やはりお歌は重要。
あと、菊花のくだりは短編『マ魔王が産まれた日』をご参照ください。
ええ。ダイマですとも。
~前回までのあらすじ~
遂に姿を現した、怨霊の産みの親。
その名も名高きエイシンフラッシュ。
クリークママへと贄を捧げた彼女。
特に関係の無い独身三十路怪鳥の暗い過去と共に。
衝撃の真実が今、明かされる。
まさかの猛禽類大御所説。
エルコンに対する、飼い犬による躾の告発。
特に動揺はしなかったハルウララ。
差し出される南国果実を噛み千切り。
ツバメを玉ヒュン。子安貝の危機を告げる。
予想していた数倍はクッソくだらない犯行動機。
愛する我が子たちを甘やかしながらも。
遠くより聞こえるジングルの響き。
百駿多幸を心から願う、皇帝による政治活動。
支える名家と変態ども。
制度変更の理由は、愛のため。
些か間違った方向にこそ。全力はつぎ込まれる。
そしてゲルマン陰陽師より告げられる衝撃の事実。
自らに秘められた力。
真実を認められぬ彼女は、周囲を見渡すも。
沈黙が場を包み、ハルウララは拗ねた。
そしてスタジオを砲撃するシングルヘル。
鬼子母神の怒りは有頂天に達し。
そして、物語は加速する。
『北極南極なんのその!
世界の果てからこんにちは!
ニホンそしてスタジオよ! 私は帰ってきた!
みんなの歌の姫ねえ様、愛らしきファル子ちゃん!
この歌声は、少し早めのクリスマスプレゼント!
愛してるぜウララちゃん!
さぁさぁ、レスポンスや如何に!?』
「……すぞ……」
「だー?」
空に浮かぶ、巨大宇宙戦艦より。
自らの墓穴を、ボーリングマシンで掘り進む有頂天。
はっちゃけ猛禽類のMCに。顔を伏せた鬼子母神。
恐ろしく、低い声で紡がれる呪詛。
ハルウララは冷や汗を掻いた。
あの腕の中に居たのが、赤子でなかったら。
その者の命は、既に無かったであろう。
クリークママは、ハグが大好きなのである。
恐らく、いつもならばぬいぐるみのように。
常々抱かれている二人。
自分か褐色合法ロリメイドの何れかが。
危険を感じたナマコのように、内臓を口から吐き出し。
天に召されていたに違いあるまい。
ガイドライン違反の危機である。
ハルウララは久方ぶりに、三女神に感謝した。
『んー? お返事が聞こえないなぁ!
良いこのみんなに聞かせるように!
よろしくアンサー大きな声で!
さぁさぁバイブスぶちアゲよう!!』
ゴンゴンアゲてくスマートファルコン。
今度のライヴもコングラで。
根性入れられ今生の別れ。チェケラァ。
心のラッパーがレクイエムをNAMIMONOGATARI。
つまりは炎上するということだ。
ママの怒りが。
「クリークママ。こちらを」
「……ええ。プロデューサー、被害は?」
「全壊ですな。ビルごと建て直しは必須。
偉大なるママの加護により。
人的被害こそ有りませんが、しかし。
番組の再開は、しばらくは難しいでしょう。
瓦礫の撤去だけでも、気が遠くなりますな」
「よろしい。結構。非常に明快。
つまりはこういうことね?
人バでちゅね計画が、遅延する。
この認識に、誤りは無いかしら?」
「残念ながら……無力な我らをお許しください」
「……この子を。四方十里は離れなさい。
可愛い我が子たちに、罪は問わぬ。だが。
もはや我が子でない者に。遠慮呵責は無用。
クリークの意味。教えてやろうではないか」
プロデューサーより手渡されたメガホン。
それを手に取り。
代わりに赤子を手渡すクリークママ。
恭しく受けとると、彼はリムジンに乗り込んだ。
プリンセスも、既に後部座席に乗せられている。
チャイルドシートで微睡む赤子に、興味津々。
緊急時に向けた、常日頃からの避難訓練が生きたのだ。
赤子、幼児が最優先。
大人どもはどうでもいい。
正に教育番組の鑑である。
そして、タイヤの焦げる香り。
法定速度ギリギリで走り去る、ノアの箱車。
もちろん、逃げるためだ。
ママから。
待って。私も連れていって。
そう思うハルウララ。
だが、声が出ぬ。腰も抜けている。
凍てつくママ動のあまりの強さ。
勇者たる、この身ですら抗えぬ。
やばい。バ鹿の砲声からは生き延びたが。
助かってはいない。
いやしかし。ママも一度は我らを守ったのだ。
冷静に考えて、周囲を巻き込まぬため。
ここから離れて戦闘を……
自分でも欠片も信じていない、希望に縋る彼女。
もちろん、赤子を守るためのついでである。
ママは優先順位を間違えない。
その証拠に、無情にも。
ごうごうと風が鳴る。
びゅうびゅうと吸い込まれていく大気。
クリークママを中心に、局所的に気圧が変動していく。
スーパークリーク。
走行時、ヒトの数十倍の酸素を必要とする生き物。
ウマ娘の身でありながら。
菊花。芝3000メートルを、無呼吸で完走し。
芦毛の怪物の、三冠を阻みしマ魔王。
ゴールした後、彼女は領域に目覚めた。
確信したのだ。愛を逃がさぬためには。
最も信頼できる鳥籠。
己の手で、握り続ける他に無し。
そしてそれを阻む者には。
一切容赦してはならぬと。
その際浮かべた笑み。
彼女がマ魔王と呼ばれる所以。
どこまでも淫らで、母性に満ちた邪悪な微笑み。
オグリキャップは、未だにそれを夢に見るという。
そして食べ過ぎ、太り気味になる。
つまりは。彼女は領域に目覚めずとも。
芦毛の怪物を倒すだけの、『力』を持っていた。
そして、彼女が三女神に願った力。
その領域とは、呼吸に関する物であった。
明らかに、レースに勝つためには無駄。
既に肺活量において、ウマ娘の限界を超えた彼女にとって。
勝敗に一切寄与せぬ、過剰な出力。
そう。アフガンコウクウショーと同じ。
レースには、何の役にも立たぬ領域。
その領域の目的は。
幸福を逃がさぬため。
もう二度と、奪われる恐怖を味あわず。
愛を与え、求め続けるための力。
クリークとは。小川であり。
闘争の意味も持つ。
子育てとは、戦争なのだ。
逆巻く大気。
クリークママの怒髪が、天を衝く。
ハルウララは思い出していた。
かつて、この地に飛来した隕石。
チキュウを再度、氷河期に陥らせかねぬ、凶星。
空が赫く染まり。
この星に生きとし生けるもの、全てが覚悟を決めた時。
突如、消滅した。
専門家は、その組成が非常に熱に弱く。
大気圏突入に耐えられなかったのだろうと。
そういう見解を発表したが。
そんな戯れ言、誰も信じていない。
確かに、この星を救った何者かは存在したのだ。
世界はその何者かに、心の底から感謝した。
そして、己はその正体を知っている。
数年前の出演者を集めた飲み会。
その日の収録は、とても愉しかったのだろう。
珍しく酔っ払った彼女が、ぽつりと溢した一言。
愛する赤ちゃんのためなら、世界すら救って見せる。
というか、一回救ったわ。うふふ。
誰も笑わなかった。
目がマジだったからだ。
それから自分たちは、彼女に逆らう事をやめた。
ガチで殺される可能性があるからだ。
赤ちゃんでない自分たちに、彼女の容赦は期待できぬ。
そんな、世界を救う程の力の対象とならずとも、巻き込まれただけで。
自分たちなど、儚く消し飛ぶに違い無い。
『周辺の気圧、急速に低下!
中心点は……鹿毛のウマ娘です! 結構タイプじゃあ!
ワシがあと10年若ければ!』
『あっ。やっべ。ユキオー。シールド全開。
総員、対ショック態勢。シートベルトを締め付けなさい。
ジジイ。年を考えろ』
『会長、一体何が? シールドって。
ワシにもわかるように説明してください。
同型艦の砲撃でもないと、シールド無しでもダメージ入りませんよ。
シベリアから脱出する時の対空砲撃でも、ノーダメ余裕でした。
ジジイ、こないだ米寿のお祝いしたじゃん。ロリコンってレベルじゃねーぞ』
『クリークママの事、完ッ璧に忘れてたわ。
ママ、生身でこの艦落とせる。
5年前の巨大隕石消滅させたの、多分……いや確実にママ。
バリアだけだと厳しいかも。しゃあない、歌うか』
『宇宙怪獣かなんかですか? マジありえんし。
なんでそんな大事な事忘れてンですか。
健忘症かよ。だから交渉から入りましょうって。
わたし言ったよね?』
『ええい! 言っとる場合か! デンモク寄越せ!
砲撃用アンプ! チャージ時間『短』! 放射時間『瞬』!
リクエスト! 曲名! んーと。アレだ。
すっげーノるヤツ! そうそうそれ! 曖昧検索万歳!
†全力! 全壊! パパパパパワァ! †
さぁ、私の愛が世界を巣食う!』
鋼の凶獣が、歓喜に鳴動する。
本来の目的を果たせる喜びに。
第四世代型超光速恒星間航行用超弩級万能宇宙戦艦ファル子リヲン。
その建造目的とは。
歌で世界を、変革すること。
歌で世界を平和にしようとしたけど、うっかり。
歌で世界を平らにする武装のみを搭載した、超兵器。
「良い空気吸ってますね……私の世界を救う大望。
それを阻むものには、わからせが必要でちゅ。
ひっ……ひっ……ふぅ……おぎゃあ」
チャージを終える。
ここでラマーズ法。自らを産み落とすイメージ。
実のところ、自身は甘えたがりでもある。
母性とオギャり。
相反する性癖の対消滅により高まる力。
赤ちゃんから卒業してしまった、全ての憐れな人バを救済するため。
打ち立てたプラン。
それを阻むなら巨大隕石も。
調子に乗ったバ鹿のおもちゃも。
灰燼滅殺待った無し。
我が名はスーパークリーク。
全てのヒト。全てのウマ娘。全ての存在を赤子に堕とし。
そして私も赤子に堕ちよう。永遠に!
「ウララっ! こっちへっ!」
「トレーナー。アフちゃんはいいの?」
「知らん! お前だけが、無事であればいい!」
ツバメの必死な顔。
抱き上げられ、揺られつつ思う。
バ鹿だなぁ。ヒトの足で間に合うわけがない。
そんな顔もできるんじゃん。
普段からその顔なら。
私だけを愛してくれたなら。
惚れてやっても良かったのに。
瓦礫の陰に転がり込み。
何もかもをもかなぐり捨てて。
自分を庇う、胸の中。
初めて知る、彼の本気の想い。
伝えるのが遅いよ。バ鹿。
プリンセス。お空の彼方から見守ってるからね。
あーあ。結婚したかったなぁ。
「ねぇトレーナー。もしも、来世でまた逢えたら」
また、私を愛してくれますか
そしてぶつかり合う、双つの相克する砲声。
『ひたすら疾走れ! 笑顔をキメろ! Laaaaaaaaaaaaa!!』
「マなる聖母はここに新生せり! Ogyaaaaaaaaaaaa!!」
古代の超文明。その遺産に増幅された、滅びの唄。
メガホンを投げ捨てて。身一つで放つ、生誕の唄。
いやメガホン使わないんかい。生身で宇宙戦艦と張り合うな。
お姫様だっこされつつ、ズッコケる高等テクニックを披露し。
ハルウララは心中で、ウマ生最高のツッコミを入れた。
よくわからん吊り橋効果的心情も、瞬時に吹っ飛ぶ衝撃。
やはり、リアクション芸人であった。
そして、世界から音と光が消えた。
つづかない