この世界の、ウマ娘の価値観はこうなっております。
~前回までのあらすじ~
トレーナーの脳裏に流れる、存在しない記憶。
特に彼は気にしなかった。
そして臨むは、最後の戦い。
まずは、冷静に戦力分析。
ボス戦前の、基本である。
こちら、無敵のハルウララ。
他は、駄犬とゴリラ。あとひよこ。
錯乱した、トレピッピ。
なかなか厳しい、状況である。
自身の桜も、散ってしまった。
これ以上の損害は、許容できぬ。
思いつつ、駄犬に一つの疑問を問う。
丸出しだったためだ。
ゴリラのバナナ。その皮が。
炸裂して、急遽ToL〇ve発生。
およめに行けぬと嘆く駄犬。
冷静に、彼女を叱責する彼。
不測の事態に、戦力が減り。
ハルウララは、舌打ちひとつ。
倒れていった、仲間を想う。
そして始まる、ラストバトル。
再度の重圧。だが効かぬ。
吶喊外され、壁を貫き。
ゴリラによる、アサシネイション。
猛禽の瞳は、見逃さぬ。
類人猿と、猛禽類。
字面だけなら、動物大バトル。
ポンコツ、ケツデカ。栗毛勝負の行方。
フェアリーゴッドファザーの嘆き。
どこ吹く風と、ハルウララ。
友にして、好敵手たる猛禽類の挑発。
そして、戦いは次のステージへ向かい。
飛翔する、第2部の当初の構想。
どうしてこうなった。
予定通りなのは、宇宙戦艦の登場ぐらいである。
久方ぶりに、顔を合わせた。
腰を屈めた、牧場の職員に導かれ。
近くの小山に足を運び。
彼が、そこで見たものは。
満開の、桜の木の下。
粗末な木で組まれた、十字。
彼女で稼げるだけ稼いだ後。
王様は、所有権を放棄し。
預けられた牧場で。
残ったのは、わずかな人々の善意のみ。
支援者が、老人ばかりなのも災いした。
彼女の偉業は、人々の。
心から既に消え去って。
人は、食わねば生きられぬ。
善意には、限りがあるのだ。
彼を導いた、牧場職員。
枯れ木のように、痩せ細った老人は。
悲しそうに、呟いた。
「君に、会いたがっていたよ」
続く言葉を飲み込んで。
老人は、その場から去った。
泣き崩れる彼に、告げられなかった言葉。
彼女は、もう十年も前に。
優しき老人は、知っていた。
真実は、嘘よりも人を傷つける。
溌剌としていた、青年の。
変わり果てた、その容貌。
罅割れた、巌のような顔に。
その言葉を、投げかけられる筈もなく。
ただ黙することだけが。
自分の与えられる、ただ一つの優しさであることを。
優しき老人が、去った後。
彼は、墓標に縋りつき。
涙を枯らし。ただただ人を。
愚かなる、自分自身を呪った。
そして、涙が涸れ果てて。
呆然と、桜を眺める彼の元に。
現れた、一人の女。
彼女は、安心したように微笑んだ。
「やっと見つけた。
人の想いを受けた、敗北者を支え続けた者。
何もかもをも投げ捨てて。勝利を得られなかった、愚かな魂。
彼女の魂だけでは。片手落ちになるところだったわ」
彼女は、力尽きた燕に。
嫋やかな手を伸ばし。そっと彼に囁いた。
「彼女に、会いたい?」
そして、燕は答えた。
「さーて。そろそろファル子の出番だよねッ☆」
くるくると、マイクを回し。
不敵に微笑む猛禽類。
「少々お待ちを。会長。
わたし、試したいことがあるンだ」
「へぇ? ウララちゃんに通じる自信は?」
それを制し、前に出る白髪ロリ。
小娘の癖に。挑戦を恐れぬ心。
正直、嫌いではない。
身の程知らずでなくば。勝利など得られない。
いつだって。無謀な挑戦が、明日を切り開くのだ。
「正直、そこまでは。だけど。少々の動揺ぐらいは」
「ふゥん。素直でよろしい。やってごらん? ユキオー。
うまくいったら。褒めてあげるし。
うまくいかなかったら。お仕置きしてあげるよ」
「つまりはどちらにせよハッピー!
トネガワユキオー、いっきまーす!」
うっきうきで、こちらを見やる白髪ロリ。
失敗を、これでより恐れなくなった。
己のような、全てを自ら切り開く。
そのような力を持ちはしない。
だが、他者の心。自らの手足を掌握することに。
長けたる、覇道の一つの形。
この宇宙戦艦。運だけで手に入れたものではない。
そもそも、これだけあっても意味が無い。
母港まで、揃えてこその海賊王。
そういうことだろう。
「ごほンッ。さぁて。ハルウララ。
この艦。おじいちゃんばっかりじゃなかった?」
「老人ホームかと思ったよ」
「だろうねぇ。わたしも最初はそう思った。
ねぇ、ハルウララ。今のわたしのトレーナーの一人。
六おじいちゃんの引退の真実。知ってみたくなァい?」
「ほう?」
「おい! ユキオー!」
おじいちゃんが、焦ったような声を挙げる。
なるほど。知られたら不都合な真実。
大方、想像はつくが……聞いてみることとしよう。
「話してみるといい。トレーナー、椅子」
「うむ。この重みがオレを狂わせるッ……!」
己に従順な、理解あるトレピッピを呼び寄せ。
その背中に腰を下ろし。話を聞いてやる態勢を取る。
ケツを撫でて、褒美をやりつつ。
ポップコーンが無いことを、些か残念に思う。
「さぁ。話すといい。咄家としての実力。見せてごらんよ」
「会長。ちょっとわたし、自信なくなってきたわ」
「大丈夫。あんま期待はしてない。思い切ってどうぞ」
「ひぃン。あんな唯我独尊が服着て歩いてるヤツ。
このぐらいで、動揺してくれるかなァ……?
ごほン。ハルウララ。オグリキャップのクラシック。
覚えてるよね?」
「オグリちゃんの? うん。覚えてるよ」
言われ、記憶の隅を探ってみる。
オグリキャップ。カサマツのシンデレラ。
彼女は、クラシック三冠に挑戦できる身の上ではなかった。
地方からの移籍。登録制度など、知る筈もなく。
シンデレラが、舞台に上がるには。
些かの、時間が必要である筈だった。
だが。
「シンボリルドルフを中心とする、学生闘争。
それで、出走をURAに。強引に認めさせたンだよね?」
「そうだよ。懐かしいね。会長に頭を下げられたからね。
バ鹿どもを率いて、戦ってやったとも」
シンデレラを見つけた者は。不条理を許せなかった。
自らが見つけた、大粒の原石。
拾い上げた輝きを、古臭い慣習でくすませることなど。
百駿多幸の夢以前に。彼女自身の責任感が。
それを、許せる筈がなかった。
『ハルウララ。協力して欲しい。君の力も必要だ』
『へえ? なんで? 会長、URAと仲良くしておいた方が。
夢の実現には、近道なんじゃないの?』
心底、自分は疑問に思った。
慣習で、出走を制限されるなど。
哀れだとは思ったが……
自身の戦場は、ダートを主とした。
クラシック三冠など、対岸の話。
そもそも、挑戦できぬ者など。山ほど居る。
なぜ、オグリキャップにそこまで親身になるのか。
『見つけてしまった。原石を。
見つけただけならば、良かった。
磨くのは、カサマツの誰かで良い。
だが、私は拾い上げてしまったのだ。
皇帝たるこの身が、彼女が埋没することを。
認められず、拾い上げた。
山が低くとも、頂点に立てる逸材を。
強引に、中央に引きずり出しておきながら。
走る場所を与えない? 古臭い慣習で?
高い山を見せておきながら。挑戦する事すらさせぬ?
私はね、ハルウララ。
皇帝だ。皇帝なんだよ。
嘘はついていない。だが、未だ私は。
当然の道理も、通していない。
私は詐欺師ではない。皇帝だ。
オグリキャップのためではない。
私は、私の自尊心のために。
君に頭を下げているのだ。
失望したかね?』
『あはっ。さすがはわたしたちの生徒会長。
エゴイズムの塊だね。オグリキャップのためとか。
少しでも口に出したら。殴り飛ばしてたよ、陛下。
ご命令を。ハルウララは、学園一番の負けず嫌いに。
尊敬すべきあなたに、協力致しましょう』
『感謝する。さぁ、闘争を始めよう』
そう。オグリキャップに協力したつもりはない。
自分たちは、尊敬すべき負けず嫌いの頂点。
無敗の皇帝。愛すべき大バ鹿者。
百駿多幸などと。口にしてしまったばかりに。
ただ、自分が嘘をつきたくないだけの。不器用な彼女。
誰も彼をも背負いこんで、走り続ける皇帝に。
その脚を預けたのだ。
『あらあら♡ウララちゃんもですか?』
『あれ、クリークちゃんも? オグリちゃんとは?』
『ライバルですよー♡不在だから勝てたとか。
言われるのを想像するだけで、虫唾が走ります♡』
『ははっ。こりゃ力強いね。ファル子ちゃんは?』
『ファル子ね? クラシックは嫌い。ファル子が輝けないもの。
だからね。ぶっ壊してやろうと思って。
ファル子より、輝く筈だった星たち。
カサマツのシンデレラに堕とされたらさ。
きっと、いいリアクションをしてくれるよ』
『コイツ、ただ単に性格が悪いだけだな……』
『そういうところが可愛いんですよ。ファル子さんは』
『趣味が悪いねぇ。フラッシュちゃんは。
んじゃ、行こうか。世界を我がままで壊しに行こう』
振り返り、背後を見る。
目をぎらつかせる、綺羅星たち。
三冠バ。G1バ。G2バ。G3バに、オープンバ。
それぞれ、口に出した理由は異なるが……
ここに集った理由は、ただ一つ。
皇帝陛下が、我らに命じたのだ。
私の我がままに、協力せよ。
学園で、一番強いウマ。
九冠バが命じたのだ。
それだけで、十分。
それ以外の理由など、必要ない。
だって。強い者が正しいのだ。
最も強い者の我がままが、通らないならば。
この世に、ウマ娘が走る意味などない。
ウマ娘は、走るために。
走って、勝つために産まれたのだから。
報酬は、勝つこと。
意見を曲げるとは、つまりは。
負けることに他ならない。
『さぁ諸君。よく集まってくれた。
私は、諸君に一つだけ命じる。
勝て。私に我がままを通させろ。
ならば、この世に勝利の価値はある。
私の我がままこそが。この学園で最も価値がある。
だってそうだろう? 弱者ども。
弱者に産まれた価値など、無いのだから。
悔しかったら、私に勝って見せろ。
諸君ら以外に私が負けるとすれば。
それは、ウマ娘の敗北である。
潔く、枕を並べて死のうではないか。
なに、敗北者にはお似合いの死にざまだよ。
死にたくなければ、せいぜい張り切るんだな』
嫌味たっぷりに、囀る皇帝。
我らの答えは、ただ一つ。
『『『『『『『『『『いつか、負けを認めさせてやるッ!!!!!!』』』』』』』』』』
こいつが、自分以外に負けるのはムカつく。
それだけだった。
皇帝、負けず嫌いでクラシック制度破壊事件。
URAは、彼女が自分以外に負けることを許さぬ者たち。
我ら、ウマ娘の我がまま故に。
その膝を屈したのだ。
トレーナーが、投影していた再現ドキュメンタリー。
スタッフロールを見ながら。
回想を終え、呟く。
「懐かしいね……いつかヤツとは、決着をつけねばならぬ」
「ヒトは何故、ウマ娘と共存できているのだろうな……」
「かわいいからだよ。ほら」
「かわいい」
「よし」
椅子に、顔を近づけて。とびっきりのウィンク。
それだけで、彼は納得してくれた。
できた男である。
「んで、それがどうしたの」
「い、いや……あの事件の責任、誰が取ったか知ってる?」
「URAの職員とかでしょ? 知ってるよ」
「そ、それだけじゃないよッ! あの事件で、学園にいたヒトたち!
トレーナーたちの、責任も問われたッ!
おじいちゃんたちは、あンたらの被害者なンだよッ!?
六おじいちゃんだってッ! もうちょい長く続けられた筈ッ!」
「そうなの? おじいちゃん」
「んあ。年長のヤツらはそうだよ。
燦三郎は、愛バどもから逃げるためだから違う。
俺は、アレだ。オグリがグルメドラマに出演したろ?
学園にまで、報道陣が押しかけてきてなぁ。
めんどくせーし、上層部に目をつけられてたし。
いい機会だったから辞めた」
「わたしのラストランぐらい、見てくれても良かったのに」
「無茶いうない。アイツらに詰め寄られながら、お前の世話とか。
老骨には、荷が勝ちすぎるぜ」
「まぁ、トレーナーと出会えたし。許してあげるよ。感謝するといい」
「お前、ほんと唯我独尊だよなぁ……」
そして、立ち上がり。
ユキオーとやらに、聞いてみる。
「全員死ぬか。勝つか。戦うのは当たり前でしょ?
負けるわけにはいかないからさ。必要な犠牲だったよね」
「こいつら、頭が戦国時代すぎるッ……! 島津かよッ!
会長、お役に立てず申し訳ありませンッ! お仕置きしてッ!」
ユキオーは、欠片も動揺していないハルウララを見て。
自分が、レースに向かぬという。会長の真意を悟った。
ウマ娘は、皆。勝つためだけに走っているのだ。
ヒトには理解できぬ価値観。
自分などが、出走しても。
生半可な覚悟では、食われるだけであるッ……!
「あはっ。ユキオーったらおバ鹿さん。
何をするかと思ったら。誰の首が飛ぼうと。
私たちは、止まらなかったよ。
教えたでしょ? 敗者に価値なんてないって。
さぁ、勝つよ。私に我がままを通させろ」
「はいっ! 勝たねば……! 勝たねばゴミッ!
おじさんも正しかったッ! 戦わなきゃ、生きられないッ!
この生は、闘争に満ちているッ! なんて世界だッ!
楽しくて仕方がないッ! 会長の我がままのためッ!
粉骨砕身ッ! この身を如何様にもッ! 使い捨てて頂きたいッ!」
「お前を使い捨てなくちゃ勝てないとでも?
バ鹿を言っちゃいけないよ、ユキオー。
当然の如く。笑いながら勝つ。それが王者だよ。
まぁ……まだ皇帝には勝ててないけど。
いつか勝つ。この身が果てる前にはね。
さぁ、やろうかウララちゃん。
負け犬同士、無様なダンスを踊ろうよ。
そんで勝った方が、挑戦権を得る」
「ははっ。泣かせてやるよ、ファル子ちゃん。
最後に勝つのは、このわたし!」
「「わたしがあいつをブチのめすッ!」」
誠、残酷な世であった。
つづかない