悲劇の運命を背負ったラスボスに転生しました   作:きりたい

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第十七話

 俺を見ていたのは、一人の老婆だった。

 

 手足は細く、身体もかなり小さい。

 顔はかなり皺が入り、美麗なエルフのイメージからはずいぶんと離れている。

 

 エルフは二十を超えてからはほとんど見た目が変わらない長寿の種族であるが、だからといって年を取らないわけではないのは周知の事実。

 

 具体的な寿命はほとんど記されていないが、おそらく千年単位で生きられるのは間違いないだろう。

 

 そんな中でこれほど見た目に年齢が出るとなると……。

 

「先ほどは見事じゃったの」

「わかるのか?」

「これでも、年だけは重ねておるからな」

 

 宴の喧騒は引き続いている中、老人の声は風に乗るようにはっきりと聞こえてきた。

 どうやら風の精霊たちが彼女を手伝っているらしい。

 

 エルフ族の長老とは、この里に着いたときに挨拶だけはさせてもらった。

 美しい男性のエルフでそれなりに貫禄があったが、このご老体に比べればまだまだ若さに溢れているエルフだ。

 

「貴方はこの里の長老よりも上にも見えるが……」

「フォフォフォ、もう長老すら終えたただの婆じゃよ」

「なるほど」

「シル婆、と呼ばれておる」

 

 もう目が見えないのか、シル婆は一度も瞳を開こうとはしない。

 それでも彼女の視線は絶えず俺を見ており、おそらく精霊の力かなにかが働いているのだろう。

 

「それでシル婆とやらは、私になんの用だ?」

「なに、我が子どもを救ってくれたお礼をしたいと思ってのぉ」

「我が子?」

「エルフ族はみんな、我が子も同然」

 

 つまり、血縁的な意味ではなく、家族としてお礼がしたいということか。

 

「別に必要ない。私はただこのエルフの里に観光に来ただけだからな」

「そうかそうか……それで、お主から見てこの里はどうだ?」

「美しい場所だ。自然にあふれ、森の木々一つ一つに宿る生命は力強い。人の手が入らないまま時が止まっているようにも見える」

 

 人は常に今よりも上を目指して動き続ける。その結果、快適さ、便利さを求めてあらゆる物に手を出していった。

 森の木を伐り、大地を耕し、動物を育て、人すらも使う。

 

 この世界で最も恐ろしい生物はきっと人間だ。だが――。

 

「私には、この停滞がなによりも恐ろしい。自然の摂理に逸脱しているとさえ感じるくらいだ」

 

 本来なら自然破壊をしているのは人間で、森とともに生きるエルフこそが自然の摂理に従っていると言える。

 

 だがそれでも、俺にはこの場所がどこか幽世のように見えて仕方がなかった。

 

「そうか……そう見えるか」

「ああ。人であろうと、エルフであろうと……言葉を交わせる以上、永遠に関わり続けないでいることは不可能だからな」

 

 これまで人間とエルフの関係はあまりにも歪だった。

 人間はエルフを奴隷として生き物として下に置き、エルフは人間を野蛮な生き物と揶揄して敵と見る。

 

 本来、そんな関係が何百年、何千年も続けられてきたこと自体があり得ないことなのだ。

 言葉があり、触れ合う機会がある以上は絶対に……。

 

「やはり……お主ももう無理だと感じておるか?」

「ああ。人間が精霊喰いなどというものまで用意したということは、本格的にこの里に襲い掛かってくることは時間の問題だということ。たとえ結界があったとしても、もう無理だろう」

 

 そこから先の展開は容易に想像できる。

 

 人間たちによるエルフの里の襲撃。

 それも準備万端で来るとなれば、精霊の力が使えないエルフたち一方的に蹂躙されるのが目に見えていた。

 

「お主は人間であるが、どこか違う風に感じる」

「……」

「これも精霊の導き……どうか、我らを助けてくれんかの?」

 

 懇願するような声。少し離れたところでは仲間が帰ってきた今日この日を祝うために騒いでいるエルフたちと違い、この老婆はただ一人未来を見ている。

 

 だが――。

 

「貴様、私を舐めているのか?」

「っ――⁉」

 

 俺はシル婆を睨み、周囲に影響を与えないように殺気をぶつける。

 

 他のエルフやフィーナはなにも気付かない。レーヴァだけが一瞬こちらを見たが、睨まれているのが自分ではないことを理解してからは食事に戻っていった。

 

「な、なにを……?」

「人に頼みごとをするときは、きちんと顔を合わせてするなど常識であろう? それとも、その醜い魔力で編み込まれた皮ごと剥いで無理やり引き出してやろうか?」

 

 俺がゆっくりと手を伸ばす。

 その瞬間、シル婆は老人とは思えない俊敏な動きで少し後ろに飛んで俺と距離を取った。

 

「……ふふふ」

 

 先ほどまでのしわがれた声とは異なり、鈴音のような美しい音がこちらの耳に入る。

 そして閉じられていた目がゆっくりと開き、翡翠色の宝玉にも見える瞳が俺を見た。

 

「ごめんなさいね。試すような真似しちゃって」

 

 その見た目からは考えられない、若々しい声だ。

 

 ギャップの大きさに普通なら驚くのだろうが、周囲は気付いた様子がない。

 どうやら風の魔術で俺たちの声は聞こえないようにしているらしい。

 

「でもこの姿なのは許して欲しいわ。だって貴方も幻影魔術で姿を変えてるでしょ?」

「少なくとも、私の身体は本物でありこの場にいる」

「あら……そんなことまでわかるの?」

「魔力の揺らぎを見ればな」

 

 シル婆と向かい合いながら、『本当の彼女』がこの場にいないことは気付いていた。

 

 魔術で姿を変えているだけではない。そもそもあの身体自体が人形であり、本体がどこか遠くから操っているのだ。

 

「……今まで誰にも気づかれたことなかったのだけれど、凄いわねぇ」

「閉鎖空間に引き籠っているからそう思うだけだ。外の世界に出れば、もっと多くの者が気付くとも」

「あらあら、それはそれで面白そうなんだけど……残念ながら私の本体は動けないから仕方がないわ」

「なるほど」

 

 つまりこいつの正体は――。

 

「あ、もし気付いても言葉にするのは駄目。考えるのも駄目よ。だって私は今ここに在るんだもの。たしかに本体は別のところにあるけれど、このシル婆は本物だから」

 

 ウィンクをしながら明るい声を出されると、元の見た目との差が激しすぎて精神攻撃を受けたような気分になる。

 

「それで貴様は結局、なんのつもりで私に近づいて来た?」

「さっき言った通りよ。この里は今、人間たちに狙われている。だから助けてってだけ」

「貴様が力を出せば解決する問題だろう?」

「私の力は安易にエルフたちに使っては駄目よ。それは自然のルールから逸脱してしまうわ」

「……ふん」

 

 面倒な立場だ、と彼女を見ながら思った。

 見守ることは出来ても、助けることは出来ないなど、そこにいるだけでも辛いことだろうに。

 

「もし助けてくれたら、色々とお礼はするわよ」

「そもそもなにをもって助けると言える?」

 

 助けると言っても、色々と種類がある。

 単純に襲撃者を撃退するだけであれば簡単だが、それはエルフたちを助けたと言えるのだろうか?

 

 結局のところ、今回が駄目でも次また襲撃をすればいいというのであれば、なんの意味もない。

 

「それは貴方にお任せするわ。だってきっと、その方がこの里のエルフたちの未来は明るいもの」

「……後悔するなよ?」

「ええ。私って結構長く生きてるけど、勘は鋭い方だから大丈夫よ」

「そうか……なら、礼はたっぷり用意しておくことだな」

 

 話は終わった。

 そう告げて俺はシル婆に背を向けてフィーナたちの方へと戻る。

 

 ――貴方に世界樹の導きがありますように。

 

 そんな声が風に乗って俺の耳に入ってきたが、振り返ることはしない。

 

 彼女の依頼があろうとなかろうと、俺のやるべきことは変わらないのだから。





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