うーん、どうしてこうなった。
~前回までのあらすじ~
空に消えた、褐色の君。
ユキオーは、呆と一人呟く。
何も、解決していない。
何も、成果を得ていない。
リターンが勝利ではない、愚かな戦い。
アフガンコウクウショーの自爆。
死へと向かう飛翔は、少しばかりの時間を稼ぎ。
たった一人の心に、消えない蹄跡を残した。
それは、受け継がれる焔。
ウマ娘が走った後には、蹄鉄の傷が刻まれて。
それが連なり、道が出来てきた。
ユキオーは想いを継いで、決意した。
走る意味など知らない。走ったことが無いから。
だから自分は立ち止まろう。
誰も彼をも巻き込んで。
尊い飛翔は、自分だけの独り占め。
彼女の蹄跡は、ここで途絶えさせる。
ウマ娘は、わがままな生き物なのだから。
指差し告げるはおじさんの記憶。
目覚めの重圧。彼が蹴落とした記憶。
皇帝奴隷と市民の姿。彼が堕ちる寸前の記憶。
最後に掴み取ったのは、ウマ娘として誤った記憶。
勝つためではなく、謝罪するための力。
燃え盛る鉄板は、覚悟と決意を示すため。
自分自身を贄として、全ての愚者を焼き尽くす。
炎熱に喘ぎながらの謝罪は、責任者の虚飾を燃やし。
ユキオーは、本質を見出だした。
ぼとりぼとりと堕ちる愚者。
心を灼かれ、苦鳴を溢す。
肉体燃やさぬ、浄滅の焔。
領域で、罪を自覚させることは出来る。
だが、いつだってウマ娘は。
己が肉体で結果を出してきた。
謝罪で見つけた、大きな希望。
彼女はトレーナーに叫ぶ。
まだ終わってはいないと。
トレーナーは、愛しい彼女を抱えて嘆く。
失った者は、戻らないと。
それが大きな勘違い。
ひゅるると堕ちた、褐色の君。
太陽だろうと、焔で灼けるのは精神のみ。
脚で語らぬ者は、犠牲にすらなれない。
ユキオーの、再度の問い。
始まりを告げるシグナル。
お姫様を起こすのは、いつだって王子様のキスで。
彼はそっとくちづけを落とし、思い切り顔面を強打した。
高血圧過ぎると、寝起きもヤバい。
ハルウララ、復活である。
堕ちていく。堕ちていく。記憶の中へ。
ちょっとした行き違いから、思う存分催眠に堕とした彼女。
ポジションを奪われたと勘違いし、マ魔王にスライディング土下座をカマす彼女。
スマートファルコンの歌を聴きながら、やれやれと肩を竦める彼女。
なにかを間違えた、ビデオレターに映る彼女。
桜舞う日に出会った彼女。
鮮明なのは、そこまで。
無味乾燥な、彼女と出会うまでの日々。
桜色に染まらぬ世界は、色彩を失っていた。
九夢院。トレーナーの名家。
ウマ娘の肉体賦活……マッサージを得手として。
彼女たちを、勝利へと導いてきた家。
その嫡男として産まれた、笑顔を知らない少年。
運命と出会うまで、機械のように従順に。
家を継ぐため、トレーナーを目指していた日々。
物心ついた後、流した涙はただ一度。
満開の桜の下で、その美しさに忘我した。
一瞬だけ色づいた記憶は、すぐに視界の後ろへ消え。
ここからは、彼の知らない記憶。
ゆりかごの中の彼に笑いかける、美しいウマ娘。
写真だけで見た、今は亡き母。
そして視界は闇へと染まり。
『願わない。桜の下で、ハルウララ。彼女を想い、灰となり死ぬ』
燃え尽きたツバメは、飛翔する。
大切な、彼女の欠片をその胸に抱き。
最期の役割を果たすため。
「ふぅむ……ユキちゃん。今北産業」
「ウララママ気絶。
褐色ロリ自爆特攻。
わたしとバ鹿ども焼き土下座」
「なるほど、わからん」
ハルウララは、状況の把握に苦慮していた。
椅子のクッション性はいいが、何故か気絶しているようだ。
ケツを揉んで、その感触を楽しむぐらいにしか使えぬ。
起きるまで、闘争のやる気など出ない。
自分の戦いは、声援の中でなければならぬ。
「ところでその鉄板、熱くないの?」
「とっても熱い。ねぇ許すって言って?」
「でも、焦げてはいないようだけど?」
「ねぇウララママ。かわいい娘のおねだりだよ?」
『Luaaaaaaaaaaaa!!!』
「「「アッツゥイッ!!!」」」
かわいい娘のおねだり。
だが、肉体的なダメージは無いようだ。
バ鹿どもともう一人の娘も、元気に悲鳴を上げているようであるし。
ここは、様子を見るべきだろう。
「ユキちゃん。ウマ娘なら、それぐらい耐えれるでしょ」
「ウララママ、実はわたしのこと嫌い?」
「愛してるよ。でもわたし、躾も重要だと思うんだぁ。
わたしも子供の頃は、よくママにケツをシバかれたもんだよ」
「クソが」
うむ、悪態をつく元気がある。
幼少期の自分と同じ。
ならば、まだまだ余裕と言うことだろう。
躾は、泣き叫ぶ気力が無くなってからが本番。
ママも、そう言いながら自分をシバいていた。
「完全展開出来たんだね、おめでとうユキちゃん。
あとでお赤飯を炊いてあげよう。早いとこ解除したら?」
「だからッ! 自分じゃ解除できないから、ウララママに頼ンでるンだってッ!!」
「わたし、他のウマの完全展開の強制解除なんて出来ないよ?
さすがに娘の心を圧し折るわけにもいかないし……キングちゃんが居ればなぁ」
「キングヘイローは出来るのッ!?」
「そりゃそうだよ。わたしもそれで助かったし」
昔のことを思い出す。
G1の冠を、初めて戴いた日。
万雷の喝采を浴びながら自分は、何かを探していた。
『……いない。……誰が?』
ウマソウルが叫ぶのだ。
きっと■は、自分を見つけてくれる。
『『ハルウララ』。誰を探しているの?』
勝者の問いは虚しく響いた。
『ハルウララ』は、答えを持っていなかった。
それが何かを知らなかった。
でも、それを求めていた。
『……ッ!? 領域がッ!?』
だから、最も目立つ手段を使った。
■が、自分を見つけてくれるように。
ウィナーズサークルに広がる、最期に見た景色。
満開のそれは、必ず■の目に止まると信じて。
『あ、ああああああああああああああああッ!?』
『ウララッ!?』
『ウララさんッ!?』
突如として開かれる、桜の庭園。
砂を踏みしめ、駆け寄る二人。
彼らに必死に手を伸ばし、ぎしぎしと軋む手は宙を掻いた。
『勝てばッ! 幸せになれるんじゃないのッ!?
わたしは、見つけられるんじゃないのっ!?』
重なる問いにも答えは無く。
『ハルウララ』は、ただ桜の下で宙を見据えていた。
闘争心しか、持ってこなかった彼女は。
自分の求めているものが何かすら、失ってしまっていたから。
『トレーナーッ! アレはッ!?』
『恐らく完全展開だが、わからんッ! 今開く必要が無いッ!』
『ウマソウルの暴走ッ!?』
『暴走する理由が無いッ! 『ハルウララ』の無念はッ!
部分展開の幻影は、勝利だけを求めていたはずだッ!
まさか芝のG1で勝利せよとでもッ!? あまりにそれは酷すぎるッ!』
万雷の喝采。得たことの無い勝利の味。
それだけが『彼女』を癒す筈だった。
だからハルウララは、幼き頃から闘争心に満ちていた。
勝利を以てウマソウルを満足させ。
そこから、歩き出すために。
自分だけの、幸せを探すために。
『催眠術はッ!?』
『やってはみるが……そもそもウララには相性が悪いッ!
全身の筋肉が常に緊張状態だッ! 常在戦場にも程があるッ!』
制御できない完全展開は、自身の保護ではなく。
ただただ、一つの指向性を示していた。
さらに勝利を得るための強化。
もっと勝たなければいけない。勝つ。勝つ。勝つ。
勝って勝って勝って勝って勝って。
最期に迎えに来てくれなかった■に、自分がここに居ると。
伝えなければ、この世界に産まれなおした意味が無い。
『ハルウララ』は、高らかに嘶いた。
癒えぬ渇きは、桜を軋ませて。
じゃりりと鳴る砂は、庭園の崩壊を暗示していた。
『眠れ、ウララッ! ……クソっ! 止まらんッ!』
『トレーナーッ! このままじゃウララさんがっ!』
ハルウララの髪色は、鹿毛の色に染まりきり。
そして、その色すらも失っていく。
鹿毛は、葦毛へと近づき。
目を見開くハルウララの瞳は、何者をも映さず。
ぎしぎしと軋む身体は、崩壊へと歩き出していた。
『ウララさん、必ず助けるわ。キングは嘘をつかないのよ?』
『キング、ちゃん……』
そして、ハルウララの記憶に残っているのはそこまで。
最後に見たのは、キングヘイローの。
覚悟を決めた、悲しい笑顔。
「キングちゃんが、わたしを助けてくれた。
ポンコツだけど、頼りになる天使ちゃんだよ」
「キングヘイロー、すごいンだねぇ。
それよりウララママ。早く許して?
わたし、超熱いンだけど」
「んー。ファル子ちゃんの泥、いい感じで焼けてるし。
もうちょい待ってからでいいかなぁ。ファイト、ユキちゃん」
「このママ、鬼畜すぎる……!」
「ウララさんは、生きていればオッケーと思っている節があります……!」
エイシンフラッシュの言う通り。
ハルウララは、命は決して奪わない。
それが敵対する者であっても。
それが例え、愛する子であろうとも。
生きていれば、問題ないと思っている。
どんなに痛くとも、苦しくとも。
生きてさえいれば、また走り出せるのだから。
「当然でしょ? 生きてりゃオッケー。
取返しが付かなくなることなんて、めったに無いよ」
「ウララは修羅場を潜りすぎてるッ……!
やっぱりオレの責任じゃねぇなッ!」
「見苦しいよ、六おじいちゃんッ! 誠心誠意焼け焦げろッ!」
「オレのとこだけ火力上がるのッ!?」
自分が、彼女に救われて。
また、走り出して彼と出会えたように。
ハルウララは、わくわくと鉄板焼きを眺めていた。
そしてここからは。
ハルウララの知らない、残酷な真実の物語。
もう取返しの付かない、悲しき愛の物語。
『……トレーナー、私の完全展開を使うわ』
『キング。お前のアレは……』
『ええ。発動には、代償が必要よ』
キングヘイローは、そっと彼に笑いかけた。
自分の完全展開なら、彼女を助けられる。
そう、確信していたから。
例え、それで自分が犠牲になったとしても。
『ねぇトレーナー。私、ウララさんのためなら。何でもするわ』
『キング、それはトレーナーの仕事だ。我が王に、臣下が願い奉るッ!』
だが、彼女の覚悟は無為に帰した。
間違えた男。黒鹿毛と栗毛のトレーナーよりも。
即断即決、果断なる男。
その結果が、導く物を知っていながら。
一切の躊躇を、不要と断じて。
間違えなかった男は、そっとハルウララの頭を撫でた。
『待ってトレーナーッ! 何を捧げる気ッ!? 私が、自分を……ッ!』
『知れたこと。オレの持っている物で、最も重い物だよ。
そうでなくば、止めることなど叶うまい。
……王が自身を捧げては、効果が正しく発揮されないだろう?』
『……ッ!』
王は、臣下の言葉を正しいと思ってしまった。
無理やり思いこんだ確信が、揺らいでしまう。
キングヘイローの完全展開は、スマートファルコンの物に似る。
『スマートファルコン』が奪って強化するのに対し。
『キングヘイロー』は、捧げられて強化する。
どちらも、代償を必要とする領域であるが。
違いは、いくつかある。
『で、でも! 卒業したら、伝えるんでしょう!?』
『ああ。……いいんだ、キング。オレはウララが笑っているのが好きだ。
彼女の全てが好きだ。だから、彼女のために捧げよう』
『……ッ! 赦さないッ! 絶対に赦さないわッ! 私はそれを受け取らないッ!』
『君は、拒否できない。王とは、そういうものだから』
『いや……! 嫌よ……! やめて! やりたくないッ!』
奪った物は、自分を強化することにしか使えない。
捧げられた物は、他者を強化することにも使える。
奪うことは、能動的な行動だ。
捧げられることは、受動的な行動である。
そうでなくては、その効果を正しく発揮できない。
そのため、エイシンフラッシュは自身を捧げられず。
キングヘイローは、捧げられる物を拒めなかった。
『キング。我が王よ。我が儘を言わないでおくれ。
オレは、彼女を失えば生涯後悔する。
……ウララを頼んだ。君にしか頼めない』
『ずるい。一流のする顔じゃないわ、そんなの。
そんな未練がましい顔して、笑わないで。
あなたって、本当に最低よ……』
最大の違いは、その不可逆性。
捧げられた物は、奪った物と違い。
持ち主の元には、二度と帰らない。
略奪された物は、帰ってくる可能性があるが。
王に捧げるとは、そういうものだから。
『受け取ってくれ。オレが持つ最も重い物。
彼女が、これからも走り続けるために。
……新しい恋を、見つけられるように』
『……我が臣下よ。汝の心からの願い。
その捧げる想いを以て、この王が叶えましょう。
……さぁ、あなたは何を捧げ、何を望むの?』
『ありがとう、キング。……ウララ』
トレーナーは、晴れやかに笑った。
ぐしゃぐしゃに歪んだ顔で、ポケットの小箱を握り潰し。
『愛してるよ、心の底から。だから……
王よ、我が愛を捧げよう。ウララを、助けてくれ』
『……完全展開。『
王権の錫は彼の肩を叩いて、虚しく音を響かせて。
広がった王城は、庭園を優しく押し潰し。
ぼろぼろの馬は、桜の下に埋められた。
『あ……』
その力は、彼女の生きるための力を強化して。
ハルウララは、また走り出す力を得た。
気を失った二人の男女。
キングヘイローは、そっとつぶやいた。
『愛してるわ、ウララさん。世界で一番、愛してる。
……だって、二人分だもの。そうじゃなくっちゃ、おかしいじゃない……』
これは、ハルウララが知ってはいけない物語。
終わった恋の物語。始まった、狂気の愛の物語。
真実は、永遠に秘されたまま。
夫妻は、黙して決して語らない。
彼が彼女を、愛さない理由。
彼女が彼女を、愛する理由。
この世界は、きっと無限の愛に満ちていた。
つづかない