悲劇の運命を背負ったラスボスに転生しました   作:きりたい

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第十九話

「なんだこりゃ……」

 

 そんな声が聞こえてきたのは、エルフの里から持ってきていた酒を飲み終わった頃。

 

 近づいて来る気配にはとっくに気付いていたが、せっかくいい気分で楽しんでいた月見酒を止める理由にはならず、俺は一人でこの世界の空を楽しんでいた。

 

 先ほど叩き潰した黒狼(こくろ)曰く、あの三十人はあくまでエルフたちの動向を伺う先発隊。

 後から来る『本隊』こそ、エルフ族を襲撃するための戦力だと言う。

 

 そして今、その本体のリーダーであろう男が、瞳を血走らせながら俺を睨んでいた。

 

 他の黒狼たちは闇に紛れる暗殺者のような恰好をしていたが、目の前の男は一人だけ薄い黒のインナーの上からマントを付けているだけ。

 

 極限まで鍛えた肉体こそが武器なのだとアピールするように、インナーの上からでも浮かび上がった筋肉が歴戦の戦士を彷彿させる。

 

 それなりに高身長である俺よりも頭二つは大きく、背負った巨大な鬼切り包丁は大木ですら一薙ぎで真っ二つにしてしまうことだろう。

 

「俺様の部下どもを殺したのはテメェかぁ⁉」

「だったら?」

「殺せぇぇぇ!」

 

 男が鬼切り包丁を抜き、こちらに向けて怒号を上げる。

 

 その言葉に煽られるように、周囲で待機していた黒狼たちが一斉に俺に襲い掛かってきた。

 

「懲りないやつらだ……」

 

 俺はその場から一歩も動かない。

 黒狼たちは暗殺者としてあらゆる武器、魔法、そして毒を使いこなし、相手を殺すことだけに特化した部隊。

 

 普通ならば、彼らに狙われて生き延びられる者などいない。

 

「もっとも、私は普通ではないがな」

「ヒギィ⁉」

「ギャッ⁉」

 

 闇に紛れて音もなく近づいて来ようが、どんな武器を使おうが、どれだけ人数を集めようが関係ない。

 

 周囲に無数の魔力球を浮かべ、それらを全方位に解き放つ。

 それだけで近づいて来た黒狼たちは避ける間もなく全身穴だらけとなり、地面に崩れ落ちた。

 

「な、なんだと⁉」

「今ので二十人ほど……」

 

 

 本隊というだけあって、先ほどよりも実力のある者が選抜されていたのだろう。

 まだ息のある者が多く、しかし俺は容赦なくそいつらに止めを刺した。

 

「どうした? 私はただ一歩も動かず、魔力を飛ばしただけだぞ?」

「クソが! おいテメェら、近づかずに魔術でぶっ殺せ!」

 

 残っているのはリーダー格の男のみに見えるが、しかし周囲にはまだまだ黒狼は残っている。

 

 リーダーの声を合図に、森の影や闇に隠れたそれらが一斉に魔術を放ってきた。

 

 あらゆる方向から飛んでくる火球や風刃、水の鞭や雷。

 そのどれもが必殺の威力を込められており、もし並の人間がこの光景を見たら生きることに絶望するだろう。

 

「ふ……」

 

 飛んできた魔術が俺に当たる。

 瞬間、地面が爆発し砂埃が舞うため視界が完全にさえぎられてしまった。

 

 それからしばらくして、爆音とともに飛んでくる魔術の嵐がピタリと止まる。

 

「はっ! 無防備に受けやがったぜこいつ! こりゃ肉の欠片も残りはしやしねぇ……あぁん?」

 

 嬉しそうな声を上げるリーダー格の男。だがそれも、砂埃が晴れて俺の姿を見て怪訝そうなものに変わる。

 

「まさかと思うが、これで終わりか?」

「なっ、無傷だと⁉ あり得ねぇ⁉」

「終わりなら、次は私の番だな」

 

 軽く手を上げ、先ほど以上の数の魔力球を上空に生み出す。

 小さな球体だが、そこに込められた魔力は先ほど飛んできたそれらを遥かに上回る。

 

「こいつは……やべぇ⁉」

 

 リーダー格の男が慌てて距離を取りながら、背負った鬼切り包丁を構える。

 

 人一人で持ち上げるにはあまりにも重量のあるそれを小枝のように振るう姿は、その実力の高さを証明していたが……。

 

「魔力の流星群――ミーティア」

「う、うおおおおおおお⁉」

 

 煌めく星々が高速で堕ちるように、魔力球は森に隠れていた黒狼の面々を一気に貫いた。

 

 声を上げる暇もなく、五十はいた敵はまるで虫がその生を終えるようにボタボタと木々から落ちていく。

 

 そうして残ったのはリーダー格の男ただ一人。

 

「な、なんだ⁉ なにが起きた⁉ おいテメェら! 生きてる奴はいねぇのか⁉」

「ほう、まさか耐えられるとはな」

「くっ――⁉」

 

 自分以外に生きている者が一人もいないことに慌てながら、男は鬼切り包丁をこちらに突きつけてくる。

 

 だが最初にやってきたときは打って変わり、歴戦の戦士のような風貌は化物を見るような瞳で剣先が震えていた。

 

「ち、畜生⁉ テメェ、いったい何者だ⁉」

「私か?」

 

 そういえば、こうして敵対した者に攻撃した後、生き延びていたやつはほとんどいなかったな。

 

 ならばその健闘を称え、冥途の土産に教えてやろう。

 

「我が名はリオン。破壊神クヴァールを破壊する者だ」

「っ――⁉ 破壊神様を、破壊するだと⁉ そんなこと、ただの人間に出来るわけが――」

「出来るとも……そのために私は生まれてきたのだから」

 

 そうして目の前の男に実力差を見せつけるように、俺は魔力を開放する。

 

 周囲の木々が揺れ、空間が歪み、わずかばかりに残っていた虫たちは一斉にその場から飛び散った。

 

 そして絶対的な力の差を思い知った男は、身体を動かすことも出来ずに涙を流すだけ。

 

「あ、あ、あ……こんな、テメェ……人間じゃねぇ……」

「いいや、私は人間だ」

 

 神たちに決められた運命を打破した、どこにでもいるただの人間。

 

「さて、それではこれで終わらせよう……ん?」

 

 男を捻り潰そうとした瞬間、俺はわずかな魔力の揺らぎを感じた。

 つい先ほどまでは感じなかったそれは、相当巧妙に隠蔽されている。

 

「どうやら、まだドブネズミが一匹いるらしいな」

「っ――⁉」

 

 俺が気配を感じたところに魔力球を放つと、その場から飛び去る影。

 

 一つ、二つ、三つと魔力球を飛ばしてみるも、躱されてしまう。

 どうやらこれまで襲ってきた者たちとは比べ者にならない実力者らしい。

 

 その全てを躱しながらこちらに近づき、もはや戦意を喪失した男の前に立つのは、ローブ姿のメガネをかけた優男。

 

 後ろにいる戦士に比べて、ずいぶんとひ弱そうな身体だが……。

 

「こんばんわ、恐ろしき魔力を秘めた魔術師殿?」

「ふん……」

 

 俺の威圧を受け、それでも穏やかな風貌を崩さない。それだけで只者ではないことがよくわかる。

 

「貴様もクヴァール教の者か?」

「ええ。若輩者の身でありますが大司教の地位に付かせて頂いている、イザークと申します」

「ほう……」

 

 大司教――それは本来の歴史で俺をクヴァールへと変貌させた物語の黒幕、大司教オウディと同じ地位。

 

 しかしオウディでさえ最期は俺に恐怖し逝った者だが……この男はずいぶんと余裕があるように見える。

 

「しかし恐れ入りました。まさか人の身でここまでの高みに辿り着ける者がいるとは……破壊神様を破壊する、というのも大言壮語というわけではなさそうで」

「当然だ」

「ふふふ。本気であるのであれば……ここであなたを見逃すわけには行きませんねぇ」

 

 眼鏡の奥の瞳が冷徹に笑う。

 そして懐から一つ、なにかの指のようなものを取り出すと、それを後ろにいる男の口へと突っ込んだ。

 

「がっ――⁉ 大司教、いったいなにを――⁉」

「さあ、指先とはいえ神の力……堪能してください」

 

 その言葉とともに男は消え、残されたのは俺ともう一人。

 

「あ、が、う、が、え、が……あががががあががががががががが⁉」

「これは……まさか……」

 

 男の身体が膨れ上がり、そのまま肉塊が膨張していく。

 子どもが粘土で遊ぶように姿形を変えていき、元の形状がわからないような状態。

 

 いったいなにが起きているのかわからないが、しかし感じる力は『俺の慣れ親しんだ力』そのもの。

 

 変形が終わったのか、そこに立っているのは黒い人型の『なにか』。

 人形のように感情もなさそうなそれは、のっぺらぼうがただ立っているだけに見える。

 

 ただし、そこにある力の大きさは普通の人間を大きく上回っており――。

 

「そうか……まだ私はこれと向き合わなければならないのか……」

 

 忘れることの出来ないその力。

 それは――破壊神クヴァールの力そのものだった。




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