ハルウララさんじゅういっさい   作:デイジー亭

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ちょっとばかりしっとりウララ。

次回もお姫様編。

お姫様編のモチーフは刃牙のスカーフェイスと、ある少女漫画です。当てたらいい事が特にないです。

ちょいちょい私のイメージする引退後のウマ娘が出てきたりします。

引退後の幸せなウマ娘概念流行れ・・・流行れ・・・


ハルウララさんじゅういっさい そのご こんにちわ、おひめさま

~前回までのあらすじ~

 

 本日の収録で悟った、やべーやつしか周りにいない現実と、洒落にならない腰の痛み。

 

 ハルウララは今夜はおうちでのんびりすることを心に決めたのであった。

 

 

 

 「おかえりですのっ! ウララちゃん!」

 

 玄関の扉を開けた瞬間、幼気で元気に溢れた声。

 

 我が家のお姫様。プリンセスちゃんによるお出迎えである。

 

 「ただいま、プリンセスちゃん」

 

 この幼児、物心ついた頃からちゃん付けで呼んできよる。

 

 ほんの数年前まで、自分がおむつを替えていたというのに。

 

 とんでもない幼子である。まぁ可愛いから許そう。

 

 「おかえりなさい、ウララさん」

 

 リビングの方からキングちゃんの声。

 

 学生時代とは大違いの、大人びた声になった。

 

 自分とは違って。

 

 

 

 「ウララちゃん! 靴を脱いだら手を洗うんですのよ! 今日はシチューですの!」

 

 上がり框に腰かけ、靴を脱ぐ。立ったままだと腰に悪いのだ。

 

 幼児が頭をなでなでしつつ言ってくる。

 

 おしゃまな子である。というか26も年上の自分の頭を撫でるとは。

 

 まぁこのなでなで、親譲りか、やたら気持ちいい。疲れた身体に染み入るいいなでなでである。

 

 しばらく好きにさせることにする。別に自分が撫でられたいわけではない。

 

 

 

 満足したのか、撫でるのをやめたお姫様に手を引かれ、洗面台へ。

 

 この童顔も、メイクをする必要があまりないという点ではいいものである。

 

 手を洗い、ナチュラルメイクと言い張っている、薄くて適当なメイクを落とす。

 

 正直リップを引くだけでもバレない自信はある。

 

 むしろ一回ちゃんとスタイリストさんに頼み、メイクをしてもらったら。

 

 クリークママに顔をふきふきされてしまった事すらあるのだ。

 

 子供たちと同じ目線。それは別に身長とかそういう事だけではないと、お説教までされた。

 

 意味はよくわからなかったが。

 

 「はい、ウララちゃん!」

 

 顔を上げると、お姫様よりタオルを下賜される。

 

 ありがたく頂き、顔を拭く。

 

 さぁ、今日はシチュー。家庭的な親友の得意料理だ。

 

 星型の人参も入っているに違いない。

 

 

 

 たまに、食事をたかりに来るセイウンスカイなどにはメルヘン過ぎると笑われ、彼女は憤慨しているが……

 

 「キングも変わらないね~。ウララはもっと変わらないけど!」

 

 「いいでしょう、この人参は我が家の伝統なのよ! ねぇウララさん!」

 

 「二人とも、プリンセスちゃんが起きちゃうよ?」

 

 「ごめんごめんー。あーあ、私も子供欲しかったなー」

 

 「むう……この話はまた後でね、スカイさん」

 

 

 

 あの人参、昔から大好物なのだ。

 

 恥ずかしくて、今は口に出せないが。有マ記念の前に言ったのが最後だろう。

 

 機嫌良さげに笑っていたセイウンスカイ。

 

 現在はトレセン学園で教鞭を振るっている。

 

 あの日は同居している、ニシノフラワーが不在だったのだろう。

 

 子供が欲しかったというのは、本当だろう。でも作るつもりはないだろうな。

 

 愛のカタチはウマそれぞれである。

 

 

 

 

 思いつつ、お姫さまに手を引かれ、リビングへ。

 

 「改めて、お帰りなさいウララさん。お仕事の調子はどう?」

 

 「すごく……すごかったよ……キングちゃん……」

 

 自分の沈んだ声に悟ったのだろう。

 

 まぁ、と一言いい、料理に戻る。

 

 聞かれたくないことは無理に聞かない、気の利く奥様である。

 

 ソファーに座ると、お姫様が膝に登ってくる。

 

 彼女の頭に顎を乗せつつ、テレビを見る。

 

 今流れているのは自身の出演した番組。

 

 3回ほど前に収録した分のようだ。

 

 TVで見るだけとわからないが、クリークママにより精通前の童貞が次々と性癖を殺害されている。

 

 彼らの未来に幸あらんことを。なんとなく祈る。

 

 

 まぁ、楽しい遊びのひとつ。

 

 珠の子・お手玉! でクリークママの胸に彼らを投げ込んでいるのは、画面に映る自分なのだが。

 

 彼らも歓声を上げるだけで済ませればいいものを、途中で自由奔放に空中ポーズを取るものだから。

 

 そのまま継続することに危険を感じ、元気な子から順番に投げ込んでやった。

 

 とても良い子になった彼ら。未来は暗いが頑張って欲しい。

 

 

 

 だが収録の後、自分の胸を蔑んだ目で見て、鼻で笑った小僧。

 

 アレは、次にスタジオに来る機会があれば、さらに念入りに邪神に捧げ、性癖を歪ませよう。

 

 Gカップ以下は眼中に無く、さらには母性に溢れ過ぎる女しか愛せない男。

 

 もはやクリークママのクローンでもいない限り、子孫を残すことは叶わぬ。

 

 お前が末代である。

 

 

 

 「今日もすごかったんですのね! この回も十分すごいですけど!」

 

 元気いっぱいに言い、膝の上できゃっきゃと笑い、リモコンで録画設定を確かめるお姫様。

 

 この家では、毎日クリークママといっしょ! を録画している。

 

 自分が出演しているのに加え、お姫様が大のお気に入りなのだ。

 

 正直教育に悪い自覚があるので、おすすめはしなかったのだが。

 

 

 

 明日の予約大丈夫かしら……などと言いつつ、ハイテク機器を見事に使いこなしている幼児。

 

 誰に似たのだろう。まぁ自分ではない事は確かだ。血も繋がっていないことだし。

 

 のんびりと顎をかっくんかっくんやってお姫様を喜ばせつつ待っていると、奥様の登場だ。

 

 

 

 「ほら、二人とも、出来ましたよ。ママの愛情たっぷりシチュー」

 

 ぱちりとウィンクして、シチューを机に置く彼女。

 

 学生時代よりも茶目っ気が増したのは、やはり子供ができたからだろう。

 

 「いただきます」

 

 「いただきますわ!」

 

 手を合わせていただきます。

 

 夕食時には酒はお預けである。

 

 

 

 「ウララちゃん、はいっ!」

 

 ちいさなおててでスプーンを鷲掴みにし、シチューを自分の口元に運ぶお姫様。

 

 正直スプーンが小さすぎて、あまり食べた気にならないのだが……

 

 ありがたくいただく。

 

 断ると泣かれるのだ。

 

 星型の人参が来た。テンションが上がる。やったぜ。

 

 

 

 しばらくお姫様からの餌付けを味わっていると、満足したのか自分の食事に集中し始める。

 

 やはり幼児。すぐに飽きるところがそれらしい。

 

 まぁ毎回欠かさずやってくるところを見ると、もはや習性と化しているようだが……

 

 自身の父親にやるべき事だと思うのだが。

 

 

 

 だが今日は仕事でいないであろう彼に、これをやっているところを見た事はない。

 

 たまに共に食卓を囲む際には、歯軋りしそうな顔でこちらを羨んでくるので気分が良い。

 

 ざまぁ見ろ。自分を捨てて幸せになるからである。

 

 その際には優越感に浸りつつ食事を味わえるので、わりとお気に入りだ。

 

 

 

 「ごちそうさまでした」

 

 「ごちそうさまでしたわ!」

 

 2人揃って食後の挨拶。満足そうに頷くキングちゃん。

 

 「はい、お粗末様。じゃあウララさん、今日は晩酌は?」

 

 「うーん。ちょっとだけ飲んでいい?」

 

 「ええ。ちょっとと言わず、好きなだけ。疲れているんでしょう? 最初はビールでいい?」

 

 「大丈夫だよキングちゃん。自分で……」

 

 「わたくしが取ってきますわ!」

 

 膝から飛び降りて、冷蔵庫へと走るお姫様。

 

 最近は何をするにも自分でやりたがる。そういう年頃なのだろうか。

 

 

 「はいっ、ウララちゃん!」

 

 「ありがとう、プリンセスちゃん」

 

 ありがたく頂く。さて、缶からタンブラーに……

 

 「はいっ、ウララちゃん!」

 

 タンブラーを差し出され、缶を奪われる。

 

 何故一度渡した。まぁ幼児のやることに理由などないだろう。

 

 

 

 手に持つタンブラーに注がれる琥珀色。

 

 5歳児にお酌させる31歳児。絵面が最悪であるが、これも断ることはできない。

 

 ギャン泣きされると鼓膜が破壊されるのだ。

 

 だがこの5歳児、サービス精神旺盛すぎて、大人になったらダメ男に引っかかる可能性が濃厚である。

 

 聞き分けが良い年頃になったら、やめさせなければ。

 

 そう思いつつ、タンブラーを傾ける。

 

 

 「んんん……!」

 

 喉に沁みるこの味。快哉を叫びたくはあるが。

 

 居酒屋では行うコールも我慢する。

 

 さすがに悪影響が過ぎる。牛乳を飲んでこのために生きていると宣う5歳児。

 

 家庭での教育状況が疑われる乱行である。

 

 クリークママに知られれば、シベリア行きは免れまい。

 

 木を数える仕事は勘弁である。

 

 

 いそいそとお代わりを注ぐお姫様を見つつ、ふと思う。

 

 

 

 この5歳児、お家とお外で態度が違いすぎないか。

 

 この前ツバメと共に預かった時は完全に油断していた。

 

 まさかあそこまでお転婆な面を見せるとは。

 

 

 

 きゃあきゃあと笑い、息を荒げながら見守っていたツバメに、ローキックを執拗に食らわせていたお姫様。

 

 外弁慶というヤツであろうか。蹴っていたのも弁慶の泣き所だ。

 

 恐らく本能的に不倶戴天の邪悪を感知したのだろうけれど。

 

 番組でもそうだが、この年頃の幼児は本当にわからない。

 

 

 

 5年も共に暮らしていてわからないとは。本当に不思議な生き物である。

 

 あの時は本当に、小さな赤ん坊だったのに。時が流れるのは早いものだ。

 

 ふと、昔を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 トゥインクルシリーズを卒業したあの日。自分の時が止まった日から。

 

 結婚式の時を除き、しばらくは彼らとは音信不通だった。

 

 

 

 自分はドリームトロフィーリーグに移籍し、新しいおじいちゃんトレーナーと共に、引き続き走っていたし。

 

 もはや新しいウマ娘を担当する情熱を失い、一般企業に就職した彼と、主婦になった彼女。

 

 自分たちに接点などなかったのである。

 

 だが、あの日。5年前の、桜が舞う日に。

 

 自分はこの子と出会い、それからしばらくして。

 

 この家族と共に暮らすこととなったのだ。

 

 

 

 

 

   

 

 ある日、ウマホに届いた一件のメール。

 

 産まれた我が子を、自分にも見せたいという親友からのメール。

 

 安定のサイコパス。逆上した自分に赤子ともどもやられるとは欠片も考えていないのだ。

 

 やれやれ、しょうがないキングちゃんだ。あまりにも人を疑うことを知らない。

 

 だからあんなしょうもない男に引っかかるのだ。

 

 

 

 自分自身も盛大に傷つけつつ。

 

 その時はちょうど、レースも無く時間が空いていたため、了承のメールを返し。

 

 のんびりと桜吹雪の中を歩き、彼女が出産した病院を訪ね。

 

 

 

 彼らの愛の結晶を見て、ようやく恋を諦めようと。

 

 燻ぶった、消えない想いを振り払い、ようやく前へと進もうと。

 

 ゆりかごの中で自分を見て愛らしく笑う、この子の頭を撫でようとした時に。

 

 差し出した左手の。

 

 指を小さな手に握撃されたのだ。

 

 

 

 『いだだだだだだ! キングちゃん! この子生後何か月!?』

 

 『昨日産まれたばかりよ! こら、プリンセス! 離しなさい!』

 

 『おぎゃ────!!!』

 

 『いだだだだだ! 折れる! 私の指折れるから!』

 

 

 この子は立派なグラップラーになる。確信できる。

 

 この子が大きくなったら。

 

 レース引退後は飛翔する空をリングに変えた世界の猛禽。

 

 女子プロウマレスラーとなった、人気ルチャドーラ。

 

 エルコンドルパサーへ紹介しようかな。

 

 この間彼女からチケットをもらい、試合を見に行ったがすごかった。

 

 

 

 相手はマスクを着けぬ異色のルチャドーラ。

 

 彼女はクリークママにも匹敵する胸部戦闘力を活かし、エルコンドルパサーを追い詰め。

 

 互いに凄まじい恥ずかし固め合戦を繰り広げたのだ。

 

 

 ルチャをしろ。

 

 

 

 最後はエルコンドルパサーをその雄大なる山脈を活かしたプランチャで押しつぶし。

 

 勝利の雄たけびを上げた彼女は。

 

 その後歓喜のあまり、セコンドの男性の顔面を盛大に舐め回していた。

 

 なんだがとっても犬っぽかったが、まぁウマ娘だろう。

 

 耳としっぽが着いていたから間違いない。

 

 偉大なる皇帝の次の、トレセン学園生徒会長も大層犬っぽかったことであるし。

 

 

 

 その後のリング上でのウィニングライブの後。(この世界線ではウマ娘の出る競技にはほぼ全てウィニングライブがある)

 

 

 エルコンドルパサーが尊敬する父親から受け継いだルチャドーラの誇り。

 

 マスクを手袋代わりに、勝者に投げつけて再戦を誓った時には、会場は大きく沸いたものだ。

 

 敗北の屈辱と目の前で行われたイチャイチャに。

 

 怪鳥音を口から垂れ流し、怨敵を次こそ地に堕とさんとする。

 

 闘志と嫉妬を燃やすはエルコンドルパサー。

 

 今は自分と同じく31歳。当時は26歳。

 

 リングとロープだけが恋人であった。

 

 

 

 現実逃避しながらも、指に走り続ける痛み。

 

 

 

 『もう……ほーら泣かないで……よしよし……』

 

 『おぎゃああああああ!!!』

 

 『駄目ねこれ! 全然緩む気配がない! ウララさん、頑張って! 力づくで剥がすのは駄目よ! 相手は赤ん坊だから!』

 

 『ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅんん!!!!!!』

 

 

 

 役にも立たぬ赤子の実母の応援を受けつつ耐えた。

 

 この駄目キングめ。生産者責任を何と心得る。

 

 駄目元で頭を右手でなでなでしたら、力を緩めてくれて安心した。

 

 離してはくれなかったけど。

 

 しばらく指から手形が消えなかった。なんだったのあの怪力。

 

 まさか0歳児に海兵隊式気付け法をされるとは。起きてたのに。

 

 

 

 その後も……

 

 『じゃあキングちゃん、おめでとう。私、帰るね。……ねぇ、この子離してくれないんだけど……』

 

 『あらら……プリンセス。お姉ちゃん帰るって。離しなさい。……ぬぅ……そっと……』

 

 『おぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!』

 

 『『ぐあっ!!! 耳がああああああ!!!』指もぉぉぉぉぉぉ!!!!』

 

 とんでもないギャン泣きと、指を締め付ける万力のような圧力。

 

 赤ん坊の手は小さいため、常識外の圧力を掛けられた場合。

 

 力の掛かる面積が小さい分、ものすごく痛いのだ。

 

 二度とは経験しないと思うので、無駄な知識であるとは思うが。

 

 それを思い切り思い知らされた。

 

 その場は諦めて、赤子が寝るのを見計らい、病院を抜け出した。

 

 玄関にたどり着くと、とんでもない赤子の泣き声のような音が聞こえた気がしたが。

 

 知らぬ。存ぜぬ。我関せぬ。

 

 全力ダッシュでおうちへ帰る。

 

 

 

 

 

 そしてその2日後のことである。

 

 穏やかな昼下がり。おじいちゃんトレーナーとのんびり抹茶を啜っていると。

 

 

 

 ウマホに今度は着信が。またもキングちゃんからである。

 

 『もしもし、ウララです』

 

 『おぎゃああああ!!! もしああああああああ!! ウラあああああああああ!!! プリンあああああああ!!!』

 

 耳が破壊された。

 

 トレーナーの耳は既に遠いため、ノーダメージである。おのれ。

 

 

 

 赤子の声はウマホ越しでも相当なダメージを与えてくる。

 

 これも今後経験することの無い知識であろう。

 

 耳を抑えてうずくまり、やっと復帰すると、今度はメールの着信。

 

 『ごめんなさい、ウララさんが帰ってから、ずっとプリンセスが泣きやまなくて……

 もしかすると、刷り込み的なアレかも……母親、私なのに……』

 

 謝罪と近況報告。

 

 鳥の雛の習性と、ちょっとした愚痴。

 

 

 

 文面はそれで終わっていたが、直感する。

 

 これはアレだ。来いって言われてるヤツだ。

 

 だが指の痣は消える気配を見せぬ。次は折られる可能性まである。

 

 逡巡していると、新たなメール。すごく見たくないが、見てみる。

 

 『たすけて 病院追い出される』

 

 アカンやつである。おじいちゃんに行き先を告げると、慌てて病院に向かった。

 

 近い病院で助かった。

 

 現役アスリートとしての健脚を見せ、凄まじい勢いで病院へ。

 

 走れウララ。セリヌンサイコ親友ママヌスを救うため。

 

 

 

 『おぎゃあああああああああ!!!!!』

 

 廊下にも響き渡る全力の泣き声。一昨日からやってるのかコレ。

 

 というかよく今まで追い出されなかったものである。もはや音響兵器に近い。

 

 ドアを嫌々ながらも開ける。

 

 

 

 『おぎゃあああああああああ!!!!』

 

 『ウララさん! ごめんなさい!! 指を!!!』

 

 ドアを開けると、耳栓を耳にはめ、助けを求める親友と、全力で泣く全自動ケジメ装置。

 

 自分の指を犠牲にせよと申すか。

 

 しばし躊躇うも、さすがに親友が病院を追い出されるのは寝覚めが悪い。

 

 諦めて、右手を差し出す。

 

 『おぎゃああああああああ!!!』

 

 ぐあっ。まさか来たのは無駄であったか。

 

 なんということだ。

 

 諦めて病院を追い出されて欲しい。

 

 これも自分の恋をサイココンビネーションクラッシャーで破壊した罰……

 

 

 

 いや。まさか。

 

 恐る恐る、左手を差し出す。

 

 

 『ふえええ……あうう……』

 

 自分の左手の指を握り、安心した表情で眠る赤子。

 

 おっとこれは。お気に入りのおもちゃに自分の左手の指が登録されてますね。

 

 これ、もしかして。

 

 退院するまで、ずっと握らせておかないといけないの私……? 

 

 わりと真剣に困り果てた、あの日。

 

 

 

 数日後。追い出されるように退院し、愛していた男とその伴侶の自宅へ。

 

 

 

 病院では、腹いせに寝ているキングちゃんにひさしぶりのイタズラを執り行ったが。

 

 正直それが無ければキレていたと思う。

 

 相変わらず極上のボディである。この子持ち人妻。

 

 サイコパスのくせに、上げる嬌声は一級品。

 

 この人妻はわしが育てた。

 

 これは許さざるを得ない。

 

 思いつつ、赤子を抱きつつ歩く。

 

 指を握らせておかないといけないのかと思ったが、だっこでもいいらしい。

 

 

 

 だんだん取り扱い要領が掴めてきた。

 

 何せ、花を摘みに行くだけでもアウト。

 

 必然的に、指を掴まれながら行くしかない。

 

 駄目元で、抱き上げてみたらこれが正解。

 

 なんでもやってみるものである。

 

 便座に座りつつ、彼女をあやし。

 

 子育ての難しさを痛感した。

 

 恐らくこの子は赤子の中でも難易度ルナティックだとは思うが。

 

 まさか、世の母親はみんなこんな感じの音響指締め爆弾を抱えつつ生きているのか。

 

 母親ってすごい。ウララは思った。

 

 

 

 

 

 赤子を抱きつつ彼らの家に向かう途中、気づく。

 

 疲れと指の痛みに感覚が麻痺していたが、これはマズいのではないか。

 

 何と言っても、自分を捨てた男と、選ばれた女。

 

 彼らの自宅にのこのこと訪れる、選ばれなかった女。

 

 しかも手には産まれたばかりの彼らの愛の結晶。

 

 どんな状況だ。気まずいどころの騒ぎではない。

 

 殺人事件が起こりかねぬシチュエーションである。

 

 昼ドラでこの状況なら、間違いなく犯人は自分になる。

 

 手の中の赤子は人質に活用された後、殺害される運命だろう。

 

 念のため、彼女の所感を聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 「ねえキングちゃん。この状況、何かおかしくない?」

 

 「えっ? 親友を家に招くのに何かおかしいことが……? 

 ああ、ごめんなさい。うちのプリンセスが迷惑をかけているものね。

 お詫びはいつかいずれ。

 ああ、かわいいわプリンセス……私にも抱かせてくれないかしら……」

 

 羨ましそうにこちらをちらちら見る彼女。

 

 

 

 駄目だ。やはりこやつサイコパスである。

 

 普通嫌がるだろう。

 

 自分の旦那が昔捨てた女が自宅に押し入るのだ。

 

 というかよくそんな相手に我が子を抱かせているものである。

 

 諦めたのか、高速で赤子の頬をプニり続ける彼女の姿に諦めを抱く。

 

 むずがってるむずがってる。

 

 

 

 そんなことだから我が子を旦那の昔の女に奪われるのだ。

 

 いや、やっぱりおかしいぞこの状況。昼ドラみたいな状況なのに。

 

 一向に被害者ポジションの女に危機感が見えぬ。

 

 その身体にわからせてやるにしても、上がるのは危機感ではなく嬌声だけだろう。

 

 ここはやはり、彼らの家に着いた瞬間に、赤子をパスして姿を晦まし……

 

 

 

 ガシッ。

 

 シャツの胸元が豪快に伸びる感覚。

 

 腕の中の赤子を見る。

  

 おっと。すごい勢いで握ってきますねこれは。

 

 離すつもりゼロですね。

 

 

 

 諦めて、のこのこと気まずい状況へ歩いて行く。

 

 彼がいないといいのだが。

 

 気まずい。でもアレはアレでサイコパスだからなぁ。

 

 たぶん気にしないような気もする。

 

 何せ捨てた女に、選んだ女との初夜の話を嬉し気に語り聞かせる男である。

 

 あの時手元にクリスタルの灰皿でもあれば、既に自分は豚箱に入っていたかもしれぬ。

 

 

 

 この子がまともに育つといいのだが。

 

 ハルウララは、真摯な願いと赤子を胸に、ようやく到着した一軒家を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 ここがあの女のハウスね。

 

 一度言ってみたかった。

 

 

 

 

 つづかない

 

 

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