だが、頭をアホにすれば道は開けるッ……!
~前回までのあらすじ~
手前勝手な、想い。
ツバメは、終わりに向かい飛翔した。
そして、唐突に叫ばれる愛。
六平トレーナーによる、SAN値チェック。
ハルウララしか、頭にない。
問題なし。既にこやつ、狂っていた。
死んでも彼女を、幸せにする。
その心意気しか、感じとれぬ。
そして、ウマ娘の戦いは。
デュエットにより、加速する。
無限の渇き。
輝きたいという願望。
ちらりと黒鹿毛を見やり。
ぴしりと心に一つの異音。
旗を靡かせ、決然と告げる。
フラスプネズミの総力。
味わい尽くして、我が身に屈せ。
ふらりと、彼が向かうは小山。
老人は、説明責任を果たさせるため。
彼を止めようと、試みた。
「あ、君ッ!」
「止めねぇでくれ。頼む」
「だが……泣いて、いるのか?」
老人の、足を止めたのは。
青年の、足元を濡らす滴。
「泣いてねぇ。泣くモンか。
男の門出だ。笑って見送るのが。
筋ってもんだろう?」
「……彼は、そんなに悪いのか?」
「もうとっくに死んでておかしくねぇ。
無理し過ぎたんだよ。
よっぽど愛してたんだな。
最後は。最後ぐらいはよ。
彼女と一緒に過ごさせてやりたい」
「……やはりか。自分勝手な男だ。
責任重大だな……。この老体には堪えるよ」
「大丈夫だ。俺らが支える。あんたも。
その後継者も。クソみてぇな、この命。
それが尽きるまでなァ」
「なぜ、君はそこまで?」
「恩義があるんだ。負け犬を拾ってくれた。
言っただろ? 命を救われた。
飯もくれた。仕事まで与えてくれた。
それ以上に、何が必要だ?」
だが、老人は。
誤魔化されなかった。
長きに渡る人生で。彼は知っていた。
命を救われても。裏切る者はいる。
人は、喉元を過ぎれば。
熱さも、恩も忘れる物である。
だが、この青年。
「それだけではない。そんな顔をしている」
「亀の甲より、年の功ってか。
かなわねぇなあ。相変わらず、俺は。
誰にもまだ勝ててねぇ。
……あの人はよ。馬鹿なんだよ。
とんでもねぇ馬鹿」
「ひどい言い様だな?」
「それ以外に言えねぇよ。
身体壊して働いて。
やりてぇことが、馬との暮らし。
しかもそれさえ、寄り道して。
こんな、馬鹿ばっかりを拾いやがって。
お陰で、彼女の死に目に逢えてねぇ。
……みんな、知ってたんだよ。
あの人が大好きだからな。
調べて、愕然とした。
言えなかった。言える筈がねぇ」
「彼女が、既に死んでいたことをか」
ぽつり、ぽつりと青年は告解する。
自らの、罪を。
「ああ。だってそうだろう?
自分の身体を、ぶっ壊してでも。
死んだっていいなんて、口では幾らでも言える。
でも、あの人は実行しやがった。
その、あの人の。幸せにしたい相手がよ。
既に死んでるんだぜ? 言った瞬間よ」
その瞳に宿るのは。
後悔と、そして。
「……そのままくたばっても、おかしくねぇ。
だから、みんな黙ってた。
ひでぇ裏切りだよな。
俺たちは、あの人に生きて欲しかった。
だから、あの人の一番大事なものを。
あの人の、生きる目的が既に無いことを。
示しあわせて、隠してたんだ。
殺されたって、文句が言えねぇよ」
「……誰だって、大事な者には。
生きていて欲しいものだろう。
君たちは、間違ったことはしていない」
「間違ってる、間違って無いじゃねぇ。
仁義の話だ。俺らはあの人に救われた。
あの人は、世界に負けちまった俺たちに。
また、立ち上がるチャンスを。
ケツを蹴飛ばしながら、くれたんだ。
なのによぉ。俺らは裏切った。
全員揃って地獄行き。間違いねぇ。
だっていうのに、あの人はな。
帰ってきた時、なんて言ったと思う?」
「彼は。一月前に。彼女の死を知った時。
君たちに、何を言った?」
自らに対する、絶対の誓い。
「『馬鹿ども。よくも騙してくれたな。
ありがとう。罰として。
俺の、最後の我が儘を。
お前たちに、手伝わせてやる』」
「……厳しい男だな。絶対に断れない。
その信頼を、裏切れば。
それはもはや、負け犬ですらない」
「社長がよ。彼女に逢いに行くって聞いて。
俺たちは、覚悟してた。
その場で、あの人がくたばるかもしれねぇ。
全てを知って、俺たちを殺すかもしれねぇ。
全部、全部覚悟してたんだ。
……でもよ、あの人は言ったんだ。
裏切った俺たちを。信じてくれるって。
手伝わせてくれるって言ったんだ。
これでよ。あの人の最後の我が儘を。
聞いてやれなくちゃ、俺たちは。
お天道様に、二度と顔向けができねぇ。
墓参りだって、出来やしねぇ」
燃えるような瞳。
彼と同じ。
生涯を、ただ一つのため。
捧げると、誓った瞳。
「だから、君たちは」
「ああ。死んだってやる。誰だって殺す。
俺らの、あの馬鹿みてぇなボスのためなら。
一生を、馬鹿みてぇな仕事に使うぐらい。
お釣りが来るってもんだろ。
すまねぇな、爺さん。
俺らの我が儘に、付き合ってくれや」
「わかった。私も覚悟を決めよう。
君たちは、本気なんだな。
本気で、報われない生き方を。
死ぬまで続けると、決めている。
ここで引いては、老人として。
馬鹿な若者どもに、示しがつかぬ」
「ありがてぇ。でもいいのかい?
あんたには、何の義理もねぇってのに」
老人は、ふんと鼻を一つ鳴らし。
呆れたように、苦情を申し立てた。
「ようやく合点が行ったよ。
……君たちは、揃って素直じゃない。
てんでバラバラに、牧場に寄付なぞしおって。
ここまで、ここが保ったのも。
君たちの、彼への愛情故だろう。
まとめて贈るものだぞ、そういうものは。
私は、金勘定は苦手なんだ」
「バレてら! しゃあねぇだろう。
俺たち、すげー馬鹿なんだから。
社長のために、何かをしてやろうとか。
恥ずかしすぎて、口にも出せねぇ。
目立って社長にバレたら、事だしな」
「そうか。馬鹿ならしょうがない。
それで、具体的には。どうするつもりなんだ?」
青年は、にやりと笑い。
馬鹿な夢を。実現するための方策。
それを、得意げに語る。
「ああ。あらゆる媒体で。
あんたの見た、彼らの姿を描き出す。
馬主が権利放棄した馬、多いんだろう?」
「ああ。名目上は、私が馬主。
そういうことになっている、馬が殆どだ。
ハルウララを、始めとしてな」
「なら、権利問題はねぇ。
負けた馬は、目立たねえ。
目に写らなきゃ、居ないと同じ。
なら、目に写るようにしてやりゃいい」
「無名の馬ばかりだぞ。人気が出るとは思えん」
「
なんなら、人気がある馬も。
馬主を説得して出す。金も積む。
社長は、馬鹿だがすげぇ馬鹿だ。
準備は、バッチリ整えてやがる。
あとは、俺らが気張るだけだ。
……ここに、社長の原案がある。
一か月かかって、作ったらしい」
分厚い封筒の、封を解いて。
それを、一目見た瞬間。
彼らは、絶句した。
「「……没ッ!」」
そして、そのまま地面に叩きつけた。
「あの馬鹿ッ! ふざけやがって!
俺たちに、自分で考えろってか!?」
「いいや、違うよ。彼は本気だ」
「……マジで?」
「マジだ」
「……なんでそう思う?
正気の沙汰とは思えねぇ」
「わかるさ。だって彼は」
放り捨てられた企画書に。
描かれていた、一枚のイラスト。
二足歩行の馬と、筋骨隆々たる青年の。
濃厚なラヴシーン。
『ウマ娘ガチケモダービー』。
そう、号された原案。
「牧場で、いつもウマっ気を出していたからな。
ガチのケモナーだよ、あの小僧」
「俺にゃあわからねぇ……社長。
あんた、童貞だって言ってたの。
マジだったんだな……
そりゃ、命も賭けるか。
愛って、そっち方面も含んでたのかよ」
彼らは、しばらく黄昏れて。
老人は思った。
彼が、手遅れになっていなくば。
彼女が被害に遭っていた可能性が、高い。
不謹慎ではあるが……
「世の中、ウマく出来てるものだな……」
彼の呟きは。
優しく、空に消えていった。
「そこはちょっと……どうかと思うな」
「どうした。急に冷静になりやがって」
「いや、愛のカタチはヒトそれぞれ。
そう、急に思い立ってな……」
「ちなみにお前の愛のカタチは?」
「ウララのカタチをしている」
「知ってた」
六平 銀次郎は、特に相手にせず。
戦いに、目を移した。
「さぁさぁさぁ! 盛り上がってッ!
参りましたァッ!」
「相変わらずッ! 調子に乗ると鬱陶しい……!」
たんたんと、ステップを刻むハルウララ。
びゅんびゅんと、走り回るスマートファルコン。
『個』の極み、ハルウララ。
『集』の極み、スマートファルコン。
彼女たちの、戦闘論理は。
その、得意距離に於いても対照的だった。
「ウララちゃんはッ!
マイル以上は、苦手だもんねぇッ!?」
「お前が得意すぎるんだよッ……!」
ハルウララ。ダート短距離の王者。
スマートファルコン。ダートマイル以上の王者。
その、違いとは。
「
その、常識はずれな瞬発力を以て。
地を蹴り、跳ぶハルウララ。
その、過剰に搭載した筋力により。
軽く地を蹴っても、膨大な推進力。
ダート短距離に、敵はない。
だが。
「知ってるよ、ウララちゃんッ!」
タタタタタタン、と。
小刻みに動くハルウララに対し。
たぁん、たん、たぁんと。
伸びやかなステップを刻む、スマートファルコン。
翼のように、旗をはためかせ。
際限なく加速する。
「加速力が高くてもッ! 最高速度が遅いッ!
当然だよねッ!? 跳ねすぎるとッ!
「ッ……!」
そう。ハルウララの弱点。
その絶大な脚力を以て、地を蹴り。
跳ね続ける、特異な走法。
性質上、速度に上限がある。
速度を上げるため、蹴り脚を強めると。
次に地を蹴るまで、滞空時間が伸びるためだ。
バランスが崩れると、逆に遅くなる。
領域を展開すれば、バランスを無視しても。
過剰な出力で、一気に距離を稼げるが……
今は、使えない。使えても、意味が無い。
「短距離に特化しすぎたねッ!?
戦闘スタイルも、同じッ!」
そして、インファイトでは無類の強さを誇るが。
ヒット&アウェイは、苦手である。
普通の相手ならば、問題ないが……
明確な弱点となり得る。
「会長ッ! かぁっこ……いいッ!」
じゃかじゃんと。ギターを掻き鳴らす、ユキオー。
「「「「「会長ッ! 粉砕ッ☆ 玉砕ッ☆」」」」」
「「「「「大喝采ッ!!!!!」」」」」
そして。
「キャァァァァ! ファル子さーん!
ファルッ! ファルファルファルッ!!
ふぁるうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
頭に「ファル子命」と、揮毫された鉢巻き。
纏う法被の、背中には。
スマートファルコン親衛隊、筆頭の文字。
片手にうちわ、片手にサイリウム。
凄まじい練度の、オタ芸。
かの、アグネス家のデジたんが。
教えを乞うたと、言われるほどの絶技。
限界オタクと化した、ゴリラのコール。
ハルウララは、歯噛みした。
「みんなーッ☆ありがとーッ!」
スマートファルコンの、速度は。
天井知らずに、加速していく。
スマートファルコンの、部分展開。
オーディエンスの熱狂が。
加熱すれば、加熱するほどに。
その強化係数を、上げて行くのだ。
注目を、浴びるほどに強くなる。
短距離では、テンションがアガりきる前に。
この身の勝利が、確定するが……
マイル以上では。
最高速度で、遅れを取る。
追い付けないのだ。
伸びやかに、真っ当に走る彼女に。
加速力に、全振りし過ぎたためだ。
「Lalalai! Lalalai! Lula-la!」
「ぬぐぅっ!」
そして、自らの射程外から放たれる。
短い音節。弾ける衝撃。
あの、マイク。
あれが、手品の種だろう。
判ったところで、どうにも出来ぬが。
「あははははっ! どうしたのかなっ!?
ウララちゃん! キャッチミー!
イフッ! ユーキャンッ!」
「調子に乗りおって……!」
スマートファルコンは、確かな手応えを。
その脚に、感じていた。
(さすがに無手だと、厳しいけどね……!)
ハルウララの間合いに入ったが、最後。
どんなにこちらが速くとも。
相討ち狙いで、合わせられた場合。
身体強度と、膂力の差で。
容易く、圧殺される。
だが。自分には。
『これ』があるッ!
「
Lalalalala! Lalala……La!」
「鬱陶しいッ……!」
そう。アウトレンジから、音の砲撃を。
自分に負けは無いッ……!
「勝てば良かろうなのだァァァァァ!」
「調子に……乗るなッ!」
撞球のように、床だけでなく。
天井と壁を蹴り、跳ね回るハルウララ。
こちらに迫り、拳を振るおうとするが……
無駄だ。
「強化係数、大逆転ッ!
領域で補強されてない、ウララちゃん!
加速しきった、ファル子の方がッ!
速いって、知ってるでしょッ!?」
全速力で、後方へ。
ハルウララは、虚しく跳ねて止まる。
追い付けないことを、悟ったのだろう。
当たり前だ。
もはや、戦いはマイルの長さを超え。
中距離じみた、戦闘時間。
例え、部分展開したとしても。
速度で、自分が負けることなど。
あり得なさ過ぎて、笑えてくる。
「Lalalalala! La! La! La!」
「何か、焦ってない?」
「La……!?」
ハルウララは、直感した。
敵手が、圧倒的有利。
そのはずだが、動きに余裕がない。
まるで、時間制限でもあるかのように。
伸びやかに、走るのとは対照的に。
どんどんと、声撃間隔が。短くなっている。
「時間稼ぎ。やってみる価値はあるね……!」
「……Lalulalala! Laaaaaaa……laッ!?」
そして、驚愕に。
声撃を止めた、スマートファルコン。
彼女に迫る、砲弾。
「デッドボールってっ!
こういう意味じゃ、ありませんわぁぁぁ!?」
メジロ
「うわぁおッ!?」
あまりの衝撃に、足が止まってしまった。
危ういところで、イナバウアー。
ぶるんと、揺れた胸に。
迫る、悪寒。
過ぎ去った筈の。
確かな、平坦なる殺意。
「ユタカァァァァァァァァ!!」
「ヒィィィィィィィィッ!?」
メジロの
壁で跳ねた、デッドボールが再来。
がしりと、胸を鷲掴みにされる。
現役時代より、育っていたためだ。
恐らく、イナバウアーのポーズ。
逸らした胸が、自慢と判定された。
憎しみが、尋常では無い……!
「放しッ……!」
「やはり胸など、戦闘の邪魔。
貧乳は、ステータスッ!」
「しまっ!?」
そして、揉みあうというか。
揉みしだかれる隙に。
迫る、桜色の殺意。
これは。避けきれ……!
「フォーリンダウンッ!
会長の胸は、わたしのもンだよッ!」
「ファル子の胸は、ファル子のだよッ!?
もげるかと思ったけどねッ!
だが、よくやった駄犬!
後でおさわりを許すッ!」
「感謝の極みッ!」
危ういところで、駄犬の援護射撃。
べりっと床に堕ち、ハルウララの脚を掬えず。
そのまま、蹴り飛ばされる葦毛。
「ですわぁぁぁぁぁぁ……」
よほど、騎空士となり。
特定部位を、盛られたかったのか。
なんだかとってもファンタジィ。
想いつつ、次弾が来る前に。
強化係数を、高めることを決める。
「油断大敵ッ! 忘れてたよ、ウララちゃんッ!
ファル子リヲン! リクエストッ!
領域増幅アンプッ!
曲名ッ! 『†逃げられッ☆堕天恋†』……ッ!?」
やはり、ここは十八番。
告げて、マイクを構えつつ。
走り出そうとした、矢先。
脳裏に溢れだす、知らない歌詞。
ぴきりぴきりと、響く音。
忘れていたはずの……!
『……ッ! あなたに! 伝えたいことがあるのッ!』
だが、もう止まれない。
この身は、歌姫であるのだから。
例え、黒い雨が降ろうとも。
歌わなければ。
つづかない