落ち着けわたし、脳内世界の区切りを強化。
~前回までのあらすじ~
傷つき倒れたちいさなビッグマム。
トレーナーの脳裏に、存在しない記憶が溢れ出す。
それは、ツバメの後悔。
彼女に、背負わせたこと。
幸せにしたかった彼女から、剥落していった尊いもの。
彼の心は、己の罪に耐えきれず。
ただただ、痛みに泣き叫ぶ。
アフガンコウクウショーは、覚悟を決める。
泣き叫ぶ2人の咎人。
砂の巨人は、幼い少女のように。
ただただ、愛を叫んで奪う。
思い出す、在りし日の記憶。
闘争に生きた記憶。
愛らしき後輩に、問うは彼女の記憶。
利根川幸雄の、闘争の記憶。
彼女は確信する。似ている。
運命などは信じない。そのようなものに縋るなど。
弱者の発想である。だけど、きっと。
自分がここに、居ること。
きっと、彼らが出会ったことには意味がある。
集いし三つのヒトソウル。
女神が選んだ、最も愚かで。
尊き闘争に生きた男たち。
アブドゥルだけは、覚えている。
勝者の義務を、今こそ果たそう。
生きた証は、置いて行こう。
彼女は寂しがり屋だから。
愚かな夢を、また見よう。
きっと、手を伸ばしたことに。
間違いなんて、ありはしないから。
花咲き開く、失墜した夢。
雲竜が飛んだ証。不知火へ至る愚かなる挑戦。
上昇し続ける熱き想い。
どこまでも蒼い空。中天に輝く真なる太陽。
生身にて、輝きを掴もうとした蝋の翼。
溶け堕ちるそれは、愚かだけれども。
夢見ぬ人は、もっと愚かだ。
彼は妻子の顔を思い出し、そっと懺悔する。
愛しい彼女から去ることに、後悔が無いはずはない。
だって彼女を、愛してるから。けれども。
娘に似た彼女が、泣いている姿は見過ごせない。
だって彼は、父親だったから。
さぁ燃え尽きよう、心の限り。
明るい未来を、照らし出そう。
「アフちゃん、先輩……?」
『Aaaaaaaaaaaaaa……』
呆然と呟く。
既に、輝く太陽は堕ちた後。
彼女が遺した成果は、地面に堕ちて呻く怪物。
立ち上がろうとして、灼けた
愛しいスマートファルコンは、未だ健在だった。
「……なンでさ。なンでそんなことしたの」
意味がわからない。だって意味がない。
ハルウララは、起き上がる素振りを見せない。
トレーナーは、彼女を抱えてただただ涙を零している。
戦える者はいない。時間を稼いでも意味がない。
自分は、戦う意志など無いのだから。
道理に反している。自分を守る意味など無かった。
がりがりと、爪を齧る。
脳の冷静な部分が告げる。
彼女は、愚かで無駄な行為に、己を消費した。
理外の発想。彼の記憶も告げている。
ベットしたチップに、リターンが釣り合わない。
「でも」
脳の愚かな部分が告げる。
彼女は、尊き闘争に身を委ねた。
戦わぬ者に、戦った者を嘲笑う権利はない。
彼女は必死に生きて、必死に戦い。
笑って空に消えていった。
それは、世界で最も尊い行為。
この世界に生きる、ウマ娘の理想。
見る者の心に残れば、それは勝者だ。
蹄跡は、深く深く刻まれた。
それが例え、たった一人の心の中にしか無くとも。
「……ン。トレーナーは……まだ駄目だね」
胸の中で、暴れ続ける始まりのシグナル。
想いは、引き継がれた。
デビューしていない彼女は、知らないが。
ウマ娘は意志を繋いで走って来た。
偉大なる先達の、走り続けた記憶。
蹄跡は繋がっていき、道となり。
彼女たちは、どこまでも挑戦し続ける。
走るために産まれた生き物。
レミングのように、愚かな暴走。
死ぬために走る彼らと、何も変わりはしない。
違うのは、ただひとつ。
「わたしたちは、何のために走るンだろうね」
彼女が走った理由。
死出の旅を、笑顔で駆け抜けた褐色の君。
君は何を、想っていたのだろう。
わからない。わかったふりなどしてはいけない。
彼女の走った理由を、想像するだけで烏滸がましい。
だって走っていない者に、走る者の気持ちはわからない。
だから自分には、永遠にわからない。わかってはいけない。
『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……』
ずんずんと近づく、歩みよる絶望。
彼女を見て、ユキオーは笑った。
「会長、わたし自分で頭が良いと思ってたけど。勘違いしてたみたいだよ」
愛しい彼女に叩き潰されるのは、とても痛いだろう。
でも、それでもいい。
だって愛してるから。
でも、それじゃダメだ。
彼女が見せた、覚悟にとても追いつかない。
とっても愚かで、かっこいい先輩。
見せた背中は、輝かしかった。
「だからね、バ鹿なことをしてみようと思うの」
『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……?』
ぴたりと、彼女が脚を止める。
じゅうじゅうと、焼き焦がされる足の裏。
気づいたのだろう。もう遅い。
「フォーリンダウン」
彼の人生は、人を蹴落としてきた。
指差し告げるは、目覚めの力。
掛かる重圧は、怪物の逃亡を封じる。
「
いつも通りの、日常。
牙を剥いた奴隷に、やれやれと道理を教える皇帝。
眺める市民の、嘲笑は遠く。
加えて告げるは、カウントダウン。
終わりへ向かい数えていく、彼の最後の記憶。
怪物の膝が、みしりと音を立てる。
動揺せずとも、問題ない。
少しでも止まれば、大丈夫。
「会長。わたし、
『領域』。ウマ娘の夢を掴むための力。
ソウルが見た夢を、現世に具現化する力。
ヒトソウルは、ウマソウルよりも。
多彩な夢を、選びうる。馬よりも長く生き。
馬よりも、生き方を選べる生き物。その魂。
でも、選べる夢はただ一つ。
間違った夢を選び取ったならば。次に魂を震わせるまで。
その誤った夢での戦いを強いられる。
そして、この魂が震えるのはこれで最後。
完全展開より先は、存在しない。
だから、自分はもう走れない。
彼女の蹄跡は、ここで途絶える。
想いなど、引き継いでやらない。
あの輝かしい背中は、自分だけが知っていれば良い。
「ほら、会長もわたしも、企業人じゃン? わたしデビューしてないし。
走るための力とか、要らンよね絶対」
破却していく、栄光の記憶。
チームトネガワ。成長した彼らの姿を見れなかった。
栄光への
クロサキだけは、絶対に許さん。何が相撲だ、ちゃんこ食え。
深く深く沈んでいく、己の心象風景。
奥底に沈んでいたそれを、おっかなびっくり掴み取る。
求めたのは、前に進むための力ではなく。
脚を止めるための力。
正解である筈がない。これは敗北の記憶なのだから。
「だってさ。わたしたち、フラスプネズミ商事のトップじゃン?
トップには、責任が伴う。一番大事なお仕事なんて、決まりきってるよね」
本当に怖い。だって前世でこれをして。
おじさんは、廃人と化した。
「じゃ、ハルウララとトレーナーさン。ごめンね、巻き込んで。
この無様な姿を見て、手打ちとして頂きたい」
そっと、ぎしぎしと重圧に抗しようとする彼女に近づく。
どろどろと、垂れ落ちて。
じゅうじゅうと、
受け止めて、うっとりと濡れる彼女の愛。
「さ、会長。会長は、わたしの上司だし。ママみたいなもンだよね?
わたしを育ててくれた。わたしを愛してくれた。
だからさ、一緒に粗相の責任を取って? シンデレラになんてなれなかったけど。
鉄板の上で、一緒に踊ることぐらいはできるよ、わたし」
シンデレラのラストシーン。
継母は、孤独に踊り狂い死んだ。
道理に反している。家族とは、運命を共にするもの。
これが、自然な形だ。共に踊ろう、愛しいウマ。
「フォーリンダウン、完全展開」
魂は、十分に震えた。
トレーナーとウマ娘よりも、ずっと深い関係。
上司と部下。それ以上に自分たちは繋がっている。
花開く、利根川幸雄の記憶。
デビューしていない自分に、走る権利はない。
当然の道理だ。だから、走るための力なんて要らない。
必要なのは、管理職としての資質。
囁くように絶叫しよう。己が失態の詫びを。
五体を投地して告げるは、誠心誠意のまごころ。
「『
『Ooooooooooooooooooooooooooooッ!?』
責任者は、謝るのが仕事である。
大人は、責任を取らなければいけない。
己が失態を、顧客に謝罪しなければ。
本当に申し訳ないという気持ちがあれば、どこでだって土下座が出来る。
例えそれが。肉焼き、骨焦がす鉄板の上であっても。
じゅうじゅうと、焦げていく感覚。
だが、これは。
「……なァるほどねェ! 希望が見えてきたアッツゥイ!!」
わかる。これは違う。
熱いは熱いが、まだいける。
会長に課せられた、飛べない鳥倶楽部熱湯チャレンジ。
それに比べれば、このぐらい。
「会長ッ! もっと頭を下げ尽くせッ!」
『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!』
ばしゃばしゃと、撒き散らす泥はじゅうじゅうと溶けて。
フォーリンダウン完全展開、『
過ちを、認める力。
栄光の階から転げ落ちた、おじさんの暗い
彼には叶わなかった、浅ましき欲望。
自分より立場の高い者に、己と共に頭を下げさせる。
最低最悪の、ほの暗い欲望の具現。
己と共に、全てを焼き焦がす領域である。
『Oaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッ!?』
がくりと膝を着く怪物。灼けた鉄板は、彼女の虚飾を燃やし尽くす。
この領域に、謝罪の意志など関係ない。
トネガワユキオーが、己と関連して非があると認めれば。
土下座謝罪を強要できる。代償さえ支払えば。
全ての罪人は、鉄板の上で踊り狂う。
「わたしが悪いッ! 会長も悪いッ! だから一緒に焼け焦げようッ!」
『Nuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuッ!?』
代償は、ただひとつ。
自分自身の、灼けつく痛み。
おじさんが廃人と化すほどの、痛みにさえ堪えられれば。
ぼちゃりとひとつ、堕ちる音。
こそげ堕ちた虚飾は、取り込んだ物を溢した。
「うおおっ!? なんでいきなり鉄板焼きッ!?」
「六おじいちゃん、そんなとこに居たのッ!? ちょうどいいから焼け焦げろッ!」
「何でッ!?」
「わたしと会長を、育てた責任ッ! トレーナーでしょ? 反省しろッ!」
「納得いかねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
泥に取り込まれていた、六平 銀次郎。
急遽の土下座に、喚くが無駄。
バ鹿なウマ娘たちを、育てた。
非があるため、土下座させる。
納得など、必要ない。
火力が上がるが、元気に喚く。
当然だ。この世界のヒトは、とても頑丈。
幼児でも無ければ、頭部へのデリンジャーのゼロ距離発砲にも耐えうる。
そして、燃料はまだまだある。
獲物がもひとつ、おっこちた。
ぼたりと黒より出でる黒。
「熱いッ!? なんですかもう! ファル子さんに取り込まれて、幸せを感じていたのですがッ!」
「あンたが一番、気に入らないッ!」
「熱湯チャレンジよりもアッツゥイッ!」
G1バ。もちろん自分よりも上。
エイシンフラッシュも、土下座させる。
会長の心を、最も揺るがせた女。
いくら頭を下げさせても、飽き足る筈もなし。
失態を犯した者が多いほど、その非が重いものであるほど。
火力は天井知らずに上がる。
「トレーナーさんッ! ハルウララを起こしてッ!」
「……今起こしても、剥げ落ちた者は戻らん。ウララをこれ以上傷つけたくない」
ハルウララを胸に抱き。呆然とこちらを見る彼。
負け犬の顔だ。許せない。
「まだ終わってないッ! まだ何も、剥がれ落ちてないッ!」
「アフちゃんは、もう……」
鈍い男だ。これを見て気づかないとは。
「具現化系の領域は、物理ダメージ無いよバ鹿ッ!
これが本物の焼き土下座だったら、とっくにわたし焼け死ンでるよッ!」
「……ッ!?」
そう。やってみて気づいたが。
12秒は、とうに超えた。
ハルウララの、強化系。
領域で己を強化し、やべー膂力でブッ叩く。
物理ダメージは、もちろんある。
それに対し、事象を具現化する自分の領域。
己の暗い欲望を具現化し、想いをそのまま叩きつける。
物理ダメージなど、有りはしない。
領域そのもので、他者を傷つけることはできない。
自分の力は変質したが、三女神の祝福は。
走るための力であり、他者を害するための力ではないし。
妄想だけで、敵を倒せるなら苦労はない。この世界のルールに反している。
ウマ娘はいつだって、己の脚で語るのだ。
ならば、彼女の領域も。
「ふぬおおおおおおおお……」
『Oooooooooooo……?』
ひゅるるるぽちゃんと、軽い音。
今の今まで、気絶していたのだろう。
軽い彼女は、上昇気流に乗り。
怪物よりも、高く上がってふわふわと落ちてきた。
「心配かけさせおって、この先輩……!」
「アッツゥイッ!? なにっ!? なんであるっ!?」
「反省してないね? よし灼けろ」
「何がなんだか、わからないのであるぅぅぅぅッ!!
私、かっこよく退場したはずなのにィッ!」
G3バ。己より上。年も上。
勝手にかっこよくこの世を去ろうとした。許せない。
非がある。己を心配させただけでなく。
尊敬する彼女のトレーナーを、負け犬顔にさせた。
だからコイツも、焼き土下座。
「さぁさぁさぁッ! バ鹿どもここに勢ぞろいッ!
何がもう無いのッ!? 何がもう手遅れなのッ!?
さっさと起こして、乱痴気騒ぎを続けようッ!
というか謝罪対象に許してもらえないと、この領域とまらンからッ!
お願い助けてトレーナーッ!」
「……ウララ」
眠り続けるお姫様。
愛しい愛しい、彼女の顔。
鼻に詰まった白い布を、きゅぽんと外して微笑み告げる。
血は、もう止まっている。噂に聞く、鼻血が出タンホイザよりも余程出ていたため。
相当我らは焦ったが。よくよく考えると、彼女はいつも高血圧。
いつもイラついており、血の気が死ぬほど多い彼女。
気合を入れすぎて、余った分が溢れ出しただけだろう。
健康診断も、今回はなんとかパスできるかもしれない。
血圧を下げるため、トマトを死ぬほど食わさねば。
嫌がる彼女の顔が見たい。でもそれよりも。
「起きてくれ。お前の笑顔が見たい」
お姫様を起こすのは、いつだって。
初めてのそれは。
「我が子の悲鳴ッ! どいつが泣かせたブッ殺すッ!」
「ウボァ」
火花が散るような、意識を失う味がした。
いつかきっと、ちゃんと唇奪っちゃる。
彼は薄れゆく意識の中で、そう堅く決意した。
つづかない