うてみたところの回答たるや、わかるようなわからないような。

 ほぼ死に体だったパッチが怪獣みたいなユキノオーの両手でがっちり捕まえられ、顔の前に持ち上げられた姿を見たら、怖い結末を想像してしまったか。

 まあ実際のところ、あの後ユキノオーは氷の粒を纏った額でパッチに頭突きして、あとは殴り飛ばすだけだったので、それで勝負は決まっていただろう。

 どの道すでに負けていたような図式だったので、先走ったギブアップによってパールが損をしたということはなさそうである。

 

 パッチは不完全燃焼になってしまったのだが。

 ボールに戻された身ながら、すぐに自分でボールから出てきて、パールをじぃ~っと睨みつける。

 あんな幕切れすごく釈然としないんだけど、という顔なのはパールにもわかるし、スズナを見てパッチを見て双方にたじたじするパールの弱り目がひどい。

 仕舞いにはプラチナの方まで見てきた。たすけて、って言われた気がしたプラチナも、はぁ~っと溜め息ついて返答するのみ。僕に出来ること何も無いよと。

 

「ご、ごめんパッチ~……

 埋め合わせは何か必ずするから、今は戻っててぇ……」

 

「怖い人達ってどうせギンガ団よね!

 あたしがあんな奴らと一緒のヤツだと思ってるんだ!

 こいつぁ聞き捨てならないわ!」

「わ~違う違う違う、違いますうっ!?

 そ、そんなつもりじゃっ……」

「いーやもう許さん!

 ユキノオー! あいつらぎったんぎったんにしてやるわよっ!」

 

「あーあー、パールまたいじられて……

 まあしょうがないよね、アレ結構いじり甲斐あるもんね……」

 

 えらい剣幕でまくし立ててくるスズナにパールはあわあわ。パッチにも責められてあわあわ。

 そんな風に慌てふためいていないで、冷静にスズナの方を見れば、楽しそうに笑ってるスズナの顔が見えると思うのだが。

 からかって遊ばれている。スズナさん、まだ2対3で巻き返しきれていないのに余裕あるなぁとプラチナは思う。

 

「さあ! 次の子来なさい!

 それともやられるのが怖いからギブアップしちゃうのかしら!?」

 

「うぐっ……! そ、そんなわけないです!

 勝つのは絶対、うちの子達なんですから!

 頼むよ! ミーナ!」

 

 ずっとおろおろさせててもしょうがないので、スズナはパールが気を引き締め直せるように煽りも加えておく。

 ナタネと親友のようだし、そこからパールがどんな子なのかもよく聞いているのだろう。パールの扱いがお上手なものである。

 ざっくり気持ちを切り替えたパールの繰り出したミーナが、バトルフィールドに降り立てば、両拳をしゅっしゅっと前に繰り出す形でファイティングアピール。

 不本意な形で一度引っ込められた鬱憤を晴らすべく、気合満点というところ。

 

「ちょっと待って、あなたのルクシオそのまま残ってるの?」

 

「あ、あの~、私も戻すべきだとは思ってるのですが……」

「!!」

「はうっ!

 い、威嚇されております……戻そうとすると……」

 

 パッチはパールの横に居座っている。

 せっかく出てきたので、このままミーナら後続の戦いぶりを観戦したいらしい。

 叩きのめされて負けて引っ込んだ時は、ボールの外で観戦なんてしたらしんどくて仕方ないので、傷が浅く負けたこの現状を奇貨としたい模様。

 パールがパッチを戻そうとボールを握ったら、ぎらっとした眼でパールを睨みつけ、彼女の身をすくみ上らせてしまう。

 流石はどんなポケモンが相手でも、強い警戒心を抱かせて攻撃性を薄めさせるパッチの"いかく"である。パールがそれを向けられてはひとたまりもない。

 

「うーん、まあ別にいいけどね!

 ルクシオさーん! そのままそこにいてもいいけど、絶対バトルに介入しちゃ駄目よ!

 ついでに鳴き声あげたりもしちゃ駄目だからね? ポケモン同士でしかわからない会話で、サポートされちゃ私が不利だから!

 黙って、そこでじっとして眺めてるだけならオッケーよ! わかる!?」

「――――z!」

 

 わかった、とばかりにパッチはおすわりの姿勢になって、ぺこりとスズナに向けて頭を下げた。まあ礼儀正しいこと。

 そのままこの後、じっとして動かなくなるのだから、きちんとルールを順守する賢い子である。

 ただ、開戦前にミーナがパッチに振り返り、見ててよ! とばかりにぐっと拳を握りしめて笑う姿にだけは、パッチも頑張れとばかりに頷いてみせた。

 女の子同士のパッチとミーナ、なにぶん二人とも気が強いこともあって、元よりたいへん仲良しである。

 

「残念だけど、あなたのミミロルが格好いい所を見せる機会は無いわよ!

 さあユキノオー! まずは撃ちのめしてやりなさい!」

 

「ミーナ頑張って! 突っ込めえっ!」

 

 やはりまず離れた相手に対するユキノオーの第一手は葉っぱカッターだ。

 ミミロルにせよルクシオにせよ、接近戦こそ本懐の相手には、遠距離攻撃でその出方を炙り出す出方である。

 ミーナもやはり、その健脚で駆けだしてユキノオーに迫り、まずは飛来する葉っぱカッターに傷つけられながらも距離を詰める。

 最も狙うは"とびげり"だ。そしてそれは、スズナから見ても知れていること。

 

「大丈夫よ、ユキノオー! あなたなら大丈夫!

 構えなさい!」

 

「っ……!

 ミーナ、いっけえっ!!」

「――――z!」

 

 その上で、スズナは回避やいなすことを目的とせず、来ることがわかっている跳び蹴りを受けることを促していた。

 どのみち鈍重で機敏でないユキノオーに、フットワークに秀でるミミロルの跳び蹴りを回避させるのは無茶振りなのだ。

 そんな指示を大きな声で発するスズナは、ミーナやパールに対してさあ来なさい、でも思い通りにいくかしらと宣戦布告するかのよう。

 そう感じながらも、パールはミーナに指示すべき跳び蹴りの指示を揺るがせず、行けの一言で後押しするのみ。

 一瞬の動揺を得ながらも、正しい指示を貫けたことは、心理戦に惑わされずにあるべきものを貫けた証とも言える。

 

 流石ミーナが賢いのは、地を踏み切って"とびげり"に臨んだ彼女の狙いが、ユキノオーの右胸だったことであろう。

 パッチが体毛を食い千切り、毛が生え揃う明日まで禿げてしまった、露出した肌を狙う一撃である。

 ユキノオーの体毛は、自身の発する冷気により纏う氷結も相まって、少なからず自らへのダメージを軽減する鎧として成り立っているものなのだ。

 ミーナの跳び蹴り自体はユキノオーが咄嗟に構えた両手で防がれたが、見方を変えればユキノオーにとっても、そこへの一撃は避けたかったということ。

 そしてミーナの跳び蹴りを受けたユキノオーの両手も、凍結した体毛を砕かれて地肌が僅かに覗き、両手に纏う小手を半ば砕かれたような結果に陥っている。

 やはり氷タイプのポケモンに、格闘タイプの一撃はよく効く。

 

「ユキノオー! ぶっ飛ばせえっ!」

 

「ミーナっ、跳んでえっ!」

 

 跳び蹴りを防いだユキノオーから、蹴った反動で離れて跳び着地したミーナは、気を抜かずすぐ後方に跳ぶことで、ユキノオーから距離を稼いでいる。

 接近戦を仕掛けてきた相手へのカウンターとして、逃がさず高威力の"ゆきなだれ"に対する最適な動きであろう。

 地を掬い上げる腕の動きに伴い、波のような雪を生み出して敵を狙い撃つユキノオーに対し、ミーナは全力で高く跳び上がった。

 轟音とともに、ミーナがいた位置を雪で押し潰す"ゆきなだれ"は、上空に回避したミーナの"とびはねる"行動によって空振った形である。

 

「粉雪を浴びせてやりなさい!

 "素早い相手"よ、よく狙って!」

「――――z!」

 

「ミーナよく狙って! いっけえっ!」

「ッ――――!」

 

 天井まで届くほど跳んだミーナだが、自らが上昇するということは、上から降るあられに自分からぶつかっていくのと同じ。

 粒が大きくなったあられはさっきまでよりも痛い。気は強くてもパッチほど体がタフでないミーナには少々つらい。

 そんなミーナを見上げて両手を振り上げ、氷の粒を伴う冷たい風を浴びせるユキノオーの追い討ちは、ミーナにいっそうのダメージを蓄積させる。

 しかも、それは実は"こなゆき"ではない。空中で軌道を変えられない相手に"素早いからよく狙って"という指示は少しおかしい。裏がある。

 

 痛い氷の粒を上下から浴び、凍えるほど寒い風に晒されてなおミーナは、天井を蹴ってユキノオーに真っ直ぐ矢のように向かった。

 重力を味方にして勢いを得たミーナの蹴りを、ユキノオーは再び両腕を構えてガードする。

 ユキノオーの両腕の体毛に付着している氷の粒が、まるでダイヤモンドダストのようにはじけて煌めく。

 それだけユキノオーの腕全体に、その重さが響き渡るほどの衝撃だったということだ。

 草ポケモンでもあるユキノオー、その理屈とは直結しないが、やはり重力を味方に付けて上空から迫る重い"ひこう"技は特効なのだろう。

 

「ぶん殴れえっ!」

「――――z!!」

 

 腕が軋むほどのダメージを受けてなお、やはりユキノオーは頑丈だ。

 受ける直前にちゃんと腕を引き、自分を蹴って離れようとするミーナの反発力を僅かにでも殺して。

 思ったよりもユキノオーから離れられなかったミーナへと、大きな一歩で距離を詰めると、痛むその腕と拳に力を入れてぶん殴る。

 ミーナもミーナで、華奢な両腕でのガードだけでなく、耳まで降ろして防御態勢を取るが、それでもユキノオーの殴り飛ばしには軽い体が耐えられない。

 

「ミーナ……!」

 

 それも、ユキノオーという個体の能力を活かす"れいとうパンチ"だ。

 受けた腕と耳が一瞬で氷に包まれるほどの冷気、そしてユキノオーの剛腕の一撃に殴り飛ばされたミーナは、バトルフィールドに背中から叩きつけられる。

 思わず心配したパールがミーナの名を呼ぶが、すぐにぴょいんと飛び跳ねるように起きるミーナは、まだまだ戦えるという姿を表明する。

 溶けきっていない氷を纏った腕と耳は痛々しいが、がすがすと足で二度地面を踏みしめる姿は、彼女なりの継戦能力アピールである。

 元々私の武器はこの脚と蹴り、だから心配せず任せろという熱意はパールにも伝わるはず。

 

「素敵よそのガッツ! いい相手に巡り会えてるわ!

 ユキノオー! 敬意を表して徹底的に討ち倒すわよ!

 あたし達の真髄ってやつを見せてやりなさい!」

「――――z!!」

 

 あんな小さな体で、ユキノオーの冷凍パンチを受けても屈しない姿は、スズナにとっても熱くなれる挑戦者だ。

 発した敬意は本心である。その一方で、今ここで撃つべき技を文脈だけに示唆し、技の名だけはパールの耳に入れさせないのがスズナのしたたかなところ。

 心からの主張と理知に富む戦術を両立するのは、さすが歴戦のジムリーダーだ。

 ユキノオーがスズナに応え、離れた場所のミーナに向けて放つのは、粉雪以上吹雪未満の強い風、大気から氷の粒さえ生み出すほどの冷たい風である。

 

「つめた……っ!?

 がっ、頑張ってミーナ、もう一回いくよ!」

「ッ――――z!」

 

 ミーナの後方位置にいるパールが、そんな冷たい風の余波を受けて脚をきゅっと縮めている。

 バトルフィールドで技を受けているミーナの感じる寒さよりも遥かに劣る。それでも太ももや顔、露出した肌が一瞬できんきん冷えて痛むほどの冷気だ。

 ミーナはそれに耐え、パールに言われたとおり、あるいは言われなくても行ってやるわよの精神でユキノオーへと突っ込んでいく。

 

 差し向けられる"こごえるかぜ"を突っ切ってだ。

 だが、身体の芯まで冷やすその風は、今のミーナが全力駆けをしているつもりでも、元気な時の彼女ほどの機敏さを叶えさせない。

 "こごえるかぜ"は、冷気で以ってダメージを与えるだけに留まらず、相手を内から冷やすことに特化した技。

 どんな生き物でも、たとえ寒冷地に住み慣れたポケモンであろうとも、内側から凍えさせられれば動きが鈍ることを免れない。それは生物の宿命だ。

 

「だっ、だめっ、ミーナっ、ジャンプ!!」

「――――!?」

「いいから跳び越えてえっ!!」

 

「む……! やるわね……!」

 

「いいね、パール……!

 それでいいはず……!」

 

 地を踏み切ってユキノオーへと飛び蹴りを放とうとしていたミーナに、慌ててパールが違う指示を発していた。

 明らかな動揺がミーナにも見えたが、その切実さには己を曲げたか、パールに言われるまま跳躍した。

 既に迫るミーナを冷凍パンチで真正面から迎撃する心積もりだったユキノオーも、そうするだろうと無言で信じていたスズナも、狙いを挫かれた形である。

 

 ミーナが普段の素早さを欠いていることを、その後ろ姿からも確信したパールは、このまま突っ込んではまずいと直感したのだろう。

 具体的に相手の狙いを推察できていなかったとしても、カウンター気味の一撃から敗北確定だった未来を避けた事実は確かな功績だ。

 自分のポケモンのことをよくわかっているからこそ、思わずながらも出せた指示。プラチナもぐっと手に力が入る。

 跳んだミーナはユキノオーの背後位置に着地する放物線を描き、その動きを目で追うユキノオーも当然振り返る。

 

「一気にいけえっ! とびげり!!」

「――――z!!」

 

 そう、そういう指示が欲しいんだ。

 まだ着地していないミーナに対して発するパールの声は、着地と同時にユキノオーに突っ込んでいけという無茶振り混じりの指示であろう。

 私は出来る子なんだ、信じて無茶を言え、絶対やってやる。

 意地っ張りかつ、あんたの指示に従えば勝たせてくれるんだよね、というパールの攻める姿勢の指示がミーナの性分にはよく刺さるのだ。

 冷え切った体の真ん中に、私の勝利を望んでくれるパールの気持ちに燃える情熱を滾らせて。

 着地の瞬間の一蹴りで、弾丸のようにユキノオーへと迫り、突き出した足で飛び蹴りを刺しにかかるミーナは、100%パールの求めたものに応えていた。

 

「ユキノオー!」

 

「ッ~~~~……!

 ッ、ッ……!」

 

 比較的自らに近い位置から踏み切ってきたミーナに、その飛来速度が全開で無いながらも、ユキノオーがガードする両手は僅かに間に合っていない。

 門を閉じるように胸元を守ろうとしたユキノオーの腕は、ぎりぎりミーナを挟み込むようにこそ出来たものの、その飛来速度を殺しきれない。

 自らの身体を挟み込んだユキノオーの腕に潰されかけながらも、勢いそのままに門を抜け、体毛の禿げたユキノオーの右胸にミーナが足先を突き刺している。

 ある程度は飛来速度を削げたとはいえ、これは間違いなく痛烈な一撃だ。

 巨体のユキノオーが、息を詰まらせるその表情からも明らかである。

 

「っ、押し潰しなさい!」

 

「え゙!? ちょ……」

 

 しかし、転んでもただは起きないのがジムリーダーとそのポケモンの強いところ。

 ユキノオーは自ら前に倒れ、その大きな体でミーナをべちょんと潰しにかかってしまう。

 でかくて重そうなユキノオーである。その胸かお腹か、ボディプレスの下敷きにされたミーナが無事では済まぬことぐらい、パールの目にも明らかであろう。

 

 まあ、本当に全体重を浴びせてしまったら、小さなミーナの体が全身ばっきばきの大怪我をしてしまうので。

 ユキノオーはさりげなく、両手をついてちょっとだけお腹と地面へのスペースを作って、全体重でぶちっと潰すよりは衝撃を弱めているのだが。

 大きな体で力持ち、でも根は優しい。流石は挑戦者を二度と戦えない体にすることなど本意ではない、スポーツマンシップに溢れたジムリーダーが育てた子。

 ミーナがぺちゃんこにされたかのような光景に青ざめるパールの前、立ち上がったユキノオーが、ミーナを持ち上げてパールの方に向ける。

 ご丁寧にミーナの両腕を両手で持ち、十字架のような体勢でパールに見せつけるのだ。もうだいたい俺が勝ってるぞ、と。

 

「さあ! どうするかしら!?

 ギブアップした方が賢明なんじゃない!?」

 

「ううっ……そ、それは、その……」

 

 全体重を浴びせられたわけではないとはいえ、豊満なユキノオーと地面に挟まれたミーナに、一定のダメージはあったはずだ。

 弱っているミーナ、両手を持たれて地面から離された今、痛む体でまだ抵抗しようとするけれど、足をばたつかせるので精一杯。

 倒すべき相手も後ろの位置で、手も足も出ない。振りほどくほどの余力も無い以上、今のミーナは詰んでいる。

 

「じゃ、しょうがないわね。

 ユキノオー、その子をもぐもぐしちゃいま……」

「わ゙~だめだめだめ!!

 ギブアップしますっ! ミーナはもう戦闘不能ですっ!」

「うんうん、よろしい。

 ユキノオー、ポイしてあげて」

 

 正直スズナからしても、今からミーナを戦闘不能にするというのは、抵抗できない相手をげしげし痛めつけるだけなのでそんなに気は進まない。

 というわけで、勝敗明らかな構図を示しつつ、ちょっと大袈裟な脅し文句を述べてパールをギブアップに追い込む手法を取る。

 ギブアップなんてしたらミーナのプライドを傷付けちゃうかも……という苦悩の中にあったパールも、これをされると逆らえない。

 敗北宣言を受け取ったスズナは、ミーナをぽーいっとパールの目の前までユキノオーに放り投げさせる。

 下手投げ気味に大きな放物線を描かせた投げ方だっただけに、ミーナもなんとか着地できたが、弱った体には普通の着地もつらいのか少し膝砕け気味。

 でも、ギブアップなんてして勝手に自分の敗北を決定させたパールを、じとーっとした目で見上げることだけは忘れない。そういう性格だからしょうがない。

 

「み、ミーナ、ごめんね……?

 でも、流石にどうしようもなかったと思ったし……」

 

 謝るパールに、ミーナはぷいっと顔を逸らして、お前のことなんか許さんとばかりの態度である。

 胸をずきっとさせられるパールだが、案外ミーナもギブアップされるのは仕方ないシチュエーションだと一定の納得をしているのか、それ以上の抗議はしない。

 本当に不満爆発だったら、パールに襲いかかるぐらいのことはする。それがミーナなので。

 おとなしくパッチの隣に歩いていって、ちょっと目を潤ませている。負けたのがよっぽど悔しかったらしい。

 負けたポケモンはボールに戻すのがトレーナーであり、負けた直後の悔しい顔なんて見る機会には乏しいものなので、パールもこれは初めて見る。

 負けた時のミーナって、こんなに悔しい顔をするんだなって。

 

「観戦者が増えたんだけど」

「あ、あのぅ、ミーナもここにいさせてあげていいですか?」

「ルールを守れるなら構わないわよ!

 ミミロルさん! ルクシオさんにも言ったけど、口出しせずにじっと……」

 

「――――z!」

 

 うるさいわかってる、話しかけるなとばかりに叫ぶミーナには、幼さ混じりの悔しさがよく現れていた。

 スズナも苦笑い気味に、これ以上はあの子に話しかけまいと決める。

 本当、ナタネに聞いていたとおり、パールという子は感情的であり、そんな彼女に育てられた子もそれに似るんだろうなとスズナは感じてしまう。

 まあ、ミーナはパールに影響されるまでもなく元々そういう性格だが、それを甘受してくれるパールに育てられたからこそありのままという見方もあろう。

 

「さて、次はどうするのかしら!?

 もう2対2のイーブンよ! 追い詰められてるのはあなたの方なんじゃない!?」

 

「うぅ、相手が追い上げムードだ……

 でも、どうしよう……」

 

 ユキノオーにもダメージが蓄積しているため、本当の意味でのイーブンではない。2対1.5ぐらいにはまだ有利かもしれない。

 しかし、勢いに乗る相手に対し、巻き返され気味の自分を鑑みれば、流れは相手にあると感じさせられてしまうのも事実。

 一度明確なリードを得た側には、なればこそ避けられぬ、追われる側の怖さというものがあるのだ。

 勝負事には流れというものが確かに実在する。そんな真理を知らない子供でも、いざ勝負の世界に立てば漠然とそれを実感するぐらいには確かなのだ。

 

 特にパールのような、3対2のリードから0対2まで巻き返されてのストレート負けの経験がある身には、二連敗のこの事実は悪寒すら覚える展開だ。

 見るからに腰が引けて弱気になっているパールの姿には、励ましの言葉でも向けたい一方、それはフェアじゃないので耐えるプラチナには少し苦しい戦況だ。

 一方で、そんなパールの隣でパッチがおすわり、ミーナが正座して次のバトルを行儀よく見守ろうとしている絵図がまあまあシュールなのだが。

 

「……………………」

 

「ふふ、悩んでるわね。

 いいわよいいわよ、よく考えて次のポケモンを出して!

 あなたのそうした決断、勝ちたいという気持ちで臨んでくれる、そういうバトルをあたしは望んでるんだから!」

 

 苦しむパールに、塩を送ることを厭わないスズナだ。

 勝つことだけを至高の目的とするなら、こうして発破をかける言葉は最適解ではない。より追い詰める言葉の使い方だってスズナは知っているだろう。

 スズナはそうしたくない。いや、ジムリーダーはみんなそうだ。

 最高の挑戦者と最高のバトルを。それを望む者達がジムリーダーという地位に望んで立っている。

 

 ジムリーダーは負けることが仕事だと、パールにも聞こえるよう、半ばそう教えるように言ってのけたのはスズナの親友だ。

 一番強い状態の強い相手に勝ってこそ嬉しい。負けるぐらいなら全身全霊を賭した戦いで負けた方がすっきりする。

 どんな形であれ、挑戦者を最高のコンディションで迎え撃ちたいと思えてならぬ者達こそが、チャンピオンを目指す者達に目指すべき姿を体現できるのだ。

 

「……あなたに、任せるよ。

 強い子だって感じたあなたのこと、私は信じるから……!」

 

 パールは黒いハート型のシールを貼ったモンスターボールを握った。

 元より、この戦況において繰り出せる手は一つしかない。

 氷ポケモン揃いのスズナに対し、氷に弱すぎるピョコは出せない。

 そして草タイプの技の使い手であるユキノオーにニルルも出せない。

 残る選択肢は、こうしたバトルで繰り出したことのない、底の見えない新しい友達という唯一しかないのだ。

 

 不安はある。この子はどこまで頑張れるのだろう。

 だけど、強い子だとはわかっている。パールは、それを信じると腹を括った。

 

「お願い、"ララ"!

 私も、力になれるよう頑張るからね!」

 

 力強くボールのスイッチを押したパールにより、この佳境を任せられた新しい友達がバトルフィールドに降臨する。

 先日、パールに捕まえられたばかりのニューラだ。

 ララという名を与えられ、自分を大事にしてくれることを予感させてくれるパールの笑顔に、はにかむように照れ臭く笑っていたニューラ。

 その決して大きくない体格、その背中、後ろ姿は、今のパールに果たして頼もしく映るだろうか。

 ジム生達とのバトルでも多少は出番を与え、パールもこのニューラの戦わせ方はわかっているつもりだが、ジムリーダー相手のバトルでは果たしてどうだろう。

 親しみ慣れて、戦い方はおろか性格まで熟知した他の仲間達に、安心感で劣るパートナーであることは致し方ない。

 

 ララは、パールに振り返って、無表情ながら小さくうなずいて見せた。

 付き合いが短く、どんな子なのかはまだ、知り尽くしていない身内だけど。

 それでも、この大事な局面で頼られていることを理解し、不安がるパールの気持ちに感応し、進んでそんな姿を見せてくれるのがこのニューラだ。

 それがパールに与えてくれる勇気は、そんな小さな挙動一つから得られるものだとは周りには理解し得ないほど、決して小さなものではない。

 

「――ララ! 頑張ろうね!

 あなたのかっこいい所、私も見せられるよう頑張るよ!」

 

「ふふっ、まったく……!

 ナタネから聞いてたとおりの子なんだから……!」

 

 本当に、自分じゃなく、自分のポケモン達の勝利を、我が事のように喜ぶことこそがこの子の本質なんだとスズナも感じたものだ。

 パッチを破られて怯んでいたパールを煽った時、パールは何と応えたか。

 勝つのは私です、と言っただろうか。勝つのはうちの子達です、と言ったのがパールだったではないか。

 ポケモントレーナーはバトルで勝った時、ポケモン達を勝利に導いた自らの指示や、育てた自らの勝利であると誇る。それでいい。

 だけど、痛みに耐えて戦い抜いて、そんな勝利を勝ち取っているのはいつだってポケモン達だ。

 当たり前のようでいて、大切なこと。そうしたことを忘れずにいることこそ大切なのは、ポケモンバトルに限らずどんな世界でも、どんな業界でも変わらない。

 初めてのポケモンと一緒に、勝たなきゃいけない大事なバトルで勝った時、なんてこの子は頼もしいんだと感激した幼心は、かつて誰もが得たもののはず。

 大人になっても忘れたくないそれを、今まさに体現しているパールのようなトレーナーに出会える頻度が高まることもまた、ジムリーダーの特権だ。

 

 ジムリーダーはみんな言う。ジムリーダーはやめられない。

 嫌な奴の挑戦を受けることだってある。それ以上に、胸を熱くさせてくれる挑戦者との出会いが、嫌な思い出なんてすべて帳消しにしてくれる。

 

「パール! やるわよ!

 ナタネがあなたのことを大好きになったほどの戦いぶり、あたしにもしっかり見せてよね!」

「っ……はいっ!

 頑張ります! それでっ、絶対に勝ってみせます!」

 

 絶対、パールは、勝とうが負けようが、このバトルが終わったらスズナさんとも連絡先を交換して、仲良くなっていくんだろうなとプラチナは感じていた。

 情熱がぶつかり合っている。ポケモン同士の衝突を介さずして。

 ポケモンバトルに魅せられてトレーナーという道を歩み続けた者達の語らいなど、ただその対峙を以ってしてで充分であるという好例だ。

 誰もが勝つために、バトルに臨む前からポケモン達を知恵いっぱい絞り尽くし、育てて、この華舞台へ。

 通じ合えるのも道理というものだ。

 

 付き合いの短さなど関係ない。

 パールはララを信じ、勝利を託した。親しみ慣れた他のみんなに勝負を懸ける想いと、何ら変わらぬほど強い想いでだ。

 勝ちたい勝負がそうしてくれる。だから8度を想定させるジム戦は、その道を歩むトレーナー達を成長させてくれる。

 チャンピオンを目指すならば8つのジムを回ってバッジを集めよ。それを定義した原初の発想は極めて偉大である。

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